(57)何を御披露目されたのか俺達には分からない

 ちょいと、俺っちの話を聞いてくれよ。

 馬鹿な馬鹿な俺っちの話をよぉ。



 俺っちは、生まれはデリリア領も王都寄り、ラインズの街で船大工の家で育ったんだがよぉ、舟の上に載せる屋形の余りのしょぼさに嫌んなって、実家を飛び出した足でそれなりに名の有る家大工の弟子んなって、すっかり家大工に嵌まっちまったらそっから独立しても各地を転々と渡り歩いて、今迄生きてきた訳よ。

 俺っちの根底に有るのは、やっぱ真面な家を作りてえって想いでよぉ。それには木がしっかりしてないといけねぇてんで、それでこの街に流れ着いたって訳でぇ。


 各地を巡ってその土地土地の木組みなんかも知ってっからよ、それに手を加えて一番いいって遣り方も見出してよ、これで俺っちもそこそこの家大工になれたと思ったが、其処までだった。


 やっぱ悪いことはするもんでねぇな。若ぇ時に馬鹿やった付けが、今になってやって来やがった。粋がって毒煙吸ってぶいぶい言わせてたつもりだったが、毒煙はやっぱ毒だったってこった。

 人種族が二百歳まで生きるってーが、そいつぁ魔力の助けが有ってのこった。毒煙の毒は魔力の通りを詰まらせる。気が付きゃあ、体の自由が利いてねぇ。せめて動ける間にと、弟子を募って覚えた技を叩き込んだが……。

 顔馴染みには粋だろなんて誤魔化しながら、その実治療の為に水煙筒を薫らせて、痛み止めに酒をかっくらう日々だ。先が長くねぇのは分かっていた。


 それでもまぁ、満足はしていたんだぜ? それなりにしっかりした家を建てられる様にも成ったし、暇に飽かせて書いた手引書は家造りの教本にもなってらぁ。一人の職人が成し遂げる成果としては中々のもんだ。


 だからまぁ、後は悠々自適の生活と決め込んで、弟子の成長を見守るばかりだったんだなぁ。

 材木問屋と間違えてやって来たチビ助に、適当に板っ切れを売ってやったり、自分で自分の家を建てるなんて無謀を言うのを適当にあしらったりしながらよぉ。

 ま、そういう奴が拘りを持ったりしたら、次の世代の大工にもなろうってもんだと思いつつ、芽生えを見る事は叶わねぇだろって思いながら種を蒔いていた訳よ。


 そういう気の長い遊びをしていたつもりだったが、いつの間にか大きく……いや、大して大きくは成ってなかったが、あのチビ助が街の英雄なんざに成りやがって、戯れにしてやった約束を持ち出して来やがった。

 チビ助が家を建てる頃にゃあ俺っちは居ねぇもんと思ってたんだがなぁ。


 隠居爺の気楽さで付いて行けば、またぞろ厄介な土地でよぉ。貰うにしてももっとましな土地が有らぁなと思ったが、ここがいいとのたまいやがる。こいつぁ何か有るぞと探ってみりゃあ、とんでもねぇ場所の壁ん中に巣ぅ作ってやがった。

 こういう遊び心は嫌いじゃねぇ。


 試すつもりで正規のお代を告げりゃあ即答しやがるし、後で持ってきた模型は馬鹿みてぇにいい出来だった。

 こういう奴にゃあ、初っ端から正解を教えるよりも、自分でやらせる方がいい。そう思って俺っちが経験から得た答えでなくて、知る限りの知識を詰め込んでみればよぉ、出来上がりは同じでも丸で違う遣り方で再現しちまいやがって、全く魔術ってのはああも融通が利くもんだとは知らんかったぜ。

 挙句の果てに森から運んできたのがサルカムの木たぁ恐れ入った。


 サルカムの木で御殿を造るなんてぇのは、まぁ家大工の常套句の様なもんで、現実的で無い最上級の仕様だな。

 金に糸目を付けねぇから良い家を作れと言う奴原を黙らせるのに、お定まりの文句だったんだが、地でそれを造ろうとしてやがる。

 無造作に積んだ丸太の一本売り払うだけで、同じ重さの金に化けそうなもんなんだがなぁ……。


 伐ってきたばかりのサルカムの木が、いい具合に乾いているのも分からねぇが、鋸を使った訳でもねぇのに、押し当てた手で掴むだけで仕口の部分がぱこりと外れるのはありゃ何だ?

 鑿の入れ方や何やかやにも技が有るのをこうも無視されちゃあ、頼られた身で面目も立たねぇが、けどよ、これは大工の技じゃねぇ。


 …………いや、こいつで家を建ててる限りゃあ、これも大工の技なんだろうなぁ、えい、こん畜生め! いや、分かってんだぜ? こいつぁ新しい大工の技で、取り入れりゃ大工の世界も様変わりするってな?

 でもよ、今や英雄のチビ助嬢ちゃんは、別に大工を志してる訳じゃねぇ。嬢ちゃんがこの技を広めるなんて、そいつも、ねぇ。

 だからと言って、俺っちの弟子じゃあ、まだ真似も出来るもんじゃねぇ。俺っちが見て取って、再現せにゃあならんってのに、体が言う事を聞きゃあしねぇ。


 毒煙吸いの患いってのは、魔力が詰まって流れなくなった体の一部だけが、臨終間際の死に懸けになってる様なもんよ。体を動かすにも無理がありゃ、魔力も上手く練り込めねぇ。

 馬鹿やった付けがこうも大きかったのかと、痛み止めの酒に別の理由が紛れ込めば、馬鹿な飲んだくれの出来上がりだ。

 だからと言って嬢ちゃんは俺っちの弟子……とも言えねぇが、少なくとも教え子には違いねぇ。教え子に当たるなんざ以ての外だ。それに愚痴を言うのも一流の職人たぁ言えねぇだろうよ。

 せめてしっかり見届けねぇとよ、と思い至って、訪れてみれば、見てくれはもう立派な御屋敷よ。


「おーい、まだ御披露目は出来ねぇのけ?」

「えっ? 御披露目ですか?」


 聞いてみりゃ、御披露目すら知らねぇんだから、参っちまうが、其処はけじめとしてやっとくもんだと思っていたら、三日後にやると言ってきた。

 そりゃそうだ。人に建てて貰う家じゃ無く、自分で自分に建てる家なら、何かしら気になる度に手を加えて、終わりなんて来る訳がねぇ。

 ちょっとばかしいい区切りを付けてやった気分にはなったが、そんな事しか出来ねぇ自分に気が塞ぎ、浴びる様に酒を飲んだその席で、うっかり知人に口を滑らしちまったのは戴けねぇ。嬢ちゃんも折角の御披露目に、煩いばかりの爺婆に来られても気が滅入らぁ。

 飲み明かした明くる朝に、謝罪の為と向かってみれば、既に嬢ちゃんは作業中で、何やら玄関前で唸ってたんでぇ。しっかり謝るつもりだったが、どうにもいけねぇ。偉そうに解説ぶって、結局碌なこたぁ出来ねぇままに、その日を迎える事になっちまった訳よ。


 せめてその場を盛り上げようと、気合いを入れて張り切ってみたが……。酒に濁った頭での考えじゃあ、あんまり良くなかったってこったな。


「お花見られてなさい!!」


 俺っちの口が訳の分からねぇ譫言うわごとを溢すのに驚きながら、意識の消える直前に聞こえて来たのは、そんな嬢ちゃんの怒りの言葉だったんでぇ。


 …………いや、意識が消えたというのも間違いかも知れねぇな。

 何と言ってもその間、俺っちは一本の“木”になって、“木”をその身で感じていたんだからよぉ。



 そうよ。その時俺っちは、一本の木になっていた。

 大地に深く根を張って、って、こりゃ湿地だな? かなり深い所まで泥になってやがる。

 で、水を吸い上げるのは、管状になってるこれか。

 こりゃあ、オオドリイの木だな。


 オオドリイの木は、油をたっぷり含んでっから、自然と水を弾いて実家の船大工ではよく使ってたなぁ。

 今にして思えば、船体を組んで余った辺材で屋形を作ってたから、あんな襤褸屋んなっちまってたんだろうがよ。

 それなりにいい木材になるんだが、他よりちぃとばっかし燃え易い所為で、家大工では使わねぇ。

 懐かしいには懐かしいが、どうせならチイツの木が良かったぜ。


 と、思った途端、足下の様子が変化して、俺は乾いた大地に森為す木の一本となっていた。

 芯材は硬く、辺材は薄い。

 大きく育つのに時間は掛かるが、変なも無く、建材には最上級の木だ。

 こいつは、チイツの木に違いねぇ。


 いや、俺っちは昔から気になってたんだぜ?

 芯材ってのは生きてんのか死んでんのかどっちなんだってな?

 で、チイツになってみれば、どうも芯材は生きてねぇなと、そんな長年の疑問が解消されて、じゃ、草はどうなんだと思えば、草へと俺っちの意識が飛んだ。

 まぁ、草といっても玉菜じゃ分からねぇと、女房の好きな女王カンラの花を思えば、やっぱ草と木は違うもんだと納得し、なら木に戻って心材も辺材も無いラシャの木を思えば、どうやら生きている部分と死んでいる部分が混じってやがる。じゃあ、現実味が無い最上級の代名詞、サルカムの木はどうかと思えば、死んだ芯材の僅かな隙間を埋める様に、生きたり死んだりしてやがるな? じゃあ、屋根材に使うフラギの木はどうかと――



 そんな目眩めくるめく幻が通り過ぎていくのに、気が付いてみれば俺っちは嬢ちゃんの御披露目会場で、万歳しながら立っていた。

 頭の上に何か乗ってやがると手にしてみれば、乗せられていたのはルクランの花が咲いた鉢植えだ。

 こんな物が乗せられていたから、あんな夢を見たんかと首を捻るが、夢と違って幻は朧になりやがらねぇ。寧ろしっかり頭に焼き付いて、忘れようにも忘れられねぇ。

 だがよ、その記憶を掘り返してみれば、色々と気付くところが有る訳よ。

 今迄チイツで家を作るとなりゃあ、柱も梁もチイツだったが、梁に適した木は別に在るだとか、それでいくなら腕木も楔も庇も何もかもが、それぞれに適した木は違いそうだとか、いや、そもそも木の本質ってのが分かってみれば、態々角材に仕上げなくても、木姿のままで組めんじゃねぇかとか、究極的には生きた木のまま家の形に出来やしねぇかとか、そんな事を考えるにつれ、こう、血が滾ってくる訳よ。


「分かったぜぇ!! 木の本質って奴がよぉ!!」


 何と言っても、そりゃあ魔力を練る必要も無ければ、体力で何とかするもんでもねぇ。正真正銘大工としての俺っちの経験で何とかしねぇとならねぇもんだから、まぁ、言ってみれば俺っちにしか出来ねぇ事な訳よ。


「嬢ちゃん! 済まねぇが、俺っちは先に上がらせて貰うぜぇ! 今ならすんげぇ作品が作れそうだかんよ!!」


 だからまぁ、俺っちはこんな所でぐずぐずしてはいられねぇと、さっさと家へけえったのよ。



 帰ってみれば、既に夜だ。光石の明かりを手に、材木置き場へ足を運べば、幻が只の夢では無いと見て取れた。全てが幻で見たそのままで、役目の分からん等間隔の紋様の意味も、きっと幻の中で感じたそのままだと直観したんだわ。

 手頃な端材を手に家に入って、声を掛けてくる女房や弟子を余所に、薄刃剥ぎで、端材を一皮一皮剥いてった。芯まで削ぎ落とした時は朝になっていたがよぉ、あの幻が幻でねぇのは、最早明らかだったんでぇ。


 心配する弟子共を追い払って、継手や仕口の図面を引く。昼飯を食えば、実際に庭で組んでみる。楔の材を変えて試してみる。そんな事をやっていると、何時の間にかもう夜だ。

 そこで晩酌を出されて、漸く違和感に気が付いた。


 酒を口にするのが今日はそれが初めてだって事によ。


 俺っちにとって、基本酒は痛み止めだ。それを飲まずに済んだってぇのは、痛まなかったのかってぇとそうじゃねぇ。痛むは痛むんだが、いつもの様に腕や足ん中に石の塊が入っている感じでなく、痺れ切った足に血が通った時のびりびり来る傷みだ。

 体の内に死んだ肉を抱えている様な、やばい痛みと違った所為で、酒で誤魔化すなんて思い付きもしなかったぜ。


 だがよ、こりゃどういうこった?

 やけに体の調子がいいと思ったが、ちょいと良過ぎるんじゃねぇけ?

 そんな何かに心当たりも……。

 ……まさか、あれか? あの幻の中で、水を吸い上げているのは感じたがぁ、あれで俺っちの魔力の詰まりも取れたってか?


 まさかと思いつつ、女房の部屋からルクランの鉢植えを持ち出して、頭の上に載せてみた。

 駄目だなこりゃ。ちぃとも幻が立ち現れねぇ。

 駄目元で、ルクランの鉢植えを抑えていた手を離し、万歳してみりゃ、鉢植えが落ちて砕けて、俺っちはしこたま女房に怒られる事になったとさ。


 どうにも納得出来ねぇ思いを抱えながらも、なんてーか、魔力の詰まりが解消されたってのは夢じゃねぇらしい。

 死を逃れたっても弱りに弱り切ってんのは仕方がねぇが、数日すれば痺れも少しずつ収まって来やがった。

 体を鍛えりゃしっかり力が付いてくる。直にまた櫓の上を跳び回る事も出来そうだ。



「だから、俺の攻撃が安定する様になったのも、べるべる薬の御蔭なんだって! お前らも一度飲んで見ろよ!」

「そうは言ってもなぁ、ありゃ迷惑極まり無いぜ?」

「魔力切れまで解除されないなら、あたいが飲んだら立ちっぱなしかねぇ?」

「身軽が売りの斥候が、地に根を生やしても役には立たねぇぜ」


 痛み止めの酒も、飲まなくて良いとなると時々口寂しくなるってもんで、馴染みの店で酒を嗜みながら、感慨に耽ってた時だったからよぉ、そんな喧噪が聞こえてきても初めは聞き流していたんでぇ。

 まさかの巻き込まれるまではよぉ。


「だが、飲むだけで強くなれるなんてそうそう無いぞ。――お! 其処に居るのはお仕置き棟梁じゃねぇか! 棟梁からも言ってくれよ。べるべる薬を飲んだ仲間としてよ!」

「うお!? おいおい、何の話でぇ? べるべる薬って何の事け!?」

「ディジーにお仕置きされて飲まされていたじゃねぇか。べるべる言いながら棒立ちになって、木の気持ちが分かる薬の事だって!」


 …………あ?

 何だ?

 嬢ちゃんにお仕置き??


「ああ、棟梁は知らねぇんじゃねぇか? 酔っていた上に説明無しで飲まされていたぜ?」

「そう言えば、そうだったかねぇ?」

「考えてみれば、何もせず解除されていたのは何でだ?」


 おいおいおいおい、思い出してきたぜ!?

 つまり、あの幻は嬢ちゃんに飲まされた薬が原因ってか!?

 おいおいおいおいおいおいおいおい!? そいつぁ、つまり、嬢ちゃんに飲まされた薬の御蔭で、俺っちは死の淵から掬い上げられて、おまけに木の本質って奴まで掴めたって事け!?

 こいつはこうしちゃいられねぇ!! ……けどよ、まずは確かめるのが先決だな!


「――で、そのなんちゃら薬ってのは、何処で手に入るんでぇ!?」

「お? べるべる薬か? べるべる薬なら協会で売ってるぜ?」

「そうけぇ、あんがとよ! ――ほらよ! 俺っちは用事が出来たからおいとますらぁ! 釣りはそいつらへの奢りにしてくれや」


 一両金を弾いてさっさと店を出たら、冒険者協会まで駆け上がったんでぇ。

 ひゅーひゅーと喉が鳴りやがるが、それで済む程度に体も回復してやがる。


「どうしたんだ、オズロンドル殿!? 何が有った!?」


 慌てて支部長なぞやってるオルドの坊主が出て来たが、それどころじゃねぇ!


「おい! 何だ、ここにべる何ちゃら薬ってのが有るのは分かってんだ! 直ぐに出せ!」

「何!? べるべる薬か!? 分かった、ちょっと待て」


 物分かりの良い坊主が奥に引っ込んでる間に息を整えていたら、坊主が持って来たのは黄色い色したお薬よ。

 眺めてみるが、前に飲んだという時は、しこたま酔っていたからか、それとも夜の暗さの所為か、今一これとは判別付かねぇ。蓋を取って匂いを嗅いでも、やっぱり酔って鼻が利いていなかったのか、どうにもこれって憶えがねぇ。


「で、オズロンドル殿。そろそろ何が有ったか聞かせて貰え――って、おおい!?」


 だがよ。飲んでみれば一発だったぜ。

 勝手に口が動いちまうこの感じ、全身に気が滾って万歳するしかないこの感じには憶えが有る。

 そして目前に広がる木の世界! 今回のこいつはプノベの木だな?


 こうなりゃもう認めるしかねぇ。

 恩が有るなんてもんじゃねぇぞ、こらぁ。借りというなら、生きてる限り借りてる様なもんだ。返す宛てなどありゃあしねぇ。全く、相談料なんて取るもんじゃ無かったぜ。

 ……いや、あれで一生分って言い張りゃ、気を使わせる事もねぇけ? 

 だな! 言い張りゃ仕舞ぇだ!


 そうと決まりゃ、折角の木の幻でぇ。前回時間切れだった奴からこう……お、なんだ? おいおいおいおい!?!? 誰だ俺っちを伐り倒そうとする奴ぁ!? うおい待て!? 伐り倒すにも倒し方が有るだろうがよ!? 力任せに押し倒そうとするんじゃねぇ! こらこらこらこらおい待て待て待てやこらーーーー!!!!



~※~※~※~



 その日、コルリスの酒場には、職人やら商人やら、その中でも重鎮ばかりが集まって、歓談を繰り広げていた。


「よぉ! ヘクトの。お前さんもお呼ばれされたのかい?」

「ははぁ……。酔っ払ったやんちゃ小僧に声を掛けられたが、小僧め、どうやら手当たり次第に声を掛けたと見えるな」

「ぐでんぐでんじゃったからのう。ありゃ、気付いとらんかも知れんが、嫉妬も混じって口が止まらんかったんじゃろうて」

「うひひひひ、後進の勢いに脅かされるのは先を行く身の宿命じゃわい」


 そう言って盛り上がる最長老格の一角が有れば、


やっこさんもまだまだ現役で行けるだろうに」

「弟子を育てて楽隠居などと、まだ早いぞな?」

「何ぞ焦っとる様にも見えるが……。長老達じゃないが、やんちゃ小僧が大人しいのは気持ちが悪いわ」


 と、訝しむ職人達の一角が有り、


「ほら、これからお伺いするのに、なに一杯やろうとしてんのよ!」

「なぁに、嬢ちゃんもここの常連じゃて。心配いらんわい」

「そんな訳、無いでしょ!! 新人に甘えるんじゃ無いよ! お馬鹿達っ!!」

「おお! 受付嬢のお叱りが出たぜ! ウコロ爺、はよ謝った方がええぞ!」

「うはははは! 久々じゃが、こうでねぇと一日が始まった気がせんわ!」


 元人気受付嬢が、場を取り持とうとテーブルの間を行脚する。

 すらりと上品な老婦人だったが、叱る時やからかわれた時の反応に愛嬌が有って、今は商業組合を取り纏めるラルカーラは、今でも古馴染からは可愛い元受付嬢として親しまれていたのだった。


 さて、そんな顔見知りばかりの集まりではあったが、別に商業組合の同窓会という訳では無い。

 大工の棟梁をしているオズロンドルの声掛けで集まった、街の英雄ディジーリアへの御挨拶伺い御一行といったところの集まりだ。

 発起人自身がまだ来ていないが、それを気にする事も無く、集まった者同士で楽しんでいた。


「それにしてものぅ。今回ばかりはオズやんに助けられたもんじゃて」

「目ぼしい冒険者にゃ繋ぎぃ付けちょるが、あの早業は流石に予想は出来んわ」

「奥さんがその辺り気を回してましたけど、オズロさんもようやっと憶えてくれたんですねぇ」

「いや、分からんぞ? 案外酒に酔って口を滑らせただけかも知れんな」


 元大農園主のゴルカゾック、宿屋組合のウコロイカルス、そしてラルカーラはオズロンドルの気遣いを好意的に受け止めていたが、南職人地区取り纏めのヘクトバルは、そもそも気遣いでも無かったのではと懐疑的だった。

 実際、オズロンドルにそんな思惑は無かったのだが……。

 やって来たオズロンドルが既に出来上がっているのを見て、気遣いと信じていた他の三人も、違ったのだと悟るのだった。


「おう! 揃ってんな! ほな、行こけ?」

「行こけじゃないよ! お馬鹿! 本当にもう、何やってんのよ!?」

「大丈夫! 大丈夫って、行くぞー! おー!」

「どこが、大丈夫なのよ、も~!?」


 何だかんだと酒場を出て、そのままうねる道を案内の儘に進むと、アーチに設けられた門が見えてくる。

 その門に、職人の内の何人かが息を呑む。

 勝手に開く門や、独りでに灯る光石を見て、どんな魔道具なのかと目を瞬く。

 黒い館の威容に驚きオズロンドルへと目を向けるが、「俺っちは何も手は出してねぇ」との言葉に唾を飲み込む。

 会場となっている中庭に入ったなら入ったで、招待客の豪華さに驚き、無造作に使われる高級木材に驚き、異様な輝きを宿す包丁に驚く。


「……ちょいと侮ってたな。これが全部十少しの子供が作ったというのはとんでもないぞ」

「こりゃあ、確かに酒でも飲まんとやってられんかもなぁ」


 職人連中が唸る横で、他の仲間も催主のディジーリアと慌ただしく挨拶したりしていた所為で、周りに目が向いていなかったのが災いしたのだろう。

 少し目を離したその間に、オズロンドルが酔っ払いな悪絡みを披露して、ディジーリアにお仕置きされてしまっていたのだった。

 それもまた、目の前で『調合』なのか『錬金』なのかしているのだから手に負えない。


「腕の立つ冒険者であるのは言うに及ばず、大工、木工、鍛冶、調薬……。なぁ、儂らは何を御披露目されてるんじゃ?」

「……分からねぇなぁ。強いて言うなら、ディジーリア自身の御披露目じゃねぇかぁ?」


 彼等にしても、鍛冶師、錺師、建具師と、何れも木材も使えば金属も使う職人ばかり。その中でも真面目に年期を積んだ第一人者ならば、見ればそれが何か分からない筈は無い。

 畑違いの魔法薬にしても、その輝きを見ればどれだけのランクの物か、窺い知る事はお手の物だ。

 それで言うなら、出てくる物は全て一級品ばかり。溜息も漏れるというものだった。


「オズやんは大丈夫かのぅ?」

「大丈夫じゃろう。ほれ見ぃ、冒険者連中は、呆れちゃいるが心配はしとらんて。しかし変な薬じゃな、迫真のオズやんじゃ」

「うひひひ……しかし、こうも美味いもんが出てくると知ってりゃあ、小腹を満たしてくるんじゃなかったのう。どれ、厠は、と――」

「お便所なら、作業小屋の裏ですよ!」

「おお! すまんな、儂らの仲間がやんちゃしてのう。楽しませてもらっとるよ」

「いえいえ、最後に取って置きがありますから、楽しみにしてて下さいね」

「あいよ!」


 催主のディジーリアに見送られて、ゴルカゾックが小屋の裏手に足を運ぶと、それに合わせて光石が灯り、その先に厠と思われる一角が現れる。

 交差して設けられた衝立で、目隠しされているから中の様子は分からないが、その衝立に、「使用可」の札と、使い方が書かれた貼り紙が有るため、厠と分かる。

 札は、街の至る所で使われている物と同じため、使い方は直ぐに分かった。ゴルカゾックは札を裏返して「使用中」にすると、衝立の奥へと足を進めたのだった。


 直ぐに灯った光石に照らし出されたのは、石の足場とその真ん中に掘られた穴である。

 周りは申し訳程度にしか壁は無く、代わりに尻拭き草として知られる大葉の草が生い茂っていた。


「……只の光石に見えるのにのぅ?」


 進むと共に点灯する光石に首を捻りながら、ゴルカゾックは用を足し、尻拭き草を千切って用い、それを共に穴の中へ捨ててから、はてとまた首を傾げる。


「これはどう処分するのかの?」


 さては入口の貼り紙に書いてあったかと背を向けた後ろで、ボッと音がしたのに振り返れば、汚物が穴の中で灰に成り、何処かへ引き込まれていくところだった。


「ひぇえええ~、退散退散……」


 得体の知れない魔道具の仕業と考えたゴルカゾック、小屋から突き出た水栓を開いて手を洗い、仲間の下へと戻ったが、全てディジーリアが直接魔力で操作していたものである。


 そんな話で盛り上がっていれば、やがてディジーリアの言う飛びっ切りまで御披露目されて、その途中で気が付いたオズロンドルが、飛びっ切りに手も付けずに飛んで帰り、「オズやん、食い損ねたのぅ」なんて言って笑っていた仲間達も、その飛びっ切りに手を加えた、ディジーリア曰くの『うまい』の飛び抜け具合に、訳の分からないままにお開きとなるのだった。



 その帰り道。


 大八車に親蜘蛛だけ売れ残った塊乱蜘蛛チュルキスを積んで、領城への坂道を登るドルムザックに、ラルカーラが声を掛ける。


「その大八は良ければうちで引き取りますよ?」


 その言葉に、眠る子供二人を抱き上げて隣を歩いていたオルドロスが苦笑する。


「分かってて言ってるな? いざと言う時の資金源にするから渡せんよ」


 サルカムの木で作った大八車なんて物は、ばらして木材とすればそれだけで一財産だった。


「勿論、適正価格で買い取ります。ざっくり三百両金にはなりましょうかねぇ?」

「くくく……。因みにな、サルカムの加工なんぞ出来んと言ったら、組み替えればテーブルに成る様、仕口の加工をして貰っている。是非、テーブルに組み替えてから値を付けて欲しいものだな」


 笑うオルドロスの隣で、ドルムザックが口を開く。


「多分だがなぁ、こんな大八に躍起に成らんでも、ディジーに依頼すれば丸太で運んできて貰えるぜ? 裏手に積んであったくらいだからなぁ」

「そんなの、払える訳無いでしょう!?」

「いや、最近ディジーは大金からは目を逸らすからな。有る時払いで構わんさ」

「そ、そう? なら……う~ん……」


 ディジーリアの知らないところで、商業組合からの期待が大きくなっていたのだった。



 ところで、建具師のダイカングラムには不満があった。

 若く見られるが、長命種の血が入っているからであって、オズロンドルとは同年代である。

 領主ライクォラスの下での立て直しの時期に、共に切磋琢磨した仲間が早々に引退を決め込んでいる事に、憤りさえ感じていた。

 この前のディジーリアの御披露目会での醜態も、遣る瀬無い思いを刺激した。

 その喧噪が耳に届いたのは、馴染みの店でそんな憤懣を、仲間に打ち明けていた時だ。

 

「――お! 其処に居るのはお仕置き棟梁じゃねぇか! 棟梁からも言ってくれよ。べるべる薬を飲んだ仲間としてよ!」


 お仕置き棟梁? と振り返れば、其処でオズロンドルが杯を傾けていた。

 丁度良い。ここでしっかりと問い詰めて――


 そうダイカングラムが腰を上げるその前に、


「――ほらよ! 俺っちは用事が出来たからおいとますらぁ! 釣りはそいつらへの奢りにしてくれや」


 オズロンドルが酒も残したままで店を飛び出した。有り得ない事だ。


彼奴あいつ、何処へ行った!」

「え、きょ、協会じゃねぇか?」

「儂も先に上がるぜ! ほらよ!」


 呆けて立っていた給仕に、同じく一両金を投げて店を出る。

 遠くに、坂を駆け上がっていくオズロンドルの背中が見えた。

 追い掛けようとすると、背後に気配がある。


「儂らも行くでよ!」


 仲間達が続いていた。


「よし、行くぞ!」

「「「おー!」」」


 気勢は充分だったが、普段走り回る事の無い職人達だ。しかも老人ばかりとなれば、冒険者協会に辿り着いた時には気息奄奄の状態で、しかも冒険者協会の中には――


「……何だこれは」

「おお、ダイカン殿。いや、慌てた様子でべるべる薬を出せと言うから持ってきたらな、その場で呷ってこの通りだ。何が有ったか、聞いておらんか?」


 冒険者協会の中で、受付の前にて棒立ちになる、迫真のオズロンドルを前に、支部長のオルドロスが困った様子で腕を組んでいた。


「例のお仕置き薬か……目を覚まさせる事は出来るんだろうな?」

「うむ、引き倒せばいい。……代金も貰っとらんし、何より邪魔だな。起こすか」


 と、そこでオルドロスがオズロンドルの肩に手を回すと、「ぬぉおおお」と気合いの声と共に押し倒し始める。ぎょっとして見守る内に、オズロンドルの体が傾ぎ、それと同時にオルドロスが傾いだ体を受け止めた。


 ぱちりと目を開けたオズロンドル。辺りを見回すと、怒声一発、


「おうおう、何でぇ!? 俺っちの邪魔しやがったんは誰でぇ!!」


 オルドロスが溜息を吐いて説明した。


「いや、金も払わず奪った薬で受付の前に棒立ちされても迷惑だぞ。せめて金を払って邪魔にならん所で愉しんでくれや」

「む!? ぬぅうう……幾らでぇ!」

「一つ二十五両金だが、今使った分も含めて買うなら五十両金だな」

「高ぇな、おい!」

「特級の魔法薬だからな。希少性を考えれば百両金でも安いもんだぞ? 何を気に入ったか知れんが……木の気持ちが分かるって話だからそれでか?」

「それも有るっちゃ有るがよ、どっちかっつーと薬としてだなぁ?」

「…………薬?」

「実ぁよ、俺っちは昔馬鹿やって毒煙吸っててよ、此間こないだまで死に掛けてたんだわ。痛み止めの酒も効きゃぁしねぇし、もう駄目かと思っていたところにこのべるべる様よ! すかっと爽快、現役が五十年延びたぜ! 全くべるべる様々よ!」

「…………百両金でも安過ぎるな。どんな騒ぎが起こるか分からんぞ? オズロンドル殿、べるべる薬はディジーリア製だが、今の話が広まればどうなるか分からん。恩が有るなら他では言うなよ」

「何!? そいつを先に言えや、そういう事なら二百両金でも惜しくねぇぜ、うはははは」


 端で聞いていたダイカングラムには、始め何の事だか分からなかった。

 しかし、内容が頭に浸透するにつれ、その表情が消えていく。

 気が付いた時には、握り締めた拳で、オズロンドルを殴り飛ばしていた。


「ば、馬鹿野郎!!!!」

「わー! 何しとるんじゃ! 気持ちは分かるが落ち着けぇ!! お主らもう爺さんなんじゃぞ!!」

「何しやがんでぇ! やるか!!」

「オズやんも落ち着け!! おんしが悪いぞ! そんな事黙ってて水臭いわい!!」

「何をー! 言ってどうなるってんだ! 毒煙の毒は不治の病だろうが! 笑い話になったから言える話じゃねぇかよぉ!!」

「もう一発殴ってやらぁ!」

「こいやこらー!!」

「やめぇ!! やめやー!! 落ち着けー!!」


 乱闘間際の騒ぎにはなったが、この事が有って、職人達にもディジーリアへの恩義がしっかり刻み込まれたのだとさ。

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