【第肆章・新生活と新術式と『カゲルナ』】
♰105 新生活一日目の大騒ぎ。
起きたら、どこだここ、となった。
見慣れない天井のせい。
私は、雲雀(ひばり)舞蝶(あげは)である。
うん。記憶喪失じゃない。
ぽけーとしてから、そうだ、家出たんだった、と思い出す。
何故か枕がベッドから落ちていたが、キーちゃんが代わりに枕になっていた。
タオルケットが枕カバーになっていてちょうどよかった。安眠最高。
私の枕になっていたキーちゃんは、むにゃむにゃしてから大欠伸。すいーと宙を泳ぐので、私ももこもこスリッパを履いて、ベッドから降りた。
部屋を出てすぐに、リビングの入り口に位置する部屋のドアの前に、月斗(つきと)がいて視線を合わせるためにしゃがんだ。
淡い髪色のイケメンの吸血鬼、影本(かげもと)月斗(つきと)は、黄色の瞳を柔和に細めた。
「おはようございます、舞蝶お嬢」
「おはよう、月斗」
にぱっと笑いかける月斗に、笑みを返す。
顔を洗いにいくとキッチンでもう作業を始めている料理人の橘(たちばな)がいたので、手を振り「おはよう、橘」と言っておく。
「おはようございます!」と、ニカッとボールの中身を力強く掻き混ぜる橘。朝から元気。
「うおっ! 飛びかかるなって!」
悲鳴が上がったかと思えば、顎髭ダンディーの藤堂(とうどう)が向かい側からやってきて、キーちゃんのご飯を抱えていたので、キーちゃんに襲われていた。
ご飯とは、花のこと。顎髭ダンディーと花束のセット。
「おはよう、とーどー」
「おはようございます、いや止めて!?」
テキトーな感じに挨拶をして、トイレをすませて、洗面所にて顔洗い。歯磨き。
その間に、月斗に軽く髪を梳かしてもらう。
「あれ? 優(すぐる)先生は?」
リビングに戻っても、彼がいないことに首を傾げる。
「お嬢とほぼ入れ違いに部屋に戻りましたけど」と月斗が、部屋のドアを見た。
部屋にこもった? とちょっと疑問に思う。
主治医の氷室(ひむろ)優先生が、私が起きる時間帯に顔を出さないなんて、妙だな。
住居を移した初日だから、異変がないか、調べそうなものなのに。
「なんかあったんでしょうかね?」と、リビングの短い脚のテーブルに、花瓶を置いて、藤堂も気にした時。
「あ”ぁーっ!!」
優先生の低い絶叫が響いた。
「な!?」
「大学生が締め切り前のレポートをうっかり消しちゃった時の叫びに似てる」
「いつ聞いたお嬢はッ!!」
冷静に思ったことを言いつつも、部屋の前まで駆けつける。
このセーフティーハウスに限ってないとは思うが、月斗も藤堂も銃に手をかけたが、先に優先生が出てきた。
灰色よりの銀髪と銀のフレーム眼鏡の冷たそうなイケメンが、恨めしそうな顔でノートパソコンを持っている。
「優先生、大丈夫?」
「大丈夫、だと……言って欲しいっ!」
「「「「?」」」」
どっち???
「どういうことですか? 心当たりはあります?」
睨みつけた藤堂に、優先生はパソコンを押し付けた。
「……げっ」と、パソコン画面を見た藤堂が顔を引き攣らせる。
何かと爪先立ちしても覗けない私の身体を抱き上げてくれた月斗のおかげで、画面を覗けた。
【氷室家の『最強の式神』を『完全召喚』に成功した天才術式使い氷室優に弟子! 7歳になったばかりの『夜光雲組』のご令嬢! 雲雀舞蝶! 天才術式使いのタマゴか!?】
デカデカと表記された文字。……あちゃー。
裏の者にしか覗けないネットワークのとある掲示板だ。
噂程度の情報を書き込み、情報を交換し合う場だが……。
何故に私の術式の才能が漏れた? 書き込まないように口止めされたはず。
「やっべーな、おい。ないぞ。風間(かざま)警部じゃ?」
「それなら、連絡があるじゃないですか。タイミングを見計らうって話した矢先に……っ!」
すぐに忌々しそうにパソコンを睨みつつ、電話をかける優先生。
「もしもし!」
〔わかってるよ! なんで!? 漏洩の犯人探ってるとこ! そっちは!?〕
徹(とおる)くん。優先生が耳に当てている携帯電話からでも、声が聞こえちゃう。
「仲間にはいませんが、昨日の騒動で組員達が口を軽くしたかも……」
「待て待て! 知っているのも信用がある奴に限られてんだ! そう簡単に口を滑らせてたまるかよ! 調べるから決めつけんな!」
藤堂も、パソコンを月斗に押し付けると電話をかけ始めた。
それを眺めながら私が待っていれば「……お腹、空きませんか?」と橘が聞いてくれたので「食べたい」と笑顔を見せておく。
昨日、朝食のリクエストをしておいたのだ。
朝から奔走している二人には悪いが、食卓のテーブルにつかせてもらう。
わーぎゃーしている間に、テーブルには小皿のコンフレークとドライフルーツをまぶしたヨーグルト。ふんわりホットケーキととろけるバター。カリカリベーコンとスクランブルエッグ付き。
ザ・海外の朝食イメージ! メニューが置かれた。私のリクエスト通り!
「ありがとう、橘! いただきます!」と喜んでいただいた。
バターでしょっぱいのに甘いふんわり生地のホットケーキを、もっもっと食べていく。
「すごい盛り上がっちゃってますよ……」と、横にパソコンを置いて確認する月斗は眉をハの字に下げつつも、カリカリとベーコンを食べる。
「しょうがないね。ただでさえ最年少だし、それに今話題の優先生の名前と、トップヤクザのご令嬢だもん。高級ブランド同士のコラボ商品みたいな?」
「例えが的確ですごいです、お嬢」
「褒めていいかわからないですが、確かにすごい的確な例えですね、お嬢」
我ながらそう思うよ、月斗、橘。
ヨーグルトも旨い、サクサク。甘酸っぱいフルーツ、うまうま。
「食事中失礼します、舞蝶お嬢様。現在情報漏洩を洗っている最中です。本当は昨日、風間警部にお嬢様の”最年少の天才術式使いデビュー”のタイミングを、広報担当部に相談すると話したばかりだったのですが……こうなってはこれ以上注目されないように火消しに奔走せねば……」
徹くんと電話を中断して声をかけてきた優先生。
私自身のことなんだから、ホットケーキ食べている場合じゃない、と怒らないんだね。朝食大事。
「あ”っ!!」と、そこで絶対マズいものを見た反応で声を上げた月斗。
電話でガミガミ言っている藤堂にも注目を浴びる月斗は口を押えて、青ざめて優先生を見上げた。
ぴくぴくと眉を震わせて、嫌な予感で静止する優先生。
私の位置から見えたパソコン画面には【氷室優が、氷室家を追放!?】と書かれていたから、オレンジジュースを「ゴフッ」と噴き出してしまう。
私の反応でようやく動き出した優先生は、パソコン画面を見た。
プルプルと震えた優先生は、その場に崩れ落ちた。ギョッとする藤堂。
「あんのクソ氷室家ッ!!!」
と、激怒したために、みんなしてビクリと震えてしまった。
崩れ落ちた優先生の背に、氷平さんの顔が……いや、般若かな。どっちもどっちだけど。とりあえず、怒気すごい。
「風間警部。容疑者、氷室家。この際、叩き潰しませんか? 完膚なきまで。え? 何故だめなんですか? 舞蝶お嬢様を煩わせるようなコバエも潰すべきだと思うんですよ……」
ここからでは優先生の顔が見えないけど、見えている藤堂が青ざめてガタガタ震えているから、相当怖い顔をしているらしい。激怒中。
「氷室家って、お嬢のこと知ってましたっけ?」
「大方、自分達が捨てられたと知られる前に、追放されたことにしておいたんじゃない? 私のことでまた大騒ぎしている優先生には、またもや大注目されてるから。火に油なのにね?」
多分、容疑者ではないね。盗聴器で聞いた感じ、ふんぞり返った小者集団。
「優先生が『完全召喚』をものにしたら、『最強の式神』はもう氷室家にないって絶好のタイミングで明かすのはどうかな。まぁ、また私が『完全召喚』して見せるのもいいけど…………うわ。これ多分、優先生の代わりに後継者に名指しされた人じゃない? 優先生の足を引っ張ろうと、
スイーと更新された記事を見てみたら、とんでもない汚名が書かれていたので、私も月斗も、見えてしまった橘も青ざめた渋い顔をする。
「私の足を引っ張るような汚名とは……?」
怪訝な顔で立ち上がって見てくる優先生に、私の口からでは言えなくて、憐みの視線を向けるしかなかった。
サッとパソコンの向きを直して記事を見た優先生は、パソコンを握り潰しそうになる。むしろ、ミシッと画面にヒビをつけただろう。
「お嬢様。遅くなり申し訳ございません。おはようございます。朝からご気分が悪くなる記事などを見せて、申し訳ございません。ここは大人の私達が! きっちり! 対処いたしますので! 体調にお変わりなければ、朝食を召し上げってくださいね。お薬もお忘れなく」
怒りをグッと飲み込んで、清々しい笑顔で紳士な主治医モードで一息でまくし立てた。
見た目爽やかな眼鏡イケメンが、一瞬にして氷の貴公子に変貌する。
そのまま、パソコンを持って、部屋に引っ込んでしまった。
ガタガタ震えている藤堂が、こちらにきて「ど、どうした? 人殺しそうな顔だったぞ?」と月斗から聞き出す。
「あー……多分、絶縁突き付けた日にチラッとお嬢を見たし、氷の壁を作ったじゃないですか。
「わかった。皆まで言うな……。氷室家は終わりだ。お嬢が誰の子だとわかって言ってんの? アホなん?」
はい。
こっちもほぼ絶縁状態だけど『夜光雲組』に喧嘩売ってるよね。
癪だが、私はどう見ても雲雀草乃介の子なのに。
「追い込まれたアホはアホをやるんだね」と、ヨーグルトとホットケーキを同時にパクリと食べる。うまうま。
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