(52)公開拠点を造るのです?
べるべる薬を見て貰ってから三日後、私の拠点の整地が済みました。
既に表土は剥がしていましたので、「活力」を与えながら、「流れ」で形を整えていくだけの作業です。特に苦労という苦労も無いですね。
靴を脱いで裸足になって、直に足の裏から魔力を当てて、土中の様子を確認しながらのゆっくりとした作業は、いつもの鍛冶仕事と何も変わりません。ですが、どうにも裸足で真っ赤に熔けた石の上を歩くのは非常識だった様で、棟梁を慌てさせてしまいましたけれど、まぁそれくらいです。
一日一日深さと範囲を広げながら、それで三日。
出来上がったのは、堅く熔かし固められ、柱の穴だけ四角く空いた、強固な基礎の姿でした。
後は柱を立てるだけと考えていたのですけれど、棟梁が待ったを掛けました。
「なぁ、俺はどんだけの火を使うのか分かってはいねぇがよ、サルカムの木と言ってもよぉ、火の側に使うのはどうなんだ?」
言われて首を傾げます。
ですが、これからは強烈な火が必要になる事が有るかも知れません。炉の仕組みなんてさっぱりです。
専門家を呼ぶしか無いですよね!
そうして呼んだのが、鍛冶屋のラルク爺です。
すると、ラルク爺はちょっと待てと言って、連れてきたのがもう一人。その捩り鉢巻の若者が、炉を作る築炉職人だという事でした。
ですが、その真面目そうな職人さん。炉の設置予定場所では無く、固めた基礎に這いつくばって、さっきからぺしぺしと叩いたりしています。
「何だこれ……練り凝石でも無い……まさか一枚岩か?」
そんな言葉に、棟梁が笑い声を上げます。
「おう! 聞いて驚け! そいつはこの嬢ちゃんが辺りの石を熔かし固めた奴よ! 全く笑いも引っ込む光景だったぜ」
「熔かして……固めた……?」
「この辺りの石は脆くてぼそぼそで、低い温度で熔けちゃいますよ?」
そう言って私が手に取った辺りの石が、掌の上で真っ赤に熔けてから、丸石に成形されて固まるのを見て、築炉のお兄さんはまたもや固まります。しかしそこから我に返り始めるお兄さんには、面白い物を見付けたというぎらぎらとした輝きが有りました。
何でも炉を作るには、通常は煉瓦を積み上げて形を作るらしいのですが、こんな事が出来るのなら、粘土で形を作った炉をそのまま焼き上げる事が出来そうだとの事。
完璧な炉がとか何とか野望の様な事を口にしていましたけれど、そもそも私の鍛冶は『根源魔術』頼りの異端鍛冶の様な気がしますので、炉が出来上がったところで想定している使い方になるかは分かりません。
それで私は火鉢で十分と考えていたのですけど、色々話をしている内に、それは私が無知なだけで、良い物を作るのにそれはどうなんだ? と疑問を呈されてしまいました。
まぁ、確かに炉に関しては何も考えていませんでしたからね。
そこでまぁ、お兄さんお奨めの周りを囲ったタイプの炉を一つ。火鉢タイプの炉を一つ。それぞれお兄さんが指示するままに、粘土を「流れ」で整えて、同じく「流れ」で水気を抜いて、「活力」で焼き上げるまでに三日間。少し赤味掛かった白色の、可愛い色した炉が出来上がりました。
それに合わせて、作業場のレイアウトも詰めていきます。
作業場は私の細長い土地の奥側五分の一で計画していましたが、傾斜になっている上と下とで二段に分かれてしまっていました。その下段に炉を設けましたので、下段が鍛冶場、上段を他の作業用に分けて、仕切りも設けて区切る事にします。
壁は結局サルカムの板材。サルカムの木も燃えない事は無いらしいですが、かなりの時間炙り続けないと火は付かないらしいので、炉の周りだけ煉瓦の衝立を付ければ充分です。
また、鍛冶場の壁は、密閉しないで要所に隙間を設けます。床の
天井側にも明り取りを兼ねた口をぽつぽつと。空気穴が無いと、死んでしまうかも知れませんからね。
サルカムの木なら
足場が無くても宙に立ち、魔力の腕で幾つもの作業を同時に熟せる私ならではというところでしょうかね?
上段の作業場は内装も手付かず。ですが、下段の鍛冶場は後は光石でも仕込む程度でほぼ完成。
そうとなったら秘密基地から数多の素材に武具装備品を持ってきて、久々の鍛冶仕事です。……と、思ったのですが――
秘密基地の中で使っていた道具類をこの新しい鍛冶場に持ってきてみれば、どうにもちまちましている様にしか見えません。しっかり整えられた鍛冶場に有っては、籠や棚に整理されていない素材の山も、ぶぅと鳴く黒岩豚の椅子も、玩具の様にしか見えなくなってしまった金床も、丸でそぐわなくなってしまっています。
棚や籠は作るとしても、金床ばかりは大量の鉄塊が必要です。加工されていれば金物屋ですが、素材の儘なら冒険者協会でも取り扱っていますので、取り敢えず粗悪品で良いから一万両の鉄塊をと注文に行ったら、水浴びもしないで作業に没頭していたからか、臭いと文句を言われてしまいました。
鉄は粗悪品なので二十両金程度で済みますが、商都から運んでくるので十五日くらいは見込んで欲しいとの事。
仕方が無いので、その日は棚と籠と丁度良い石の台を作って、サルカムの丸太で椅子を作って、随所に光石を仕込んで、金床以外の鍛冶場を完成させたのでした。
この頃になると、棟梁が差配して、入口入って右手の壁に、上水の吹き出し口が設けられていました。ほぼ最下流なので勢いは有りませんが、使い放題なのが有り難いところです。
臭いと言われた事も有って、毎日の水浴びが日課になりました。
張りぼての館を作ったら、お風呂も設ける予定なのですよ?
十五日間は鍛冶仕事も出来ないとなれば、張りぼての館を作る他は有りません。
棟梁に見て貰いながら、木造りをして仕口を作って、組み立てるだけに準備を整えます。
尤も私の場合、加工は『根源魔術』でするので、形だけ教えて貰っての自己流ですけれど。道具の使い方は参考でしか有りません。魔力でざくざく形を作るのを、棟梁は呆れながら見ていました。
張りぼての館の外壁は、半割にした丸太の外側部分です。圧縮しながら「活力」を加えて外側だけ真っ黒に炭化させた、威圧感抜群の漆黒の館です。棟梁が玄能で叩くと、キンキンと金属質な音が返ります。
全ての準備を終えるのに六日間。棟上げは一日で。次の二日で内装以外仕上げては、綺麗に磨き上げました。玄関の鍵は、魔力で動かす閂ですから、私以外には開けられません。
さて、内装です。壁は壁紙を張る事も考えていたのですけれど、サルカムの木目が綺麗なのでこのままにします。入って右は応接室。入って左は厨房とお風呂。二階の右は私の部屋。二階の左が客間です。
まずは一階の応接室。ささっと椅子とテーブルに棚を作って据え付けてしまいました。後でクッションを作って椅子に取り付けましょう。折角の上水口近くなので、小さな水飲み場も作る予定です。
厨房は出来合いです。今の私の背に合う物を作っても、何れ作り直すのは決まり事です。今迄厨房すら無かったのですから、まずは出来合いの物を買ってきました。私に合わせて
お風呂場は、木で組む予定でしたけれど、石を熔かしてお風呂の形にしてみました。表面も滑らかのすべすべで、もしも割れが入ったとしても再び熔かせば修復も容易です。
二階の私の部屋と客間には、取り敢えずベッドと小さなテーブルと、それから椅子と棚だけ置いて、ここ迄で三日間。何故だか木工が、物凄い速さで出来る様になっています。
次は作業場への渡り廊下。右手側の、応接室から作業場へ繋げる通路は周りも囲って雨の日でも困りません。二階の私の部屋からも、そのまま階段で渡り廊下に繋ぎます。左手側にも屋根だけ付けて、屋根は鍛冶場の裏手まで。只の穴なのでお客様には使い辛いかも知れませんが、ここが我が家のトイレです。使った後はその場で燃やして、後ろの畑の肥料にしますが、お客様が来ると尻拭きの葉っぱが足りなくなりそうで困りもの。畑も日当たりが悪くなったので、何れ作業場の上に移してしまうかも知れません。
トイレも含めてここ迄で二日間。
ここで棟梁に発注です。水回りは資格が要るので、私の手では出来ません。
仕様を伝えてお願いしたら、その日の内に全部繋いでしまいました。
一段落と思ったら、ここで協会から連絡が来ました。鉄塊が入荷したのです。
「おお! 粗悪品ですね!!」
「粗悪品でいいって言ったじゃない。で、どうするの? このまま持ってく?」
リダお姉さんの口調は、以前のものと乙女の間で統合されていっている感じです。
「勿論、今直ぐ持っていきますよ!!」
そうして手に入れた鉄塊は、ごつごつした塊が数個で、見るからに不純物混じりです。
そんな塊を火鉢な火床の上に掲げて、熱と共に「活力」を加えて熔かします。
金色に熔けていく鉄から、ぐつぐつと大量の不純物も流れ出ていきます。これはこれで何かの役に立ちそうですので、
練り練り揉み揉み魔力の手で捏ね回し、更に不純物を絞り出し、或いは高熱で灼き飛ばします。更には魔力の腕でも叩き出し、「流れ」も使って洗い流し、「斥力」でもって弾き出します。
既に粗悪品とは言えない鉄塊から、金床に必要な分だけ選り分けて、今使わない方から「活力」を抜けば、鈍色に冷えた鉄塊は床の上です。
抜いた「活力」も加えれば、益々鉄を熱くする事も出来るのでしょうけれど、やり過ぎるのもよく有りません。軟らかくなってしまうのです。
なので金床分の鉄塊は、魔力で様子を見ながら捏ねて捏ねて、そこ迄やって思い付いたのが、先代金床の活用です。金床に意識が有るとも思いませんが、毛虫殺しが感情を持った様に、金床としての何かを持っているかも知れません。それを引き継いで貰うのです。
先代金床を抜いた「活力」で一気に熔かして、混ぜて混ぜて練り込んで、更に私の魔力も注ぎ込んで、捏ねて捏ねて練り合わせ、ここぞとばかりに金床の形に整えて、鉄の“金床”としての性質を「活性化」しながら、がんがんと力を叩き込みつつ一気に「活力」を奪って冷やしたのがこの金床。
「活性化」の効果は不明ながら、またも抜いた「活力」が勿体無いと、今度は大槌に手を出して、これも先代大槌と練り合わせ、鎚の性質とは何かと首を捻りながらも「活性化」して、更に次は
そうして一通りの道具を一新した時には、恐らくは二日が過ぎていました。
果物の萎び具合で日にちを計るのにももう慣れたものです。
最後に入口のアーチに取り付ける、格子状の門扉を作って火を落としました。
「活力」が勿体無い事この上有りません。私の魔力で与えたものなら、私の魔力に戻せないかと色々と試してみたのですけれど、一度与えた性質を変えるというのも難しいのです。
この「活力」を放つのも危ないので、結局「活力」の逆作用を掛けて打ち消す事しか出来ませんでした。
ちょっと鍛冶疲れしていましたので、のんびりとリールアさんの食堂で御馳走です。
「おやま! ディジーちゃんじゃないかね! 良く来てくれたよぉ!!」
「おお! 英雄嬢ちゃんの御出座しかぁ!」
「おいおい、何だか疲れているが、また危ない事をしているのか!?」
やんややんやと何時の間にかの大人気ですが、
「ディジーちゃんなら全部奢りで良いよ!」
そんな言葉は戴けません。
「む、ちゃんと払いますよ! そんな事をされては、ここに来難くなるじゃないですか」
ちゃんとお金は払いました。
いつも通りの美味しい野菜に癒されたなら、直ぐ近くの錬金術屋でバーナイドさんに挨拶です。
「べるべる薬は売れているかい?」
「作ってすらいませんよ?」
べるべる薬は、協会に始めに卸した分だけで、それ以降は音沙汰有りません。
渡せるのも信用出来る冒険者だけでしょうから、仕方の無い事では有りますけれど。
錬金術屋を見て回れば、中々心を惹かれる物が置いて有ります。やはりお店は、目的を持って来るべき所かも知れませんね。
「この光石ランプと、呼び鈴の道具を下さいな」
自分で使うなら、直接魔力を当てて光石を光らせるのですけれど、そういう事が出来る人ばかりでは無いみたいなので、捻ると光る光石ランプは客間とお風呂には必須ですね。
殆どお客様は来ないと言っても、呼び鈴だって不可欠です。ベルの魔道具の劣化版の呼び鈴は、精々家の中くらいしか届きませんが、数カ所同時に鳴らす事も出来てお得です。
自分でも作れればとも思いますけど、神様技能が使えなければ、中々難しい分野なのです。『錬金知識』とかを神様技能で引き出せないのなら、紙の本に頼るしか無いのですが、世の中に神様技能が有る所為でそういう専門的な本は殆ど出版されていないのですから。
だからと言って、バーナイドさんに教えて貰おうなんていうのは、虫が良過ぎる話です。買った魔道具を分析するのはまた別ですけどね♪
「おや、珍しいね。冒険者なら、光石くらい幾らでも持ってそうだけど」
「お客様用に使うのですよ! 魔石は
「ああ、そうだよ。ここを開けて、このお皿に入れてくれればいいから」
……毛虫だなんて言いませんよ? 余所行きの言葉だって、ちゃんと使えます。
その後は、オドワールさんの美髯屋に寄って、布団とソファとクッション用に、大量の布と綿を仕入れます。サシャ草もいいのですが、あれは一年保ちません。だから布団は秘密基地と私の部屋と客間とやっぱり作業場にも欲しいので、ちょっともこもこの大量なのです。
それを抱えて私の家まで空の旅。『隠蔽』は掛かっていると思うのですが、やっぱり影はばれますね?
家まで戻れば作業場に一旦荷物は置いといて、日の出る内から秘密基地でお休みです。
目が覚めると真夜中です。
ささっと豊穣の森の湖まで飛んで、そこで光石を探します。
光石は何処にでも転がっていますけれど、丸く綺麗なのを探すのなら河原を探すのが一番です。
湖に流れ込む川の上に浮かんで、広範囲に魔力を放射します。
放射を止めたら、光る石を魔力の腕で拾い上げれば簡単に集まります。
だからこそ、夜の作業なのですけどね。
序でに透明な部分の有る白い岩も持ち帰ります。窓の加工はまだしていません。硝子くらいなら買ってもいいのですけれど、ここ迄来たなら手造りですよ。
家に戻れば、ちくちくちくちく布団を縫います。……いえ、嘘ですね。ダダダダダと魔力の手が布団を縫います。ただ袋状になっていれば良いのですから、残像が残りそうな勢いで、上下に往復する小さな針が、物凄い勢いで布団を縫い上げていきます。
それでも裁縫には時間が掛かるもので、四つの布団とソファとクッションが出来上がるのに丸二日。
作業場用のベッドを作って、磨き上げた光石を随所に仕込むのに約一日。
いえ、本当は鍛冶仕事に没頭したいのですよ? でも、中途半端に残っている事が有ると、没頭し切れないのが気持ち悪いのです。
そんな事を考えながら、宙に引っ掛け魔力の技で、張りぼて館の二階の外壁を見ながら、窓の配置を確認していると、足下から棟梁の声が聞こえてきたのです。
「おーい、まだ御披露目は出来ねぇのけ?」
「えっ」と驚いて声が出てしまいました。
「御披露目ですか?」
「おうよ。嬢ちゃんは集中し切ってて気付いとらんかも知れんが、色んな奴らが心配して見に来てたぜぇ? 御披露目はせんとなぁ」
またもや、「ええっ」と声が出ます。
誰が見に来ていたのでしょう?
残る作業は、窓は今日中に作るとして、ああっ! お客様が来るなら秘密基地の入口もしっかり隠さないといけません。壁の凹みも分からない様に、周りの壁と一体化して偽装した戸を設ければ、見て分からない上に、宙に引っ掛け魔力の技が無ければ入る事も出来ないでしょう。突き出した棒も、外してしまうのがいいですね。
玄関前の両脇に、見下ろす様な巨人像を設けて威嚇の予定でしたけれど、ちょっとそれは間に合いそうに有りません。それに巨人像は毛虫殺しを鍛え直した後ですよ?
お客様を呼ぶのなら、光石ももっと欲しいですし、それにお肉も調達して、ああ、リールアさんのお野菜も! お酒は用意出来ませんけど、果物とか飲み物とか、クリウの葉っぱにそれにそれに――
「ふ、二日、いえ、三日後の夕方に御披露目にしますよ!」
「おう、大丈夫け? じゃ、声掛けとくわ」
棟梁は、声を掛けておくと行ってしまいましたけれど、私は誰が来たのかも分かりません。
なので慌ててアーチの門扉に、三日後の夕方御披露目します(身内限定)と張り紙をしました。
知らない人に来られても困りものですからね。
困った事に、今日が春の三月の何日目だったかが分かりません。
明日になれば三日後を二日後に直すのですよ!
それにしても、やる事ばかりで大変なのです。
うひゃああ~~、って感じなのですよ!!
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