♰124 遭遇と『トカゲ』のトラップと天才。(+若頭side)




 腰を落ち着かせることに決めた家に住んでから、三回目の週末の夜。

 徹くんから、仕事が回ってきた。

 少し遠出だったけれど、簡単なグールの討伐のはずだった。


 決行は、夜。運転してくれた藤堂は徹くんと待機で、私と月斗と優先生が行く。

 キーちゃんとサーくんも一緒である。

 

 情報をもとに追跡をしてみれば、廃れた巨大倉庫の中で、想定よりも多すぎるグールがいた。

 思わず「げっ」と、零すぐらいにはびっくりした数だ。ゾンビパニックになったら、嫌な数である。

 しかも、グールに術式が見えた。


 これはなんなのかと優先生に尋ねようとしたのに、そこでグールが消えてしまう。


「消えた!?」

「転移の術式!?」


 転移の術式。人間に使うには危ういが、破損しても問題ないグールを転移させたということ。異空間ではなく、指定した別の場所へ。


「遠くはないはずです。手分けして捜しましょう」

「んー、わかった。じゃあ、キーちゃんと行ってくれる? 優先生」


 近くのはずだから手分けして、探すことになった。

 月斗は当然私と離れたがらないのはわかりきっているから、月斗は私とサーくん。

 キーちゃんを、優先生につけた。


「グールに術式が見えたので、キーちゃんのひと鳴きでなんとかなるはず」

「グールに術式ですか……妙ですね。お嬢様の方で群れに出くわしたら?」

「多すぎたら、ヒョウさんに片付けてもらえるから」

「……わかりました。希龍、よろしく頼みますよ」


 『最強の式神』の氷平さんという切り札もある。

 優先生に納得してもらい、任せろと張り切るキーちゃん。


 連絡を入れた徹くん達も予定を変更して、捜索に加わるそうだ。数が多いだけあって被害を懸念してのこと。


 隠された地下通路を進み、二手に分かれて捜索開始。


「白のコートが汚れそうですね」

「うん、任務に白いコートを着るべきじゃなかったよね」


 サーくんを肩に乗せている月斗に頷く。私は白いコート姿である。

 地下通路は行き止まり。代わりに上へ繋がる穴があった。


「夜空ですね、外です」

「一応上に出ようか」

「じゃあ、捕まってください」

「ううん、ここは身体能力向上の術式の出番だよ」


 月斗の提案を断り、拳銃を片手に持ったまま、私は術式を発動する。

 身体能力向上の術式を使って、壁のデコボコを利用して、飛び上がる。

 大人も凌駕する身体能力で、一階分を飛び越えた。


「お嬢。上手く使えるようになりましたね」と褒める月斗は、軽々、ひとっ飛びで着地。

 吸血鬼だもん。


「あ……?」

「あっ……」


 地上の空き地みたいな場所でバッタリと会ったのは、燃太くんの兄である聖也の若頭だった。

 湯気を出す刀を、剥き出しに立っていた。


「舞蝶のお嬢様? こんなところで、何して……」


 真っ赤な瞳を見開いて、ポカーンとした彼は、サングラスをしていない童顔。

 つけていないと余計幼く見えてしょうがない。言わないけど。


「公安のお仕事です。グールのお片付け」と、素直に答えておく。

 これは隠すようなことでもない。


「公安の仕事? 一人でか?」と、怪訝な聖也の若頭。


 彼には、私しか見えてない。

 何故なら、月斗は肩に乗せているサーくんと一緒に姿を消す幻覚を使用しているから、他人には見えないのだ。藤堂が見えなくなったと騒いでいたもの。


「あなたの方こそ。何かと戦ってたのに、一人ですか?」と、刀を見てから、周囲を見回した。

 私のことはスルー。


「『トカゲ』ですよ。今片付けたところだが……いつの間にか、部下達がはぐれちまって。全く、目を離すといつもこうだ」


 呆れたため息を吐くが、燃太くんの話からすれば、はぐれたのは聖也の若頭の方だと思えるのだけど。


「あ、そうでした。舞蝶のお嬢様には、正式にお礼を伝えないといけないんでしたね。弟の体質を改善してくれてありがとうございます。学校でもよくしてくれているようで、大変ありがとうございます」


 と、刀をしまって、ペコリと頭を下げてきた。


「構いません。経緯は聞いていると思いますが、友だちになれた縁です。こちらも研究の糧になるという、利益がありますので、完全なる善意ではないですからね。そうありがたく思わなくてもいいですよ」


「……いやはや。叔母にも聞きましたが、喋るお嬢様も大人びた喋り方をしますね」と、苦笑して頭を掻く。


「合わないと思っていた弟と、まさか友だちになるとは……。しっかし、弟があんな興奮して元気な姿は、幼稚園児以来ですよ。本当にありがたく思います」


 友だちとしてはお勧めできないと言った聖也の若頭の意見とは反して、友だちになった私達。

 燃太くんは元気な姿で過ごしていて、それに感謝しているのは、本当に弟を思っているからなのだろう。

 温かみのある目で笑みを零す。


 そこで、公安の人間が何人か現れる。


「こっちの『トカゲ』追跡隊だ。グールの討伐と現場がかち合ったようだ! 公安の手の者だ!」と、私に教えてから、公安の人達に言った。


「あ。部下も来たな。おーい」と、遠くで部下を見付けてを振る聖也の若頭。


「あの。グールは転移で近くに移ったらしいので、誰か討伐していないか確認してもらっていいですか?」と頼む。


「わかった。おーい、誰かグール倒してねーか? おっ。確保したんだな」


 聖也の若頭は、公安の刑事が見せたものを見て、気が逸れる。


「それ……『トカゲ』の?」


 私も覗いてみれば、襲撃された際の『トカゲ』流の『式神』が木の檻カゴの中に入っていた。

 どっぷり太ったカメレオンみたいな。


「おう。やっと一匹捕まえられたんだ。出没先にしつこく出向いて、ずっと捕獲を試みてきたんだ。『トカゲ』らしく、するするーって手の中からすり抜けますんで、一匹とっ捕まえて、戻る術者の居場所を特定してやるんですよ。『トカゲ』流の術式だから、難しいと思うが」

「あー、じゃあ、私がやってもいいですか?」

「おっ。出来るって言うなら、ぜひにやってみてください。最年少天才術式使い様」


 捕獲した『トカゲ』の『式神』は、沈黙している。それで術者を特定して見ることを心掛ける。『式神』は『トカゲ』流で術式も見えないから、特定出来るかはわからないけれど。

 それでも、試してみる。

 私も天才術式使いの一人だから、許された。


 差し出された木の檻カゴを受け取り、両手に挟んで教えてもらったことのある術者を特定して追跡する術式を使ってみる。


 途端に、ズグリッ。


 激痛が走って、膝から崩れ落ちる。

 吐くことを堪えて、檻カゴを置いて、顔を背ける。


 口を押えたが「ゴフッ」と血を吐き出す。後ろで零した。


「お嬢!!」

「うお! ビックリした!?」


 月斗が見えるようになったから、聖也の若頭は驚く。

 月斗は自分の上着を、サッと被せてくれた。

 その中でなんとか、ダメージを受けた肺に『治癒の術式・軽』を使った。

 癒しの光りが、中で灯る。痛みが、だんだんと和らいだ。


「お、おい? 舞蝶のお嬢様? どうかしたのか?」

「大丈夫です」


 ゴシゴシと口元を拭う。


「残念ながら、これはトラップです。術式をかけた瞬間に、攻撃を受けますよ。死にます」

「なっ! 大丈夫か!?」

「私は防御の術式を身につけているので」


 防御の術式道具をつけているとは言うけれど、このトラップには効果はなかった。

 肺を直撃する攻撃を受けて、出血で窒息しかねないトラップだった。でも、『治癒の術式・軽』で治したから、大丈夫だってことは嘘じゃない。


「苦労したのに、トラップかよ……わざわざすまない、舞蝶のお嬢様」と肩を落とす聖也の若頭は、檻カゴを残念に見下ろす。


「! 待って。『トカゲ』はわざと捕まるようにしたのでは? このトラップで死ぬのはせいぜい一人ですが、誰かが死ねば動揺して――」


 私がハッとして言えば、次の瞬間には、追っていたグール達で溢れて、一同が動転。


「不意を突かれる!」

「っ!! チクショウ!!」


 これが、トラップだ!


「追っていたグールか!?」

「はい!」


 瞬時に、戦闘は開始されて、銃は発砲、刀が切り裂く。


「クソ! お前ら!! 中心から退け! 俺が払う!」と聖也の若頭が声を上げるが、乱雑した場では聞こえていないも同然。

 不意打ちは、効果てきめんだ。


「チッ!」と、諦めて炎をまとう刀を振るう聖也の若頭。


 さっきと同じ。

 グールに術式が見える。銃で頭を撃ち抜けば、術式は消えた。


 術式。あれを解けば、グールは動かなくなるのでは? 術式のグール?


 キーちゃんがいれば、サーくんに隠してもらって解いてもらえたけど……優先生を一人置き去りにされては危ないから、一緒に来てもらうしかない。


 でもあんな術式、なんなんだろう。

 不可解に思いつつも、撃っていれば、黒マスクの渦巻さんが、そのマスクを外して口を開けた。

 吐き出された術式を目にする。ぶつかったグールが爆ぜた。


 あれが、声による術式?

 その術式は、声による攻撃としての形のようだ。そして術式使いが目に見える術式が、グールにぶつかるなり、爆ぜている。

 術式の字がぶつかれば、作用するタイプ。

 なるほど!


「聖也の若頭! 渦巻さんを呼んでください!」

「は!?」

「試してもらいたい術式があるんです! このグールを一斉に止める術!」

「何!? ……っ! 奏人! おい! ご指名だ!」


 一瞬悩んだ末に、聖也の若頭は、渦巻さんを呼んでくれた。来る前に、コートを脱いで私は吐いた血で背中に術式を書き込む。


「なんだ? 聖也」と、渦巻さんは背の高い部下と、駆け付けて一緒にやってきた。


「舞蝶のお嬢様から協力要請だ! 応えられるか?」

「?」

「渦巻さん! 声の術式はよく知りませんので、不可能かもしれませんが、これは発動出来ますか!? グールの術式が見えて、それが動力源のようです! 打ち破れれば、一網打尽出来ると思うのですが!」


 と、書き上がった術式を、コートで見せる。


「「!!」」


 目を見開いた聖也の若頭と渦巻さん。サッと目を合わせて、数秒。やがてどちらともなく、頷き合った。


 渦巻さんは黒いマスクを、人差し指で一気に引きずり下ろすと、口を大きく開く。

 その口から吐かれたのは、私が作って術式を少しアレンジされたものが、巨大に吐き出された。

 ブゥンッ。振動が響く。

 術式は一面に広がっていき、ぶち当たったグール達は順番に術式が消し飛ばされて、ドサドサッと倒れた。


 おお、すごーい。

 グールの術式を打ち消すことを狙った術式だから、グールに囲まれていた刑事達も無傷。


 崩れ落ちたのは、グールのみ。制圧完了。


「圧巻だな……」と、しげしげと聖也の若頭が、唖然とした様子で呟いた。

 そして、渦巻さんと一緒に私をじっと見てきた。


「すごいですね。アレンジしたのは、広大範囲で効果的にしたからですか? 全体的に届いて、消してくれましたね。ありがとうございます」と、しげしげするのは、私もだ。


 瞬時に作り上げた術式を、自分で使えるように、工夫して仕上げるとは。

 流石、天才術式使いだ。


「……」


 意味深に目を見てきた渦巻さんは、私の口元に視線を移す。

 何かと思えば、まだ血がついていた。


「……舞蝶のお嬢様」と、聖也の若頭が呼んでは、何かを言いかけたけれど。


「舞蝶お嬢様!」

「お嬢!」

「舞蝶ちゃん!」


 遅れて駆け付けた優先生、藤堂、徹くん。


「よかった、優先生、無事で。これ、グールの術式を解いた術式です。渦巻さんがアレンジで一網打尽にしてくれました」


「術式のグールってこと!?」と、コートを渡した徹くんは驚いて声を上げた。


「そのようですね。無傷の死体が動きません」


 近くの一体を、確認した優先生は肯定する情報を口にした。


「グールの概念が、吸血鬼の血による怪物というなら、厳密にはこれはグールではないですけどね。公安の方で解明と始末をお願い出来ますよね? もう休みたいです」と言えば、月斗のコートを代わりに袖を通して、抱き上げてもらった。


 さっきのトラップのせいで、疲労が酷い。

 休みたいと、ぐったり、月斗の肩に凭れる。


「あ、うん。あとは任せて。人手もいるしね」と、徹くんが許してくれたので、私達は帰ることに。


「じゃあ、ありがとうございました。渦巻さん、聖也の若頭さん達。お先です」


「あ、お、おう。じゃあな」と、手を振ったら、振り返してくれた聖也の若頭。


 サーくんを胸に抱いて、一息つく。


「お嬢。大丈夫?」

「うん。治したけど……休みたい」


「はい。休んでくださいね」と、月斗は抱き寄せた。




   ●●●若頭side●●●




 聖也は、赤い瞳で舞蝶の一行を見送ってから、渦巻を振り返った。


「おい。どう思う?」

「……天才」


 短く渦巻は、答える。


「お前を褒めたが、初めて見る術式を壊す術式を作り出せるか? フツー」

「……うん、天才。俺の声。見えてた」


 黒マスクの下で、渦巻はまた答えた。

 アレンジまで見抜いていた舞蝶を思い出す。


「トラップで防御が発動したって言ったが、血を吐いたみたいだぞ? だろ?」

「……『治癒の術式・軽』」

「……アレは俺の部下の中でも、難しいって言ったじゃねーか。いや、待て。燃太の薬も、舞蝶のお嬢様が考えて作ったって、べた褒めだった……」

「……」


 聖也も、渦巻も、同じ方向を見据えた。


「まさか、な……」と、目を鋭くさせて、残って指示を出す徹を視界に入れた聖也の若頭。


 グサッと、刀を突き刺して、どっぷりと太ったカメレオンを燃やし尽くした。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る