(151)ねぇ、今どんな気持ち? ~特別講義 二齣目~

!長文設定回注意!

三行説明

『儀式魔法』は攻撃の為のものでは無く生活をちょっと便利にするためのもの。

裏付けは神々に『問い合わせ』して取ったのですよ!

『儀式魔法』権威主義者ざまぁ!


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「それにしても、随分と疲れた様子だな」


 王様が不思議そうな声なのは、私が人形で同時に何カ所でも作業して平然としていたのを知っているからでしょうか。

 でも、これはそれとはまた別の疲れなのですよ。


「それは、あれですよ。純粋に『根源魔術』を学びたい人だけが来ているのでしたら、私も楽しく教える事が出来たのでしょうけど、半分近くが疑って掛かってるというか、品定めに来ているというか、見下すねたを探しに来ている様な感じですと、疲れてしまうのですよ。

 私にとって興味が全く湧かない人の為に、言葉を尽くすのは堪りません」

「ん? 怒っていたのでは無いのか?」

「怒っているので文句は言いますけれど、興味は無いので関わるつもりは有りません。私の邪魔をする様なら縛って転がしておきますし、邪魔はしなくても目に余る様なら王様やサイファスさんに知らせてお任せです。

 ですけど今回は講義の中で私がフォローをしないといけませんでしたから、何と言うか疲れました」

「どんな自己中だ!」

「そうは言っても、話が通じない人とは話は出来無いのですよ?

 それを一々気に懸けてしまったら、きっとロルスローク先生の様に思い詰めてしまうに違い有りません」

「ぐむぅ!? 私か!?

 いや、確かに思い悩みもしたし、魔導師達に問い合わせもしたが!?」

「ふん、陸な回答など得られていまい。今日も遅れて来た挙げ句のあの醜態だ。魔法の事は良く分からぬ故に見逃して来た所は有るが、お主の講義で良く分かったわ」

「でも、見た所ランク十も有れば良さそうな人達でしたけれど、あの人達って一体何をしている人達なんでしょうかね?」

「……『儀式魔法』の普及と監督だ」

「…………駄目じゃ無いですかね? それ」

「はぁ~……お主の小間使いの絵が物凄く分かり易かっただけに悩ましいぞ。確かにあれでは魔術師とは言えん。魔導師などとは尚更だな」

馘首くびですかね?」

「いや、流石にまずは監査だな。

 これまでも『儀式魔法』を使うだけならば、一応は職務を果たしてきたのだ。譬え我が無能と思っていたとしても、行き成り追い出す事は出来んな。

 問題は、奴らが曲がり形にも魔術の第一人者だと考えて、魔術関係では奴らを責任者として任せている案件が有る事だ。伝来の魔術関係の資料が失われていないか、目録から確認せねばなるまい。ふん、彼奴あやつらを任命したのは我故に、我にも咎が向きそうだ」

「ほうほう……因みに王様にも罰は有るのですかね?」

「……確か、被害をこうむった者に詫び金を送るとしていたとは思うが、誰が被害者か範囲が広過ぎてとても分からん。法に則るとしか今は言えぬが、定めていなければ納得が行く様に考えるしか有るまい」


 そんな王様の言葉に、王様にも罰を定めているのですねと興味深く思いながら、休憩時間は気が付けば終わりに差し掛かっていました。

 それにしても王様と会話していると、他の人が会話に入って来ませんね。今日は王妃様も聞き手に回りましたから、本当に王様とばかり話をしている様に思います。


 クロ先生が休憩時間の終わりを宣言して、テーブルを片付けた私が再び壇上に上がるのでした。


「はい、二齣目は魔術の成り立ちについてを見ていきましょう。

 正直、何故そんな事を知っているのかといった疑問は持たれると思いますが、それも二齣目の最後に説明します。ですから、まずは聞いて頂ければ」


 前口上からして怪しい限りですけれど、実際に聞いてもどうにも怪しいばかりの情報源ですから、ここはさらっと流します。


「これから話す魔術の成り立ちですが、前提となる知識が幾つか有ります。

 一つは神学が絡みそうな話ですから胡散臭く感じるかも知れませんけれど、『儀式魔法』や『錬金』が神々に魔力を捧げて発動する物と知られていますから、そう突飛な話でも無いと思います。

 即ち、私達が居る現界と少しずれて神々の居る神界が在り、現界で偉業を為した者の魂が神界に招かれ神々として現界を見守っているという話ですね。元から神界に暮らす古い神々も居るそうですし、神様と成った魂も望んで記憶を無くした上で再び現界に生まれ落ちる事も有るそうです。

 そしてもう一つは、『儀式魔法』と呼ばれている物には、実は二種類有る事です。

 一つは雨乞いの様な大人数で祈りを捧げて神々の慈悲を乞う物ですね。神々に目を留めて貰う為の派手な儀式を伴って、大人数で祈りと共に神々に魔力を捧げる物です。その訴えに理有りと認めて聞き届ける神々が居たならば、直接魔術を下される事も有るでしょう。

 まぁ、昇神した神々は、元々特級というのでも無ければ、人とそれ程変わる力を扱えるものでも無いそうですし、こういった儀式に応えるのは力の大きい古い神々ですね。そういう神々は余程の事態で無ければ手を出しては来ませんから、まやかし扱いされる事も多いですけど、ちゃんと理屈は有るのですよ。

 とは言え、「雨乞いの儀式」や「豊作の祈り」では、『儀式魔法』と言わず、単に『儀式』と言った方が通りは良いかも知れませんね。

 もう一つは、皆さんも良くご存知の、『魔弾』といった『儀式魔法』です。

 ここまで、魔力を捧げて、とは言いましたが、このタイプの儀式魔法では実際に神々に魔力が渡されている訳では有りません。『識別』や『鑑定』で参照している神々の「書庫」を介して、魔術の神マトーカ様が創られた『儀式魔法』の仕組みに魔力が送られ、その仕組みの力で自動的に魔術が発動します。

 言ってみれば神界の魔道具ですね。ですから用意されていない『儀式魔法』は発動しませんし、魔力が多く注がれたなら魔術によっては効果が上がります。

 どちらもやっている事はそう変わりません。魔力を捧げた先で、神々自身が動くのか、それとも魔術の神が創り上げた仕組みによって神々に依らずとも魔術が行使されるかの違いだけです。

 残る前提知識は、一齣目で述べた諸々でしょうか。

 私が聞いた魔術の話を幻で再現してみましたから、今述べた事を頭の片隅に置いて聞いて下さいね」


 一齣目では板書を書き写し易い様に白板に墨石を用いていましたが、二齣目は言ってみれば只の裏話です。

 分かり易く幻で説明する事にしたのですよ。


「さて、先程私は魔術の神の名をマトーカ様と述べました。鍛冶の神グログランダ様、錬金の神ディパルパス様、銀細工の神シニーシャ様と、今に伝わる神々の名は多々有りますが、魔術の神の名は知られていません。その魔術の神マトーカ様は、生前は嘗てのレイバスク王国の南に在ったバスクラカン法国で、凡そ千二百年前に魔技師をしていた技術者にして研究者でした。

 この千二百年前には、今のお手軽『儀式魔法』は存在しておらず、即ち魔術師と言えば『根源魔術』遣いでした。

 ですが、既に述べた通りに『根源魔術』で出来る事は術者の魔力の性質に左右されます。その魔力の性質は、術者の魂に依存します。何故なら魔力とは、魂が生み出す精神の力と言われているからです。そして魂は人によって千差万別です。生まれだけでは無く、引き継いだ「記憶持ち」の記憶や、生まれてからの経験でも魂は変化するからです。

 もしも全ての人が火を出す魔術を使えるならば、世の中に火を点ける道具は要りません。でも、『根源魔術』は人によって違いますから、隣の人は火を点ける魔術を使えないかも知れません。

 マトーカ様は魔技師という当時の魔道具技師でしたから、そういう状況で魔術を全く使えない人を基準にして、様々な魔道具を作るのを仕事としていました。

 魔道具と言っても、今の魔道具が『儀式魔法』を喚び出しているのに対して、当時の魔道具は様々な魔石を組み合わせて望む効果を引き出していたそうです。混同しない様に、このタイプの魔道具は今後魔具と呼びますね。

 そして魔術という便利な力を活かして世の中を発展させたいと考えながらも、人の魔力に差異が大きい故に何れ行き詰まると感じていたバスクラカン法国は、使用者の魔力の性質に左右されないこの魔具を発展のいしずえと定めたのです。

 それを可能としたのが、魔物の魔力は種族毎に個体での差異が小さいという事実。

 大きな街の近郊には、故意に魔物を繁殖させた数々の工場が建てられて、作り出された様々な魔具が人の生活を豊かにし、バスクラカン法国は魔具の力で此の世の春を謳歌していたのです。

 しかしマトーカ様は、そんな世の中を支える魔技師の一人で有りながらも、人がその手でもっと自由に凡ゆる種類の魔術を使える様になる事を、諦め切れない一人だったのです」


 ざっくりとした地図とか、火を点けられない魔術師を狼狽えさせて見せたりとか、魔石が組み合わされた魔具の概念とかを幻で見せます。


「でも、結局『根源魔術』の制約はどうする事も出来無くて、道半ばのまま亡くなってしまったんですけどね。マトーカ様が魔術の実績を残すのは昇神してからになりますから、まぁ名前が伝わっていないのも当然と言えば当然ですし、魔法其の物を『鑑定』も出来ませんから、神界からの情報としても名前が伝わる事は有りません。

 それに、バスクラカン法国自体も疾っくの昔に滅んでいます。

 まぁ、当時は界異点から流れ出る目に見えないひずみが歪化わいかを齎すなんて知られていなかったそうですからね。先程も言いましたが、効率を求めて魔石工場は町の近くに造られて、原因不明の異形化が問題になっていたそうですよ? 氾濫だって起こるでしょうし。それにこちらの生き物が歪化するのと同じ様に、異界の生き物もこちらに影響されて歪化して、こちらの生き物と似た姿になるのはシパリング領の魔界で確認されている事実です。もしかしたら必要としていた魔石が何時の間にか変化して望みの効果が得られなくなっていたなんて事も有ったのかも知れません。

 今でも使われている、ベルの魔道具の様な魔石を直接用いた魔具らしき物が、バスクラカン法国の名残を思わせる僅かな品となっています。

 まぁ、一介の魔技師の名前が残っている筈が無いのですよ」


 ベルの魔道具については、直前にはなりましたけどロルスローク先生に昔から伝わる物と確認しています。マトーカ様にも、ですね。

 マトーカ様の話を何故私が出来るのか。

 まぁ、『問い合わせ』てマトーカ様自身に聞いたのですよ。

 マトーカ様が『問い合わせ』に答えてくれる様に成ったのはつい最近になっての事ですけど、どうもそれまでは引き籠もって神界の魔具『儀式魔法』造りに没頭していた様です。

 ですけど、私がここ最近『根源魔術』を用いて大暴れしていましたからね。魔具を創るマトーカ様は、『根源魔術』の大家たいかでもある訳で、どうやら神々になると自身の司る事象の気配が分かる様になるらしく、それで久々に様子を見に出た先で神々の酒宴に巻き込まれたのだとか。

 魔術講義のほぼ直前で魔術の神自身に裏付けを取れたのですから、僥倖としか言い様が有りません。


 私としては大体当たりを付けていたところでの答え合わせみたいな物でしたけど、失われた歴史や知られざる『儀式魔法』の情報は、講義の厚みや信頼性をがっつり底上げしてくれるのですよ。

 マトーカ様と話が出来なければ、きっと誤魔化された様な微妙な講義になっていたに違い有りません。


 ただ、ちょっと愚痴が煩いですね。『問い合わせ』すると、びっしり文字で埋められた回答からは、ロルスローク先生なんて目じゃない昏い想念が窺えます。

 いえ、本当に、何で私が神々の愚痴に付き合わないといけないのでしょうね?


「でもこのマトーカ様。神様となった後も情熱は冷めやらず、寧ろ神界では凡ゆる性質の魔力を手に入れられる事に気が付いてから、それを活用して凡ゆる魔術を実現出来ないかの研究を始めました。

 尤も、神と成ったと言っても魔力は魂に根付く物です。マトーカ様自身が直截凡ゆる魔術を扱える訳では有りません。しかしマトーカ様は元々魔技師でした。その経験を活かして、神界に遍在する凡ゆる性質の魔力を取り込んで、それを魔術へと変える魔道具を創造していったのです。言ってみれば、これが『儀式魔法』の本体ですね。

 それとは別に、神界から現界に影響を与えるには、魔力を捧げられてその対価とする必要が有るそうです。これは『儀式』にしてもそうですね。

 最後に、示された仕様に従って魔術を送り込む仕組みを、神々の「書庫」の機能を利用して創り上げれば出来上がり。因みに魔術の神マトーカ様が創ったこの仕組みは、後に『錬金』や他の分野にも利用されているのだとか。

 でも、ここまで聞いて何か違和感を覚えませんでしたか? 自分達の知っている『儀式魔法』とは違う物の話を聞いている様な気にはなりませんかね?」


 そう言ってざっと会場を見回すと、流石に五百人も居れば疑問を抱いた様な顔をしている人がちらほらと居ます。

 そんな人達の中から、『念話』の感覚頼みに私に都合のいい疑問を抱いた人を指差しましょう。


「では、そこの紫ネクタイの渋い方! 疑問を持っている様な顔をしていますね!

 何を考えたのか、是非ここで言って貰えないでしょうか?」

「う、うむ、私か? ああ、魔道具の技師というのと、『魔弾』や『火炎弾』がどうにも結び付かないとは思ったが」


 それですよそれ!

 ここで何でそんな事を知っているのかとか聞かれると、話の流れが悪くなってしまう所です。


「おお! そうですそうです、そういう疑問を持って頂ければ話が早くて助かります。

 私がその辺りの事に気が付いたのは、裏話を知る前の事でしたから、寧ろ漏れた僅かな魔力を用いて自分では制御出来ずに放つ魔法が、どうして攻撃の為の魔術なのでしょうというそちら側の気付きでしたけれどね。

 考えてもみて下さい。自らお漏らしする人は別として、自然と漏らした程度の魔力で発動する制御が不要な魔術です。『儀式魔法』は捧げた魔力と等価な規模の現象しか起こせません。攻撃の為の魔術として捉えるのは、コンセプトから間違えているのですよ。

 『儀式魔法』は、自然と漏らしてしまっている魔力を活用して、生活をちょっと便利にする魔法です。攻撃の為の魔術を放ったり、そんな事の為に創られた物では無いのですよ」


 そこで会場を見回してみますけれど、実感している様子は有りません。

 当然ですね。実際に『魔弾』も『火炎弾』も『儀式魔法』ですし、攻撃以外の『儀式魔法』はそれ程多くは知られていないのですから。

 なので、まずは実感して貰うのが大事ですよね?


「はい、そう言われた所で、実際に『魔弾』だとかが存在している以上は納得も出来ないでしょう。生活の為の魔法と言われても、攻撃以外で知られているのが『識別』や『判別』では実感も湧かないのではと思います。

 そこでちょっとした実験です。先程から私の人形がお配りしているのは、美味しいと評判のポンポ農場の生玉子です。玉子が苦手な方は、お土産にでもして下さいね。実験をすると熱くなりますから、包み紙を偏らせてふんわり持つか、更に手巾に乗せるかして下さい。

 では実験の内容です。これからこの生玉子を、『儀式魔法』で美味しい茹で玉子にしたいと思います。茹で玉子ですから結構熱くなります。心配でしたら、ちょっと席を立って、椅子の上に置くのもいいかも知れません。

 ――と、配り終えましたが、準備は宜しいでしょうか? 一齣目でお伝えしましたが、『儀式魔法』は少しだらけた感じの方が旨く行くでしょう。そして、『儀式魔法』は使うものでは無く神様に請い願うものです。その意識も頭に置いて、神様への感謝を忘れない様にしましょう。譬え実際には神々の魔具が反応しているだけと言っても、そこに変わりは有りませんからね?

 さて、誰が聞いても生活をちょっと便利にする以外の解釈が出来無い知られざる『茹で玉子』の『儀式魔法』ですけど、実は二種類有ります。マトーカ様お勧めの黄身が少し半熟にとろけているのは『茹で玉子』、しっかり黄身まで固いのは『固茹で玉子』です。『茹で玉子』か『固茹で玉子』のどちらかお好きな方をイメージして下さい。それから『儀式魔法』で神様に魔力を捧げる事をイメージ出来ましたら、しっかり口でも唱えてみましょう。魔力を漏らすのが苦手な人は、二十秒はそのイメージを保持したままにすれば成功し易くなるかも知れません。

 では、さんはい!」

「茹で玉子」「茹で玉子」「固茹で玉子」「茹で玉子」「固茹で玉子」「茹で玉子」「茹で玉子」「茹で玉子」「茹で玉子」「茹で玉子」「固茹で玉子」「茹で玉子」「茹で玉子」「固茹で玉子」「茹で玉子」「茹で玉子」「茹で玉子」「茹で玉子」…………


 一斉に上がる声と、もくもくと噴き上がる蒸気。言葉も無く目を丸くしている受講者達。

 お漏らしが苦手な人や、自然と『魔力制御』してしまっている人には、人形が横でアドバイスしながら、どうにか全員成功です。

 まぁ、複雑な温度管理はしていても、『魔弾』と較べたら使われる魔力は僅かですから、多少『魔力制御』出来ている程度なら時間を掛ければ成功するみたいですね。


「どうやら皆さん成功したようですね。

 では、次です。『玉子の殻剥き』も『儀式魔法』で用意されています。この場で食べるのはちょっとという方は、他の人のを見て頂ければ。椅子から降りている人も、もう大丈夫ですからまた座って下さいね。

 今度は仕様の詳細は大丈夫でしょうかね? 『玉子の殻剥き』と念じて下さいね?

 用意は出来ましたか?

 では、さんはい!」

「玉子の殻剥き!」「玉子の殻剥き!」「玉子の殻剥き」「玉子の殻剥き!」「玉子の殻剥き」「玉子の殻剥き」「玉子の殻剥き!」「玉子の殻剥き!」「玉子の殻剥き」「玉子の殻剥き!」「玉子の殻剥き」「玉子の殻剥き」…………


 先程よりも力が籠もった掛け声ですが、その分『魔力制御』してしまっている人が居ますので、そこはちょいちょい人形達が声を掛けていきます。


「では、最後に塩を振って頂きましょう。念じる言葉は『海塩』です。と言っても、剥けた殻を取り除いてからでないと、殻に塩が掛かってしまいますからね?

 ちゃっちゃと行きますよ? さんはい!」

「海塩」「海塩」「海塩」「海塩」「海塩」「海塩」「海塩」「海塩」「海塩」「海塩」「海塩」「海塩」「海塩」「海塩」「海塩」「海塩」「海塩」「海塩」「海塩」「海塩」「海塩」「海塩」「海塩」「海塩」「海塩」「海塩」「海塩」「海塩」「海塩」…………


 呆れた様な表情のまま、「海塩」と唱える受講者達。異様な光景ですね。

 私も塩が振り掛けられた自分の分の茹で玉子を、ぱくりと口に運びます。

 マトーカ様は随分と茹で玉子に拘りが有るらしく、絶妙な塩加減でただの茹で玉子なのに口の中が蕩けそうです。

 王様も恐ろしく微妙な顔をしています。それはそうですよね、海の遠いこの王都で、僅かばかりと雖も海塩が手に入るなんて巫山戯てますよ。


 そして、耳で聞くだけで無く、自分で唱えて、熱味を感じて、匂いを嗅いで、結果を目にして、美味しく味わったなら、それ以上の実感も有りません。

 しかも、不意討ち。

 言葉が出ない程に、今は固定観念が打ち壊されて、いい具合にリセットされた様子ですよ?


 それならここは畳み掛けましょう!

 哀しくも虚しい、マトーカ様の奮闘の歴史を明らかにする時なのです。


「はいはい、そろそろ落ち着きましたか?

 『儀式魔法』が、生活を便利にする為の物というのも実感頂けましたかね?

 では、どうして攻撃の為の魔術が用意されているのか、そして何故これらのちょっと便利な魔法が伝わっていないのかについてを教えましょう。

 簡単に言うとですねぇ、名前の知られていない魔術の神様が、現界への連絡手段も無い神界で色々魔術を創ったとして、一体誰がそれに気が付けるのかという話ですよ。

 まぁ、中には気付いた人も居るみたいですよ? でも、そういう『刺抜き』とか『手当て』なんて『儀式魔法』の存在に気が付いた人は、当時はすっかり妖しげな術を使う『根源魔術』遣い扱いされていたみたいで、物の本には詐欺師扱いされて追放されたりとか、まぁ笑えない話ばかりが書かれていましたね。

 誰かその『刺抜き』とかを試さなかったのかと思うかも知れませんけど、出来る筈が無いと思いながら『儀式魔法』を使ったなら、「出来る筈が無い」まで仕様に含んだ発注となりますからね? そんな『儀式魔法』が発動しないのは当然ですよ?

 皆さんが全員『茹で玉子』の発動に成功したのは、出来無いと思っていても、周りで成功している人が何人も居るのを見て、焦ってそんな余計な事を考えなくなったからですね。

 そんな理由で本来マトーカ様が広めたかった『儀式魔法』は、日の目を見る事無く埋もれたままになっていたのです。

 でも、現界から神界を見る事は出来なくても、神界から現界を見る事は出来るそうなので、そんな状況を見たマトーカ様は流石に対策を講じました。

 誰も知らないが故に求められる事も無いのなら、既に求められている魔術を創れば良いと、そう結論を出したのです。それが悲劇の始まりでした」


 大講義室の中は、今になって漸く深閑としてきました。胡散臭く思っていた私の言葉に、説得力を感じたが故なのでしょうけれど、その切っ掛けが茹で玉子というのも何だか締まりません。

 きっと彼らは、その内「私がこの道に目覚めたのは、たった一つの茹で玉子が切っ掛けだった」とか言い出すのでしょうか。


 いえ、今から私が話すのも、結構真面目な話なんですけどね。


「ええ、初めから神々に願いを込めた祈りを捧げている人達が多く居る所。つまり、宗教ですよ。

 マトーカ様が目を付けたのは、勢力的にも大きく、教えも単純で分かり易い、水火土風を崇める四象思想の宗教団体です。

 この頃は、他にも五行思想や六星思想、七虹、八翼、九天、十戒と、様々な宗教観念が有ったらしいですけれど、他は関係性が複雑過ぎたのに対して四象思想は象徴としての四象というだけのまだ単純な内容でしたから、マトーカ様も初めの一手としては取り組み易かったのでしょう。

 とは言っても、象徴としての“火”とか、そんな無茶な設定です。ですが、魔術を創る立場からすると、そういう無茶振りも発奮するだけだったのでしょうね。『儀式魔法』としての『四象魔術』の開発にのめり込んだマトーカ様は、到頭概念でしか無かった四象に形を与えてしまったのです。

 マトーカ様も初めは大騒ぎになっているのをにやにや眺めながら、その内今度は属性の無い魔力を武器にとの願いに嬉々として応えたりとしている内に――他の宗教団体が四象信者の手により襲撃を掛けられました。

 慌てたマトーカ様が他の宗教団体向けの『儀式魔法』を用意しようとしましたが、言ってみれば『儀式魔法』は魔術に対応する神々の魔具を一つ一つマトーカ様の手により手作りする様な物。結局間に合わず四象教団以外の多くの宗教団体が滅ぼされたのです。

 凡そ七百年前に起きた、四象神意覇行の儀などと呼ばれている出来事ですね。

 ところで、この『四象魔術』を神界に於いても強烈に批難する神様が居ました。錬金の神ディパルパス様です。

 ディパルパス様は、物事の成り立ちを解き明かす事に生涯を懸けた人でしたから、空想や妄想の類である四象思想に形を与えた事はとても許せない暴挙だったのです。

 当然、『四象魔術』の撤廃を求めました。

 マトーカ様自身も、急速に勢力を拡大する四象教団から力を削ぎたい気持ちが有りましたから、まずは『火炎弾』等の火の『儀式魔法』との接続を切ったらしいです。

 凡そ六百年前ですね。

 ええ、四象教団の中でも過激派の一派、火神教団による浄炎の乱の発端です。

 火の神に愛されていると自負していた人達が、突然“火”の魔術が使えなくなったならどうなるかという答えです。狂乱し暴走した信徒達が、火の神に捧げる為と集団焼身自殺を図り、それでも治まらない神の怒りに多くの村や町を火の神に捧げようとしました。

 マトーカ様もディパルパス様も慌てふためいて“火”の『儀式魔法』を繋ぎ直したのがこの事件の真相です」


 再び疑わしげに私を見る受講者が出て来てますけれど、それは仕方が有りません。

 ええ、きっと私でも、胡散臭いと思うでしょうから。


「これにはマトーカ様も懲りて、宗教怖いというのと同時に、直接破壊の力を及ぼす様な『儀式魔法』を敬遠する様になりました。神々の書庫と連携して、『識別』や『鑑定』、『判別』といった『儀式魔法』が創られたのはこの頃です。あれ、実は『儀式魔法』だそうですよ? 現界に影響を与えないからか、回収される魔力は極少ですけどね。

 その後『錬金』も『儀式魔法』の仕組みで発動する様にしたりとか、そういう裏方周りの仕事が続き、再び攻撃向けの魔術に手を出したのが凡そ三百年前。そこで求められるがままに術者が自然と漏らす魔力では発動出来ない『儀式魔法』を創り上げ、どうするのかと見ていれば見せ付けられたのが自らお漏らしする技法。流石に萎えたマトーカ様は、ここ三百年は昔と同じくちょっと生活を便利にする『儀式魔法』を創造して暮らしていたそうです。

 つまり、三百年前に創られた『轟火炎弾』と『雷爆』が最後の攻撃用の『儀式魔法』と言えるのでしょうね。

 そして、『儀式魔法』で攻撃の為の魔術ばかりが伝わっているのは、そんな魔術しか求められなかった為に外ならないでしょう。或いはそれ以外の『儀式魔法』に気付いても、気の所為で済まされてしまったのかも知れません。

 先程『茹で玉子』を『玉子の殻剥き』した上で『海塩』を振って貰いましたけれど、その時何か手応えを感じたりはしましたか? 殆ど何の手応えも感じていなかったのでは無いでしょうか。

 それが『儀式魔法』とは言え、そんなのはやっぱり気の所為扱いされてしまうものなのですよ」


 なんて哀れなマトーカ様。

 それは引き籠もっても当然という感じなのですよ。


 ここで私は一旦溜めて、一度ゆっくりと大講義室を見回しました。


「さて、重要な話が幾つか出て来ましたから整理しましょう。

 まず一つ、『儀式魔法』は本来ちょっと生活を便利にする為の魔術であるという事です。

 これはお配りした冊子の後ろ半分に、マトーカ様から公表しても問題無いと思われる分を一部ですけど教えて貰って、その仕様を記載しています。

 先程の『海塩』の様に、扱いが難しそうな内容も少々含まれてますけれど、どうせこの後どうやってマトーカ様からの情報を入手したかを述べますので、隠そうとしても無意味ですね。

 次に、既に初耳の話ばかりで混乱しているかも知れませんが、これまで聞かされていた『儀式魔法』の話は大抵が妄想で当てになりません。どうして『儀式魔法』の本を書きたがる人達って、現象からの推定だけではなくて、そこに空想を織り込もうとするのでしょうかね? まぁ、『儀式魔法』も威力を求めるので無ければ便利な物ですし、現代の魔道具の基礎になっていますから、『根源魔術』ではなく『儀式魔法』一筋で行くと決めるのも良いでしょう。でも、その場合は過去に聞いた『儀式魔法』の話は、一旦忘れるのが良いでしょう。

 重要な所では、神々は『儀式魔法』を取り上げる事も出来ると言う事でしょうか。浄炎の乱で懲りたとは言っても、神々の望まない使われ方をされそうな場合に使えなくする様な条件を組み込むのが、出来無いとは思えません。『儀式魔法』は神々の慈悲と思えば不敬な使い方は慎むべきでしょう。まぁ、そんな事をするのは、『儀式魔法』と権威やらを絡めて考える人達でしょうけど。

 序でに言うなら、『儀式魔法』で『轟火炎弾』と『雷爆』以上の攻撃魔術はもう出て来ませんからね? 威力を基準に権威ぶっていた人達は、『根源魔術』の方が遙かに威力を出し易い事実に膝を折るでしょうし、そもそも中級に通じる程度でしかない『轟火炎弾』や『雷爆』ですから中級の冒険者や騎士なら打ち払えますからね? 威力を基準にすれば、どれだけ偉そうにしても、中堅の冒険者より下でしか無いのですよ。

 『儀式魔法』が優れているのはでは無く、便の一言に尽きるのです。

 それから、これまで新しい『儀式魔法』を編み出したと言っていた人も、実際はマトーカ様がしつこい要望に折れて『儀式魔法』を用意してくれただけです。既に用意されていた『儀式魔法』を見出す事も有るかも知れませんが、編み出す事はマトーカ様にしか出来ません。ですから正解は、編み出したと胸を張るのでは無く、要望を拾い上げて有り難うございますとマトーカ様に感謝を伝えるのが先です。

 ――と、『儀式魔法』に関する固定観念を粉々にした所で、最後に私がどうやってこういった神々しか知らない事柄について知っているのか、その方法について教えましょう」


 ずっと胡散臭そうにしていた人達も、流石にそこで目を剥きます。

 いえ、出典を明らかにしない訳が無いですよ? それでは妄想と区別が付かないでは無いですか。


「いいですか? 良く思い出して下さいよ?

 古代からの『儀式』では、神々に魔力を捧げて神々に魔術を使って貰います。神々に興味を持って貰ってやって来て貰わないと何も起こりませんから、盛大な儀式を執り行って神々の興味を惹こうとしますけれど、態々来て貰わなくても既に其処で見てくれているのなら、盛り上げる部分は必要有りません。神々の魔具を通す訳でも有りませんから、望みを仕様と合わせる必要も無く、神々にお願いして魔力を捧げるだけで済んでしまいます。

 ラゼリア王国からは排斥されてますけれど、宗教が力を持つのは恐らくそれですね。神々に注目されている巫女や神官がお願いすれば、その場に神々の行使する魔術、言うなれば奇跡が引き起こされるのでしょう。

 まぁ、本当に神々を祀っている宗教が、どれだけ有るかは知りませんけれど。

 そして恐らくそんな巫女や神官こそ、お漏らしの達人なのかも知れません。ひょっとすると、過去の『儀式魔法』使いも、巫女や神官に倣ってお漏らしの道へと進んでしまったのかも知れませんね。

 別に珍しい事では有りませんよ? 例えば闘技大会で優勝したチャンピオンが、「闘神よ! ご覧じているならば我に何其れを授け給え!」と叫び上げたら、実際にその欲した物が与えられたなんて逸話は幾らでも有りますから。

 これらは全て『儀式』です。

 そして便利な事に、今の時代には『識別』や『鑑定』の様な、神界から現界に言葉を伝える手段が有るのですよ」


 ごくりと喉を鳴らす音まで聞こえてきそうな、大講義室の様子です。


「もうお分かりですね?

 この講義に当たって、私は神々に裏付けを取って臨んでいますから、この講義は神々からも注目されています。

 つまり、『儀式』の場は調っています。

 後は神々に質問をするだけです。『儀式魔法』をする時よりも、はっきり明確に神々に質問したい旨と問い合わせ内容を思い浮かべる必要が有ります。何なら紙に書いてみたり、口に出したりすれば、よりはっきりイメージ出来るかも知れません。

 尤も、答える気にもならない質問は無視されたりもしますし、既に神々から嫌われているなら相手にもされないでしょう。

 そして注意事項です。神々の言う事が正しいとは限りません。私はこの神々への質問を『問い合わせ』とか『解説』とか呼んでいますけれど、この『問い合わせ』をすると対立する主張の持ち主である神様が乱入してきて、回答の文字盤がしっちゃかめっちゃか喧々諤々の大喧嘩になるなんていうのは良く有る事です。神々が言いたい事ばかり言い連ねられて、聞いた事に答えてくれなかったりと言うのも多々有りますね。

 私が今日話した事は、マトーカ様だけでは無く、一時期はとても険悪な関係だったというディパルパス様の裏付けも有りましたから、そこそこ信用出来るとは思いますけれど、まぁ昇神した神と雖も崇められたいという欲が消えて無くなる訳では無いみたいですから、妄信するのは控えましょう。

 大体、神々にとって現界を眺めるというのは、どうも神界の娯楽か何かみたいなんですよ。きっと今日この場を眺めている神々も、酒盛りしながら盛り上がっているに決まってますよ。今日確実に見てらっしゃるのは、鍛冶の神グログランダ様、裁縫の神フィズスロッテ様、名前を持たない剣の神様、錬金のディパルパス様、享楽の神と嘯いているメイズ様、魔術の神マトーカ様、学問の神ホロムドール様、沢山いらっしゃっている司書の神様、ん~……ハプクシナ様は何の神様になるんでしょうかね? 愚痴の神様でしょうか? 他にも名前を教えて貰っていない神様が結構いらっしゃっているみたいですから、恐らく今日この場での質問には悪乗りはしないでしょうけれど、何かに真剣に打ち込んできた方々です。見栄と面子で邪魔をする人は嫌われてますから、敢えて出鱈目を教えて破滅する様子を愉しむ神々も居ないとは言えません。

 そういう人で無ければ、質問に何かしら教えてくれる神様は居るでしょうね。敬意を持って、試してみて下さい。

 という事で、ここからは質疑応答の時間とします。

 一齣目と二齣目の内容で私に質問するのでもいいですし、神々に『問い合わせ』するのでも構いません。私への質問なら、近くを飛んでいる私の人形に話し掛けるのでも大丈夫ですよ?

 それと、神様だからといって何でも知っている訳では有りません。恋人の浮気だとか、帳簿の計算が合わないとか、そんな事を聞かれても誰も答えてくれませんからね?

 昼食を摂った後は、演習場での講義となります。“お漏らし式”と“お供え式”の『儀式魔法』の違いや、『根源魔術』で再現してみせるとどうなるかといったのを見せる予定ですから、直ぐに終わる予定です。残りの時間は『根源魔術』の簡単な訓練方法をお見せする予定です。『儀式魔法』一筋とするつもりでも、後々興味が出て来た時に見た内容を思い出せば訓練を始める事が出来るでしょう。逆に、見ているだけでも体が動いてしまう様な人は、見ない方が良いかも知れません。

 講義外での個別指導はしませんけれど、今日と明日だけは特別ですね。どちらの道へ進むにしても後悔の無い様に、色々試して頂ければ。

 では、魔術の成り立ちについては、ここまでとしたいと思います」


 ぺこりと頭を下げました。

 一気に講義室の中が騒がしくなります。

 質問も飛んできましたよ? 『儀式魔法』は分かったけれど、『根源魔術』の成り立ちは? なんて聞かれましたけれど、魔物や魔獣の使うのも言ってみれば『根源魔術』なのですから、体術とかと同じ様に必要に迫られれば自然と使える物なのでしょうと、そう答えておきました。


 それにしても、王様が熱心に『問い合わせ』をしています。

 何を『問い合わせ』しているかなんてそんな事はどうでもいいのですけれど、王様までもがいとも簡単に『儀式魔法』を使っているのを見せ付けられると、少し考えてしまいますね。

 丸で私が物凄く不器用だと言われている様な気がしてしまうのですよ。



 ~※~※~※~



 その特別講義には、魔術講師のデラミスも出席していた。

 デラミスに裁可を問われないままに決められていた事に憤りも有れば、下手な事を述べる様ならばその場で潰してしまおうという思惑も有った。

 会場である大講義室に出向いた先に居たのが、デラミスに無礼な赤毛の子供と見て、これは確定で潰す事をデラミスは決めた。


 しかし、その場に居たのはその子供だけでは無かった。丸で舎弟か何かの様に甲斐甲斐しく手伝いをする、魔道具の権威ロルスロークの姿。

 以前は度々魔道具の研究に協力を依頼されていたのに、秋の二月の半ばからはデラミスに声が掛けられる事が無くなっていた。

 もしやデラミスが張った網を潜り抜けて、他の『魔力視』持ちを確保したのかとも考えたが、そういう様子も見られない。

 だが、今迄はデラミスの方が立場が上だった筈なのに、最近はロルスロークの視線も冷ややかで、最早確実にデラミスの動向には目を呉れてすらいなかった。


 確かにデラミスは魔術学界の中にその人有りとの地位を築き上げてきた。

 しかしデラミスのそれはただ見えているだけだとして、ロルスロークこそ魔術学界の立て役者だと讃える声も大きいのだ。


 警戒を強めたデラミスだったが、そんなデラミスが実はその子供からは歯牙にも掛けられていなかった事を知る。

 ――国王王妃両陛下も受講する特別講義。

 ――陛下が英雄と讃えるランクBの冒険者。

 ――数々の実績。収穫祭の幻の鐘。

 ――度肝を抜かれたラゼリアバラムの剪定。

 ――『儀式魔法』と『根源魔術』の仕組み。

 ――『根源魔術』遣いにしか出来無い事。

 ――『魔力視』の価値を暴落させる光石の小道具。

 ――ロルスロークの敵意。

 ――『魔力視』に関して完全に一致していた赤毛の子供の予想。

 ――知らない上級以上の世界。

 ――神々を侮蔑していた事実。

 ――『儀式魔法』への思い違い。

 ――そして神々との対話の方法。


 何一つとして及ぶ所は無く、最早反論すら思い浮かばない。

 何の問い掛けも思い浮かばないままに、震える手を握り締めて言われた通りに『問い合わせ』をする。

 何度も何度も魔力を放出しながら、神々へ問い掛ける。

 何の質問事項も思い浮かべないままのそれに、誰も答える筈が無いとも思い付かないまま、何度も、何度も――


 しかし、そのしつこさが憐れまれたのか、やがて目の前にデラミスだけに見える文字盤が浮かび上がった。



『うむ。俺は“剣”を司る者故に、お主が望む者では無いが、一言伝え置こう。

 まず“魔術の”マトーカがお主の問い掛けに答える事は無い。魔術に対する理解が足りておらぬ以上に、お主はマトーカが手懸けた『儀式魔法』をけがしたが故に。マトーカがお主を見る事はこれからも無い故に諦めよ。

 “戦の”ならば謀略もその内なれば評価もしたろうが、あれは生者には何もせぬ。自らの力で戦い抜いたならば、死した後に迎え入れられるやも知れぬが、お主に戦い抜く力は最早有るまい。諦めよ。

 “剣の”俺からすると、お主は剣を交える価値も無く、煩わしければ斬り捨てて顧みる事も無い、野良犬の様な何かだ。他にお主に答える者が居るとすれば、其処な者が言う通り、お主を利用するだけの言葉か破滅させる言葉に違い無い。お主に与えられる助言は無い。諦めよ』



 文字盤一面を占める大きな字に、デラミスの頭は追い付かない。

 何かの間違いだと再び『問い合わせ』を繰り返す。

 しかし何度繰り返しても、変わらぬ文字盤が有るばかり。


 目を見開いて震えるデラミスは、午前の講義が終わったのにも気付く事無く、椅子に座ったままずっと固まっていたのだった。

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