♰152 第三回目、大人の秘密会議。(三人称視点)




 第三回目、大人の秘密会議。研究室の中。優、藤堂、橘、徹の全員集合。ただし、月斗は見張り代わり、舞蝶に付き添っている。


「くっそ。忘年会を上手くやり過ごせたと思いきや……お嬢が発掘って何? 実験体の吸血鬼もどきに執着されるって不意打ちにもほどがあるって!」


 もう堪えていたものを吐き出すようにまくし立てて、頭を抱えた藤堂。


「吸血鬼を惹き付けやすい体質の舞蝶ちゃんを、あの忘年会に参加させるのも、懸念してたけども……。『トカゲ』の実験体の吸血鬼もどきまで、ね。うん……予測しようもない」


 肩を落として額を押さえる徹。ここは防ぐことが出来なかったと、反省するしかない。橘も、頷く。


「なおのこと、今後も吸血鬼との交流に気を付けなければいけませんね」


 頭が痛そうにこめかみを揉む優は、自分の椅子に腰を置いていた。


「今のところ、『灰原七助』は、自分の救世主として、執着をしています。どこまで吸血鬼と同じかはわかりませんが、一度言い聞かせないといけませんね」

「そうだね。そこは俺の方から伝えるよ。絶対君主として忠誠を誓うってことなら、いいいよね?」

「それがいいでしょう。月斗の話では、同じ『トカゲ』流の創造物相手も躊躇なく戦えて、舞蝶お嬢様を助けたそうですから。お嬢様の意向にも変動はあれど、こちらとしては守護者になるように誘導しましょう」


 カチャリ。ドアが開くと、一同は身構えた。


「どーしたんです? いないと思ったら、こんなところに」


 入ってきたのは、寝静まったはずの聖也だった。スエット姿で、にこりと笑いかける。


「予定が変わったので、話し合っていただけですが?」


 優は、とぼけた。


「へぇーえ? なんで」と、聖也は中に入るとドアを閉める。


「舞蝶嬢には、秘密に会議なんてしてるんです? 舞蝶嬢のことなのに」と、笑顔で告げた。


 話を盗み聞いていたと、物語っていた。


 一同が顔を曇らせれば「燃太から月斗さんが舞蝶嬢に執着症状を出しているって聞いて、疑問だったんですよねぇ。さらには、舞蝶嬢は三年前に吸血鬼に襲われたって事件にも遭ってるっていうのに……過保護なアンタららしくねぇーですねぇ?」と指摘。


「……燃太くんには、あなたに一切喋らないと約束でもしてもらいましょうか」と恨みがましく見て、優はそう言ってやった。


「それはやめてもらえません? 一切喋らないって、酷すぎます」

「舞蝶お嬢様から言えばきっと聞いてくれます。なんせ、兄のあなたより、お嬢様を選びましたからね。あなたの弟は」

「うぐっ……」


 胸を押さえてよろめいて、ドアに背を重ねる聖也。


「俺達だって聞いてますよー? 送られたメッセージを見せてもらいましたので。ずいぶん動揺した感じがしましたがねー? いやいや。弟の報告を聞いて、泣きませんでした? 大丈夫でしたか? 俺から言いましょうか? 実は、お兄様は自分の下についてくれるとばかり思っていた、ってね」


 藤堂も、にへらと意地悪に笑った。


 あ。不利だ。


 と、悟る聖也は「お、大人げねぇ」と、負け惜しみを零す。


「大人の話を盗み聞きするからですよ」


 しれっと冷たく返してやる優。


「でも、こうして会議するぐらいなんですから、重要なんでしょ? なんで燃太や、本人の舞蝶嬢まで蚊帳の外にしてるんです? 深刻そうに」


 首を捻る聖也。


「あー。確か、『紅明組』に吸血鬼はいませんでしたね」と徹。


「執着にも色々あります。そして、吸血鬼は執着により、異常行動を起こします」


 徹に続いて優も「執着した感情により、暴走をして対象を傷付けることもあります」と答えた。


「まさか、三年前の吸血鬼の襲撃も?」


 聖也に、一同は頷いて見せる。


「詳細は定かではないですが、舞蝶お嬢様に執着した末に襲いかかったそうです。護衛の吸血鬼が返り討ちにしてその場で殺したそうですが……その吸血鬼もまたお嬢様に執着しておりました。このことは口が裂けても他言しないでください。その吸血鬼自身も自覚したのは死の直前、お嬢様に伝えては報われたような形になるので」


 優は嫌々そうに語る。


「え? どういうことです?」と情報が足りず、理解が出来ないと尋ねた。


「誕生日の前日に再会したんですよ。組長の差し金で、記憶を取り戻すためにね。俺は止めたんですよ? 性格は、残虐なヤツですから。もちろん、記憶は戻りませんでしたし、酷い目に遭えばってことで危害を加えようとしたアイツを撃ってやったんですよ。でも治療してやった翌日、お嬢様の誕生日に、お嬢様を負傷させて違法の『血の治癒玉』使って、お嬢様を洗脳して自分の罪を帳消しにしようとしたんです」

「アホなことに、残虐な性格故に、自分の本心に全く気付かなかったのですがね。根本的に、舞蝶お嬢様に惹かれていることも知らず、傷付けたのです。私が息の根を止める前に、教えてやれば、喉を鳴らしました。悔いて死んでくれましたよ」


 残酷なことを平然と告げる優に、聖也は呆気に取られる。


「そういうわけで、舞蝶ちゃんは、もう二人も危険な吸血鬼を魅了しているし、危険な目に遭っているわけだ」と、徹がまとめた。


「月斗さんは? あの人もだろ?」


 現在進行形で、執着している月斗は、危険ではないか。

 と聖也が尋ねる。


「まぁ……あれは気付いた時には、手遅れだったのです……」

「俺だって、キレましたからね? でも、お嬢も先生も庇うから」

「仕方ないじゃないですか。冷遇を受けた舞蝶お嬢様に、最初に手を差し伸べたのは月斗であり、お嬢様が一番信用している相手だったのですよ」


 複雑な事情が絡み、許容するしかなかった、と優と藤堂も苦い顔で答えた。

 複雑な事情。冷遇のことも聞いていた聖也は、なんとなく察した。


「……執着の理由としては?」と、念のための確認。シーン、と沈黙。


「ちょっと?」


 聖也は急かす。一つため息をついて、優は口を開いた。


「正真正銘の恋愛感情を抱いた執着です。まぁ、彼の場合、“傷付けずに守る忠誠”にも執着するように自分に言い聞かせていますし、今のところ、お嬢様も上手く手綱を握っていますよ」

「……握ってるんですかい、手綱」

「お嬢様にはもう告白していますし、知った上で手綱を握ってもらった方がいいですからね」

「ふーん、なるほど。それでですかい」


 手綱を握る舞蝶とひれ伏す月斗の図を思い浮かべる聖也だった。


「結局、本人が自覚した上で自制をしてもらわないといけません。あなたの部下は、忠誠心の暴走で他人を殺戮したりしないですが、吸血鬼の場合はタガが外れやすいので、自制をしてもらわないと。舞蝶お嬢様はそんな吸血鬼を惹きつけやすい体質だと判断して、我々が気を張っているのです」

「本人に秘密にして?」


 肩を落とす優は、言う。


「“あなたは魅力的すぎるから、好かれないように気を付けてください”なんて言えます? 言われたいですか?」

「それは……う、うーん」


 言われたくはないし、そう言われても、どう気をつければいいか、皆目見当がつかない聖也はしかめっ面で唸るしかない。


「一目惚れは防ぎようもないのです。執着されないよう、交流を避ければいいのです。お嬢様はただでさえ、冷遇で閉じ込められたようなものですから、ありのままの生活をしてほしいと願うのは当然のこと」

「……な、なるほど……。大人も、大変ですねぇ。舞蝶嬢の魅力なんて、才能に比例するかのように無限大ですし」


「その通りです」と、鼻が高い優。


「そういうことで、舞蝶ちゃんには、このこと黙っておいてくださいね」と、徹が口止め。


「はい」


 聖也は、素直に頷いた。


「……ところで、いつも月斗さんは舞蝶嬢に付きっきりですけど……認めたり、しているんですか?」


 それから、恐る恐るの質問。

 それには、威圧ある笑顔で迫る藤堂。


「認めてるってなんすか? 月斗と交際していいかどうかですか? あの二人、何歳差だと思っているです?」

「え、えっと……10歳くらい?」

「13歳差です! 舞蝶お嬢も、まだ恋愛はわからないお年ですしね!? 誰かと交際なんて認めませんが!?」

「お、おおう」


 気圧される聖也。


「誰目線で、認めないだなんて、ほざくんです?」と、冷たい一言を放つ優。


「お嬢が起きるんで、落ち着いてくださいよ。藤堂さん」


 橘も止めるために、肩を掴んで引き剥がした。


「(大人って大変だな……)」と密かに思う聖也だったが、わりと彼もまた、保護者ポジションの部下に苦労をかけている自覚がなかったのだった。



 

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