(150)来ちゃった。~特別講義 一齣目~

 その日の学院は、朝から慌ただしい雰囲気でした。

 まぁ、学院外からのお客さんが大勢来るのですから当然かも知れません。

 まだ特別講義が始まるまで半時一時間近く有ると言うのに、既に騎士服や官服のお客さんは何人も来ていて、ちょっと準備をするにも気にしてしまいます。


「も~、昨日は人形で来たから、どうなっちゃうのかって思ったよ」

予行練習リハーサルに支障は有りませんでしたよね?」


 スノウが憤慨している通り、実は特別講義の予行練習は、新しく作った普段着ディジー人形で昨日の内に済ませています。


「昨日はですねぇ、急遽王様とお出掛けする事になったので仕方無かったのですよ。

 と言うより、スノウが王様に呼び出されてしまうかも知れません」

「な、何でそんな事になってるの!?」

「シパリング領では中央山脈東側との通商路を切り拓こうとしているのですけれど、既にキャラバンが行き来していて、スノウが留学生として学院に来ているのに、余り気にしていなかったみたいですね。それでちょっとスノウから聞いていた東側事情を話してみましたら、何だか慌てていたのですよ」

「あ、そういう話なんだ。シパリング領ってバルトさんの? でも、そういう内容なら、余り月に遣り取りしたののお浚いになるから大丈夫かな?」

「多分、技術がどうこうよりも、何処にどんな国が在って、どんな言葉を話してるとか、そんな話になるかも知れませんけどね?」

「あ、そっか。うん、多分大丈夫」


 スノウが助手に入ってくれているのは、これがスノウに必要な『根源魔術』の講義だからと言うのと、それと大陸東側の魔法事情を説明して貰うなら、それはスノウしか居ないから。

 もう一人の助手には、魔道具の講義を受け持つロルスローク先生が、嬉々として手伝ってくれていますけど、これはいいんでしょうかね?


「ははは! いよいよだね。今日、この日、魔術の歴史が変わる! いや、本来の道へ戻ると言うべきかな。ははははは! いや、痛快だ!」


 テンション高めに、道具の準備をしてくれています。

 私もスノウも『儀式魔法』は不得意ですから、『儀式魔法』が絡む説明の際にはロルスローク先生に協力して貰う事にしたのです。


 講義室を仕切っていた壁を取っ払い、机は運び出して、逆に椅子は運び入れての、五百人は入りそうな会場です。後ろの方からは見え難いかも知れませんけれど、そこは私の『根源魔術』の見せ所ですね♪

 元々仕切りが有った場所と大講義室の一番前と後ろには、小道具として大きな透明ブロックと、透明な玉砂利を敷き詰めた枠が置かれています。まぁ、光石で作った物ですね。そしてその周りを覆う為の移動式の暗幕が、今は隅に寄せて置かれています。

 並べた椅子には昨日の内に仕上げた教本を一冊ずつ置いて、後はお客さんを待つばかりです。

 席順だとかは早い者勝ちかと思っていたのですけれど、会場を仕切っていたクロ先生に、前から三列目までは確保されてしまいました。

 まぁ、実の所を言えば、予め聞いていた事では有るのですけどね。


 ですけれど、クロ先生が椅子の上に並べた名前札は、早くから来ていた騎士様に並べ替えられてしまったのです。


「ん? ――これは?」

「ああ、急遽御二人追加になった。その分溢れてしまうが、一般席に空きは無いか?」

「む、二名だけなら大丈夫だろう」


 クロ先生がそんな遣り取りをしていましたけれど、真正面の最前列に他の方々を差し置いて二人追加となると、何とも予想が付いてしまいますよ?


 と言うより、その騎士様方にも見覚えが有りますね。白嶺隊で「許可」の判子を捺した人や、黒狼隊で最後まで生き残っていた人が多い様な気がします。

 その騎士様から二人、予約席からみ出て二席確保しているのは、本当に前触れの無い追加だったと窺えてしまいます。


 因みに、小竜隊の仲間達は既に内容を聞いている事も有って、そこそこ席が埋まるくらいの時間に来ると言っていました。

 講義時間の一刻よりちょっと前にはティアラ様もやって来て、予約席の直ぐ後ろに座って騎士様達から会釈さられています。

 講義時間の一刻前になると、学院長さんがやって来て、「宜しくお願い申した」と言われましたから、「相任あいまかされよ」と答えました。

 そんな事をしている間にもどんどんと席は埋まって、講義の半刻前には変装もしていない王様と王妃様がやって来てしまいました。

 大講義室に響めきが湧き起こります。


「王様がいらっしゃるとは伺ってませんよ?」

「何だその今更な言葉遣いは。気持ちが悪い、いつも通りにやれ」

「ぅえ……面倒事に成るのは嫌ですから、取り繕いましょうよ」

「ふん、お主がその気なら面倒事の方が裸足で逃げて行くわ」


 「人前で無ければ」なんて言っていた王様のそんな言葉に、呆れて溜め息が洩れそうです。やれやれですよと首を振れば、大講義室で椅子に座る人達から、信じられない様なものを見る目で見られていました。

 騎士様達は既に私を知っているからか、大して反応は無かったのですけどね。


 王妃様は王妃様で、「来ちゃった♪」とか言って手を振ってますし。どう返せばいいのか分かりませんから、ここは軽く淑女の礼で応えます。


 丁度いいので、王様の前にスノウを押し出しましょう。


「王様、昨日話した東側からの留学生のスノワリンです」

「え、え、あ、す、スノワリン=ビ=エルトワ=ラ=ド、シルギウス皇国モードルワ子爵領エルトワ村の生まれです」

「そう硬くならずとも良い。東西の通商路を拓こうとしていたが、既に行き来しているキャラバンからの聞き取りなぞ山と森とでは話が違うと気にもしていなくてな。同じ様に人が暮らしているなら問題になる事も無かろうと考えていたが、それだけでは無いと知った所だ。キャラバンの者を捉まえられれば良いのだが、好き勝手に渡り歩く輩が何処に居るかなど誰にも分からん。

 それに、東側とは言葉も違うと言われれば、言葉を学ぶ為の教師が要る。東側各国の情勢も学ぶ必要が有るだろう。キャラバンの者を留め置くには気の長い話だ。

 しかし、他に東側出身の者が居るとなれば話は別だ。しかも、言葉の違う東側から来たにも拘わらず、直ぐに学院へ入学出来る俊英ならば、教師としても頼もしい。行く行くは東西交流の特使として雇いたいとも思っている。

 そういう話をしたいと思っているが、話が持ち上がったのが昨日さくじつの事でな。準備が整い次第先触れを出そう」


 誰も知らない国の名前に、誰も見覚えの無い跪礼の様式。誰もが興味津々で見守る中、王様から解放されたスノウは呆けた顔で暫し佇んでいました。


「スノウ? 助手のお仕事まで忘れられては困りますよ?」

「え、ごめん、ディジー。――東側に行くのは無理だなんて言われなかったね」

「それはそうですよ。魔力の無いランク六で大丈夫なら、障害にもなりませんよ?

 まぁ、私も中央山脈は誰も越えられない魔境の中の魔境と思っていましたけど、越えた実績が有るのなら話は別です。

 とは言っても、キャラバンの人に案内して貰わないといけないのは変わりませんけどね」


 感動を表情に示しているスノウは助手の手順を忘れてやしないでしょうかと少し心配しながらも、到頭時間になった事を示す鉦の音が響き、特別講義は始まったのです。


「本日はようこそお集まり頂きました、儂は学院長のバザルモンでございます」


 一度深く王様達に頭を下げた学院長が、そんな言葉からこの特別講義の趣旨を語っていきます。

 即ち、『儀式魔法』ばかりが持て囃される世の中で、何時の間にか魔術の教本から『根源魔術』が姿を消し、誰も『根源魔術』への対処法を知らない様になってしまった事への懸念と、また逆に『根源魔術』に才能を持つ者を取り零している現状への反省から、新入生の中でも随一の『根源魔術』の遣い手に特別講義を依頼した云々な話です。


 因みに、細長い大講義室ですから左右三箇所ずつの六箇所に幻の映像を立ち上げて、ちゃんと音も一番後ろの席まで届けてますよ。


 でも、ちょっとこれを聞くと悩んでしまいますね。

 学院長は私が特級のディジーリアだと喧伝されたく無いのを知っていて、こんな濁した紹介をしてくれているのでしょうけれど、これではこれから始まる特別講義にもどれだけの信憑性が有るのか分かりません。私が聞いて胡散臭いと思うのですから、他人が聞いたらこの場で席を立ってもおかしくは無いでしょう。

 まさしく、王様やオルドさんが言う通りです。私の話の信憑性は、私が誰かに懸かっていて、その情報を与えられていないのに今も席を立たずに居てくれているのは、きっと王様も聞きに来たというその一点に係っているのでしょう。

 それは余り宜しく無い様な気がします。

 となれば、きっと今が潮時という事なのでしょうね。

 まぁ、元々冒険者のディジーリアと自己紹介するのは決まっていた事なのですよ。


「ご紹介に与りましたディジーリアです。一応今年入学の首席を務めさせて頂いていますが、王都の人達にはデリリア領で守護者を討伐した毛虫殺しのディジーリアと言った方が通りが良いでしょうかね? 特級でランクBの冒険者で鍛冶師ですよ」


 何か自然に王様が手を挙げました。


「はい、何でしょうか、王様」

「……今言ったのは、内緒の話では無かったのか?」

「んー、まぁ、今迄は内緒にしていましたね。でも、もしこの王都で私が特級と見抜ける人が居たとしたなら、それは私が来る前にも私の様な身形で特級だった人が居たからだと諭されて、目が覚めました。

 実際今も、何の肩書きも示されないままでしたら、訝し気に見ている人達が結構な数居ましたので、これを機会に“私が誰か”の情報も解禁する事にしたのですよ」


 それを聞いた王様は、一つ頷くと立ち上がって後ろへ向いてしまいました。


「良し、我からも此奴こやつの紹介をしておこう。

 恐らく噂ばかりは聞いた事が有るだろうデリリア領の氾濫で活躍した英雄だが、誤解の無い様に言うが、此奴の討伐したのはそこらの貴族邸程の大きさをしたドラグオーガと呼ばれる化け物だ。それを毛虫と同列に扱って一撃で屠ったのだぞ? 見た目で侮ると酷い目に会うな。

 更に、デリリア領から王都へ来る途中でライセン領での氾濫を事前に防ぎ、其処では界異点を潰し尽くして魔の領域自体を消している。ふん、ライセンでは他にも色々と為出かしているのだが、口ではとても説明出来ぬ。敢えて言うなら此奴のした事でライセンの食糧事情は大きく向上しそうとだけ伝えておこう。

 これまでは不治の病と言われてきた毒煙の病に治療法を見出したのも此奴だな。秋の初めに各地へ此奴が作った薬を届けたが、劇的に快方へと向かうらしく、各地から感謝の手紙が絶えん。それも此奴が言うには、魔力への理解が有ってこそ成し遂げたものだそうだ。

 収穫祭の開幕で幻の鐘を打ち鳴らし、我の声を王都中へ届けたのも此奴だ。あれは城の魔導師が魔法を打ち上げていた所に我が此奴を見付けてな、此奴にも何かやれと身振りで示したなら即興で為出かしたのがあれだ。この部屋に浮かんでいる幻も此奴による物だろう。

 そして王都に居て外せないのは、王樹ラゼリアバラムの剪定だな。僅か二十日ばかり前の事ゆえに記憶にも新しいだろうが、あれは我の依頼で此奴が成し遂げた事だ。今の王樹を見れば、何故前迄の不安定な状態を享受出来ていたのか不思議にはならないか? 我は何れこの王都を捨てなければならないと覚悟していた。即ち、王都を救ったのもこのディジーリアだ。

 それだけの偉業の殆ど全ては魔術によって為されている。この華奢な体で大した“気”は使えん。つまり此処に居るディジーリアは、魔術の力だけで特級に至った者と言えよう。

 そのつもりで今日と明日の此奴の講義を聞くが良い」


 王様直々の大絶賛ですから、物凄い掩護射撃です。

 私が嘗てお仕置きした人達なんかも大講義室には居ましたが、余りの高火力に火達磨になっている感じです。

 いえ、折角冒険者で鍛冶師と紹介したのが、既に行方不明になっている嫌いは有りますけどね?


 そしてそんな場所でしたが、大講義室の前の扉をバタンと開けて、何だかふてぶてしい顔で偉そうな人達が入って来ました。私も何と無く予約席の空き席が気になってはいたのですよ。

 その人達は小馬鹿にした様な顔で大講義室の中を見回していましたが、王様に気が付いた途端に顔を引き攣らせて、そのままバタンと泡を吹いて倒れて運ばれて行きました。

 出落ち感が凄いですけれど、まぁ王様に睨まれてその程度なら、まだましな方かも知れません。

 気にする事では有りませんけどね!


「はい、色々言われてしまいましたけれど、そろそろ私の特別講義を始めたいと思います」


 そんな言葉と共に、私の特別講義が始まったのでした。



 まず最初に述べるのは、私の根本に根差すところからです。

 つまり、自己紹介の続きですね。

 私が『儀式魔法』を全く何をどうやっても使えなかった事、その代わりに『根源魔術』はあっさり使えた事、『根源魔術』が使える様になってもつい最近までやっぱり『儀式魔法』は使えなかった事を述べて、この講義は同じく『儀式魔法』が使えないで苦しんでいる人や、『儀式魔法』が使えても行き詰まっている人に、『根源魔術』という扉を開けるものだと告げました。

 そして『儀式魔法』が使えなかった私が、使える様になって見えてきた結論。

 則ち、『儀式魔法』は神々への丸投げであり、『儀式魔法』を使う人は神々に仕様を決めて発注し、対価として魔力を捧げているのだと。その魔力は『儀式魔法』を使おうとしている人が自然と漏らしてしまっている魔力から必要分だけ徴収されるのだと、そういう事を小竜隊の仲間に説明したのと同じ図を用いて示しました。


 勿論、神々が魔力を徴収する力は弱く、その魔力が術者の制御下に入ったままだと徴収する事が出来無い事と、その結果として『儀式魔法』使いは自ら魔力の制御を放棄して大量のお漏らしをするのが偉大な魔法使いだと勘違いする様になるのでしょうとの推測も。

 序でに昨日知ったばかりの発動体の役割についてもちょっと触れて、発動体は一般人が気軽に『儀式魔法』を使うのには便利な補助具ですが、それ以上の発展は阻害しますし、『根源魔術』とは干渉する為相性が悪い事なんかも。


 続く『根源魔術』の説明では、その本質が『魔力制御』と『魔力操作』だと述べて、術者が持つ魔力の性質や感覚に左右される為、どうすれば使えるのか、どういう事が出来るのか、それらを一概には言えない事を述べました。


「つまり、『根源魔術』は学問として学ぶ物と言うよりも、体術と同じ分野となりますかね。

 例えば歩くという動作一つ取ってみても、説明は簡単には出来ません。筋肉を収縮させて骨格を動かしてとしているのは分かっても、その筋肉を収縮させるのをどうすれば良いのかなんて分かりません。頭からその命令は出ているらしいと分かっても、『筋肉を収縮させる為には力を込める』なんて、言い換えただけで意味の無い答えしか出て来ないでしょう。

 歩ける様になったその時に、嗚呼、こうすれば歩けたのかと分かるものですから、頭で考えるのでは無く、体に覚えさせるしか有りません。

 『根源魔術』もそれと同じで、出来る様になったその時に、扱い方が分かるものですね。

 ですので習得の方法も似た感じになります。

 体の動かし方と同じ様に、魔力の動かし方も知らない内に何と無く分かっている人も居るでしょう。ですが、その取っ掛かりが分からない場合は、事故で怪我をした人が他の人に手足を動かして貰うみたいに、他の人に『魔力操作』で魔力を動かして貰うなりしてその感覚を掴めばいいのです。

 そして自分でも魔力を動かせる様になればそれが『魔力制御』ですね。体の外にまで『魔力制御』を広げられれば『魔力操作』です。

 そこまで出来る様になれば、その後は自分の魔力で色々試して、自分の魔力にどんな性質が有るのかを探る自己鍛錬の時間です。魔力は魂が生み出す精神の力、誰も同じ魂を持っていない以上、自分の魔力と向き合えるのは自分自身しか居ないのです。

 まぁ、学問として探究するのも難しいというのは分からないでも無いのですよ」


 と、私が第三研究所の仲間を指導する中で得た内容も付け加えました。

 そんな私の言葉を熱心に聞いている人も居れば、鼻で嗤っている感じの人も居ますけれど、今を以ても『根源魔術』は『儀式魔法』に劣るとして鼻に掛けている人なら、ちょっと覚悟が必要ですよ?

 本当は色々と『儀式魔法』には文句を付けたかったのですけれど、講義内容を事前に部屋の仲間と摺り合わせた際に、バルトさん達に諭されて一応は控えているのです。


「――と、ここまで『儀式魔法』と『根源魔術』の違いを簡単に述べました。

 『儀式魔法』では、『儀式魔法』を使う事と、使いたい魔法の仕様を強く念じながら、漏らした魔力が必要量を満たしていれば発動するので、無意識に『魔力制御』をしているのでも無い限り簡単です。自分の魔力の性質に左右されませんし、『識別』や『鑑定』の様に神々の書庫から情報を貰わないといけない魔法は、『儀式魔法』でしか使えません。これが『儀式魔法』の強みですね。

 弱みとしては、『魔力制御』や『魔力操作』をしていると神々が魔力を徴収出来ずに魔法が発動しない事と、同じく神々が徴収しようとしている魔力を外部から掻き乱されるだけでも魔法が発動しない事ですかね。

 更に言うと、制御しきれず自然と漏らしている魔力を使うのでは無くて、自分から魔力を漏らす様になると、それは魔力の制御を放棄している訳ですから、魔力による恩恵を得られなくなるかも知れない事です。

 魔力による恩恵とは、魔の領域で漂う歪から身を守ったりといった守護の力や、寿命が延びたりといった面での恩恵です。ああ、神々が魔力を巧く徴収出来ませんから、動きながらは『儀式魔法』が使い難いと言うのも欠点でしょうか。おっともう一つ有りました。一般的な『儀式魔法』は、神々が定めた仕様に沿った魔法しか使えないというのも有りますね」


 ぱっと言われただけでは良く分かっていないのでしょう。余り大きな反応は有りません。


「『根源魔術』の強みは、自分の魔力の性質に合っていれば、望むままに魔術が使える事でしょう。それこそ手がもう一本増えた様な物ですね。歩いていようが走っていようが関係無く魔術を使えますし、何なら移動する効果の有る魔術だって創れます。『儀式魔法』使いが魔法を発動させようとしたなら、『魔力操作』でその周りの魔力を掻き乱す事で妨害も出来ますね。もしかしたら、寿命だって人より長くなるかも知れませんよ?

 逆に弱みは自分の魔力が持つ性質を外れた事は出来無い事と、覚えるまでに一つ壁が有る事、覚えてからも鍛錬しないと大した事が出来無い事、自分の魔力の性質を確かめるのはそれこそ手探りになる事でしょうかね。それと、一度魔力の制御を覚えると、その制御の手放し方が分からなくなる人も居て、その場合は『儀式魔法』が一時的に使えなくなる事も付け加えておきます」


 少しずつざわざわとしていますけれど、耳障りとまではならないのは、王様が居るからかも知れません。


「では、『根源魔術』遣いはどうすれば『儀式魔法』を使える様になるのか。これは大きく二つの方法が有ると思われますが、私が説明出来るのは一つだけです。

 その説明出来ない一つは、『根源魔術』で直接神々に魔力を捧げる方法です。『儀式魔法』に必要な魔力を神々が徴収出来ないのなら、こちらから納めてしまえば良いのです。

 ですが、神々に魔力を納めるには、神々の居場所を知る力と、神々の居場所に魔力を送り込む力が必要です。自分の魔力の性質にそんな力が有るのなら、生まれ付いての巫女か何かなのでしょうけれど、残念ながら私にそんな力は有りませんからこれ以上の説明は出来ません。そういう力が有るかも知れないと知っていれば、もしかしたら今後直接神々に魔力を捧げる事が出来る人が出てくるかも知れないというそれぐらいの話ですね。

 もう一つの大多数の人が出来る方法は、単純に制御されていない魔力を用意するという物です。

 まぁ、色々その種類は有りますね。

 区別する為に、普通に漏らした魔力で『儀式魔法』を使うのを、“お漏らし式”の『儀式魔法』としましょう。そうすると、『根源魔術』遣いが『儀式魔法』を使う方法にも、幾つか名前を付ける事が出来ますね。

 普段は『魔力制御』していても、『儀式魔法』を使う時だけはお漏らししている“雪隠式”の『儀式魔法』。

 魔力の制御を甘くして、或る程度制御しつつも或る程度漏らしての“半漏らし式”の『儀式魔法』。

 『魔力操作』で一部選り分けた制御された魔力から、制御を引っこ抜いて神々に捧げる分の魔力を用意する“お供え式”の『儀式魔法』の三つが、大体の様式ですね。

 まぁ、器用な人も居ますから一概には言えませんけど、どの方法にしても魔力の制御を覚え始めた初期はしっかり制御を抜いた魔力を用意出来ないと思われますから、その間は『儀式魔法』が使えません。そこで慌てて魔力の制御を放棄する方向へと向かってしまうのでしょうけれど、折角『魔力制御』を覚え始めた所でそれはちょっと勿体無いです。暫く『儀式魔法』は使えないかも知れませんが、『魔力制御』と『魔力操作』を鍛えて“お供え式”の『儀式魔法』が出来る様になりましょう。

 “雪隠式”と“半漏らし式”は結局お漏らししている事には変わりませんので、『根源魔術』遣いである強みが活かせていません。その強みとは、最終的には制御を抜くとしても、直前まで『魔力操作』する事で、神々に捧げる魔力の量を発動体とは比べ物にならない程に増やせるという事です。これが“お供え式”ですね。当然捧げた魔力が増える分、『儀式魔法』の威力も上がりますよ?

 これは午後に演習場で見て貰った方が早いでしょうね」


 流石に響めきが起こります。『儀式魔法』使いっぽい人も、目を見開いていますね。

 でも、こんな物では有りません。この機会に『儀式魔法』至上主義者への憤懣もぶつけましょう。部屋の仲間の助言に従い、直截ちょくせつな苦言では無く、事実で以て煽っていきましょう!


「ただ、残念ながら自ら魔力の制御を放棄して魔力を垂れ流してきた『儀式魔法』使いの中には、『根源魔術』への乗り換えが出来無い人も居るかも知れません。と言うのは、長年魔力の制御を手放してきた所為で、魔力を感じる力や制御する力を著しく損なっていると思われるからです。外から『魔力操作』で魔力を動かして貰っても、感じる力が残って無ければ分かりません。分からなければ動かす事も出来無いでしょう」


 と、まずは軽いジャブを放ちます。

 漏らす以外の感覚を失った『儀式魔法』使いなんて、『根源魔術』を見下す『儀式魔法』至上主義者しか居ませんよ? これから『根源魔術』が盛り上がっていく中で、乗り遅れるどころか参加も出来無いその事実は、じっくりじわじわ効いてくるに違い有りません。


 そうは言っても大多数の受講者は『根源魔術』に興味が有って受講してくれているでしょうから、あからさまに非難するばかりでは顰蹙を買ってしまいます。

 ですからそちらは味付け程度に。本命は変わらず真面目な講義ですよ。


「――と、概要をここまで述べましたが、実際に目で確かめないと分からない部分は有りますよね?

 そこで、この特別講義の為に、魔力を目で視る為のちょっとした小道具を用意しました。大講義室の四箇所に置いている、透明なブロックと玉砂利がそれです。

 このブロックと玉砂利は光石で出来ています。光石はその内部が層状になっていて、その層を魔力が通り抜ける時に光ります。つまり、魔力を籠める時と魔力が抜ける時に光りますね。こちらの玉砂利の光石の中に、しっかり魔力を籠めた光石を一つ置くと――こんな感じで置いた光石の周りの玉砂利に光石から漏れた魔力が蓄積され、そしてまた放出された先で蓄積されてを繰り返すので、波紋か水面の様に光が揺らめく事となります。光石の代わりに、魔力を漏らしている人が乗っても同じ様に光ります。

 ただ、玉砂利の場合はこの光石を取り除いても――こんな風に光は揺らめき続くので、魔力の観察には向きません。そこで創ったのがこちらのブロック。これは魔力の観察に適した様に、層を残しながらも或る程度魔力が抜け易くしています。

 これに『魔力制御』している私が手を触れても光りませんが、『魔力制御』が出来ていないか甘ければ――」


 私が用意していたブロックに手を置いて、その後にロルスローク先生も私と並んで手を置きます。


「――まぁ、明るいままの部屋では見えませんね! でも、どんな風に光るのかは、上に浮かべている幻に示しました。暗幕を用意してますから、休憩時間に自分でも確かめてみて下さいね?

 そして当然私が『魔力操作』で魔力を流せば――この様に周りが明るかろうとはっきり分かるくらいには光石はその軌跡を示します」


 ロルスローク先生が手を置いた周りの光は幻で示しましたが、私の手から螺旋を描く様にブロックの中を泳ぐ魔力の軌跡は眩いばかりに辺りを照らしました。

 でも、こうして光石を扱って思うのは、デリラの冒険者の優秀さです。大抵の人が光石に魔力を籠める事が出来ましたし、放出する先から制御を抜いていた変則的な“お供え式”を使うダニールさんは別格としても、結構な数の器用な魔術師が冒険者の中に居た様に思います。

 その器用さが羨ましくなった事も有りますが、そんな人達が多かったのもデリラが辺境も辺境だったからでしょうか。学園で配られた新しい教本からは『根源魔術』の存在が消されてしまっていましたけれど、書庫には古い技能教本が大切に残されていて『根源魔術』についてもしっかりと書かれていました。尤もどんな力が有るかだけでそれ以上の事は書かれていませんでしたけれど、私も参考にしましたし、きっと他の冒険者達も同じ様に参考にしたのでしょう。

 ですが、王都の本屋からは『根源魔術』の本は消え、学院の資料室でさえ表に出ている書架にその手の本が有りません。

 司書のミームさんを通じて職員の方から聞いた事には、間違った内容の本だからと一度焼き捨てられそうになった為、今は地下の書庫に避難させているとの事でした。


 権威とかそういうものですかね。いえ、分かりますよ? 私が神々へ『解説』だとかを求めると、対立する意見の持ち主が乱入してきてしっちゃかめっちゃかになってしまったりしますから。それを相手が居ない事をいい事に焚書に走るとは、風上にも置けない卑劣さです。

 王都近郊では目に余るその振る舞いも、辺境のデリラに届く頃にはかなり大人しくなっていたのですから、運が良かったと思う外有りません。


 そんな事を考えつつも、暫し進行をロルスローク先生に譲ります。

 既に述べた様に『根源魔術』は自己鍛錬するしか無いのですから、尺が余ってしまうのですよ。

 それに、魔道具の第一人者であるロルスローク先生は、色々と溜まっている物も有るみたいですし、『魔紋』を『根源魔術』と、『魔法陣』を『儀式魔法』と関連付けて、王国での魔法の歴史と合わせて語れるのもロルスローク先生くらいになるのです。

 尤も、『魔紋』も『魔法陣』も未だ良く分からないまま使っているのには変わらないのですけどね。尤も、私なら魔石を自由に変形させたりも出来ますので、短い時間ながら進展した研究も色々と有るのです。


 まぁそれは置いといて、嬉々とした、と言うよりもギラギラしたロルスローク先生が、私によって覆されたこれ迄の魔術の常識だとか、魔道具に及ぼす影響だとかを、丁度目の前に有るブロックに『儀式魔法』の発動を被せたりして実際に見せながら説明していきます。

 特に胆と成るのは、『魔力視』で見えている物が全てでは無いという事と、特にここ十年程の魔術学界では魔術の研究者でも無い人が書いた妄想としか思えない書物が持て囃されているから注意する様にという事。


 きっとロルスローク先生も言いたい事を言い切ったのでしょう。

 ですが、それを聞いた私の胸をぎるのは、私以上に弾けちゃってる人を見て、バルトさん達の助言に従って良かったというそんな思いと、何故か多少のフォローを入れたくなる気持ちでした。

 まぁ、予行練習からはちょっとずれてしまうかも知れませんけれど、それはお互い様ですよね? 予行練習でのロルスローク先生は、そんなにギラギラしてはいませんでしたから。


「――はい、ロルスローク先生、有り難うございました。

 ロルスローク先生には、ここ最近の魔術学界の話題を、先生の専門である魔道具の話も絡めて述べて頂きました。

 もー、凄くロルスローク先生は怒ってましたね。言い切った感が凄かったです。

 いえ、私も教本の内容を滅茶苦茶にした黒幕にはとても怒っているのですけどね、他に怒っている人が居ると冷静になるのと同じ感じでちょっと思う所が有りますので、予行練習でもしなかったことですがちょっとフォローを入れさせて貰います」


 話を終えてにやにやしていたロルスローク先生が、えっ、と驚いた顔をしています。


「この黒幕の人が誰なのかはっきりした事は聞いていませんけれど、私の予想で行くと祝福技能として『魔力視』を得た『儀式魔法』使いの人なのでは無いかと思います。何故そう思うかと言えばですねぇ、『魔力視』って『根源魔術』寄りの技能なんですよ。それには緻密な『魔力制御』が必要ですので、『儀式魔法』贔屓の人にはとても習得は出来ません。もしも習得出来るとしたなら、祝福技能としてしか有り得ませんね。

 でも、そうなるとですね、この人は『魔力視』をするのに前提となる『魔力制御』無しですから、祝福の力で無理矢理行使する事が出来たとしても、『魔力視』のレベルはとても低いと思うのですよ。恐らく性質の違う魔力を色分けして視る事なんて出来ずに、どの魔力も同じ色に視えているのでは無いですかね? おまけに段階を踏んで習得していないので、『魔力視』で視えているのが何なのかも理解出来ていないでしょう。

 『魔力視』は、『魔力視』を使っている術者に届いた魔力を、繊細な『魔力制御』で拾い上げて視覚に変換している物です。つまり、術者に届かなければ視えません。制御された魔力は術者に届かない故に視えず、制御されずに漂う魔力しか視れないのですよ。

 これってつまり、魔力だだ漏らしの『儀式魔法』使い程、『魔力視』で派手に視えるという事です。そして実際に、そういう相手程高度な『儀式魔法』を使うとなれば、色々と勘違いもしてしまいますよね?

 加えて言うなら、他の人に視えない物が視えると言うのは、追随を許さなくなる程の力が有るのですよ。私も毒煙患者の治療の際に経験しました。視えれば一目瞭然なのに、視えないが為に無数の実験を繰り返して、挙げ句は間違った結論を出して誤った方向に突き進もうとしているのに行き合いましたよ?

 それが視える人なら一発で正解が分かるのですから、きっとこの勘違いした『魔力視』持ちの人も、下にも置かない持て成し方をされたのでは無いでしょうか。そうなると元々勘違いしていたのが、益々勘違いしてしまうのは避けられないでしょう。

 となると元凶の一つは、与えるべきでは無い人に祝福技能として『魔力視』を与え、使えない筈の『魔力視』を使える様にしてしまった存在です。まぁ、昔は謙虚な人だったのかも知れませんからこれ以上は何も言いませんけど。

 そして責められるべきは、この勘違いした人もそうですけれど、この人を指導するべき立場に居た人達もそうなのでは無いでしょうか。

 ロルスローク先生は恨み辛みが有るからかあんな感じでしたけれど、少なくともこの人も何かしら視えていたのですから、十年かそこら以上に進歩した分野も有った筈です。それなら、ちゃんと研究とは何かをしっかり指導出来る人が居れば、本当に尊敬を集める研究者になっていたかも知れないのです。

 尤も、王都の研究所も権威主義に固まっていたみたいですから、派閥争いの道具にされてどうにもならなかったかも知れませんけどね。

 或いは、既にこの人が手遅れ気味だったとしたなら、どの程度の力量なのかを判断出来る指導者が、騎士団の演習でも見せて上げれば良かったのかも知れません。

 “お供え式”で無い“お漏らし式”の『儀式魔法』なんて、『轟火炎弾』か『爆雷』でランク六の魔物を足留め出来る程度。当たり所が良くて何とか斃せるかという、その程度の威力しか出せないのですから、言ってみれば初級の上位か中級の成り立て程度です。発動体は擬似的な“お供え式”を実現しますから、少しは威力が上がりますが、相当に良い発動体を使っても上級にはとても届きません。

 恐らく一般大衆となると、上級や特級がどれだけの力を持っているか理解出来ていないのでしょうね。『轟火炎弾』と自慢気に繰り出しても、特級なら睨むだけでも掻き消せますし、上級でも剣風で軽く払いますよ? 中級でも盾が有るなら弾くでしょう。

 それをしっかり見せ付ければ、偉そうになんて出来無いと思うのですよ。

 つまり、指導者の不在が事をややこしくしたのです。いえ、もしも指導者が居たとしても、指導者たり得なかったのでしょう。

 ――でもですね、この人はこれから『根源魔術』を学ぼうとする貴方達にとっては、反面教師とも言えるのです。『根源魔術』はその人の持つ魔力の性質が強く関わりますから、人によっては唯一無二の力を手に入れる事になるかも知れません。

 そこで調子に乗ってこの人と同じ様な振る舞いをして破滅への道を歩むのか、己を律してみせるのか――」


 そこで私は大講義室の中をじっくりと見渡します。

 本当に前に立つと、受講している人達の様子って良く分かります。


「――まぁ、良く考えてみて下さいね?

 そうですね、戒めの為に幻で風刺でもしてみましょう。

 はい、こちら、勘違いした『儀式魔法』使いです。踏ん反り返って魔法を使っているつもりになっていますけれど、実際に火の玉を飛ばしているのはこのうんこ座りした魔術の達人――と見せて実際は魔術の神様ですね。正確に言うなら少し違うのですけど、それは後の講義で述べましょう。

 そしてこちらは、勘違いした『根源魔術』の使い手です。特別な力を得て全能感に酔いしれていますけれど、後ろから覗き込む大男達の様に上には上が居ますし、大男達の中には自らの黒歴史に通じる場面を見せ付けられて、悶えながらも十年後に後悔する事になるぞと言い諭そうとしている人も居ます。

 どちらも見苦しいですねぇ~。せめて、こっちの人は神様へ感謝の気持ちを捧げながら『儀式魔法』を使っているのなら救われるのですけどねぇ。魔術の行使は神様任せなのに、専門家ぶって妄想を垂れ流しているのはちょっと正視出来ません。

 痛々しい所が有っても、自分の力で頑張っているこちらの人の方が好感は持てますよね? 調子に乗ったとしても、その性質は全く異なるのです。

 もう一つ言うなら、小間使いの様に神様を顎で使っていたりしたらですね、普通に考えて神様だって嫌気が差してきますよね? それで起きた悲劇についても、後の講義で述べる事とします。

 ええ、こんな誤解や間違いが横行しているのも、そもそも『儀式魔法』の成り立ちとかそういうのが知られていないからでしょう。休憩を挟んだ二齣目では、その辺りについて述べる事としますので、楽しみにして下さい。

 『根源魔術』の特別講義では有りますが、そもそも魔の領域に足を踏み込む事も無いのなら『儀式魔法』で充分という人も居るでしょう。そんな人が鍛錬を基本とする『根源魔術』に手を出しても、苦痛でしか有りません。『根源魔術』に手を出した所為で、『儀式魔法』を使えなくなるおそれも有るのですから、正しい理解は不可欠です。

 その為の知識を今日の講義で。明日の応用編では『根源魔術』を鍛えていく事を前提に、何れ行き詰まった時に手掛かりと出来る様に、関連する様々な技術を伝え、またお見せしようと思います。

 『根源魔術』は千差万別、結局の所は自ら鍛錬するしか無いのですけど、他の人の遣り方なんて普通は見る事も有りませんから、とても貴重な経験となるでしょう。そもそも冒険者が手の内の一端とは言え明らかにするなんて有り得ませんから、こんなのは今日と明日の特別講義の間のみ。講義の時間内なら質問も受け付けますが、それも講義が終わればお終いです。

 それを良く理解して、メモを取るなどしておいて下さい。

 因みに光石のブロックは、学院と王城と王都研究所に一つずつ寄贈するつもりですから、今後も気の向いた時に『魔力操作』の出来上がり具合を確かめる事は出来ますよ。そういう活用の仕方も明日は見せる予定ですが、その場に『根源魔術』を志望しない人が居ると、見聞きするだけでも『魔力制御』をそれなりに身に着けてしまう事も考えられます。そういう事故を防ぐ為にも、今日の講義の内容はしっかり考えて、明日の講義に出るのかを決めてさいね。

 まぁちょっとぐだぐだにはなってしまいましたけれど、概要としての一齣目はこんなところで終わりにしたいと思います」


 本当にぐだぐだになってしまいましたけれど、ぺこりとお辞儀をすればクロ先生が半刻の休憩と呼ばわって、ブロックと玉砂利は自由に試すよう呼び掛けてくれましたから、私はそのまま何だか疲れてしまった体を椅子に座らせたのでした。


「あー……済まんな。私もどうかしていた」

「いえ、相談も無しに済みません。ちょっと良くない流れになっている様な気がしたのですよ。と言っても、私も部屋の仲間が居なければ、もっと酷い振る舞いをしていたかも知れませんけどね」


 微妙な笑みを交わす私とロルスローク先生。

 そこに王様がやって来てしまいました。


「ふん、中々上手く講師をしていたでは無いか。お漏らし扱いはどうかと思うがな」

「えー、王様がそんな砕けた感じで話し掛けてもいいのでしょうかね?」

「お主が我と遠慮無く接する事を褒美に求めたならば、我もお主に遠慮する必要は有るまい?」

「あー、そうなんでしょうか? それなら仕方が無いですねぇ?」


 余り見られたく無い場面でしたから、何だか拗ねた様な茶番な遣り取りになってしまいました。

 嫌ですねぇ~、と思っていたら、王妃様まで来てしまいます。


「うふふ、お疲れかも知れませんけれど、こういう時は休憩時間と言ってもお持て成し――あら?」


 途中で言い辞めて辺りを見回している王妃様。

 いえいえ、お持て成しは私の人形達が飛び交っていますし、小竜隊の仲間も手伝ってくれているのですよ。


 でも、何と無く王族が集まってきてしまいましたから、『亜空間倉庫』に放り込んでいた手慰みの丸テーブルを一つ取りだして据えてしまいましょうか。中央で立ち上がった三匹の猫が支柱となって、天板を支えている変なテーブルです。

 熔かして固めるお手軽造形ですから、ちょっと暇な時にこんな品物が『亜空間倉庫』には増えていってしまうのですよ。


 そこに載せたのは粒実の大皿。この季節の定番です。


「ふむ、頂こうか。

 しかしどうせなら飲む物が欲しいものだが」


 そんな王様の言葉に「えっ!?」と目を見開くと、視線が私に集まります。


「そ、そんな事をすれば、お漏らしをしてしまいますよ!?」

「誰がするか!」


 王様は呆れてしまいましたけれど、ちょっと微妙だった雰囲気は吹き飛んだのでは無いですかね?

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