♰133 初詣と抱負と、異空間の罠。



「初詣なんだから着物でしょ!」と、徹くんが着物を持って押しかけて来たので、新年早々、着せ替えさせられた。


 紺色のグラデーションと、金色のラメで描かれた揚羽蝶の着物。

 徹くんが着付けをしてくれて、月斗と優先生で髪型を整えてくれては着飾ってくれた。

 ふわふわのスヌードであったかくして、紅葉兄弟と桐島一家と待ち合わせた神社へ向かった。


「明けましておめでとうございます」と、みんなで挨拶し合う。


「あらあら! 着物! 可愛いわ! 舞蝶ちゃんったら!」

「あえは!」


 桐島親子。

「今、舞蝶って呼んだ」と燃太くんと、一緒に広くんを見て笑い合う。


「聖也の若頭の部下さん達……なんか、顔色悪い?」と、首を傾げて見る。

 燃太くんが振り返る先は、聖也の若頭についてきた部下達だ。大半が、明らかに顔色が悪い。


「あー、気にしないでください。あれは悪酔いした酔っ払いの成れの果て。昨日はどんちゃん騒ぎしちゃったんですよね。未成年の俺達そっちのけで、お酒を飲んじゃって……やれやれ」と、肩を竦めて見せる聖也の若頭。


「紹介しますね。コイツ、オレの一個上の盛丘(もりおか)昴(すばる)っていうんだ」


 隣を親指で差す聖也の若頭が紹介したのは、くちゃくちゃとガムを噛んでいる細身のグラサンの青年。

 未成年だから、まだ少年と呼ぶべきではあるだろうが、黒のジーパンやライダージャケットで、大人びて見れる。


「初めましてぇ。昴って言います。雲雀、舞蝶。お嬢、さ、ま?」


 とズイッと顔を寄せて、グラサンをずらして覗き込む盛丘昴さん。意味深……。


「はい。初めまして」と、黒い瞳を見つめ返す。


「最年少の天才術式使いの雲雀舞蝶、お嬢様」

「……?」


 なんか、探るように見られているような……。


「お嬢様。ぶっちゃけ、あなたは」

「やめんか」


 スパコンと頭をはたいて、聖也の若頭は盛丘さんの言葉を遮った。


「いいじゃんか。ぶっちゃけ尋ねても、あいてっ」


 と、バシッとデコピンまで食らって黙らせられる盛丘さん。


「すんませんねぇ。コイツも寝不足でテンションおかしくて」


 聖也の若頭はそうやって、無理矢理誤魔化した。


「舞蝶ちゃん。彼だよ。凄腕の天才ハッカー」


 髪型を崩さないように、頭に手をポンと置いた徹くんが教えてくれる。


「ああ。無線を盗聴出来るようにしたり、燃太くんの噂をやめさせたっていうハッカーさんでしたか」と話に聞いていた人だと思い出す。


「公安の無線機をハッキングしたこと。咎めてもいいんですけどねぇ?」と笑顔で威圧を放つ徹くんだが、聖也の若頭も盛丘さんも、サングラス越しに目を背けた。


「いやーなんの話やら」

「うん。証拠ないしなぁー。なんのことやら」


 言い逃れするが「あの時、白状したでしょ」と言質は取れているから、徹くんは問い詰める。


「年越したんで時効です!」

「そうだそうだ!」

「そんな短すぎる時効はありません!」


 技術高めの悪戯小僧バーサス威厳ある警察って感じ。苦労しているなぁ、徹くん。


「燃太くん、元気?」

「うん。舞蝶はいつも気遣ってくれるね。ありがとう」

「友だちだし、私の薬だしね」

「うん……」


 悪戯小僧は放っておいて、燃太くんに話しかける。すると、浮かない顔で俯いた。


「どうしたの?」

「……俺、中学に進学するんだ」


 初耳。小五の燃太くんは、飛び級で中学生になるのか。


「え、そうなんだ? おめでとう。でも、嫌なの?」

「うん……だって、舞蝶はいないから。……舞蝶も、進学しない?」

「それはシステム的に無理」


 寂しがってくれるのは嬉しいけれど、悪いけれど頷けない。

「そうだよなぁ……」と、無理だとはわかっているから、あっさりと引き下がるけれど、不貞腐れた顔の燃太くん。


「中学でも隣なんだし、何かあったら連絡して」

「……うん。あとさ。その……」

「ん?」

「なんて言ったらいいのかな……その……うーん」


 何か言いたいみたいだけど、言葉をまとめていないのか、口ごもる燃太くんを首を傾げて急かさずに見ていると、何故か手を繋いできた月斗が引き離してくる。

 藤堂もやや割り込む。

 何。


「俺も」

「だめですね!」

「えっ?」

「何が言いたいかはわかりませんが!? だめですからね!!」


 まだ何も言っていないのに、燃太くんに却下を言い渡す藤堂。

 なんか絶対勘違いしているみたいだから、膝の裏に蹴りを入れてやった。

 着物で上げづらっ。


 がくんっと、見事バランスを崩した藤堂は、床に座り込んだ。


「いいですか!? 舞蝶お嬢は、こうやってすぐ足が出るような子ですが!?」


 私を指差す藤堂に冷めた目で「なんの話をしているの、藤堂は」と言ってやる。

 燃太くんも「う、うーん。なんの話をしてるんですか?」と首を捻った。


「何が言いたかったんですか? 燃太くんは」と、優先生が優しく笑いかける。


「あ、う、うーん……。今はやめておく。今年の抱負」


 だらけたがり屋の燃太くんには珍しく、気合いを入れた様子で拳を固めた。

 秘めた抱負だと言うので、探らないでおく。気合い入っているしね。


「舞蝶は抱負決めてる?」

「んー。月斗かな」

「ンンッ!!」


 不意打ちで真っ赤になる月斗。


「ああ。吸血鬼の薬?」と、すぐに気付く燃太くん。


 そうです。吸血鬼の薬の完成を、一応抱負にしておくんですよ。


「俺も頑張らないとな。能力のコントロール」と呟くので、抱負とはまた違うらしい。


 順番がきて、参拝する。

 鐘を鳴らして、手を叩き、両手を合わせた。瞼を閉じて、念じる。


 かつての『雲雀舞蝶』へ。

 年を越しました。

 8歳になる今年も生き抜きます――――と。

 密かな抱負を告げた。





 新学期が始まって、最初の週。

 徹くんと待ち合わせたので、そこへ向かっていた。


 すると、バッタリと鉢合わせたのは、初詣で会った聖也の若頭一行。


「あれ……? 奇遇ですね。こんなところでお会いするなんて」

「聖也の若頭達も、こんなところで……?」


 何しているんだろう。

 これから向かう店は、若者向けの喫茶店なんだけど……そういう店ばかりが構えている通りに用があるのかな? 強面な部下もいるから偏見かもしれないが……行くの?


「いや。風間警部と待ち合わせしてまして」

「え? あなたも?」

「え? 舞蝶のお嬢様達もってこと?」


 聖也の若頭も、徹くんと待ち合わせ。

 変だな。首を捻ってしまった。聖也の若頭達も、困惑した。


「私達の労いのために奢ってくれるって言っていだけど」


 パフェの美味しいところだって、人気店を予約してくれたのに。


「え? 俺は『トカゲ』について議論したいって呼び出されてんだが?」

「『トカゲ』……? 徹くんと議論する仲?」


 不審感が高まる名前が出てきて、サーくんを片腕に抱えて、コートからスマホを取り出す。


「まぁ、たまに? 呼び出されたのは初めてだが……なんでお嬢様達と被ってんだ? そっち何時? こっちは何時だっけ?」


「11時」と黒マスクの渦巻さんが隣で教えた。


「私達もです。三日前に入れた予定です」


 徹くんに電話をかけて、コールを聞く。


「俺は二日前、メールで。『トカゲ』探しも、難航してたから、ホイホイ来たが……おい、昴! 俺のスマホに偽のメールって届くか?」

「バカ言うな! お前のスマホを自分より厳重にセキュリティ対策してんだ。偽のメールって言うなら、なりすましが高いだろ」


 と盛丘さんは言いながらも、小型のパソコンを開いてカチャカチャといじり始めた。

 怪訝な顔を曇らせる聖也の若頭が「なりすましって……あの人がスマホ盗まれるヘマなんてしないよな?」と呟くから、私は「……徹くん。射撃訓練するから、一応隙はある」と一応機会がないわけではないと伝えた。


「……電話は?」

「出ない」


 コールが続く。


「運転中では?」と、藤堂が覗き込む。


「そうかもしれないけれど、不可解だから」


 徹くんが狙われている疑惑が湧いている私は、気が気ではない。

 でも、そうすると、聖也の若頭は? 何故彼が誘き出された? ってなる。

 追跡がしつこいからまた反撃?

 それはグールの群れを投入した時にしたはず……追撃?


「月斗。キーちゃんと店に行ってくれる?」

「はい……」


 本当は離れたくないだろうけれど、吸血鬼の丈夫さを活かして、身体を張ってほしい。

 キーちゃんは、仕掛けられた術式を見付けたら解いて。

 意図を汲み取ってくれた月斗は重く頷いて、藤堂と優先生と目配せをした。

 キーちゃんも、キリッとした顔で、頷く。


「あ。徹くん」

〔ごめん、運転してた。どうかしたの? 舞蝶ちゃん〕


 電話が繋がって、ホッとする。


「今聖也の若頭といるんだけど、同じ約束してる?」

〔え? 同じ約束? してないけど……?〕

「聖也の若頭には……メールを送ってないの?」

〔うん。え? そう言ってるの?〕


 私が口にした言葉を聞いて、聖也の若頭は竹刀のように布袋に隠した刀をいつでも抜刀出来るようにして、部下達と向き合った。


 そこで、頭上に違和感を覚えて、空を見上げる。


 寒空には何一つない。なかったのに。


 何もないところから、何か落ちてきた。


 水色に濁った水晶玉が落下。


 私と異変に気付いて振り返った聖也の若頭の間の地面で弾ける。


 その瞬間、鈍く光るなりブラックホールのように吸い込んだ。


 強引に吸い込まれて、ひっちゃかめっちゃっかに揺さぶられた。ダンッと背中にコンクリートブロックみたいなものがぶつかって、『お守り』が発動してしまう。

 それからも、崩壊した建物の破片がそこらかしこに一緒に回されている。


 一瞬だったが、同じく吸い込まれて見えたのは、近くにいた藤堂と、聖也の若頭と渦巻さんだった。

 かろうじて姿を見たが、次の瞬間には見えなくなる。壁が出来上がって、建物が創造されていく。


 完全に、異空間に吸い込まれた! 閉じ込められた!

 『トカゲ』のトラップにあるって聞いたことがあるけどッ!


 キーちゃんは打ち破れる!? と尋ねたが、返答がない。

 キーちゃん!? 名前に呼びかけても、繋がっていないとわかるだけ。


 だめだ。隔離された。


 理解した瞬間、グサッと左の二の腕を細長い鉄の棒が貫いて、痛みで「あッ!!」と短い悲鳴を上げる。


「お嬢ッ!?」


 藤堂の声。

 痛みで探すよりも、貫通した棒を引き抜きたくて、掴んだ。でもそれよりも先に、建物が完成して、床に磔状態にされて世界は止まった。


「ッ!!」


 深く突き刺さった鉄の棒はびくともしない。

 立ち上がったところで、私の身長ではどう足掻いても起き上がれない。

 そもそも、立ち上がる力も出せない。激痛のせいだ。


「藤堂っ」

「お嬢! 動かないで! 今行きます!」


 変な場所にコンクリートブロックが突き刺さっている床を乗り越えて、藤堂が駆けつけようとしていた。

 言われなくとも、動けない。


 近付いた藤堂だったが、ビクンと身体を跳ねては、膝から崩れ落ちた。


 真っ青な顔になると「クソ! サスケか!? やめろ! お嬢を手当てしないと!!」と声を上げる。


 ガタガタを震えながらも立ち上がろうとしているけれど、失敗していた。


 サスケ? そうだ。サーくんも、巻き込まれている。


 探してみれば、そばに座り込んで目を隠して震えているサーくんがいた。

 サーくんが怯えて、無作為に幻覚攻撃をしているようだ。

 私が負傷しているから。

 この不安と恐怖の感情は、サーくんのものか。


「サーくん。大丈夫。落ち着いて? ね? 藤堂が苦しいって。やめてあげて?」


 優しく声をかけるけれど、痛みで意識が朦朧としてしまう私には、しっかり大丈夫だと伝えてあげられそうにない。

 大丈夫。大丈夫。そう言い聞かせた。

 効果はあったようで、顔を上げたサーくんは少しは落ち着いたらしい。

 でもサーくんを落ち着かせても、恐怖による麻痺状態だ。藤堂が動けない。


 キーちゃんも繋がらないから『召喚』も出来ない。

 氷平さんにも助言を求めたかったけれど、彼にすら繋がらなかった。

 この異空間は、他の異空間とも遮断されているようだ。


 どうしよう。浅く呼吸をしながら、ドクドクと流れているように感じる血を感じた。


 すると、グサリッ。

 藤堂が懐の短刀を取り出して、自分の手の甲を突き刺した。

 痛みで恐怖の麻痺を振りほどいたのか、こちらに駆け寄ってくれる。


「抜きますよ!」

「っう!」


 勢いよく抜かれた鉄の棒。抜かれても痛い。

 身体に穴が開いている。


「マズい、出血が。希龍を呼んで、また『治癒の術式』を出来ますかい?」


 頭をかち割れた時の?


「無理。呼びかけても、繋がらないの。現実と異空間から隔離されてる。サーくんも戻せないし、氷平さんとも……多分『トカゲ』の独自の術式のせい……」


 藤堂が自分のマフラーで止血しようとするから止めて、右手で傷口を押さえた。

 そして、内側から『治癒の術式・軽』をかける。

 ポッと白く光ったそれを、重ね掛け。多重発動で、傷口を塞いだ。


 だいぶ楽になった……ふぅ。


「何したんですか?」

「『治癒の術式・軽』で内側から傷を塞いだ。ちゃんとした手当ては、優先生に頼もう……。脱出しよう」


 まだ違和感があるが、強烈な痛みがあったせいだと思いたい。腕が上がりにくい。

 藤堂の手の傷も『治癒の術式・軽』で、なんとか治した。


「無茶するね」


「へへ。お嬢が治してくるのを見越してやりました」とへらりと笑うから、力なく笑い返す。


「一人で巻き込まれなくてよかったです……」と、藤堂はコートを脱ぐと、私の肩にかけた。


「抱えますよ」と銃を片手に持ちつつ、私を抱える。


「サーくん。おいで」と私が呼びかけるとふわーと飛んできて、胸に飛び込んだ。


「ちゃんとサスケと仲良くすべきでしたね……まさかこんな時に攻撃を受けるとは」


 サーくんに心を許してもらっていなくて見えていない藤堂。


「ううん。私が怪我した時点で動揺が伝わったんだと思う。それで怯えちゃって。怖がりだから。月斗でも、攻撃を受けたかもしれない」

「そうですか……。月斗達は、大丈夫ですかね? とりあえず、一緒に放り込まれた聖也の若頭さんと合流します? 情報を持っているかもしれませんし」

「そうだね」


 藤堂に抱えられて、その部屋を出るなり、聖也の若頭と渦巻さんとバッタリと会う。

 一瞬で、合流したのだった。



 

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