(13)【妖刀】毛虫殺しが今宵もまた毛虫達の体液で宴なのです。
どうやら冒険者協会の待機場所で机に突っ伏してしまった私を、一度受付の中に回収されてから、お持ち帰りされてしまった様です。
「無防備過ぎんぞー、こらー」
寝ているところをリダお姉さんに足でぐりぐりされてしまいましたけれど、それも仕方が有りません。
冒険者協会の中には、未だに私を敵視する勢力が居るのですから。
宿でお湯を頂いて、体を拭ってすっきりしたのです。
それからリダお姉さん達の宿をお暇し、漸く秘密基地に戻ってきました。
森に溢れた
そこに毛虫しか居なかったとしたならば、毛虫=
でも、まずは毛虫殺しを仕上げてしまわないと、森に行く事も出来ません。
私は「ブー」と鳴く黒岩豚の椅子に座り、装備の仕上げに取り掛かるのでした。
まずは元
感覚的なものですけど、そこはしっかり『識別』が働いているのか、しっかりと漆黒の粘体と、汚らしい茶色のどろどろとに分かれてくれます。
茶色のどろどろは捨ててしまっていいでしょう。
漆黒の粘体に余っていた魔石を全て放り込んで、そこから一気に仕上げるのです。
直接触るのは何となく気が引けるので、魔力を通した
脇に置いていた【新生名刀】毛虫殺しを取り上げれば、光の中で滑らかな肌を晒す刀身には、白・緑・黄・橙の四色の血管の様な筋が、根元から切っ先へと走っていました。
こんな筋は打ち上げた当初には無かった筈なので、冷え切るまでの僅かな間に浮き出てきたものに違い有りません。
ですが、必ずしも悪い物でも無いと思えるのは、魔力を込めた時に上手い具合に魔力の通り道になっている事から、そのままにしておく事にしたのです。
もしかすると、私が強い魔力を何度か込めたが為に、実は打ち直す前から見えないだけでこの通り道が有ったのかも知れないのですから。
それにしても、愛刀毛虫殺しも随分とその
ですが【妖刀】毛虫殺しが
そんな毛虫殺しの刀身を、捏ね上げた漆黒の板の上に置いて、「活力」や「流れ」も使って折り曲げた板で挟みます。そのままぐにぐにと変形させていくだけで、毛虫殺しの鞘も出来上がり、なのですが……。
毛虫殺しに浮かんだ血管紋様を見て思い付いた、一工夫を試してみるのです。
生まれ変わった【妖刀】毛虫殺しで一つ気になってしまうのは、奇妙な魔力を纏う様になってしまった事です。
この魔力には私の魔力も練り込まれている為なのか、私の魔力を仲介して操ることは出来るみたいです。なので、実際に毛虫殺しを振るう際には問題にはならないでしょうけれど、普段鞘の中に入れている時まで気を向けている訳にはいきません。
そうすると、発散する魔力の所為で、折角の隠れん坊の才能――『隠蔽』の技能――が、意味を成さなくなってしまいそうなのです。
鞘に必要な
「活力」で動き易くした黒板の中、「流れ」で形を整えるのですが、ここからはもっと細かく、毛虫殺しを調えた時の様に編み目に手を入れていくのです。
外皮には魔石の成分を加えずに、内の力を封じる様に。内側から漏れる力は魔石の成分で作った道筋を通って、そのまま内側に戻る様に。
出来上がったのは、外はのっぺり、内はぐるぐる無数の螺旋を描くように編み上げた魔造の黒鞘。
刀身が鞘から抜け出さない様に、パチリと留める留め具ばかりは出来合いですが、口金は刀身から剥ぎ落とした表金に同様の隠蔽処理をして使っていますので、相性はばっちりです。
柄はこれまで使用していた木製の物。初めは作り直すことも考えていたのですけれど、これまで一心同体だった相棒と別れるのがどうにも淋しそうに見えたので流用しました。
ただし、余った黒板をタールに戻して浸み込ませ、歪みを編み込んでの強化済み。余る刀身の表金も全て使い切りました。自然と魔力を通せる様に、魔石の道を刀身の紋様と繋がる様に織り込んでいるので、魔力の通りもこれまでよりずっと向上しているのです。
今の私の力を出し切った最高傑作。『物品識別』が出来ない事ばかりが残念です。
私自身とは違って、毛虫殺し自体には『隠蔽』も掛かっていませんので、誰かに頼めば『識別』もしてくれるのでしょうけれど、私の作品を始めに『識別』する権利は私に有るのです。頼まれても見せるつもりは有りません。
赤蜂の針剣には仮の白木の鞘と柄。元から微弱な力しか発しない赤蜂の魔石では、漏れ出す魔力も只の鞘で封じる事が出来ました。
素材を手に入れれば換装するのも
面倒なので、持ち手の部分まで鉄で作った総鉄製のナイフです。いざと言う時には投げナイフにも出来そうですので、後で数を作っておくのです。
革のベルトにも細工をして、作り上げた装備を身に着ければ、準備は全て完了です。まだ動くと、【妖刀】毛虫殺しの封じが緩む様な気がしますけれど、そこは日々調整するしか有りません。
扉を開けて太陽を見上げれば、漸くにしてお昼時。お昼を食べたら実戦ですと、私は意気揚々と秘密基地から出陣したのでした。
「おい、そっちだ! 回り込め!」
「ヤロ、雑魚が! どこから涌いて出た!?」
「ギズロ! 後ろだ!」
「ぐあっ! ええい、数が多過ぎるぞ!」
森に着いた私を待っていたのは、冒険者達のそんな喧噪でした。
中級と言われる人達の間に、初級の冒険者も交じって剣や槍を繰り出しています。
相手にしているのは…………毛虫、ですね。
毛虫=
でも、毛虫は毛虫です。
そんな想いを胸の中で呟きながら、私は森の奥へと足を踏み入れます。
デリラの街で冒険者を目指す子供達の、最初の試練とも言える
先輩に当たる初級冒険者達が、時には体中に怪我を
冒険者に憧れていた私にとって、それは毛虫退治等とは一線を画するものでした。それなのに、いつの間にか終わっていたと告げられた様なものなのですから、納得がいかないのです。
だから、あれは毛虫なのです。
私にとっての
少しだけ、私が『隠蔽』を持っていなかったなら、先の冒険者達の様に二十を超える毛虫に
動きも粗雑で、隙だらけなのですから、後ろに回り込めばそれだけで終わるのです。
なのに、何で正面から向き合うのかと考えて――
――もしかして、それも『隠蔽』の恩恵が大きいのでしょうか。
そう思って、少し冷静になりました。
立ち止まったここは、そこそこ森の奥に入った所。急ぎ足で四十分は入り込んでいますから、直ぐには森の外へ逃げる事は出来ません。
毛虫ならぬ
ここに辿り着くまでに討伐したのは進路に重なる毛虫達だけでしたけれど、それでも軽く四十匹以上。今視界に見える毛虫の数も同じくらいは居ますので、大発生も大発生、リダお姉さんが慌てるのも納得というものです。
道中の毛虫素材は拾ってきてはいませんが、今日は大量確保が期待出来るのですと、手に収めた【妖刀】毛虫殺しを一振り。既に毛虫の血に濡れた筈の毛虫殺しに、血の一雫も見えないのは、見た目のままに毛虫の血を啜っているのかと思ってしまいそうになるのです。
以前の【名刀】毛虫殺しでは、ざらついた地肌の所為で、カシュンと毛虫の血肉を削ぎ落とす様な音を立てていたのですが、生まれ変わった【妖刀】毛虫殺しは、まるで音すら残しません。
『隠蔽』で姿も捉えられない私が毛虫の間を縫う様に走るその後ろで、思い出した様に倒れていく毛虫達の姿は、毛虫にとっての災いと言っても過言では無いでしょう。
「ふふふふふ……今日もまた、【妖刀】毛虫殺しがケム血に逸って大暴れなのですよ」
以前の
丁度良く固まっている五体の毛虫殺しを見付けた私が、跳び込み
駆け抜けた私にも、振り抜いた毛虫殺しにも、返り血の付く事は有りません。
時折危うい跳ねた血も、身に纏う風が弾くのです。
手に持つ毛虫殺しからは、冷たく静かに昂奮する気配は感じられますが、以前の様に沸き立つ様な激情は鳴りを潜めています。
きっと、毛虫ではもう役不足だというのでしょう。既に只の毛虫では格下なのです。
斬って、薙いで、駆け抜けて。
格下相手と言っても、毛虫殺しには、他に毛虫を譲る気持ちは無い様です。
赤蜂の針剣を試そうと柄に手を遣っただけで、牽制の念が送られてくる様な気がするのですから、嫉妬深い毛虫殺し様なのです。
まぁ、毛虫相手は毛虫殺しに任せてしまうのに
これまで突きしかしてこなかったのを、振り方を確かめる様に打ち込み、横薙ぎ、掻き切って、刀としての扱い方を実地で学んでいくのです。
打ち込みは鎚にも似ていますが、もっと伸びやかに動いた方が良さそうです。
横薙ぎは打ち込みとは角度が異なりますが、手首の使い方は余り変わり有りません。
逆手に持って掻き切ってみるのも、木工細工で似た様な事をした覚えは有りますけれど、これももっと大きく動いた方がしっくり来るのです。
つまりは、もっと激しく大胆に。
兄様達の訓練だって見てきた事から考えても、大きく間違ってはいない筈です。
一足飛びに跳び込んた勢いのままでの振り下ろし。
噴き出る血を横に避けながらの両手で柄を持っての斬り上げから、その勢いでくるりと跳ね上がっての薙ぎ払い。
一刀一殺。時には数匹纏めて斬り飛ばしながら、視界に入る毛虫共を殲滅していくのです。
一つの場所で五十匹程斬り捨てれば、次の波まで暫く毛虫も涌いてきません。その間に、休憩も兼ねて拾い集める毛虫素材。
生きている毛虫は独自の魔力を持っている為、魔力の通りも悪いですが、死んで魔力が通る様になれば、散々徹夜で扱った素材のこと、『根源魔術』で切り口から押し出す事も簡単ですので回収も容易です。
それでもそれなりに時間を掛けて、集め終わったら次の場所へ。
毛虫達が一列に並んで行進しています。
――走り抜けながら一閃します。
毛虫達が一つ箇所に
――真ん中に跳び込んで回転しながら薙ぎ払います。
毛虫達が疎らに散らばって進軍しています。
――毛虫達の間を擦り抜けながら一殺します。
体が熱く昂揚して、疲れなんて感じません。
それでも『隠蔽』が効く相手なんて、今だけかも知れないのですから、雑にならない様に、体の全てを操る様に、精度を磨く事に心を砕くのです。
それは、一日の全てを足での受け流しの鍛錬に注ぎ始めたあの頃の様に。
毛虫が本当に虫の目を持っていたなら、私の『隠蔽』も効く事は無く、こんなに容易に葬れなかった筈なのですから。
そんなケム死の宴を三箇所四箇所と繰り広げて、七箇所目を終えたその時に、私は自分の考えが酷く偏っていた事に気が付きました。
毛虫殺しが強烈な忌避感を示して拒絶しています。
夕闇の迫る森の奥から現れたのは、ぶよぶよとした肉の塊。
二足歩行する爛れた豚にも見えるその姿ですが、チワ犬の毛を全て
そうです。
森の奥から、毛虫では無い魔物が現れたのです。
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