(146)余り月の過ごし方。

 秋の余り月前の最終日――秋の三月二十九日。

 その日は珍しく、懐かしい屋内鍛錬場に学院生が集まっての集会でした。

 でも、どうやら恒例行事みたいですね。

 新入生にとっては初めての長期休暇と、冬から新たに学院に通う人達が居る事に関する注意点を連絡している感じです。


 でも、それにしたって「冬からの職能訓練生はがさつで礼節を知らないが~」的な物言いはどうにかならないのでしょうかね? 後から出て来た学院長のバザルモンさんがフォローを入れていますけれど、何だか遣り切れない思いを感じてしまいますね。

 確かに職人にはがさつな所も有るかも知れませんけれど、職人の礼儀は仕事振りで示す物ですよ? 上辺を取り繕っておいて、その実蔑ろに扱う方が、余程礼儀がなっていないでしょうに。


 幸いにして小竜隊の仲間達はその辺りに理解が出来ましたから、今は部屋の居心地も良いのですけど、この分では逆に冬から来る職人達の方が、学院生をして何も分かっていない盆暗共と蔑む事になってしまうかも知れません。

 ……まぁ、バルトさんやフラウさんなら大丈夫でしょうかね?

 ええ、大丈夫な気がして来ました!

 苦虫を噛み潰している様な顔をしている職人相手でも、目をきらきらさせて話し掛けて、一日も経てば大の仲良しになっている様な気がして来ましたよ!

 何だかライエさん達が自分で彫った木彫りや何かを見せ付けながら、やいのやいのと遣り合っている様子まで幻視してしまいそうです。


 とは言え、そんな賑やかそうな人達が入って来るのも、まだ十日以上は先の話なのです。

 その前に私には片付けておかなければならない事が、色々と山積みなのでした。


「それで、ディジーは余り月の間は居ないんだよね?」

「ええ。スノウは王城でしたかね?」

「うん、一応技術交流って事になってる。権利関係が入り組んでいて、名目上は東側の技術書を持って来た商人扱いになってるけどね。研究所の人も来るみたいだから、資料の他にも乗ってきた馬車も持って行くつもり」

「……研究所はどこまで信用出来るか分かりませんから、蔵守の人に入って貰った方がいいかも知れませんよ?」

「うっ――やっぱり? 一応学院に出向してきてる蔵守隊の人も協力してくれているから、変な事にはならないと信じるしか無いかなぁ」


 でも、忙しいのは私だけでは有りませんでしたね。

 部屋に戻ってきてみれば、どうやらスノウも遣る事が山積みみたいです。


「それが無けりゃあよお、一緒にダンジョン迷宮に行けたのになぁ」


 ロッドさんが丸机に伏せながら本当に残念そうにそう言うと、ライエさんもその通りだと頷いています。

 そう、他の皆さんも遣る事は予定していたのですよ。


「スノウは『強化』癖がまだ抜けてませんから、魔物の相手は早いと思いますよ? ゴブリン相手になら無双出来ても、単純な重量相手には競り負けます」

「それを実感してこそ伸びる物も有るんじゃねぇのか?」

「それなら私が武術の時間に強化強めで確かめてます。咄嗟の時に出来るのは身に染み付いた動きですから、普段の訓練で出来無いのに突然目醒めるなんて事は然う然う有りません」

「うん。私もまだ自信が無いかな」

「も~……「技巧」での上位者には違い無いのに~。ディジーちゃんだって来ないんだよね?」

「あ~、私も確かに残念ですねぇ。ダンジョンにはまだ行った事は無いのですよ。

 でも、『謎掛け迷宮』でも無い限りは魔の領域の劣化版と聞きますし、今更私が行く場所でも無いのですよね」

「その気持ちも分かるな。俺も今回は護衛のつもりだ。それもまた勉強だろうさ」


 と、引率気分のバルトさんは、本当に面倒見がいいですね。

 懐かしのゾイさん曰くの親分肌――ともまた違って、う~ん、人の上に立つのが既に決定付けられていて、更にそれを疾っくの昔に受け入れている、そんな感じでしょうか?

 学院に入ってから仲間と一緒に何事かを成し遂げるというのも覚えましたけれど、それでも基本的にはソロの私とはやはり違います。


 と言うのも、既に私の気持ちは余り月の間の鍛冶仕事へと向いてしまっているのですから。


 これが母様や研究所の所員なら心配せずにはいられないのですけど、学院の仲間は庇護するものでも有りませんからね。割り切れてしまうのですよ。

 頭の中では明日からの休みでは無く、寧ろ今日デリラの街に戻ってからの段取りが着々と組み上げられているのです。

 尤も、これで誰かが大怪我をして帰って来たら、後悔に苛まされるのも確実ですけれどね。

 そうならない様に私が出来るのは、回復薬や強壮薬を渡しておく事くらいなものなのです。


「ディジーちゃんは鬼族には詳しいんだよね? 気を付けないといけないのは何かな?」


 まぁ、気持ちが他を向いていても、レヒカが投げ掛けてくる様なこんな質問には答えますよ?

 でも、それは頭を働かせて考えた答えでは無く、何も意識を割かなくてもするりと口から滑り出る様な内容だから答えられる事かも知れません。


「そうですねぇ~。『幻鬼の迷宮』なんですよね? 鬼族を模した敵なら基本は集団でしょうかね。鬼族の姿は土地によって区々まちまちですけど、集団で襲い掛かって来るのは何処も同じですね。鬼族はどうも仲間の居場所が分かる力が有るみたいで、見えてない離れた場所からも救援にやって来ますから、それで集団になるのかも知れません。

 言ってみれば、『武術』の講義で教官一人を相手に多対一の戦闘訓練をしていたのと、今度は逆の立場になる訳です。いつもとは勝手が違うでしょうし、それに敵が二体になるだけで凄く大変みたいですよ?

 今回は奥に行こうとなんて考えずに、一対多の戦闘訓練と割り切った方がいいかも知れませんね。幾らバルトさんが頑張っても、集団を相手にしたら大怪我する人も出てしまいそうです」

「集団と言ってもピンキリだぞ? 流石に魔界の刃斬り蟻と較べられんと思うがな」

「目安としてなら、デリエイラの森の鬼族は単独ソロ小鬼ゴブリンの集団を斃せればランク六と言われてました。集団と言っても三から五体ですかね? 当然奥地に入れば数十体と出て来ますけれど、入り口付近ならそんなものです」

「数十匹……いやいや、確かに俺一人なら厳しいが、半分は騎士だぞ?」

「まぁ、私も鬼族は氾濫を起こしている最中か、氾濫を起こしそうな間際の印象しか無いですから、そこまで警戒する事も無いのかも知れませんけどね」


 レヒカからの質問は、私が話を振ったからかバルトさんに引き取られました。けれど、正直私はレヒカ達の実力が良く分かっていないのですよ。

 騎士でも上の方の人の実力は何と無く分かるのですけどね。普通の騎士が戦っている所は殆ど見た事が有りません。

 父様と同じ程度だとして、父様がドルムさんより強いとはとても思えませんから、ランク六から七程度に団子になっている感じでしょうか?

 となると、足りているのか足りていないのか微妙な所で、私には判断が付かないのです。


 そもそも騎士って良く分からないのですよね、――って言うと失礼でしょうかね?

 父様にはちゃんと相方となる黒岩豚が居たらしいですけれど、兄様達の騎獣を見た事は有りませんし、レヒカ達もそんな騎獣は連れてません。

 ――いえ、ここは訊いてしまった方が良いですかね?


「ところで、半分は騎士と聞いての疑問なのですけれど、騎獣に乗れば一段階強くなるとかそういうのは無いのでしょうかね?」

「ん~、騎乗戦闘は別物だからなぁ。そもそも俺の騎獣のミゼラぎゅうは連れて来ていない。気候も植生も違うのに、連れてくるのは可哀想だろう?」

「私達もそうだね! 私達の鉄走テッソーは、攪乱する為の足場みたいなものだけどね!」

「戦闘が出来る騎獣は土地に根付いていたりするからなぁ。遠征する時には体調管理にも気を遣うな」

「今は騎士のお仕事はお休みみたいなものだからね」


 バルトさんに続いて、レヒカや獣人達が答えてくれました。

 でも、言われてみれば納得です。黒岩豚はそこそこ繁殖に成功しているのか、デリリア領の他にも王都でも見掛けましたが、銀犀は王都近くでしか見掛けません。

 薬草が魔の領域から持ち出せば薬草で居られない様に、騎獣達も簡単には連れ回す事が出来ないのでしょう。


「――となると、私が下手な事を言うよりは、現場で自分の目で判断して貰った方がいいかも知れませんね。数段上の強さを確保出来ているなら兎も角、下手な先入観は油断を招きそうです。

 それというのも、鬼族の姿は土地によって区々まちまちですから。

 デリエイラの森の黒大鬼は、王都近くの黒大鬼よりも巨大で厳つい姿をしていました。強さも見た目相応の強さを誇りますから、ちょっと一様には語れません。

 ライセン領に巣食っていたのは百足虫だとかの蟲の姿をした鬼族でしたので、動きも全然違います。

 西の方には大蛙な鬼族も居ましたね。舌を伸ばして攻撃してくるとか、奇想天外な事を為出かして来ますよ?

 本当に、角の有る蛙なんて角飛蛙モノケロプップで充分ですよ。

 『看破』の様な事は出来無いみたいで、私の姿を捉えられる鬼族が居ないのは共通してましたけれど、こんなに違うと下手な事は言えないのですよ。

 余り参考にならなくて、申し訳無いのです」


 地方から出て来ている学院生は兎も角、王都組の人達には爺鬼の姿が焼き付いていたに違い有りません。

 鬼族の姿は様々だと言うと、少し驚いた様な表情を見せました。

 でも、やっぱり私の前では鬼族もぬぼ~っとしているだけですから、助言らしい助言が出来ないのです。


「……まぁ、それは仕方が無いとして、角飛蛙モノケロプップって何だ?」

「デリリア領都のデリラの街へ向かう途中の、おっぱい山岳地帯に棲むおならの力で空を飛ぶ蛙ですよ?」

「突っ込み処が増えましてよ!?」


 と、まあ、そんな落ちが付いたところで、ダンジョンを目指す仲間達は、少し焦った様に慌ただしく部屋を後にしていったのでした。

 今日は午前の集会で終わりですから、きっと今日の内に或る程度移動してしまうつもりなのでしょう。

 私もまた王様にお呼ばれしていますから、部屋の仲間とは冬になるまでお別れなのですよ。



 と、そんな訳で王城の王族区画を訪れました。


「――ふむ。では、余り月の間に完成予定なのだな?」

「ええ。と言っても、仕上げは冬に入り込んでしまうかも知れませんけど。王様がお話をしてくれたからか二振りとも機嫌は良さそうですけれど、こればかりは。

 それに問題は鞘ですね。一番使い勝手がいいのは鬼族の角ですけど、鬼族と関わりの無いオセロンドに鬼族素材の鞘というのもどうかと思いますし、王樹素材は癖が強くて悪い影響が出そうですし。

 いっその事クアドラ石で鞘を作った方が相性は良さそうですけれど、今度は強度が問題になりますね」

「……鞘か。

 『亜空間倉庫』に納めるばかりだった我に、言える言葉は無いな」

「オセロンドが安心して休めるのが第一条件ですから、これにはちょっと頭を悩ませる必要が有ると思うのですよ。なので、鞘が出来ずに引き渡しが遅くなる可能性は有りますね。

 ……いえ、寧ろそうなったなら、オセロンドに言い含めた上で王様の『倉庫』に入っていて貰うのも手かも知れません。『修復』を待っているので無ければ、肌に合わない鞘を着せられているよりは、王様の『倉庫』に入っている方が安心も出来るでしょう」

「――成る程。それなら時々は『亜空間倉庫』から取り出して、様子を見る事も出来る訳だな」

「おお! 確かにそうですよ。では、鞘の間に合わない時は、取り敢えず鞘無しで引き渡しましょう」


 いつもの様にお昼ご飯にお呼ばれしてから、王様の部屋でオセッロとロンドの様子を確かめていました。

 きっとしっかり王様が語り掛けたと見えて、オセッロもロンドも見違えたかの様に落ち着いています。

 これなら私も仕事に入れそうと、ほっと一息吐いたのでした。


 でも、王様も結構淡泊です。オセッロとロンドの様子を見れば、結構な時間を割いて心からの言葉を語り掛けていたと思われるのに、私に引き渡す時は「宜しく頼む」の一言で特に引っ張る様な事はしてきません。

 それを信頼の証と捉えれば良いのか、照れ隠しと思えば良いのか。

 いえ、それがどうだったとしても私は全霊で仕事に取り組むだけですし、案外王様もオセッロやロンドと同じで、しっかり話し掛けた結果すっきりしただけなのかも知れません。

 だとすれば、今日まで王様にオセッロとロンドを一旦戻した甲斐が有ったというものです。


 それにしても、王様にお呼ばれされる度に、王妃様方から良く分からない歓待を受けるのはどうしてなんでしょうかね?

 何故か私にドレスを着せようとしてきますので、今日はこの余り月での鍛冶仕事を見越して気合いを入れて作り上げた一流の鍛冶職人装備を身に纏って赴きましたら、いつものちょっとした遣り取りの後に王妃様方は頽れて、代わりに息子さん達が笑い転げる事になりました。


 完全に珍獣扱いされている様な気はしますけれど、きっと疎まれているよりはいいのでしょうね。


 そしてその日は学院の拠点に戻ったなら、しっかり戸締まりをして撤収です。

 警備は「通常空間倉庫」の“黒”にお任せして、“瑠璃”にはデリラの家の鍛冶場に控えていて貰いましょう。

 きっと同じくして鍛えられた瑠璃色狼が傍に居る事で、オセッロもロンドも少しは安心出来るでしょうから。


 とは言っても、「亜空間倉庫」を通ってデリラの家に帰って早々鍛冶仕事に入れる訳では有りません。

 いえ、数打ちの剣ならいつ仕事に入った所で構う事は有りませんが、王様の使う剣にそれでは駄目でしょう。

 仕事には次の日の早朝から入る事として、まずはオセッロとロンドに私の家を、そして鍛冶場を案内します。

 それが終わればオセッロとロンドをどう打ち直していくかの説明ですね。


 実はオセッロとロンドを王様に預けてからも、ラゼリアバラムの枝を手に入れた事も有って、最後の実験は続けていたのですよ。

 特に今回はオセッロを「活性化」で魔法に変えてから、それを輝石に纏めてロンドに打ち込んでいく計画なのですから、本当にそんな事が出来るのか確認しなければいけませんでした。

 結論として可能との手応えは得たのですが、それには順番がとても重要だったのです。


 まず、オセッロの下準備です。

 オセッロは、今の半死半生の状態から、仮令一時たとえひとときと雖も全盛期の力強さを取り戻す必要が有ります。

 魔物素材の武具を鍛え直す様に、新鮮なラゼリアバラムの素材を用いて、丁寧に慎重に補修して、出来れば更に一段磨き上げる感じですね。

 でも、そんな事をすれば力を取り戻した次の瞬間から、時々刻々と衰えて、直ぐにどうしようも無い程に死んでしまいます。既に寿命を迎えているというのはそういう事なのですよ。

 これは、私が『確殺』を使って一度殺したラゼリアバラム素材の剣により確かめた事ですから、オセッロをオセッロのままに復活させるという事は、どうやっても望めない事なのでしょう。

 少なくとも今の私には。


 しかし、全盛期を超えたその瞬間に「活性化」をするならば、物質という軛から解き放たれた力としてのオセッロが残るでしょう。そこには寿命なんて物は最早存在しません。

 とは言っても、僅かにも劣化させずにロンドと一つにしようとすると、余り間を置かずにロンドに打ち込む必要が有るのですが。

 そこで丁度のタイミングで終えていなければならないのが、ロンドの下準備です。


 このロンド、オセッロの代用品として用意されたものらしいですけれど、王様が使う物だけ有って非常に良い品物です。

 何と言っても恐らくは天鉄ばかりを集めた純度の高い鉄製です。それを鋼に鍛えている様ですけれど、惜しむらくは鍛えが甘いのと、鍛えた後の引き締めを理解出来ていない鍛冶師の作品と思われる所です。

 それだけに私が幾らでも手を入れられるのですけれどね。


 でも、ロンドに芽生えかけた意識を潰さずにオセッロと一つとするには、色々と手間が掛かりそうでした。

 恐らく私の持つ技能の『まぶい打ち』が、魂の在り方を私に感じ取らせているのです。まだ朧気なロンドの魂に対して、打ち込むオセッロの魂が倍を超えるときっとロンドの魂を押し潰してしまう様に思います。

 それでいて先にロンドを鍛えてその魂も強くしようとすると、今度はオセッロと混じらなくなってしまいそうです。

 つまり、まずは素材に戻したロンドに、その魂の倍に少し満たない分量のオセッロの輝石を練り込んで、そこから一気に大剣に仕上げてから残りのオセッロの輝石を打ち込みます。

 そしてまたその大剣を素材に戻して、今度は素材から鍛え直しながら双剣へと仕上げるという、随分と迂遠な事をしなければロンドの魂が消失して仕舞う様に思うのです。


 魔剣を打つ鍛冶師の知り合いなんて居ませんから、全ては私の感覚ですけど、王都で手に入れたラゼリアバラムの折れた短剣や、ラルク爺から貰った砕けた剣を使って確かめた事ですから、今はこの感覚に従うしかないのです。

 まぁ、実験をしていた時には、やる前から駄目な時は駄目と何と無く分かりましたからね。それと較べれば、オセッロとロンドは失敗する気配すら感じないので、まず間違い無く大丈夫なのですよ。


 そんな事をつらつらと説明して、最後の仕上げとばかりにオセッロとロンドの見守る目の前で、再度ラゼリアバラムの剣の欠片と砕けた鉄の剣を用いて、一連の流れを繰り返しました。

 結果は上々。萌芽の様に淡い魂しか宿ってはいませんが、何方どちらの魂も損なう事無く新しい剣に息衝いています。


 それを確かめられたなら後は明日の私にお任せとばかりに、狭くても落ち着くお風呂へ浸かってから時々母様が干してくれているベッドへと潜り込んだのです。



 そして次の日。

 早朝に目を覚ましたなら、水を被って頭を引き締めます。

 この時の為に調えた鍛冶装備を身に纏い、オセッロを鎚で小突いて補修しながら、宣言通りにその力を引き出していきます。

 金属の様に硬いと言っても木ですから、ラゼリアバラムの素材から抜き出した魔力で補修をすると言っても、本当にその場凌ぎにしかなりません。それをオセッロ自身が理解しながらも、次の瞬間には砕けるかも知れないと分かっていながらも、私とタイミングを合わせて力を振り絞ってくれました。

 引き上げられたその力が最大値に達した瞬間に――はい、「活性化」です。


 「活性化」に引き込んでしまえば、物質は魔法となる為の糧でしか有りません。オセッロも全力を振り絞る負担から解放されると思ったのですが、ここでちょっと想定外の事態が起きてしまいました。

 「活性化」を掛けて魔法になりつつ有るオセッロの魔力が、思った以上に膨れ上がっていくのです。

 オセッロはそれに必死になって耐えている感じですが、ちょっとこれは予想外ですね。


 私が「活性化」して魔法とすれば、オセッロの魂もロンドと一つに出来ると考えたのは、神々から聞いた情報が有ったからです。

 技能の本質は想いの欠片が伝える技であり、想いの欠片とは嘗てその道を歩んだ先人の魂の欠片なのだと。そして魔力とは魂が生み出す心の力なのだと。そう私は聞きました。

 もう一つ忘れてはならないのは、大森狼の魔石を練り込んで作り上げた瑠璃色狼に、元となった大森狼の魂が宿っていた事です。

 つまり、一人の人間が幾つもの祝福技能を持つのですから、オセッロとロンドが一つになれない訳は無いでしょうし、オセッロの魔力も大森狼の魔石程度の大きさなのでしょうと、そう私は思っていたのですよ。

 恐らくその考えは間違っていなかったのでしょうけれど、“大森狼の魔石程度”でもそれを全て魔力としたならどれだけの物量となるかを失念していた事と、「活性化」でそれがどれだけ膨れ上がるのかを私も分かっていなかったのですよ。


 でも、オセッロの焦りは無用の物なのですよね。

 オセッロが必死にその身を留めようとしなくても、周囲は私の魔力で取り囲んでいますから、オセッロの魔力が霧散してしまう事は有りません。

 それを言葉でも伝えながら、囲んでいる私の魔力で少し圧してやれば、オセッロも無駄に籠めていた力を抜きました。

 まぁ、初めて成った魔力の状態で、力を籠めるも何も無いのですけれどね。ただ緊張感は私にも伝わるのですよ。


 そこでオセッロに声を掛けて、オセッロ自身に初めに練り込む分と後で打ち込む分に別れて貰います。と言っても、オセッロ自ら動く事は出来ませんから、私が声を掛けて心積もりをさせてから私が選り分けるのですけれどね。

 そして別れたならば、各々輝石に纏め上げるのですよ。

 オセッロの輝石は青白い色をしていますね。

 そこまで出来ればちょっと一安心です。


 この頃には炉に入れて予熱していたロンドも赤熱し始めていますから、魔力の業でゆっくり金色に沸き立たせて、そしたら魔力の腕で粘土の様に練り上げていきます。

 ロンドの魔力は黄色の混じった鈍色でしょうか。予め少し調えた時に王様の魔力も少し混ぜ込んでいますから判り難いですけれど、どうも剣身に一様には広がってはいない感じでしたから、練り上げる事でも質を引き上げる事が出来るでしょう。

 その途中で輝石となったオセッロの一部を練り込めば、オセッロの魔力がサッとロンドの魔力を護る様に動きました。

 ほほう、と思いつつも、手は緩めません。

 護るのでは無く、一つにならなければいけないのですよ。


 それを言い聞かせながら練る事一時二時間

 或る時を境に、ふっとオセッロとロンドの魔力が重なり合い、それまでとは違う緑銀――う~ん、緑銀って言ってしまって良いのですかね? オセッロの青白さがまさって、ちょっと緑銀というには弱いです。残りのオセッロを混ぜ込んだら、ちょっと渋めの青白さに落ち着きそうですよ?


 とは言え、ロンドが押し潰されずにオセロンドとして生き残っていますから、充分成功と言えるでしょう。

 ここまで来たら、どうやっても失敗は有りません。ここまではオセッロとロンドをオセロンドにする時間。ここからはオセロンドを剣にする時間です。

 となると、そこからはもう手堅く、しっかり丁寧に慎重に取り組んだ結果、夕刻になる頃には一振りの大剣が打ち上がり、残りのオセッロの輝石も打ち込んでしまいました。

 大剣の形やバランスはロンドだった部分が憶えていたのでしょう。このままでも王様に使い易い剣に成っているに違い有りません。

 でも、まだです。今は基礎部分がオセロンドと成っていますが、最後に打ち込んだ魔力はオセッロのまま。一日休ませて落ち着かせた後に、再び素材まで戻して練り上げて、今度は王様の輝石をふんだんに練り込んで双剣オセロンドとする必要が有るのです。


「まぁ、難所は越えましたかね」


 今の私がしっかり調えた鍛冶場なだけに、掛かった時間は思いの外に短く済みましたけれど、ちょっと今日はもう何もしたくないくらいに疲れてしまいました。

 体力は『武術』の時間の御蔭で嘗て無く鍛えられていますけれど、精神的な疲れなのですよ。一度途切れてしまった集中が、もう続かない感じです。


 仮称大剣オセロンドを見ると、流石に打ち上がったばかりはぼんやりとしているのか、反応が有りません。

 もしかしたら私の方がぼんやりしていてオセロンドの反応を拾えてないのかもと思いましたけれど、“瑠璃”もオセロンドが沈黙していると言っているので、私の感覚に間違いは無いのです。

 私にもお風呂とご飯とベッドが必要ですが、オセロンドにもゆっくり休める場所が必要に違い無いと、私は「通常空間倉庫」にオセロンドを持ち込んで、そこで王様の輝石の中にオセロンドをうずめました。


 その時ちらりと頭を過ぎった何かが有りましたが、それをしっかり理解したのは一日置いてその次の朝です。

 いえいえ、その前に私自身にも、御馳走と母様との一時でもって、英気を養いましたけどね。


 そうしてすっきりとした頭で見てみれば、すっかり落ち着いたオセロンドの様子から一目瞭然、オセロンドが休めるのは王様の魔力に包まれている時だと理解して、鞘の素材が決まりました。

 オセロンドの鞘は小細工無しに王様の輝石で造りましょう。


 そこから火床には殆ど使われていなかったというオセッロとロンドの鞘を焼べ、徹底的に素材に戻して鍛え直し、三日三晩の後に出来上がったのが完全にオセロンドとなった鋼の塊。

 ここでまた一日寝かしてから、今度は王様の輝石を溢れる程に注ぎ込んでいきます。

 素材の段階で出来る事を全てやり尽くしたなら、素材を二つに分けて二振りの剣を打ち上げていくのです。


 オセッロだった記憶に導かれながら、全てを遣り遂げたのは余り月の八日の夜。

 いえ、鞘がまだでしたね。

 最後に打ち込んでも残った輝石を鞘の形に仕立て上げ、王様の輝石を練り込んだ魔銀で補強と保護の装飾を施します。


 ランクDの双剣オセロンド。まだ魔剣にも成っていなければ、落ち着いた頃に調整したならまたどの様に変わるかも分かりません。鞘でさえ王様の魔力の黄金色に光り輝く、絢爛豪華な宝剣が出来上がりました。


 この時、余り月の十日目のお昼です。

 余り月を使い切ってやりましたよ!!



 ~※~※~※~



「お届け物に上がりましたよ!!」


 という訳で、直ぐ様王城へと参内したのですけれど、王様は丁度演習場で騎士団の演習を見ている所でした。

 今日は黒狼隊ですね。白嶺隊がどちらかと言うとどっしり構えているのに対して、黒狼隊は俊敏です。

 王国式剣術も、黒狼隊がするのを見ると、白嶺隊の様な力任せな所が有りません。

 まぁ、前までなら私が見倣うべきは黒狼隊の振るう王国式剣術と思ったのでしょうけど、今はスノウから学んだ剣の応型を基本に、王国式剣術の動きも取り込む感じでしょうか。


 そんな事を思いつつ、横目で騎士団の演習を見ていたからでしょうか。

 視線を王様に戻した時に、とても微妙な表情を向けられていて、びくっと体が震えてしまいました。


「…………ハマオー!! 暫しこの場を離れるぞ!」


 王様は騎士団長さんに声を掛けて、すたすたと王城へと向かってしまいます。

 私は慌ててその後を追い掛けました。

 何だか緊張しているみたいですよと思ったその時に、王様は足を止めたのです。


「ふ、ふふふ、見よ、我もこの手が震えておるわ。お主に任せたのは我自身だが、間違いが有ったならばその時は分かっておるな?」


 と、そんな怖い事を言い出した王様。

 でも、その言葉で合点が行きました。なんで震えているのでしょうとは思っていたのですよ。


「あのー、やっぱり演習場で受け渡ししませんか?」

「……何故だ?」

「えーとですねぇ、王様と同じでオセロンドもさっきからずっと震えているのですよ」

「…………」

「打ち上がってからも大人しくて、そういう落ち着いた性格なのかと思っていたのですけれど、王様と離れていて寂しかったのだとすれば、待ち望んだ再会に感極まったらちょっと事故でも起こしそうですよ?」

「ふ、ふ、は、ははは、言いよるわ!

 良かろう。そこまで言うお主の成果をこの我に見せてみよ!」


 再びすたすたと踵を返して演習場の離れへと歩いていってしまうので、流石に演習中の黒狼隊の皆さんも、その眼は王様を追い掛けてしまっています。

 私もこれは流石に直ぐばれてしまうと思いますから、隠す意味が有りません。あんなにピカピカギラギラ光る代物は、どうやったって隠せる物では有りませんからね。


 そんなピカピカの品物を二振り「通常空間倉庫」から取り出したなら、ぎろりと王様の視線が鋭くなりました。


「もう、睨まないで下さいよ。ピカピカしているのは王様の魔力ですよ?

 オセロンドが安心して休める場所は、王様の魔力に包まれた場所だと思いましたから、オセロンドの鞘は王様の輝石で造り上げたのです。

 私もちょっとピカピカし過ぎと思いますけど、そこの調整は王様の要望を聞いてからでしょうとこの状態で持って来たのですよ」

「…………オセッロの面影は無いな」

「馬鹿な事を言わないで下さいよ。剣姿もバランスも王様と決めた通りですし、細部は王様とずっと一緒に居たオセロンドの指定です。オセッロの面影しか有りませんよ!?」


 まぁ、元はラゼリアバラムの白い剣ですから、それが鋼の剣に変われば違う物と思っても仕方が無い事かも知れません。

 ですけどその剣は紛れもなくオセッロを引き継ぐオセロンドなのですから、そのオセロンドの目の前で面影が無いとか言い出すのは、デリカシーが無いなんて物では有りません。

 そんな気持ちが私の目付きも険しくしていたのか、苛立っていた王様もへにょりと眉を下げて、口を閉ざします。

 そして差し延べてきた手が確かに震えているのを見て、私は王様の不安を知ったのでした。


 その手に二振りの剣を渡して、王様へと告げます。


「金具は剣帯に合わせて調整しますから、今取り付けているのは仮ですね。と言うより、それくらいは王城付きの職人でどうとでも出来るでしょうから、私に回さなくても好きにしてくれていいですよ?」


 そんな話を聞いているのかいないのか、暫しその双剣オセロンドを見てから深く息を吐いた王様は、おもむろに両腰へオセロンドを下げると、体の前で交差させた両腕でそれぞれ剣を引き抜きました。

 緑銀と金の入り混じった溢れる光芒と、そして迸るオセロンドの歓喜。

 それに触発されたのか、王様の喉からも雄叫びが迸ります。


「うおおおおおおおおおお!!!!」


 膨れ上がる圧力を伴った光に、逆らわず飛ばされた私。困ったものですと思いながらも、流石に王城は魔力の業で護ります。


 演習場に居た騎士団長ハマオーライトが見たのは、嘗ての戦場に立った修羅の如き主君の姿。震える体でその場に跪いて頭を垂れています。

 黒狼隊の隊員が見たのは、戦神と譬えられた偉大なる国王の姿。畏敬の念に体を震わせながら、ハマオーライトに続きました。


 しかし済し崩し的に解散となった演習の後に私が見たのは、王妃様に叱られている王様の姿でした。


「アラス……説明して頂けますわね?」


 ランクC以上は確実な王様が、衝動のままに咆哮したのですから、まぁ大騒ぎになったみたいですね。

 でも、こんな場面をオセロンドに見せてしまっても良かったのでしょうか?

 こういう時こそ、『亜空間倉庫』の中に片付けておかないといけない様な気がしますよ?


 そう思ってオセロンドの様子を窺ってみますが、そんなに気を悪くした様子も見られません。何だか呆けている様にも思えます。

 戦闘狂という訳でも無さそうなのにはほっと一安心ですけれど、そのランクは私が渡した時のDでは無く、何故だか一つやそこら上がってしまっている様に見えますよ?


 ランクDまで引き上げてオセロンドとして蘇らせたのは私ですけれど、ランクEの剣を齎したのは私では有りません。

 あー、これは私が王様とオセロンドとの絆に負けてしまったという事ですかねぇ?

 王妃様の前で弁解を続ける王様を眺めながら、私はそんな事を思ったのでした。

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