気付いたら組長の娘に異世界転生していた冷遇お嬢。
三月べに
【第壱章・冷遇されたお嬢に異世界転生】
♰01 気付いたら組長の娘に転生していた幼女。
ぼやける視界。熱い。
ほわほわとしたり、グラグラと揺れたり。
瞼が重くて、上げられない。
話し声がしたり、冷たい物で拭われたり。
熱があまりにも高すぎるから、後遺症もあり得るとか。今更動かさない方がいいとか。
そんな会話がされている。
意識が何回か途切れたあとに、ずいぶんと楽になった。
それで入院すべきだと、救急車で運ばれる。
意識はまだ朦朧としていたけれど、やっと自分の身体が小さいことに気付いた。
子どもの身体だ。幼い少女の身体。
……何歳だ?
…………ていうか、誰???
救急車の天井を眺めながら、混乱した。でも、まだまだ熱が高いせいか、考えることはまともに出来ず、目を閉じる。
次に意識がはっきりしたのは、広々とした病院の個室だ。
ドラマで見たことあるような、VIPな患者の病室って感じ。
「やはり、水分補給を怠ったせいで、喉を痛めてしまっているので、当分声を出さないで安静に過ごしてください」
「……そうか」
「……もっと早くに、対処出来ればよかったのですがね」
「…………」
そう告げる白衣の男性は、医者だろう。
一緒にいるのは、恐らく……”
すぅ、と細められた瞳は、冷たい。
親子の情が見えないのだが。だがしかし。
だがしかしだ!
艶やかな黒髪の前髪の隙間からの、青灰色の冷たい瞳。
日本人とは称しがたいほどに、はっきりした目鼻と美しい顔立ち。
これぞまさしく、ゾッとするほどの麗しい美丈夫。
めちゃくちゃ、及ばなくとも同じく見目麗しい医者の非難がましい言葉に対して、私へ非難を超えて蔑んだ眼差しを向けている気がする。
が! だがしかし! マジで美麗だなこの人!!!
私の意識は、そっちにいってしまう。
蔑む冷たい視線を受けても、美しさに意識を持っていかれる!!
とんでもない魔性な男!
本当に”
高熱で入院するほど放置されたらしい私は、一人で歩けるようになって、やっとお手洗い室の鏡で自分を見れた。
……うん! 彼の遺伝子を持ってるな、この子!!
同じ黒髪だし、顔立ちも似ている。高熱でどれほど寝込んだのかはわからないが、不健康的な肌の白さややつれ具合を差し引けば、血の繋がりを感じる容姿!
大丈夫だ! …………何がだろう。
とりあえず、入院中の病室で一人、把握することにした。
重・大・発・表!
私は転生しました!!!
いやぁ〜あるんだね、生まれ変わりってマジで。三十路なオタク女が、こんな美少女……美幼女? に転生か。マジか。すごいわぁ。
でも、今までの記憶がないんだ! 皆無!
前世の死の記憶がないのは、全然いいけれども……一ミリミクロンも、現世の記憶ないって、ヤバくない???
とか、思ったけど、不幸中の幸いというべきか、親子仲は冷めているらしく、声が発せない後遺症がまだ残っていることもあり、中身が別人状態はまだバレていない。
むしろ、転生ではなく、憑依? 入れ替わり? そこのところ、明確な区別わからないけど、とりあえず、記憶ないせいで別人格テヘペロ! 状態。なんか入れ替わったりとかしたら、申し訳ないわ、元の身体の持ち主に。
そもそも、この子は、どういう子なんだろうか。
どういう性格で、どういう生活をしていたのか。
…………母親、らしき人。全然見舞いに来ないのは、あれか? 母親とも関係最悪? すでに他界パターン??
豪華な個室を見て、父はどこかの大企業の社長で、私は政略結婚相手の娘か何かで、愛をもらえていない。
ということを、ワンチャン期待した。
ワンチャン期待した理由は、唯一まともに話しかけてくれるけれど、不愛想な美形の主治医が「
組。組長。
そういえば、病室に来ていた蔑んだ冷たい視線を注いできた彼は、和服姿だった。上質な和服だった気がする。
…………。
いや、ワンチャン違うかもしれない!
という淡い希望を捨てきれずにいたけれども。
「お嬢、お迎えに上がりました」
「ご快復、おめでとうございやす」
「おめでとうございます」
強面スーツの男性面々の黒いリムジンでのお迎えに、淡い希望は打ち砕かれた。
ご令嬢はご令嬢でも…………
小さな身体で、なんとか乗り込んだ後部座席に深く座って、遠い目をした。
……いやぁ〜。どうしよう。どうすればいいの、コレ。
極道のご令嬢なのに、親子関係は冷え冷えしてるし、家族の存在すら把握が出来てない。
眼鏡美形の主治医のおかげでなんとか、この子の名前が、舞蝶(あげは)だとはわかったけれども、家に帰ったところで、右も左もわからない。
ヤバいわ。
何に気をつけるべきかすらわからない。
極道の家で、何か特別なルールとかあったら、どうしよう……。ドラマやマンガの知識以上に、ヤクザのこと知らないよぉ……。
地雷踏んだらどうしよう。……本物の、地雷とかないよね? ここ日本だもんね、ないよね、アハハ。
…………デカっ。
リムジンで到着した家の門は、これまたご立派。
年季の入った表札には、雲雀(ひばり)の名。
お屋敷を超えて、和式のお城と呼べそうな建物に、気圧されそうだ。
病院の豪華な個室や、リムジンに、この屋敷からして……相当巨大組織なのだろう。
とりあえず、荷物を運んでくれるというお迎えの強面スーツの男性の面々についていけば、自分の部屋に辿り着けそうだと、一先ず安堵。
さもなきゃ、玄関で立ち尽くす羽目になっただろう。
「あ。お嬢だぁ〜。おかりなさい」
廊下で明るい髪をした青年が、呑気な感じに挨拶してきた。
外国人風な顔立ちの美形な若者……?
「ついでに血液パックももらってきてくれたんすよね? いっただきまーす!」
なんか男性二人が大きなクーラーボックスも運んでいるなぁ、と不思議に思っていたが、血液パックを入れていたらしい。
あろうことか、青年は一つを無許可で取り出すと、口を大きく開けたかと思えば、鋭利な犬歯で突き破っては、じゅるるるっ、と音を立てて吸い上げてはゴクゴクッと飲んだ。
私の中で、ピシャン! と雷を受けたような衝撃がきて、固まる。
血液の!
血を!
飲んでる!!
さっき! 二つの牙も見えたし……!
きゅ、吸血鬼〜っ!!?
確かによく見れば、吸血鬼にピッタリな美しい容姿の青年だ。格好はその辺のにーちゃんみたいに、パーカー姿とラフではあるけれど!
主治医も無愛想ではあったが、色気ある男性だったし、あと組長こと父が絶世の美丈夫すぎるから、比べたらアレだけども!
むしろ、あの絶世の美丈夫である父が、吸血鬼だと言われてたら、すんなり納得しそう! あの美貌の迫力は、人外級だわ!
……あれ? でも、そうなると、私は吸血鬼の子? え? あり得ないな? だって、高熱で入院したのよ? 絶賛、喉を痛めて、声出せないし。
「バカお前! お嬢の前で、吸血行為は禁止だっつーの!!」
「ぶふっ!」
スパコンッ!
爽快な平手打ちを頭に受けて、吸血鬼青年は衝撃で吸い上げていた真っ赤な血を噴き出した。
だ、大惨事……!
美青年が、血を大量吐血したような光景……! こわッ! どこのグロのスラッシャー映画!?
「すんません! お嬢!!」
「うちの組に入った吸血鬼達に、絶対ルールって言い聞かせたろうが!!」
「すんません! すんません! 組長に言わないでください! お嬢!」
「アホ! お嬢が組長と話すわけないだろ!」
「え? そうなんすか?」
「声、今出しちゃいけないそうだしな」
口を真っ赤にした吸血鬼青年が、半泣きべそ状態で告げ口を止めてくるけれど、迎えに来てくれた人達が、きっぱりと告げ口はないという。
絶対ルールを破っても、口を聞かないほどの仲が悪い……? むしろ、接触は許されないレベル?
「ほら、お嬢ー。部屋行きましょー」
青年に急いで掃除するようにはやし立てる数人を置いて、残りの送迎の組員は、私を部屋まで送ってくれた。
和式の屋敷でも、私の部屋は、カーペットが敷かれていて、大きなベッドが置かれている子どものものにしては、広い部屋だ。お金持ちの子ども部屋に相応しい部屋だけど、どうにも……。
「じゃ、ごゆっくり」と、ぺこりと頭を下げると、廊下を引き返してしまう。
……よし。始めよう!
私は、
先ずは、部屋の確認。
なんかやけにピカピカした机の引き出しを開き探っても、お目当てのものはなかったから、ベッドの枕の下や、サイドチェストの中もあさる。ない。ベッドそのものの下にも、なかった。
日記……! ない!!
悲劇のヒロイン如く、カーペットの上に崩れ落ちた。
孤独な組長のお嬢様だ。
胸の内を、日記に書き込んでいると推測したのに……! 見事に予想が外れた!!
やべー。やべーよ。
記憶がない点を補うとともに、この異世界の情報を得るためにも、必要だったのにっ……!
呻きたいのを堪える。主治医に声を出さないように厳重注意を受けているので、呻きも禁止だ。
と、とにかく、だ……。
他から情報を得ねば!
この地球に酷似したこの世界を、知らねば!
さっき見付けた社会の教科書を取り出す。この『雲雀舞蝶(ひばりあげは)』は、小学一年生らしい。そう教科書に書いてある。
ええっと、つまりはぁ……6歳か、7歳、だっけ、かな?
社会の教科書で歴史などを確認。ペラペラと捲っては、読み込んだ。
「……」
そして、カーペットの上で突っ伏した。
……似てはいるけれど、知らない世界だ。間違いなく、異世界である。
私は、異世界転生した……!
地球とは微妙に異なり、吸血鬼が存在する異世界!
しかも、歴史には一切”吸血鬼”という単語も書いてなかったから、多分、実在は公にされていない!
でもこの組は、吸血鬼を知っているし、あの青年だけではないらしい。
……この組限定? それとも、裏社会とかでは常識? 暗黙の了解?
…………ダメだ! ぜんっぜんわからない!!
過去今までの記憶もないし、微妙に違う歴史のせいで、常識もわからない。
おまけに、冷遇されているっぽい組長の娘! 当たり前のように組員には、吸血鬼がいる!
どうしよう!! ぐあああ!!
頭を抱えた私は、声を上げたかった。
呻きも、グッと堪える。
色んな異世界転生モノを読んだ三十路オタクが前世の私は、退院したばかりの幼女姿で嘆く。
詰んでるよ、この異世界転生!!!
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