(59)名誉研究所長のディジーリアです?

 そんなリダお姉さんを見送ると、オルドさんが仕切り直しとばかりに咳払いします。

 焦れったいですねぇ? それとももしかして照れ隠しでしょうかね?


「おいこら、何を考えている? ――まぁいい。話を戻すぞ」


 どうにもオルドさんは堅物なのですよ。


「べるべる薬は……そんな状態では無理そうだな。回復すれば作れるか?」

「まぁ、それなら?」

「ふむ……では、十本だな。他には何か有ったか……」


 考え込んでいるオルドさんに隠れる様にして、そっと手の中の輝石を魔力に……魔力に? ……か、硬いですね!? 外からじゃ無くて輝石の魔力を……こうやって……あ! 緩みました! 後は、こう……ほどいて…………や、やりました! 戻せましたよ!?


「――ああ、そう言えば、研究所の話が有ったな。――て、どうした?」

「い、いえ!? 何でも有りませんよ!?」

「……お前は! ――はぁ……まぁいい。お前が斃した竜鬼の死骸に、鬼族の角の利用法、鬼族の死骸を肥料にする提案、扱いに困る魔法薬と、お前絡みの案件だけで、中々賑やかな事になっている。それでいてどれもこれも捨て置けないとの領主判断でな、この街に研究所を造る事になった。領都にその類の施設が無かったというのも侘びしさを感じるが、領都と雖もこの街は前線基地だからな。その辺りはまぁ仕方が無いか」


 解いた魔力を取り込めば、変わらず私の魔力として在る事に安心しながら、私はオルドさんの話す研究所の話を、ちょっと他人事の様に聞いていたのです。


「前に話題に出ていた、大鬼オーガ黒大鬼くろオーガの死骸を運んでくるというのも、前向きに検討しているところだから、その内お前に指名依頼が行くだろう。今は領城の一角を臨時の研究室として当たりを付けていると聞いているが、小鬼ゴブリンの肥料で育てた花は香りが強くなったらしいぞ? お前は臭くなると言っていたが、随分と適当だな?」

「そ、そんな細かい事までは分かりませんよ!?」

「……まぁ、そうだよなぁ。今は何の野菜が良く育つかを調べているらしい。……と、街の研究所で有りながら、今はほぼお前絡みの案件しか無い。にも拘わらず、ライカ――領主の奴は、お前の手を煩わせるのもと要らん気を回して、何も言わずにディジーリア研究所なる物を造ろうとしていたぞ? 馬鹿を止めてやったんだ、少しは俺に感謝して貰いたいものだな」


 オルドさんの台詞の途中で、ひぁあ!? と変な叫びを上げそうになってしまいましたが……。――え? 今、馬鹿って言いました? 誰の事を!? ええっ!?

 ……こう、何て言うか、オルドさんの口が悪くなっているのは、最近になって私も身内扱いにされているからの様にも思いますけれど、何が原因ですかね?

 御披露目? いえ、それよりもリダお姉さんが関係している様に思います。

 今のリダお姉さんは少し素っ気ないですけれど、前までは少し困った妹分扱いされていた様な気がしますからね。

 それに釣られて身内扱いするという事は、オルドさんとリダお姉さんの仲も……おっと、ここに首を突っ込んではいけませんね! 現状上手く育まれているものならば、温かく見守るのが仲人ディジーリアの務めなのですよ♪


 ――と、それはそうと、研究所ですか。

 ディジーリア研究所……何だか私が研究されてしまいそうです。

 私の手が回らなかった事を、他の人が続けるのに何の問題も有りませんが、勝手に私の名前を使われるというのは困りものです。

 そんな事を言いましたら、それ以上の事を聞かされてしまいました。


「そうだな。おまけにライカの奴は、研究所の成果をそのままお前の成果にしようとしていたからな。誰も望んでいない贔屓が過ぎると言ってやったのだ」

「……へ?」

「つまりだ、お前の知らないところでお前の持て余している金が、山程膨れ上がるところだったという事だな」

「な、何ですかそれは!? そんなのは困ってしまいますよ!!」


 ゾイさんで無くても分かってしまいます。

 生誕祭の挨拶での一幕といい、私の名前を研究所に着けようとした事といい、成果までといい、もしかして領主様は、ごり押しをする人なのでは無いでしょうか!?

 だとすると、領主様を止めてくれたオルドさんには、本当に大感謝なのですよ!?


「だろう!? なら、お前もちゃんと敬った方がいいぞ? 好奇心の儘に動かれると、どうにも孤児院の洟垂れ共の相手をしている気がしてならんわ」

「ひ、酷い言い種ですよ!? 好奇心は、ほら、英雄の条件の様なものですよ!」

「……それが的外れで無さそうなのが何ともなぁ。まぁ、いい。領城主導でのディジーリア研究所設立は棚上げにしておいたが、デリリア領としてもこれらの案件をそのままにしておくのは惜しいだろう。いずれ何らかの話が有るだろうが、それを待つ位なら、敢えてこちらから動くのが得策だ。……ライカの奴は冒険者をよく分かっとらんからな。でだ、他人がディジーリア研究所を造るくらいなら、お前が出資して研究所を造らせるのはどうだ? お前が発案者で有る以上は、お前以外の誰が手を出そうとしても面倒事が付いて回る。普通はアイデアが有るからと言って研究所を造るなんて出来んが、お前は別だ。報酬も死蔵させておくくらいなら、活用した方が気も楽だろう」


 ……ちょ、ちょっと待って下さい!? 行き成り話が大きくなりましたよ!?

 家を建てたと思ったら次は研究所だなんて、何をすればいいのかも分かりませんよ!?


 そんな混乱も、見抜いたオルドさんの――


「……おい、自分で建てようなんて思ってるんじゃ無いだろうな? お前が溜め込んでいる金を出して、人に建てて貰うんだぞ? 建てる采配なんかも、人を雇って算段付けて貰えばいいんだ。所員の募集や給料の割り当てなんかもな。まぁ、その辺りはこちらから提案する話でも有るし、領城の肝煎りだ。信用の出来る人材はこちらで見繕うから、お前がするのはアイデアの実現に必要そうな間取りを考える事と、報告に目を通して承認することくらいだな。お前はもっと人に頼る事を憶えろ」


 ――なんて言葉で、落ち着きましたが。


 ほうほうほう……つまり私は、研究所に対しては、偉そうに踏ん反り返っていればいい御大尽様なのですね?


 そう思ったら次の瞬間には、手の内で創り上げた歪擬きの組紐製の付け髭を、ぺたりと鼻の下に貼り付けて、


「ふむふむふむ、成る程のう!」


 と、やってしまいましたが、それはもう仕方の無い反射行動というものなのです。

 輝石に固めていない糸ですから、輝糸とでも呼びましょうか? 私の髪と良く似た色した私の輝糸は、丸で予め誂えたかの様な付け髭具合です。

 そしてそんな私を前にして、ぺたりとオルドさんが机に突っ伏してしまいました。


「お~ま~え~な~……」


 おっといけませんね。オルドさんを怒らそうとした訳では無いのですよ?

 ささっと付け髭を無かったことにして、研究所とやらに思いを巡らせます。

 そうですね……手が回らないからと諦めていた事を、代わりにして貰うというのでしたら……。


「街の中には造れませんねぇ。気も魔力も扱えない人も不安なので、引退した冒険者とかになりますかねぇ?」

「何をさせるつもりだ、何を!?」

「毛虫の肥料に毛虫の魔石を混ぜ込んだら、シダリ草やマール草も育てられそうですけれど、それだけ昏い森の魔力が充満すると一般の人では体に悪そうですよ?」


 がばりと起き上がったオルドさんが、また突っ伏しました。

 それから色々と聞いたところによると、やっぱり薬草を育てるのは色々と難しく、育てられても薬効が消えている事が殆どだったのだとか。

 まぁ、そうでしょうね。私の秘密の薬草畑でもそうでした。薬効成分なんていうのは防衛の為に植物が作り出していることが多いのですから、何の防衛も要らない畑や何かで作ったところで消えているのは然も有りなんというところです。

 そんな薬草が薬草のままに育てられてしまえば、多少の危うさが有ったとしても、世の中への影響はとんでもないみたいですね。

 私もまだ成功した訳では無いのですが、それを言ってもオルドさんは、苦笑いを浮かべるばかりです。


「曖昧では無くはっきり答えるのがなぁ。何らかの技能の働きに思えて無下にも出来ん」


 まぁ、私のお金で実験をするから、遣り方も好きに出来るというのなら、土は普通の、出来れば豊穣の森の土とのブレンドで、ブレンドする前に、毛虫の土塊つちくれには毛虫の魔石を混ぜて、豊穣の森の土にも適当に毛虫以外の魔石を混ぜて実験して貰いましょうか。シダリ草は毛虫の魔石を多目で、マール草には控え目にですかね?


「伝える機会が無かったが、協会で預かっているお前の金は、約二万両金になる。半分を建設に使って、残りを当面の費用に取っておく事で良いか? 領城にも同じ程度預けていると聞くが、そちらは税金対策にもそのままにしておく方がいい。領城への貸し出しと見做されて、その貢献分は税金と相殺されるからな。――ん、何? いや、確かに冒険者は既に賦役扱いされて税は発生しないが、冒険者として以外で稼いだ金には普通に税が掛かるぞ? ランク六での免税というのも通行税や入街税に限った話だからな? まぁ、ライカが領主で有る限り、デリリア領では税は発生しないと思うがな。守護者の討伐に魔石の提供、大猪鹿のオークションも予定しているとなると、とても税など徴収出来ん。が、他領では別だ。気を付けろ」


 何と、そうだったのですね!? なんて思いながら、学園の講義を思い出せば、確かにラゼリア王国では寄付は基本的に税に準じるものとして扱われるとか言っていた様に思います。

 其処から話を詰めて、街を出た北の外れに研究所を建てる事にして、別途大工や石工、領城の担当者も呼んで打ち合わせをする事にしました。それまでに私は、提供出来そうなネタを纏めておく必要が有るとの事です。

 まぁ、オルドさんが口にした他には今のところ有りませんけれど。


 オルドさんとの話が終われば、スカさんへのお返事をその場で書いてしまいます。

 やっぱり、素材としての銀には興味が有りますからね。板金鎧でも千両は行かなかったと思いますので、余裕を見て二千両銀。運べる様なら三千両銀はデリラの街までお願いしてしまいましょう。

 そんなお返事をオルドさんに託そうとしましたら、どうやら協会でも銀を確保しておきたいらしく、その運搬もスカさん達に依頼する事になりそうでした。


 オルドさんがその後、私にもベルの魔道具を渡すかどうか悩んでいましたけれど、私に限って言うのなら、きっと輝石を一粒渡した方が目的にも適いそうです。ベルでもいいと思っていたのですけれど、呼び鈴を付けた感じだと、どうにも只のベルでは聞き逃しそうです。

 それは後で考える事にして、その日はオルドさんにも別れを告げて、私は街へと出たのです。



 さて、お買い物です。時告の魔道具です!

 と、漸く本来の目的に立ち返った訳ですが、――まぁ、あっさりと終わってしまいました。然う然う何かが起こる訳では無いのです。

 大通りに面したちょっと高級そうな佇まいの店で時告の魔道具を、雑貨屋で暦表カレンダーの替わりに何度でも書いては消せるメモ板を幾つかと紙と便箋を、棟梁に紹介して貰った問屋でお風呂に使える湯沸かしの魔道具を手に入れて、それだけ荷物が増えれば後は帰る他は有りません。

 回復してきた魔力で浮かせながら、私の家へと持ち帰ったなら、お風呂場に湯沸かしの魔道具を据え付けて、でも今日は回復しつつ有る魔力で「活力」を与えてお風呂の水を温めます。

 ゆっくり休むのが魔力を回復させる条件ならと、御披露目で作った料理の残りを温めて、ちょっと多目に掻き込んで、ゆっくりお風呂に浸かったら、鍛冶場へ出向いて回復した分の魔力を全て輝石にしてしまいました。

 そしたらふらふらと隣の作業場に上がり込んで、其処のベッドに潜り込んだのです。

 ベッドを幾つも用意していて正解ですね。何日も徹夜していると、移動するのさえ億劫になってくるのですよ?


 そうなのです。今日は何日か目の徹夜明けなのです。何て言うか、今日はお休みだと思っていましたのに、結局ふらふらになるまで頑張ってしまってます。

 結局のところ、私のお休みなんていうものは、お休みなんて言いながら結局いつも通りに私のやりたい事をするだけの日なのです。なら、もう魔力枯渇だからと言っていたりしないで、やりたい事が有ればそれをしたらいいのですよ! 勿論休みたい時なら、休んでしまえばいいのです。


 汝、休息するならば、されば休息せよ! ――でしたか? 私が学園に通っていた短い間に流行っていた言葉ですけれど、商都で名を上げた有名な劇作家の言葉だそうです。ですけれど、続く言葉が――然れども、動くならば、動くがいい! ――なのですから、まぁ、今、私が見出した真理そのものです。要は心の赴く儘に全力で、との言葉ですよ?


 別に他人ひとが何を言ったところで気にする程の事も無いと思っていましたけれど、私と同じ事を他の人も言っていて、それが受け入れられているというのには、ちょっと安心してしまいました。何だか私自身も、認められた様に思うのです。

 明日も本当は、やれる事の少ない一日になりそうな気はしていたのですけれど、漸く自由に生きられる冒険者になったのに、それは少し勿体無いのですなんて思いながら、私は眠りに落ちたのでした。



 目が覚めると、鍛冶場に置いていた筈の、毛虫殺しの剥ぎ取りナイフと瑠璃色狼が、何故か作業場の中に立て掛けられていました。

 最近よく動きますねぇ?

 毛虫殺しはいつもの通りですけれど、瑠璃色狼には何処か無理矢理付き合わされた哀愁が漂っています。

 今迄感情らしい感情を感じられなかった瑠璃色狼に、そんな事を感じるのも、変化と言えば変化でしょうか。


「お早うございます?」


 日が明るい内に寝床に入ったのに、もう外は明るくなっていました。ぐっすり眠ってしまいましたと思いながら、体にぺたぺたと手を当ててみれば、かなり魔力は回復している様に思います。薄く家の敷地内に私の魔力を巡らせても、違和感を感じないという事は、完全回復で無いとしても今日の内には回復しそうですね。

 そこまで分かれば充分ですと、私は火事場に置きっ放しにしていた萎び掛けの果物を囓りながら、金床と鎚へと向き合います。

 後は仕上げが残るばかりの物ですから、最後の仕上げと昨日創った私の輝石をトントンギュムギュム押し込む様にして馴染ませていきます。元は私の魔力ですから、そこは自ら浸透する様に。ちょっとしたこつは要りますし、魔石よりも繊細な力加減は必要ですけど、コツコツコンコン歪擬きと鉄の織目を整え調え一つにして、一通りの道具に手を入れたら、取り敢えず今日は終わりです。

 一日馴染ませ様子を見てから、明日にでも焼きを入れてみましょうか。


 思ったよりも輝石を使わなかった御蔭で、今もジャラジャラと籠の中には私の輝石が溢れていますけれど、道具と違ってしっかり練り込むつもりの武具達には、まだまだ足りない事でしょう。

 半分程度魔力を減らしたところで、特に負担にはなりませんと、再び天井で創り上げた私の輝石を、ぽたりぽたりと籠の中へと落とします。

 そこで気が付きました。輝石と輝石がぶつかり合う時には、私にもその感覚がピクンと伝わります。これ、ベルの魔道具の代わりになりそうですね?

 そうと思い付いたら輝石は輝石で量産を続けながら、三両金程手に取って、手の上で「活力」を与えて熔かしながら「流れ」で形を整えて、輝石を嵌める台座を作り上げます。そこに小振りの輝石を嵌め込んだら、その上に軸を通してくの字のノッカーを付けて、その先端に輝石を叩くだけの小さな輝石を取り付けます。ノッカーを動かして動作を確認してみれば、ええ、これはしっかり私に届きそうですよ?

 台座に装飾を施して、ディジーリア=ジール=クラウナーの文字も浮き彫りすれば、一先ずこれでいいでしょうかね?


 昨日と同じくお昼時になっていましたので、今日は壁の上を冒険者協会へと向かいます。

 今日はオルドさんにこのノッカーを渡すのと、打ち合わせ日の確認です。

 それが終わればその他の気になる事に、片っ端から突撃なのです。

 そう、お休みの極意とは、休まない事なのかも知れません?


 昨日までは今日が何日かも分かっていませんでしたが、早速買ってきた時告の魔道具が役に立ちました。今日は春の余り月の五日目です。各季節につき一月ひとつき三十日が三ヶ月と余り月が十日の百日ですので、残り五日で春も終わりですね。

 王都の学院に秋には行くことを考えますと、余りのんびりともしていられませんけれど、研究所って一月ひとつき二月ふたつきで建つ様な物なんでしょうか?

 それも打ち合わせで確かめられるのでしょうけれど、もしかしたら王都へ行っても、大きなノッカーさえ有れば、ノッカー越しに遣り取りだって出来そうです。


 そんな事を考えながら、協会に着いたら扉から中へ。オルドさんを呼んで貰います。


「ああ、ディジー、来てくれて助かった。研究所の打ち合わせは明日の昼に決まったぞ」


 何とも急な話ですね?

 でも、まぁ、道具に焼き入れをしてから出掛けると考えると、丁度いい時間かも知れません。

 了解を伝えた後に、オルドさんに渡したのが、創ったばかりのノッカーです。


「……何だ、これは?」

「私専用のノッカーですよ? ベルの魔道具の代わりです」

「……どういうことだ?」

「も~、論より証拠ですよ! これは置いて行きますので、緊急の用事があればノックしてくれればいいのです」


 そう言って、ノッカーを置いて私は協会を出たのでした。


 そして協会を出た直ぐに、ノックが二回。


『今二回ノックしましたね!』


 凱旋での初回公演でした様に、生誕祭でもした様に、ノッカーの周りに私の声色で声を再現してみます。


『ど……どういう事だ!?!?』


 気持ちを向けていない時に喋り掛けられても分かりませんが、待ち受けている時なら輝石越しでも何を言われているか分かりますね?


『ですから、私専用のノッカーですよ? こちらが聞く態勢になっていないと話し掛けられても分かりませんので、まずはノックして下さいね。……それと、これは『根源魔術』の応用なので、何を聞かれても答えられませんし、外に出せる技術でも無いので悪しからずなのですよ』


 何と言っても魔力越しに見て聞く技術を持っていないと、ドキッとするだけの代物ですから。

 輝石の向こうではオルドさんが頭を抱えながら、それでも何処かの壁に私のノッカーを掛けてくれた様でした。



 協会での用事が終わっても、細かい用事が色々と有りますけれど、一つ一つこなしていけばいいのです。

 協会から裏道を下った先に在るのは、棟梁のおうちです。


「御免下さーい!」


 いつもの如く、玄関口で挨拶しながら、お家の中にお邪魔しました。

 勝手知ったるというのでも有りませんが、庭まで入り込むと、そこで棟梁が木組みを前に首を傾げていました。


「……よく分かんねぇなぁ」


 何かお悩みの様ですね?

 なので、棟梁の横に立って、声を掛けてみたのです。


「何がですかね?」

「いやな、梁には梁に、楔には楔に適した木が有ると思ったんだがよぉ、どうもこう、違うんじゃないけ……って、おおおい!? いつの間に入って来やがった!?」

「声は掛けましたよ? ――ふむふむ……鍛冶で言うなら、硬さの違う素材が紛れ込んでいたら、そこから罅が入ってきそうです?」

「……だなぁ? まぁいいや。じっくり考えてみっけ。それより今日は何の用でぇ? てか、あのべるべる薬ってぇのはいいな! 毎日とは言わねぇが、定期で欲しくなっちまうぜ」

「そう、それですよ! 棟梁が病気だったなんて、知りませんでしたし、べるべる薬で治ったっていうのが良く分からないので、何がどうなったのか教えて貰いに来たのですよ?」


 そんな感じで始まった、棟梁への聞き取り調査でしたけれど、多分、魔力の詰まりがべるべる薬の促す魔力の流れに押し流されて、解消されたのではなんて話をされると、べるべる薬に頼らずに『根源魔術』の「流れ」で充分だったのではなんて考えてしまいます。

 とは言っても、目の前の棟梁は既に病気も癒えていますので、確認も出来ない訳ですが。

 それに、棟梁にしても色んな植物を体験したが為に、詰まりが取れたのではなんて疑いが有りますので、やっぱりべるべる薬をそのまま治癒薬にするというのも頷けません。

 棟梁と一緒に首を捻ってしまいましたが、結局は望みの効果を出しそうな何かを、森を探索して探すしか無さそうなのでした。



 さぁ! 次に行ってみましょうか!

 棟梁のお家から大通りに出た所に在るのは、ちょっと高級な宝飾屋さんです。街の外から来た商人達が主に買っていきますけれど、街の住人だって足を運びます。

 と言っても、その扱っている殆どは、魔石を磨いてカットした宝石擬きの宝魔石。魔の大森林デリエイラの魔物からは、色取り取りの魔石が取れますから、色と形の良い物がこうやって加工されて宝石代わりにされるのです。

 魔法使いの杖の代わりになったりする物も有るようですけど、今日の私のお目当ては、そのデザインとちょっとした情報収集です。


「ほうほう……透明な物ばかりでは無いのですねぇ……」

「人気が有りますのは透明度の高い物もそうでございますが、色が美しいのは不透明でも好まれますよ」


 丁寧な対応をしてくれる店員さんですけれど、ここは北門に近いというのもあって、凱旋の時の私の姿も見ていたのかも知れません。

 生誕祭でも姿を隠していた訳では無いのですから、一度も来店した事の無い私の事も知られているのかも知れませんね。


「今日は何をお求めでございましょうか?」


 そう言われると困ってしまいます。

 何と言っても今日は情報収集で、言ってみれば冷やかしなのですから。


「ごめんなさい。今日は上流の人にどんな宝飾が好まれているのかの情報収集で、買いに来た訳では無いのです」


 嘘を吐くのもはばかられたので、正直にそんな事を言いましたら、苦笑をしながらも店員さんは丁寧に相手をしてくれたのでした。


「――ほうほう、山高帽は簡易の防具でも有るのですね!」

「ええ、ですからぺらぺらの形だけ真似をした物では失笑されてしまいます」

「『ブラウ村のステラコ爺』には、山高帽を被って片眼鏡を付けて、ステッキを振り回す大商人が出て来ました」

「多少は流行も有りますでしょうし、改革で大きく変わったとお聞きしますが、今はその様な格好は、物語の中か外国での話しか存じません。……まぁ、ドルバルールまで行けば、両手に指輪を幾つも嵌めた、物語通りの商人なんかも居る様ではございますが」


 買い物をする訳でも無い冷やかしに、そうも丁寧に相手をされてしまいますと、何もしない訳にはいきません。

 何か無いものですかと思うものの、正直宝飾品を買い求める気分にもなりませんし、情報量を渡すというのも酒場でも無ければ違う様な気がします。更に、今、持っている物でとなると更に限られてしまって――

 なんて思いながら、持っている物を思い出そうとしている時に、気が付いてしまいました。

 腰に付けた小物入れ。その中に、危険物が何粒か残っていましたね?

 大猪鹿を初めに仕留めたその時に、台車を作る際にサルカムの木から抜き取った魔力で作った魔石擬き。いえいえ、魔物の魔力では無いのですから、これこそ宝晶石擬きですね。森の宝晶石にも似た物と危険物扱いをしていましたが、実際のところはどうなのでしょう?

 始めに作ったその宝晶石擬きは、野鍛冶に使って瑠璃色狼の糧としてしまいましたけれど、サルカムの木を伐る度に作って、もう幾つも手に入れているのです。

 その一つを、放出しても構わないですよね?


「……このままお話だけ伺ってそのままでは心苦しいので、最後にちょっと、この石を『鑑定』して貰えませんか? 鑑定結果を教えて頂けるのなら、そのまま買い取りをお願いしたいと思うのですが」


 そう言って出した緑色の宝晶石擬き。店員さんは特に思うところも無い様にその石へと目を向けましたが、暫くすると、はっと目を見開き私へと視線を当ててきました。

 首を傾げて見上げていると、店員さんが震える声で鑑定結果を教えてくれます。


「――ランク二【宝晶石】サルカム。

 主にサルカムの木の魔力で作られた宝晶石。性質に『除虫』『頑強』を与える。

 ……こ、これは何処で手に入れた物でございますか!?」


 どうやら鑑定結果に、私の仕業とは書いていない様ですね? 少し安心しました。


「サルカムの森で手に入れた物ですよ?」


 と、お返事しましたけれど、まぁ、嘘では無いですよ?

 他にも魔晶石を磨いた物が宝晶石だとかで初めから真球だったのかとか、ひやっとする事も聞かれましたけれど、その辺りは内緒という事で買い取りも半額にしましたから、まぁ、お互いにいい取り引きが出来たと思うのです。



 そんな宝飾屋さんを離れて、まだまだ用事は続きますよ? 今の内に学園にも行ってしまいましょう!

 学院にお呼ばれしているのなら、必要な書類も有りそうです。今の内に準備をお願いしておくのですよ。


 とは言ったものの、見つかると面倒事も有りそうなので、職員室に入るまではかっちりと『隠蔽』で隠れていきますけどね? ですが職員室に着いたら『隠蔽』ももう要りません。


「お邪魔しまーす」


 今は丁度授業中なので、挨拶もちょっぴり小声です。

 先生も殆ど出払っていますけれど、お目当ての事務をしてくれる先生はちゃんと居ます。

 この時間に来て正解なのですよ♪


「先生! ちょっといいですか?」

「え? あ、あら? ディジーちゃん!? え? 一体どうしたの?」

「あー、えーとですねぇ、王都の学院から招待を受けたのですけれど、学院を受験するのに必要な書類とか、ご存知でしたらと思いまして……」

「あら、ディジーちゃん、学院へ行くの?」

「初めは『儀式魔法』が使える様に成れればと思っていたのですけれど、魔道具も面白そうなのですよ」

「あら、まぁ。守護者を斃した英雄さんなのに、普通ね?」

「あれはあれで冒険でしたけれど、やりたい事とはちょっと違うのですよ」

「ふふふふ……いいわよ? でも手数料が鉄なら四両鉄、金なら一朱金よ?」


 やっぱり書類が必要だったのですねと思いつつ、先生に一朱金を渡します。


「はい、承りました。用意しておくから、五日後以降に取りに来てね」


 その言葉にほっとしながら、私は学園を後にしたのです。



 どんどん行きます♪ お次は美髯屋さんにも行ってみましょう!

 学園から戻ってきて、再び大通りを越えた帰り道ですけれど、お買い物をしていく予定でしたので、荷物が有るなら最後に、なのです。


「オドさん! お偉いさんの前に出ても大丈夫な、高級な布地は有りませんか?」

「ふむん、よく来たな。ふーむ……それならこの辺りじゃな」

「色を合わせて、山高帽が作れる硬い布も欲しいのですよ!」

「ふーむ……ならば、これと、これじゃな。糸も合わせるならば、それそこじゃ。最近は色の違う飾り糸を入れる事も流行っておる様じゃが、その辺りは好きにせい。配色に悩むくらいなら同じ色じゃな」


 と、これはすんなりと手に入れて、荷物を持ったら私の家まで一っ飛びです。



 そこまでやってもまだまだ外は明るいので、もうこうなればとことんです! 森で薬草も集めてきましょう!!

 と、勢いに任せて街を飛び出してきてしまいましたけれど、お婆様の服の儘来てしまったのはちょっと失敗だったかも知れません。擦り切れまではしませんが、けば立ってちょっと傷んでしまいました。

 魔力で覆って保護しつつ、適当に薬草を集めたら、今日はもう上がりましょう。



 そう思って私の家に帰ったなら、その場でささっと補充のべるべる薬を作ってしまい、後はちくちく明日の準備。

 夜になったら切り上げて、輝石を作ったらお休みです。


 朝、目が覚めたら一番に、補充のべるべる薬を協会へと持って行きました。


「おお、早速対応してくれて助かる。二百両金になるが、これはどうする?」

「有る時払いでいいですけど、問題無いなら頂いて帰りますよ?」

「二百両も大概大金だが、大丈夫か?」

「泥棒の心配は要りませんし、もし盗もうとする人が居ても、多分その人に恐ろしい事が起きるだけなので大丈夫ですよ?」

「……それを大丈夫と言うのか」

「それよりも、今日はいつ頃向かえばいいでしょうかね?」

「あ、嗚呼、時告の魔道具は手に入れたのか? ――なら、昼の二時頃に領城の会議室に来てくれ」

「はい! じゃあ、直接向かいますね!」


 そんな話をして直ぐにお家に戻って、私の赤い魔力の色を浮かべ始めている金床や鎚やその他の道具達を手早く焼き入れして、冷ましながらギャリギャリ魔力で叩き上げて、再び魔力の色が消えてしまった道具達は、またしても馴染ませる為に明日まではそのままです。

 そこまで終わればもうそれ程魔力は使いません。ぽたぽた輝石を量産しながら、今日の準備の最後の仕上げ。成る程輝石も魔石と同じで、私の魔力の色を抜く事は出来ても、色を変える事は出来ませんね? なんてことを思いつつ、果物を囓ってはサルカムを削り、お肉を頬張っては金貨を熔かします。

 約束の時間の一刻三十分ばかり前になったら家を出て、領城へと歩いて向かいます。



 コルリスの酒場の前を通り過ぎると、扉にしがみついたディナ姉が、扉をガタガタと揺らしました。

 ――むむ、どうしたのでしょうねぇ? 力仕事はマスターにお願いした方がいいですよ? なんてなんて、しっかり正装した私にディナ姉が驚いただけなんて、分かっていますとも。

 山高帽に、ステッキ振り振り、今日の私は研究所の所長様なのですよ♪



 冒険者協会への登り坂を登っていると、壁に張り付いて冒険者が驚愕の表情を浮かべていますよ? 蹲る冒険者達は、がたがた震えて目を合わせてもくれません?

 ――ふふふ、オドさんお薦めの高級布で作った礼服です。礼服の基本はかっちり折り目の正しい、硬さを感じる作りです。走り回ったり時には木に登ったりなんて冒険者の装備とは対極に在る服装です。ふふふ、冒険者達も、溢れる上品さに目も眩んでいる様子です?



 領城の前まで来ましたら、ステッキでトントンと地面を叩いて注意を引きます。


「今日は研究所の会合がある筈じゃが、入ってもいいかのう!」


 震える指先で、必死に領城を指差す門番さんに、ふむふむ! と頷いて、ふんっ! と胸を張ってから、ふんふんふん! と領城へと向かいます。

 山高帽にも、実は目の前に浮かせている片眼鏡にも、高級なコートにも、振り振りしているステッキにも、金で出来た装飾に、小さく光る色を抜いた私の輝石が彩りを与えています。

 溢れ出る上流感! こんなお偉いさんが相手では、緊張で喋れないのは当然です。寧ろ緊張し過ぎて変な声を洩らしているのですから、むむむ、ちょっと心配になってしまいますよ?



 会議室に向かう途中で、用意していた指輪を嵌めて、これでもう完全装備です。


「お待たせしましたのう!」


 魔力と“気”とで、オルドさん達が会議室の中に居るのは分かっていましたので、ノックをしてから声を掛けて、大きく扉を開け放ちます。


「ああ、ディジー、来た……………………」


 言葉に詰まるオルドさんを尻目に、悠々と空いていた席へと向かい、ぴょんと跳び上がって座ります。

 そして、会議の続きを促す様にふむふむと頷いてみましたけれど、反応が有りません。


 おや? 拙かったですかね?

 したい様にと思ったところでしたけれど、やり過ぎましたかね?


 今の私は山高帽に上流コート。サルカムのステッキを振り回し、左目に掛けた片眼鏡モノクルのレンズは、レンズに見せ掛けて色を抜いた私の輝石です。金の飾りに輝石のワンポイント。両手の指の全部に、輝石をあしらった金の指輪が嵌まっています。

 何というブルジョア感!


「おい! まずはその悪趣味な格好をどうにかしろ!」


 怒られてしまいました。

 確かに、指輪は悪趣味かとは思ったのですよ?

 指輪に使っている輝石をほどいて魔力に戻し、指輪自体も熔かして纏めて金の塊にしてポケットの中へ。

 片眼鏡モノクルまでは悪趣味とは思いませんよ?

 あー、帽子とか、ステッキとかの装飾も有りだと思うのですよ?


 なんて思っていたのですけれど、ぎょっとして見ていたオルドさんが、まだ終わりでは無いと半眼です。


「髭もだ!!」


 ひゃっ!?

 ……そう言えば、付け髭も付けてましたね?

 でも、これはお気に入りなのですよ?

 そんな事を言っても通じないのは分かっていますので、名残惜しいですけど魔力に戻してしまいます。


「部屋の中では帽子を脱げ。あとは、目も悪くないのに片眼鏡なぞ、逆に目を悪くするぞ」


 少しトーンの落ち着いたオルドさんですけれど、そうですね、帽子は帽子掛けに掛けましょうと宙を飛ばしてぽすんです。

 おっと、片眼鏡もですか? でも、これまで無くしてしまったなら――


「……所長の威厳が出せません」

「誰が所長だ! …………いや、所長なのか?」


 首を捻ったオルドさんに、居並ぶ面々から声が飛びます。


「はははは! 殆どがディジーリア殿の出資なら、所長と言っても差し支えないな!」

「経営は出来んというなら、名誉所長扱いにして所長代理を立てれば解決じゃて」

「しかし、所長がディジーリアなら、ディジーリア研究所で良かったのか?」


 そんな名前は認められませんよ?


「第三研究所です」


 しれっと答えた私の言葉に、またもや突っ込みが入りました。


「その“三”ってのは何処から出て来た!?」

「第一と第二が迷子じゃわい」

「第一とか第二だと、競い合う感じがせわしないので、適当に頑張っている感じの第三です。――敢えて言うなら、昏い森が第一で豊穣の森が第二とか、家の畑が第一で台所が第二とか、適当に言ってしまえばいいのですよ!」


 私の場合は秘密基地の作業場が第一で、家の作業場が第二ですけどね?


「うあっはっはっは! そう来たか!」

「結果を出しての言葉じゃからか、良い名に思えてしまうのが不思議じゃわい」

「こんな調子が余所にまで知られてしまうと思うと何とも言えんが……。――まぁ、こんな奴で済まんが、皆、宜しく頼む」


 肩を震わせて見守る他の出席者達に、何故かオルドさんが頭を下げて、研究所案件の打ち合わせは始まったのです。


 打ち合わせ自体はすんなり終わって、何事も有りませんでしたよ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る