(49)恐怖のべるべるべる……

 トロッコを満喫したあの日から、また数日が経っています。

 今の私は天翔る渡し守。毎日森の奥から丸太の船を私の空き地へと届けるのです♪

 なんてなんて、単に建材を家の予定地に運び込んでいるだけですけどね?

 あの日トロッコの上からの景色を堪能した時から、高空を飛ぶ事が余り怖くなくなりました。

 まぁ、飛ぶというより渡っているのですけれど。

 高い空から太陽の光を受けて白銀に輝く湖を見た時は、ドルムさんに邪魔をされた湖の感動の事も、漸く癒えた様な気がしたのです。


 丸太を運ぶにも隠れようなんて気を遣わないで居たら、僅か数日で随分噂になってしまっています。

 あれこそが破城鎚だなんて、領主様が機嫌を悪くしそうな噂まで有るくらいですから困ったものです。

 私だって気を悪くします。本当に破城鎚なんかになったりしない様に、どれだけ私が気を遣っていると思っているのでしょう? 丸太を並べて置くのにも、音も立たない程に静かに慎重を期しているのですから、噂とは言えもう少し考えて欲しいものなのです。


 建材が揃うまでは、豊穣の森の奥へと分け入っては、サルカムの木をり出して、往復するばかりの毎日です。

 気を付けるのは、木の大きさを揃えること。水分を抜き取って軽くすること。でも折角なので、森の歪みを巻き付けて強化すること、でしょうか。

 既に空き地に丸太が山を成しているので、荷運びもそろそろ終わりです。森に入る序でに手懸けていた実験も、もうそろそろ終わりなのですよ?


 そうです。実験なのです!

 木を伐り出す以外に目的の無い、こんな時こそ実験日和なのですよ!


 そんな気持ちで、私は悪夢の薬品開発に、手を出してしまっていたのでした。



 初めはちょっとした確認だったのです。

 竜毛虫討伐の道行きで、使わず捨てた回復薬ならぬ謎の薬。私の魔力の色が混じった、橙色のおかしな薬。

 あれは一体何だったのかと、再現する事から始まったのです。

 今にして思えばあの薬も、全くの失敗作という訳では無く、回復させる以外の何かの要素を活性化させてしまった、紛れもない魔法薬だったと思うのですから。


 そう思って初日から始めてみれば、一度は作った謎薬なぞぐすり、直ぐに再現は出来ました。

 私の魔力を混ぜないで出来た謎薬は、ちょっと濁った柑橘色。

 それはそれで効果も有ったのでしょうけど、何かが違うと思ってしまったのです。


 考えてみれば、謎薬は少なくとも回復薬では無いのですから、薬草から作る必要は無かったという事なのでしょう。

 兎に角、柑橘色になったその要素が何かは分からないとは言っても、勘を頼りにこの数日森の中でこれはと思う素材を探し出してきました。

 で、結果見付けたこれはと思うその素材は、結局それもまた薬草で、真っ直ぐ伸びるハーゴンと呼ばれる硬葉の草だったのです。

 ハーゴンは気付けや強壮に用いられる薬草ですが、今回のお目当てはそちらの効果では有りません。とは言え、そちらを「活性化」した魔法薬も作りましたけれどね。赤い色で、強壮薬とでも名前が付いていそうな薬が出来ました。


 閑話休題、お目当ての謎薬もしっかりと作り上げてみれば、透き通った黄色にとても強い草の匂いです。

 体に悪そうな気配は有りません。

 ですけど、体に良いとも思えません。

 前に草木に掛けた時は、見る間に萎びれさせる危険な薬でしたけれど、今回は大丈夫。寧ろ植物に掛けても何も起きてる様には見えませんので、そこは少し安心というものなのです。


(ですが、困りましたね……)


 何事も起こっていない様には見えますけれど、謎薬を掛ければ黄土色した魔力の波が、植物全体を駆け巡るのです。本当に、何も起きていない筈が有りません。

 『識別』が出来れば何か分かったのかも知れませんけれど、『識別』で分かるのは広く世に知られた事柄だけとも話には聞きます。それが『鑑定』になっても、基本的には同じ。誰かが知っている事で無ければ、分かるものでは無いのです。


 ですからこんな、私が偶然に作り上げた薬なんて物に、知名度なんて求められるものでは有りません。

 私が確かめるしか、無いのでした。


(協力者を募ってみましょう)


 まずは協力者一番。阿呆面で蝶々を追い掛けていた、陽気でホップ飛び跳ねな森犬さんです。

 蝶々を見上げて伸び上がったところで、半開きの儘のお口に、黄色い謎薬を流し込んで上げましょう♪


「べ……べ……べ……――」


 おや? 目を見開いて、反応を見せていますね?


「――べ……べ・る……べ・る……べ・る・べ・る・べ・る・べ・る・べ・る・べ・る・べ・る・べ・る・べ・る・べる……べる……――」


 四つ足で陽気な森犬がべるべる言っています。病気です?


「――べる・べる・べる・べる・べる・べる・べる、べる、べる、べる、べる、べる、べる、べる、べる、べる、べる、べる、べるべるべるべる――」


 四つ足の儘で、天敵と出会った草原猫の様に、背中を高く持ち上げていきます?


「――べるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべらぎゃらわぎゃーーー!!!!」


 其の儘爪先立ちて限界まで背中を立たせたべるべるの森犬が、最後の瞬間に上体を跳ね上げさせて、ガバッと両手を挙げた襲い掛からんばかりの姿勢で立ち上がりました。

 表情が物凄いです! 丸で歴戦の落武者ばりで、異様な迫力が有りますよ!?


 どきどきしながら見守っていましたけれど、どうやらそこで動かなくなってしまいました。害は無いと感じていましたが、まさかの立ち往生でしょうか?

 いえ、ゆっくりとですが、心臓は動いている様です。毒か何かの様に、体を蝕んでいる様子も有りません。

 動かず立ち尽くしているのは、謎薬の効果で、そういう魔法が掛かっている様ですね?


 検証の為にも、ここは寝こけている寝坊助森犬さんにも協力を募りましょう♪

 涎を垂らす口の隙間から……って、涎が付いてしまいましたよ!?

 ……仕方が無いです。小瓶は沢山錬金術屋さんで補充していますので、これは実験用にしてしまいましょう。


「べ・る・べ・る・べ・る・べ・る・べ・る・べ・る・べ・る・べ・る・べ・る・べ・る・べ・る・べ・る・べ・る・べ・る――」


 始まりました!

 がっと目を剥いた寝起きの森犬が、やっぱりべるべると言いながら、ごろんと手足を伸ばしてうつぶせとなり、そこから手足を曲げずに引き付ける様にして、四つ足へと移行しています。

 どうにも無理の有る動きに見えますけれど、どういう意味が有るのでしょう?


「――べる・べる・べる・べる・べる・べる・べる、べる、べる、べる、べる、べる、べる、べる、べる、べる、べる、べる、べるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべろんぎゃらーーー!!!!」


 そしてそこからは、まるで先程の森犬と同じ動きを見ているかの様です。

 臨場感溢れる威嚇の表情は、良く出来た剥製でも見ているかの様ですが、ぴくりとも動きませんけど生きてます。


 ですが、検証と言うからにはもう少し数が必要なのです。

 幸い森犬は、群を作るので周りを見渡せばほら!


「「「「「「「「――べるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべる――」」」」」」」」


 何という多重奏!


「べるべぐぎゃわーーー!!!!」「べるべらばわーーー!!!!」「べるぶるぶらぎゃーーー!!!!」「べるぎゃわわーーー!!!!」「べるべるべらーーー!!!!」「べるべらっがーーー!!!!」「べるべりらーーー!!!!」「べるべるべるらーーー!!!」


 そして、思い思いの方向を向いて、立ち尽くす森犬たちの雄姿!

 誰かに見られたら、後ろ指を指されてしまいそうです。


 これだけの数が居て、皆同じ反応を示すという事は、効果は安定していると考えて良いかも知れません。

 ですが、続けて実験するにも、流石に謎薬を入れた小瓶も尽きてしまうのです。

 そこで謎薬の補充をしようと、小瓶にハーゴンと水を入れて掻き混ぜていたのですけれど、


「ひぅっ!?」


 ふと振り向くと、てんでばらばらの方向を向いていた筈の森犬たちが、揃って私の方――……いえ、違いますね。太陽の方向を見ている様です?

 吃驚しました。思わず声が出てしまいましたよ!?

 剥製の様な表情で、無言でじっと見られると、それは恐怖なのです。


「悪い森犬ですよ!」


 それは、薬を飲ませる以外はまだ何も試していないことの補填でも有りましたが、大体はまあ八つ当たりでした。

 私は一体のべるべる森犬に、足の裏を押し当て、そのまま押す様にして蹴り倒してみたのです。


「――クヒ」

「……………………え?」


 倒れた森犬は、喉を鳴らす様な音を一度立てた後は、だらんと体を弛緩させて、今度こそ動かなくなりました。

 死…………んではいませんね? 気絶しているだけのようです?

 『識別』が真面には出来ませんので、感覚だけのものですが、何となく大丈夫な様な気がします。


「変な薬ですねぇ……」


 取り敢えず、森犬たちの視線を避けて謎薬の補充を済ませると、更に数体蹴倒してみます。

 「クヒッ」っとやっぱり変な声を出して、どれもが気絶してしまいました。

 代わりに一匹目が目を覚まして、ふらふらと辺りの様子を伺うと、森犬たちがまだ何体も彫像の様に立ち尽くす異様な雰囲気に、尻尾を巻いてよたよたと逃げていきます。

 見える限りでは、変な影響は有りません。


 その日はそのまま気絶した森犬が、意識を取り戻すのを待ってから、置いていたサルカムの木と共に秘密基地へと帰ったのです。


 そして、予定には無かった次の日のこと。

 今度は昏い森にやって来ました。

 謎薬が、森犬だけに効果の有る物かも知れないので、色々な生き物で試すのは当然の事です。

 今日は森の毛虫達に協力して貰うのです。


 そうして久々に訪れた昏い森。話には聞いていた通り、毛虫の姿が見当たりません。

 或いは私が昏い森に来る様になった時には、既に毛虫禍が始まっていたのか、驚く程に見当たりません。

 それでも何匹か見付ける度に、「ささ、どうぞ御一献」と、ぐいっと上を向かせて黄色い薬を流し込みます。


「「「――げる、ぐげる、べる、ぐべる、べる、べる、べらげひゃーーー!!!!」」」


 私の黄色い謎の薬は、毛虫には更に謎の効果を発揮して、万歳をして固まる端から体がぼろぼろと崩れていき、見る間に死んで数日経った後の様な土塊つちくれの山に成り果てました。

 調子に乗って、奥地へ入って、見付けた大毛虫にも謎薬。


「――ぶぇるべるぅべるべるべるべらべぎゃらげひーーー!!!」


 毛虫と違って、頑張ります。

 でも、万歳をして直立不動に成りながら、偶にぼろりと肉や身が落ちるので、その内足が崩れて倒れた瞬間気を失い、そのまま土塊に代わるのでは無いでしょうか?

 試しに魔力でぶん回した大岩を、足にぶつけてみましたら、思った通りになりました。


 ここまで来れば黒毛虫も! と、捜しに捜して漸く見付けたその一匹。

 謎薬を飲ませてみたら、他とは違って動きを止めるばかりです。

 肩まで登ってぺしぺし頭を叩いたりしてみましたら、こちらへと顔と目を向けようとする度に、「べ……」と声を出しては元に戻るので、もしかしたら全力で抵抗しての結果なのかも知れませんけれど。

 ただ、同じく大岩を使って倒れさせてみれば、直ぐに復活して暴れ始めたのは危ないところです。

 しかしそこはそれ。暴れまくる黒毛虫相手でも、無理矢理残りの五本を飲ませれば、再び動きを止めてしまう私の謎薬の優秀さが際立ちました。硬直し目を見開きながらも「べべべ……」と繰り返す黒毛虫は、よく頑張ったと思うのです。

 毛虫殺しが手元に無いので、大岩で首を圧し折ったのは、黒毛虫にとっては災難だったかも知れませんけどね。


 扱いに困る事が最近判明してしまいましたが、しっかりと毛虫達から角と魔石を回収して、豊穣の森へと向かいます。森の上を飛び渡って移動するのでも良いのですけれど、シダリ草やマール草は昏い森産の方が質が良い様に思えるので、薬草を採取しながら木々を渡っていくのです。

 ハーゴンばかりは昏い森では見掛けませんので、折角の謎薬がここでは補充出来ません。

 なので空いてしまった大量の小瓶には、幾つか特製の回復薬を手慰みに作りつつ、しかしそこで気が付いてしまったのです。


 幾ら相手が不安定な毛虫だと言っても、害が無いと感じた謎薬で体を崩壊させるのはおかしくないでしょうか、と。


 そこで通りすがりの緑の毛虫に、試しに飲ませた今度は回復薬の小瓶です。

 哀れ毛虫は猛毒を飲み込んだかの様に激しく胸を掻き毟ると、「ぐぅぎゃぁあああ」と断末魔の叫びを上げて、その頃には既に土塊の山となっていました。

 成る程と納得です。

 これでは毛虫が薬草を目の敵にする訳です。

 私の気の所為では無かったのですよ!


 そして再びやって来ました豊穣の森。少々期待していた芋虫には結局会えませんでしたので、後は大森蜘蛛デリチチュルででも試したら、一旦実験は終了と致しましょう。

 そんな気持ちで通りかかった昨日の現場。森犬達が、未だに太陽へ両手を捧げて謎の儀式の真っ最中でした。

 ……半日以上は効果が持つ様ですね?

 ですがその周りでは、何故かひっくり返った大森蜘蛛デリチチュルやら、阿呆面で見物している森犬やら。

 あ! 直立不動だった森犬の数が足りていません!?

 でも、この状況だと効果が切れたからかは疑問です。誰かがちょっかいを出して倒してしまったのかも知れませんからね?


 それは兎も角、都合良く大森蜘蛛デリチチュルが見つかりました。ひっくり返ってはいますけれど、死んではいないようですよ?


「……げぶ、げぶ、えぶ、げぶ――」


 おおお!? 鳴き声を上げない大森蜘蛛デリチチュルが、べるべる言おうと頑張ってますよ!?

 そもそも虫の声っていうのは、羽を擦る音だと思っていたのですけれど、どういう仕組みで今べるべる言おうとしているのでしょう?

 口元から声を出していますけれど、これは何とも不思議なべるべる言う謎の薬なのですよ!


「――げぶえぎゃびゃーーー!!!!」


 …………もう、べるべる薬でいいですかね?

 べるべる薬でいいと思うのです。

 これはべるべる薬以外には無いのですよ!


 こんな薬は噂にも聞いた事が無いからには、私が初めて創ったという可能性も有りますよね? べるべる薬――開発者には、命名権が有るのは当然なのです!

 そういう事なら、これは証拠も持ち帰らなくてはいけません。

 幸いここには森犬と大森蜘蛛デリチチュルが揃っています。毛虫は崩れてしまうので、どちらにしても持ち帰れません。この二体を持って帰れば充分でしょう。


 そうと決まれば魔力の腕で森犬と大森蜘蛛デリチチュルを掴んで、冒険者協会まで一っ飛び――


「――ぎゃばぁぁああああああーーーーーー!!!!!!」

「――げぇびゃぁああああああーーーーーー!!!!!!」


 魂消る様な絶叫が轟きました。私も「ひぃぅ!?」と一瞬体が硬直してしまいます。

 振り向いてみれば、森犬も大森蜘蛛デリチチュルも、白目を剝いて口から泡を吹いています。

 これは……駄目ですね!? 害は無いと言いましたが、今の叫びには魔力が載っていましたよ?

 全力で魔力を載せて絶叫する。自身にも周りにも良い筈が有りません。大森蜘蛛デリチチュルがひっくり返っていた理由が、身を以て分かってしまいました。

 これは持ち帰るのは無理なのです。


 確かめる為に残る森犬たちも持ち上げてみれば、


「――ぎゃびぃぃいいいいいいーーーーーー!!!!!!」

「――わぎゃぁぁああああああーーーーーー!!!!!!」

「――ぎょぼぉぉおおおおおおーーーーーー!!!!!!」


 足が持ち上がった瞬間に、絶望の表情を浮かべて絶叫します。

 そしてそのまま気絶していくのです。

 嗚呼、嗚呼、このままこんな実験に使われて、討伐されてしまうとあっては流石の森犬も大森蜘蛛デリチチュルも哀れ。彼等はこのまま置いて行きましょう。

 私はべるべる薬だけ空の小瓶に補充して、冒険者協会へと向かうのでした。



「――そんな、そんな恐ろしい薬を、恐怖のべるべる薬を私は作り上げてしまったのですよぉおお! ぅう~~……」


 久々の冒険者協会です。

 近頃乙女なリダお姉さんが受付に居ましたので、そんな感じで泣きついてみました。

 最近は冒険譚もご無沙汰でしたので、久々の御披露目でも有るのです。

 うむ、そこなリダリダうじ。お主はこれを何と見る? ――的な!

 でも、リダお姉さんは微妙な表情で固まってますね?

 乙女になってしまったリダお姉さんは、どうにも乙女反応以外は反応が鈍くなってしまったのですよ?


「おお! 困っとるな」

「そんなん誰やかて困るわ! 何やねんべるべる薬って!?」

「じーさんが出てくると、話題には困らんなぁ」


 後ろで見物しているのは、ゾイさん、グディルさん、ドルムさんの三人です。

 ……あ、いまガズンさん達も来ましたね? 勢揃いですよ!

 ガズンさん達は私の言い付けを守ってか、最近は街の仕事を手伝っているらしいです。


「おうおう、どうした?」

「おやま、ディジーが来てたのかい?」

「しまった! 聞き逃したぜ!」


 そのままガズンさん達も、ゾイさん達に混じります。

 私の冒険譚を聞き出しているみたいですね?


「そ……それであたしにどうして欲しいって言うのよー!?」


 ……何だかほっこりしてしまいました。

 昔に戻った様なリダお姉さんの口調ですけど、顔を赤くして羞じらいながらなのは反則です。


「いやぁ、分かるぜ? 素のディジーの相手は、お嬢さんにはきついわなぁ」

「でも、黒歴史というより、これは寝間着姿を見られる様な感じさね?」


 後ろでガズンさん達もうんうん頷いている気配がしますけれど、集まってきた冒険者達の顔もゆるゆるです。


「買取の値段を付けて欲しいのですよ!」


 既に受付の上には、べるべる薬の他にも、回収してきた毛虫達の魔石と角、それに薬草類が並べられています。

 何気に毛虫の素材を買取に出すのは初めてですね?

 然も有りなん。今なら素材は黒毛虫の物を使いますし、その黒毛虫の素材にしても過剰供給気味なのです。

 毛虫の素材の怖さを知った今となっては、余った素材を売りに出すのも吝かでは無いのですよ?


「買取って……謎の薬としか分からないわねぇ……ちょっと待ってね」


 そこで一旦リダお姉さんは引っ込んで、支部長さんと何やら会話しています。

 支部長さんは私を一瞥してから、何やら奥の部屋でリンリンとベルを鳴らしました。

 暫くしてから、またリンリンとベルが鳴り、そこから暫くベルの音が続きます。


 あれは、通称ベルの魔道具ですね。共鳴石と呼ばれる物を用いて、離れた場所の対になったベルを鳴らす道具です。

 共鳴石は、或る双子で生まれる魔物から得られると聞きますが、時に三つ子や四つ子も生まれるらしく、そういった物は王都のオークションで非常に高く落札されるらしいです。同じ共鳴石で声を届ける魔道具を作ることも出来るらしいですけれど、ベルとは違って声を届ける魔道具は、替えの効かない共鳴石自体の消耗が激しく、緊急用の使い捨てで領主ぐらいしか持っていないのだとか。

 動力は鬼族の魔石。街の中なら大鬼オーガの魔石で充分ですが、街と街を繋ぐなら、方向も合わせた上で黒大鬼くろオーガの魔石を使った魔導具が必要とのこと。これらは魔石の事を資料室で調べていた時に見付けた記述です。流石に私も、本の記述を毛虫と言い換えたりはしませんよ?

 三つ子や四つ子の共鳴石が有る所為で、盗聴には気を付けなければならないなどと、資料室には結構楽しく読める資料が揃っていましたね。


「今、支部長が錬金術屋のバーナイドさんを呼んだから、ちょっと待っててねー。待っている間に他のを査定しましょうか」


 戻って来たリダお姉さんに促され、今回は数も少ない毛虫の素材と、それなりに採ってきた薬草類を査定して貰いますが、これはどうするのが良いでしょうね?

 実は私、今結構な大金持ちなのですよ。


 トロッコ日の帰りに、何だ彼だと結局領城の中には案内されて、お嬢様装備の面目躍如というところでしたが、そこで聞かされたのがお祭りの日に提供した魔石のお釣りの話です。

 家を数軒買ったとしても、大半が手元に残りそうな、口を開けて呆ける程の大金です。

 なのでそれは領城で預かって貰う事にしました。端数だけ受け取りましたが、それでも暫く遊んで暮らせそうなのが怖いところです。

 それで終わればいいのですが、冒険者協会にも竜毛虫の素材の買取を頼んでいたのです。

 

 鬼族毛虫の界異点は各地に在る上、その素材も角と魔石以外は足が早い傷み易いので、特に王都に送る事も無く、これも既に商都でオークションが完了したと冒険者協会に入ってきた時にリダお姉さんから聞きました。

 これからも私は冒険者として稼いでいく予定ですので、お金は増えるばかりで減る予定が有りません。留守が多い秘密基地に置いておくのも心配ですし、多分竜毛虫の素材代金も、丸々協会に預ける事になるのでしょう。


 なら、端金はしたがねに近い毎回の査定で、出納すいとうに手間を取らせるのも心苦しいところです。普通に受け取るのが良さそうですね。


 そう思っていましたら、査定が終わって出されたのが、ぽんと百両金少し。殆どが黒毛虫の魔石分ですが、これだけでも小金持ちでは有りますよ?

 でも、少しだけリダお姉さんが渋い顔です。


黒大鬼くろオーガも斃してきたなら、目玉も持ってきて欲しかったわね~」


 ……それは思い付きませんでした。まぁ、思い付いていても、今回は持って帰る事は無かったでしょうけれど。


「収集瓶も無いのに持って帰る事なんて出来ませんし、それに先程言った通り、べるべる薬をしこたま飲ませて崩れ掛けの黒毛虫でしたからちませんよ?」


 と、そこへガズンさんとククさんが口を出してきました。


「おう、その日の内に持ち帰れるなら、収集瓶なんて要らんぞ? 寧ろ、目玉と言わず全身持って帰れるんじゃ無いか? 丸太乗りのディジーリアなら余裕だろう?」

「いや、寧ろクラカド火山に行けるんじゃねぇか? 気配も無く空を行けるなら、巨獣地帯だって散歩道だぜ」


 おおう! それこそ全く思い付きませんでした! ……でも、やっぱり駄目ですね。今は毛虫殺しが有りません。

 他の装備も改造を加えていきたいところですので、暫くは真面に動けませんよ?


 でも、そんな事を言ってみたら、周り中からそんなので昏い森に入るなと怒られました。


「大体そんなんで、どうやって黒大鬼くろオーガを斃したってんだ!?」

「こう、魔力で大岩を掴んでどかんと」


 少し、周りが静かになりました?

 ですが、暫くするとザワザワと、「破城槌」やら「丸太乗り」やらと言葉を交わしているのが聞こえてきます。

 前迄なら確実に嘘吐き呼ばわりする人が居ましたので、噂が広がった意外な効果かも知れません。


 支部長のオルドさんがやって来たのは、そんな微妙な雰囲気の時でした。


「ん? 何だこの雰囲気は? ――まあいい。買取の話するから、また奥の部屋へ来て貰えるか」


 “も”と言うことは、多分竜毛虫の件も含むのでしょうと、私は素直に付いていこうと思ったのですが、周りがそれを許しませんでした。


「そりゃないぜ、支部長さん! 俺らにも英雄さんの話を聞かせてくれよ!」

「そうだぜ! 散歩みたいに黒大鬼くろオーガを狩ってくるたぁ、ガズンガルにも真似出来ねぇだろ!?」

「隠す事が無けりゃ、聞かせられる筈だよな!」


 何て言うか、吃驚です。

 何時の間にか、人気者の様になってしまっていますけれど、一番の驚きは普通にしている私の姿が皆さんに見えている事かも知れません。

 それは私が『隠蔽』を抑えられる様になったのか、それとも周りの冒険者達が私に慣れて、『看破』のレベルが上がったのか。今なら『識別』も…………いえ、何でも有りませんよ。この程度ではまだまだ『識別』出来ないのは、先刻承知の上なのです。

 ま、余り良い感情を持ってない人もまだまだ居る様ですけれどね。


 隠すべきか隠さないべきかは私には分かりません。

 べるべる薬は、使い方によっては悪さにも使えそうに思うかも知れませんが、べるべる薬を使われたらべるべると大声で叫ぶのですから、目立つ事この上無いです。あのべるべる言う声には魔力も載っていましたから、口を塞ごうが魔術で音を遮ろうが、気が付くのではと思います。然う然う悪い事には使えないと思うのですよ。

 それに、べるべる薬を作れるのは、今のところ私だけです。バーナイドさんは神様錬金しかしていませんでしたので、こんな訳の分からない薬をそう簡単に作れるとも思えません。私が卸すのも協会だけですので、支部長のオルドさんが扱い方をしっかり管理してくれれば、何も問題が起こる筈が無い物です。やっぱり問題は有りませんね。

 ですけどこの薬は、魔物や獣、時には人を、傷を付けずに捕獲したい時には、絶大な効果を発揮するに違い無い物です。今迄お互い傷だらけになって、何とか息の有る内に取り押さえる事が出来たのが、遣り様によっては無傷で容易く捕獲出来る、そんな素晴らしい薬なのです。

 まぁ、毛虫は崩れてしまったので、魔物には使えないかも知れませんけれどね。


 犯罪にも使えたとしても、管理は容易。

 捕獲依頼なんてものが有ったとしても、こういう物が有ると知っているなら、採れる手段も変わってきます。

 ですが、まぁ、討伐には使わない方が良いでしょうね。べるべるの声が魔物を呼びそうですし、何かの拍子に魔物が倒れてしまったら、そこからは意識を取り戻して大暴れするに違い有りません。

 つまり、考え無しに迂闊に使えば自業自得の結果となる、べるべる薬はそんな魔法薬だと思われるのです。


 其処まで考えれば、私としては隠さないでも問題無いと思えましたので、


「私は別にいいですよ?」


 そう言ってみましたが、オルドさんは渋い顔です。


「なぁ、支部長、本人も言っているんだ。いいじゃねぇか」

「お前らはこいつの持ってくる案件がどれだけ危険物か知らないから! ……まぁいい。悪いが拙いと思ったら止めさせて貰うぞ」

「流石支部長! 話が分かるぜ!」


 そんな感じで待機場所の机で、再びオルドさん達や皆さんに説明する事になったのです。

 と言っても、今回ばかりはいつもの冒険譚では無くて、真面目に事実を並べて説明しますけど。オルドさんに教えて貰った報告書の書き方とも違って、生誕祭での劇の台本位の感じです。

 そこに先程の私の考察も交えて語ってみれば、オルドさんも「むぅ」と唸りを上げて考え込んでしまいました。


「ふらっと黒大鬼くろオーガを狩りに行って、日帰りで帰ってくるとはな」

「やっぱりデリエイラの森じゃあ、移動の技能は必須なのかねぇ?」

「空を行くのがお勧めですよ? 漂うひずみも少ないですから、防御に割くのが少なくて済みます」

「いや、簡単に言うなよ? だが、歪がどうのと言うからには、地上を行くなら“気”か魔力で全身固めんと駄目か?」

「駄目ですねぇ。下手すれば一発で歪化です」

「そう言えば領主様も、金鉱掘りは空を飛べる奴に頼んでいるとか言ってたぜ」


 その間、そんな雑談をガズンさん達と交わす事も有れば、


「さっき出て来た強壮薬っぽいのはどれだよ」

「これですよ?」

「おお! 本当に赤いな。で、回復薬が緑だったか?」

「これですかね?」

「……錬金術屋の回復薬と色が違うな」

「マール草で作った特別製ですから」

「美味いぜ?」

「ああ、ククさんが飲んだ奴か。……え!? 美味いのか?」

「普通のよりはな」

「ん……いいですよ? 舐めてみますか?」

「いいのか!? じゃ、ちょびっと。――ほう、これは……」

「おいおい、早く回せよ。――ふむ。飲みやすいな」

「普通のも不味くは無いけど、鼻にツンとくるからねぇ――ほらよ」

「おう、回せ回せ。で、こいつは普通のより効果が高いのか?」

「……………………多分?」

「おいおい、怖ぇなあ! ――っていうか、舐める程度で効いてる感じがするな!」

「うむ。ぺろっ――――ぅおおおお、ぐぼらぼらあぁ!!」

「おい待て! 何だそりゃ!?」

「うおっ! 元祖だ。何って、そりゃあ、最近の流行だよ」

「何ぃ~~~~」


 と、丸で仲の良い冒険者仲間の様に打ち解けてみたり。


「なぁ、やっぱ丸々の黒大鬼くろオーガ、一度は運んで来ねぇか?」

「やめてよね!? パニックになるわよ!」

「……いや、それも有りかも知れんな。商都の職人や研究者共に声を掛けて、何日か期間を設けて実施するというならパニックも起こるまい。眼は確実に素材に成る事は知られているが、他にも有れば願ったりだ。大鬼オーガも含めて何体か欲しいところだな」

「崩れた体はいい肥料になりそうですよ! 作物は臭くなりそうですけれど」

「厭な特性だなぁ、おい! それは何だ? 勘か?」

「勘ですね! でも、私の勘は良く当たるのですよ?」


 ガズンさんとの会話に、何時の間にか復活して割り込んできたオルドさんと、そんな会話をしてみたり。


 そうこうしている内に、バーナイドさんがやって来て、べるべる薬を見て貰う事になりました。


「うわぁ……これは凄いね。嫉妬しちゃうかなぁ」


 そんな言葉と共に始まった、バーナイドさんの『錬金薬鑑定』。

 突っ込み処が満載だと溢されながら、進められたのです。


「まず、ランクはAが殆ど、この二本はB」


 この時点で響めきが起きました。


「そっちに有る回復薬と強壮薬もAだね」

「お、これは強壮薬で合っているのか?」

「うん? ――ああ、知らずに作ったのか。『調薬』が出来て『錬金』が使えるなら、作れてもおかしくは無いね。参ったなぁ」


 頭を抱えるバーナイドさんを余所に、冒険者達がこそこそと会話していました。


「なぁ、強壮薬って何だ?」

「あぁん? そりゃ、あれだ。一番星の大好きな薬だぜ? 一時的に力が増すが、その分しっかり筋肉痛になるってな。トレーニング用だとよ」


 成る程ですね。泊まり掛けになるここの森では、筋肉痛を抱えての探索なんてやってられません。ですが、トレーニングになら使えると言われると納得です。


「ランクAの錬金薬は百日は保つし、効果も高いからね。僕の作った錬金薬はランク三だから、勝負にもならないね。う~ん、回復薬は安定していると思ったんだけどなぁ……」

「勝負も何も、私は回復薬を売るつもりは有りませんよ? そもそも私は冒険者ですし、そうで無くても鍛冶師ですし、瓶だって作れませんし?」

「そうなのかい!? それは助かるよ。そう言えば鑑定だったね。じゃあ、見えた通りに言うね。えーと――

『――ランクA【錬金薬】べるべる薬

 或る冒険者により作成された謎の薬。次に挙げる事柄以外全て不明。

  ・べるべる言いながら直立する

  ・直立した対象を横倒しにすると気絶する

  ・直立した対象を持ち上げると『叫声』を発する

   ※流石の変態、予想外じゃ!(グログランダ)

    これぞ錬金の才の迸り!(ディパルパス)

    馬鹿男達の野次には負けないで(フィズスロッテ)』

 あはははは、こんなの初めて見たよ。神々も楽しんで居るみたいだけど、これは世の中に流していい物なのかなぁ?」

「む、それは効果を言っているのか『鑑定』の結果のことか」

「『鑑定』の結果に決まってるよ。神々の一言が付いているなんて、神器か何かしか有り得ないよ。それも、錬金なんて関係ない神まで居るじゃない。あはははは」

「む、むむぅ、グログランダは鍛冶の神か?」

「ディパルパスが錬金の神だね」

「フィズスロッテは……誰だ? 聞いたことは有るのだが……」

「確か……宮廷服の女神、だったかしら?」

「何でそんなのが居る!?」

「あははははは、本当、面白いよねぇ」


 そんな会話を聞きながら、私はふるふると震えていたのです。

 変態って何ですか! 変態って!

 ですが、それを言って納得されたら立ち直れそうに無いので、指摘出来ないのがもどかしいですよ!?


「きっと、ディジー自身の『識別』にも色々と書いてんだろ。で、いつもの調子で書き込んじまったんじゃねぇか? 『隠蔽』も掛かってないのに」


 うわ! ゾイさんが言うと、当たってそうで洒落になりません。益々自分の『識別』を、私自身でしなければならなくなってしまいました。

 本当にもう! 神様が見てくれているというのにはこそばゆい気持ちがしますけれど、味方はフィズスロッテ様だけなのでしょうか。どうにも酒盛りをされながら見られている様な気がしてなりません。

 フィズスロッテ様へのお礼には、裁縫にも力を入れていけばいいでしょうかね?


「まぁ、どっちにしても、この薬はこの子にしか作れないね。だから値段は、希少性で決まってしまうんじゃないかなぁ。因みに、腕のいい錬金術師が揃っている王都で、ランクAの回復薬が二十両金。地方に行けば、百両金で売れるところも有るって聞いたよ。でも、この薬は効果も凄いからね。どんな値段が付くか分からないよ。べるべる言うって何? あはははは」


 すっかりバーナイドさんは笑いの壺に嵌まってしまったようですけれど、べるべる薬一本で百両金なんて冗談じゃ有りません。


「二十両金でいいですよ! 二十両金で! でも、必要量しか作りませんし、無くなったら指名依頼を出して下さい!」

「まぁ、待て。それよりも、この薬をディジーリアしか作れないというのをもう少し詳しく教えてくれないか」

「ん~、いいですよ。錬金術師にとっては常識になるけど、まずは『識別』の説明からかな。

 『識別』は、知っての通り、しっかり見て観察した物や人についての情報を、神々の書庫から引き出してくるものだね。神々に魔力を捧げる時に、実は見て観察した結果も送っているんだ。だから、『識別』する人が見て分かった事からしか情報は送られてこない。逆に色々な知識を蓄えて、観察にも魔力を用いるとかしたら、情報も細かく正確になるね。だけど、『識別』で検索される情報は、神々の書庫の中でも一般的な常識が収められた書庫と言われているから、何処まで細かく観察しても、得られる情報には限りが有るんだ。

 『鑑定』は、『識別』に加え、職業別の『知識』系技能と、その職業の『職人』系技能が有れば発現する技能だね。僕の場合は、『識別』と『錬金知識』と『錬金』で『錬金鑑定』が出来るし、特に錬金薬に絞った『錬金薬鑑定』も出来る。『鑑定』も、『識別』と殆ど変わらないけど、情報を引き出す神々の書庫が、それぞれの職業の専門書庫になるから、より深い情報を手に入れる事が出来るんだ。

 例えばそこのべるべる薬。『識別』なら、この黄色い薬は何? って神々の書庫の司書様に問い掛ける訳だけど、それだと何も分からない謎の薬だよね。回復薬なら一般常識の書庫に有るかも知れないけど、これはちょっと分からないよね。

 それを、錬金術師ならもう少し細かく、これこれこういう黄色い薬が有るけどこれは何? って問い合わせられる。すると、さっきみたいな回答が来るんだけれど、作り方までは教えてくれない。何故かというと、新しく創り出された物は、その辺りちゃんと保護されているみたいなんだ。創った人が公開してもいいと考えているので無ければ、生きている間……というより、本来生きていただろう間は公開される事は無いみたいだね。本来って言ったのは、ちょっと殺伐としているけど、殺して作り方を技能から得ようとしても無駄っていう事だね。

 だから、もしもこのべるべる薬を作ろうとしたら、その効果から作り方を推測するしか無いんだよ。この子はそれで強壮薬を作っちゃったみたいだけれど、べるべる薬を作ろうとしても、べるべる言う要素って何? こんなの、作り方を教えて貰っても、作れそうには思えないよ。あははははは」


 バーナイドさんは笑いながらも一息に説明しきりましたけれど、確かに私にもべるべる言う要素と言われては分かりません。寧ろ、回復薬の失敗作から、そこに含まれる要素を純化させたら、べるべる薬になったのです。

 考えてみたら、この手順がそもそも神様錬金では出来そうに有りませんね。そもそも『錬金』したつもりも無くて、『根源魔術』で魔法薬化したものだと考えていますから――って、錬金の神様が褒めてました? う~ん……まぁ、どっちでもいい事です。


 それより私には、『識別』や『鑑定』の仕組みを細かく教えてくれた事が大きいです。

 今教えてくれた様な事は、学園でも習いませんし、本にも書いているのを見た事が有りません。錬金術師というのは世界の仕組みを解き明かそうとする職業と聞いた事が有りますから、それこそ錬金術師だけの知識なのかも知れません。

 ですが、行き詰まっている私には、福音の様な納得の出来る知識でした。

 神々に魔力を捧げる時に、何処どこに捧げればいいのか。私が『儀式魔法』を使える様になるのも、きっともう直ぐなのです!


「まぁ、本当にべるべる言うかも分かっとらんからなぁ。――飲むか? ザック」

「おい親父、そりゃねぇぜ!?」


 と、そこへそんな会話が聞こえてきて、私はぴくりと体を震わせます。

 考えてみたら、このべるべる薬、まだ自分では試していません。

 それが毒ならば兎も角、害が無いと思っていてのこれは、怠慢では無いでしょうか。


「商都なら罪人も幾らか確保してるんだろうがな」

「酔って暴れた程度で試すにゃ厳しいぜ?」


 いえいえ、罪人なんかには任せられませんよ!?

 ……危ないところでした。体験するのは私が最初でないといけません。

 まぁ、実験に用いた哀れな森犬達は別ですけどね。


「あれだな。森犬でも捕まえてきて試すしか無いか」

「いや、森犬だと裏付けを取るだけだろ? 人で試すのは必須だぜ」

「……ふふふ、見た目は綺麗な黄色ですね」


「治験者を依頼で募るか……」

「いや、それもなぁ。親父ぃ、分かってて言ってるだろ」

「……さてさて、お味は如何でしょうか?」


「仕方有るまい。誰がこんな物に関わりたいものか。文句が有るなら、ザック、お前が飲め」

「親父が馬鹿言ってるからだろぉ!」

 ――キュポン……


「…………」

「…………」

「――さて」


「「「「「さてじゃ無いわぁああ!!!!」」」」」


 瓶を口に当てて、後は傾けるだけというところで、ガズンさんに小瓶を持った右手を、そして駆け寄ってきたドルムさんに背中側から体を抑えられてしまいました。

 まさかの妨害です。


「ええ!? どうしてですか!?」

「どうしたもこうしたも無いわ!! 全く、さらっと問題を起こそうとするんじゃ無い!」

「わ、私のお薬ですよ!? 害にもならないけれど良い物でも無いと、迂闊にも試さずにいてましたけれど、罪人で試すというなら別です! これは製作者の特権なのですよ!?」

「そんな特権有るか! ええい、早くそれを寄越せ!」

「ああっ! 私の! 私のお薬ですよっ!! べる、べる、べる、ふぅー! ふぅー! 私の! 私のべるべる!!」

「ぐぉおおおお! なんて力だ! 引き摺られるぜ!」

「力じゃ無いな! 『魔力強化』だ! ま、関係ないがなぁ! 合わせるぜ、ガズン!」

「おうよ!」

「――つん」


 “気”も魔力も総動員で抵抗していたところに、悪魔の一撃を加えたのはダニールさん。

 ドルムさん、ガズンさん、私と、力が拮抗して動けなくなっているところに寄ってきて、服の裾から鉄布の胴衣の下へ指を忍ばせ、致命の一撃を脇腹に放ちました。


「うひゃ!」

「うわっ! 冷てっ!」


 そんな悪魔の一撃に、どうして堪える事が出来ましょうか。

 私は一瞬で腕を目一杯に引き延ばされ、その勢いでべるべる薬の瓶を手放してしまったのです。

 私の手から離れたべるべる薬の小瓶は、その手を引っ張っていたガズンさんの胸元へ。


「おい! ガズン大丈夫か!? 飲んで無いな!!」

「お、おう、掛かっちまったが――――」

「あー!! 私のべるべる薬!!」

「おおい、動くなよ、じーさん」

「え? 掛かったって?」


 力が抜けた拍子に、私はドルムさんに引き摺り倒されて、そのまま羽交い締めされています。

 オルドさんは怒鳴りながらロープを持って来いと叫んでいますが、そのロープは何をする為の物でしょうか?

 目の前に転がるのはべるべる薬の小瓶。ああ! これは私のべるべる薬でしたのに!

 そしてガズンさんは、……おや、ガズンさん?

 錬金術屋のバーナイドさんも、何故か焦った様子です?


「ええい、この! ザック、離すなよ!」

「へ~い、へい」

「えっと、あの、支部長さん?」

「バーン、後にしてくれ! まずはこいつをふんじばっちまわねぇと」

「えと、そうじゃなくて!」


 もう叫ぶ余裕も無く暴れてロープから逃げていますけれど、やっぱりバーナイドさんの様子が変ですね?


「ちょ、こら! 暴れるな! おい、ガズン手伝えよ!」

「――…………べ…………べ…………」

「んあ!? ……ガズン??」

「――……べ……る……べる・べ・る・べる、べる、べる、べる――」

「おいガズン! 馬鹿な冗談は止めろ!!」

「――べる、べる、べる、べるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべる――」

「だから、錬金薬なんだよ!? 魔法薬なんだから、掛かっただけでも効くんだって!」

「わ、私のべるべる薬を先に!?」

「そんな事言ってる場合じゃねぇっ!! ガズン! 気をしっかり持て!!」

「――べるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべる――」

「おいおい、マジか!? ガズン! おい! しっかりしろ!! ガズン!!!!」

「――べるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるべるらべらーーーーーっっ!!!!!!!!」


 目を血走らせ、がばりと両腕を上げたガズンさんの叫びは、圧力まで伴って周りの人や机や椅子を吹き飛ばしました。

 その中心に、ぴくりとも動かなくなったガズンさん。

 冒険者協会の待機場所に、恐怖が静かに広がっていったのです。

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