(58)魔力は枯渇していますけど気力は充分なのですよ?

 御披露目も終わって、漸く日常が戻って来ました。

 日常……つまり、鍛冶のお時間ですよ!


 と、そう勢い込んではみたものの、今の私は知ってしまっているのです。

 道具には拘らないといけないという事を。

 今の鎚や金床がランク三か四にはなっているとして、頑張って鍛え直してランク一というところでしょうか。毛虫殺しは特級でしょうが、あれは色々と特化させたが故の事だと思うのです。

 鍛冶を進めるには、そうして拘った出来るだけ良い道具を、まず手に入れる必要が有るのです。先に毛虫殺しを鍛えても、その後道具が良くなるなら、また毛虫殺しを鍛え直さないといけなくなるのですから。

 確かに道具が無くても、今迄の私がそうだった様にそれなりの物を作れない事は無いでしょうけれど、それはそれなりでしか無いのです。最上の物を作るには、やっぱり道具も重要なのですよ?


 では、いい道具とはどういう道具でしょう。

 例えば鎚のランクを上げるだけなら、兎に角魔石を練り込めばランクは上がりそうですが、それではいい道具とは言えません。

 それは強い武具かも知れませんが、鍛冶道具としてみるなら、余計な癖を付けてしまう悪い道具なのです。

 例えばそれが、鬼族特化の武具のみ打つ為の鎚ならば、その手の特化した強化もいいでしょうけれど、特に対象を定める事無く様々な武具を打つのなら、妙な癖を与えない素直な道具が、私の考えるいい鍛冶道具なのです。


 でも、癖が無いと言ってもそれはそれ、只の鉄では不足です。最低でも必然的に私の魔力は通す事になるのですから、私の魔力だけはたっぷりと練り込んで、更に言うなら魔力を通し易くする一工夫も必要です。

 そんな訳で、毛虫殺しと掛け合って、融通して貰ったのが握り拳二つ分の魔物の鉄。毛虫殺しによると、これで黒毛虫二体分と言うのですから、そうなるともう黒毛虫も歩く鉱山の様なものですね。尤もこれには毛虫素材がたっぷり溶け込んでいますから、まずはしっかり鍛え上げて、毛虫な成分を取り除かねばいけません。取り除いた毛虫成分は、毛虫殺しに還元してしまいましょう。そうして得られた魔物の鉄は、素晴らしい特性を私の道具に齎してくれる事でしょう。…………多分。


 まぁ、勘ですね。でも、私の勘は馬鹿にならないのです。

 そうして毛虫の成分を取り除いた魔物の鉄を、鎚用と金床用に選り分けます。鎚は私の魔力に強く晒され続けてきた為に、既に殆ど魔鉄と化していてもおかしく有りません。金床も鎚程では無いにしろ、打ち下ろす鎚に対抗する様に魔力を通していましたので、魔鉄に近い物と成っている筈です。そんな素材に魔物の鉄まで混ぜてしまえば、鉄とは思えない魔力の通りが期待出来て、それも私の魔力で魔鉄化した物がベースになっているのですから、私の魔力に限るなら、銀を越えて魔銀に通じるかも知れない魔力の通し易さなのですよ! ……多分ですけどね?


 それでいて鉄の性質を持つのですから、今はこれ以上の素材は望めません。これで作る鍛冶道具が、恐らく今暫くは、私にとって至上の鍛冶道具となるのです。……ええ、きっと!



 そう思って、段取りを組んでいたのですけれど……。

 途中まで、というよりほぼ終盤迄、思い描いていた通りに鍛えは進んでいたのです。

 想定していた通りに、魔物の鉄を混ぜると魔力がとても良く通る様になりました。私の魔力もたっぷりと叩き込んで、私のこれ迄の鍛冶の正統な後継とも言える逸品が生まれようとしていました。

 そんな鎚と金床が、今にも完成しようというその間際になって、

 ……ちょっと困った事が起きてしまっているのです。



 異変が起きたのは、道具を鍛え始めてから三日目の事。

 鎚が一つでは鎚自体を鍛えられないので、もう一つ鎚を作る事にしました。そして、鎚、鎚、金床と順繰りに鍛え上げて、終わりが見え始めていた頃の事です。


 この頃になると、既に金床は大幅に形を変えて、床にがっちり固定する為に床の中へと鉄の根っこを生やしたりしていましたので、金床に向き合う位置を変えなくても一通りのことが出来る様に、後は形を整えるばかりになっていました。掌を上に向けた様な歪な形をしていますけれど、色々と考えての形なのです。

 そんながっちりと固定された金床なので、金床には何も問題有りません。


 だからと言って鎚に問題が有るという訳でも有りません。

 鎚は何度も潰しては形を作りと、これも又、ほぼ完成の状態です。サルカムの上質な炭を得て、余分な成分は叩き出したので、これ以上叩いても良くなる事は無いでしょう。出来る事は鎚の中の織目を調える事くらいで、もう完成と言って良い状態だったのです。


 そう、それは私のちょっとした失敗から生じた物でした。

 ほぼ打ち終わりと雖も、鍛える度に鎚や金床の感触が変わる為、僅かに鎚を振り下ろす力加減を誤ってしまうなんて良く有る事です。そこで下手に腕の力で勢いを緩めようとするのは悪手ですが、私はずぼらにも宙に引っ掛け魔力の業を応用して、鎚頭で宙を引っ掻く事で勢いを削ごうとしてしまったのです。

 その試みは思った以上に上手く行きました。それはもう思惑通りに鎚は勢いを緩めつつ、それでいてしっかりと打ち込むことが出来たのですけれど……。

 その後に宙に残った引っ掻き傷。これって一体何なんでしょうかね?


 歪よりも細く、消え入りそうな傷跡ですけど、しっかり宙に残った一本線。頼り無げな様子のままに、その時はすっと溶ける様に消えてしまいはしたのですけれど……。

 道具の鍛えを続けながらも、何度か軽く鎚頭を宙に擦ってみたところ、やっぱり痕が残ります。鍛冶に集中してはいるのですけれど、つい意識が引っ張られます。

 ここで金床も鎚も仕上げるつもりでしたけれど、この謎の引っ掻き傷をどうにかしなければどうにも先へ進めないと、試しに指先から魔力を伸ばして、ちょん、と――


 ――う、動きましたよっ!?


 空間からぺりりと剥がれる様にして、あとが動いてしまいました!?

 剥がれた後の痕は、細く頼り無げながらも丸で歪そのものです。まぁ、普通の歪が水に混じった動物の毛だとすれば、この歪もどきは水面に出来た渦の様な感じですかね? 何もしなくても儚く消えますが、僅かな時間と雖も今ここに在るのも事実なのです。


 一旦鍛冶の手は止めて、そんな歪擬きと向き合う私です。

 これが歪と近い物だとしましたら……


 そんな気持ちで宙を引っ掻きます。鎚頭で無くても、指先に魔力を籠めて引っ掻いても引っ掻き傷は残ります。指先から伸ばした魔力で引っ掻いても、身に纏う魔力を尖らせて引っ掻いても、か細い歪擬きが生まれるのです。

 そんな歪擬きを何百と束ね、私の魔力と絡めたら、出来てしまったのが砂利粒程の私の赤い魔石擬き。


 ……出来てしまいましたよ?

 これはどうすれば良いですかね?


 もう、もう、これを困り事と言わずして、何を困り事というのでしょう?

 明日には、待ちに待たせた毛虫殺しに、漸くにして待たせた分の心尽くしをそれはもうたっぷりとなんて思っていたところでしたのに。

 こんな、こんな……――


 …………


 こんな素晴らしい素材が出て来てしまったら、計画が大幅に狂ってしまうでは無いですか♪

 砂利粒程なのに、大量の魔力が凝集されたこの輝き! これ一つで、毛虫の魔石なんて軽く飛び越えてしまっています。

 適当に歪擬きを束ねただけだというのに、濁りの欠片も無い透明さは何でしょう? 丸で砂利粒程の覗き窓の向こうに、何処までも続く赤い宝石の世界が広がっているかの様です。


 こんな物を手に入れてしまったら、鍛冶に用いないなんてとても考えられませんよ!?

 何と言っても、歪で束ねているのでは無いというところが気に入りました。良い道具の条件は、素直で有る事です。魔力を絡めて固定するのに、歪を用いるのは余儀無き事では有りましたが、この魔石擬きは違います。

 嗚呼、悩ましいですねぇ、既に魔石と共に叩き込んだ歪を、引き摺り出すべきかそのままにしておくべきか。叩き込んだ歪も、既に私の魔力と気に曝されて、当初とは性質も違っている様に思えるのが更に輪を掛けて悩ましいですねぇ。

 魔力と絡めると安定して、気を当てても消滅しないのも魔石と同じですけれど、この何とも悩ましいところを含めて嬉しくなってしまうのですよ!


 え? 自ら歪|(擬き)を創り、魔石|(擬き)を創れるとなれば、魔物の類と見られてしまわないかとか、もっと心配する事が有るのではって?

 ま、森の宝晶石擬きもそうですけれど、誰にも言うつもりも無い事は、気にする事なんて無いですよ?

 別に悪い事をしている訳でも無いのですし? 何も問題なんて無いのですから?

 ――と、そんな事よりも今は量産体制を調えて、籠に落ちてくる魔石擬きを待つ方が重要なのです。


 鍛冶場の上部に広げた魔力で、宙を引っ掻いては歪擬きを創り出し、それを集めて籠の上で凝集させて、小指の先程の赤い魔石擬きがぽたりと落ちます。

 形は綺麗な楕円形で、大粒の宝石の様な大きさです。色も透き通る赤ですよ?

 宙を引っ掻く魔力の業も、初めは我武者羅に引っ掻いていたのを、突起を幾つも付けた魔力をぐるぐる回転させる様にして連続的に歪擬きを生み出す様に改良して、最終的には私の広げた魔力の中に小さな粒々の魔力の粒を想定して、魔力の塊を動かすだけで大量の歪擬きを生み出す事に成功しました。

 私の他にも歪を見る事が出来る人が居たならば、煌めきながら渦を巻く鍛冶場の上半分から、竜巻の足の様に伸びていったその渦の先に、赤い輝きが育っていくのを見るでしょう。

 歪擬きの編み方だって刻一刻と進化していくのですから、それこそ初めの魔石擬きは金床の強化にでも使うのがいいですかね?

 只つくねるのではなく、編み物と同じ様に編み込み編み込み、歪擬きも創り出した段階で縒糸よりいとの様にして、編み編み込み込み、鍛冶を織物の様と思った事は有りますが、魔石擬きを創る方が、遥かに織物というか編み物していま――



 ――なんて思ったところで、意識が飛んでしまっていました。

 気が付いた時には、毛虫殺しの分身の剥ぎ取りナイフが頬の辺りをつんつんしていて、瑠璃色狼が瑠璃色の光を放ちながら私の前に浮かんでいました。

 ふふふ、毛虫殺しとは結構交流が有りましたけれど、瑠璃色狼が心配してくれるとは思いませんでした。なかなか嬉しいものですよ?


 ぺたぺたぺたと、自分の体を探ります。

 やっぱりです。魔力が枯渇していました。

 私が『根源魔術』を使う時、魔力を広げたりはしますけれど、基本的には魔力そのものを放出したりはしていません。ですから消耗なんかも少ないのだと思いますが、流石に魔石擬きを創り出すのは大量に魔力を消費するという事なのでしょう。


「大丈夫ですよ? 只の魔力の枯渇です。……ふふふふふ、替わりに生み出した魔石擬き、貴方達の強化にもたっぷり注ぎ込みますから、期待して待っていて下さいね?」


 毛虫殺しの剥ぎ取りナイフだけでは無くて、瑠璃色狼までが、ぴくんと震えて痺れた様に動きを止めてしまいました。


 何て言うか、可愛い私の装備達なのです。



 改めて辺りを見回してみれば、壁の上下に設けた明り取り兼換気口から、太陽の光がこぼれています。

 ……例によって例の如く、何日目なのかが分かりませんね。特に今回の魔石擬き創りでは、体を動かしていなかった分だけいつもと感覚が違います。魔力枯渇で気を失っていた時間も分からないのですよ?


 すっかり冷えた炉の中を掃除して中庭側に鍛冶場を出れば、丁度お昼の太陽が頭上で輝きを放っていました。むぅ……時告ときつげの魔道具がこれは必要かも知れません。

 中庭から張りぼて館の中へ入り、厨房の扉の前でブーツを脱いで、厨房の中へ入ったらそのまま真っ直ぐ。奥のお風呂場手前の更衣場所で服を脱いで籠に入れたら、洗い布を手にお風呂場へと入ります。入れっ放しのお風呂のお水を「活力」で温めようとして、魔力が枯渇していることを思い出しました。思わぬ所に見落としが有るものですね。

 仕方が無いので厨房に出て、湯沸かしポットの魔道具でお湯を沸かしてたらいに汲んだら、お風呂場へと戻ります。出来合いの厨房ですけど、据え付けの機材は最高級品です。こういうところでお金を使わないと減りません。見栄えだけなんて思っていましたけれど、結構使える物ですね。これはお風呂場にも買い足しましょう。

 熱湯なのでちょこちょこ別の盥に小分けにしながら、石鹸も使ってささっと体を洗えば、それだけで随分とさっぱりしました。お風呂を知ってしまうと水浴びでは物足りないのです。噴水公園に行かなくて済むのも大助かりですよ?


 それにしても、この張りぼて館の中には真四角な部屋が一つも有りません。有って中庭まで貫く廊下だけなのですから、改めて見てみれば、奇妙な気持ちが湧いてきます。このお風呂場だって階段を避けたりしていたら歪んだ六角形になってますし、私の部屋も街の壁との兼ね合いも有って五角形なんかになってます。

 家具の配置が決まらなくて、思ったよりも部屋を広く使えなかったりするのですが、まぁ、これも味が有っていいでしょうか。

 そんな事を考えながら、お風呂から上がって体を拭いて。

 今日はもう休みですね。魔力が枯渇してしまえば、出来る事は無いのですから。


 長布ながぬので体をぬぐいながら、中庭側の扉に近い、階段への扉を開けて、ぺたぺたぺたと二階へと上がります。着替えは私の部屋の物入れの中。ちょっと遠いですね。更衣場所にも着替えを置いておきましょうか?

 今日の気分は、お婆様に頂いた、黄色と青と緑がタイルの様に配置された極彩色のワンピース。ふわっとスカートが膨らんだ、なんちゃらドレスとか名前が付いていそうな服だとかも有りますけれど、ちょっと敷居が高いです。おめかしなんてしていたら、街の人達に何を言われるか分かりませんよ? 休日は、ちょっと緩いくらいの装いで充分なのです。

 ま、冒険者をしている時には、とても着ようとは思いませんけどね?


 それでも、休みと雖も最低限の装備は必要と、いつもの通りベルトには小物入れを通して、赤蜂の針剣を吊しました。小物入れに設けてあるナイフケースには、私の魔力の剥ぎ取りナイフを差しておきます。

 お買い物をするのならとお金もたっぷり用意したら、一階でブーツを履いてお出掛けです。

 玄関から出て、アーチを抜けたら、春の日差しがぽかぽかと、とても気持ちがいいのですよ♪



 コルリスの酒場へ向かう道を歩きながら考えます。

 魔力が枯渇するなんて久々なのです。家造りでも平気だったのです。それだけに、魔石擬きに込められている魔力が膨大という事なのでしょうけれど……。いっそ擬きでは無くて、輝石とか、魔晶石とか、違う名前を付けてしまった方がいいですかね?

 魔晶石だと魔石の一種に見られてしまいそうですし、私の一推しは輝石でしょうか。

 実際、輝きが違ったのです。何と言っても、私の暗い鍛冶場の中を、紅く照らし出していたくらいなのですから。


 それを放置しているのを不用心と見られるかも知れませんが、泥棒の心配は要りません。何故かといって、魔力が枯渇した今この時も、丸で其処に窓が有るかの様に、全ての魔石擬き――いえ、私の輝石は、私の意識の下に在るのですから。

 まぁ、盗まれたその時は、盗んだその人ごと、ちょっと楽しく空の旅ですかね?


「あら、ディジーお出掛け?」

「ディナ姉は今から仕込みですか?」


 コルリスの酒場で扉から埃を掃き出していたディナ姉に、ぽてぽてと近付いてにへらと見上げると、ディナ姉は何故か「うっ」と言葉に詰まってしまっていました。

 それを、首を傾げて見詰めます。


「……ディジー、もしかして、こんにちはでなくて、おはようなの?」

「あー……おやすみを何回か言い逃しましたかねぇ?」

「……いつもの通りね。ディジー、ちょっと頭が寝てるわよ?」


 頭が寝てると言われたので、傾げていた首をしゃきっと伸ばしました。


「そうじゃ、無くてね……こう、気が抜けているって言うか」


 おかしな事を言われました。魔力は枯渇していますけど、“気”は充実しているのです。

 その証拠に、全身から“気”を放ちながら、荒ぶる獣のポーズでがおー――


「……そうじゃ! 無くてね!」

「何だ何だ? 騒がしいぞ!?」


 ディナ姉が叫ぶので、すぐ其処の鍛冶屋から、ラルク爺まで出て来ました。


「――ディジーかい、お早うさん。えらく気の抜けた顔をしているが、何ぞ有ったかね?」

「む!? 魔力は枯渇していますけど、“気”はこの通りですよ! ――ガオ! ガオ! ガオ!」


 “気”で強化しながら辺りを機敏に動きまくると、ぽかんとされてしまいました。

 それにしても、魔力が枯渇していても、“気”の強化は出来ると知れたのは良い事です。寧ろ、“気”を鍛えたり、筋肉を付けるには、魔力を枯渇させた方がいいかも知れませんね。

 まぁ、それも鍛冶仕事が終わってから、なんていう風にも思いますけれど、もしかして鎚や金床を鍛えているのと同じ様に、私の体も鍛えてからの方がいい鍛冶が出来ると言われると、とてもとても悩ましいものが有るのです?

 体は直ぐには鍛えられませんので、どうせこれからは寝る前に輝石造りで魔力を枯渇させるのなら、その後毎日少しずつでも体を鍛えてみるのがいいかも知れません。

 何にせよ、今やる事では有りませんけれど。

 ラルク爺も混ざっての、ばったり出会った道端会議なのですよ。


「くっくっくっ……、そうでは無いわ。それにしても魔力枯渇だってか? 噂の妖刀は随分な魔力喰いの様だのぉ」

「それがまだ毛虫殺しには手を付けられていないんですよ。道具が思っていたより重要だと気が付いてしまって、今は道具に掛かり切りです。今が何日かも分からないので、時告の魔道具でも見に行くところなのですよ」

「うはは、ええ若いもんが無茶しよるの! 中々の職人振りじゃわい」

「もう! ラルクさん!」

「職人なんて、そんなもんよ。何日前とか何日後とか、約束の日さえ忘れなければそれでいいんじゃ」

「あー、何日過ぎたのかも分かりませんねぇ」

「ディジーも!」

「気が付いたら何日か過ぎているのですから、どうにもなりませんよ?」

「当たり前の様に言わないで!?」

「仕方が無いの。職人のさがというもんだ! しかし、ふぅむ、時告の魔道具な? あれを買うなら暦表カレンダーも買った方がいいぞ? 合わせて見れば予定を逃すことも無いわい!」


 そんな助言を貰ったので、今日の行き先に雑貨屋さんも増えました。



 ディナ姉達と別れて、冒険者協会への道をてくてくと登ります。

 枯渇した魔力も、少しずつ回復している様に感じますけど、普段が普段だけに頼り無い事この上無いですね。まぁ、魔力を大量に必要とし始めたのも、極々最近の話ですから、宙を渡ろうだとか、森から木を伐って来ようだとか、お風呂のお湯を沸かそうだとか、そんな事を考えなければ普段の生活に不便なんて有りませんけれど。

 そもそも魔力というものについて、分かっている事の方がまだまだ少ないのです。

 例えば肉体の力で言うと、体力が力の総量、筋肉が力の強さに関係し、体力が無くなればご飯を食べてゆっくり休まないと回復はしません。怪我をしていなければ回復薬でも多少体力は回復しますけれど、魔法と化していると雖も薬草スープを飲んだと考えれば、それにも納得というものなのです。

 魔力の場合は、力の総量は魔力量そのものでしょうか。魔力の強さには諸説有ります。種族の格や、個人のランクが影響するというのが有力ですが、中には魔力でも気でも無い“念”という力が関わっているという説も、幾つかの本に載っていました。魔力の回復についても、体力と同じでご飯を食べてゆっくり休むというのの他に、魔力に溢れた場所なら周りの魔力を吸収して回復するという説も有って、これも良く分かりません。

 今の私の魔力が回復しているのは、どちらでしょうね? 周りから吸収するのも皆無では無いでしょうけれど、何となく食べ物が効いている様に思いますよ?


 巷に出回る魔力回復薬は、外から害の少ない魔力を取り込もうという方法です。ですが、飲んだ魔力の一割も取り込めればいい方で、副作用も大きいというのですから、素直にご飯を食べて休むのがいいと思うのですけれど、使う人は居る様です。自分とは違う魔力を大量に取り込もうとしたら、体調をおかしくするのも何をか言わんやというところですね。

 私の場合、私の輝石を解放すれば、直ぐにも魔力が回復しそうですけれど、今はそれでするのが輝石造りとなると、何とも言えない無意味さですよ。



 そんな事を考えている間に、冒険者協会に着いていました。

 特に協会に用事は無いのですけれど、他に用事が有る訳でも無いので、こんにちは~なのです。

 ふらりと入ってふらふら~と、依頼掲示板や買取表を眺めます。

 別に受けるつもりは有りませんけど、こういうのを眺めているだけでも、街の動きが何となく分かるものなのです。

 具体的に言うと、毛虫禍で荒稼ぎした冒険者の御蔭で景気が良くなっている一方で、氾濫から街を守るのだと一念発起した親父さんが亡くなった為に、退っ引きならない状況に陥っている家族も居るみたいで、良くも悪くも毛虫禍の影響は大きかった様ですとか。


 ふんふんふんと頷きながら、その隣の冒険者への連絡版も――


「ディジー! こら、ディジー! 来たなら声を掛けなさいよねー!」


 おや、リダお姉さんに呼ばれてしまいました。

 ぽてぽてと受付に近寄って首を傾げると、リダお姉さんが「うっ」と言葉に詰まったので、


「“気”は充分なのですよ! ガオガオガオ!」


 と、先回りして機敏な動きを見せ付けましたのですが、リダお姉さんは受付にぱたりと突っ伏してしまったのです。


「そうじゃ、無くてね~……」


 今日は同じ事ばかり言われてしまいますね?

 まぁ、確かに気が抜けているのでしょうとも。でも、休みの日なんてそんなものですよ?


「もう、ディジーに手紙が届いているのよ~。今日来なかったら持って行こうかと思ってたわね~」


 はて? 手紙ですか?

 お婆様なら実家に届きそうですし、態々私宛に手紙を送ってくる人に心当たりは無いですよ?

 そう思いつつも、差し出された手紙を受け取ると――


「それにしても、スカーチルさん達が王都に行ってたのは知ってたけど~、ディジーに何の用かしらね~?」


 なんてリダお姉さんの言葉通り、スカさんからのお手紙の様です。

 ……封筒を開けようとしていた手が止まってしまいましたよ!?

 ちょっとこの中には、危険なお知らせが入っているとしか思えません。

 そんな私が警戒して動きを止めていると、私の背後で協会の扉が荒々しく開かれたのでした。


「――ああ!? ……ディジー、ここに居たか。丁度良い、少し話を聞かせてくれ」


 どこか困惑した様子の支部長オルドさんです。

 そのまま前にも使った奥の会議室に通されて、オルドさんは暫し待てと部屋を離れます。

 暫くして戻って来たオルドさんの手には、幾つもの書類が有りました。


「う~む……。ディジーリア案件は面倒事の匂いしかせんが、そうも言ってられんな。まずは大きい話から行こうか」


 そう言いながら椅子に座ったオルドさんが、書類の一つを広げましたので、私はとてとてその側へと歩み寄って覗き込んだのです。


「おいおい……まぁいいか。うむ。王都に鬼族の氾濫の顛末を記した報告書が届けられた。それに伴い功労者、つまりディジーには褒賞が下賜されたとの事だな。王都での各職人ギルドや商人ギルド――ああ、王都のギルドは組合を作っとらんな。数も多い上に流派だとか作っていたりもするが、まぁ、そんな相手への紹介状でも持っていて損は無いだろう。それと、王国発行の売買許可証。王国管理素材の優先交渉――おいなんだ? ……いや、有るのだ、王国が管理していて許可を持っている者にしか出回らない素材がな。王樹素材とかな。それの優先交渉権だな。それと特級の通行手形発行許可証が褒賞になる。まぁ、これだけなら守護者殺しの褒賞としては物足りんが、受け取りには王都で手続きが必要との事だから、改めて希望を聞いて褒美を取らせるつもりかも知れんな。――て、こら捲るな! 先走るな!」

「もう読みましたよ!?」

「ええい! お前に関わる事だけが書いている訳では無いわ! 順番に話を聞け! ――あー、くそ! 続けるぞ! この手の地方での功績に対する褒賞などは、通常書類審査の後に連絡が回ってくるだけだが、何故か王都に居たゾーラバダムが代理で褒賞を受けている。証書だか何だかも、ゾーラバダムが運んでくるらしい。何か知っているか?」

「――護送の、報酬を、失念、復興、助成金と共に、送る?」

「おいこら! 読むな!」

「…………ゾーラバダムって、誰ですか?」

「んん!? ……どういうことだ?? ――まぁいい、続けるぞ。気になるのは要所に現れる祝福の獣との記述だな。……で、今日この件で俺が領城に呼ばれる直前に、王都の協会本部からお前宛に良く分からん指名依頼が届いた。大猪鹿を原形が分かる程度の解体で王都へ送れとな。この前の御披露目の話が何処からか洩れたかと考えてひやりとしたが、どうも違うな? ――…………ええい! 吐け! 何をしれっと目を逸らしてやがる! 何時の間に王都まで巻き込みやがった! とっとと吐きやがれ!!」

「そ、そんな事を言われても私にも分からないのですよ!? ――で、でも、もしかしたら……」


 何となく予感があって、手に持っていたスカさんからの手紙に目を落とすと、オルドさんも眉間に皺を寄せながらも口を閉ざしました。

 ぴりりと封を破って、中の手紙を取り出します。

 立ったまま、手紙を広げて――


 ふむ、ふむふむ?

 王都のオークション? で、十八万両銀……

 ――え? ええっ!?

 ふ、ふ、舟、舟獣車が沈むからっ、湿地帯を越えられな、い!?

 しょ、商都に、預けてっ、か、換金すれば、また王都に持ってって更に倍っ!?!?


「おいこら! 仕舞うな! 無かった事にするな! ――いいから渡せ。お前のやらかしでないのは何となく分かったから、見せてみろ」

「ど、ど、ど、どうしたらいいのでしょうか!? こ、こんなの送られて来ても、どうしようも有りませんよ!?」

「いいから、渡せって、こら――――あー、なになに……――」

「わ、私は、分け前は七三でとしか言ってないのですよ!? 何でこんな事にっ!?」

「いや、大猪鹿を売ったのならそんなもんだろう。……だが、そもそもがよく分からん。つまり、この大猪鹿は、いつ狩って、スカーチル達に売却を依頼した物なんだ?」


 素早く眼を動かして、あっと言う間に読み終えたらしいオルドさんに問われましたけれど、そう言えば、私はどうして大猪鹿を仕留めた事を、こっそり隠そうと思ったのでしょう?

 確か、あの時は湖での遣り取りでしたので、寝静まっているとは言え周りに他の冒険者達も居て、絡まれても面倒だと思ったのも有った様に思います。

 ですが、それも私が毛虫禍を解決した事で、ほぼ片付いた話です。今となっては御披露目に来た人にはばらしてしまっているので、今更慌てる話では有りません。

 だから、それはもう解決済みの話として、今、焦っているのは、思いも寄らない大金を積み上げられてしまったからでしょうか。……おや?

 ……どうやら、私が混乱してしまったのは、分不相応な大金を前にして、小市民な魂が悲鳴を上げていただけですね? 街に何かしらの被害が出たり、毛虫殺しがぐれて家出をしたりという様な事態が起きた訳では無いのです。

 そう思うと、少し落ち着く事が出来ました。心の中はまだまだ平穏とは言えませんけれど。

 ただ、まぁ、これに関しては、特に隠さないといけない話は、無いと判断したのですよ。


「そ、それは、あれですよ? 祝福の獣です。……ガズンさん達を追い掛けて昏い森に向かう前の日に、雷に引き摺り出されてきた恩寵の獣です。……それにしても、誰にも言ってませんでしたのに、よく気が付いたものですねぇ」


 答えを喋っている間に、すっかり気持ちは落ち着いて、はふぅと溜息を吐きました。


「……あれか! おい、あれが大猪鹿だったのか!? 確かにあの頃から王都へ向かっていれば計算も合うが。……いや、確かスカーチルの申請でバハネイを行かせたのが有ったか? あれか……」

「そう言えば、ドルムさんの森犬踊りを見て笑い転げていた髭の小父さんが、スカさん達に着いていきましたけれど、あの人がゾーラさんだったんでしょうか」

「……何をやっとるんだ彼奴は。髭はこういうのか? ――ふむ、それならゾーラバダムの可能性は有るな。まぁ、大猪鹿なら護衛にも名告なのりを上げるだろうな」


 納得したのか、オルドさんが今見ていた書類を揃えて片付けると、また別の書類を取り出しました。


「まぁ、ならこれはいいな。今言った通り、王国から褒賞が贈られる。王国からの褒賞の他にも、研究所や王都学院の招待状も有るらしい。どうせ受け取りには王都に行かねばならんのだ。一度王都に遊びに行くのもいいかも知れんな。――ん、どうした?」

「学園は卒業しましたよ?」

「ああ、学園じゃ無い。学院だ。各街に在る学園は常識的な事を学ぶ場だが、王都学院はその上だ。国を動かす官僚や、騎士なら士官以上、研究者や外交に係わる者、そういった者達を育てる場だ。……と言っても、実態は余り変わらんかも知れんがな。勘違いした馬鹿もいれば、入学しながら授業は受けずに便利な資料室扱いする奴もいる。招待状が有るなら見学くらいは出来るのでは無いか? 興味が有るなら行ってみるといい。俺も領主も学院の出だ。気になる事が有れば助言くらいはしてやろう。それと、スカーチルへの返事は忘れるなよ? 夏の一月十二日迄と有ったが、協会に頼むのなら夏になる前に預けてくれ。重要書類扱いで定期便に乗せるから、その方が楽だぞ。まぁ、十八万両となると、恐らくは銀貨では無く、片手で持てる程度の銀塊で何百個だな。素材として銀が欲しいのでも無ければ、銀塊なんぞこの街では使い道など無いぞ」


 スカさんからの手紙を返して貰いながら考えます。

 学院ですか。私は王都の学園を学院というのかと勘違いしていました。『儀式魔法』が使える様に成る為に、行ってみたいと思った事は有りますけれど、実際に行けると思っていた訳では有りません。ですけど、色々な魔導具も作っている様ですし、行けるならば行ってみたいと思っていたのも確かなのです。

 何だか、願いが現実になりそうですよ?

 それと、大猪鹿を売ったお金をどうするのかも、良く考えないといけませんね。話を聞き終えるまでは、全てお任せにしてしまおうかとも考えてしまっていましたけれど、銀を素材にと言われると、惹かれるものが有るのです。

 私の輝石を飾るなら、金と銀のどちらでしょうかね?

 迷うくらいなら、それなりの量を確保しておくのも手ですよね?


「次は、先程も言ったが、王都の協会本部より指名依頼が来ている。……どうにも俺には信じられんのだが、大猪鹿が数多く生き残っているというのは、何処までが本当の事なのだ? 冒険者の手札を曝すのは禁じ手と分かっているが、王都に伝わっているとなると、その内、大挙して余所の冒険者達がやって来るのは目に見えている。それに王都ばかりで地元に還元されていないというのも拙い。大猪鹿狩りを公開で行う事は出来んか? 勿論情報量は支払うし、狩った大猪鹿はディジーの物だ」

「……大金を持て余している私にそれを言うのですか?」

「ふははは、使い道に困っているなら心当たりなら有るぞ? まぁ、その話も後だな。狩るのなら、王都の指名依頼に一頭、商都のオークション用に一頭、この街の住人向けのオークションで一頭の三頭は欲しい。それも、余所の冒険者が来る前に早めに公開で実施としたい。無茶を言っているのは承知の上だが、頼めぬだろうか?」


 オルドさんは、私の事も何処か心配してくれている様でしたけれど、公開での狩りと聞いて、少し困惑してしまいます。

 何故かと言って大猪鹿は、私でも瑠璃色狼に込めた大猪鹿の魔力無くして見付ける事は出来ません。

 すなわち、瑠璃色狼に込めた大猪鹿の魔力をそれと認識する事が出来て、その大猪鹿の魔力を「活性化」した上で、そこに自分の魔力を通して大猪鹿な魔力に変換されたその魔力で索敵を行い、見付けた大猪鹿を「活性化」状態の瑠璃色狼で斬るのです。

 私が思うに、この街で私以上に『根源魔術』を使える人は居ないので、初めの一歩目で躓いて、まず大猪鹿を見付ける事が出来ません。そんな人達にとってみれば、私は何も居る様に見えない虚空を剣で切って、その結果大猪鹿が転がり出てきた様にしか見えません。

 自分の見たい物だけ見て信じようとする、そんな冒険者がその光景を見てしまったなら、予想されるのは錯乱したかの様に剣を振り回す、傍迷惑な冒険者の集団です。

 そんな予測を伝えてみれば、オルドさんも思うところが有った様ですけれど――


「まぁ、何も言わん方が馬鹿を量産しそうだ。参加者を厳選しようにもどうせ洩れる。その大猪鹿狩りの技を見せてもいいのか駄目なのかで判断してくれ」


 ――なんて言うものですから、私も考え込んでしまったのです。

 大猪鹿を狩るのに余り見せたくないのは、瑠璃色狼の能力です。何故と言えば私自身、瑠璃色狼が無ければ大猪鹿を狩る事なんて出来ないのですから、間近で見られるとその事に感付く人も出てくるかも知れません。大猪鹿を狩る事の出来るお宝と目を付けられるのも面倒です。

 ですけど、この瑠璃色狼。これまで大した動きをしていませんでしたが、今日の様子を見る限りは独りでに動きますね? 毛虫殺し程に考えているかはまだ分かりませんが、どちらにしても私から奪い取る様な事が有れば、血の惨劇が待っている様に思います。

 それに、奪われたところで私の魔力をたっぷり練り込んでいるのですから、何処に有るかは直ぐに分かります。もしかしたら、呼び寄せたら飛んで戻って来るかも知れません。

 それなら、まぁ、見せても良いかとも思ったのですけれど……。


 やっぱり乗り気になれないのは、これでまた手に負えない大金が転がり込んで来そうだからですけれども……。

 ……そう言えば、この前の御披露目の時に聞きましたけれど、目の前にいるオルドさんは、孤児院の院長もしているのですよね?

 物語の中では、孤児院に寄付するなんていう事は、泡銭あぶくぜにのよく有る割と増しな使い道の一つです。

 おお、いいですねぇ。本当にいいかも知れませんよ!?

 もう一頭は商都でオークションという事ですので、スカさん達が持ち帰ってくるお金と一緒に、商都の協会で預かって貰えば私の目には触れません。

 王都に送る分にしても、王都で報酬を預かって貰えばいいでしょう。

 それが出来れば、手ぶらで商都にお買い物にも行けますし、王都に行く時もお金の心配が要りません。


「お……おい、孤児院の運営費は領城から出ているから寄付なんぞ要らんぞ? と言うか、寄付するならせめて領城にしてくれ。孤児院の人間が贅沢に慣れても良い事なぞ何も無いからな」

「なら、孤児院に半分、領城に半分です。オルドさんも大金を手にして、びびってしまえばいいのですよ!」


 そういう事になったのです。


「うぬぅ……。まぁ、良い。さくさく行くぞ。――次も指名依頼になるが、べるべる薬が大量に必要になる可能性が有る」

「おお……捕縛ですかね?」

「いや、違う。……そう言えば、お前はオズロンドル殿が毒煙の毒に冒されていた事を知っていたか? ――――ふむ、冒されていたんだよ。それがお前にべるべる薬を飲まされて、死を覚悟していたところを救われたらしい。毒煙の毒と言えば不治の病だ。自分で毒を吸っておきながら病も何も無いがな。この事が広まればどんな騒ぎになるか分からんが、だからと言って黙っていては後が怖い。錬金ギルトにはレシピの公開制度なんていうものも有るらしいが、それも含めて検討して貰いたいというのがこの案件だ。差し当たっては、王都の研究所に経緯含めて送りたいのだが、それの確認だな」


 ちょっと、吃驚してしまいました。

 素早く頭の中で検討してみましたけれど――


「え、ちょ、ちょっとそれはおかしくないですか? べるべる薬に病気を治す要素が有ったのなら、その要素を「活性化」した治癒薬を作るというなら分かりますけど、べるべる薬を無理に使う理由にはなりませんよ!?」


 何だかおかしな思考停止をしているみたいで、そんな指摘をしてみたら、オルドさんははっと気が付いた様にぱちぱちと瞬きをしました。


「……それは、毒煙の毒の特効薬を作れるかも知れないという事か?」

「どんな要素が効いたのか分かりませんので何とも言えませんけれど……」

「ふぅむ……確かにな。特効薬を作れる可能性が有るなら、そちらを試すのが先決か。ならば指名依頼は毒煙の毒の特効薬となる魔法薬の開発だな。無理そうならそれはそれで構わん。その時は当初の予定通りべるべる薬で進めるだけだ。それと、べるべる薬も十本程補充したい。オズロンドル殿がすっかり気に入ってしまったのと、ガズンガルがあれの御蔭で強くなったと吹聴している所為で、思いの外に狙われている。既に在庫が一本しか無い」

「……私には効果が出ませんのに、ずるいですね」

「そうは言うな。魔力が高いという事は、害の有る魔法にも掛からないという事だ。恩恵の方が大きいのだから諦めるのだな」

「魔力? ……つまり、魔力が枯渇していたら、べるべる薬も私に効きますかね?」

「それは効くかも知れんが……魔力が枯渇すると効果が切れるのでは無かったか?」

「それは……むむむ、匙加減が重要という事ですね。あ! もしかしたら『隠蔽』も!? ――リダお姉さん! リダお姉さーん!!」


 思わず部屋の扉を開けて、リダお姉さんを呼んでしまいました。


「おいおい、どうした?」

「今、魔力が枯渇しているので、今なら『識別』も通らないかとですね……」

「何をやっとるんだ、何を!?」


 そんな遣り取りをしているところに、リダお姉さんが入って来たのです。


「ディジー、どうしたのー?」

「今こそリダお姉さんの真の力を見せる時なのです! さぁ! 『識別』をお願いしますよ!!」

「もう! 何なのよぉ? ――はいはい、いつも通りに見えないわよ?」

「あれ?」


 予想と少し違いましたけれど、もしかして既に結構魔力が回復しているのでしょうか?

 軽く握った掌の内側に魔力を集中させる様にして、渦を巻かせて歪擬きを作りながら私の輝石を創り上げ――あ、結構回復してますね? 量産していた輝石の半分程の大きさになったところで、ふっと意識が遠退く感じがしましたので、そこで何とか踏ん張ります。


「ぅう……い、今、魔力を枯渇させましたので、もう一度ですよ!」

「おいこら!?」

「ちょ、ちょっと!? もう! ――え? あれ?」

「ど、どうですか!?」

「ええ!? み、見えるけど、何これ、うわ気持ち悪い、あ! ……見えなくなったわ」


 随分と酷い言いようです。ですが、何かは見えたのでしょう。なら、それを認識証の裏に書き込んで貰おうと思ったのですけれど――


「どうしたのですか?」

「……何て書けばいいのかしらね」

「ん? 見えたのだろう?」

「見えはしたけど、……そうね、初めはランク六の【冒険者】、と思えば【鍛冶師】になったり、【気功師】になったり、そこすら安定して無くて、技能に関しては『鍛冶』とか『集中』とか『短剣術』なんて有るのは納得だけど、目まぐるしく『体術』とか『裁縫』とかが入り乱れて、何時の間にかランクが五になってて、一気に魔力系の技能が増えたと思ったらもう見えなくなったわよ~」

「……何だそれは? 魔力枯渇状態で無ければ『看破』も通じんとは、どんな人見知りだ」

「変な言い方をしないで下さいよ!? もう、魔力枯渇状態でランク六以上というのでいいんじゃないですかねぇ?」

「……そうするしか無いわねぇ。――『転写』、でもって、魔力枯渇状態、と。出来たわよ、ディジー」


 リダお姉さんは、『転写』という技能で、認識証の裏に“ランク六【冒険者】ディジーリア=ジール=クラウナー”の文字を浮かび上がらせてから、そこに手書きで「魔力枯渇状態」と書き加えていました。

 『転写』は、技能で見た直近の情報を紙に写すだけの技能ですので、神様技能の使えない私には正直無用の長物です。ですけど、技能で見た情報をそのまま写すことから、それなりに世の中では信用されていたりするのです。認識証の裏書きとか、鑑定書とか。

 手書きしているのも、確か特殊なペンの筈です。更新する際には、ペンの文字も一緒に書き換わるらしいです。


「じゃあね、ディジー」


 リダお姉さんは、すっかり変わってしまいましたね。部屋を出る前に、オルドさんに熱い眼差しを送ったりして、乙女が爆発しているのです。

 その分、私には少し素っ気なくなった感じが、ちょっと寂しい気持ちがするのは内緒ですよ?

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