♰111 あれこれこなすお嬢の体力作り。



「ああ、そうでした。発注したい材料がありました。お嬢様の研究のために必要ですが、『治癒の術式・軽』で免除はしてもらえますよね?」と、優先生はピコンとメモしていたリストを、徹くんのスマホに送り付けた。


「え? 研究って何? もう何かしてるの? そんな多忙にしなくていいと思うんだけど?」


 恐る恐るな徹くんは、リストを確認した。


「ん? 何これ……? ビタミン剤の調合みたいな?」

「まぁ、そんな感じですね。月斗が血の代わりにエネルギー補給出来るものを作ろうかと」


 私がサラッと言えば「吸血鬼が、吸血鬼じゃなくなることって、ありえる???」と、目を回しそうなほどに動揺をした徹くん!


「ちょっとした代用品ですよ? サプリで一時的に補う感じで。術式使いの気力の回復にも役立つサプリを、身体能力向上の術式を作る過程でついでに」

「ついでにひょいひょいと傑作を作り出すってどういうこと???」

「作ってないですよ?」


 まだ作ってないですよ。…………してないもん。


「舞蝶お嬢様……嘘はいけませんよ。もういくつも作って、月斗を筆頭に私達に試飲させているじゃないですか」

「あっれぇ~? いつの間に???」

「試験中、お嬢様の影に月斗を潜めてエネルギー消費をさせて、そのあとに作ったものを飲ませて回復を確かめていたんです」

「なんで一度に複数をこなすかな!? 俺の助手に就職してくれる!?」

「は? 許しませんよ」

「すみませんでした」


 ガチトーンで優先生が却下したので、萎んで徹くんは頭を下げた。


「でも、すごいですよ。空腹が紛れますからね、お嬢の薬。まぁ30分くらい空腹がなくなって、力が十分に発揮される状態を維持って感じなんですけど」と、何故かテレテレしている月斗。


「戦闘において、普通に十分すぎる特効薬でしょ?」というけど、確かに長丁場になるような戦闘なんてそんなにないから、当然そうなるだろう。


「副作用とかないの? 効果切れ後に、空腹感や脱力感が酷いとか」

「いえ、空腹の度合いは、変わりませんね。他も特にないですし、氷平さんもないって言い切った術式だそうで、後遺症もなしですね」


 軽く言い退ける月斗。


「……舞蝶ちゃん。それって公安には」


「まだだめ」と、ムッとして言う。


「私が作りたいのは、吸血鬼が暫く日常生活が送れるエネルギー補給の薬! 過程で出来たコレも、まだ改善の余地があるからだめ!」

「完璧主義者ときたか~! だめっていう舞蝶ちゃん可愛い!!」


 と、テーブルをバンバンして悶える徹くん。


「薬かぁ~。術式道具……他にも作ってたりするの?」


 スイッと明後日の方角を向いた。


「舞蝶ちゃん???」

「わたし、こどもだからよくわからない」

「目を合わせて言ってみようか?」


 仕方ないので、おずおずと徹くんを上目遣いで見上げて、軽く握った拳を頬に添えて「子どもだから、よくわからない」と甘えた声で言っておく。


「グハッ! くぁあいいっ!!」


 テーブルに突っ伏する徹くんの出来上がり。


 ん? なんか右から優先生が、左から月斗が撮影してた……。

 隙あらば撮られています。


 誕生日プレゼントのカメラはあまり活躍してないけど、用意されたアルバムに貼るために、プリンターで写真プリント。

 そのアルバムもボリューミーだったのに、誕生日会の写真でほぼ埋まった。

 最初の方には、月斗がいつぞやに撮った最初の写真だったり、散歩姿でなんとなくで撮られたものだったり。

 ショッピングモールでの写真までもプリントするもんだから、アルバムに入らないよ、と言っておいた。

 あと、新品プリンターが過労死しそうだよ。

 別途で、私のファッションアルバムを作成すると息巻いていたが、冗談だよね? ね??

 あと、橘が本当に料理の味まで、書き込んでくれた。星の数は、私が気に入った評価だとか。すごいアルバムの出来上がりである。



 そういうわけで、話し合った結果、選んだ住居へお引越しが決定。



 二週間暮らした高級マンションの部屋から、高い煉瓦デザインの壁に囲われたセキュリティー万全そうかつ高級住宅地の高級中の高級住宅へ。


 お庭だぁ。キーちゃんがソッコーで庭園を気に入りました。

 はい、すぐにお花をむしゃむしゃするのは、やめようか?



 ここは要人を長期匿うために準備されたセーフティーハウスの一つだったらしいが『治癒の術式・軽』の開発者なので、ご丁寧に運転手付きの車までつけてくれた。


 その『治癒の術式・軽』だけど、思ったよりも一発合格者は少なく、二週間で一人がようやく練習を経て使えるようになったらしい。

 でも、まぁ、今までなかった術式だし、治癒魔法が急にポンと使える方がおかしいので、しょうがないのかなぁ。


 掲示板は難易度の高さにヘイトが吐き出されていたらしいが、月斗に「汚いものは見ちゃだめです」と目を塞がれてガードされてしまったので、ちゃんと見なかった。

 まぁ、下々のひがみだし、見なくていいか。改良の助言があればいいけど、優先生も「そんなものは、掲示板にありません」と一蹴してた。


 住宅は別荘のような大きさの二階建て。一階に橘は部屋を望み、二階は私達四人という部屋割り。

 家具もいくつか追加で頼んで運び入れてもらったけど、ほとんど不便がないほどに揃っていた。


 一階の大リビングルームの上には、黒光りのミニシャンデリアがぶら下がっているし、液晶テレビは大型だし、もふもふしたカーペットの下は床暖房だって。

 黒のソファーは大勢がまったりできそうな長い物を二つ。短めが二つ。シックな見た目に反して、触り心地最高か。


「学校が確定したら、好きな家具を選んでくださいね」と、模様替えする気満々な優先生の微笑。

 このままでもよくない???


 みんなで食卓を囲める大きなテーブルの向こうには、カウンター付きのオープンキッチン。

 橘、大満足のホクホク顔で、自分の調味料や調理器具を並べていた。


 普通に確定したい素晴らしいお家ですね。


 一階の真ん中とも言える別の部屋には、机と本棚、つまりは書斎室があり、そこは私と優先生の研究室となる。

 私の資料はもちろん持って来たけれど、優先生も別の家に保管している資料がたくさんあるらしい。落ち着いた頃に、運び入れるとか。



 早速、薬作りをしたかったのに「お嬢。今日の体力作りノルマ、まだ達成してませんぜ?」と、ニヤニヤと藤堂が言ってきた。


 藤堂が体術を教える条件として、体力作りメニューをこなすというノルマが課せられた。息を切らさなくなったら、軽い護身術から教えるとのことだ。



 一緒に走ってくれたり、支えてくれる月斗はへらへらと汗ひとつかかないから憎たらしい。


 吸血鬼めっ! 体力お化け! ……吸血鬼だから怪物? いや暴言すぎる? マジモンのバケモノを怪物呼びしてるもんね……いやいいんだよ、そんなことは。


「お嬢、健康的になりましたよね! 肉付きがよくなったというか」


 ……夜の怪物がなんか言ってる。


「女の子に向かって肉付きがよくなったとか言うな」と、スパコンと月斗の頭をひっぱたく藤堂だったが、お前も前に言ったでしょ。


「でもまぁ、肉はついていた方がいいよなぁ……はぁ」と、なんだか恋しがった風にため息をつくから、じっと見上げてしまう。


「藤堂……そんな毎日ずっと張り付いてなくても、一日くらい遊びに行っていいんだよ? 半日くらいなら許されるんじゃないかな?」

「なっ! な、なな、なんのことですかっ?」

「あっ。夜遊びをしっかりしているとか?」

「だからなんの話ですか!?」


 どう見たって、気が動転しては、あせあせと冷や汗をかいている藤堂は、目がキョロキョロ泳ぐ、泳ぐ。


「いかがわしい遊びなんて必要ありません!!」と声を上げるから「イカガワシイ? よくわからないけど、護衛を少しお休みして息抜きしたらどうかって話なんだけど? なんか食い違ってる?」と、笑顔で首を傾げる。


 サーッと血の気が引いているらしい藤堂は、顔に”やられたー!!”と書いてあった。


 少し外していた優先生は、ズガズガと足早に詰め寄っていったかと思えば、藤堂の胸ぐらを掴んで「うお!?」と芝生の上に叩きつけた。


「グフッ……ドクター……つえぇー、じゃねーか……」と、動けそうにない藤堂。敗北。


 パンパンと手を叩いて払って「術式使いも、身の守る体術を一つや二つ、身につけますよ」としれっと答えると、私の前に片膝をついた優先生。


「やはり護身術なら、私が必要最小限のものを教えますよ。それ以上なら、月斗から学びましょう。ほら、パワーアップの術式を活かす体術を」と、笑顔で提案。


「ちょっと!? 俺の楽しみを奪うな! 俺は、希龍の世話ぐらいしかしてねぇんだぞ!? 研究に加えて体術を学ばせるとか、ズルすぎんだろ!!」

「は? 暇なら、遊びに行けばよろしい」


 絶対零度の返しをする優先生に、藤堂は嘆きまくる。

 何気に楽しみにしてたのね。体術教え。


「とりあえず、明日から学校に通うわけだけど……本当に明日は一日中待機するって本気?」


 橘は、留守番。優先生と藤堂は、過保護すぎやしないか。

 ちなみに、月斗は私の影の中に潜むし、二人は駐車場で待機して、ランチは食堂で一緒に取ると許可をもぎ取っている。

 まぁ、私が小学一年生となると、学校も表向き許可してもしょうがないかもしれないけど。


「だってキーちゃんがお腹空かせたり寝てしまったら影にいた方がいいでしょ?」


 と月斗がにっこり。

 確かにそうだけど。



「本音は?」

「お嬢のおそばにいたいです」



 あっさり白状。キーちゃんのことは言い訳でしょ。


「お嬢様にはマイナス要素が多いですからね。身分もそうですし、幼すぎる点もありますしね。校舎は分かれていないので、絡まれたらと思うと心配です。よって知らせが受け取れる範囲に待機します。あと、希龍の食事も必要ですね」

「俺は護衛だからついていて当然だけど、流石に教室までは大袈裟なんで、いざって時は駆け付けられるように待機するのは当然です。あと、希龍の食事も必要ですし」


 二人とも。キーちゃんの食事を、ついでにしないの。


「じゃあ、お嬢。クラスメイトに嫌な感じに絡まれたら?」

「目潰し?」

「いきなり物騒だ!!」


 ピースを見せたら、サッと藤堂にその手を下ろされた。


「だって、私を年下だと見下す高学年ってことでしょ……? 頑張って背伸びして目潰し!」


 生意気なガキンチョには目潰しだ!


「頑張るところ違いますね!? 足を踏みつける程度にしておきましょう!? 間違っても、術式は使わないように」

「血の海……」

「え?」


 私が術式使ったら、血の海の教室が浮かんだのか遠くを見る月斗に、ポカンとする藤堂。


「藤堂! 私そんな子どもじゃないよ!」と、プンプンとふくれっ面で藤堂の胸をポコスカと叩く。

「わかってますよ……仕草だけでしょ」と、失礼なこと言う。


「非力な子ども相手に、イカれ野郎をボコボコのぐっちゃぐっちゃのザクザクにしたあんな術式やこんな術式を使ったりしない!」


 プンプンー!


「……お嬢。お友だち作る気あります?」

「あるなんて言ったっけ?」


 言ってないよ。


「結局、生徒のことは風間警部も知ることが出来ないようですから、公安でも地位の高い役職の子ども達が多いはず。どうせお嬢様の素性は耳に入れて注意されているはずですから、変な絡みをしたりしませんよ。そんな子どもは、痛い目見ればいいんです。術式は使ってはいけませんよ、特に攻撃系は」


 と、キラキラーと笑顔で、一応釘をさしてくる優先生。


「余計心配になってきたわ~。主に担任と風間警部の胃の方」

「担任は知りませんが、風間警部はその辺の高い地位相手に胃を痛めるような人ではないでしょうに」


 なんで問題を起こすと思われているんだろうか。

 ……私、トラブルメーカー? おやあ?



 とりあえず、脛を蹴り上げる練習させられました。



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