(53)二頭目。というより、一杯居ます?
直ぐ様、窓を作りました。
張りぼて館の玄関側の窓は、一階には設けずに、二階部分だけに設けます。
幅は腕の厚みの二本分。高さは腕の長さ程。サルカムの木の板で四角い枠を作り、そこにぴったり収まる様に作った手造り硝子。この真ん中に一本鉄の芯を通した硝子の板を、枠の上下に設けた穴に芯を通して嵌め込めば、芯を中心にくるくる硝子板が回ります。
直角に回せば風が通り、元に戻せば通しません。硝子板を固定する留め具を設けて、後は外側にサルカムの木で蓋を作ります。金具を捻れば蓋が開く様に細工をすれば、これで窓一つ分。
隣り合う半割にした丸太の間を
小さな狭い窓ですが、幾つも並べばそれなりに明るくて、何だか独特の雰囲気です。
でも、外から見れば丸で
中庭の木に面した内側は、こっちは一階にも窓を設けます。
客間とお風呂に光石ランプで、夜目が利かないお客様も安心です。
離れの作業場には普通の大きな硝子窓。明るい光が作業場を照らします。
秘密基地と私の部屋と作業場にベルを置いて、玄関とアーチの門にそのベルを鳴らす為の呼び鈴を配置すれば、来客の知らせを聞き逃す事も有りません。
と、そんな呼び鈴を据え付けている時に、ふと気が付いてしまいました。
アーチの下や玄関がとても暗いです。昼間でもそうなのですから、夜になれば真っ暗ですよ?
光石ランプでもいいかも知れませんけれど、生憎予備までは買ってません。
でも、これ。周りに砂利が敷き詰めてあって、それが全部光石だったりしたら、趣が有って良さ気では有りませんか?
そんな事を考えてしまえば、再び森へ行かない理由も無かったのです。
夜になるまではそわそわと、秘密基地の偽装です。
と言っても、秘密基地の作業場所と奥の部屋との間の扉で、一度手懸けた物ですから、やる事は同じです。屋外ですからサルカムで作った土台となる木の扉に、石を削り出して作ったタイルを上手い事取り付けるのです。
周りと同じく汚してみたり、今迄の汚れを綺麗にしたりと手を掛けて、日が沈む前には何とかそれなりにはなりました。
後は少しずつ改良していけば、其処に秘密基地が在ると知っている人でも、勘違いだったかと思う様になるでしょう。
そして夜。大袋を用意して、再び森へとやって来ました。
背中には瑠璃色狼。瑠璃色狼に角の髄は使っていませんが、何れ打ち直そうとは考えていました。とは言え、まだ手を付けていなかったのは幸いです。
サルカムの木を伐りに来た時は、剥ぎ取りナイフだけで来てしまいましたけれど、流石にちょっと問題でしたからね。
今回は、出来ればお肉も調達したいところなので、瑠璃色狼にも出番がきっと有るのです。
湖へと続く道を、少し外れて木々の間を飛び渡ります。
地上五尋の高さを、引っ掛け魔力の無軌道さで、ひゅんひゅん揺れながら渡っては、目立つ光石だけ拾い上げて。
そして気が乗らなければ見逃したりして、出来る限り満遍無く、広範囲から拾い集めていくのです。
光石は、時に明かりの無い夜道での道標に成ります。
雲が厚く垂れ込めた真っ暗な夜でも、魔力を地面に投げ掛ければ何処かで光る光石。
ですが近くにそんな光石が無くて、明かりの喪われた一角が出来てしまったなら、時に冒険者の生き死ににまで関わってきてしまいます。
突如現れる暗い蟠りには、要らぬ不安も掻き立てられるに違い有りません。
そんな事情も相俟って、河原にも拘らずに高速で揺れ飛びながら、集められていく光石。
そうして拾い集めるのは、何も光石だけでは有りません。
果物、茸に、薬草、山菜。豊穣の森の恵みは豊かです。
御披露目は三日後ですから日持ちするのが一番ですが、サルカムで作った大きな箱に、氷と一緒に詰め込めば、三日程度は平気でしょう。
鳥に、魚、玉子に、
流石に
そんな事を考えながらも、丸で地図でも埋めるかの様に、探索範囲を広げながら、拾いに拾った光石。大袋で六つ分になりました。
その果物も、お家に帰った私が既に、ささっと果物用に設けた厚めのサルカムの箱に入れて、箱毎冷やして厨房に保管済み。
光石を詰めた大袋も、先程作業場の中に運び込んで、手早く用意したサルカムの大箱六つに選別中です。
大中小の大きさ毎に三種類と、それぞれの綺麗さで更に二つに分けての六箱です。
少し魔力を当てれば光を放ち始めますが、どうやら滑らかで綺麗な方が、光も強く長持ちする模様。
ですから、どうせなら明るく長持ちする方が良いと、少し手間を掛けてみました。
歪な光石の角を、「流れ」で削り取って滑らかにすると、保ちも光も悪化します。
「活力」で熔かして整えるのは、ささっとすれば悪化して、じっくり整えれば良くなりました。
今迄気にも留めなかった光石ですが、ここで少し興が乗ってきました。
何故光っているのかを確かめる為に、魔力を通して探ろうとしてみましたが、その魔力で光ります。
おや? と思って魔力を抜こうとすると、その動きでまた光ります。
よくよく魔力を凝らして見れば、光石の中は層状の硝子の様な物が幾重にも折り重なっていて、そこを魔力が通り抜ける時に光を発している様ですけれど……これ、私の様に歪が見えてもそうそう分かりませんよ?
光石に魔力を籠めると、層になった内側に魔力が溜まり、その魔力が溜まる時と抜け出る時に光るのですね。層状の構造が完全に閉じ込める形になっていないと、魔力が抜けて保ちも悪くなり、層が緻密な方が光る機会も多く魔力も抜け出難いので良質になるようです。
削った光石が、質が悪くなる訳ですよ。
ですが、これ、作るのは大変ですね。
熔かして千切った光石では、その後幾ら丸めようが、層はもう壊れています。
試しに熔かした光石を
どうやら熔けている時点で層は壊れていて、そんなのを折り重ねたところで一体化するだけみたいです?
結局のところ、よく分からないという結論に落ち着いて、取り敢えず後回しです。
玉砂利として使うのにも、真球ではそれはそれで違和感が有りますからね。
粗い光石に、ざっと「活力」を通して、表面を滑らかにしていきます。
少々雑に扱っても構わないと分かってからは、綺麗目の光石も含めて、どんどんと処理をしていきます。
それが終われば真夜中でした。
作業を続けても良かったのですが、三日後にお招きする側だというのに、ふらふらになっていては怒られてしまいます。
初めてお風呂に水を引き込んで、「活力」で温めました。
実家のお風呂は湯桶からお湯を掬って体を流すだけでしたけれど、しっかり浸かれるお風呂って危険ですねぇ。眠ってしまいそうになるのですよ?
その日はお婆様がくれた極彩色の寝間着を着て、張りぼて館で寝たのでした。
次の日は、張り紙に書いた御披露目の日にちを直したら、早朝から光石の配置です。
入口の、アーチの下には小さな光石を敷き詰めて、玄関前は大中小と満遍無く、真ん中の木には中くらいの光石を幾つも幾つも括り付けて、木の下には大きな光石を鏤めて、それ以外の庭にも所々に光石を、トイレへの道にも忘れてはいけません。
私は無くても困りませんが、お客様には必要でしょう。
数が足りるかの確認も含めて、ざっと配置してしまいましたけれど、どうにもしっくりこないのです。
特に玄関前。
それからアーチ下。
どうにも光石を踏んで歩くのが気に食わないのですが、どうしたものでしょう?
もう日は昇っているのに、張りぼて館の黒い壁が相俟って、寧ろ背後のアーチ側の方が明るく感じる玄関前で唸っていると、門の向こうに棟梁の気配が現れました。
「おう、お早うさん! ……まさか、寝てないなんてこたぁねぇよな?」
「ちゃんと寝ましたよ!? 棟梁さん、お早うございます!」
そんな棟梁は、門に貼った貼り紙を見て、指差しました。
「招待せんのけ?」
なんて言っていますけれど、果たして誰を呼べばいいものやら?
家族の他に、呼んでも良さ気な人が思い浮かびません。
でも、声を掛けるだけなら……
ガズンさん達にドルムさん、ゾイさんとグディルさん、それにリダお姉さんにディナ姉に、オルドさんには声を掛けても良いのでしょうか? 領主様には流石に駄目ですかね? ああ! リールアさんに声を掛けたら、食堂はどうなってしまうのでしょう?
そんなことを指折り数えていくと、どうにも困ってしまいます。
「ん? どうしたんけ?」
「声を掛けると、却って迷惑を掛けてしまいそうで……」
「かぁ~! そんなこたぁ、声を掛けてから悩めばいいんだよ!? 来ねぇ奴は声を掛けても断るし、無理してくる奴なら声を掛けられんのを悲しむぜ?」
その言葉で、目が醒めました。
そうですね。来て欲しいと思った人には、まずは声を掛けましょう。
門の閂を外すと、棟梁は門を開けてアーチの下へと入って来ます。
「まぁた、随分と雰囲気が変わったなぁ、おい。綺麗な玉砂利ばかり、何処から仕入れてきやがったんでぇ?」
私が無言で敷き詰めた光石に魔力を通すと、光石が揃って光を放ち始め、そして次第に揺れる水面の様に、揺らぎを伴って明滅を始めます。
……これは、隣の光石が放出した魔力を取り込んで、また放出するのが合わさって、思わぬ福次効果を生み出している模様です。一つとして同じ物は無い歪な形も、一定しない揺らめきに影響を与えているようですね?
「おいおい、こいつぁ全部光石け!?」
「頑張って拾ってきました!」
「たぁー、凄ぇなこりゃ」
暫し二人で見惚れてしまいました。これは夜になるのが楽しみです。
そんな感慨から引き戻したのは棟梁の言葉でした。
「で、何に悩んでたんでぇ?」
「え!? そうですねぇ。どうにも光石を踏んで歩くのがしっくりこなくて」
「ん~……。嬢ちゃん、飛び石って知ってっけ?」
そんな言葉から教えて貰った飛び石が、私の希望にぴったりと適ったのです。
それはそうとして、まだ朝食にも早い時間です。
「棟梁さんこそ、どうしてこんな朝早くに?」
「いやぁ、俺っちの友達にうっかり喋っちまってよぉ。
気不味気な棟梁でしたが、棟梁の友人ならば構いません。
「迷惑なお客で無いのなら?」
「おう、ありがとな! 手綱はしっかり取るから任せとけ!」
そんな言葉と共に、今迄飲んでいたのかお酒の匂いを漂わせた棟梁は、ゆらゆら揺れながら来た道を戻って行ったのでした。
さて、棟梁から教えて貰った飛び石です。
早速地下から掘り出していた石を熔かして、丁度な平たい石を幾つも作って埋め込みました。
アーチの下から玄関まで。
歩いて欲しい所を、軽くうねる様に並べてみれば、成る程、確かにこれはいい感じです。
光が揺らめくアーチを抜けたら、威圧感溢れる漆黒の館。
でも、その実、一部屋分しか厚みの無い張りぼてなんですけどね。
朝の時間を使って随所を見て回れば、やっぱり気になるのは重厚さが薄い玄関扉と、単調な入口の門。
他にも巨人像が間に合わないとか、装飾が少ないとか有りますけれど、御披露目をするのに致命的なのはその二つです。
逆に、その二つだけなら今日の午後にでも出来上がりそうです。
お肉の調達に明日を使えば、……て、ああ! 食器も焼き串も調味料も足りません!?
そうですね。
丁度いいので買い物に行って、そこで御披露目に来て欲しい人に、声も掛けてみましょうか。
疎遠にはなってしまいましたけれど、学園にも友達が居なかった訳では有りません。
でも、余り声を掛け過ぎでも私のお庭に入り切らなくなりますので、それなりに厳選も必要です。
朝の食事には、昨日採ってきたばかりの果物と、焼いた茸を丸囓り。
そこで内から門を閉めて、壁の上を冒険者協会へと向かえば、丁度森へ行く冒険者達が集まっている頃合いです。
そこで運良くゾイさんとグディルさんを見付けたのです。
「ほほう! いいぜ。是非とも伺わせてくれ」
「つーか、家ってそんな簡単に建つんか? 自分で建てるとかゆうてへんかったか?」
そんな事を言いながらも快諾してくれた二人を後に、リダお姉さんとオルドさんにも声を掛けます。
「そうね。楽しませて貰うわ」
「ガズン達はいいのか? 胸の魔石が無くなって逆に楽になったと、今頃森で連携でも確かめている頃合だがな」
ガズンさん達が戻って来たら伝えて貰う様にお願いするのと、ディナ姉にもとお願いして、そのまま私は大通りを横切って実家へと。
兄様達は、狭いながらも領城に部屋が有るらしいのですが、任務が無ければ家に帰るのも自由との事で、昨日は家に帰っていたみたいです。ですが既にまた領城に向かったという事なので、残っていた母様に伝えるのです。
「うん! 皆で一緒にお祝いしなくちゃね!」
とても嬉しそうな母様に行って来ますを告げて、炊煙の煙る街の中をリールアさんの食堂まで一っ飛び。
リールアさん達は、丁度街の外に在る畑から帰って来たところで、荷車には野菜が山と積まれていました。
それを降ろすのを手伝いながら、駄目だろうと思いつつもリールアさんにも声を掛けます。
「リールアさん。クルリも。明後日の夕方に、私の家が出来上がった御披露目会を予定しているのですけど、来れますか?」
「ええっ!?」と驚いたリールアさん。困った顔をしています。
やっぱり、食堂の女将さんに、お店を休んで貰うなんて無茶ですよね?
「いえいえ、食堂も有るので難しいのは分かっていたのでいいのです」
私は諦めも早くそんなことを言ってしまいましたけれど、数少ない学園の友達であるクルリは、拳を握り締めて果敢に声を上げました。
「お母さん! 私、行きたい!」
「……そうだねぇ。店を閉めるのは難しいけれど、折角だからクルリは行っておいで。でも、皮剥きはきっちり終わらせてから行くんだよ!」
「やった! お母さん、ありがとう!」
「それより早く支度しないと、学園に遅れちまうよ!」
「あ! うん! 行ってくるね!」
「あ、クルリ待って、リューイにも伝えてくれる? 何か、来る人皆、おじさんとかお爺さんになっちゃいそうなんだけど。お姉さんも一緒にって!」
「うん! 分かったぁ! 皆にも言っとくね!」
「皆はいいよ! そんなに一杯は入れないから!!」
「はぁーい!」
リューイは花屋の娘。そしてその花屋でも、お小遣いを稼がせて貰っています。
お世話になった人は一杯居るけれど、既にもう二十人超え。リールアさん
せめて声を掛けるのは三十人までにしましょうと思いながら、足りない物を思い描きます。
「リールアさん。明後日の昼にでも、野菜を一杯買いに来ようと思いますけど、他にも火に掛けて温めればいいだけの煮込み料理とかお願いする事って出来ますか?」
「そりゃあ出来るけどねぇ。食堂のお鍋を持ってかれると困っちまうよ?」
「なら、お鍋を用意すれば出来ますか? お客様が思ったよりも多くなりそうなので、お肉だけだと心苦しいのです」
「そりゃそうさ! 野菜を食べなきゃね! そうさね、鍋があれば、とびっきりの煮込み野菜をたっぷり用意したげるよ!」
そんなリールアさんにお願いして、それからも色々な所を回って声を掛けました。
お店の前で体操をしていた美髯屋さんのオドワールさんに、朝早くからご苦労様の養豚場のラインバルさん、偶々見掛けた散歩中のバーナイドさんにも声を掛けて、その頃になると街のお店も開き始めます。
五十人前なんて普通の家では使いそうも無い、大量のお皿に深皿、匙、串、
厨房の棚の中に、ことことことと片付けると、漸くにして、「厨房らしく」見える様に成りました。
(大体、八割っていうところですかね?)
でも、厨房だと言っておきながら、鍋も釜も無いのですから、足りてる様でまだまだ足りません。
これはもう、使ってみるまで分かりませんので、仕方が無い事だと思いたいものですが……。
応接室の棚にも何か欲しいですが、秘密基地の毛虫ぐるみや縫いぐるみを持って来るのも違う様な気がします。あれは秘密基地用の飾りなのですから、応接室用にはまた新たな何かが必要でしょう。
自室の棚にも贅沢を言うなら本を並べてみたいですね。生憎花を飾る程には日の光が通りませんけれど。
まだまだです。まだまだなのです。
だから、出来る事から
昼になるまで、玄関の扉に手を入れました。壁と同じくじっくり炭化させた漆黒のサルカムの扉。装飾はシンプルながら、とことん私の魔力を練り込んで、得体の知れない威圧感が漂う扉です。
私の魔力なのに、威圧感というのが謎ですね。
威圧しているのに隠れている。喩えるならば、木陰から狙いを定める猛獣の様なものでしょうか。
それは、あからさまに目の前に出て来られるより、怖ろしいものなのかも知れません。
昼少し前に、コルリスの酒場へと向かいます。
まだ仕込みの時間ですが、裏口から声を掛ければ、マスターの奥さんが出て来ました。
中に入れて貰って、仕込みをしていたマスターやディナ姉に説明して、気前良くディナ姉を向かわせてくれる事になりました。
それどころか、マスターも早くに店を閉めて、訪ねようかなんて事まで言ってくれます。
「お、お酒はお断りですよ!?」
「ディジーのお祝いに、そんな無粋な事はしませんよ」
「何か差し入れ持っていくわね」
ただ、行くのは夜になるだろうとの事でしたけれど、何も問題有りませんね?
最後の声掛けは、その直ぐ近くの鍛冶屋のラルク爺です。
ですが、どうやら既に知っていた様子。
「あん? オズやんから聞いてっぞ?」
棟梁の友人の一人という事ですかね? まぁ、ラルク爺の鍛冶屋は、私の家から地道を行くなら必ず通る所に在りますので、炉を据えるのを見ていた棟梁なら声を掛けてもおかしくは有りませんけれど。
ならば、残る用事は一つだけ。
「ではでは、銅の割れ鍋でも有りませんか? 手持ちに銅が無いのですよ」
「……銅なんぞどうするんだ?」
「勿論、鍋を作るのですよ?」
ラルク爺には、鍛冶屋から買うならちゃんと作品を買えと言われてしまいましたけれど、案内されたがらくた置き場で、前と同じく屑を中心に、銅も鉄も量だけは沢山拾い集めて持っていけば、どうにも微妙な表情ですが好きに持ってけと言ってくれたのです。
まあ、こんな辺境の鍛冶屋のがらくた置き場なんていうのは、何時でも壊れた鎧や盾に、折れた刀剣が山を成して、屑なんて見向きもされない物では有りますけれど。
とまれ、十分な銅を手に入れたので、お家に帰って鍋作りです。火鉢な火床にサルカムの炭を
柔らかい銅を叩くのは、形を整える為だけですので、「流れ」で形を作れるならば、鍛冶をする必要さえ有りません。形が出来上がった後で、魔力で叩けば充分です。両手持ちの把手までもが一体化した、膨らみの有る丸い形。序でに蓋も作り上げ、鍋の把手と蓋の摘まみにサルカムの持ち手をあしらって、可愛い鍋が出来ました。
角度を変えて眺めてみても、光り輝く赤金色が素敵です。
でも、これは精々三人用。大人数にはもっと大きな鍋が必要です。
結局のところ、取り置いていた鉄塊から必要分だけ取り分けて、リールアさんの食堂に有るのと同じ位の寸胴鍋を作りました。こちらはしっかり魔力で叩いて歪を織り上げ、重い中身に耐えれる様に、頑丈な鍋に作り上げます。
蓋とサルカムの取っ手は同じ様に。それだけなのに、ちょっと高級感が漂いますね。
鍋を作ったところで気が付きました。
駄目駄目ですねと思いながら、俎板は残り少なくなってきたサルカムの木からサッと切り出すこととして、今は火床の火を落とす前に包丁造りです。
ある程度練り上げて、そこそこの物に成っている鉄の質を更に上げる為に、火床に翳して金色に熔かして、そして新生した金床の上に……――
――はっ!? と気が付いた時は、お腹の空き具合から一時間は経っていません。
なのに、私の前にはぬらりと輝く包丁が四本。形も大きさも変えて作った包丁は、柄まで鉄の総鉄製。しかも豊穣の森で集めた歪を利用して、私の魔力をたっぷり練り込んだ特別品。
つまりは、初期の毛虫殺しを遙かに上回る逸品です。
それが四本で本の僅かな一時間。
体の芯を、妙な痺れが奔ります。
私の腕が上がった事も有りますが、今回ばかりは偉大なのは道具の力です。
世間では、
そんな特級の毛虫殺しを打った鍛冶師の私も、同じくきっと特級相当の鍛冶師なのです。
相当と言ったのは、神々のランクが戦う力で定められている為、生産職の腕前ではランクが付かないからですが、特級の剣を打つ鍛冶師は、戦う力が無かったとしても、やっぱり鍛冶師としては特級だと思うのです。
そして特級の剣士が特級の力を発揮するには特級の剣が必要なのと同じ様に、恐らく特級の鍛冶師が特級の鍛冶を行うには、本来は特級の道具が必要に違い無いのです。
ですが私が今まで使っていた火床や金床は、改めて見てみれば玩具にしか見えないランク九か十の品です。
それを魔力の
恐らくランク四か三の道具を初めて使って感動しているのが今の私。
そんな私が本来の、特級の道具を手にしたら、どんな世界が広がるのでしょう?
武器にするには小さな包丁ですけれど、恐らくこの包丁達は、軽く上級の域に入り込んでいます。上級と言えば、包丁なのに黒大鬼を斃せるかも知れないのですよ!?
ふるふる震える手で鎚を置き、吐息も震わせながら火を落とし、鍋と包丁を抱えて鍛冶場を出ます。
頭を冷やす時間が必要でした。
包丁達を厨房へと片付けたなら、残りのサルカムの木を使い尽くす勢いで、俎板、テーブル、沢山の椅子、と、どんどん作って並べていきます。
少し気持ちも落ち着いたところで、寸胴鍋を持って街へと繰り出したのでした。
まずはリールアさんの食堂で、お昼の序でに寸胴鍋を預けます。
「あいよ! 明後日の昼過ぎに取りに来るのかい? たっぷり拵えるから楽しみにしておきな!」
お代は野菜を買いに来る時に纏めてと話をして、ぺこりと頭を下げました。
そろそろ美髯屋も開いている筈と訪れたそこで、大量の布と敷物を仕入れます。
私一人なら、靴の汚れも流れで落として入りますけど、お客様にはそんなことは期待出来ません。靴を拭くマットと併せて、最低限張りぼて館の真ん中の通路には敷物が要ります。
それと共にスリッパも大量に仕入れます。通路から応接室や厨房へは、スリッパに履き替えて貰いましょう。
序でに海魔の水衣も補充して、今度こそ、お肉を除いて大体必要な物は揃いましたでしょうか。
え? 汚れたマットやスリッパですか? 洗濯は『根源魔術』が物を言うところです。「斥力」と「流れ」で、水さえ有ればあっと言う間です。世の中に『根源魔術』が流布していないのが不思議なくらいなのですよ。
そんな感じで、特に街の住人向けの店を物色しながら帰ります。街で普段遣いにしている日用品を眺めていれば、買い忘れにも気が付くでしょう。実際石鹸の買い忘れに気が付いて、家や鍛冶場の掃除用に、風呂場用にも予備まで含めて取り揃えました。「流れ」で汚れは流せるとしても、石鹸で洗うのはまた違うのです。
増えた備蓄やお客様用の備品は、屋根裏部屋へと仕舞います。
流石に庭のテーブルや椅子は仕舞えませんが、サルカム製なので雨晒しでも問題有りません。普段は客間から外に出た所のお風呂の屋根の上や、作業場の屋根の上に配置してしまいましょう。
まぁ、何とか成りそうでは有りますね。
ふぅ、と一息吐いてみれば、残るは門扉と細かな部分の仕上げです。
一度門扉を取り外し、単純な柵状だったその形を、「活力」と「流れ」で格子状へ、そこから更に変形させて、透かし模様が竜毛虫に立ち向かう私の姿になる様に。
左下に剣を振り上げたガズンさんをこっそりと。
全体にガズンさんに相対して牙を剥く竜毛虫を。
右上に、毛虫殺しを振り翳しながら宙を舞う私の姿を。
更に竜毛虫の輪郭には、黒毛虫の魔石を練り込んで、私の髪の部分には、私の赤い魔力を森の歪みで練り込みます。毛虫殺しには私の魔力と黒毛虫の魔力ですね。残念ながら、ガズンさんに練り込む魔力は有りませんけれど。
最後の仕上げに黒染め液で染め上げて、これで門もいい感じです。
張りぼて館に作業場、鍛冶場、秘密基地と掃除をしながら端々の仕上げをしてもまだ夕方。
コルリスの酒場で軽くご飯を食べてから、豊穣の森でサルカムの木を三本と光石を大袋一つ補充をしてからお風呂に入ってお休みです。
お風呂はちょっと癖になりそうですね。
次の日は、朝から豊穣の森で狩猟採集のお時間です。
薬草なんかも一通り。悪戯用にハーゴンも欠かせません。
果物、山菜、野草の他に、食べられる花や根菜と、一通り集めたならば、一旦お家に持ち帰り、サルカムの大箱を作って渡り廊下の外側に仮置きします。
渡り廊下の外側は、それこそ普段は用の無い、雑多な物置場所なのです。サルカムの木もここに置いて有りますし、作った大箱も後で倉庫の代わりになるでしょう。
お昼は屋台で食べましょうと大通りへと繰り出すと、見覚えの有る二つの人影が、大通りを駆けているのを見付けました。
頑張っていますねぇと心の中で声を駆けて、私はそのまま宙を――と思っていましたが、私に気が付いた二人が猛然と駆け足を早めましたので、仕方無くその前へと降り立ったのです。
息を切らして追い掛けてきたのは、人獣と獣人の二人組。立ち上がった犬が少し丸みを帯びて、人と犬との中間の様な姿になった
それでもそんな言葉が蔓延しているのは、人獣達が多くは大都市の
獣人ならば、野生寄りですがそれなりに賢いので、多くは召使いとして雇われる事も出来ますけれど、人獣は幼児並の頭しか無いので、お遣いを頼むのも一苦労です。ですから貧民街に流れる外は無いのですが、そんな所で苦労するなら人獣の集落で暮らせばいいのにとも思いますけど、やっぱり人の街は人獣にも魅力的に映るのでしょう。
このデリラの街には貧民街なんて有りませんし、見掛ける事も少ないのですが、時々外からの人に付いて来てしまったり、奴隷や召使いとして来て主人に捨てられたり、この街で主人を亡くしたりして居着いてしまった人獣が、少なからず居るのです。
大抵は農園地区の牧場で働いていたりするので、この子の様にお遣いをする子は珍しいのですけれど。人獣の子一人ならお遣いを任せるのにも躊躇いますが、獣人の子と一緒なので安心してお遣いさせる事が出来るのでしょうね。
私が街で同じ様に走り回っていた時から、何処かライバル視して、それぞれのお遣いに走り回っていた二人です。隠れん坊の才能が強く働いていた時にも、見失わずに追い掛けて来たのですから、私の心を本の少しでも救ってくれた恩人でも有ります。
そんな二人に今の私を追い掛けさせて、お遣いを失敗させる訳にも行きません。
人が二百年近く生きるのに対して、獣人はその半分、人獣になるとそのまた半分しか生きないのですから、もっと皆優しくてもいいと思うのですけれど。ま、デリラの街の皆は、とても優しいので問題は有りませんかね?
そんな思わず追い掛けてしまったに違い無い二人でしたけれど、追い付いてみれば何で追い掛けたのかも分からなくなってしまったのでしょう。
うずうずしながら様子を伺う二人に、私の方から声を掛けます。
「私はもう、冒険者に成って街の外のお仕事をしていますので、お遣いはもうしていませんよ? 街の中の事は任せました。今日のお遣いはどちらまで?」
問われて一斉に指を差すのが、通り過ぎた後ろです。
どうにも心配になってしまうのですよ!?
「お遣いは、ちゃんとしないと駄目ですよ!? 信じて貰えなくなったら、お仕事を貰えなくなってしまいます」
それを聞いて、顔を見合わせた二人は、慌てて道を戻っては、一軒の店に突入していきました。
やれやれです。
暫くして出て来た二人が、私と手を繋ごうとするのは、同じく街のお遣いに駆け回った仲間意識が為す事でしょうか。
でも、「ごはん」と舌足らずに誘うのは、流石の獣人、そして人獣というところです。言葉は不自由していても、心を読むのは彼等に敵うものでは有りません。
連れ立って歩きながら、屋台でお肉を挟んだパンとスープを買い食いです。私の奢りでもいいところなのですけれど、コルリスの酒場のマスターや、支部長のオルドさんからも、下手な情けは掛けない方がいいと言われています。
特別な理由の無い施しは、彼等を混乱させるだけだとか。施しを受けることを当然の様に思ってしまっては、彼等の為にもならないとか。
それでもただ何となく、私が嫌われていた間の私の救いの一つだった彼等に何か報いたくて、大した事では有りませんけど一計を案じてみたのです。
「明日のお仕事は何時くらいに終わりますか? 夕方から夜に届く様に、調味料とかのご飯の味付けに使う物を色々と見繕った上で配達して欲しいのです。予算は一分金で買えるだけ。配達してくれたらその時にお駄賃は一朱金ずつでどうでしょう?」
御披露目の間に来てくれたなら、ご飯だって振る舞えるでしょう。
そう思って簡単な地図を書いて一分金と一緒に渡したのですけれど、「わかった!」と素直に受けて貰えると、色々と考えてしまっている自分が少し恥ずかしくなってしまいますね。
ご飯を食べたら再び森へ。
湖の周りは冒険者達が沢山居ますので、嘗て大猪鹿が居た丘まで出張ってそこに拠点を作ります。
拠点と言っても、皮を剥いだり血抜きをしたりする木を見繕い、獲物をぶら下げる為の蔦を集めてくるくらいですけれど。
そこから四方を飛び回って、大量のお肉に玉子と集めます。
大体は鳥とその玉子や、街の住人には馴染みの無い森犬肉。ですが森犬肉だって、ドルムさん直伝の木の実と果物のソースで和えれば、そこそこいける珍味です。
熊猪も森鹿も一頭ずつと、更には
どうせなら、また大猪鹿が居たりしませんでしょうかと思いつつも、見渡す視界にそれらしい獣は見当たりません。精々が遠い南に持ち帰る事も出来なさそうな、巨大な獣が闊歩しているのが見えるくらいです。流石にあれは、狩ったところで食べ切れませんよ?
残念に思いながらも何となく、瑠璃色狼に魔力を通してみたのです。
これまで私が、私の造った武具を使って気が付いた事。
魔力を練り込んだ武具を使う時、通した私の魔力が練り込んだ魔力の性質を帯びるのです。或いは変換されると言ってもいいかも知れません。
それがどういう事かと言えば、私にも練り込んだ魔力の持ち主の力が、少なからず使えるという事です。
でも、それは今はどうでも良くて、瑠璃色狼に練り込んだ大猪鹿の魔力を通して見てみれば、大猪鹿の居場所も分かったりしないでしょうかという、ただそんな思い付きからやってみただけでした。
今もこの豊穣の森に、大猪鹿が居た限りは、あれが最後の一頭な筈が無いのですから。
まぁ、それでも期待なんてしていなかったのですけれど、大猪鹿の魔力を通して丘の周りを眺め見て、予想外の光景につい呆けてしまいました。
丘の周りの其処彼処に、大猪鹿の青い魔力が、幾つもの丸い塊を作っています。
海魔の水衣で作った袋を膨らませた様な
大猪鹿の魔力を通さなければ、私の魔力でもそこには何も無く見えますし、石を投げれば摺り抜けます。
ならば其処には何も無い筈なのに、大猪鹿の魔力は其処に何かが居ると告げるのです。
毛虫退治で学んだ事のもう一つ。同種の魔力は妨げには成らないのです。
毛虫を斃すのにあれだけ容易く事を運べたのは、毛虫の魔力を練り込んだ毛虫殺しが有った事も大きな要因の一つでしょう。
ならば、大猪鹿の魔力が隠す何かには、大猪鹿の魔力が物を言うに違い有りません。
私は瑠璃色狼を手に取って、ただ魔力を通すのでは無く大猪鹿の魔力を「活性化」しながら、虚空に向かって袈裟斬りに、「てやっ」っとばかりに振り抜きました。
次の瞬間、忽然と現れた、二頭目の首がドサリと落ちました。
暫し私は沈黙します。
飛び切りが欲しいと願ったのは私ですけれど、これはちょっと危険物過ぎますよ?
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