♰118 可愛くて頭がキレる天才お嬢。



 燃太くんの伯母は、父親の姉らしい。元紅葉家のご令嬢というわけだ。

 今は、桐島(きりしま)の姓を名乗るグラマーな伯母さんだった。


「あらヤダ! めっちゃ可愛い子! すごい子、連れて来たわ!」とはしゃいだ桐島さん。興奮した様子から、活発的な女性だとは思った。


「雲雀舞蝶と申します」と、ぺこりと頭を下げて挨拶すれば。


「はい、聞き及んでいます。燃太の伯母の桐島加奈子(きりしまかなこ)です。それから、うちの息子の広(ひろ)くん、一歳です」


 笑顔で対応して、よちよちとやって来た小さな幼児が駆け寄ってきたので抱き上げて紹介。

 ふっくらほっぺの男の子。母親似だけれども、大きな瞳が……。


「……似てますね。従兄の聖也さんに、よく似てますね?」

「「「ブフッ!!」」」


 一歳児とよく似ている聖也の若頭。

 大人一同、盛大に横を向いて噴き出した。


「え? そう……?」と、燃太くんは首を捻って、広くんを見つめて考え込む。


 早くに立ち直った優先生から自己紹介。続いて、月斗。そして、笑いが若干治まらない藤堂が、なんとか。


 中に入れてもらって、用意してもらった過去のカルテと試したという治療資料も、優先生は目を通す。


 ふかふかのカーペットの上に座って、必要と判断した資料を優先生が私に渡してくれたので、読んでいたら、広くんが歩み寄ってきては、じっと覗き込んできた。

 どうかしたかと、首を傾げる。にこーと口元をつり上げた広くんは、ボスッと胸に飛び込んできた。


「はっ……! 小さい、いのちっ……!」


 はわわ、と震えた。両腕に小さな命! ちいさっ! 一歳児ちいさ!


「月斗、パス!」

「えっ! 流石にお嬢よりも小さい命は、無理ですっ!」

「月斗が、私を見捨てた!」

「ええ!? そうなるの!? じゃあお嬢ごとで! ご勘弁を!」


 月斗も拒否したかと思って、思わず泣きべそかいたけど、焦った月斗は私と広くんも一緒に膝の上に乗せた。


 いや、待て。問題が解決していない。

 私の腕の中に、さらに幼い子どもがいるっ。わりと重い。あったかい。


「あらあら」と微笑ましく見つつ、桐島さんは知っている情報を話す。


「紅葉家の火の特殊能力は、男児に引き継がれやすいの。当代で父子、さらには兄弟で特殊能力が発現したことも、親を超えるほどの強力な威力を放てるから、前代未聞の世代って感じで、聖也も燃太も祭り上げられてしまったんです。赤色の瞳が能力継承の証。だから、鮮やかな色の赤の聖也は、最初から期待されていたし、燃太も然りって感じ。実力があればいいって感じで、家宝の妖刀が、聖也を選んで、もう『紅明組』は熱気と士気が上がって、波に乗って現組長の弟は欲張って勢力を伸ばしている中、自分の部下は自分で決める主義で強化している後継者確定の聖也とともに、燃太も期待して、どうにか体質を少しでもよくしようと躍起にはなっていたんだけど……」


 『紅明組』が実力主義だとは聞いていたけれど、そういう感じなのか、現状は。


「医者はもちろん、気力を使う術式の研究者や、吸血鬼の特殊能力の研究者にも、頼って……あ、そういえば、あなたにも声をかけようとスカウトしたのに蹴られたって、聖也が言っていたことがあります」


 え? まさかの優先生が?


「え? 私ですか? 術式の研究者として声をかけてきたのですね、てっきり戦力としての私をスカウトしたのかと」と優先生も、意外そうに驚いた。


「聖也のことだから、天才術式使いとしても欲したはずですよ。燃太の体質を治す研究を頼みたかったのです」

「そうでしたか……どちらにせよ、説明を受けても、私は断りました。吸血鬼とともに、人間の特殊能力は調べたことはありますが、種類のみ。術式を使わない能力に関して、私は専門外です」


 眼鏡をクイッと上げて、優先生は言い切る。


「えっ? じゃあなんで? 薬は?」と、当然驚いてしまう桐島さん。


 そこで、広くんが「あうー! ひやあ~!」と、もがいて、私の膝から下りてしまった。

 こてん、と転がったから焦ったが、すぐに立ち上がると燃太くんの胸に飛び込んだ。


 も~お。キーちゃんがちょっかい出して、鼻先をつつこうとするから、冷気を感じ取って逃げちゃったじゃない~。

 しょんぼりするキーちゃん。


「燃太くんが今元気でいられる薬を作ったのは、舞蝶お嬢様です」

「え? 氷室優先生と作ったって」


 広くんを持ち上げて、燃太くんは目を真ん丸にした。


「私は薬の作り方を教えただけです。ビタミン剤の。それに術式を込めたのは、お嬢様自身です。術式自体を作ったのも、またお嬢様です」と明かす。

「嘘は言ってないよ?」と、ケロッと燃太くんに言う。


「話した通り、サプリ感覚で一時的に気力の回復効果を発揮する薬。目指しているのは、この吸血鬼が血の代わりで、エネルギー補給が出来るようにするための薬を作ること」


 ぺちぺちと膝の上に乗せてくれている月斗の頬を、掌で軽く叩く。


「その過程の試作薬は、吸血鬼の彼の空腹感を一時間の間なくして、それにエネルギーも保つの。まぁ、エネルギー不足は力が入らないって症状が、一時的になくなった。あくまで一時的。人間だから、効力が違うのだろうけれど……あまりにも、効力は長く続いている。人間の私達も飲んでいますから、副作用はなかったから、渡してしまったのですが、彼には思わぬ作用が他にもあるかもしれません」


 その手を自分の頬に当てて首を傾げる。


「うわー。聖也も燃太も頭がいいと思ったけれど……舞蝶お嬢様も、格別に頭がいいんですね」


 と、驚いて口元を覆う桐島さんの向かいにいる優先生は「お嬢様は天才なのです」とドヤった。


「頭がよすぎて、大変ですよー。才能はすごいですけど」と立って見守っている姿勢の藤堂も、口元を緩ませた。


 それを見てニヤニヤする桐島さん。

 妙な反応をされたと「「?」」な優先生と藤堂。


「聖也の部下もそんな感じだったなー、と思って。いくつか年上でも、頭がいいわ、妖刀に選ばれるわ、カリスマ性のある聖也に集って跪く忠実な部下達」

「「……」」


「……だってさ?」と、なんとも言えない顔で反応に困る二人に、声をかけた。


「やめてくださぇ」と、藤堂は掌を向けて止める。


 今日散々笑った聖也の若頭に集う部下と同類にされて、複雑な心境中。


「待て? 飛び出すことを止める点では、お嬢が才能を振るわすぎないように止める点と同じか!?」


 ハッとした藤堂が優先生に言えば「黙りなさい」と、考えるな、と言わんばかりに掌を突き付ける優先生。


「舞蝶が僕の体質を治すために考えてくれるのか?」

「ん? うん。特殊能力者である燃太くんの弱る体質が治せれば、いいヒントにもなるからね。月斗も研究に付き合ってもらった時に空腹状態でぐったりしたから、つらそうだった。そんな時間が少しでも減るなら、治したいでしょ?」

「……治せる?」

「調べてみよう」


 手招きすれば、燃太くんは広くんを桐島さんに渡すと、目の前に正座した。


「これが、氷の術式」と掌を出して、目に見える形で、氷のひし形の水晶を小さく作り出すと、燃太くんの火属性の気力が氷をボタボタと溶かすから、手拭きでカーペットに落ちないようにした。


「記録を見ると、恐らく、気温変化が激しい季節に体調を崩すのは、周囲の気温に反応して、能力が勝手に発動しているせいだと思うんだ」という私に続いて、優先生も。


「そうですね、お嬢様。真夏と真冬が体調がよくなかったと、記録に記されています。真冬はもちろん、気温が低くなり、体温を上げようと火の特殊能力が発動した。憶測ですが、今日も冷え込んでいましたから、朝からの体調不良はそれだったのではないでしょうか?」


「あー……そういえば、外に出てから、体調が悪くなった」と気温変化説を裏付けることを言う。


「そう。恐らく暖房が効いた家から出て、外の冷たい空気に当たった身体を守ろうと、火の特殊能力が無意識に使われたのでしょう。真夏の方は恐らく、逆に冷房の効いた部屋で涼みすぎたことが原因かと」と優先生もスラスラと言うと、エアコンを見上げた。


 一歳の子どもがいるからか、ちょうどいい気温にある部屋は暖かい。


「燃太くんの能力って、強力なんでしょう? 火力は強すぎるくらいだって。それで無意識に冷気から守るとなると……やっぱりコントロールの問題だと思う。周囲の気力は、四六時中熱くなって消費され続けるし、それはきっと力を余した感じだと思うよ。改善点は、無意識に使ってしまっている能力を制御するために訓練することが一番だね。そこは、お兄さんにアドバイスとかもらったら? 彼も自分で周囲の能力を操っているかはわからないけれど、もっと火の特殊能力を操れるようにすべきだね。そこを使えるようになれば、逆にオフ状態を維持できるはず」


 ほー、と燃太くんも桐島さんも、さらには広くんまで口をポカーンと開けるから、笑いそうになる。


「わかった……周り、か」と、コクコクと頷く燃太くん。


「それで、薬は?」と問うから「恐らく、回復後に、安定をもたらしたんだろうと思う。定温を保ったから、無用に浪費することなく、過ごせたということ。問題はその安定が、いつまで保てるか。予想は出来ないね」と、じっと燃太くんの周囲を見つめた。


「反動がなければ、それでいいけれど……それだけが気がかりですね。桐島さん。燃太くんの異変に要注意してください。朝まで、一人にしない方がいいかと」

「そう……お気遣い感謝いたします」

「いえ、こちらが渡した薬ですからね。燃太くんは調子が悪いにもかかわらず、力を使ってまで助けてくれました。そのお礼が、彼を苦しめては申し訳なさすぎます」


 安定がずっと続く可能性は低いと思うけれど、恐らく、長くはない。

 自然と元の状態に戻るだけならまだしも、反動で悪化の症状が不安だ。


「過去のカルテを見た限りでは、お嬢様の薬でどうこうなるとは考えにくいですが、断言は出来ないですね。特殊能力が反動でどう動くか、わかりません。安定している今、気力を消費しすぎている能力を完全オフ状態に出来るように、コントロール学びに専念すべきですね」

「様子見でまた不安定になるようなら、安定重視に調節した薬を作ってみますので、それで能力学びに専念」


 優先生に続いて、私も伝えておく。

 頭には、能力安定の術式が浮かんでいる。根本的な解決は、燃太くんの能力をものにするかどうかにかかっているが、それまでのために安定剤を私が作成すればいい。


「……ありがとう、舞蝶。能力制御、頑張る」と、頬を赤らめて、コクコクと頷く燃太くん。


「注意するのは、翌朝までの燃太の体調の急激な変化、ね。それで今後も薬の服用がいいかどうかを判断してくれる、と」と、桐島さんは広くんをあやしながら、真剣な表情で確認した。


「はい。こちらも薬を提供する際には、薬の材料費をいただきます。それに作成費ですね。そこは良心的な値段なので、ご心配なく。こちらも、研究資料となるので、お嬢様としては乗り気ですし、ご友人のためなら、なおさらです」と請求する値段のおおよそを告げる優先生。


「もっと莫大な請求はしないのですか? 燃太のためにはありがたいですが、悪い言い方、安請け合いでは? こんな薬……紛れもない新薬ですよね? それも、最早、燃太だけの特効薬」


 と、緊張を高めて尋ねる桐島さん。


「はい。ですが、そこは口止め料ですね。私の理想の薬が完成すれば、公安にも提供する予定ではありますが、今はまだこの薬の存在を広めないようにしてください」と、唇に人差し指を当てて微笑む。


「舞蝶お嬢様……素敵!」


 キャッと頬をポッと赤らめる桐島さん。


「え? これは惚れる! こんな可愛くて頭がキレる天才! これが素敵なボスに惚れて下につきたくなる感覚なのかしら~」


 と、キャッキャする一児の母。まだまだお若い。


「いい友だちと巡り合えてラッキーね! 燃太! では、それでよろしくお願いいたします」

「お願いします」


 ぺこりと、二人は深々と頭を下げた。


「はい。では、連絡先を交換しましょう。燃太くんに何かあれば」

「夜分遅くなら、私の方へ」


 と、私達の連絡先を交換しておく。



 

 

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