(56)クルリライカはファンクラブの会長です。

 或る日、外の畑から戻ってきたら、そこにはディジーが待っていて、新しく建てたというおうちの御披露目に誘われた。

 お母さんはお店が有るからと渋っていたけれど、私はどうしても行きたかったんだ。




 ディジーは私の大切なお友達で、出会ったのは私がまだ学園に入る前。一番上のルアお姉ちゃんが商都の旦那様に見初められて、結婚の準備でバタバタしていた時に、お手伝いの募集に応募してきたのがディジーだったんだ。

 その時は本当に大変で、商都への遣いにアスお兄ちゃんが駆け回っていて一番の戦力が不在の中で、ルアお姉ちゃんとアリルお姉ちゃんは結婚式の準備に掛かりきりだし、カルツお兄ちゃんもライラお姉ちゃんも学園通い、お父さんは畑を見ないといけないし、お母さんは食堂と八百屋で天手古舞い。残っているのは一つ上で八歳のアルお兄ちゃんとカーラお姉ちゃん、そして七歳の私とまだ三つのミルルだけだったから、冒険者をしていたセスお兄ちゃんが暫く冒険者を休業して家の手伝いをする事にしても、全く手が回らなくなってしまっていたんだ。

 そんな中、どうにも仕方が無いと冒険者協会に出した求人の貼り紙に、応募してきたのがディジーだったのだから、子供ばかりで手が足りないのに、応募してきたのが同じくらいの子供ってのは、どういうことだろうね、とお母さんに言われて笑い合ったのを憶えている。

 でも、そんなディジーがお手伝いとしては凄い力を発揮したのだから、それもまた驚きだったんだ。


 だって、皮剥きをお願いしたら、もうそれに集中して、声を掛けても聞こえてない。一緒に皮剥きをしようとしても取り返されてしまうから、ディジーにお願いする時は、これがディジーの分と、箱を別に用意しないといけないくらいで、でも、それだけに仕事は早くて、初めは普通にナイフで野菜の皮を剥いていたのが、何時の間にか独りでに掌の中で回っている野菜にナイフを当てて、凄い速さで皮が剥かれた野菜の山を作り上げていたんだ。


 そうは言っても、結構良くお母さんから怒られていたりもしていたんだけれど。


「こらー! 幾ら早く皮剥きが出来るからって、切り屑を散蒔ばらまいてちゃ世話無いよ! それに切り屑だって使い道が有るんだからね!!」

「わわ、ご、ごめんなさい!!」


 ちっとも完璧とかいうんじゃないし、のめり込んだら脇目も振らないから、中々仲良くなる事も出来なかったけれど、お手伝いの期間が終わる頃には流石にディジーともお喋り出来る様になっていたんだ。

 ……うん。ディジーの前ではお野菜達が、シャーーって音を立てながら回転していて、木箱に固定されたナイフで今も皮を剥かれているなんてそんなのは知らないよ。それが四つも並んでいるなんて知らないから! とことん工夫したから、お喋り出来る様になったなんて、そんな事を言われたら私がさぼっているみたいじゃない。私だって、ちゃんと手は動かしているんだからね!?

 魔力を使って工夫したとか言っていたけど、ちょっとあれは真似出来ないよ。


 お野菜についてなら、私達兄弟の方が玄人なんだからと、ミルルの相手を交代しながら私達も負けじとお手伝いにはしったから、結局大人のお手伝いは追加しないままに、難無くお姉ちゃんの結婚を乗り切る事が出来たんだ。



 学園に入ってディジーと再会したら、同じ様にディジーをお手伝いに雇ったという、花屋のリューイとも仲良くなって、そこで色々話を聞いてみたら、ディジーはやっぱり花屋でも色々とやらかしていたみたい。

 例えば病気でもう駄目と思っていた鉢植えが、ディジーに掛かると何故か元気になるのだと、不思議そうに、そして楽しそうにリューイが話すから、私も一緒にディジーの話で盛り上がったんだ。


 そんな何でも出来そうなディジーだけれど、学園でも全然出来なくて困っていたのが『儀式魔法』だったんだ。

 私もリューイもまだそんなところまで進んでいなかったから、何も手助け出来なかったし、先生も困り果てていたんだけれど、「ディジーは魔法を使える筈なのに、おかしいね?」なんて言っていたら、それを聞き咎めた先生の勧めも有って手を出したのが、高等技能と言われる『根源魔術』。そしたら元から出来ていたからか呆気なく物にしたのだから、リューイと一緒にディジーらしいねと笑ってしまったんだ。


 ディジーは既に図書室の本も読破しているくらいだったから、魔術で身を守れる様になったその時点でランク十二の卒業資格を得てしまったのは少し寂しかったけれど、ディジーが自分で選んだ道を頑張っているんだからと、私とリューイは笑ってディジーを応援したんだよ。

 尤も、ディジーは『根源魔術』を憶えたからじゃ無くて、街の依頼を熟したお陰でランク十二になったんだって、言い張っていたんだけどね。



 ディジーが学園に来なくなってからも、ディジーの噂は聞こえてきて、ディジーも頑張っているんだと思うと負けてなんて居られなかった。

 だからディジーには全然敵わないとしても、少しでも早く卒業する為に、リューイと一緒に受ける講義を厳選していったんだ。


 私達の通っている学園は、大体十歳前後の秋の収穫が終わった頃か、夏の盛りのその前かのどっちかで入学して、基礎課程で二年、専門課程で二年の、平均すると四年位で卒業になる。

 そうしている理由も基礎課程で教わった。

 入学が十歳前後としているのは、余り幼い子供は直ぐに死んでしまうから、幼い内は家庭で面倒を見るようにというのが一つ、学園は最低限の一般常識と、独り立ちする為のランク十二に至る手助けをする場所で、託児所でも無ければ遊び場所でも無いと言うのが一つ、その上で、個人の資質や家庭の事情も有るから、幅を持たせているのが一つの、三つの理由が有ると聞いている。二つ目ばかりは、私営の託児所が別に有ったりもするんだけどね。

 入学の時期が別れるのは、冬は農家の手が空くけれど、夏は夏で猛暑と嵐が凄まじいこの辺りの事情も有って、選択出来る様にしてるんだとか。一年先まで追い付くのと半年分追い付くのとでは大変さが全然違うから、飛び級を簡単に出来る様にする為というのも有るんだろうけど。


 基礎課程で学ぶのは、読み書き算術といった知らないと生きていくのが厳しい事柄が一つ、法律やラゼリア王国の成り立ち、他国との関係や種族による禁則事項等の、知らないと犯罪に問われたり、或いはそのまま無礼討ちされてしまいかねない事態を回避する為の社会の常識が一つの、概ね二つの事柄がある。

 試験に合格して知識が身に付いている事を示せればいいから、ディジーみたいな本好きは即行で試験を受けて合格を貰っていた。飛び級試験は一発合格が基本だけれど、普通に基礎課程を受けての試験には再試験も有るから、基礎課程で留年する人は余り居ないんだって。

 ラゼリア王国では、学園の基礎課程で学ぶ事は、知っていなければならない事とされていて、忘れてしまうのは仕方が無いとしても、知らない事、知ろうとしない事は犯罪と同列に扱われるから、そういう意味でも基礎課程を修了しないままというのは無いんだって。修了出来ないままに逃げたりしたら、指名手配されたりもするというから、ちょっと怖いね。


 専門課程は少し毛色が違っていて、自活出来る力が有ると認められるランク十二になるのが目的なんだ。

 実際に街で活躍している人々を講師に招いての講義だから、内容だって色々で、昔はお父さんとお母さんも、農業と食堂経営で講師に呼ばれた事が有るんだって。

 大抵の場合は冒険者の人が教えに来る体術訓練や、結局ディジーは諦めた魔術訓練。商人を呼んだ講義では、受講料と言って用意させた小銭で実際に買い物をさせて、その時のお金の動きから仕入れの予測や利益の計算なんて講義をして、ほくほく顔で帰っていった人も居るみたい。

 卒業の条件にもなっているランク十二は、神泉ルルカリスの異名を当てられていて、デリリア領内の移動は出来るけれど、領から外に出ることは、ランク八以上の人が引率してくれないと出来ない事になっている。でも、誰かに引率して貰えれば他領にも行く事が出来るのだから、専門課程は必須では無いといっても卒業を目指す人が大半みたい。何処かで働くにしても、ランク十二以上かどうかで全然条件が違ってくるから、やっぱり卒業はした方がいいんだって。


 ディジーが目指しているのは、街や街道での税金も免除されるというランク六で、異名は宝塔シリアズレンテ。ランク八相当の小鬼ゴブリンを単独で討伐出来ればランク六と言うけれど、小鬼ゴブリンは群れを作る事を含んでの話だから、かなりの力量が必要なんだって先生は言っていた。

 だってそれは、ただ突撃すればいいんじゃなくて、戦っている最中にも背後とか周りに気を配って、待ち伏せや罠にも注意しなければいけないという事なんだから。

 一人でそれが出来て、やっと一人前の冒険者という事なんだって。そういう一人前の冒険者が街道を行くという事は、道中の危険な魔物が討伐されて安全になるという事だから、治安維持への貢献から税金も免除されているんだって事みたい。


 私の場合、デリリア領から出る事なんて無さそうだから、ランク十二で十分だ。領の外に出る事が有ったとしても、護衛を雇わないなんて考えられないから、やっぱりランク十二で必要な条件は満たしている。

 でも、より安全を心懸けるなら、ランク十は欲しいところ。ランク十なら獣の群れに襲われても、きっと戦う人の邪魔にならないでいられるから。

 だから、戦闘訓練も少し取り入れて、それ以外は何でも出来る様に満遍無く。いつか何処かにお嫁さんに行くのなら、何でもそれなりに出来ないと、選べる未来も選べない。


 リューイは魔の領域にもお花を採取に行きたいから、最低ラインがランク六とか言っている。結構無茶を言ってる様に思うけど、だから戦闘訓練が濃い目にがっつり。今は毎朝体力作りにと走ってるんだって。


 そんな感じに飛び級合格した基礎課程の空いた時間から、次期に受ける予定だった残りの基礎課程を先取りして、それも終われば専門課程をと、ディジーに倣って進んできた。

 そんな私達だから、飛び級をする大変さは充分に知っている。ディジーがたった一年で学園を卒業したのが、どんなけ凄い事だったのかも知っている。

 そんなディジーを嫌う人達の言い分が、どんなけ薄っぺらい言葉なのかも。


 学園で半年も過ぎる頃には、ディジーを嫌う人達が少しずつ増えてきていた。

 付き合いが悪いというのも分からないでもないし、記憶持ちのずるっ子だと言われたら、そういう事も有るのかも知れないとも思うけど、見下しているとかそういうのは違うと思う。これを言えば余計に怒り出すのかも知れないけど、多分ディジーは興味が無いだけなんだから。

 ディジーは、こうと決めた事に対して、のめり込む様に集中する。そしてそれ以外は目に入らない。多分ディジーは、学園に入る前よりもずっと前、お野菜の皮剥きをしていた時より更に前から、冒険者に成る事を目的にして、それにのめり込んでいる状態なんだ。

 だから、学園に来ているのも、きっと冒険者に成る為に必要だから来ているんだ。


 そこが他の学園の皆とは違うところ。

 学園の皆は、そこまで学園そのものを、手段とかそんな感じに割り切って考えたりなんてしていない。きっと、友達が居るから学園に来るんだっていう子が大半だ。

 そこのところは、仲間だとか協力だとかいうのがすっかり抜けているディジーをどうかと思う時も有るけれど、きっと学園を卒業して直ぐに冒険者としてやっていこうと思うなら、きっとそれぐらいの思い切りが必要なんだ。

 だって、学園にはディジーと同じく冒険者を目指す子も結構居るけど、準備も覚悟もディジーと違って丸で足りている様には思えないんだから。


 冒険者に成ると言うけど、その装備はどうするの?

 森で魔物に会った時、そのナイフで本当に殺せるの?


 ディジーは街を駆け回って、お手伝いで資金を集め、養豚場で解体まで憶えて、着々と準備を進めてきた。

 『儀式魔法』が使えないと馬鹿にする人は多いけど、そんな事が関係ないくらいにディジーは先を行っている。やり過ぎじゃないって思う程に。

 先を行かれているのが分かるから、やっかんだりするのかも知れないけれど、人の足を引っ張ったところでランクが上がる訳でも無ければ、人を見下してみたところで偉くなれる訳でも無いのに。

 何より冒険者って、他の仕事とは違って魔物と命の遣り取りをする、それこそ命懸けの仕事なのに。


 だから、そんな人達が、ディジーの事を貶めていても気にしない。ディジーはそんな事は気にしないから。

 その人達が学園でディジーを見なくなって、辞めさせられたんだとはしゃいでいても構わない。だってディジーが卒業した事なんて、調べれば分かる事なのに、知らない儘に都合良く考えて、燥いでいる事自体がディジーの下だと示しているのだから。


 ディジーはそんなのに構わずに前に進んで、とっくに先へと行っている。

 私達もその後を追い掛けて、それぞれの道を行くんだ。



 ディジーの居ない学園生活で、リューイと二人一緒に居ると、時々視界の隅に視線を感じる様になった。

 リューイと二人、何だろうねと話していると、或る時、私達の前に違うクラスの女子が現れたんだ。


「会長さん、ディジーちゃんはどうしたの?」


 おどおどして目を合わそうとしない、大丈夫かなと思う子だったけど、時々合う目に籠もる力が尋常じゃ無かったんだよ。


「ディジーちゃんなら、もう卒業したよ?」


 リューイの答えに目を丸くしているけれど、皆はディジーが卒業資格を得たのを知らないのかな? そう思ったんだけれど、でも考えてみれば、調べれば分かる事だけど、それは調べないと分からないって事で、そして調べるとしたらいつも一緒に居ていた私達に聞くのが、確かに初めの取っ掛かりとしては真っ当なのかも知れないね。

 でも、そんな事より、私は不思議なその言葉が気になってしまっていたんだ。


「会長って何かな?」


 そんな事を言いながら首を傾げた私の目の前で、おどおど女子が口を開くその前に、突如現れた清楚系黒髪少女がおどおど少女の口をがっつり塞いで、そのまま引き摺って去って行ったんだ。呆気に取られて見送った私達だったけれど、結局その二人は暫くしてから一緒になって戻って来たんだよ。


 彼女たちは、隣のクラスのキーランとリーン。

 キーランは、学園で乱暴な男子に苛められていたところを、通りがかったディジーに助けられたと言っている。その助け方が、乱暴する男子を、邪魔な落とし物を道の端に除ける様に、面倒そうに紐で縛って放置していったというのだから反応に困るよ。

 肉屋のリーンは、私達に近い様で、少し遠い。肉屋をしている家の手伝いが嫌だったリーンは、ディジーが代わりにお手伝いに入ったお陰で、助かったと言っていた。なぜ家の手伝いが嫌だったかと言えば、女の子らしくいたかったリーンには、どうしても体に染み付いて取れない血と汚物の匂いが堪えられなかったんだって。それを、すっきり落としてくれる薬湯の作り方を、父親を通して教えてくれたのもディジーなんだって。

 それで学園でもディジーの事を観察していたみたいなんだけど、途中から二人で意気投合して、ディジーリアファンクラブを立ち上げたんだとか。

 と言っても、今のところ会員は四人だけ。四人ということは他にも居るのかと思ったら、私とリューイが何時の間にか会長と副会長にされていたみたい。

 間違っていないからいいかと笑い合って、私達は友達になったんだ。


 でも、ディジーの隠れファンは思いの外に多かったみたいで、特にファンクラブとしての活動なんて何もしていないのに、直ぐに新しい仲間が増えたんだ。

 地味で目立たずを信条として、じっと人間観察をする男子、ジンク。彼は、街で乱暴者に絡まれていたところを、ディジーに助けられた口だった。

 何処から情報を集めたのか、キーラン達と友達になった次の日に、仲間になりたいとやって来た。

 他にも続々と。リューイがリーンと一緒になって、会員証なる物を作って配ってた。


 会員曰くの、会長のクルリライカ、副会長のリューイッカ、狂信者のキーランネイ、参謀のリーンライム、観察者のジンキック。この五人が中心となって、ファンクラブは回っていた。

 ……なんか変な二つ名が混じっているけど。

 私は会長で良かったと思ってたけど、リューイは何か悔しそうだったね。


 ファンクラブの活動は、ディジーの噂の共有ばかりで、やっぱり目立った活動なんてしていない。寧ろ目立った活動に出たがる仲間達の愚痴を聞いて、宥めるのが会長と副会長の仕事だった。


「あいつら、ディジーちゃんがいないからって、好き勝手ばっかり! 腹が立って腹が立って仕方が無いのー!!」

「うんうん、でも、ディジーはそんな事気にしないよね? 相手をしても面倒なだけだよ? 放っといて、ディジーみたいに自分を磨かなきゃ」


 何かそんな感じに遣り過ごして、その分私達は自分に磨きを掛けていったんだ。

 でも、そんな風に自分を磨く事をしていると、それを邪魔しようとするのが出てくるんだ。中には私達の仲間に粘着して、心無い言葉で追い詰めようとする人も居る。

 ディジーの悪口を言う人と大抵の場合は同じで、それで、ああ、この人達はこういう人達なんだと理解したんだ。

 家の食堂でなら、お母さんに張り手でぶっ飛ばされる様な相手。真面に相手をする意味の無いごろつきと同じ。仕事もしないで酒場の隅で声ばかり大きい人達と同じだ。

 ディジーなら、そんなの相手にしないで済ませている。でも、私達にはどうしても邪魔になる。一人で排除するのは大変でも、十人で対処すれば邪魔をさせずに処理出来る。ディジーに倣って、縛り上げて放置しよう。


 そんな事をしていると、丸で目立ったところは無いのに、ファンクラブの勢力が、どんどん大きくなっていってた。

 学園の二割と言えば、結構な大勢力だよ。

 そんな大人数で、こっそりディジーの噂を集めながら、その内容に触発されて負けじと自分磨きをする私達。私も含めて、仲間の中には飛び級した授業を受ける子も増えてきた。

 そこで私達は、学園の中でディジーを嫌う人が居るもう一つの理由を知る事になったんだ。


 飛び級と言っても、籍は元のクラスに置いているから、講義の時間だけ足を伸ばすだけだけど、その先で歓迎された事が無い。学園は飛び級を推奨しているし、飛び級がし易い制度も整えている。それに上級生と言っても年上とは限らないし、下級生にも大人の人が混じる事も有ると聞くから、年齢的には気にする事は無いと思うのだけど、追い付かれて追い抜かされていくのには、また違う強い抵抗が有るのだと知る事になった。


「そういう事なら戦争だぞ!!」


 事有る毎に戦争戦争と煩いのは、冒険者の家に生まれたダズロンズとはジンクの調べだ。

 既に冒険者となって森での活動を始めているとの噂だけど、学園を卒業出来ていないという事は、ランクが十二に届いていないという事だ。

 なのに何故か一番威張っていて、そしてディジー排斥の急先鋒もまた彼だった。


「何だろね、あれ?」

「知らない。ディジーちゃんの敵は死んじゃえばいい」

「……キーランったら、もう」

「でも、邪魔ばかりしてうざいよ。勉強もしている様に見えないし、特訓だって御座なりで、何しに来てんだろ」


 普段喋らないジンクまでが愚痴を溢すのは、放っておいてくれたらいいのに、余りに粘着質な嫌がらせが続くからだ。

 でも、何故目の敵にされるのか、その理由が分からない。

 ディジーを嫌うのは、同じ冒険者を目指す者として、あっと言う間に追い抜かされていったのに苛立ちを感じているのかもと思えば、分からないでも無い。

 でも、私は八百屋の娘で、多分食堂か農家に嫁に行く事になる。お姉ちゃんみたいに誰に見初められる事になるかは分からないから、或る程度何でも出来る事を目指している。

 リューイは花屋の娘で、農場を借りて大規模に花を栽培する様な事を言っているけれど、こんな僻地で商売としては難しいだろうなって思う。

 キーランは良く分からない。ディジーを追い掛けて冒険者に成るというのも有りそうだけれど、それよりも大人しく家の仕事を継いでそう。

 リーンは、嫌だけれど家の肉屋を継ぐのだと言っていた。

 ジンクは文官だ。今もファンクラブのメンバーを部下に使って、街でディジーの噂を集めている。

 そんな私達が飛び級してきたところで、冒険者としての矜恃が傷付く訳が無い。

 ただ追い抜かれるのに憤慨しているのだとしても、それならとっとと卒業出来る様に手を尽くせばいいのに、どうして嫌がらせに繋がるのが謎だ――


 ――なんて、其処迄考えて、むかついたから嫌がらせをしたというのも有るのかな、とリーンが口にした事から、皆そこに思い至ったんだ。


 多分、ディジーと居たから、ディジーの考え方がちょっと移っていたりするんだ。

 目的が有って、それを叶える為にやるべき事が幾つも有って、それを一つ一つ解決していかなければいけないんだって。

 ディジーがそうやって街を駆け回って資金を貯めて、装備を作る材料を集めて、『根源魔術』を身に着けて、当然体を動かす訓練だって真面目に取り組んで、そういうのを見ていたからこそ私達には分かるけど、分からなかった人も居たりして、それがこういう人達なんだと思い当たった。

 何をしたいのか分からないって、そう思っていたけどそうじゃない。何をしたいのかと言えば、むしゃくしゃしたから当たり散らしたいのであって、その結果どうなりたいのかと言えば、相手より自分が上だと実感してすっきりしたいのだ。そしてその先が無いんだ。

 私達は、ディジーに教えられて、私なら何処にお嫁さんに行ってもやっていける力をつけた自分になりたいから、リューイなら凄腕のお花探索者ハンターとしての自分になりたいから、今学園で知識と技を身に付けようとしているんだ。

 結果を考えずに感情のままに行動する人の事を、求める結果から今の行動を決めている視点で見ても、理解出来る筈が無かったんだ。


 それが分かってしまえば後は単純で、分かり合える余地がどこにも無いのならと、私達は大いに先生を頼った。元より周りは上級生ばかりで、いつもの様に縛り上げるのは余計な波紋を広げそうで、そこは大人しくしといたんだ。


 本当のところを言うと、二年生になった春の頃から、ディジーの様子が掴めなくなってて、それどころじゃ無かったっていうのも有るんだけれど。

 春頃から始まったその傾向は、秋になる頃には私達ではディジーの姿を全く捉えられなくなっていて、そこに父親との不仲の噂だとか、冒険者に暴言を吐く父親のとばっちりでディジーが嫌われてるなんて噂が聞こえてくるから、皆余裕なんて無くしてしまっていて……。

 ちょっとした切っ掛けで爆発してしまいそうな仲間も居たから、そこを含めての穏便な手段だったのだろうとも思ってる。


 私の家の食堂には来ているらしいから、元気にはしているみたいだけど、皆ディジーを心配して、冒険者協会周りの情報収集の密度を上げたのが冬の頃。

 遅蒔きながらディジーの家出を知って慌てたのと、同じくディジーの冒険者としての門出を確認したのが春の頃。

 そして直ぐに、冒険者の間に広がるディジーへの悪評の一部に、ダズロンズが関わっている事を知って、そしてとっちめないとと思っていたんだけど……。

 そのダズロンズが何日か学園を休んだ日から、鬼族の氾濫が明らかになって、激動の日々が始まって、ディジーの情報なんて何も拾えなくなってしまって――。

 学園は変わらず授業が行われているのが凄いなあと思いつつ、何でだかディジーが毛虫殺しと呼ばれている事は突き止めたけれど、だけど、そこまでだったんだ。

 だって、やきもきしている内にあっと言う間に日々は過ぎて、ディジーがとんでもない手柄を立てて街まで凱旋しながら帰って来たんだから。


 正直、ディジーが遠い所に行ってしまった様な寂しい気持ちも有ったんだけど、生誕祭の挨拶をするディジーを見て、そんな気持ちも何処かに行っちゃった。ディジーからは一時いっときの張り詰めた感じが消えていて、漸くディジーは成りたかった冒険者に成れたんだって、その時私は分かったんだ。



 心の中でディジーを応援しつつ、続く学園生活。

 でも、その中でダズロンズが益々おかしくなっていた。


「親友に愛想を尽かされたらしいね」

「あいつうざい。いい気味」

「今、ディジーを貶めようとしても、きっと無理なのにね」

「だから死んじゃえばいいのに」


 荒れるダズロンズに呼応するかの様に、キーランの発言が過激になっていくから、私達は戦々恐々として、そして一計を案じたんだ。

 それは、ファンクラブの活動が、先生達の信頼を勝ち得ていたから出来た事。

 そして、ダズロンズが収容所送りにされる限界に来ていた事から認められた事。


 そう、ダズロンズは、少数の仲間と一緒になって、平気で年少の子にも暴力を振るう、手の付けられない暴君になっていた。

 それはもう犯罪と同じ扱いで、既に何度も警告されていて、でも、本の少しの救済処置として、収容所と呼ばれる矯正施設が有るんだって事を初めて知った。

 なら、それに任せてしまうのも一つの解決だとは思ったのだけれど、結局私達は初めの選択通りに進める事にしたんだ。


 それは、戦争法、あるいは決闘法と呼ばれる法律だ。

 組織の間でなら戦争法、個人の間でなら決闘法となるその法律には、両者の間で予め合意した方法により勝負をして勝敗が決した際は、予め取り決めた内容に両者従う事、といった事柄が定められている。

 ダズロンズが分かって口にしているのかは分からないけど、戦争だと口癖の様に言っているのを上手く誘導すれば、戦争法に乗せた上での報復が出来ると考えたんだ。


 勿論、こんな事をディジーはしないだろうっていうのは分かってる。でも、ダズロンズに係わって心を傷つけられた子も居る中で、後輩達に自信とか勇気とかを取り戻させたかったんだ。


 相手は乱暴に慣れているんだから、勝算なんて本当なら有る筈無いと思うけれど、でもダズロンズの様子を見ていると、負けるとも思えない。そんな事も、私達の決断を後押ししたんだ。

 しっかり準備を調えて、頭を使えばきっと勝てる。

 この諍いを下したならば、私達にとってもいい経験になる筈なんた。


 場所は校庭の真ん中で、其処までおびき出す為に、演技派の後輩に作戦を伝えて協力を依頼したんだ。

 校庭の外周で遊んでいる子供達は、ファンクラブの仲間達。それに加えて、今迄ダズロンズ被害に遭った子供達。

 何故か校庭で遊ぶ子供達が、皆棍棒を持っていたり背負っていたりするのが笑えるポイントだ。


 そんな、完全に網を張った状況の中に、足を縺れさせながらまろび出てきた後輩の姿。周りが見えていない焦った表情で、怯えた気配を滲ませているけど、あれが全部演技なんだから恐ろしいね。

 その証拠に、リーンが校庭の真ん中で後輩の方を向いて待ち構えていた事に、苛立ちの混じった表情を見せていた。

 罠はまだ閉じていないのに、迂闊なリーンにこのへぼ役者とでも言いたそうな、そんな苦々しい表情だ。

 後輩の望みは、いつかディジーと一緒の舞台に立つ事だったりする。ディジーは役者という訳でも無いのに、ファンクラブにも色んな人材が揃ってきたね。


 そして、後輩の後を追い掛けて、校庭に踏み込んできたダズロンズ達。

 走ってきた後輩を抱き止めて、そして背後に隠したのが、いけ好かない飛び級の糞ガキと気が付いてからは足を緩める。

 余裕を見せ付ける様に、歪んだ顔にニヤニヤとした嗤いを貼り付けながら、ふへぇとか、ふはぁとか、鼻息とも吃逆しゃっくりとも付かない気持ち悪い音を立てながら、大股歩きで迫ってくる。


「うわ、気持ち悪い」

「何で顔を歪めて百面相しているんだろう?」

「顔芸??」


 思わず溢してしまった感想だったけれど、真面目にやれと後輩が抓るから、リーンが小さく呻いていた。


「ふはっ! 誰かと思えば飛び級している秀才様達じゃねぇか。は! 目障りなんだよ! 全員纏めてぶち殺してやる!」


 ……ちょっと唖然としてしまった。

 色々と想定と違っていて、皆咄嗟に言葉が出て来ない。

 声を記録する、再音の魔道具はちゃんと起動しているから、“戦争”の条件を満たさなくても、もう何て言うかダズロンズ達は終わりなんだろうけれど、私達の手で決着を付けたかったのに、ここからどう進めればいいのか分からなくなってしまっていたんだ。


 そんな空気を打ち破ったのは、若干呆れた様な雰囲気を滲ませた後輩だった。


「ふんだ! 威張ってもあんたなんて大した事ないわ! 本当に凄い人が、学園に居残ってる訳無いんだから!!」

「何だどごらぁああ!! 戦争だぁあああ!!!!」


 おかしくなっているダズロンズは、その挑発に乗って、既に断定口調で戦争だと叫んでいる。

 でも、その言葉で想定していた流れに戻り、リーンも自分を取り戻す事が出来たんだ。


「な、何が戦争よ! あなた達が一方的に乱暴しているだけじゃない! あなた達こそ怪我をしたって知らないわよ! でも自分の怪我は自分で治療費を払うことね! こっちはきっちり被害を受けたらその分だけあなた達に請求するけど、それでもいいならあなた達と私達の仲間との戦争、受けて立ってあげてもいいわよ!」

「好きにしろやボケがぁああ!!」


 了解とも取れる言葉を叫びながら、ダズロンズが飛び掛かってきた時に、既に勝敗は決まっていたんだ。

 本当は勝敗が決まってからの条件も定めるものだけれど、少なくとも治療費を集られる心配は消えて、私達と彼等との戦争は成立していたんだから。


「死んじゃえー!!」


 隠し持っていた棍棒で迎撃するキーランは本気だった。

 完全に急所狙いで、頭を狙って振り下ろしていた。


「掛かれーー!!」

「「「わーー!!!!」」」


 校庭で様子を伺っていた仲間達も覚悟を決めていた。

 騎士志願でも無いのに、命を懸けた戦いに赴く真剣な目付きで突撃していた。


「「「「うわぁあああ!」」」」


 覚悟なんて一つも無かったのはダズロンズとその仲間達だけで、あっと言う間に打ち倒された後は、棍棒で滅多打ちにされていた。

 キーランだけは本気で命を取りに行っていたから、リーンが何とか押し留めていたけど、他の仲間は流石に急所は狙えなくて、でもその分手足がぐちゃぐちゃの無惨な状態になっていた。

 それも、回復薬で何とかなると分かっているから出来ることで、その回復薬だって彼等持ちだ。


 やり過ぎだと皆して先生には叱られたけれど、私達は力を合わせて一つの事件を乗り越える事が出来たんだ。



 そんな私達の結束を固める出来事も有った訳だけど、生誕祭も終わって落ち着くかと思ったのに、ディジーの情報はさっぱり掴めなかったんだ。

 噂ばかりは聞こえてくるけど、『破城鎚』とか『丸太乗り』とか良く分からない二つ名だったりして、食堂でお手伝いしている時に聞いてみてもやっぱり良く分からない。

 丸太に乗って空を飛んでいるって、何の事だろう?

 ジンク達の調査も芳しくないみたいで、どうも冒険者協会そのものに立ち寄っていないみたい。

 そんな中で、久々に会ったディジーからのお誘いだったから、絶対に行きたかったんだ。


「うん! 分かったぁ! 皆にも言っとくね!」

「皆はいいよ! そんなに一杯は入れないから!!」


 折角の機会なんだから、ファンクラブの皆も一緒にと思ったけれど、それはディジーに断られちゃった。ディジーの知らない子が殆どだから、当然の事かもと後で思ったりもしたけれど。

 ディジーからお誘いを受けた事を学園で報告して、羨ましがられながら当日を迎えたら、結局アスお兄ちゃんも付いてきてくれる事になったけれど、何となくアスお兄ちゃんの思惑はリューイのところのラーラお姉さんに有ると思う。だけど、お花屋さんをしているラーラお姉さんをお嫁さんに貰うのは、難しかったりしないのかな?

 でも、そうなったらリューイが親戚みたいになって、何だかそれも楽しそうだね。


「私、南地区は初めてだわ」

「学園とは真反対に有るんだね」


 そんなことを話しながら、リューイと一緒に手を繋いで、見慣れない迷路の様な街並みを抜けた所に、ディジーの家は在ったんだ。

 街壁のアーチと一体になった門構えが、何だかすっごく立派で吃驚した。それだけじゃ無くて、透かし模様が絵になっていたりしたから、リューイと一緒に大騒ぎしていたら、ディジーが迎えに来たんだよ。


 それからアーチを潜ったら幻想的に足下が輝いて、アーチを抜けたら御館の威容に圧倒されて、御館の中に入ったら、あれ? と思う短い廊下で直ぐに中庭に出ちゃった。

 泥棒除けの張りぼて館と言われたけど、ディジーの発想はとんでもないよ。


 それから後も、でっかい蜘蛛には吃驚した。

 やって来たのが、セスお兄ちゃんの親友のガズンさん達だったのにも吃驚した。

 そのガズンさんの仲間のドルムさんが、孤児院に手紙を送りたいなんて無茶振りをしてくるのにも吃驚したけど、ディジーが面倒そうにしながらも、ナイフに手紙を括り付けて、空に投げ飛ばしたのにも吃驚した。

 暫くしたら、ナイフが返事の手紙と一緒に帰って来たのにも吃驚してたら、言い出しっぺのドルムさんまで吃驚してた。

 暗くなってきたら、光を宿し始めた中庭の木にも吃驚したし、やって来るお客さんが有名人ばかりで、その内姫様までもやって来たのには本当に吃驚したし、セスお兄ちゃんまで来たのにも吃驚したよ。

 そして最後に出て来た凄いお肉。私達よりも、有名な偉い人達の方が吃驚していたから、本当に凄いお肉なんだと思っていたら、食べてみたら吃驚。本当にすっごく美味しくて吃驚した。

 最後の最後のお肉だけは本当に分からない。“美味しい”が現界を越えちゃっていて、お口だけじゃ無くて体中が美味しいを訴えてて、訳が分からなくなって、気が付いたら中庭の木の下に皆と一緒に寝かされていたんだ。


 辺りはすっかり片付けがされていて、軽く寝ていたからかも知れないけれど、このまま帰るのは惜しいと思っていたら、ディジーが、お泊まりしてく? と誘ってくれたんだ。

 勿論リューイと二人こくこくと頷いて、お兄ちゃん達もいいよと言ってくれたから、そのまま私達はお泊まり会になったんだ。


「友達とお泊まり会って初めてですねぇ~」


 何だ彼だとディジーが嬉しそうにしているから、私達も嬉しくなって、お風呂で一緒に洗いっこしたり、ついつい燥いじゃったりしたんだよ。お湯に浸かるお風呂には初めて入ったけど、あれはすっごいほかほかになるね。


 張りぼて館とディジーが呼ぶ、すっごい御館の二階の部屋で、隣の部屋からディジーがベッドを横倒しにして運んできたら、それを並べて調えて、ディジーと一緒に並んで寝たんだ。

 ディジーが居なくなってからの学園のこととか色々お話ししたんだけれど、流石のディジーもファンクラブが出来ていたことには吃驚していたよ。


 そんな夜も明けてしまえばまた学園が始まるから、ディジーに大通りまで送って貰って、そこから家に帰ったんだ。

 本当に、皆には一杯土産話が出来たんだよ。お肉のことだけは内緒だけどね!

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