(51)いや、謁見って、俺らは只の運び屋だぜ?

 獣車の屋根に乗ったまま王都の門を潜り抜けて、ゾーラバダムは居心地が悪そうに辺りを見渡した。


「何だか、みやこが山で無いと、違和感が有るなぁおい」


 そんな事を言うゾーラバダムに、スカーチルは朗らかに笑う。


「くくく、デリラに染まりきってやすねぇ。王都暮らしにとっちゃ、四方の何処かに稜線が見えないと落ち着かないもんでやんすよ?」

「ははぁ。デリリア領には単品の山は幾らでも有るが、連なった山は見掛けんからなぁ」

「あっしも今はデリラの男でやんすがね」


 ゾーラバダムは、少し前までの暗い翳を払拭したスカーチルに、一度目をやって、また戻した。仲間が元気なのはいい事だ。

 そこへ後ろの獣車からの声が飛ぶ。


「そのまま真っ直ぐ、中央の協会へやってくれ!」


 冒険者協会の職員として乗り込んでいたバハネイは、王都に入る暫く前から後ろの獣車でごそごそと荷物を漁っていた。今はそれも落ち着いたのか、肩から薄い鞄を提げて、後続車の御者席へと腰掛けている。

 オークションの手続きは、冒険者協会の仕事だった。それで一割。オークションの落札価格から抜かれる手数料には、バハネイへの報酬も含められている。

 だから、ゾーラバダム達の仕事と言えば、この後中央の冒険者協会へ行き、そこで所定の場所に物品を預けたなら、一先ずは落ち着けると思っていいだろう。

 後は冒険者協会にお任せだ。


 最後まで面倒を見たい気持ちも有るが、伝手も無い王都でオークションを取り仕切ろうとしても、それは考えるだけ無駄な話だ。オークションの場に参加出来るだけで、納得するべき事である。

 中にはより高くでの落札を望み、自薦の文句を摺り合わせようと協会に詰める者もいるらしいが、協会でのオークションの対応は『識別』に『鑑定』、『判別』といった技能次第で、自薦の言葉は見向きもされないと聞く。寧ろ、貴重な職員の時間を浪費したかどで、嫌われるのが落ちだろう。


「了~解! でもよ、宿を取るのと二手に分かれた方が良くねぇか?」

「いやいや、旦那、何日掛かるのかもまだ分からないのと結局人足は要るでやんすよ」

「そう言えばそうだな」


 真っ直ぐと言っても、道形だから、初めの門を潜った後はかなり蛇行して次の門へと向かう。周りはほぼ農園地区だ。直ぐ近くにも鬼族が出たという事から、デリラと違って農園地区も囲う方針なのだろう。

 その次の門を抜けたらまたぐるりと回って次の門へ。拡張に次ぐ拡張の影響なのか、門から門が真っ直ぐに並ぶのは、三つ目の門を抜けた辺りからだった。

 そこまでくれば、辺りも居住区の様相を示してくる。遠目に見える城の姿は、デリラとは違って砦には見えない。成る程宮殿とはああいう物かと思いながら大通りを北上する。

 そこからまた二つ門を抜けた先、商業地区とでも言えそうな中でも、一際大きな建物の前でスカーチルが声を張り上げた。


「バハネイの旦那! ここが中央の協会でやんすよ! あっしらは周りを回ってやすから、用事を済ませてきてくだせぇ!」


 毛角牛ロンゴルは止められない。止めた後は、人が歩くよりも歩みが遅くなる。

 透かさず後ろの獣車から飛び降りたバハネイが、その建物へと駆け込んでいった。


「それにしても、ごつい冒険者が多いなぁ、おい」

「将軍もここで育ちやしたからねぇ」

「……斥候職や後衛職っぽいのが見当たらんな」

「斥候職や後衛職も殴るんでやすよ?」

「たぁ~、敷居が高いぜ」


 中には若く未熟な冒険者の姿も見えるが、周りのごつい冒険者に混じると、只の一般人にしか見えない。況してや女性の冒険者の姿は、皆目見当たらなかった。


「ん~、旦那は勘違いしてそうでやすが、中央の協会は“門”帰りの冒険者ばかりで、他の冒険者は各方面に設けられた協会を利用してるでやすよ? 態々こんな内寄りの所まで来るのは不便でやんす」

「そ、そうだよな!? あ~、吃驚したぜ」


 そんな事を話しながら、でかい倉庫の建ち並ぶ一角や、宿舎らしい建屋の横を通り過ぎ、幾つか角を曲がってまた大通りへと戻ると、バハネイが既に協会建物の前で待ち構えていた。


 止まらない毛角牛ロンゴルに乗り込んできたバハネイが導くのに従って、やって来たのは結局通り過ぎたでかい倉庫の一つだった。

 その中まで入り込んで、今度こそ毛角牛ロンゴルを止める。

 倉庫の中でも鍵の掛かる区画まで入り、そこで協会職員に促されるままに、大猪鹿の素材を積み上げていく。


 対応した協会職員は、遣り手に見える女性職員と男性職員のペアだった。男性職員は『判別』技能の持ち主らしく、取り引きを始める前に『判別』を使用する事を断られている。『判別』は『識別』の派生で、レベルが低い内は嘘を見破れる程度だが、レベルが高ければ『隠蔽』がされていても関係なく、真実か否かまで判別出来る技能だとか。世の中には真実と思って信じている事が、実際は間違いなんて事も多いが、それすら見分ける事が出来るとの話だった。


 そんな職員達が、事務的に仕分けをしているのを眺めていたが、その素材を『識別』か『鑑定』かした際に、明らかに表情を変えた。それに、我が事ならずともゾーラバダムは胸の空く思いを感じていたが、スカーチルも同じだったのだろう。にやりと笑ったのが目の端に見えた。


「これは……生きた個体が見つかったのですか!?」

「らしいな。俺らも綺麗に解体されたのを預けられただけで、詳しい事は知らん」

「討伐者のディジーリアというのは……?」


 女性職員がリンゼライカに一瞬目を向けるが、そこで眉を顰めて首を捻る。


「来てないぞ。デリリア領のデリラの街は氾濫の真っ直中で、彼奴あいつはまだやる事が有るんだと」

「ポーターやってたあっしに、魔の領域の中で引き渡して、分け前は七三でと依頼された物でやんす。中々に豪気でやんすよ」

「デリラの街では知らぬ者の方が少なかろうな」


 と、それにまたスカーチルが連れてきた人足達の言葉も続く。

 それは丸で歴戦の冒険者を讃えるような物言いで、それがまたちょっとした誤解を生む事になるのだが、それはまた別の話。

 職員達は、ただ事務的に作業していた時とは違う、感心した感情を目に宿しながら、仕分けの作業を続けていく。

 その完璧な、血の一滴ひとしずくも無駄にしない解体に、見も知らぬその冒険者への評価をどんどんと上げながら。


「なぁ、伯父貴。あれってそんなに凄い物なのか?」

「まぁな。今更そんな事を聞く、便乗していただけのお前には関係の無い話だが」

「何言ってんだ!? 俺だって護衛だろ!?」

「始めに言ったが、お前は勉強の為に王都行きに便乗させてやっただけで、護衛の頭数には入っていない。普通なら数両金取られる王都への獣車旅だ。同行するだけで代えがたい経験に成る筈だが、そこは本人の意識次第だったな。そもそもお前のランクは今幾つだ? ランク十二と言い張っているようだが、この旅の間に見る限りはランク十二にも届いている様には見えん。ランク十二は花畑での最低ライン。護衛を名乗るには最低でもランク八は必須だ。実力が丸で足りんな」

「お、俺だって手伝ったぞ!」

「水を運ぶのも嫌々だがな。そもそも他の全員が湿地に入って働いている時に、獣車から降りようともしなかったお前は、只乗りの迷惑な客以外にどう言うんだ? 只乗りの客なら手伝いくらいは当然だが、それすら嫌々ならな。真面目に学ぼうとして手伝いもしていれば、些少は考えても良かったが、今のお前が分け前を口にするのは烏滸がましいわ」

「王都に来て無一文だなんてやってられねーよ!!」

「……小遣いくらいはくれてやる。宿の食事も出してやるから、他に二十両金も有れば充分だろう。ランク八程度の武具なら、中古で揃えれば二両金で全身揃うだろう。見る目が有れば投げ売りの中に掘り出し物も有るかも知れん。前々から言っているが、冒険者にとっては情報が命だ。デリラの街でも真面目に冒険者をやっていたなら、良い武具屋や評判のいい土産物屋の情報を集めるのにも苦労はしないだろう。だが、これからも冒険者をする気なら、自分の為だけに使い切る事はしない方がいいぞ。仲間の分も含めた予算だと思え」

「…………チッ」


 馬鹿な甥が口を挟んでくるのに、ゾーラバダムは無表情に冷たく返す。それすらも甘いと言わんばかりに、隣でリンゼライカが欠伸をしたが、少々五月蠅くし過ぎたらしい。顔を顰めた男性職員が、こちらへと顔を向けて苦言を呈してきた。


「全く、『判別』を使っている時に、関係の無い事をべらべらと喋らないで頂きたいものですが。『判別』された結果、そちらの方の言う事は至極当然で真っ当な言い分、そちらの少年は的外れの言い掛かり。ご苦労されている様ですが、ここではどうぞお静かに願いますよ」


 それからは口を噤んで、職員達の作業が終わるのを待つ。

 終わった時には職員達は、それはもう晴れやかな良い笑顔で、良い仕事をさせて貰ったと感謝の言葉を伝えてきた。


 そんな協会を後にして、スカーチルお奨めの老舗の宿を取る。オークションまで規定通りの一月と聞いていた為、余裕を見た四十日程。危険物が手を離れた身軽な気持ちで、ゾーラバダムはぐっすりと休んだ。


 次の日の朝、むすっとした顔で手を出す甥を前に、ゾーラバダムは腕を組んで唸りを上げる。

 何でこいつは小遣いを貰うのに、こんなに不機嫌を顕わにしているのかと。


「これは俺がお前の伯父として施す最後の情けだと思え。ランク三の冒険者に依頼をするなんて事が、そもそもランク十二の身には不相応だ。伯父として面倒を見ねばと思っていたが、俺は今になっても不貞腐れた様子を隠そうともしないお前のような奴にこれ以上関わるつもりは無い。お前の事を色々と相談もしたが、鉄拳制裁で性根を叩き直した後は軍隊式に騎士団にでも入れろと言われている。この二十両金でも学べる事は色々と有るだろう。だが、デリラの街に連れ帰った後は、お前の我が儘には拳で応える事にしよう」


 そんな事を言ってゾーラバダムが二十両金を取り出すと、甥は信じられないと目を剥いてから、その二十両金を引っ手繰る様にして奪い取っていった。

 彼奴の事はもう知らん。

 そう考えたそのままに、ゾーラバダムは甥の事を頭の中から追い出した。

 気持ちを切り替えるのは、冒険者としても必要な能力だった。集中力を切らさない為にも、また偶に紛れ込む闇族の精神魔法に対抗する為にも。


 それからゾーラバダムはリンゼライカと連れ立って、協会で教えて貰った商業地区の武具屋へと向かう。

 性質が素直で扱いやすい武具を揃えているという前評判の通り、多くの武具にラゼリアバラムの枝が用いられており、思った以上に手に馴染む。

 思いの儘に振るえる事が楽しくて、試武場で槍や弓のみならず、大剣、大槌、鞭、鎌、飛剣とぶん回していたら、女連れで来たひょろい男との嘲笑が消え去り、何時の間にか、あれは誰だと問う声や、賞賛、憧憬の類が場に満ちていた。

 ゾーラバダムが誇らしく思いながら引き上げると、代わってリンゼライカが歩み出て、中級の腕前ながらもゾーラバダムと良く似た試武を魅せ付けた。

 終わってみれば拍手喝采。店主からも気に入られたのか、割引までもされてしまえば、買うつもりの無かった大剣や大槌までが持ち物に増えている。

 リンゼライカの分までもゾーラバダムが出せば、甘過ぎると呆れられ、それなら今回の報酬から返してくれと言いながら防具も買えば、既に手持ちはすっからかん。慌てて近場の討伐依頼と洒落込んで、試し斬りとばかりに大暴れ。

 そんな事をしていると、あっと言う間に十日が過ぎた。


 その十日目に、王城からの呼び出しが掛かったのである。


「おいおいおい、お前らなんか為出かしたか!?」

「失敬な。儂はお主こそ何かしたのかと思ったが?」

「まぁ、このタイミングならオークションの事でやしょ? やんすが、こっちに話が回ってくるのは変でやすねぇ?」

「……坊やが居ないね?」

「…………いやいやいやいや、あの馬鹿が何かやったところで王城からは来んだろ!?」

「ラゼリアバラムにそっと忍び寄って……」

「うおぁ!? 有り得そうで洒落になんねぇ!?」

「まぁ、行けば分かる事だな。と言うよりも、行くしか無かろうな」


 そんなちょっとした混乱を呼び起こしながらも、連れ立って向かった王城で待っていたのは、上級文官と思われる役人の姿と、バハネイの同僚たるデリラの街の協会職員の姿だった。


 そしてそこで、経緯いきさつの説明や前置きも無く、告知がされた大猪鹿は、この報告書に記載が有るかと渡されたのが、一冊のそれなりに分厚い冊子だった。

 何の事だと思いつつ、スカーチルと二人報告書に目を通すゾーラバダムは、ほぼ同時にその記述を見付け声を上げる。


「あ、これだ。日付からして多分これだな」

「これでやすね。この後直ぐに昏い森方面に行っている事からも間違い無いでやんす」


 指差したのは、どちらも雷が打ったという獣の部分。

 それを聞いて、文官がにやりと顔一面に笑顔を貼り付ける。


「しかし、こりゃ一体何の報告書だ?」


 一丸となって読み進めるゾーラバダム達を、妨げるでも無い文官に気味の悪さを感じながらも、読み終えた時にはゾーラバダムはばたりと机に突っ伏した。


「あちゃあ。残っていた方が面白かったでやすか?」


 ラターチャが思わず額を打っているが、そういう事では無い。


「な、何だこの追い上げは!? 有りえんだろう!?」


 少なくともゾーラバダムがデリラの街を出るまでは、ゾーラバダムとガズンガルが、デリラの街を拠点とする現役冒険者のトップに居た筈だった。

 それは確かに、出る前にも才能的なものというか、並では無いとは、いや、だがしかし――


「あはっ! おっさんも序列なんか気にすんだね?」


 酷く楽しそうなリンゼライカをぐっと睨んで、しかしそこでゾーラバダムは深く溜息を吐く。


「何だか、随分と楽しい事になっている様だな……」


 疲れた様に言うゾーラバダムだが、この一報を運んできた協会職員は、うんうんと力強く頷く。


「全く、門近くの出張所の奴らが、出迎えたその時の自慢に煩くてならんのですよ」


 そんな様子をぼんやり見遣ってから、そう言えば何故ここに呼ばれたのかとゾーラバダムは文官へ目を向ける。


「やはりな! うむ、新たな英雄の誕生か! これは凄い事になるぞぉ!!」


 どうやら大した用事では無かったらしいと、英雄気触かぶれの文官から、ゾーラバダムは目を逸らした。



 しかし、凄い事、というのは、誇張でも何でも無かったらしい。

 王城を辞去してから暫くの後、冒険者協会に出入りしながら過ごす内にも、城下町に噂は流れていく。

 それもその筈。正当な売り文句ならば、冒険者協会にも否やは無い。

 成り上がろうとする英雄への、神々からの祝福の獣。

 そんな宣伝がどんな反応を齎したのか、オークション当日は物凄い人出となった。


 殆どが野次馬。

 しかし、噂の肉を一口でもと望む上級冒険者達も、多く詰め掛けていたのである。


 肉はそれこそどの部位でも。果ては内臓、皮までも。遂にはその血液まで腸詰め用にと、丸で値が下がらない。

 始めに競り落とされた稀少部位の高額具合に顔色を悪くしていた冒険者達が、スライスされたステーキ肉が引き出された途端盛り返し、小間肉には中級冒険者までが名告なのりを上げた。血や骨を手に入れたのは、何処かの食堂の店主だろうか。

 研究者に渡る分を残さない勢いだったが、実は研究者達は有料で解体の場に立ち会わせていたらしい。玄人プロが使うには枝肉の方が都合が良いのかも知れないが、一般人には直ぐにも食べられる切り身の方が使い易い。それを良く分かっている冒険者協会の差配だった。

 尤も、既に解体された肉を切り分けているのを見たところで分かる事は少なく、王都の冒険者協会には、ディジーリア宛ての指名依頼が出されるだろうから、是非王都に来た際には足を運んで頂きたいと伝言を頼まれたりもしたが。


 そんなオークションが終わってみれば、ゾーラバダム達は呆れるしか無い。


「十八万両銀!?!?」


 目にする機会も無い大金に、唸る様に声を出すゾーラバダム。

 周りの様子で言えば、バハネイも同じだろう。呆れた顔を隠していない。

 リンゼライカは引き攣った様に笑い始め、スカラタ兄弟達は笑顔ながら何故か悩ましげに手で額を打っている。スカラタ兄弟の部下達は、現実感の無い額に憧れだけが刺激されたのか、きらきらした眼で感動していた。


「ええ、正当な成果には正当な報酬を。張り切らせて貰いました。端数は協会の分から埋めさせて頂きましたわ」


 にこやかに告げる女性職員に、開いた口が塞がらない。

 つまり、協会分を抜いた状態での額だ。

 その三割の内、半分がゾーラバダムとリンゼライカの報酬になる。折半したとしてもそれぞれ一万両金を越えてくる。

 ゾーラバダムが持参してきた蓄えを、一回の護衛で軽く十倍は越えて来る。即断で受けて正解だったと思いつつも、眩暈を感じそうな状況にくらくらしていると、スカーチルが困った顔で確認を取っていた。


「王城からの援護が無ければ、どれくらいでしたでやんすかねぇ?」

「王城の? ――恐らくですが、半額程だったのでは無いかと……」

「やっぱり、それくらいでやんすよねぇ……」


 どうやらスカーチル達には、売値の目星は付いていたらしい。

 それを言うならゾーラバダムも、野営の食事一回に付けた分で十両金以上と言っていたのだから、知らなかった訳では無い。

 ただ、総額と結びついていなかっただけだ。

 だが、目星が付いていたスカーチル達が、予想より多かった事で困る事とは何だろうか?


「スカさんスカさん、何を困っているんだ?」

「そりゃ旦那! 十八万両もどう運ぶかって事でやんすよ!? 倍の重量までは考えていやしたが、まさかの四倍たぁ、ちょいと獣車がたないかも知れやせん」

「保ったところで、湿地で詰むでやんす?」


 スカーチルとラターチャが続けて言うのを聞いて、ゾーラバダムも理解した。

 つまり、予備の一台と思っていた獣車は、それだけでは無く、帰りの事も考えていたという訳だ。

 そしたら帰りは思っていたのの倍。つまり、一台に大猪鹿二頭分を載せなければならない、と。

 それは確かに詰め込み過ぎである。

 しかしどうにも分からない。


「獣車が足りねぇなら、増やせばいいんじゃねぇか?」


 少し考えれば分かる事だが、デリラを出る際に無理をして毛角牛ロンゴルや舟獣車を仕入れていたスカラタ兄弟だけに、更に増やすというのは考えもしない盲点だったのだろう。慌てて一部報酬の前払い手続きや、獣車の手配に動き始めるのを眺めながら、ゾーラバダムは考える。

 収集瓶や保存箱はそれごとオークションに掛けているから、帰り道での邪魔にはならない。だが、帰り掛けにデリリア領商都で補充は必要だろう。そうなると、湿地帯を渡るのに、三台でも間に合わないかも知れない。

 あるいは湿地帯も、巨獣の渡しでも利用するのが良いのかも知れないが……。


(そもそもデリラでそんな大金を使うもんかね?)


 内心ごちたゾーラバダムだが、自分に置き換えて考えてみても、デリラで其処迄の大金を使う用途が思い付かなかった。

 ゾーラバダム自身、大きな買い物は商都へ行くしか無かったのだ。守護者討伐で既に大金を得ているというディジーリアが、手元にこれだけの大金を必要とするとは思えなかった。


 だからと言って、王都に預けた儘というのも勿体無い事である。

 王都では、銀よりも金の方が二割程価値が高く、またデリラの街での金の価値は王都の約半分。この時点で、金で報酬を貰うとその分目減りする上に、デリラに持ち帰れば更に半分と、金で貰うのは損にしかならない。

 銀の価値は王都よりデリラで僅かに高くなることを考えれば、銀で貰う他は考えられず、またその銀をデリラあるいは商都で金に両替すれば、再び王都に向かえば倍に増えると考えると、王都に預けて空荷で帰るのは、儲かると分かっている機会を不意にするだけだった。


 なら、商都に預けるのが一番いいのではとゾーラバダムは考える。

 ゾーラバダム自身、商都で買い物をするのに、毎回重い金箱を持ち運ぶのを面倒と思っていた一人だ。

 商都の冒険者協会に預けて、序でに金への両替を依頼しておけば、ディジーリアも納得では無いだろうか。


 そんな事をスカーチルに伝えると、スカーチルもはたと手を打つ。


「そいつはいいでやんすね!」


 そして直ぐ様ディジーリアへ宛てた手紙を書くと、返事はデリリア領の商都で受け取ると冒険者協会の職員へと託していた。


 さて、売却額が決定しても、流石に銀貨では持ち運べない。協会で二百両銀塊を用意するのに八日は見て欲しいとの事だった為、スカーチル達は獣車を仕立てたり、ゾーラバダムはリンゼライカと買い足しが無いかと見て回ったり。

 土産物に消え物でもと思ったが、どうせ商都で足止めされるならと、王都での調達は見送った。商都からなら保存箱も有る分、そちらの方がずっといい。

 ずっと何をしていたかも知らないが、宿の食事で甥が姿を見せた時に、帰りの予定も伝えておく。ぎょっとした風だったが、一月で帰る事は予め分かっていた事だ。

 そうして後は帰るだけだったのだが、またもや王城へと呼び出された。



「いや、謁見って、俺らは只の運び屋だぜ? しかもそれの護衛でしかないんだがなぁ」

「まぁまぁ、そこは代理という事で一つ。褒賞しない訳には行かないのもお分かりでしょう?」

「まぁなぁ……。でもよ、このタイミングでってのは、オークションで手に入れた肉が美味くて感動したからとかいう落ちじゃねぇのか?」

「ははははは……そこは何とも……」


 褒賞の為に呼び出されたという話だったが、生憎対応できるのがゾーラバダムとリンゼライカの二人だけだった。他は皆、出発前の慌ただしさに手が離せない状況だ。

 謁見に大人数で乗り込むのもどうかという事で、結局二人で対応する事になったのだが、護衛が代理で出るというのもどうなのだとゾーラバダムは頭を悩ませる。

 ゾーラバダム自身、ディジーリアと会話をしたのも、湖での一度かそこらしか無い。人選が間違っていると思いつつも、他に居ないのも確かなので、まぁ王様の顔でも見てこようか、なんてつもりで自分を納得させたのだ。


 そうして再び王城に来てみれば、謁見とだけ有ってきちんとした衣装でなければいけないらしい。

 尤も、褒賞を受ける冒険者達も多いだけに、そうした手持ちの衣装を持たない者への配慮もしっかりされている。衣装部屋にずらりと並んだ礼服から一点。それもまた、貸衣装では無く褒賞の品の一つらしい。


「この衣装にしても、本来はディジーリアが受け取るべき物だろうに。……まぁ、子供服は無い様だがな」


 これらの衣装類は、貴族達のお下がりとの事だったが、流石に褒賞を受ける者に十歳そこらの子供を想定はしていなかったらしい。


「ええ!? お若い方とは聞いていましたが、そこ迄なのでしょうか?」

「おう、若い若い、何と言っても十三にも成っていない筈だからな! 冒険者で、これより若いって事は無いだろうよ」

「ま、まさか、そんな……」


 そんな衣装に着替えては、案内役と世間話をしていると、リンゼライカも着替え終わったのか待合室までやって来て、付いていたメイドが一礼をして去って行った。

 戸惑う風味のリンゼライカは、うっすらと化粧をして柔らかみの増した面差しに、清楚でシンプルな黄色のドレス。明るい茶の髪が丁寧にくしけずられて、一見すると深窓の令嬢と騙されそうだ。


「おお……こいつは驚いた。別嬪さんしてるじゃねぇか」

「おっさんは普段の装いの方が断然格好いいな。俺は赤い方が良かったんだが、押し切られちまった」

「ぶはははは、リンゼで赤ならそのままだろう! これはあれだ、お嬢様に見せて油断したところをぶすりって奴だな。悪辣な!」

「酷ぇな、おっさん!? これでもちょっとはうきうきしてるんだぞ!? ええい! そんなおっさんにはこうだ!」

「うおおい、ちょっと待て!? お前、お嬢様に化けたなら羞じらいって奴をだな!?」


 ゾーラバダムの腕に、自分の体を押し付ける様に腕を絡ませるリンゼライカ。誰がどう見てもいちゃついているとしか見えない光景だったが、ゾーラバダム達の帰還を知って臨時で設けられた褒賞の場において、幸いだったのは案内役の他は待合室には居なかったことだろう。

 不幸なのは、砂糖を吐きそうにしている案内役ばかりだった。


 そんなこんなで謁見の間に案内され、王の前でひざまずく。

 王の印象は、オルドロスを若くして、風格を数倍した風であり、成る程この王ならば、ラゼリア王国も安泰だと思わせる物が有った。


「次の者達はデリリア領南部に在る魔の領域、大森林デリエイラで発生した鬼族の氾濫に立ち向かい、見事守護者を討伐せしめた冒険者ディジーリア=ジール=クラウナー、その代理の者達である。また、討伐直前に仕留めた幻の魔獣、大猪鹿を先日のオークションにも供している。オークションの熱狂は多くの者が存じておろうし、また実際にその肉を味わった者も居るだろう。ここに当人がおらぬ事は残念だが、ここにこれらを褒賞するものである」

「我も食ったが実に美味かったぞ? 褒美として何を与えるかで揉めて遅くなった。武具処か家まで自分で建てようという職人で、栄誉も求めないとなると何を与えて良いのか分からんからな。だが、職人ならば役立つだろうと、王都での各職人ギルドへの紹介状と、商人ギルドへの紹介状、王国発行の売買許可証、王国管理素材の優先交渉権、特級の通行手形発行許可証を用意した。何れも王都で手続きをする必要が有るから、一度は王都に来て欲しいものだ。それに王国研究所に論文まで出ているな? 研究所からの招待状も有る。学院からの勧誘も激しかったぞ? これも招待状付きだ。他にも講演依頼だの細かな話は色々と来ていた様だがこんなものだ。どれも財産に直結する物では無いが、金を積んでも手に入らない物も多い。使うも使わないも本人次第。だが、気が向いたなら若き英雄の姿を見せに、王都へ遊びに来いと伝えおいて貰いたい」


 文官の紹介で、ゾーラバダム達も知らなかったディジーリアのフルネームを知る。そりゃあ報告書として提出されているのなら、彼等の方が詳しい筈だ。

 それを引き継いだ王は、圧倒的な存在感を放ちながらも気さくである。


 ゾーラバダムは近寄ってきた文官から、精緻に彫り物まで施された上等な文箱を受け取ると、思わず額ずく様にして王へと答えていた。


「は! 功労者であるディジーリアには、必ずやお伝え致しましょう!」


 そんなゾーラバダムに、王は楽しげに笑いかける。


「はははは、お主こそ残っていれば英雄にも成れたであろうに。早く上がってくるがいい。特級の世界は楽しいぞぉ」


 ゾーラバダムが、細身ながらランク三の猛者である事を、王は見抜いている様だった。



 温かな拍手に送られて、ふらふらと謁見の間を出るゾーラバダム達。

 普段の装備へと着替えて待合室に戻ってから、お互いに顔を見合わせる。


「ふふ、ふふふ、凄い王様だったねぇ」

「嗚呼、……やべ、感動で涙が出て来たわ。あの王様、絶対大人気だな!」


 何故だか笑いが込み上げてくる。

 そんな様子を案内役とメイドに微笑ましく見られながら、礼服とドレスの入った袋をそれぞれ渡されて、文箱を携えて仲間の下へと戻ったのだった。


 その次の日には出立だ。

 だが、獣車に荷物を積み込むゾーラバダムの前に、甥の少年が立ち塞がる。


「お、俺は、王都に残るぞ!」


 ゾーラバダムは、馬鹿な事を言い始めた甥に、深く深く溜息を吐いた。


「何、今になってそんな事を言ってんだ? ランク十二のお前がデリラの街を出られたのは、ランク三の俺が保護者代わりの保証人になっていたからだ。俺にはお前をデリラの街に届ける義務が有る。

 お前が王都に残りたかったなら、予めデリラの親に手紙ででも了解を取る必要が有った。その上で王都の保証人を見繕って、役所の承認を得なければならなかった。まぁ、伝手も無い王都で保証人に成ってくれる様なのは、職人の元へ住み込みの弟子として入る場合くらいだろうから、冒険者としてはまず無理な話だがな。

 どちらにしてももう時間切れだ。お前が王都に居たいなら、一度デリラに戻って、ランクを八以上に上げてから、自分で来る他は無い。

 それより何で来た時と同じ装備なんだ? 俺は二十両金渡したよな? 掏られでもしていたなら騒ぎそうだが、そんな事も無かったよな?」


 ゾーラバダムの言葉に、甥は踵を返して逃げようとする。

 だが、逃げられる筈が無い。軽くゾーラバダムが追い付いて、撫でる様な一撃で、甥は意識を失い倒れ伏した。


「……何だこりゃ?」

「さてね……時々くっさい化粧の匂いをさせてたけどね」


 リンゼライカの言葉を聞いて、ゾーラバダムは表情を無くす。


 結局ゾーラバダムは、バハネイと交渉し、銀塊一つで甥の教育と逃亡阻止を依頼した。自分ではどうしても甘さが出てしまうと。

 バハネイは「破格だな」とにこりと笑い、張り切って甥の調教へと手を付けた。笑いながら見事に心を折りに行くその手際に、「あれは俺には出来ねぇ」とゾーラバダムに言わしめながら。


 そうして彼等は再びデリリア領へと帰り着く。

 季節はもう、夏に差し掛かろうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る