♰140 燃太の告白。




「そうか……」


 シュンと俯く燃太くん。……? さっきから、様子が変だな?

 そんな燃太くんを横で見て、チラチラと私と交互に見ては、いやいやと首を左右に振っている藤堂。でも好奇心いっぱいに燃太くんを見ているから「うるさいよ、藤堂」「何も言ってませんが!?」動作がうるさいと言っておく。


「ねぇ、燃太くん。何かあるの?」


 藤堂が期待しているような恋愛沙汰とは思えないので、私ももう一回直球で問う。


「い、いや……その…………今年の抱負」と呟く燃太くんは、組んだ手の親指同士をぐりぐり押し付けながら、恥ずかしそうに言い出す。


 抱負? そういえば、内緒の抱負を、初詣で祈っていたっけ。そういえば、その時は言いかけたのに藤堂が邪魔したんだっけ。


「藤堂が邪魔しなければ、何を言ってたの? 初詣」

「俺ぇ!?」


 自分を指を差す藤堂は無視して、尋ねた。


「いや、あの時は……まだ何か言うか、迷ってて……でも……言っていい?」と、不安げな表情で上目遣いする燃太くん。可愛い。

 なんでしょう、と頷いて促す。


「その前に、舞蝶は……『カゲルナ』として、公安に貢献してるから、グール討伐とか、しなくていいの?」

「ううん。公安のみんなが知っているわけじゃないから、ちゃんと保護の対価にグール討伐はすることになってるよ。他は融通してもらっているから、武器の材料も要求するつもり」


 この家も車も、そうなんだけどね。


「もしかしたら……『トカゲ』とも、また対決するかもしれない。そんな時に……僕も、舞蝶にもらった武器で、一緒に戦いたいな……って、頼みたいんだけど……」

「え? ……戦うの? 一緒に?」


 こてん、と首を傾げて、目をパチクリさせた。

 戦いたい? 頼むことかな? 何も私に頼まなくとも、兄がいるのに?


「うん……舞蝶がどこを目指していても、僕は舞蝶についていきたいんだ……」


 おお……そういうこと?


「えっと……それって、お兄さんの部下達がお兄さんについていくみたいな感じで、間違いない?」


 間違えて受け取らないように確認しておくと、燃太くんはすんなり頷いてしてしまった。マジか。


「迷惑かな? 僕、体質の治療の恩もあるし、舞蝶の考え方も、才能も、意志も好きだ」


「「「ゴフッ」」」と噴き出す月斗、優先生、藤堂。落ち着け、大人達。恋愛の話じゃないから。


「そんな舞蝶には、ついていきたいと思うんだ。友だちとしても、その、んーと、多分、主としても、一緒にいたいってこと。吸血鬼が人に執着するみたいに、奏人さん達が聖也兄さんについていくって決めたように、俺は舞蝶がいいって思ってるんだ」


 ああ、それで……。月斗が、私に忠誠で執着していると勘違いして、自分と重ねているんだろうな。

 月斗の方は、恋愛の方が強いんだけれど。それは置いといて。


「そっか。ありがとう。でも、私は確かに、将来とか決めていないんだ。聖也さんみたいに組長って責任ある座が目標にあるけれど」

「聖也、さん?」

「今の私の目前の目標は、月斗の薬作りぐらいだからね。これから探すつもりではあるけれど……そういうのに部下みたいな人材が必要かどうかもわからないしね。というか。聖也さんの下につかないの? 当然燃太くんはお兄さんの補佐みたいなことすると思い込んでた。違うんだね」

「いや、待って? いつから兄さんをさん付け? 先週まで、”聖也の若頭”って呼んでたよね?」

「ん? うん。聖也さんが、”舞蝶のお嬢様”呼びから”舞蝶嬢”に変えたから、私も」

「……なんかズルい」


 ズルいの??? 燃太くんは、呼び捨てなのに???


「なんで、僕より仲良くなるの……兄さんは」

「そっち???」


 まさかの。兄にジェラシー。


「あー確かに燃太坊ちゃんとは、バーガーセットパーティーなんかしてませんものね。ここでポテトフライを分け合って食べましたよ」


 火の特殊能力持ち兄弟だけに、火に油注ぐな、藤堂。ショック受けてるよ、燃太くんが、マジで。ぺしっと優先生に頭をひっぱたかれた。


「ズルい兄さん……。確かに、普通に考えたら、兄さんの力になる組員になるべきだろうけれど……兄さんは兄さんの好きな部下で周りを固めてるし、僕は声をかけてもらってないしね」

「それは体質を気遣ったんじゃない? これから能力のコントロールをマスターすれば、正式に誘われるかも」

「その能力のコントロールも、兄さんには習うけど……マスターしたら、舞蝶に使いたいって気持ちが強いんだ」


 特に自分の部下になれとかは言われたことがないらしい。そこに不満はなかったようで、ただ事実として受け止めていて、兄の下より私の下を選ぶということだ。


「いやー。それマズいですよね。『夜光雲組』の舞蝶お嬢と、『紅明組』の燃太坊ちゃま。上下関係が出来ちゃうとなると、とやかくいうのが組一同と、筆頭に各組長である親御さんですよ」と藤堂が頬杖をついて言った。


「僕も舞蝶も、組長の後継者でもないし、正式な組員でもないのに?」


 首を傾げた燃太くん。


「血縁者って、切っても切れない縁ですからね。『夜光雲組』も『紅明組』も、代々血縁者が継いできたので、同盟と言っても、忠誠を誓って、手足みたいに動くってなると難色出すでしょうねぇ、親御さん」

「? 僕は見放されてるけど?」

「うっ」


 燃太くん。両親に体質の問題でもう見捨てられている状態。ちなみに改善していることは、あえて伝えていない。


「私だってほぼ絶縁状態よ?」

「う”っ」


 私。ほぼ絶縁状態で家を出てきたので、とやかく言われることもないと思う。言われたら、グーで殴ってやる。


「そうは言っても、私が忘年会で絡まれたように、問題にしてくる理由になるのですよ。残念ながら」と、優先生は自分を例えにして、力なく苦笑を零す。


「その点の危惧の解消としては、正式に公安の者になるという手段がありますね。もしくは……全く新しい組織を作るとか」

「新しい組織を作る?」

「はい。今は公安の預かりで、『黒蝶(こくちょう)』という名の部隊で動いてますが、正式に独立組織としておくのもいいかと。『カゲルナ』の功績で、公安からの優遇は受け続けられますしね。お嬢様の言う将来の目標としてもいかがでしょうか」


 優先生の案に、キョトリとしてしまう。独立組織。


「舞蝶お嬢様にその気がなければ別にいいのですが、遅かれ早かれ、術式の伝承も必要かと思います。希龍達が誰かへ語り継がせるためにも、保管するなり、弟子に教えるなり、しなければいけませんからね。他の術式は面倒なら、公安に保管させればいいですが、『生きた式神』に関しては放っておける問題でもないでしょう?」


 眉を下げて少し寂し気に微笑む優先生。燃太くんに引っ付いていたキーちゃんは不思議そうな顔をして優先生に近付くと、巻き付いて肩に寝そべった。そんなキーちゃんを、仕方なそうに笑って頭を撫でる優先生。


 そうだね。伝承の手段は必要だよね。氷平さんも、氷室家の『血の縛り』はなくなったし、これからは他の術式使いを選んで力を貸すために『召喚』に応じるのだろうけれど、それには術式使いに術式の名前を知ってもらわないといけない。その場として、組織化も手段の一つ。


「公安の者になれば、まぁ、舞蝶お嬢の部下として動いても文句言ってもしょうがないし、組織を立ち上げて、お嬢がテッペンにいる以上、燃太坊ちゃまも下についていても当然ってことですね。主な目的は術式の研究や開発だけど、公安にも手を貸すから、戦闘員もいると! いいじゃないですか!」


 顎髭をさすったあと、キラッキラに目を輝かせる藤堂。


「入る気なの? 藤堂」

「入らせない気なんですかい? 酷すぎません???」


 温度差。逆になんで入る気満々なんだろうね、本当に。


「まぁ、それは視野に入れつつ、とにかく、燃太くんの意志は固いようです。舞蝶お嬢様のお気持ちは?」


 藤堂は放っておいて、優先生は私の気持ちを問う。燃太くんの意志を受け入れるかどうか。


「……えっと、抱負って言ったけれど、もしかして、燃太くんはこれを言おうと?」

「うん。本当はコントロールのマスターしてから言った方がいいと思ったんだ。でも……武器を作る話になったら、居ても立っても居られなくなって。一緒に戦闘する前提で考えたいなって」


 マジか。燃太くんの抱負がまさかの年下の友だちの私の下につくことだったわ。びっくり仰天だぁ。


「そうだね。私についてくると言っても、私の行き先は決まってないから、なんとも言えないのは申し訳ないな。明確に決まった時にも、燃太くんがついてくるって言うなら、私は構わないよ。私も燃太くんのこと、好きだし」


 パリーン。青い顔をした月斗が、隣でカップを握り壊してしまっていた。

 落ち着けって。恋愛の話じゃないって。

「友だちとして」と付け加えておけば、あからさまにホッと胸を撫で下ろす月斗。

 駆け付けた橘に思いっきり、バシンッと頭をひっぱたかれた。いそいそ、二人でお片付け。


「でも、やっぱり戦闘員を前提にするなら、燃太くんの武器を揃えてみないとね。気力も調節しないといけないだろうから、それで戦闘スタイルって変わるかもしれないでしょ。私につくかどうかの件は、一旦保留ね。武器作りしよう」

「うん!」


 驚いたけれど、武器作り開始である。


「先ずは護身用とかじゃなくて、戦闘用として考えようか。そのための装備で戦うとして……銃自身を術式道具に仕上げるのってどうかな、優先生」

「そうなると……燃太くんの能力をかけ合わせるとなると、火炎放射銃みたいになるかと」

「……ダサい」

「ダサいね……」


 不評の火炎放射銃。普通にカッコ悪い。


「ですね。普通に、銃を媒体にすることなく放出する方がいいですよね」と、むぅーと悩む優先生。


「普通にボンボンと火の玉を放つのは? 出来ないんですか?」


 藤堂の言葉で、ボンボンと火の玉が出てくる銃を想像した。


「それは、やっぱり弾丸の方に術式をつけるべきじゃない?」

「弾の方ですかい。弾の術式道具で知ってんのは、毒ですね。まぁ、麻痺とかで動けなくして苦しむ程度のものですけど」

「そういう弾の術式道具の作り方、知ってる? 優先生」

「やっと先生らしいことが出来るのですね。参考資料を、今持ってきますね」

「いつも教えてくれているよ? 優先生」

「ふふ」


 ホントだよ? 優先生は私の頭を撫でて、資料部屋へと向かった。


 そうして、せっせと考案しては、あーでもないこーでもないの燃太くんに合わせた武器の開発と同時進行で他の武器のメモもした。

 その日から、放課後は燃太くんが入り浸るようになって、一緒に武器作りをした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る