♰116 火の特殊能力者は熱い。
警察学校の食堂で、ヤクザな護衛と元ヤクザなお世話係と主治医の保護者三人とヤクザの組長の子ども二人が食事。シュールな図である。
優先生は私の薬で燃太くんに異常が起きていないか、軽く診察と問診をした。
その合間に、燃太くんがこの学校に転校した経緯を、サクッと話す。
そういうわけで、私にも家庭の事情や同じ様に組長の子どもとして、同族意識があって理解者。
つまりは、いいお友だちになれるというわけだ。
「お嬢にお友だち……! 初日からランチ一緒に出来るお友だち出来てよかったですね! 橘に赤飯炊かせますか?」と、涙ぐむ藤堂がわりと気に障ったが「赤飯は食べる」と頷いておく。
赤飯に罪はない。
というか、さっき”ほぼ初対面の女の子に~”って嫌味言っていた口で、なんなんだ、このバカは。
困惑した顔で見ている燃太くんに、隣の優先生は「あのバカは、気にしなくていいんですよ。考えるだけ疲れますので」と、サラリと無視を勧めた。
「んー。特殊能力持ちの吸血鬼ならともかく、術式に該当しない特殊能力の家系の能力は全くの専門外ですが……吸血鬼と共通した力の使い方となれば、お嬢様の薬が効くのも当然。ただ、吸血鬼と人間で作用が異なり……効力は未だに続いている、ですか」
整理するために口にして、考え込む優先生。
「僕の体質を治す薬ではない?」と、燃太くんは首を傾げて問う。
「それは断言出来ませんが、ただ一時的にこうも効力が長いとなると心配ですね。疲労感や脱力感が頻繁に起きるとのことですが、お嬢様の薬の効力が切れたあとに反動が強力な場合もあります。立つことも叶わないほどに、力が入らないとか」
それは嫌だ、と露骨に顔が歪む燃太くんは「じゃあ、また舞蝶の薬を飲めばいいですか?」と問うと、私の隣で、藤堂がぶるっと身を震わせた。
「それはよくないですね。どう作用しているか、詳しく調べてからがいいと思います。本当にあなたの身体にいいかどうか、その答えを見付け出した方が、今後いいはず。……本当に、あなたは熱いですね」
「? 確かに体温は高いと言われる」
「そうではないですよ。あなたの周りは熱い。あなたが火の特殊能力であるなら、私は氷の術式使いと言ったところでしょう。周囲の気力が、私にとって熱く感じます」
「あっ……なんかすみません」
「いいえ。能力の性質上、仕方ないです」と、少しジャケットの襟を正して、苦笑をする優先生。
だから、キーちゃんに冷気をまとっている結界を張っている状態で、聖也の若頭のそばに行くと、冷気が熱で水になっちゃうわけなのである。
「あ、じゃあ、舞蝶も熱かった? ごめん」と申し訳なさそうに謝るけど。
なんのことやら。あ、さっき手を掴んだ時かな?
またもや、ぶるっと身を震わせた藤堂が。
「ちょーっと待ってくだせぇー! その、ウチのお嬢を呼び捨てにするの、やめてもらっていいですかねぇ? 今まで、組長しか呼び捨てを聞いたことがなくて、ムズムズしていけねぇー」
と、こちらは寒そうに腕をさする。鳥肌をさすっているだけかな。
「? でも、友だちだから」
「うぐっ……で、でも、ほら、立場があるじゃないですか? 一応、呼び方だけでも」
「身分や年齢関係なく、ここではクラスメイトなのに?」と、純粋な疑問をぶつけられる藤堂は「最近の子どもってヤツは!」と負け惜しみ。
「そういえば、私もたまに名前が上につくけれど、お嬢か、お嬢様呼びが定着してるから、そっちが名前って感じかなぁ。別にいいけど」
「舞蝶お嬢!」
「いやだから、いいって。お嬢が名前でも別に」
必死な月斗を宥める。
「僕も坊ちゃん呼びが定着しているなぁ、とは思う。兄さんもそう呼ばれるから、二人でいる時に坊ちゃん呼びされると、どっちでも反応しちゃってた。まぁ、大抵は兄さんが先に生まれていたから、ほとんどの人が坊ちゃん呼びしている相手は、兄さんだったりするんだけど」
先に生まれた兄に定着しているが、あとから生まれた燃太くんも、そう呼ばれる立場で被る、か。
「兄さんといえば、舞蝶と美容院で会ったあとから、急にイメチェンしたんだけど何か知っている?」
「イメチェン? どんな?」
藤堂がまた私への呼び捨てに身震いしてるけど、慣れろ……。
紅明の若頭がイメチェン……美容院で会って、なんか髪型変えたくなったとか?
「濃いグラサンをやめて、薄いグラサンに変えた」
「「グフッ!」」
私は堪えたけど、優先生と藤堂が噴き出して撃沈した。月斗も口を押えて、プルプル。
それは……私がグラサンで童顔隠すと外したあと際立つからやめた方がいいって、アドバイスしたからかなぁー。
「叔母一家も、ビックリ。中三からかけ出して、兄さんの目を久しぶりに見たってくらいにはあの濃いグラサンかけてたのに。どうしたんだろう?」
「……お兄さんには、お兄さんの矜持があると思うんだ。触れないであげた方がいいよ。似合っているなら、それでいいじゃないかな」
「? そう? サングラスの兄さんは見慣れたけど、今の方が似合うと思う」
「そっか、それはよかったね」と慈愛の笑みで頷いておく。
「もうやめて、お嬢っ」と、過呼吸気味に笑いを必死に堪えている藤堂が、慈悲を乞う。
「無理、次、絶対顔見て、平然といられねぇ」と、今も限界な藤堂が、イメチェンした聖也の若頭を見て、盛大に噴き出す光景が浮かぶ。叩き斬られても、文句言えまい。
「そのお兄さんは、一緒に叔母の家に?」
一息ついた優先生は尋ねた。復活が早い。
「最初はいたけどそんなことしてもしょうがないってことで、しぶしぶ家に戻っていきました。週末は仕事が立て込んでなければ来てたけど、今は『トカゲ』を追跡するとかで、しばらくは寄れないって言ってました」
「『トカゲ』を……? 何か手掛かりでも見付けたのでしょうか?」
「さぁ? そこまでは聞いてないです」
聖也の若頭は、今『トカゲ』討伐に専念してるわけか。
再会は遠そうだ、と藤堂の肩を撫でておいた。
「話し戻すけど、別に大丈夫だよ? 私は聖也の若頭もだけど、燃太くんが熱いとは思わないよ。優先生ほど、氷属性ってわけじゃないからかな」
火の特殊能力持ちが熱いって、話に戻す。
首を傾げて優先生を見たが、肩を竦められた。
「え? ……そうなの?」
「うん。火か氷かって言われれば、氷の方が向いている方って程度。優先生。燃太くんの周囲の気力が熱いように、聖也の若頭も熱いのでしょうか?」
兄から先生似の私も氷属性寄りの術式使い、とでも言われたのだろう。修正しておく。
「似たようなものですが、彼の方が強いように感じますね」
「その気力が、彼の特殊能力の火に変換されるのでしょうか?」
「先程も言ったように専門外ですけど、そう推測するのが妥当かと」
「……んー、もしかしたら、周囲にだだ洩れているせいで、気力が無駄に浪費されているとか?」
「なくはないですね」と、優先生と一緒に燃太くんをしげしげと観察。
「燃太くん。放課後、家に行っていい?」と頼んでみれば「ブハッ!? おおお、お嬢!?」と、飲んでいた水を噴き出す藤堂。
「家に行けば、君のカルテがあるのでは? 叔母の家にはない?」
「あることはあるけど……それを見に?」
「うん。出来れば調べさせてほしいな。私の吸血鬼のエネルギー補給の薬の完成のヒントになると思うし、可能だったら、君の体質をいい方向に持っていく特効薬も出来上がるかもしれないし。ねぇ、先生?」
私は優先生にもどうかと意見を求めた。
チラッと目を向けて確認した月斗は、ほんのりと頬を赤らめて嬉しそう。
「それもそうですね。取引と行きましょうか、燃太くん。我々は、君の情報が欲しい。こちらとしては、新たな薬の研究の参考資料となって助かりますし、確約は出来ませんが、あなたにいい薬も出来上がるでしょう」
互いに利益はあることだと、優先生は説明した。
「わかった。僕も作ってもらえるなら歓迎。叔母もそうだと思う。連絡してみるけど……舞蝶と、この三人がついてくるってことでいい?」
「あ~……そうなっちゃうね。こんな大所帯でも大丈夫かな?」
どうせだめといってもついてきそうな護衛藤堂。来るなと言うだけ無駄そうだ。
「うん、問題はないと思う。叔母に連絡してみる」と燃太くんからの様子して、どうやら招くことに問題はなさそう。
「ちょっと! お嬢! 会ったその日に家に行くなんて! 手が早、ゴホン、じゃなくて! もっと段取りがあるでしょうに!」とコソコソとする藤堂に、冷めた目を向けて。
「藤堂がゆっくり攻め落とす派なのは、私とは関係ないでしょ。違うんだから」と言い放つ。
「ゴフッ! ちがっ! そ、そんなんじゃ!」と、しどろもどろな藤堂は、向かい側の絶対零度の眼差しの優先生から隠れるみたいに、首を竦めて顔を逸らす。
「叔母さん、いいって。ただ、一歳の子どもがいるから、煩いかもってことは伝えてって言われた」
「いとこがいるんだね?」
「うん。男の子で人懐っこいよ。……ぐったりとしていると、上に乗っかって大変だけど」
微笑ましいな。そういうことで、初日から知り合った友だちの家へ訪問決定。
「やっぱり警察学校に転校なんて、穏便にはいかねーか」と、こちらを好奇の目で見てくる周囲を見渡して、藤堂が独り言のように呟いた。
「まぁ、お嬢が大物なんで、仕方ありませんが。ピンポイントで絡んでくる輩がクラスメイトとは……お嬢、どうするんで? 今のところ、この学校」
「次の学校に行く」
「はえぇえー」と、げんなり顔しているが、絡まれた理由が組長のファンの理不尽な言い分である。
私が転校を即決するのもわかってくれるのだろう。唸るだけでそれ以上は言わない。
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