(50)俺は! 木の気持ちが! 分かった!

 俺は――木だ!

 大地に深く根を張り、清らかな水を吸い上げる。

 伸ばした枝葉を、涼やかに風が揺らして行く。

 燦々と照り付けるは恵みの太陽。

 そして聳え立つ俺こそはその結実たる木!


 天に張り巡らせた枝葉は、灼熱の太陽も、轟々と吹く暴風も、地を穿つ豪雨も、全てを受け止め。

 地を奔るその根は、震える大地も、流れる泥流も、その内にいだき。

 天地に平穏と安定を齎すだろう。

 それこそが、木!


 落ち葉は優しく大地を覆い、次なる芽生えを促すだろう。

 虚には鳥や獣が棲まい、次なる命を育むだろう。

 おお! 梢に響く歓喜のうたよ!

 おお! 木の間を踊る清福の舞いよ!

 木は全てを祝福しよう!

 木は全てを支えよう!


 その木を引き抜かんとする者は誰ぞ!?

 その木を薙ぎ倒さんとする者は誰ぞ!?

 俺は、木だ!

 大地に深く根を張る!

 俺が、木だ!

 全てを受け止め揺るがぬ!

 俺こそが、木だ!

 何者にも――――



~※~※~※~



「うおおお!? 何だ、これは! 動かせんぞ!!」

「わぁあああ! 駄目ですよ! 持ち上げるのは駄目なのです!!」


 冒険者協会の待機場所は、阿鼻叫喚の巷と化していました。

 駄目と言っているのに、オルドさんが固まってしまったガズンさんを持ち上げようとしています。

 医務室にでも運ぶつもりなのでしょうけれど、何だか私の言う事を聞いてくれません。

 何を言っても、「お前が言うな!」と怒鳴られるのは、オルドさんも混乱しているという事なのでしょうか?


「ああ! もう! 持ち上げると絶叫するんです! 回復だって遅くなるんですよ!!」

「それに、只の絶叫じゃ無くて『叫声』だよ! 僕は逃げるからね!」


 バーナイドさんからの掩護を受けて、漸くオルドさんが動きを止めました。

 そのままガズンさんから一歩離れます。


「何っ!? 『叫声』って、『叫声』か! 危なかった! ガズンが全力で放つ『叫声』なぞ洒落にならんぞ!?」


 『叫声』って何だろうと思ってバーナイドさんを見上げると、こちらに目を向けて説明してくれました。


「『叫声』は闇族なんかがよく使う技能だね。特に死霊系と呼ばれる闇族が使うと聞くけど、死霊系の闇族は魔石を滅多に残さないから、需要は有るのに魔道具が余り作れなくてね。警報の魔道具は結局大商人くらいしか手に入れられないかなぁ」

「そんなことより、死霊の『叫声』には即死効果が付く事が有るのが問題だろうが! ……ち、ったく! 引き抜くと『叫声』を上げるとか、お前は何処の魔導ラゴンだ!!」


 オルドさんがガズンさんに向かって吐き捨てます。私は再びバーナイドさんを見上げました。


「魔導ラゴンって言うのはね、引き抜かれると『叫声』を放つ植物だよ」

「うむ。その叫びを聞くと――」

「叫びを聞くと?」

「叫びを聞くと――吃驚びっくりする!」

「え!? 吃驚!?」

「あははは、植物の使う『叫声』だからね。魔導ラゴンの『叫声』に大した力は無いよ?」

「お前は採取した植物が叫びだしたら吃驚しないのか?」

「そりゃ、吃驚しますよ!」

「うむ。吃驚するのだよ、あれは」


 しみじみと語るオルドさんでしたが、それで少し落ち着いた様です。

 ぺたぺたとガズンさんの体を確かめてから、振り向きます。


「で、元に戻せるんだろうな」


 それはしっかり確かめました。

 私は一つ大きく頷いて、返事をします。


「大丈夫ですよ」


 その言葉を聞いて、オルドさんも漸く緊張を和らげたかに見えましたが、そう判断するのは尚早だったようです。


「どうすればいい?」

「倒せばいいんです」


 そう答えた次の瞬間、オルドさんの拳がガズンさんの顔を殴りつける、ゴヅン! という音が鳴り響きました。


「何をしているのですか!?」

「む、斃すのだろう?」

「そうじゃなくて、倒すのです! こう、押すなり引くなりして、横倒しに!」


 言いながら、ガズンさんの体を押してみますが、体を倒して全力で押してもびくともしません。

 そこに、間違いに気付いて羞じらった様なオルドさんが交代します。


「ふぬ!」


 オルドさんの筋肉が盛り上がります。


「ぬおっ!?」


 オルドさんの筋肉がはち切れんばかりになります。


「ぬぉりゃあああああ!!!!」


 オルドさんも体を倒して、ガズンさんのお腹の辺りに肩をぶつけて、ずりずりと足を滑らせながら押しますが、ガズンさんはぴくりとも動きません。

 到頭オルドさんも諦めて、椅子に座り込んでしまいました。


「何っだ、これは! おい! 魔力を籠めれば何とか成らんのか!?」


 オルドさんの言うのが、魔力の腕の事だとは分かりましたけれど、簡単に使えない訳が有りました。


「魔力の腕を使うのは怖いのですよ。ちょっと前までは、水瓶を持ち上げるのに精一杯だったのが、今は大木を何本も運べたりしますので、力加減が……。優しく摘まむのなら兎も角、力を込めて押すのは最後の手段にしたいのです」


 言われてオルドさんは、顔を片手で覆ってしまいました。

 オルドさんもランクAです。使えない奥の手も幾らでも有るのでしょうから、私の言う事にも納得出来てしまったのでしょう。

 でも、直ぐに気を改めて、立ち上がると指示を始めます。


「おい! ロープをガズンに引っ掛けて後ろへ回せ! 後ろのテーブルと椅子を片付けろ! 筋肉馬鹿共、自慢の力を見せてみろ!」


 見物に回っていた冒険者が一斉に動き始め、気が付けばガズンさん達の後ろに回されたロープを掴み、後は引き倒すだけと準備が整っていました。

 先頭でロープを掴んだオルドさんが音頭を取っていますが、混じるとロープの高さが合わないとの理由で私は弾かれてしまいました。


「「「やれ引け! えいやー!! それ引け! うらやー!!」」」


 お定まりの掛け声に合わせて、ぐいぐいとロープが引かれます。

 じっくり慎重になら魔力の腕も使えなくも無いので、私も前からじんわりガズンさんを押していきます。

 魔術師だったりランクが低かったりで力の弱い冒険者や、偶々居合わせた商人や街の住人が見守る中、何度か足を滑らせた冒険者が体勢を立て直しつつ、到頭その時が訪れました。


「ぐはっ」


 息を大きく吐き出したガズンさんが、それまでの抵抗が何だったのかという程、呆気なく引き倒されました。

 尻餅を突いた引き手達が、一瞬呆けた表情を浮かべます。

 普段ならば照れ笑いを浮かべ囃し合いそうではありますが、今は苦笑いを浮かべ何処か心配げに倒れたガズンさんの様子を伺っていました。


 私は、ととと、とガズンさんに駆け寄って、ぺたぺた体に手を当てて、体の中の様子を探ります。手足に頭と魔力を当てて、胸に到った時に、はてと首を傾げてしまいました。

 もう一度一通り全身に魔力を当ててみて、ううんと悩んでいると、オルドさんが焦れた様に呼び掛けてきます。


「おい! どうかしたのか!?」

「……魔力が枯渇しています」

「む!?」

「あと、胸に出来ていた魔石病の魔石が無くなっています…………怒られますかね?」

「むぅ……つまりあれか? 抵抗するのに魔力を使って、魔石もそれで消費したって事か? 魔石病で出来た魔石が、魔法で消耗するとは聞かんが」

「魔石は無くなっても怒られんと思うぜ? 最近は後悔していた様だからな」

「なら、気絶も魔力枯渇が原因かねぇ? なら、魔力が回復したら目を覚ましそうだね。あたいがディジーをつついた所為かもとひやひやしたけど、無事なら良かったさね」

「まだ目を覚ましていないのに気が早いが、まぁいい、お前らもテーブルを片付けてくれや」


 わいわいと冒険者達が片付けだして、ドルムさんやゾイさんが心配げに集まる中、思ったよりも早く目を覚ましたガズンさんが、むくりと起き上がって言いました。


「俺は! 木の気持ちが! 分かった!」


 ガズンさんが、心配していた冒険者達から激しく揉みくちゃにされたのは、自業自得だと思うのです。

 そこからガズンさんへの聞き取りが始まって、どうやらべるべる薬は植物の性質を与えるものらしいという事も分かりました。

 ガズンさんへも、図らずも、ガズンさんの魔石病を白紙に戻してしまった事を伝えましたが、何処か淋しそうながらも赦してくれましたので助かりました。

 そんなこんなで色々な事が起きた後に、バーナイドさんがもう一度『鑑定』した時には、既にべるべる薬の表記が変わっていたのです。


 ――ランクA【錬金薬】べるべる薬

 或る冒険者により作成された植物の性質を与える謎の薬。立木薬。

  ・べるべる言いながら直立する

  ・直立した対象を横倒しにしようとすると、魔力を用いて抵抗する

  ・魔力枯渇状態へ追い込むと、気絶した上で効果が解除される

  ・直立した対象を持ち上げると『叫声』を発する

  ・太陽へと正面を向ける、向日性がある


 謎の薬の表記は残ったまま、神々の一言が消えていたそうです。むぅ、もっと色々書き込んでくれていてもいいのですけれど。

 因みに、べるべる薬は、クリウ水の様なすぅっとする感じがして、でも全体的には草の匂いがきつい、美味しいとは中々言えない代物でした。でも、後には残らずさっぱりしているので、不味い物とも言えません。

 こう、マイルドに“草”な感じと言いますか、草から草のエッセンスを抽出した様なと言いますか――


「あああーーー!! こいつ、やりやがったーーー!!」


 ドルムさんの声に、はっ、と慌てて、私は手の小瓶をテーブルの上に置きました。

 そしておもむろに唱え始めたのです。


「べ、る、べ、る、べる、べる、べる、べる、べる、べる、べるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるがーーー!!!!」

「「「…………」」」


 何という完璧なべるべる! でも、木の気持ちとかは何処から湧いてくるのでしょう? 全くそんな気配にはなりませんよ?


 と、無言になった冒険者達の中から、ダニールさんが一歩出て来て、流れる手つきで私の脇腹を――


「つん♪」


 やめて下さい何をするのですか!

 と、リダお姉さんも出て来ました。ダニールさんを止めて下さいな?


「つんつん☆」「つつん♪」


 やーめーてーくーだーさーいー!!

 またまた出て来た女冒険者……て、誰ですか?


「つつつん❤」「つんつん☆」「つつんつつん♪」


 ああ、もう! もう、もう!!

 私はささっと素早く手を下ろして、悪さをする手をぺしぺしとはたき落として、またささっと手を挙げます。


「つつつつ、つんつん❤」「つんつつつん☆」「つつんつつんつん♪」


 激しさが増しました。

 ええい! ぺしぺしぺしぺし!


「「「つんつんつつつん❤☆♪」」」


 ぺしぺしぺしぺしぺしー!!


「……なるほどな。魔力が高いと、無効化あるいは抵抗出来るということか」

「あいつ、分かってるんすかねぇ? ディジーがガズンと同じ状態になったとして、魔力依存なら誰も倒せねぇって事」

「ふん、その時は放っておくわ! ま、飯時になれば腹が減ったと集りに来るのが見えているがな!」


 何だか酷い言われ様ですが、つんつんする悪い手がどんどん増えているのですよ!?

 ええい、この! ぺしぺしぺしぺしぺしぺしぺしぺしぺしー!!



~※~※~※~



 丁度その頃、スカラタ運送とその護衛達は、王都の城壁が見える場所まで辿り着いていた。

 視界を確保する為か、王都の周りは森が切り開かれ、広大な草原が広がっている。

 眺望が利いている分、王都の城壁の威容に目が行きそうなものだが、初めて王都を訪れる者、また、初めてでは無くても、或いは王都に住まう者達ですら、目を奪われてしまうのは、その王都手前の草原にただ一本天を貫いて聳える真っ白な大樹の姿であった。


 王樹ラゼリアバラム。王都を代表する神秘の木である事から、冒険者協会においても常にランク一の象徴とされている。

 高ランク素材で有りながら、癖の少ない素直な性質は、凡ゆる分野の高級品に用いられるが、しかしやはり、“門”にも程近い王都で、一番用いられるのは武具であった。


 例えば宝杖デリラリア。デリエイラの森で見出された宝晶石デリラを、ラゼリアバラムの枝と共に加工したランクAの魔法杖である。その出力や増幅率といった能力も然る事ながら、真っ白な杖に燃え立つ緑の宝晶石が嵌め込まれ、それを受ける様な白い枝葉や飾り立てる白い花の姿が、国宝としても文句の無い優美さを備えているという。


 例えば白剣オセッロ。ラゼリアバラムの枝からの削り出しながら、作り出された当時のランクがこれもA。しかし、今やランクCに至った、成長する武具である。


 鍛冶師殺しと言われる程に、それ単体で飛び抜けた性能を持つラゼリアバラムだが、その素材は記録にも残らない程の昔から、計画的な剪定によって得られてきた物である。

 安定した供給と、枯渇知らずの高ランク素材は、それだけに権力の象徴ともされてきたが、何時から続いてきたとも知れないその計画的な剪定だけは、国がどれだけ乱れようが、管理する組織が何処に移ろうが、変わらずに続けられてきた事だった。


 それ故の美。

 単に雄大な自然の造形とはまた違う、計算され尽くした人の手による芸術と、大自然の生命との融合したその極致としての造形。そしてその積み重ねられた膨大な時間。

 その結果として、目の前に聳えるその真白き大樹には、見る者を圧倒する力が有った。

 王城よりも大きく、或いは町一つがその枝の下に収まるのではと思われる大樹。その歴史を想えば、どうしても心が震えるのだ。 


 そんな気持ちでまだ遠い王樹の姿を眺めていたゾーラバダムだったが、詰まらなそうなスカーチルの声で、ふと現実に引き戻された。


「……旦那ぁ。幾ら見蕩れても、あれは魔物でやんすよ。毎年何人かはあの木の魔の領域の中で昼寝して、体から木を生やす馬鹿が居るって聞きやすから、旦那も気を付けてくんなせぇよ?」


 そうなのである。そんな王樹ラゼリアバラムであるが、その正体は、極めて友好的な木の姿をした魔物であった。

 尤も、魔物とは異界からの侵入者とその影響を受けた生き物を言う為、異世界の木その物と言ってもそれは間違いでは無い。

 しかし、恐らくその木の根元近くの膨らんだ幹の中心に界異点を持ち、枝葉の伸びるその内側を魔の領域とするラゼリアバラムは、やはり魔物と呼ぶのがしっくりと来た。

 それを知りつつ、王都を訪れる者達は、ラゼリアバラムに畏敬と感謝を捧げているのだが、どうにもスカーチルにはそれが面白くないらしい。


「スカさんどうしたよ? 随分と御機嫌斜めじゃないかね?」

「何でも無いでやんす。ただ、何となくあの木を見ていると、苛々するんでやすよ。……あっしらは王都から流れてデリラに辿り着きやしたから、王都の象徴に余計な思いを込めてるんでやしょかねぇ」

「そうか、スカさん王都の出だったな」

「只の想いでやすが、魔物なら、斃して素材を得るものでやんす。生かさず殺さず飼われているあの木は、家畜みたいなもんでやんすよ。人を殺す家畜なんて、気味が悪いだけでやんす」


 そんなスカーチルの表情は、何処か寂しげであったが、それをゾーラバダムは笑い飛ばした。


「そうかね? 俺にはでっかい薬草に見えるがな。葉を採取しても次の日にはまた葉を付ける、そんな薬草だな。しかも界異点を養分にしているから飛び切りだ。頼れるでっけえ薬草だぜ?」

「頼れる……薬草ですかい?」

「おうよ」

「……そういう見方をした事は無かったでやんすねぇ。そういう事なら、無くなってしまえば、皆困ってしまうでやんすねぇ?」

「そらそうだな」

「…………そうでやんすか」


 会話をしている間にも、獣車は進む。

 門に近付けば、他の獣車も集まって、やがては雑多な列と化す。

 列は一つの流れと成って、王都の中へと流れ込む。


 様々な想いを呑み込んで、王都の門は開かれていた。

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