(149)デリラ魔法研究会

 何処の冒険者協会の建屋も同じだが、此処デリラの支部にも待合室に面して冒険者に開放された会議室が幾つか有る。

 何かの講習で使われている事も多いが、空いている時間は予約すれば誰でも使える部屋だ。

 その部屋の中で、椅子からずり落ちそうになりながら、ダニールシャは思いを遠くへ飛ばしていた。


「ダニー先輩、何か引っ掛かる所でも有ったの?」

「ん~~……今更だけどさぁ、あたしらのこの勉強会って、意味って有んのかねぇ?」


 そんな会議室が使われるのは、専らパーティの枠を超えての勉強会や催し物の会合だ。

 ダニールシャが参加する月初めの魔法研究会もそんな一つ。

 多くは女性がその参加者を占める、昔から続く魔法の勉強会である。


 冒険者の街とも呼ばれる魔の森の畔で、学園で『儀式魔法』を学んだ身の上としては、やはり一度は冒険がしたくなるものに違い無い。

 何と言っても、その手には燃え盛る火の玉を放つ力が有る。森の中で火を放つのが憚られるならば、煌々と輝く光の玉を撃つのでも良いだろう。

 それは子供心にも危険で圧倒的な力だ。


 しかし、学園を卒業した子供達の多くが一度は“花畑”を訪れ、更に一部は“湖”までも足を伸ばしても、『儀式魔法』しか取り柄が無ければ大抵はそこで冒険者を諦める。

 小鬼ゴブリンならば『儀式魔法』でも打ち斃すのは容易くても、森狼デリガウルには当てる事も適わず、大鬼オーガが暴れるのを見れば、勢い良く燃え上がって見えていた火の玉が、蠟燭の火よりも頼り無く見えてしまう。


 そんな現実を目の当たりにしても、冒険の道を諦められなかった魔法使いだからこそ、情報交換の場を何よりも大切にしていたのである。


「行き成り何を言ってるんです? 先輩?」

「そうよ! この勉強会が無かったら、冒険出来てなかったよ!」


 因みにメンバーに女性が多いのは、魔法を恃みとしたのが、多くは非力な女子だったからだ。

 “気”を用いた『身体強化』は、“気”を生み出すのが筋肉で有る以上、男子には適わない。

 魔力を用いた『魔力強化』は、『儀式魔法』全盛の世の中に有って、知られてはいても使える者は少ない。


 だからと言って魔法で身を立てようとしても、『儀式魔法』に威力は無い。

 辺境で冒険者をしている魔法使いは、『魔弾』や『火炎弾』で牽制して、『疾風陣』で支援してと、サポーターに回るのが常だ。

 そもそも学園で教わる『儀式魔法』は、ランクに寄与する『魔弾』の様な物が主で、『疾風陣』の様な小技はこの勉強会で教わった物である。


 今日はダニールシャを含めて五人しか居ないが、誰かが新しい技法を開発したと噂が出回れば、たちまち二十人程に参加者が膨れ上がる、そんな会だった。


「そうは言ってもねぇ、今はディジーが魔術の第一人者で、研究所まで創ってるじゃないさね。ディジーは忙しくて無理としても、その教え子の研究所の子らにお願いして、まずは教わるべきじゃ無いかねぇ?」


 その中に在って、大鬼オーガにも通じる実用的な『儀式魔法』を発現したダニールシャは、魔法使いの冒険者達にとって希望の星だった。

 それは辺境の魔法使い達が思っていた様な、新たに強力な『儀式魔法』を見出した物では無く既存の『儀式魔法』の威力を高める物だったとしても、黒大鬼くろオーガにも牽制と成り得る一撃を放てると言うのは格別だったのである。


 そのダニールシャが己を下げてディジーリアを立てる様な事を言ったものだから、その場に居た参加者達は反発した。


「あの子が魔術の? 何を言っているのか分からないわよ?」

「ダニー先輩の方が上に決まってるでしょ!」

「一度助けられたからって、身贔屓が過ぎるんじゃ無いかねぇ?」

「彼女、学園でも魔術の成績は散々だって聞いたわ。馬鹿を言わないでよ!」


 それはもう見事な程にディジーリアへの拒絶を示したのだが、ディジーリアの友人を自任するダニールシャは苦笑を漏らすばかりである。


 いや、そもそも考えてみれば、確かにディジーリアが魔術師とのイメージは、デリラの住民には無いのかも知れない。

 ディジーリア自ら公演したのも、出来損ないのナイフを相棒に、ナイフと共に成長していく英雄物語。ナイフが意思を持ったり、宙を足場にしてみたりと、不思議は幾つも盛り込まれていても、それを魔術と思う観客は居なかったに違い無い。


「いやいや、魔術だぜぇ? ま、『根源魔術』はあたしらの知る『四象魔術』とは毛色が違うけどよ? あのなりで武技遣いと言われるよりかは納得出来るさね」


 それでも納得出来ない様子なのは、ディジーリアの父親がやらかした所為でディジーリアが冒険者達から敵意を向けられていた時に、ディジーリア自身には何の失点も無いのを知りながら、手を差し伸べもしなかった負い目が有るのだろうとダニールシャは思う。

 序でに言うなら、冒険者の中でも扱いが微妙な魔法使いである自分達がそうしてしまったからこそ、拗らせてしまっている部分が有りそうだ。


「ま、あんた達が拗らせてるのも、それはそれでましなのかも知れないけどね。馬鹿男共は何も無かった体で話し掛けたりしてるけどさぁ?」

「む……邪推しないで。そういうのでは無いわ」

「『根源魔術』なんて妖しげな術を使う子に、魔術の深淵は理解出来ないんじゃないかねぇ」

「そ、そうだよ!? ダニー先輩が編み出した技法の一つだって、彼女に理解出来る物ですか!?」


 イタタタタ……とダニールシャは天井を仰ぐ。

 ダニールシャを持ち上げようとする言葉も、実情を知っていると苦笑しか零れない。


「あー、そういう事かねぇ。あたしはディジーを知ってるけど、あんた達は知らない。もしかしてディジーが今やランクBって事も知らないんじゃないかい? ――ああ、やっぱり」

「待って……ランクBって、特級!?」

「そうさね。王都の学院へ向かう途中のライセンでも界異点を潰して回ったり、学院に入ったら何故かディジーが『根源魔術』の特別講師を任されたりって、話題には事欠かないよぉ?」

「学院の講師? 嘘!?」

「あたしらは『四象魔術』って呼んでたけどさ、ディジーからすれば『儀式魔法』で、どうした事か簡単な『儀式魔法』も使えなかったディジーが独りで解き明かした真実って奴さね。それが学院にも認められたって事かねぇ。

 あたしも昨日偶々この街に帰って来てたディジーと出会ってさ、ディジーに造って貰った杖で相談したい事も有ったから、ちょーっとじっくり話してみたら、いや、あたしゃ本当に参っちまったのさ」


 ダニールシャがだらけた姿勢でいるのは、それが普段の様子という訳では無く、まだディジーリアから聞いた話を自身の中で整理出来ていなかったからだ。

 『儀式魔法』がどういう物かは知っていた筈なのに、理解出来ていなかったと言うしか無い。

 だって、まさか、ねぇ?


「『儀式魔法』は神々に魔力を捧げて望んだ現象を賜る物。つまり術者は仕様を定めて魔力を対価に神々に発注するだけで、魔法を使うのは神々。『儀式魔法』使い自身は魔法を使ってない――なんて、ねぇ?」


 言い方一つで随分と印象が変わるものだ。

 同じ事を述べていても、そんな風に捉えた事は今まで無かった。


「わ、私達の、『四象魔術』は、そんな、味気ない物じゃ――」

「でも、そう認めてしまうと、全部納得出来ちまうのさ。

 あたしがほら、魔法を使う際に、魔力は標的に放つんじゃ無くて、その場に置く様にすると安定するって言ったあれ――」

「私はあの教えに凄く助けられて――」

「――いや、本当、あれよ。あたしが魔術を使ってんじゃ無くて、神々に発注掛けてんだから、対価を明後日の方向に投げ付けんのって頭おかしくね? そりゃ置くさね。当たり前の事を何どやってんのって赤面ものさね。

 対価を受け取りに来た所に、無理矢理多めに対価を引き渡せば、そりゃ魔法だって強めに使ってくれんじゃね? 偉そうに披露出来る内容は何も無くね?

 それで辿り着ける魔術の深淵って、神々への正しい発注の仕方って奴じゃないのかねぇ。だってあたしゃ知らないよ? 『火炎弾』は撃てても、どうやって炎を玉にしてんのかも、それをどうやって撃ち放ってんのかも。

 それを知ってんのは『根源魔術』遣いで、魔術が使えない所から自力でその理由を解き明かしたディジーリアで、そしてその教え子なんじゃねぇの?

 いやぁ、本当の所、あたしも焦ってんのさ。このまま手をこまねいていたら、取り残されちまうのは目に見えているからねぇ。

 そういう訳でさ、あたしゃあんたらの結論がどうなろうと、ディジーかその教え子に魔術を教えて貰うのは、もう決定事項なんだわさ」


 昨日会ったディジーリアとは、兎に角忙しそうにしていたからダニールシャも余り時間は取れなかったが、それでも色々と話を聞く事が出来た。

 そもそもダニールシャにとって、ディジーリアはコルリスの酒場のマスコットであり、気配の希薄な暗殺者寄りの狩人であり、訳が分からない特級の剣を打つ鍛冶師であって、魔術師との印象は無い。

 それで魔術に関する話題が出たのは、ダニールシャが杖の使い方について相談したのが切っ掛けだった。


 尤も、ディジーリアはその相談の中で出て来た、発動体の話題に食い付いてきたのだが。

 発動体も使い辛いから普段使っていないと言うダニールシャが、実際に実演するのを、ディジーリアは興味津々に見ていたのである。


『ほほう……それが発動体ですかね? 思っていたのとは違いましたが、理屈には納得しました』

『何か分かったのかい? どうにもあたしには使い辛くてねぇ』

『それはそうでしょうね。『儀式魔法』の発動体って何をしているのか良く知りませんでしたけど、これ、発動体の周りに魔力を集めているんですよ。ダニールさんは器用に自分の魔力を操って魔力を準備していますから、その動きと干渉して魔術の発動を阻害しかしてませんね』

『お供え……何だって?』

『あー、そう言えばこっちでは第三研究所でしか話してませんでしたかね? 私が『根源魔術』しか使えなかったのは言いましたけど、それが何故かを解き明かして私でも『儀式魔法』が使える様になったのですよ。それで『儀式魔法』と言うのは――』


 この時に教わった『儀式魔法』の理屈には、ダニールシャも納得しか無い。

 まさしく勉強会で自説を振り翳していた事を思えば汗顔の極みだ。


『そういう訳ですから、ダニールさんに発動体は要りませんね。こういうのが必要になるのは、魔力がちょっとしか無くて、それでいて『魔力操作』の訓練とかしなくてもお手軽に便利な『儀式魔法』を使いたい一般の人か、『魔力制御』も出来無くなった『儀式魔法』使いが見栄の為に使うくらいですかねぇ?』


 続く言葉には、焦りよりも寧ろぞわっと総毛立つ気持ちだった。

 もしも自分が発動体に頼る道を選び、発動体を活かす方へと進んでいたなら、理由も分からない内に上級冒険者への道が絶たれていたかも知れないのだから。


「なぁ、魔力を感覚が分かってるメリアは大丈夫だろうけどさ、あんたらも発動体は使ってたりするよねぇ? あれってさ、『魔力操作』と干渉しあって『魔力操作』が出来てる程使い辛くなるらしくてさ、あれに頼り切りになると『魔力操作』の腕が鈍るってさ」


 ダニールシャが言った、『儀式魔法』は神々への発注との言葉が咀嚼し切れていないのか、固まったままの勉強会メンバーへと更に追撃を投下する。

 ダニールシャ自身は発動体を使わないでいたからダメージは無いが、だからと発動体に頼っていたなら衝撃も大きそうだ。


 それよりダニールシャにとっての本題であるディジーに貰った杖の使い方についても、ディジーに見て貰えば一瞬で解決して、そして納得も行ったが為に、余計に妙なプライドや拘りで燻る事に意味を見出せなかった。


『――そうそう、そんな感じですよ? 杖の宝珠はダニールさんの魔力を固めた輝石ですから、態々柄から魔力を流す必要は無かったのですよ。柄から宝珠に流れ込む魔力と、宝珠から流れ出る魔力が搗ち合って、乱れていたのが原因ですかね? 魔石を用いた杖でなら柄から魔力を流したのでしょうから、この杖だけの特殊な事例な気がしますよ?

 それでこの杖には魔力を集める力は有りませんけど、魔力の通りは抜群ですし、魔力を溜めておける量もそれなりに多いですから、負担が少なく『魔力操作』に集中出来ると思うのですよ。結果的にお供え魔力に注ぎ込める量が増えますから、『儀式魔法』でも威力は大きくなるのではないでしょうかね?』


 本のちょっとしたアドバイスで、泥水を掻いでいた手応えが、空気中で手をばたつかせる手応えの無さでするっと魔力が抜けていき、逆に酷く慌てる事になった。

 街中で試す事は出来無かったが、きっと『魔弾』を撃てば、悩みだった狙いの不安定さも解消され、これまでにない威力が出るに違い無い。


 それを分かっていながらも、ダニールシャはもうそれでは満足出来ない。――満足出来なくなってしまった。


 思い返すのは、ディジーに助けられた帰り道。

 魔術とは違う何かと深く考えてはいなかったが、独りでに走る荷台も、宙を自在に飛ぶ剣も、煌びやかに舞う光の玉も、立ち上る幻も、全ては『根源魔術』が為し得た事だったのでは無いだろうか。或いはディジーリアが空を飛ぶあの力も。


 ディジーリアによると魔力の性質は人それぞれで、人によって出来る事と出来無い事は違うとは言っていたが、そこで躊躇するなら冒険者を続けていたりなんてしない。


(いや、本当に、ここで悩んでいるだけでも無駄な時間を過ごしてるんじゃ無いのかねぇ?)


 既に愚痴を溢していた時から気持ちは切り替わり、今はどうすれば教えを受けられるのかと、そんな考えばかりが頭の中を巡っていた。


「私は反対だよ。何やら新しい発見が有ったのだとしても、私らに挨拶も無い子じゃねぇ」

「それは手を差し伸べなかったこっちも悪いわよ。きっとこんな勉強会が有るなんて知らないだろうし。言われる迄魔術師だなんて思わなかったし。

 でも、私達に伝手なんて無いし、研究所なんだから成果には多分お金を取られるし、結局何も出来無いのには変わりないわよ」


 いつもは前向きで貪欲な程に魔術の知識を仕入れようとするメリアが、懇願する様な眼差しでそんな事を言うのを聞いて、ダニールシャは理解する。

 つまり、始めに思ったダニールシャはディジーリアを知ってるけど、他の勉強会メンバーは知らないという事に帰結するのだと。


「……なら、やっぱりあたしが繋ぎをするしか無さそうだねぇ? ディジーとはそこそこの知り合いで、あたしは友人と思ってる。確かファルアンの妹が研究所に入ったって言ってたねぇ。うだうだしていても仕方が無いから、ちょっと今から行ってみるさね」


 悩んでいたのが何だったのかという程に、随分とすっきりした面持ちでダニールシャは立ち上がった。

 複雑な表情の勉強会メンバーに見送られ、足取りも軽く会議室から出る。

 そのまま冒険者協会からも出て、北門へ向かう大通りへとダニールシャは足を進める。


(いや、でもさ? ディジーの推測だけで学院での講義になるとは思えんぜ? 特級ならそれで通じるのかも知れんけど、ディジーはどうやって裏付けとか取ったのかねぇ?)


 ダニールシャがふとそう思ったのは、リールア食堂で舌鼓を打つ半刻刻十五分前、店主のリールアラミルから研究所の所長代理はファルアンセスがやっているよと言われて思い至る一刻三十分前、伝言を受け取ったファルアンセスと声だけのディジーリアと会話する二日前、パーティとして研究所メンバーへの戦闘訓練を行う対価としての指導を受ける五日前の事だった。



 ~※~※~※~



「――ほうほう、『儀式魔法』は仕組みとしては魔道具なのですか……バスクラカン法国? 歴史家の分野になってしまいますねぇ。――ほう茹で玉子がお好きで――えっ!? 『茹で玉子』なんて『儀式魔法』も創られているのですか!?」


 誰も知らない魔術理論の裏付け。

 講義の前日の夜。大量の教本を「焼き付け」で準備していたディジーリアが、虚空に目を走らせながら呟く言葉に、その答えは宿っていた。

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