(55)実録!! 『うまい』は存在した!!

 魔力で探ったその先に、ガズンさん達らしき影は見付けましたけれど、その手前にはずっと小さな影が二つ、寄り添う様に立っていました。

 そこで私は作業場から、昨日の夜に作った品を持ってきたのです。


「ディジー、何その可愛い鞄?」

「背負える様になっているのね?」


 興味津々な友人達に、私は街のお遣い仲間の事を話します。

 会ってみたいと燥ぐ二人に、私は大きく頷いて――



 ですが場面は一旦巻き戻り、ガズンガル達の視点へと変わります。



~※~※~※~



 ディジーリアが竜鬼ドラグオーガの頭の上で英雄譚を披露したその日、ガズンガル達はドルムザックと再び意気投合したが、生誕祭が終わり、彼等の傷が癒えた頃になっても、ガズンガルの調子は元に戻らなかった。


「なぁ、やっぱ森で魔石を安定させなきゃ駄目なんじゃねぇのか?」

「馬鹿を言え。俺もあれから調べたが、魔石病で力が抜けてる時点で失敗してるぜ。成功している魔石保持者は違和感や傷みを覚えても力が入らないって事は無いって言うぜ」

「ディジーの言う事が正解なんだろうねぇ」

「俺はうちの奴らの仕事振りを確かめられるから、長い休暇も歓迎だがな」


 そんな彼等の状況も、べるべる騒動で一変する。


「……胸の痛みが無いのが虚しいが、力は入る様になったな」

「そんな痛みは魔石病じゃないぜ。歪化の痛みだったんだろうぜ」

「わはははは、危うくおっぱいいもいもの出来上がりだったな!」

「笑い事じゃ無いねぇ。威力だって今の方が上だし、本当に歪化するところだったさね」


 巨獣領域へと少しずつ踏み入りながら、じわりじわりと探索範囲を広げるガズンガル達。

 そんな或る日、ガズンガル達は、恩人でもあるディジーリアの家が建った御披露目の話を耳にする。


「おい、明後日ディジーの家の御披露目だそうだが、お前らも行くよなぁ?」


 探索から帰って来ての夜だったが、そんな話を支部長オルドロスから聞いて、彼等は強行軍を決めたのだった。


「今から走りゃあ、牙巨兎でかうさの一匹なら、持って帰れそうだな」

「行くか?」

「行くぜ」

「当然さね!」


 そこで湖まで引き返す強行軍に出て、次の日には巨獣領域まで直走ひたはしってその勢いで牙巨兎を仕留めては、夜を徹して湖まで戻り、その明くる朝に街へと戻った。

 大物故に北門から入るしか無いが、そこの冒険者協会出張所で足の枝肉一つ切り分けて、しかしそこで間抜けな問いを口から漏らしたのだ。


「で、時間と場所は何処だって?」


 そもそも、誰もディジーリアの家の場所を知らなかった。

 御披露目と言えば、大体仕事終わりの夕方から夜に掛けてというのが定番だが、そこを確かめずに来たのもどうかしていた。

 それはそれとして、腹ごなしにと入ったファルアンセスの家の食堂で、結局女将のリールアが、ディジーリアの御披露目の詳細を知っていたのだが。

 まだ、ディジーリアが野菜と野菜鍋を受け取りに来る前の事である。


「なんだい、お呼ばれして置いて、場所も知らなかったのかい?」

「いや、俺らは聞いたその足で、お祝いを獲りに出ちまってな」

「全く、何時になっても馬鹿だねえ。ほら、ディジーのおうちはここで、御披露目は夕方からだよ!」

「……ははぁ。秘密基地もここに有ったとすりゃ、コルリスの酒場に出没する訳だ」

「ご近所様だったんだねぇ」


 夕方ならばまだ時間が有ると、それぞれ家に戻ってから、冒険者協会に待ち合わせとしたのだった。


 そして夕方。

 さっぱりした様子で、四人は冒険者協会へと集まった。


「よし、行くか!」

「ていうか、あたいらはどういう立場で御披露目に参加すればいいのかねぇ」

「見た目で侮る馬鹿共への牽制だぜ?」

「俺らの方が負けてるんだがなぁ」

「心配なのは、これから街に来る奴らで、結束を固める為ってところだぜ」


 恐らくは友人枠なのだろうとは思っていても、倍以上歳の離れた少女の招きに、どう応じればというところで、理屈を捏ねてしまうのも仕方が無い話だった。


「何じゃ。お主らもう行くのか」

「あん? 爺さんも招かれてんのか?」

「まぁ、オズやん待ちだがなぁ。ほれ、大工の棟梁じゃ。若いのが楽しんどるところに、じじいが乗り込んでも仕方無かろう」

「気にする事も無いとは思うが。……ま、先に行ってるぜ」

「ほいほい」


 鍛冶場から出て来たラルクの爺さんと偶々目が合い、短く声を交わして、そのまま未だ準備中だろうコルリスの酒場の前を通り過ぎる。くねる道を道形に進む内に、行く手を遮る壁に設けられたアーチと、アーチを閉ざす鉄の門が見えてきた。

 ただ、その前に小さな人影が二つ、尻込みしながら佇んでいる。


「ありゃ? あれはうちのチビ共じゃ無いのか?」

「孤児院のかい?」

「ああ……。ミラ! ディン! そこで何してる?」


 ドルムザックの声が聞こえていない筈は無いのに、二つの人影は、頭の上の獣耳をぴくぴく反応させるばかりで、応えが無い。

 そのまま歩いて近付いてみれば、警戒心丸出しに毛を逆立てて、動けなくなっていた。

 目は門の一点に集中して、体を小刻みに震わせている。


「おいおい、どうした? 怖いもんでも有ったか?」


 ドルムザックが二人共を抱えるように抱き上げると、ずっと緊張していたからか、力無くドルムザックの肩に顔をうずめる。


「お遣い、なの。……でも、怖くて、近づけない、の」

「ぅわう~……」


 震える二人を宥めるドルムザックは、頼りになる斥候の仲間に目を向けた。

 そのククラッカは、目の前の門に集中しながら、にたりと笑みを浮かべたところだった。


「くくく……あの門、軽い『威圧』を振り撒いてるぜ?」


 と、とんでもない事を言うククラッカ。


「おいおい、どうやってそんな物作ったんだか……」


 呆れるドルムザックに、魔術師でもあるダニールシャが言葉を被せた。


「魔力を練り込んでるみたいだねぇ。多分、黒大鬼とかそんなのの魔石が使われてるよぉ?」

「全く、可哀想に。気配に敏感な奴らにゃ酷なこったな」


 そしてそんな疑惑の黒門は、ククラッカがもう少し詳しく調べようと近寄ると、独りでに閂が外れて、招く様に大きく外側へと門が開く。

 門へと向かっていた彼等の足が止まった。


「…………今、ぞわっとしたぜ!?」

「怖えわ。こりゃ、確かに怖えわ」

「ディジーは何処へ向かっているのかねぇ?」

「おい、お前ら大丈夫だからな。この家の持ち主は別に怖い奴じゃ……て、そう言やお前ら、何のお遣いだ?」

「お、お塩に、お砂糖に、果粒を、届けるの。今日の、最後の、お遣いでいいからって」

「わぅわぅ……」

「……何か考えてやがんな。まぁいいか。俺らが守ってるから何も心配は要らんぞ?」


 そこで門を見ていたククラッカが顔を上げる。


「ふ、ディジーの家に間違いは無いようだぜ?」

「おいおい、これは俺か?」

「『威圧』は意図したものじゃ無いかも知れないねぇ。竜鬼の形に魔力が練り込まれているさね?」

「全く、人騒がせな奴だぜ」


 呆れた様に口にして、再び歩き出した彼等が門を通り過ぎたその後ろで門が閉まる。


「おいおい!?」

「びびらせやがるぜ」


 足下で光石が輝きを放ち始める。


「噂になってた謎の光石の発光現象って、ディジーが光石を集めていただけなんじゃ無いかねぇ?」

「おい、お前ら顔を上げろ。綺麗な物でも見れば怖くも無くなるだろ」


 黒い館の威容が出迎える。


「ひぅうう~……」

「きゃうん……」

「ええい、やり過ぎだ!」

「うはははは! 次は何が出て来るんだ!?」


 館の黒い扉が、これも独りでに開くに至って、ディジーリアを知る四人は、これは間違い無くディジーリアの仕業だと確信を深めていた。

 そして短い廊下の先の、最後の扉が開かれた時、彼等は塊乱蜘蛛チュルキスに追い詰められた二人の少女の姿を見る。


 ガズンガルは思わず剣を振り上げて――



~※~※~※~



 張りぼて館の扉が開く音を聞いて、興味津々に塊乱蜘蛛チュルキスの死骸を観察していたクルリとリューイが振り返りました。

 そこで見事なぐぼらぼらぁを目にしてしまったのです。


「ぐぼらぼらぁ!!」

「ぐぼらぼらぁ!」


 直ぐ様クルリが、一拍遅れてリューイが、両手を振り上げ叫びました。


「……まぁ、確かに見事なぐぼらぼらぁだぜ」

「ガズン、何を振り上げているのさね? そいつは剣じゃないよぉ?」


 赤い顔をして再び枝肉を肩に担いだガズンさんが、ちょっと本気が混じった怒りの声を上げました。


「おい、じーさん! 悪巫山戯が過ぎるぞ!」

「わ、私もそう思うのですけど、母様の一押しなのですよ!?」

「母親って……そのにこにこしている市場の天然さんがか!?」


 ……母様も、また随分な二つ名を貰っている様ですね?

 がくりと項垂れたガズンさんの横では、ドルムさんが肩に担いだちびっ子達をあやそうとして――首を傾げていました?


「おい、お前ら、あれは剥製か何かで……って、あんまり怯えて無いな?」

「あ、あれは、死んでる、から」

「わぅわぅ」


 私も小さな子供には刺激が大きいと思っていたので、おや? と思って見上げてしまいましたけれど、やっぱり個人差というのは有るのでしょうかね。


「……練り込んだ魔力には怯えるのに、何であれが大丈夫なんだか」

「仕込めばいい斥候になりそうだぜ」


 尤も、感想なんていうのも人それぞれみたいですけれど。

 おっと!? そう言えば、忘れている事は有りませんか?


 そう思って、ドルムさんの肩にへばりついた、ちびっ子二人を見上げていると、ちびっ子二人がドルムさんの肩の上でぴょこんと跳ねました。

 わたわたと藻掻いてドルムさんから降りてくると、ぴしっと私の前に整列します。


「お遣いの、品物を、お持ち、しました!」

「わぅ!」


 なかなかいいご挨拶です。


「うむ! よろしい!」


 私は空いているテーブルの一つに彼等を案内すると、そこに彼等が持ってきた品物を並べる様に示しました。

 その一つ一つに、説明を求めます。


「お塩、です! しょっぱく、なります!」

「うむ!」

「お砂糖、です! 甘く、なります!」

「うむ!」

「果粒、です! 美味しく、なります!」

「……果粒、ですか?」


 早速知らない物が出て来ました。


「どう使うのでしょう?」

「お塩や、お砂糖の、代わりに使うと、美味しくなります!」

「……ほほう。――……おお!? 甘いのと――酸っぱいのと――塩っぱいのが有るのですね! なるほど、試させて貰いますよ! うむ!」


 ところが待ったを掛けたのはドルムさんです。


「おいおい、そいつらそんな物使った事も無いぞ? どうしたんだこれは?」

「お店の、お薦め、です!」

「わぅ!」

「うむ! 構いませんよ! ……と、これで最後ですか?」

「お砂糖が、一朱金分! お塩が、一朱金分! 果粒が、合わせて、二朱金と少し! おまけにして、全部で、一分金!」

「うむ! 見事です! ――お駄賃は一朱金ずつ。ですが、今日は私の特別なお祝いの席で、その特別な場所に見事に配達したお二人には、特別なご褒美を上げましょう」


 と、特別を前面に出して、先程の二つの小さな背負い鞄を取り出しました。


「二人は私のお遣い好敵手でもありましたからね。私はもう街の外の依頼を受ける様になりましたので、街の中はお二人にお任せしましたよ!」


 そんな事を言いながら、背負い鞄を二人に背負わせて、お駄賃の一朱金を握らせると、そこで漸く飛び跳ねて、ちびっ子達は喜びを露わにしました。


 む、一朱金に負けました!?

 まぁ、戸惑っている様に見えますし、どちらにしても自己満足ですからそこはいいのです。

 喜んで貰えるならそれが一番ですけれど、使い込んで分かる良さというのも有ると思いますので、その場での喜びなんていうのは余り参考にはなりません。じわじわと良さを感じてくれるのなら、それが一番嬉しいかも知れませんね。


 そんな事を思っていると、再び張りぼて館の扉が開きました。

 勿論知っていましたよ? ここ迄お招きしているのも私なのです。

 現れたゾイさんとグディルさんは、会場を見回して、そして塊乱蜘蛛チュルキスに目を留めて一言。


「なんや、最後の落ちは今一つやな?」


 ですからそれは、私の仕込みじゃ無いですよ!?




 日が沈み、空が暗くなり始めると、訪れる人も増えてきました。

 まずは錬金術屋のバーナイドさん。暗くなって光石に照らされた庭を気に入ったのか、うろうろしながら中庭の雰囲気を楽しんでいます。

 いつもと違ってラフな格好をした美髯屋のオドワールさん。尤もオドワールさんは、これからも御贔屓にと手頃な織物をお土産に、長居もせずに帰ってしまいましたけれど。慌てて渡した鳥の丸焼きを、喜んで貰えたのは幸いでした。

 代わって長居しているのがちびっ子二人。どうやらドルムさんの所孤児院の子だったらしく、ドルムさんが連れて帰るからと、今も残って給仕のお手伝いです。この子達にもお肉をたっぷりお土産に持たせないといけませんね。ドルムさんに、チビ達の帰りが遅くなると孤児院に手紙を送りたいと言われて、手紙を括り付けたナイフを一本飛ばしたりしましたけれど、全く無茶を言うものですよ!?

 ちびっ子達は、飲み物のコップを持ってうろうろうろ。手が空いたら、時々立ち止まって、私が上げた背負い鞄を見ています。で、時々近寄ってきて私の事を見上げてきます。

 取り敢えず、頭を撫でておきました。獣耳けもみみが、ぴょこぴょこ動いていましたよ!


 門に貼り紙をしていたからか、招いてもいないご近所さんまで寄ってきていましたけれど、門に練り込んだ私の魔力を介して軽く『威圧』をしてみれば、門を越える事無く帰って行きました。コルリスの酒場の常連では在るのでしょうけれど、それだけでは身内とは言えないのです。

 『威圧』の遣り方は毛虫殺しから。ドルムさんが、魔力を投げ掛けるのを『魂縛』と言っていたので、すっかり『威圧』は“気”の技能だとばかり思っていましたけれど、それでは辻褄が合わない事が有るので、恐らく魔力系の『威圧』も有るという事なのでしょう。魔力を通じて『威圧』出来た事が、そのいい証拠です。

 こういう、出来る様になったからこそ出来るものという技能は、本を見たところでどうやって憶えるかの説明が少なくて困りものですね。『威圧』を使われるとどうなるかばかり書かれても、使える様に成りたい側からは役に立ちません。一番真面に書かれた物で、「己の力を高めて『威圧』する」なのですから、だからその『威圧』はどうするのかと問いたい気持ちなのです。

 尤も、使えているらしき今となっても、今一つ分からない技能である事も確かなのですけれど。神様技能を使えるならば、魔力を捧げるだけなのかも知れませんけどね?


 もう直ぐ星も見え始めるかもという頃になって、領城組が揃って姿を見せました。

 兄様達が珍しく私の前なのに不機嫌そうな顔をしているのも、続く人を見ると多少窺えますね。

 父様。和解したとも中々言い難い状況なので、どう対応すればいいのか分かりません。嫌いも恨みもしませんが、私の場所で父様の主張を繰り広げられたなら、ちょっとどうなるか分かりませんよ?

 クルリのところのファル兄さん。元冒険者で今は文官をしていると聞いていますが、何故か父様を監視している様に見えます。ガズンさん達が仲良さ気に呼び掛けていますけれど、そう言えばコルリスの酒場でも見た事が有る様な気がします?

 何故かライラ姫様。何で居るのでしょう? ファル兄様の監視対象は、父様だけでは無い様です。勿論ガズンさんの弟のリリンさんも一緒に居て、何だか良く分からない集団になっていました。


 そんな彼等と殆ど言葉を交わす間も無く、やって来たのがコルリスの酒場のマスターとその奥さん。それから棟梁を筆頭とした職人集団。

 多分、偶々一緒になったのでは無く、コルリスの酒場で待ち合わせて、マスターも一緒に来たのでしょうね。

 それこそ知らない人も多くて、追い返してしまったご近所さんみたいな人も紛れているかも知れませんけれど、取り纏める人が居るという事が重要なのです。


 そう思っていたのですけれど、その取り纏め人自身が問題でした。


「ぅおーい、なぁに辛気臭え面してんでぇ!?」

「い、いや、私は……」

「ほれ! 飲めって! 祝いの席で飲むもん飲まねぇのはいけねぇぜ?」


「来るか!? 来るか!? 来た来た来た来た! 行ったーーー!!!!」

「ぶふぉお!!」

「うぉおお、吐くんじゃねぇよ、勿体ねぇ。ほれ飲め! 飲め飲め飲め!!」


「おう、何け? 俺っちのお薦めが飲めねぇってのか? ぃやぁ~~、違ぇよな?」

「おいおい、棟梁、今日はディジーのお祝いだぞ?」

「おうおうそうけ? 祝いに相応しい凄いのが有るってか? ほぅれ、出せ! 今すぐ出せ!」


 全く、誰が、誰の、手綱を取るというのでしょう?

 私はコップと、薬草ハーゴンを手に取ったのです。


「何をやっているのですかー!! 私のお家の御披露目を酒盛りにする悪い棟梁は、これでも飲んで其処に立ってなさい!!!!」

「うおわ!? そいつは駄目だぜ、年寄りにはきつすぎるぜ!?」

「誰が年寄りだ!! ふん! これが何だ!!」


 ドルムさんの言葉に釣られて一気に呷った棟梁は、べるべる言って庭の真ん中の木の前で両腕を振り上げました。

 その頭に、ラーラさんから貰った鉢植えを置きます。


「お花見られてなさい!!」


 叱責の言葉と共に、魔力で鉢植えを棟梁の頭の上に固定します。

 丁度やって来ていたオルドさんが、張りぼて館の扉を開けたまま、驚愕で噴き出したのが見えました。

 でも、これはお仕置きです。正当なお仕置きというものなのですよ!



 それはそれとして、これでオルドさんとリダお姉さんも来たので、声を掛けた人は大体集まりましたね。養豚場のラインバルさんは来ていませんけれど、ラインバルさんからは元々行かないつもりだと聞いていました。なのでこれで全員です。

 寧ろ、星が瞬く頃となって、そろそろおいとまを考えている人も見受けられますから、飛びっ切りを持ち出すには、今を置いては有りません。

 そこで私は手を打って、お客様達の注目を集めました。


「さあさあ皆様、中々良い頃合となりましたが、漸くにしてお声を掛けた方々が揃いました。ここからが宴の本番と言いたいところでは有りますが、どうぞ周りをご覧下さい。お客様の三分の一、十人ばかりは美女か美女の卵でございます。美女に夜更かしはお肌の大敵。この場も後半時一時間ばかりでお開きとさせて頂きますので、残り少ないお時間、ご歓談しながらも締めの心積もりで、宜しくお願いいたします」


 宴もたけなわとは言いますけれど、駄弁る会とディナ姉とラーラさんが言った通りに、格式張った段取りも無く、好きに駄弁って皆さん交流を深めています。

 主催者への挨拶なんていうのも一度切りで、後は他の人と喋っていたりもするので、何の会だったかと分からなくなる程です。


 それでもお祝いの品として、鍛冶屋のラルク爺からは質のいい鉄と銅の塊を、爺さんと呼ぶにはまだ早い建具師のダイカンさんからは手で抱えられる程の箱(これは後に、様々な建具の技法を凝らした仕掛け満載の絡繰箱と分かりました)を、かざり師のグラッグさんからも同じく様々な技法で飾られた錺箱を頂きました。

 こんな技を盗めと言わんばかりの物を頂いて良いのかと思ったりもしましたけれど、弟子に成りたがる者も少ない辺境で、そんな事を気になどせんと、寧ろ技を盗まれたら盗まれたで、弟子だと言って自慢出来るわいと笑われました。

 陽気で親切なお爺さん達なのです。


 他にも、農園を開いているというゴルカ爺、宿屋組合のウコロ老、南地区でよく見回りしているヘクト爺、商業組合取り纏めのラルカ婆といった方々から、商業組合の組合員証と、領主様認可済みのデリリア領内売買許可証を頂きました。

 商業組合というのは、商人ギルドと職人ギルドが一つになったもので、デリリア領の中だけですけど加工物を売り買いするには便利な組織です。組合に入らなければ屋台を引くにも手続きなんかが煩雑ですが、手数料一つでそれらを代行してくれるのですから、個人で商売するには有り難い限りでしょう。尤も、余所の領に行くのなら、そこの商業組合の組合員証や売買許可証が要るそうですが。

 私の場合、自分の装備を調えるのが先ですが、練習で作った物なんかは売ってみてもいいかも知れません。ラルク爺もその辺りは、別に構わんよと言ってくれたのです。


 因みに、リールアさんの畑も、ゴルカ爺の持ち物らしく、クルリがリカルドお兄さんやファル兄と一緒に、挨拶に行っていたのが印象的でした。


「とは言いますものの、折角招待したこの機会ではございますが、今この時だけの飛びっ切りという物がございません。有って珍し処で黄蜂蜜のクリウジュースや、ガズンさんお土産の牙巨兎肉。ですがそこはご安心を。最後に飛びっ切りの飛びっ切りをご用意してございます」


 まぁ、そんな駄弁る会ですけれど、私が山程食材を用意した上に、ガズンさんまで巨大な枝肉を持ってきたのですから、兎に角もう食べる物が溢れています。更に言うならその食材を、マスターとディナ姉指揮の下、次々調理されていくのですから、すっかりともう食べる会になってしまっています。

 ガズンさんなんかはディナ姉の傍で、皮剥きの手伝いなんかを楽しそうにしていますけれど、ディナ姉の手伝いというのが無くても皆でわいわい手伝うというのは、実際楽しいのかも知れませんね。

 女性ばかりが手伝っている訳でも無くて、ゾイさんやグディルさんなんかも料理を教わりながら手伝っていました。


 因みにガズンさんからのお祝いの、巨大な牙巨兎枝肉は、猪熊の丸焼きに並んでくるくる炙られ回っています。ゾイさんとグディルさんからのお祝いの黄蜂蜜を塗られて、お肉の美味しさが更に引き立てられていますよ。

 塊乱蜘蛛チュルキスは背中に『美味しい蜘蛛脚です。お好きに焼いて召し上がって下さい』と看板を立てておいたら、もう直ぐ子蜘蛛が売り切れです。親蜘蛛も森狼は美味しそうに食べていましたので、食べられない事は無いのでしょうけれど、どう料理すればいいのでしょうね?

 やっている事はホームパーティでは有りますが、食材が尋常では有りません。それをして飛びっ切りでは無いと言う私の、飛びっ切りの品なのだと気付いたラルカ婆が、目をぎらぎらとさせていましたけれど、流石に迂闊に広める事など出来ませんよ?


「ですがこの飛びっ切り。危険物も危険物ですからおいそれと広める事は出来ません。親兄弟にも秘密に出来る自信が無ければ、帰り支度を始めるのが、賢い選択というものでございます。何と言ってもこの飛びっ切りの噂が広がって、私に迫る輩が居れば、折角家を建てたところと雖も、他の街へと引っ越しを考えないといけない、そんな代物でございますれば。そうとなったら居並ぶ面々の恨みを買うも必定なれば、どうぞ皆様、参加するならお覚悟の上で、宜しくお願いいたします」


 まぁ、煽りに煽ったが為か、帰る人は居ませんでしたけれど。

 本当に、秘密厳守でお願いしたいものですが、漏れる時は漏れるものと、そこは私も覚悟しておくべき事なのでしょう。

 そして、一時間なんて言うのはあっと言う間に過ぎていくものなのです。


「それでは、時間になりました。お残りの皆様は、覚悟は宜しゅうございますね?」


 期待する顔と、げんなりする顔。ちょっと、何でげんなりなんてしているのですか!?

 それはそれとして、光石の光を落とします。魔力を籠めるも抜くも光る光石なら、魔力で覆って魔力の出入りを妨げれば、一旦輝きは落ちるのです。

 そして中庭の一角、俎板テーブルの辺りだけを、魔力の光で照らします。

 そこには既に、四つ足で立つ大猪鹿の雄姿が!

 勿論既に内臓は取り除き、血抜きも済ませてそれらは別の樽の中です。

 苦労したのが背中の角と突起の保存です。死んだ後には勝手に魔力を放出して、溶ける様に宙に消える角と突起は、私の魔力で覆って魔力の放散を押し留めました。というよりも、狩ったその時からずっと押し留めていました。やっぱり生きていた時の姿を見せてみたいものですよ?

 それに役立ったのが、私の魔力を練り込んだ剥ぎ取りナイフです。二本有る内の一本を、常に大猪鹿の近くに置いて、買い物をする時にも、今朝もささっと黄蜂蜜や魚を捕りに森へと行ったその時にも、ナイフを通じて魔力を操り、大猪鹿を冷やしつつ、魔力の放散を防いでいたのです。

 中々苦労しましたけれど、今こそそれが報われる時なのですよ!


「幻の大猪鹿でございます」


 結局スカラタさん達は、王都のオークションへと向かったと聞いています。

 でしたら母様達やガズンさん達を除いて、産地で有りながらもここに大猪鹿の味を知る人は居ません。

 これこそ危険物中の危険物。魔の領域の氾濫なんて、毎年何処かで起こっている事を考えると、そんなものとは比べ物に成らない秘中の秘です。

 この街で今も私を侮る人は少なくなったかも知れませんが、それでも居ない訳では無いでしょう。寄越せとまでは言われなくても、狩り方を聞き出そうとする人はきっと出てくるに違い有りません。

 ですが私に瑠璃色狼を手放すつもりも無い以上、狩り方も教えられるものでは有りません。

 だからこれは、誰にも言えない、絶対の絶対に、秘密の秘密なのですよ。


「おい待て。何でそんな物がここに有る!?」


 オルドさんが声を上げていますが、おかしな話ですね。冒険者協会では把握していなかったのでしょうか。

 スカラタさん達が王都へ行ったとは、今日この場でガズンさん達に聞いた森での噂ですけれど、毛虫禍の最中さなかの事ですから、些細な事でも協会は把握しようとしそうなものです。

 毛虫禍の真っ直中だったからこそのものなのかも知れませんけれど。

 もしかすると、協会の書類受けに、今もスカラタさん達の書類とかが眠っているのかも知れませんね?


「実はこの大猪鹿。幻と言われていますが数が少ない訳では有りません。私が見た時にも丸で牧場の牛の様に、其処彼処に平然と出歩いていたものでございます。下手をするなら湖の傍にも。しかしそれで見つからないのは、『隠蔽』とはことわりを別とする恐るべき隠れ身の業が為すところ。見付ける事が至難。見付けたところで一撃を当てるのがまた至難。体の外に枝葉の様に伸ばした魔石の棘で、有らゆる影響を排除する力を持つ事こそ、幻と言われる所以でございます。

 この脅威の隠れん坊の覇王を現界へと引き摺り出すのは、精々が雷の直撃というところ。それでもふらつく程度で有りますれば、下手に出来ぬ話を広めたところで恨まれるばかりが関の山。誰も幸せに成れない話でございますから、重々承知の上で口を噤んで頂きます様、宜しくお願いいたします」


 言いながらも、やっと私の手元に戻って来た、私の魔力の剥ぎ取りナイフが煌めいて、大猪鹿が角を抜かれて魔石の突起を抜かれて皮を剥がれて忽ち枝肉へと早変わり。


「重々承知頂けたなら、ジュウジュウ焼いた大猪鹿の肉祭り。最後の締めに、しっかり味わって下さいませ」


 そして焼かれる大猪鹿の肉。ジュウジュウ言って焼き色が付いたところに伸びる棒箸。ゴクリと鳴らされる喉の音。


「な、何だこの肉は……程良い噛み応えが有るのに、飲み込む時はほろりと溶けていく……」

「美味しい、美味しい、すっごく美味しい!!」

「この一口が百両金……もう一口で二百両金……!?」

「野暮なこと言うんじゃねぇよ! 旨いとだけ感じてればいいんだ! あー、旨いっ!!」


 思わず言葉が溢れている人も居ますが、他の人は黙々と肉を焼いては食べています。

 大盛況っていうことですね。

 流石にこの場においても棟梁がお仕置き中なのは可哀想と、棟梁が直立する場所へと目を向けると、私はそこに良く分からない物を見付けてしまいました。

 動けない筈の棟梁が、頭の上に置いていた鉢植えを手に取って眺めています。

 暫くすると、棟梁はその鉢植えを近くのテーブルに置いて叫びました。


「分かったぜぇ!! 木の本質って奴がよぉ!!」


 あ、分かったのですね?

 私には効かないべるべる薬の恩恵に、どうやらあずかられた様です。


「嬢ちゃん! 済まねぇが、俺っちは先に上がらせて貰うぜぇ! 今ならすんげぇ作品が作れそうだかんよ!!」


 叫んで声を掛ける間も無く飛び出ていってしまいましたけれど……。

 まぁ、いいですか。棟梁は棟梁で、べるべる薬から何か得る物が有った様ですから。


 それよりも気になるのは、大猪鹿です。

 一度目の感動が過ぎてみれば、大猪鹿と雖も飛び切り美味しいのお肉には違い有りません。の、なんて言う割には普通です。

 幻と言うからには、もっと魔法の様な美味しさが広がるものと思っていた私からすると、少しばかり残念ですね、なんて思っていたのですけれど。

 棟梁を見て思い出してしまったのです。

 する方法、つい最近見付けていますよね?


 そこで私は大猪鹿の肉の一片を手に取って、さっと「活性化」を“うまい”を標的に掛けてみました。

 お肉が魔法に成ってしまわない様に、加減をしての「活性化」でしたけれど、何だかお肉が輝いている様な気がします。

 網に乗せるとジュージュー音を立てながら、此の世の物とも思えない芳香を振り撒きます。


「お、おい、ディジー、何だそれは!?」

「……大猪鹿のお肉の“うまい”に、軽く「活性化」を掛けてみました」


 涎が止まらなくなる香りです。

 こんな香りは早く処分するに限ると、焼けたお肉を口の中に放り込ん――



 ……あ、何か、つい最近もこんな事が有りましたね?

 お客様も居るのですから、飛んでいた意識を早急に立て直します。

 皆々様方、固唾を呑んで見守っていますね。

 でも、これこそ危険物という物では無いでしょうか?


「これは……これは物凄いですよ? これこそ覚悟が必要かも知れません。

 これを食べてしまえば、もうお肉の為に魔獣を狩る冒険者にしか成れませんよ。

 これはもう、美味しいお肉とかそんな物では無いですね。『うまい』です。これは『うまい』という物質です。『うまい』の存在が世に知られたら、血で血を洗う争いが起きるでしょう。

 それでも宜しければ……食べてみますかね?」


 誰もが瞬きすらしないで食い付いていましたので、大猪鹿のお肉の一塊に軽く「活性化」を掛けてから、賽の目に切って網の上に載せます。

 ジュウジュウ音を立てるのを、引っ繰り返して両面焼いて、そろそろいいかと頷けば、男衆達皆集まって、棒箸構えておもむろに、一人に一つと取り上げます。

 ……何故男連中というのは、こういう時に動作を合わせるのでしょうね?

 人獣の子を一人除いた男達は、一斉に手にした肉を頬張って、そして――


「「「「「「「「「「うまいぞーーーーーーっっっ!!!!!!」」」」」」」」」」


 口や目から、あるいは全身から“気”の光を放ちながら、雄叫びました。

 ……“気”の雄叫びは、張り巡らせた魔力では防げれていないかも知れませんね。


 怯えたのは女性陣ですが、ちびっ子二人は果敢に男連中の足下をはしっこく抜けて、それぞれお肉を掻っ攫って庭の隅でかぷり。


「にゃにゃーーーー!!!!」「きゃわーーーーーん!!!!」


 脱糞してお漏らしまでして気絶してしまいました。


 益々怯えた女性陣。トイレに並んですっきりして、戻ってきた人から、


「「「ひゃわ~~~~!!??」」」


 人には見せられない駄目なお顔で失神して、頽れていきました。


 残った私はちびっ子達の汚物を処理して、トイレの汚物と一緒に灰にして、折角トイレに行ったのにお漏らししていた女性陣の下着も合わせて綺麗にして、倒れた人を一つ所に横たえて、椅子やテーブルを普段の場所と思う所に片付けて、残ったお肉をお皿に上げて、使った食器を「流れ」で洗い厨房の中に片付けて、網や鉄板、火皿なんかは洗って火事場の隅に積み上げて、大猪鹿含めてお土産用に余ったお肉を切り分けて、自分用に残った食材をサルカムの箱に纏めてこれは厨房に片付けて、踏まれて悄々しおしおに成ってしまった庭草達に「活性化」を掛けて、そうすればほら元通り。

 一時間もすれば正気を取り戻した人も現れ始め、御披露目は必然的にお開きとなったのでした。


 まぁ、大成功と思って、良いですよね?

 これが私のおうちの御披露目の、顛末なのでございます。

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