(54)御披露目って何ですか?

 到頭、御披露目の日がやって来てしまいました。

 正直、こういうのは苦手です。

 私一人なら、好きに生きたところで気を遣う事も有りません。

 人を巻き込んだ催し物を私が開くなんて、気持ちが悪くなりそうです。


 それでも御披露目をする事にしたのは、禊ぎの様なものなのかも知れません。

 人と関わることは人の顔色を窺う事では無いと、そう教えてくれたのは誰でしたでしょうか。

 初めはきっと兄様達。父様に押され気味で、私も直ぐに諦めてしまいましたけれど、私は私のしたい事をすればいいと言ってくれたのは、やっぱり兄様達が初めなのです。

 そして冒険者協会のリダお姉さん。協会に乗り込んできた父様を相手に、苦言を呈する事までしてくれました。

 グディルさんやガズンさん達、それに花屋のお姉さんや鍛冶屋のラルク爺達も、何だ彼だと私のやる事を認めてくれていた様に思います。

 それでもまだ、ポーターに声を掛ける事も出来ないでいた私の背中を押してくれたドルムさん。

 御披露目に呼ぶ事すらも躊躇っていた私に活を入れてくれた棟梁さん。

 これだけの人に背中を押されて、逃げてしまう様ではもう前に進む事は出来ません。

 私は冒険者になって、自由に生きていくのです。

 その気持ちは今も変わりませんが、それは人とたもとを分かつ事では無いのです。


 それが、今、私がここに居る理由です。

 まだまだお客様の反応が怖くて、右往左往しながら不足は無いかと頭を抱えていたりしますけれど、それが私の理由なのです。

 今日だって、朝から森へ行って、湖の魚を籠一杯に捕ってきました。

 花畑にも足を運んで、何故か人気ひとけの無い花畑を闊歩していた毛虫達を退治して、黄蜂達から黄蜂蜜を貰ってきたりもしています。

 これだけ準備を重ねれば、足りない物なんて無い筈なのに、それでもうろうろ何度も何度も確かめてしまうのです。

 テーブルの位置を何度も変えたり、椅子に細工を施して見栄えを良くしてみたり。そんな事をしている内に、サルカムの炭は料理には高温過ぎるのに気が付いて、サルカムの木屑を集めてみたり。


 せめて誰か、一緒に待つ人が居れば少しは違ったのかも知れませんけれど、こればかりは仕方が有りません。

 じりじりとしながらも、昼になるのを待ってから、リールアさんのお店へと向かったのです。


「待ってたよ! 野菜尽くしの野菜煮込み、煮込めば煮込む程味が出るよ! たっぷり作ったから、しっかり食べな!」


 他にも袋に大量に野菜を詰めて持って行っているのですけれど、案の定と言うべきか、頑としてお代を受け取ろうとはしてくれません。新築祝いだとか何だとか言って、ですがそれは私に心苦しさばかり強いるのに、ちっとも分かってくれません。

 ただ、いつもならばへにょりと困った顔をしてしまうところでしたが、今回ばかりは違います。


「はい! ありがとうございます。美味しいお肉が手に入ったので、クルリに持って帰って貰いますね!」


 そうです。今回ばかりは貰うばかりでは無いのです。

 それでも、面倒ですねと、そんな気持ちがぎりますが、お裾分けにはいい理由でしょう。

 リールアさんも、いつも野菜野菜と言っていますが、家族で食べるご飯は野菜ばかりという訳では有りません。単純に、店にお肉を出すには仕入れないといけないだけで、いつもその話題になるとクルリは剽軽な顔をして誤魔化していました。

 美味しいお肉のお裾分けには、きっと喜んで貰えるのです。


 ま、それが大猪鹿だと知ったなら、私の心苦しい微妙な気持ちも、きっと分かって貰えますかね?


 でも、こうして野菜も手に入れてしまえば、後は只管ひたすら待つ時間です。

 ……おや? 中庭で御披露目にする予定が、中庭に竈が有りません?

 お野菜を貰ってきてから気が付くのも間抜けですけど、やることが出来ました。

 脚付きの石の土台を組み上げて、その上で火を燃やせる様にして、お野菜の入った寸胴鍋と網と鉄板を並べます。勿論網と鉄板は、「活力」と「流れ」でささっと作り上げました。

 サルカムのチップを散蒔いて、「活力」で火を付けて、鍋はコトコト様子見で、網と鉄板にはお昼ご飯に鳥肉を並べてお試しです。

 やっぱりチップで充分ですねと思いながら、いい匂いがし始めた頃に、リンリンと呼び鈴のベルが鳴りました。



「おう! お邪魔するぜぇ」


 と、やって来たのは棟梁です。

 お友達も呼んだと言っていた割に、一人でやって来ています。

 じーっと門扉を眺めていた様ですけれど、


「お友達はどうしたのですか?」

「んあ? あいつらが居たら、見て回れねぇじゃねぇか」


 声を掛けたら、顔を上げて返事をしてくれたのです。

 見て回るのですねと思いつつも、そりゃあ御披露目なのですから、見て回るものなのかも知れません。

 ですけど今は、まだお昼時と言っていい時間なのです。


「先にお昼にさせて下さいな?」

「好きに見てたら駄目け?」

「駄目ですね」


 何より私もまだ堪能している訳では無いのですから、私より前にうろうろして欲しくは無いのです。

 見て回るのなら一緒にですねと、棟梁と二人、焼けた鳥肉をもぐもぐしたのです。


 因みに火に掛けたまま側を離れた鳥肉ですけれど、魔力でしっかり見張っていたので、焦げさせる心配も火事のおそれも有りません。その気になれば、魔力で引っ繰り返す事も出来たのです。

 この土地くらいの広さなら、今や特に苦も無いままに、私の魔力の支配下に置く事が出来ました。

 それに私の魔力を練り込んだ剥ぎ取りナイフでも置いておけば、そこを中継してずっと離れた場所からでも、魔力を操る事が出来るのです。

 だから私のナイフでも置いておけば、少しくらい留守にしても、来客くらいは分かる筈――……いえ、そう思っていたのですけれど……。


 そんなつもりで呼び鈴のベルも、ベッドの有る部屋に仕掛けたのですが、案外起きていても、ちょっと余所に気を向けていただけで、棟梁の来るのにも気付けません。つまり呼び鈴は、良い買い物だったという事なのでしょう。


「それでは、何処から見ていきますか?」

「そりゃあ、家の問題は大体が水だなぁ」


 そんな言葉に従って、水の引き込み口から排水溝まで、それに外壁から屋根まで、一通り見て回ります。新たな部屋に入る度に、棟梁が溜息を漏らします。


「大工の記憶持ちって訳でも無さ気なのによぉ」


 何でも普通の大工ならやらない事を、サルカムの木を使うという力業や、魔力の業で無理矢理解決してしまっていて、無理矢理では有ってもがっちり組み上がってしまっていては何の助言も出来やしねぇと、指物さしものの様に家を建てられちゃあと、呆れられてしまったのです。


 まぁ、ちょっとした余裕とか遊びとか考えずに、家具の様にがちがちに造り上げたのは確かですけど、それが出来るのは頑丈なサルカムの木と、積み木の様に家を組める魔力の業有ってのものとは、言われてみれば納得です。

 丈夫ないい家が出来たと、思っておけば良いのでしょうかね。


 鍛冶場ばかりは他人ひとを入れるのに抵抗感が有りましたけれど、何でしょう? 手を入れる程、拒絶に近くなりそうなのは、縄張り意識でも有るのでしょうか?

 寝室よりも、作業場や鍛冶場の方が緊張します。ここは私の場所なのです。


 そんな嫌な緊張感を抱えていたからか、再びリンリンと音を立てたベルの音が、救いの様にも思えたのです。


「お? もう客が来たんけ? んじゃ、夜にまた来るわ」


 来たのは母様でしたけれど、私はそのまま棟梁を見送ったのでした。


「リアぁ~、来たよ~」

「母様!」


 楽しげにアーチを潜り抜けてきた母様に抱き付きます。

 母様なら、何処に入って来ようとも、緊張する事なんて有りません。

 とてもお世話になっている棟梁なのに、ちょっと心が狭過ぎましたかね?

 身内だけの御披露目だなんて言いながら、本当の身内と思っているのは案外少なそうでした。



「――うはははは! 森の大地に星空が広がりよるわ! ディジーリア、天も地も星の海に囲まれて、自由闊達に宙を行けば――」


 母様の前で、久々の冒険譚を講じながら、やはりこれが無いと始まりませんねと、そんな事を思います。

 前に冒険譚を披露したのは、べるべる薬の買取に、冒険者協会を訪れての寸劇程度。

 それではすっきりしないのです。


 母様はとてもいい聴衆で、本当に楽しそうに、そして嬉しそうに聴いてくれるのです。

 いつもと違って只の一人では有りますが、質という点なら随一です。聞いているのかいないのか分からない、酔っ払いとは比べ物にもなりません。


「――街で出会った嘗ての戦友、ディジーリアが望みを聞き届け、確と承ったと約束せん――」


 それにしても、中庭で始まった冒険譚が、何故か張りぼて館の中を巡りながら、今は私の部屋でベッドに腰掛けながらです。

 あ、また立ち上がりました!?

 私は今迄、母様がこんなにマイペースな人だとは知りませんでしたよ!?


 でも、嫌な感じは有りません。

 こんな風に、私のお家を案内出来るのなら、それはそれで有りでしょう。

 二階の私の部屋から外階段を降りて渡り廊下へ。

 渡り廊下から作業場へ。

 そしてまた其処のベッドに腰掛けて、

 暫くしたら鍛冶場へと。


「――其処でディジーリア、隠れん坊勝負なら負けませんと、瑠璃色狼を手に取って――」


 鍛冶場から出て、また中庭へと戻ってきた時に、門の辺りに気配を感じ、遅れてベルが鳴りました。

 いい感じですねぇ。今も同時に並行して作業もしているのですけれど、魔力を介した同時作業にも慣れてきて、先程は気が付かなかった訪問者にも、気付く様になってます。


 やって来たのはディナ姉です?

 首を傾げながら、張りぼて館の中を抜けて、門まで迎えに行きました。


「夜になるのでは無かったのですか?」

「それはマスター達でしょ? 早く行って手伝ってやれだってさ」


 エプロン姿のディナ姉は、そう言ってにこりと笑ったのでした。



 渡り廊下に沿う様にして、リールアさんの野菜鍋と鉄板と網が並んでいます。今はその横に俎板……というより、天板を俎板としたテーブルをささっと作って据え付けて、そこで母様とディナ姉と並んで包丁を揮っています。

 作ったばかりの包丁ですけど、ディナ姉は戦いて、母様は目を輝かせました。


 骨まで手応えも無く断つ包丁と、それを軽く受け止める俎板に、引いているのがディナ姉です。魚を下ろせないと嘆いています。

 これは練り込んでいるのが私の魔力の所為も有るのかも知れません。私が使えば切るも止めるも自在ですので、ディナ姉の魔力を練り込めば、ディナ姉の包丁になるのでしょう。


 その切れ味に嬉々として、森鹿の肉を骨ごと切り分けているのが母様です。森鹿、猪熊、塊乱蜘蛛チュルキスと並んだのを見て、出て来た言葉が「丸焼きだ♪」なのですから、絶対にお嬢様なんかじゃありません。

 どうして父様と一緒になったのかが不思議な程ですけれど、これが母様なのだと漸く私も理解して、今は一緒にお料理の時間を楽しんでいるのです。

 考えてみれば母様は、いつもにこにこしていました。全てを在るがままに受け入れていたのが、穏やかだった理由なのかも知れません。父様の冒険者への拒絶までをも受け入れて、その時までもにこにこしていたのが、私を混乱させた原因でしょうか。

 でも、母様自身の気質としては、腕っ節自慢の冒険者に通じるところが有ると思うのです。あるいはそれが、キャラバン流というものなのかも知れませんけれど。


 結局森鹿はあっと言う間に枝肉に化け、今見ての通りに母様が切り分けているところです。

 猪熊は皮を剥いで、既に丸焼きが開始されています。頭から尻まで貫くサルカムの杭が、二股の枝に支えられ、新たに設けた石の火皿の上で、今は生焼けの儘くるくる回っているのです。

 回しているのは私の魔力です。その内いい匂いもしてくるでしょう。

 どちらも森で仕留めて直ぐに、「流れ」で血抜きをした上に、内臓も取り除いていますから、臭みも無い上等なお肉になっているに違い有りません。

 流石に大量の鳥肉は、昨日の内に羽を毟って、下拵えは済ませてますよ?


 俎板テーブルの近くには、そんな鳥肉の詰まった箱や、果物等の食材をを入れた大箱を、どんどんどんと積み上げています。

 折角棚に仕舞ったお皿や食器も、箱の一つに入れて手に取れる様に置いています。

 そして、その隣に鎮座するのが、生きているかの様に姿勢を整えられた塊乱蜘蛛チュルキスです。


 今回も、一撃で首を落とすと共に、瑠璃色狼の上げる炎で子蜘蛛諸共灼き殺してます。魔石や牙やら素材になる物は回収してから、首を繋ぎ治した剥製もどき。

 クルリ達も来るのに少しえぐいと思いましたけど、これは母様の一押しなのでした。

 「活力」の逆作用で冷し続けているその冷気が、蜘蛛の軀から白い靄を垂れ流させて、異様な雰囲気を醸し出しているのですけどね?

 他にも危険物は有るというのに……まぁ、予行演習にはなりますかね?


「ちょっと、ディジー! お肉多過ぎよ!?」

「そんな事を言っても、お客様は冒険者が多いのですから、これぐらいぺろりかも知れないのですよ?」

「そうねリア、これくらいぺろりだよね?」

「そんな訳無いじゃない! 一体何人来るっていうのよ!」

「三十人は来るかも知れないのですよ」

「人気者ね、リア♪」

「どんだけ声を掛けてるの!?」


 ですが、それから最初に来たお客様は、むくつけき冒険者などではなく、可憐な少女とその保護者達なのでした。


 気配を感じて出迎えに行ったのは、大分と太陽は傾いていましたが、夕方と言うには早い時間。でも、学園の終わる時間って、大体これくらいでしたかね?

 学園で仲の良かったクルリとリューイ。それとクルリのお兄さんのリカルドさんに、リューイのお姉さんのラーラさん。

 呼び鈴も押さないで、門の透かし模様を見ながら大騒ぎをしていました。


「これ、ぐぼらぼらぁのシーンだよ! ほら、ここにいもいもガガルが剣を捧げてるよ!」

「違うわ、おっぱいガズンよ。生誕祭の時には名前を変えてたけれど、おっぱいガズンが正式よ?」

「こらこら、ガズンガルはこの街を代表する冒険者で、セスの親友なんだからそんな言い方をしては駄目だよ」

「そうよ? それに、女の子がおっぱいおっぱい言わないの!」


 まぁ、そんな会話もずっと聞こえていたのですけどね。

 門の透かしの私の姿に練り込んだ、私の魔力の思わぬ福次効果にて、意識を向ければぼんやり門の周りの様子が分かるのです。

 何度かお客さんが来て漸く気が付きましたけれど、防犯を考えるにもこれは中々便利です。

 今はぼんやりとしか分からないそれも、しっかり魔力を練り込めば、はっきり分かる様になるかも知れません。


 それにしても、クルリがガガル呼びをしているという事は、生誕祭の舞台を見られていたのでしょうかね。

 リューイがおっぱいガズンを知っているのは、誰か身内に初回公演を観た人がいたのかも知れません。

 こんな風に噂が広がってしまうというのは、結構怖い事ですよ?


「皆さん、ようこそいらして下さいました。私も御披露目って何をすればいいのか分かっていませんけれど、お肉は一杯用意しましたので、楽しんで下さいね」

「ああ、ディジー、久しぶりだね。うちはいつも野菜が多いから、お肉が出るのは嬉しいよ。ほら、お祝いも野菜だね。山程買っていったと聞いているのに、母さんも容赦が無いから。食べ切れない様だったら、お裾分けにでもすればいいかな」

「ディジーちゃん、お久しぶり。私からのお祝いは鉢植えね。やっぱりお花が有ると、雰囲気が明るくなるよ?」


 門の閂を外していた私は、お兄さんお姉さんからそんな言葉を受け取って、お礼と共にぺこりと頭を下げました。

 言葉の無い友人二人が無言で門を指差すのに苦笑しながら、大きく門を開け放ちます。


「これ、ディジー?」

「飛べるの!?」


 生誕祭に来ていたのなら、飛んでいるところも見ていた筈なのに、今更ながらにそんな事を言われてしまいました。

 引っ掛け魔力の業で、階段状に宙を二三段上がっては、また地面に降り立ちます。


「『根源魔術』は磨き上げると、色んな事が出来る様になるよ? 未だに私は『儀式魔法』は使えないけどね」


 友人と話す時だけは、どうにも口調が変わります。

 多分クルリとリューイが、私にとって本当に対等な、親友というものなのでしょう。


 お兄さん達からお祝いを受け取ろうとしましたけれど、運んでくれるという言葉に甘えて、そのままアーチの中を先導します。

 開けた門は、魔力で閉めて、また閂を掛けておきました。

 感動したままの親友達や、自動で閉まる門に驚くお兄さん達を、連れて歩けばほんのり灯る光石。

 自分では反応しませんが、自然と魔力を漏らしている人が数居ると、こんな事も起こるのですね?

 御披露目ですからと積極的に、魔力を投げれば途端に輝き始める光石達。


「「「「うわぁ……」」」」


 お兄さん達までも、言葉が有りません。

 アーチを抜ければそこに有るのは、張りぼて館の見上げる威容です。


「「「「おお……」」」」


 またもや言葉が有りませんが、先程とは違って立ち止まってしまいました。

 暫くしてから、少しずつ言葉が漏れてきます。


「凄く怖いのに……神秘的だね」

「ディジーの趣味は、絶対変……」

「自分で建てていると聞いた憶えが有るんだけど!?」

「私のお花の居場所が無いよ!?」


 まぁ、期待通りの反応です。

 時々見に来ていたという母様やディナ姉が、慣れ過ぎていたのでしょうけれど。


「私の張りぼて館へようこそ!」

「「「「張りぼて!?!?」」」」


 そのまま玄関の扉を開けて、

 中庭に続く短い廊下を抜けて、

 中庭への扉を開いて、

 中庭に出ます。


 えっ!? という顔をして、後ろを振り返るお客様達。


「泥棒除けの張りぼて館なので、張りぼてなのは内緒ですよ?」

「「「「……張りぼて……」」」」


 どうやら納得して貰えたようですよ?

 呆れた様子の四人でしたが、中庭で準備をする母様とディナ姉を見て、その目に光が戻りました。

 ラーラお姉さんは腕まくりをしながら母様達に混ざろうとして、リカルドお兄さんは…………猪熊の丸焼きに夢中です?

 ……直ぐ隣の塊乱蜘蛛チュルキスにも気が付いていないのが、何というか危険なので、ラーラさんとリカルドさんには一旦張りぼて館近くまで戻って来て貰いました。

 何だろうという顔をしている二人に、種明かしをしてから塊乱蜘蛛チュルキスを指し示すと、案の定其処にへたり込んでしまいましたので、やっぱり気が付いていなかったのです。


「これは、危険だね……」

「うん。吃驚するわ」

「そうなんですけど、母様の一押しなのですよ」


 そんな二人に、母様はやっぱりにこにことした笑顔を向けているのでした。


 意外なのはクルリとリューイです。

 私と一緒に歩いている時に、一瞬体を強張らせたのは感じましたけれど、其処からは寧ろ興味津々に、蜘蛛の様子を探っています。


「蜘蛛は害虫を食べてくれる益虫なのよ」


 とはリューイの言葉ですけれど、お姉さんは首を必死に横に振ってますよ?

 それは兎も角、今度こそ母様達に混ざろうとするラーラさんなのですが、そこ迄の準備はやり過ぎな様な気がします。


「そんなに準備に手を掛けなくてもいいのですよ?」

「何を言ってるのよ? お客様が来るんでしょう?」

「火とお肉と調味料と棒箸を用意しておけば、自分で好きに切って好きに焼くのが冒険者流というものですよ?」

「……冒険者じゃ無いお客様だって来るでしょう? それに、普段がそんな冒険者なら、尚更ちゃんとした料理が欲しくなるものよ?」


 それは確かに一理有りましたが、母様含めて今日はお客様なのですから、のんびりしていて欲しいのです。

 そんな気持ちを言ってみたら、逆に私が呆れられてしまいました。


「そんな事を言っても、ディジーがやり過ぎちゃってるからね~」

「御披露目なのに、パーティみたいに揃えてて吃驚しちゃったわ」

「ね~」「ね~」


 母様やクルリ達は、私と同じ側ですね。きょとんと首を傾げてしまいます。

 そんな私達に気が付いたディナ姉とラーラさんが言う事には、何でも御披露目というのは、共通の友人を持つ者同士を引き合わせる顔繋ぎの場の様なもので、適当に皆が持ち寄っては、適当に駄弁るだけの場なんだそうです。

 だから、招く側の準備なんて本当は要らなくて、場所さえ調えてあれば充分なのだとか。

 持ち寄る物といえば、大体が自己紹介になる様な物で、ディナ姉ならばウェイトレスをしているから給仕のお手伝い。八百屋の長男のリカルドさんならお野菜で、花屋のラーラさんが鉢植えになる訳です。


「ディジーの知り合いならガズンさんとか冒険者が多いんだし、皆お肉を持って来るんじゃ無いかなぁ?」

「せめて私達はこういうのでお手伝いしないとね。それに、今も酒場の味付けなんかを教えて貰ったりしているし、キャラバンの料理なんかも面白いし、こういう交流も御披露目の醍醐味なのよ?」


 そうと言われて少し気持ちは軽くなりましたけれど、そういう重要な事は早く教えて欲しかったのです。

 もう空が茜色に染まる頃。コルリスの酒場方面へ伸ばした魔力で視てみれば、私の家へと続く道を、えっちらやって来る幾つもの人影が。

 でも、その肩に担いでいるのは何ですか? 巨大な枝肉に見えますよ?

 もう、もう、本当に、そういう大事な事でしたなら、もっと早くに教えて欲しかったものですよ!?

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