(148)サプライズ!

「ぐぅう……」


 王妃イスティラは、王族の居室の中に時折漏れる呻き声を耳にして、到頭手を止めて俯き、堪えきれなかった笑いを溢した。


「もうっ!」


 怒った様に声を上げるが、仕方が無いとの気持ちが籠もったその笑みを見れば、そこに溢れているのは愛情だと直ぐに分かるだろう。

 イスティラが悪戯気な視線で見る先には、決済を待つ書類を手に取りながらも、表情を切なそうに歪め、涙と共に鼻水も垂らした国王ガルディアラスの姿が有る。

 こんな姿を他に晒す事は出来無いと、今日はこの居室の中で仕事をする事にしたのだが――


「ほら、そんな事では書類も滲んで駄目にしてしまいますわ」


 笑い混じりのイスティラの言葉に、ガルディアラスは感極まった溜め息でしか応えられない。

 しかし、やがて執務机から立ち上がると、ゆっくりと移動してその身をソファへと横たえたのである。


「ふ、ふふふ、これは堪らんな……」

「ふふふ、アラス、貴方のそんな姿は初めて見ましたわ。そんなに心を揺さ振られて?」

「うむ……このオセロンドの中で、オセッロが削り上げられたその時からの物語が、幾度も語られているのを感じるのだ。

 只鍛錬に励んだ日々。

 兎に角力を付けねばと魔の森に潜っての初めての戦い。

 何度も差し向けられた暗殺者。

 最愛の人を攫われて、オセッロのみを手に追い掛けたあの日」

「まぁ。――懐かしいですわね……」

「ふ……確かに姿が変わりはしたが、間違い無くオセッロでありロンドであったのだと、これ程強く我の胸を叩く物は無い。

 彼奴からは暫く騒がしいだろうとは聞いていたが、しかし困ったな、これではとても仕事にならん」

「ふふふ、今はそのオセロンドのお相手が、きっとアラスのお仕事なのですよ」


 そんな事を言うイスティラへと向けるガルディアラスの視線には、愛剣に関わる事柄を仕事とは思いたくないとの思いが溢れていたが、それならばその愛剣の相手をしている時に仕事なんてしていたら駄目ですねと、イスティラは笑って窘めるのだった。


 結局仕事を諦めたガルディアラスが、各所の長官を呼んで数日休みを取る事を告げ、突然の宣言に慌てさせる事となったが、それも王族区画には居る事が分かってからは落ち着く事となった。

 そしてガルディアラスは懐かしい想い出をオセロンドに聞かせながら、日がな一日イスティラとの時間を過ごしたのである。


 そんな王族区画が騒がしくなったのは、空が染まり始める夕刻の頃だ。

 息子が惚れ込んで妻に迎えたルーメリアが、今も衰える事の無いステップを踏んで、ふわりふわりとやって来た。

 追い掛けているのは孫娘のティアライースだ。顔を真っ赤にして自分の母親を捕まえようとしているが、風に踊る花に譬えられたルーメリアにはまだまだ届かないらしい。

 そしてその後ろをゆっくり付いて来ているのはディジーリアだろうか。


「御義父様、御義母様、今日はとても素敵な物を手に入れましたのよ」

「お母様! 返して下さい! 駄目よ、駄目なのよ! お母様!」


 しんみりとした空気が吹き飛ばされそうに騒がしいが、それも家族の団欒と思えば愛おしいものだとガルディアラスは思いに耽る。

 それはガルディアラスが一度見限り、切り捨てた物でも有るからだ。


「ほら、貴女達、どうしたというのです? 落ち着きなさいな」


 そのイスティラの言葉に、漸くティアライースはガルディアラス達の存在に気が付いたのか、しかし口をはくはくと開け閉めして言葉が出ない。

 ならばルーメリアはと言えば、こちらは満面の笑みでソファのガルディアラスを挟んでイスティラと反対側に腰を下ろし、手に持った冊子を差し出してきた。


「うふふ、学院でのイースの様子が描かれている本を手に入れたわ」

「お、お母様ぁ~」


 身悶えするティアライースが、真っ赤な顔でルーメリアに縋り付いている。

 ガルディアラスが渡された冊子を掲げるが、むくれてはいるが止めるつもりも無い様だ。

 追い付いてきたディジーリアが、対面に座りながら粒黄の実を盛った器をテーブルに置いている。

 それにも笑いを溢しながら、ガルディアラスが『名語録』とのみ綴られた表紙を捲ると、そこには一頁を丸々使ったティアライースのスケッチと、絵に重ねて一節の文章が載せられていた。

 何処かで見た事の有る美麗な古字体である。


「どれどれ……“あ”、『後でとはいつの事でしょう?』。――ん? 何だこれは? ――ああ、後ろに解説があるのか……と、く、くくく」

「お爺様っ!!」

「いや、悪いな。く、イースも愛されているでは無いか」

「また“あ”? 『貴方達では無いのは分かるわよね?』」

「絵師が素晴らしいですわね。イースがとても可愛いわ」


 恐らくその絵師であるディジーリアにガルディアラスが目を向けると、メイドが淹れたお茶のカップを手に、不思議そうな目でガルディアラスがソファに立て掛けたオセロンドを眺めている。


「どうした?」

「え? ……いえ、オセロンドが騒ぐに任せているのはどうしてでしょうかねと」

「ん? 暫くは騒がしいと言っていなかったか?」

「躾けが重要ですと言いましたよ?」


 どうにも話が擦れ違っている様に思えて、ガルディアラスは眉を寄せる。

 その隙に冊子は手元からルーメリアに奪われていた。


「いや待て。我にはまだ躾けなければならない何かが有るとは分からぬのだが?」

「?? あー……そうかも知れませんねぇ? そう言えば私も初期の毛虫殺しは、何か感情を持っているとしか分かりませんでしたね。“はい”か“いいえ”も震える回数で確かめたりしたのでした」

「……オセロンドも動く様に成るのか」

「それは分かりませんけど、そうですねぇ……。

 打ち上がってからは私の前では大人しかったので、今一つ読み取れませんでしたけれど、それだけ大騒ぎしていれば私にも分かりますよ?

 元々オセッロも何処と無くロンドの存在は感じ取っていたのでしょうね。無様な所を見せまいと、気を張っている兄の様な所が有りました。

 ロンドはロンドで偉大過ぎる兄を持ってしまった弟です。憧れの様な気持ちを持ちながら、強敵を前にしたときにしか出会えない事に寂しさも感じていたのでしょう。偉大な兄に少しでも追い付こうと、精進を重ねていた感じがします」


 ディジーリアの言葉に、ガルディアラスはしみじみと頷いた。


「でも、今は兄弟は一つになりました。弟の前で気を張る必要も無く、兄を追い掛けて身を引き締める必要も有りません。今迄と較べても数段上の力を手に入れて、ヒャッハーって弾けちゃってますかね?」

「おい」

「それでさっきからずっと討伐に行こうと王様を誘っているのですよ。それ、散歩をせがむわんころと同じですからね、放っておけばどんどん酷くなっていくんじゃないですかね?」


 ガルディアラスは思わず何とも言えないじと目でディジーリアを見てしまう。

 何故此奴は感傷だとか情緒だとかを、こうも簡単に投げ捨ててくれるのだろうかと。

 しかし――


「ですけど、剣なのですから飾られているだけなのもおかしな話ですよ。打ち直されて生まれ変わったのなら試したいと思うのは当然ですね。

 寧ろ王様がじっとしている事の方が、私には良く分かりませんよ?」


 そんな事を言われては、ガルディアラスに返す言葉は無い。


「ハマオーに何処か見繕わせるか。

 ――いや、空を飛べるのならお主の方が良い狩り場に心当たりが有るのでは無いか?」


 それは、ガルディアラスにとっても、ちょっとした思い付きを振ってみただけだった。

 冊子を見ていた女性陣も、随分前から話を止めて様子を窺っている気配がしたが、どうしてそんな注意を惹く様な話題でも無い。


「え~? ――まぁ、前から行ってみたかった場所は有りますけどね?」


 そしてそんな軽い返事が何を齎すのかなんて、オセロンドに痺れさせられていたガルディアラスの頭では、考えも及ばなかった。

 言ってみれば、それは油断していたとも言えるだろう。



 ~※~※~※~



「という事で、やって参りました、シパリング領!!

 おお~~、中央山脈がどどんと迫ってきて、魔の森もデリエイラの森とはまた一味違った雰囲気が有りますよ!!」

「おい、まて、こら!」

「今日も騎士達が陣地を作ってますねぇ。

 冒険者に開放されている森って感じがしないので、ちょっと立ち寄るのも見合わせていましたけれど、王様が居るなら大丈夫ですよね!」

「我は通行手形の替わりか!?

 いや、それよりも何故目を瞑って数歩歩いただけでシパリング領に居る!?

 これも幻なのでは無いだろうな!?」

「不思議な事も有るものですねぇ~」


 ガルディアラスは掌で顔を覆って思わず呻いた。

 狩り場を訊いた次の日の朝になってから、王族区画にやって来たディジーリアに誘われるままに王城の中を歩いている途中で、目を瞑れと言われた次の瞬間に踏んだ足下の感触が草原へと変わっていた。

 一瞬強風で煽られて、目を開ければこれだ。


「まぁ、オセロンドは知ってますから、王様に隠していても仕方有りませんし」

「心構えぐらいはさせろと言いたいぞ!」


 一体オルドロスは此奴を相手にどうあしらってきたのかとガルディアラスは思ったが、案外同じ様に頭を抱えていたのだろうと思うと、どうにも笑いが込み上げてくる。

 そのまま森へと向かいたがるディジーリアの首根っこを捕まえて、シパリング領の領都ゲータムの街門へとガルディアラスは向かった。

 先程から騒いでいる二人組へと騎士からの視線が注がれているが、流石にガルディアラスを国王と看破する者は居ない。王都を遠く離れたこの場所でなら、変装も無用だった。


「ゲータムか。二十年は来ていないな」

「来た事は有るんですね? ばれませんかね?」

「ばれなければ通行手形にもならんだろうが。まぁ、まずはバルグナンに話を通すとしよう」

「日帰りですから時間は掛けられませんよ?」


 本当に自由過ぎる小さな友人の姿に呆れが洩れる。

 一度首を振ってから、街壁の門に設けられた一番左の入り口をほぼ素通りして、ゲータムの街へと入った。


「外からは砦みたいでしたのに、中は商都の様ですねぇ」

「実際商業の中心地になる予定だったぞ。頓挫しているが、森を切り開いて大陸の東側との通商路が築かれる予定だった。その玄関口の街故に、ゲータムの名を与えたのだ」

「ほほう。デリラが領都をしているのとはまた違った理由なのですね」

「バルグナンもライクォラスとは友人同士だ。気の合う所も有るだろうがな。

 それより走るぞ。この調子ではいつになっても辿り着かん」


 奇異の目を向けられながらも、軽く駆けてこれも砦としか思えない領城に着く。

 さて、どんな名目でバルグナンと繋ぎを取ろうかとガルディアラスは考えて、結局王都からの使者を装う事にした。


「うむ、王都からだ。バルグナンと話が出来ればと思うのだが、呼んで貰う事は出来るだろうか」

「……ご領主様とはどの様なお関係で?」

「ふむ――戦友だな。我は将軍などでは無いが、共に激動の時代を戦い抜いたのには間違いは無い」


 使者を名乗るのは無理が有った。

 興味津々で砦や騎獣へと視線を向けている少女を連れていては、どうにも締まらない。

 しかしその余所見ばかりしていたディジーリアも、話ばかりは聞いていたのか、領城の敷地内に招かれてからぽそりと呟いた。


「確かに将軍では有りませんけどね?」


 喉の奥がくつくつと鳴る。

 どうにもサイファスラムやディジーリアの悪戯者がうつってしまったらしいとガルディアラスは考える。

 いや、それよりも寧ろ今も腰に有るオセロンドが子供の様に騒ぐから、気持ちが若返ってしまっているのだろうか。


「デリラの騎士より数が多くて強そうですねぇ」

「ライクォラスが抑え込んでいる魔の領域は、広がりさえしなければ資源だ。資源の回収に冒険者を使うのは合理的だな。

 しかしここシパリングでは通商路を開くのが目的だ。故に騎士が主に動いている。

 その違いだろう。

 他にはバルグナンとライクォラスの戦い方の違いも有るだろうが、お主に見て貰えれば面白い事が分かるかも知れんな」

「面白い事?」

「お主が言うのが正しければ、『根源魔術』と気付かずに使っている者は多いのだろう? バルグナンは共に戦場に立つ者に、強力な“護り”と“強化”の加護を与える。故に『城壁』或いは『破軍』と呼ばれている。

 どうだ? それらしくは無いか?」

「ほうほう……でも、見てみなければ分かりませんね」

「まぁ、この後会えるからその時だな」


 案内する騎士は、ガルディアラスとディジーリアを、親子とでも思っているのだろうか?

 しかし、ガルディアラスとディジーリアの間には、親子ならば有りそうな情の気配は微々たる物であり、師弟関係かと言えばディジーリアの態度が気安過ぎる。

 恐らくきっと関係が掴めず戸惑っているに違い無い。


「こちらでお待ち下さい」


 そう言われて案内された応接室で、直ぐ様戸棚の物色を始めるディジーリア。


「自由人め」

「いえいえ、こういう所に置いて有る領史だとかは、見て欲しいと思っている物ですから、凄い参考になるのですよ?」

「何の参考だ。……ふむ、我にも一冊寄越せ」

「もぉ~」


 そう言えば、ディジーリアに出会った時も、応接室の書物に齧り付いていたなと思いながら、ガルディアラスも一冊手に取り目を通す。

 ディジーリアは、こちらは同じ一冊と、別の一冊を両方広げて目で追っていた。

 手を伸ばした先には、これも戸棚に有った木の実の小皿だ。


 ノックの音と共に入って来てお茶を淹れていったメイドに礼を言い、ガルディアラスも冊子の続きを読み耽る。

 思いの外に面白い。確かにこれを読めば、バルグナンがこのシパリング領へ寄せる想いや、これ迄の成果、住人達によって成し遂げられた事柄に、主な事件と解決の経緯までが読み取れる。

 言うなれば一つの物語がその背景に見えてくるだろう。


「……確かに似た様な物の決裁をした覚えが有るな。王城に有った物は面白かったか?」

「ええ。学院にも同じ物が無かったなら、もう一度読みにお伺いしてたと思いますね。でも、個別には売ってないのです。勿体無いですよ?」

「――くくっ、バルグナンめ、大亀の魔獣を振り回してはぐれの魔物を殲滅した後に、その大亀を亀鍋にして住人一同で喰っただと? 全く、何をしているのだか」

「魔獣は武器として使うと変な効果が付いていたりするらしいですよ? それで殴れば『混乱』が付く亀の魔獣も居るらしいです」


 ディジーリアが余りに馬鹿な事を言い出した為、流石のガルディアラスも吹き出した。


「何故態々亀で殴る!? くっくっくっ、出所が分からんが本当だとすれば面白過ぎるぞ」


 そんな風に和やかに過ごしていた故に、時間が経つのはそれ程気にはならなかった。

 何と言っても朝食の後直ぐに出たのだから、この時間、上の者は会議をしているに決まっている。

 尤もそれにしては随分と太陽が高かった様にも思うが、太陽が昇る方角へ来たのだからそういう事も有るのだろう。

 それでも、それ程待たされる事は無いだろうというガルディアラスの予想通り、冊子を一冊読み終わる頃に再びノックの音が鳴らされたのである。


「お待たせしまし――」


 そして扉を開けた男――バルグナンの長子バルザーグ――は、その姿勢のまま動きを止めた。


「うん、何をしている。客人を待たせるのは――うおおおお!? こ、これは陛下!!」


 バルザーグは父であるバルグナンの叫びに我を取り戻し、慌ててその場に跪く。

 横幅が広いだけに大きく見えるバルグナンは、簡易に立礼してから、それでも信じられない様子の眼差しをガルディアラスへと向けた。

 大きく見えても実際にはガルディアラスよりも少し背が低かった筈だ。鍛え上げられた戦士と呼ぶのが相応しい様相である。


「ほ、本当に陛下であられましょうか!?」

「うむ、抜き打ちの査察だ」

「なんと!?」

「と言うのは冗談として、実は剣を打ち直してな。試し切りに良い狩り場は無いかと聞けば、此奴こやつに此処へと連れて来られたのだ」

「……は?」

「ふむ、アザロードとも友人で同じ様に空を飛ぶが、アザロードよりも遥かに速いな」


 嘘では無いが真実でも無い。そんな言葉を口にしてガルディアラスがにやりと笑うと、バルグナンとバルザーグが共に戸惑いそのままな視線をディジーリアへと向ける。


「ククク……噂ならば此処にも届いている筈だ。これでも特級、ランクBの冒険者であるディジーリアだ」

「ディジーリア? あの巨人族の若者の!?」

「いや、それでは無く――」


 それは違うと言おうとしたガルディアラスの胸に、ふと何かが引っ掛かった。

 各地に現れる様々なディジーリアの報告は、実は今を以ても収まっていない。

 その報告を聞きながらも、今迄それはここに居るディジーリアとは係わりの無い者達による仕業だと考えていた。

 その理由は、王国の端と端、アザロードでさえも軽く十日以上は確実な場所で、同時期にディジーリアが出現したとの報告がされていたからだったのだが……。


 しかし、今日ガルディアラスが体験したのは、空を飛んだりといった移動とは次元の異なる奇跡の技だ。

 こんな瞬き一つの僅かな間で王国の端へと移動出来るのなら、各地に現れたディジーリアがディジーリアでは無いとの論が崩れてしまう。

 そして、そのディジーリアを名乗る者達が各地に現れたのと時期を同じくして起きたのは――


「待て、確か秋の一月十八日だ。王国各地に降り注いだ赤い流星雨、あれはお主の仕業だな?」


 バルグナン達を留め置いて、部屋の隅でディジーリアへと問い詰めてみれば、問われたディジーリアの焦った態度が既に答えだった。


 それでガルディアラスは答えに辿り着く。

 赤い流星雨は恐らくディジーリアが輝石と呼ぶ、自身の魔力を固めた物だ。何らかの目的で各地に輝石を散蒔いたのが、赤い流星雨と呼ばれる事になったのだろう。

 不思議と目撃者が少ない事にも説明が立つ。ディジーリアの輝石なのだから、ディジーリアと同じ様に『隠蔽』が掛かっていておかしくない。

 そして輝石を散蒔いた目的は何かと聞かれれば、ディジーリアが用いた特殊な移動法の為で間違い無いだろう。『根源魔術』で輝石越しに見聞きし、魔術を操れると言ったのはディジーリアだ。その可能性は非常に高い。

 そして今、その答えを導き出しているガルディアラスを、ディジーリアが観念した様子で見ているのが、その証左とも言えた。


「……大体分かった。確かにこれを口外など出来んな。しかし、それなら何故各地でディジーリアの名を出して人助けなどしている?」


 既に、それがディジーリアのしている事と決め付けたガルディアラスの言葉だったが、ディジーリアはそれに素直に答えたのである。


「いえ、ほら、勝手に街道に私の輝石を埋めて利用している訳ですから、普通なら通行税が掛かる訳ですけれど、これにランク六以上の特典を適用するなら、街道の安全に多少は貢献しないといけなくなるのですよ。

 全部が全部に手を出していたら護衛任務に意味が無くなりますし、冒険者も育たないので本当に危険で私が気付いた時だけですけどね」

「…………通行税?

 それの適用範囲とするのは広げ過ぎだぞ? それに態々怪物の――ああ、成る程。それもお主がその場に居たとは言えないが故か。

 しかし秘密のつもりだったろうに、随分と口が軽いな?」

「私だけが関わっている秘密なら、重みが無くなった時点で秘密にする理由が有りません」

「我が気付いたからか?」

「いえ、もう何処にでも逃げちゃえるので、無理矢理荷物運びをやらされる事も無いでしょうかねと」


 振り回される周りの事を一切考えていない理由だった。


 だが、よくよく考えてみれば、ディジーリアが口外しなければ誰も振り回される事も無い。迷惑を被る事も何も無ければ、それ以前の話としてそもそも何かを感じる事も無いだろう。

 知ってしまえば、それを良い事として広めようとしてしまうのがライクォラスだろうか。恐らくディジーリアとは相性が悪いに違い無い。

 オルドロスならばディジーリアを思って煩悶するかも知れないが、実はそんな必要も無さそうだ。

 言ってみれば、これはディジーリアが手札の一つを明かしたに過ぎないのだから。言い換えれば、王国として動こうとしてもどうにも面倒な厄介事が起きた際に、頼れる手立ての一つを示してくれた様なものだ。

 感謝しさえすれ、面倒事と思うのは筋違いな話である。


「くく、オルドロスならば頭を抱えそうだがな」

「オルドさんにはいつも怒られてしまうのですよ。こらーって」


 余りにも予想通りなディジーリアの言葉に、ガルディアラスは思わず声を出して笑ったのだった。


「待たせたな。此奴の事は余り気にするな。冒険者の手札を明かすのも野暮というものだな。

 このお忍びの目的は、先にも言ったが試し切りだ。ランクDの我がランクEの剣を存分に振るえる場所となると、確かに『魔界』はその候補となろう。

 しかしお主らが計画的に開発している場所故、勝手も出来まい。暴れても問題の無い場所まで案内せよ」

「ランクE!?」「ランクEの剣ですと!?」


 そして、やはりそこに食い付くかとガルディアラスは頬を歪める。

 世の中の常識として、武具のランクはその素材に用いられている魔物や魔獣のランクと同じか、届かない程度だ。大概の高ランク魔物は大型であり、その素材で作られた武具が標準の大きさなら、魔物自体よりもランクが下がるのも理解出来る話だ。

 この常識で考えるならば、ランクEの剣は、ランクF以上の魔物を討伐して、その素材を用いて作られたと考えるのが当然なのだ。

 嘗て王国を襲った災害にも喩えられる魔獣の一つ、氷魔と呼ばれた狼の魔獣でさえランクC。

 カイネルア領に現れ、ガルディアラスが討滅した暴食の闇蟲ムドーもランクC。

 災厄を代名詞として三百年周期で出現する不死の闇族イモータルもランクはCと言われている。

 御伽噺の中でさえランクD以上を見掛けない所に、ランクEの剣が飛び出してきたら、何事かと思うだろう。

 知らない内に、王国に危機が迫っていたのかと驚倒しているに違い無い。


「魔物素材の剣では無い。魔物の襲撃などは心配無用だ」

「いえ、オセッロがラゼリアバラムですから、魔物素材は魔物素材ですよ?」

「は? オセッロ!?」


 そして、軽く説明しようとした所を、恐らく無意識に引っ掻き回すディジーリア。

 軽く頭を抱えるガルディアラスは、いっそ全てを明らかにする事としたのだった。


「オセッロとロンドを素材に、鍛冶師でもある此奴が打ち上げた逸品だ。オセッロとロンドの魂を宿した魔剣だな。凄まじいとは思わぬか?」

「いえいえ、私が打ったのはランクDの双剣ですよ? オセッロがランクCでしたから、それ以上に鍛えられなければ鍛冶師の名折れです。

 それなのに、王様に渡した途端に自らランクEに昇格したのですよ。しかも魔剣の成り掛けでしたのが、何故か既に霊剣になってしまってますね。暫くして馴染んだ頃に調整をと考えていましたけれど、もう私の手が届かない代物になってしまってます。

 それだけの絆が有ったという事なのでしょうけれど、鍛冶師としては何だか負けた気分で悔しいのですよ」

「……霊剣?」

「そうですよ? 『識別』しませんでしたかね?

 魔剣は魔物を斬っていれば格が上がって行きますけど、霊剣は何かの条件を満たさないといけないみたいで、私にも良く分かりません。

 因みに私の瑠璃色狼は、森に生きる生き物の魔石を練り込む程に格が上がって、その内ランクも上がります。

 オセロンドには王様の魔力を更に打ち込む予定でしたけれど、霊剣となった今は下手な手を加えられないので保留です。

 『修復』が復活してますから手入れをしなくても問題は出ないでしょうけれど、するとしても王様手ずからの方が喜びますよ? 最早私はお呼びでは無いのでしょうね」


 ガルディアラスだけで無く、バルグナンとバルザーグも、神妙な視線をガルディアラスの腰に有る剣へと向けた。

 ガルディアラス自身、オセッロが魔剣の成り掛けと言われた時には、内心かなり喜びを感じていた。意思を持つ剣である『魔剣』は、特級である人間の数よりは多いが、ランク一以上の人間の数と比べれば少ない、それ程に稀少な代物だった。

 『霊剣』の類となると、更に少なく、どれだけの数が存在しているのかも分かっていない。


「何が魔剣で何が霊剣なのか、私にも良く分からないんですけどね。何と無く、『魔剣』の持つ魂が斃した敵の魂を少しずつ掠め取った集大成みたいな感じなのに対して、『霊剣』の持つ魂はもっと枠というか形が定まっている様な気がするのですよ。それももしかしたら、私がオセッロの魂を抜き出して移植する様な事をしたから、オセロンドが霊剣側に傾いたのかも知れませんけれど。

 それで、形が定まっているからなのか、『霊剣』は結構特殊な事が出来たりするみたいですね。剣なのに『亜空間倉庫』に近い力を使って見せたりとか、そういうのです。

 で、オセロンドはどういう力を持っているかなんて私が探るのは無粋の極みですから、王様が自分で確かめて下さいね。

 でも、私の手は離れたとは言え、実際に魔物を切って不具合が無いか確かめなければ剣も完成とは言えませんのに、王様なんてしているとどうもそんな機会が無さそうなのです。此処は色々な種類の魔物が、息く暇も無く襲い掛かって来ると聞きましたから、ここで千や万も魔物を切り捨てれば大体分かるのでは無いでしょうか。

 ですので、案内して貰うとしたら最前線で、邪魔な界異点が在るのならそれも序でに潰してしまう感じで予定を組んで欲しいですね。

 私は王様が楽しんでいる間は、採取でもしているので大丈夫ですよ?」


 そして、『霊剣』であるとの感慨に耽っている間に、何か無茶な要求がディジーリアから出されていた。


「ま、待て! それは流石に無理だ!」


 バルグナンは咄嗟にディジーリアの要求を退けようとした。しかし、ディジーリアは何が無理なのか分からない様子で、きょとんと首を傾げてバルグナンを見ている。

 ガルディアラスはその様子がどうにもおかしくて、込み上げてくる笑いの衝動が抑えられない。


「くっくっくっくっ、良し、一番の激戦区に案内せよ、くっくっくっ」

「へ、陛下!?」

「くはははは! 良い。我の目的を優先するならばそれ以外の答えは無い。我の立場を優先するなら他の答えも有るかも知れんが、お忍びで来ている以上そんな物はごみだな。

 ――成る程、冒険者はこうなったか」


 最後には感慨深げな笑みとなったが、バルグナンはそれでは収まらない。


「そうは言っても、立場をお考え下さい!」

「だが、立場に重きを置いて、素直に物事を見れなくなった結果、我の周りには腐敗の兆しが蔓延る事になっていたぞ? それを明らかにしたのも此奴よ。

 確かに立場に見合った振る舞いは有るだろう。しかしそれを最も口にしていたのは我らが打倒した者達だ。お主は我が玉座に踏ん反り返っているのを正しい在り方とでも考えているのか?

 いや違うな。民がその手に負えない事ならば冒険者に依頼する。冒険者でも手が出せなければ騎士団が動く。騎士団でもどうにもならなければ、その時は国王たる我が出る。そして我が最後の砦ならば、我は常にその力を維持しておかねばならぬ。騎士団が敵わぬ局面で力を発揮する為には、ふむ、確かに最前線しか無いぞ」

「しかし! 陛下に何か有っては、王国が……!?」

「……成る程。歴代の王には真面だった筈で有りながら腑抜けて行く者が居るとは思っていたが、こうして牙を抜かれていくのだな。

 バルグナンよ、良く考えてみよ。お主のその言葉の後には、そんな事は我々下々の者に任せれば良いといった言葉が続くのでは無いか? それは正しく王を堕落させる言葉よな。

 臣下としての想いは伝わったが、国王として下す判断はそれには添えぬぞ?

 成る程、どれだけ優れていても国王が大人しく引き籠もってしまえば、悪臣が蔓延るのを抑えられる筈が無い。今になってとは思うが、今知れたのは僥倖だな」


 これだけは残されてきた王家に伝わる記録を見ても何故悪臣を抑え切れなかったのかが分からない嘗ての王の理由が、バルグナンの振る舞いから知れて、ガルディアラスは暫し自らの振る舞いを思い返す。

 しかしバルグナンはそんなガルディアラスに、覚悟を決めた顔付きで告げたのである。


「つまり、陛下はどうしても最前線に赴きたいという事でしょうか。ならば、私はこの身と引き替えにしても、陛下を止めなければなりません!」


 そして、そんなバルグナンの覚悟は、気の抜けた少女の声で遮られるのだった。


「あー、あの、バルトさんのお父さん? 時間が無いのでちょっと確認ですけどね、冒険者の間では、ランクが三つ違えば赤児と大人の違いが有ると言われているのですよ」

「それが何だ!!」

「赤ちゃんって家の中でちょっとした段差とか、赤ちゃんにとってとても怖い思いをした場所が有ったとしてですね、そこに親が近付こうとしたら体を張って止めて、泣き叫んだりしませんかね? それでも親が止まらなければ、喚きながら駄々を捏ねたりとか、私には良く分かりませんけど、そういう赤ちゃんって時々居ますよね?」

「――何だ! 何が言いたい!!」

「あー、あの、例えばバルトさんがランク三の狩り場で凄い危険な目に遭ったとしてですね、バルトさんのお父さんに『あの場所は危険だ! 近付いてはいけない!』と口にして、それでもお父さんが近付こうとしたら、体を張って止めようとしてきたなら――」

「お前は俺の息子を馬鹿にしているのかっ!!」

「あ、あー……」


 ガルディアラスは、笑いを堪え損ねて吹き出しそうになった。

 目の端では、羞恥に顔を染めたバルザーグがバルグナンの耳元に口を寄せているのが見える。

 頭に血が上っていたバルグナンも、息子に説明されたからか、今度は呆けた顔で首から上を真っ赤に染めた。


「ではですね、王様がランクDならほぼ――」

「いや、いい。うむ、分かった」

「――三つぅえ!? あー、もういいですかね?

 ええ、王様が最前線に行くと言うなら、『案内するので是非とも連れて行って下さい。勉強させて貰います!』でいいと思うのですよ」

「うむ、そうだな。その通りだ」


 両掌で顔を覆ったバルグナンがディジーリアに答える。

 応接室には、到頭堪えきれなくなったガルディアラスの笑い声が響くのだった。



 領都ゲータムから魔の大森林へ向けて、バルグナンの真っ赤なミゼラ牛に乗って早駆けする。

 前からディジーリア、バルグナン、ガルディアラスの三人乗りだが、元から相乗りする事も多い騎獣らしく、負担を感じさせない足取りでミゼラ牛は駆ける。

 元々二人乗り用の鞍は有ったが、ディジーリアはミゼラ牛の首に跨がる形でしがみついていた。「おお~!」と興奮した声を上げていて完全に子供だ。バルグナンの困惑する様子が滑稽だとでも言うのか、ガルディアラスは肩を揺らしてくつくつと喉を鳴らしている。


「ここから森に入ります。見ての通り大型獣車が四台並べる幅の道を最前線まで通しています。一刻三十分行く毎に森を切り開いて広場を造り、今では広場六つ先が最前線となってます」

「街造りも含めて五十年でそこまで開発したのは大した物だ」

「でも、森に入って直ぐに結構な数の魔獣が居ますよ? 初級は話になりませんし、中級でも危なくないですかね?」

「そうだ。だからこそ冒険者は上級以上と制限している。そうやって集めた魔物素材が、このシパリングから王国中に送り出されている」

「あー、確かにここの物っぽいのを見た覚えは有りますね。ですけど魔の森の素材と言えば、魔物素材の他にもこういう薬草も貴重ですよ?」


 目の前でミゼラ牛にしがみついていたディジーリアが、ひょいと赤い葉の草を取り出したのを見て、バルグナンは眉を寄せた。


「……何時の間に?」

「バルグナン、森の中を見よ。宙を飛び回っているのは、此奴の操る人形だぞ」

「……妖精シー?」

「では無くてですねぇ、何かしら冒険者っぽい形をしたものに採取させて見せないと、居合わせた人を混乱させてしまうのですよ」

「との口実にかこつけて、遊んでいるだけだな」

「楽しんではいますけれど、言った事も本当ですよ? 誰も居ないのに、突然薬草が掘り返されて宙を飛んで行くよりは、見える何かが有る方が安心出来るみたいです」

「当たり前だ」


 気安い様子のガルディアラスとディジーリアに戸惑いながら、バルグナンは森の中へと意識を向ける。

 確かに時折何かが視界を掠めて飛んでいるが、気配が無く捉え辛い。

 しかし、ガルディアラスが言うのなら、それは確かにディジーリアの操る人形なのだろう。

 そして同じくミゼラ牛に乗って哨戒する騎士達も気付いていない事から、かなりレベルの高い『隠蔽』が掛かっている事が窺えた。


「しかし、妙だな。魔物の数が嫌に少ない。

 そこの! 今日は魔物が少ないが、何か有ったか?」


 騎士の一人へバルグナンが問うと、騎士は森へ目を向けたまま答えた。


「は! いえ、先程まではいつも通りでした! 大物が近くに来ているのではと思われます!」

「む、ならば『破軍』は掛けておいた方が良いな。――『破軍』!」

「うひゃ!?」

「ぬ……?」


 バルグナンが溜めた力を解放した途端、前と後ろから声が漏れる。


「もう、行き成りは吃驚しますよ!?」

「……妙だな。昔はもう少し強化された気がしたが」

「格上には余り意味が無いかも知れませんねぇ。どちらにしても、王様のはオセロンドが弾いてしまってますけれど」

「何?」

「べちょっとバルグナンさんの魔力をくっつけられて、格下ならその魔力に助けられる事も有るのかも知れませんけれど、同格以上なら却って邪魔ですかね。

 オセロンドは王様の魔力以外は受け付けないでしょうから、ぺぃっですよ」

「お主はどうなのだ?」

「私だってそんな気持ち悪いのは御免です」


 バルグナンを挟んで、失礼な会話が交わされていた。


「……陛下。高ランクの魔物が居るかも知れないのです」

「ふむ、居るな。ここにランクAとBとDが」

「おお! ちらっとは聞きましたけれど、王様はランクDなのですね!」

「特級のランクなんぞは当てにならんがな。アザロードの様に空を自由に飛べるだけでもランクBだ。お主は空を飛ぶ上に、正面からでも守護者を討伐出来るであろう? 同じランクBでも手札の数が違う。言っては悪いがアザロードではお主の相手にはなるまい。

 つまりだ、特級になるとランク自体よりも相性が大きく働く。――と言うよりもだ、ランクBだろうがランクDだろうがランク零の内という事だろう。ランク零は上下の幅は有れど全て同格で、ランクの記号は対応力を示しているのかも知れん。

 お主はランクAに当たる鬼族の守護者を容易く下したが故のランクB。我はランクCながら斬撃には極めて弱い闇蟲ムドーを屠ったが故のランクDという事だ」

「ええ!? それはちょっと受け入れられませんよ? それではオセロンドもちょっと器用なだけの双剣と言いたいのでしょうかね? いえいえそれは聞けません」


 そしてバルグナンに窘められても暢気だった。


「陛下!!」


 バルグナンは声を荒げるが、気の知れた陛下には時に強く当たれても、未だ良く分からない少女ディジーリアに対してはどういう態度を取れば良いのか分からない。


「だから、魔物は我らを警戒して出て来ないのだと言っている。この先もどうせ同じだぞ?」

「王様が態々気配を洩らしてますからねぇ。そう言えば、私は魔力とちょっぴり“気”で気配を探ったりしてますけど、王様はどうやって気配を捉えているのでしょう?」

「我か? む……いや、我も魔力と“気”だとは思うが?」

「う~ん、それだけじゃ無い様に思うんですけどね~。まぁ、世の中には『直感』とか良く分からない技能も多い事ですし、気にしても仕方有りませんかね?」

「魔術の領域で、お主に分からぬなら我にも分からぬわ」


 そこでディジーリアが振り返って、見上げる視線で先に行かないのかと促してくる。

 「ぐぅう」、と呻いてから、バルグナンはミゼラ牛を再び走らせるのだった。


 しかし、魔物は出ない。

 道の先を見れば、確かにシパリングの騎士との戦いを繰り広げていた魔物も、バルグナン達の乗るミゼラ牛が目に入ると森の中へと撤退していく。


「おお~……流石王様ですね」

「いや、案外気配の無いお主に警戒したのでは無いか?」

「いや、これは……特級が三人居ればこうも呆気無く進めるのか?」

「進んでどうする。結局森の魔物はそれでは減らんぞ」

「……残念ながら、森の魔物は減らせません。それが五十年の開発で分かりました。魔の大森林に潜む界異点の数は星の数程。潰した数だけ新たに生まれられては、消耗するばかりです。

 故に間引くのは進路と交わる界異点のみとして、後は防衛に努めました。それからは飛躍的に進展しましたが、恐らく十代掛かりの事業になるでしょう。

 今日得た三人の特級が居れば襲われないという知見を活かして、壁を築く事が出来れば短縮も出来そうですが」

「ふむ、この魔物の密度では壁も築けぬか」

「界異点もちらほら在りますし、魔獣に見えて魔物なら、繁殖したりとか関係無しに界異点からどんどん溢れてくるんですかねぇ?」

「……繁殖もしているかも知れん。既に開拓当初に出現した化け物の姿は面影も無く、森で出会っても違和感の無い姿をした魔物が多い。偶にまだ目が数対有ったりするものも居るがな。

 希望的観測かも知れんが、案外此処の魔物は侵攻してきた訳では無く、何らかの異世界の異変から已むを得ず逃げてきただけの可能性も有る」

「その方が厄介だぞ? 世界一つ分の生き物が雪崩れ込んで来るとすれば、全軍で当たっても追い付かんわ」

「いや、それが魔物同士も縄張り争いをして、結局密度は高くても数は一定に落ち着いている模様なのです。故に、今は通商路を守れさえすれば、魔物も追い返すだけでも良いと割り切っておるのです」


 最初に一度足を止めた後は、驚くべき程に何事も無く、切り拓いた広場も二つ三つと過ぎて行く。

 バルグナンには良く分からなかったが、ガルディアラスに人形を使って採取をしていると言われていたディジーリアが、ふと顔を上げる。


「でも、結局此処に通商路を拓いて、何かいい事でも有るんでしょうかね?」

「む? 文化が違う地域との交流は様々な意味で得る物が多いぞ?」

「でも、特級が護衛しても、それでも一般人には魔の領域の大深部に変わりが無いのですから、歪化の危険で立ち入れないですよね? それなら初めから荷運びは『亜空間倉庫』頼みで、特級の人が特使として山脈越えした方が早いですよ?」

「「…………」」

「そしたら此処は冒険者に開放して、一大採取基地が出来るんでしょうかねぇ。

 ほら、この薬草はハーゴンと似付きもしませんけれど、ハーゴンの数倍の薬効が有ると思いますよ? そんな素材がごろごろしてますから、随分賑わう事になるんでしょうねぇ?」


 バルグナンは、不意を突いた疑問の声に、混乱させられ思わず沈黙する。

 それはガルディアラスも同じだったのか、少し焦った様子で擁護する言葉を返していた。


「待て、中央山脈を越えるなど、それこそ正気の沙汰では無いぞ? 流石に貴重な特級に、そんな当ての無い任務など与えられん!?」

「?? キャラバンの人達は山脈越えで行き来していると聞きますよ? 実際、同級生に山脈東側からの留学生も居ますから」

「「何!?」」

「いえいえ、おかしな王族に目を付けられて、緊急避難的に山脈越えをするしか無かったらしいんですけどね。死に掛けたとは聞きましたけれど、魔力も操れないランク六で死に懸けなら、特級ならきっと余裕ですよ?」


 バルグナンとガルディアラスの誤算は、騎士で有るが故に、魔の領域から受ける影響に疎かった事である。

 魔の領域で活動するのは主に冒険者であり、騎士が何日も魔の領域内に陣を張る事はまず無い。

 更に言うなら、『魔界』の在る魔の大森林は激戦区過ぎて、一度森でのお務めを果たした騎士は、数日の休養を経なければ再び森に入る事が無い。そんな環境では、歪化の兆しを見せる騎士も居なかったのだろう。

 魔の領域でなら大抵棲息している犬種の魔獣が、ここでは既に追い遣られたのか棲んでいなかった為、歪豚の様な歪化した魔獣を目の当たりにする事も無かったのだ。

 魔石病を患う騎士は居たが、騎士にとっても魔石病は利する所の方が多く、特にシパリングの魔の大森林で患う魔石病は性質も良く、殆ど騎士達に負担を感じさせない。

 そんな中でバルグナンは歪化の危険を失念し、ガルディアラスは界異点を全て潰す物と認識していたが為にそこに思い至らなかったのである。


「でも、山脈の東は界異点が潰し尽くされていて、その所為かは知りませんけど殆ど魔力が無いらしいですよ? 回復薬ですら御伽噺の代物だとか言ってましたし、当然魔力は直ぐに散ってしまうから持ち込む事も出来無いみたいです。

 その分力任せで無い技術は磨かれているのかも知れませんから、誰かが弟子入りに行くのはいいかも知れませんけれど、魔力が霧散する事を考えるとこちらから出せる物なんて有るんでしょうかね?

 魔力が無いからか人も百歳まで生きないみたいですし、あー、『魔力制御』とか苦手な百歳以上の人とかが東側に行ったら、全身毒煙患者みたいになって、その場で老衰で死んでしまったりするのでしょうかね? 怖いですねぇ~」


 そして、未知の世界と思われていた大陸東側の情報が次々と語られるに連れ、バルグナン達も理解する。

 空想か何かの様に人々の口に上る大陸東側の噂話は、概ね真実であり、恐らくは行き来するキャラバンから齎されたものだったのだろうと。

 ガルディアラスも東側からの留学生については聞いていたが、キャラバンと一緒に命懸けでやって来たと聞いて、通商路としての選択肢からは外していた。それと同時に、それらの噂話を軽視していた事を自覚したのである。

 尤も、魔獣に脅かされる事が無く、素晴らしい技術力を磨き上げてきた国々というのが、真実は魔力が無いという一言に集約されるのならば、東西の交易というシパリングの悲願も聊か見劣りしてしまう。


「ぐぁあああああ! シパリングの悲願がぁ!!」

「計画は練り直しだな。命懸けで山越えしてきた者が居るとは聞いていたが、そんな落とし穴が有るとは我も思わなかった」

「ならば、まずは山脈越えの部隊に、シパリングの者も加えて頂きましょう!」

「あ、言葉も全然違いましたよ? 向こうの言葉で喋って貰いましたら、もう、全然分かりませんでした!」

「……方言どころの話では無いのだろうな。その留学生と話をするのが先決か?」

「言語ならば文官が得意なのでしょうが、文官に山脈越えが出来るとも思えません」

「当然、死に掛けた留学生が山脈越え出来る様になるのも、まだまだ先の事ですね」

「――十年計画を立てねばならんな。バルグナンよ、頭の良い騎士でも見繕っておく事だな」

「頭の良い騎士? う~む……それは何かの謎掛けでしょうか?」


 馬鹿な事を言っている間にも、最前線が見える場所まで辿り着いたのである。


「もしかして、あれがギョモスとか言う魔物でしょうか?」

「ああ、そうだ。蟷螂かまきりの化け物だな」

「うじゃうじゃ居て気持ち悪いですよ?」


 ディジーリアがそう言うのも無理は無く、この辺りでは丸で森が蠢いている様に見える。

 通商路として拓かれた道は魔物にも歩き易いのか、放っておくと魔物が雪崩れ込んで来るのを押し留めるのが、騎士の仕事になっていた。


「これは流石に界異点も根絶やしにしなければ生態系が狂わないか?」

「いえ、ギョモスフィンは良い剣の素材になりますが、ギョモス自身はこの森でほぼ最弱の部類に分類されまして、放っておいても直ぐに他の魔物の餌となります。共食いも確認されてますな。

 おまけに珍味ですから、この辺りの魔物が通商路にまで襲い掛かってこないのは、ギョモスへとその目が向いているからでしょう。

 その分、此処にはギョモスを何十匹も丸呑みに出来る蜥蜴の化け物や、巨大な猿に似た化け物が現れます。暗殺蛇も多く現れますので、ギョモスに気を取られて怪我を為されぬ様、ご注意願います」

「ふん。ギョモスの界異点はどういう代物だ?」

「……巨木の腹を割って其処から溢れ出ているのは確認しておりますが、界異点の中までは確かめられてはおりません」

「ふん、面倒だな。――それならディジーがやるか?」

「おお? それは構いませんけど、それをしたらこの辺りの魔物がこの道にやって来る様にはなりませんかね?」

「いや、暫く離れた場所にもギョモスの界異点は在るから、そちらに向かうだろうな。出来ると言うならば遠慮無くやってくれ」


 そのバルグナンの言葉を聞いて、ディジーリアは何かをしたらしい。

 一度首を傾げてから、それまでの弾んだ様子では無く何かに集中している雰囲気で、しかしその後に「ぅえ……」とげんなりした呻き声を洩らした。

 因みに、見えてはいるが、最前線にはまだ着いていない。


「中は外以上に気持ち悪いですよ。床も壁も天井も卵でびっしりな洞窟な感じです」

「……お主のその技は便利過ぎるな。それで、潰せそうか?」

「そうですねぇ~。守護者っぽいのが居ないのですよ。でも、異核っぽいのは有りますから、あれを壊せばいいんでしょうかね?」

「なのでは無いのか? 我は界異点の討伐などした事は無いから分からんぞ?」


 バルグナン自身はガルディアラスにも言われた通りにランクAだ。しかし、『破軍』と『城壁』の技を使えば、己の力をランクB相当には高められていると思っていた。

 しかし、ディジーリアが何をしているのかは全く分からない。

 最前線近くになり、ミゼラ牛から降りた時には、森の中から飛んで来た緑の翼の人形が、そのミゼラ牛の頭に乗った。「護衛ですよ」と言われたが、その人形が持つ力もバルグナンには分からなかった。

 そして実際に最前線へと赴けば、急激にギョモスの圧力が下がって行っているのだ。


「面白かろう? 魔術に特化した我らとは対極の特級だ。これで“気”を使うには筋力も鍛えなければと、学院では自ら魔力枯渇状態へと追い込んで、『武術』の講義を受けているらしい」

「は? 学院?」

「くく、此奴は今年入学の首席らしいぞ? お主の息子とも上手くやっているらしいな」

「な、何っ!?」

「バルトさんは凄い頼りになるんですよ~。バルトさんが居なかったら、きっと貴族の人達は纏まらなかった気がしますね~」

「む、うむむ……」

「ところで、ギョモスの素材って何が有るんでしょうかね?」

「それは、ギョモスフィンと呼ばれる鎌と、首肉だな。腕肉もか。他も大概何かに使えるが、捨てて惜しいと思うのはその辺りだな」

「ほうほう――では、それに加えて魔石もですかね。ざっと回収しときますね~」


 最前線に来たというのに全く暢気な様子のディジーリアに思う所は有る物の、此処まで戦闘も無くミゼラ牛で駆けて来ただけなのだから仕方が無いともバルグナンは思う。


「御領主様! 先程から様子が――」


 当然のものとして背後にも注意を向けていた騎士の小隊長が、バルグナンを見付けて訴える。

 当然その理由を承知していたバルグナンは、一つ大きく頷くのだった。


「委細承知だ。こちらは助っ人に来たお忍びの一番偉い人と、その連れだ」


 ガルディアラスがその紹介に思わず吹き出す。

 バルグナンは言える訳が無いとガルディアラスを一睨みする。


「前列は助っ人と交替だ。以降は抜けた魔物の相手をしながら休憩に入れ」


 言いながらバルグナンも前列に入ったが、同じくディジーリアもそれに続いたのを見て何人かの騎士が目を剥き、それに続いて国王ガルディアラスの顔を知る騎士が体を強張らせてガクガクと不審な挙動をする。

 こんな魔の領域の最前線で、名前を告げなかったのは正解だった。


「蟷螂相手には勿体無いが――」


 と言いながら双剣を抜いたガルディアラスの剣閃が走り、その一瞬で周囲のギョモスがごそりと減る。


「――やはり詰まらんな。

 ディジー、我はお主の戦い方を知らぬ。我に見せてみよ」

「ええ~? 今日は王様の剣の試し切りなんですけどねぇ。

 まぁ、いいでしょう。――秘技! 颶風ぐふう斬!」


 ディジーリアが残像を残してギョモスの間を鋭角に飛び回り、動きを止めたその先で美麗な片刃の細剣を鞘へと納めた。一陣の風が巻き起こる。

 頭を斬り落とされて、一斉に倒れるギョモス達。

 しかしそれよりも問題は、ディジーリアがガルディアラスの正体を明かしてしまっていた事だろうか。

 驚愕に目を見開く騎士達に、どう説明すればとバルグナンは額を押さえたのである。


「何だそれは? 武技か?」

「いえ、言ってみただけです」

「真面目にやれ! 真面目に!」

「ええ~? 最近は、余り真面目な討伐ってして無いんですよ?

 ん~、こうですかね?」


 今度はディジーリアが完全に姿を消して、只ギョモス達の首が落ちる。

 恐ろしい技にバルグナンの毛が逆立った。

 しかし、再び現れたディジーリアに、ガルディアラスは首を傾げて問い掛けた。


「お主は剣を振らずとも何とでも出来るのでは無かったのか?」

「あ! ……そう言うのは、あんまり技って感じがしないのですよ」

「まぁ良い。我は向こうに居る大物が気になるから、彼方あちらへ行くぞ」

「待って下さいよ! 私も見ないと調整なんて出来ませんよ!?」


 最後に、ディジーリアが背を向けたその後ろで、残るギョモス達の頭が落ちた。

 それだけでは無く、鎌が落ち、首が落ち、腕が落ち、そしてそれらが蔦で縛り上げられて荷造りされた。


 顔を引き攣らせながらも、ガルディアラスを放置も出来無い。

 そう思って後を追うバルグナン達の横を、黒と赤の閃光が走り、そして動きを止めたディジーリアそっくりな人形が渋く言った。


「ふ……こんな場所で油断は禁物でしょうぜ、親っさん」


 切り捨てられた暗殺蛇がぽとりと落ちた。


「ほっほっほっ、まずは落ち着く事ですな」


 逆側を見れば、蔓を伸ばしていた死荊棘しいばらを燃やす、これも付け髭の人形が居た。


「まて、お前達も深呼吸だ。俺達は冷静さを欠いている」

「「「は、はっ!!」」」


 今度こそ慎重に後を追うバルグナン達は、ギョモスの界異点の脇へと差し掛かる。

 大木の虚を依り代にした様な界異点は、今や荷造りされた素材の搬出口となって、ドレスの人形が旗を振るのに従って宙を飛ぶ素材は、列なる車列の様に次々と界異点の横に開いた『亜空間倉庫』の入り口へと飛び込んでいる。


(そうだな。異界の中では『亜空間倉庫』が使えないと聞くからな)


 冷静と言うよりも麻痺した頭でそんな事を考えて、バルグナンはガルディアラスの後を追い掛けるのだった。


「どうですかね? 握りとか違和感有りませんか?」

「いや、寧ろ手応えが無さ過ぎて危ないな」

「あー、その辺りは『魔刃』の調整で何とかして貰うしか有りませんね」

「『魔刃』の?」

「オセロンドには王様の魔力をたっぷり練り込んでますから、何もしなくても『魔刃』を帯びている様な物なのですよ。それを逆手に取って、『魔刃』は自分の魔力なのですから、刃先を丸めるなり何なりして切れ味を落とせばいいのです。――こんな感じですかね?」


 聞こえて来た声にバルグナン達が足をそちらへ向けると、ディジーリアが美麗な細剣で立ち木を打つ所だった。

 剣の刃が立っていたと見えるのに、立ち木は抉られた様に凹むばかりで切れた様には見えない。


「ふむ、成る程。次ので試してみよう」


 そう言ってまたガルディアラス達は移動する。

 移動した先で、猿の集団、蜥蜴、大蛇と鮮やかに斬り捨てては、『亜空間倉庫』に収納されて、また次へ。


「――うむ、違和感も無ければ、手応えの調整も出来る様になってきたな」

「それはオセッロの導きが確かだったという事でしょうかね。

 でも、切れ味を態と落とすのは、ランクを自分で下げている様なものですから、変な癖は付けない方がいいかも知れませんよ? 寧ろ、斬る時は斬る、殴る時は殴るぐらいの使い分けがいいかも知れません」

「ふむ、覚えておこう」


 大物ばかりを立て続けに仕留めて、その周辺の露払いはディジーリアの人形が終えている。

 そんな状況で着いて行くばかりのバルグナン達だったが、ランクAでも苦戦するシパリングの怪物を相手に飄々と切り抜けるガルディアラスを見て感動を覚えない筈が無い。散歩する様に界異点に入って間を置かず界異点を潰して出て来た姿を見て、体が震えない筈が無い。

 しかし、それも終わりの様子を見せ始めた頃、ディジーリアがこんな提案をしたのである。


「それでは、最後に『魔刃』と『気刃』の練習をして帰りましょうか。

 オセッロは『気刃』の方が良く馴染んだのではと思うのですけれど、オセロンドは『魔刃』の方が乗り易いですからね。オセッロの時と同じ様にオセロンドでも『気刃』を使えるのかも含めて、その辺りの確認は必要だと思うのですよ」


 そう言いながらも暫く歩いたディジーリアが立ち止まると、胸のポケットから赤い宝石で造られた様なナイフを取り出した。


「『気刃』でも或る程度は出来るのかも知れませんけれど、操る事に関しては『魔刃』に軍配が上がるでしょうね。

 『魔刃』ではですねぇ――やっ!――と、こんな感じで軌道を自由に弄れるのですよ」


 ディジーリアが掛け声を上げてナイフを振り切った後の、『魔刃』の軌跡がバルグナンに見えた訳では無い。ぐにゃりとその軌道が歪んで、予想した場所から見失ってしまったからだ。

 しかし、ガサガサという音がバルグナン達の周りを一周したからには、どう動いたのかは予想が付く。その予想通りに木々が倒れる音が響いても、バルグナンはまさかとの思いが拭えなかった。


「くっくっくっ、まじか? いや、待て、我にもやらせろ」

「あ、今伐り倒した木の内側を伐る様にして下さいね?」


 ガルディアラスが少年の頃の様な言葉遣いに戻っている事を思えば、ガルディアラスにとっても予想外だったのだと窺える。

 それからは、思い通りに成らない軌道に寧ろ夢中になりながら、ガルディアラスが剣閃を飛ばす時間となった。

 そしてディジーリアが初めに伐り倒した木々の内側がすっかり切り拓かれた後には、今度はディジーリアが二条の剣閃を放ち、その内側を『気刃』でも『魔刃』でも好きな様にとガルディアラスに告げる。


「お主……。――ふ、くっくっくっ、まぁ、こういうのも良かろう」


 ガルディアラスは愉し気に双剣を振るい、バルグナン達はいとも簡単に放たれる『魔刃』や『気刃』に畏れを抱き、或いは「邪魔ですね」と切り株をごろごろ掘り起こしながら歩くディジーリアにほうけ、そして気付けば剣閃によって拓かれた道はしっかりと整備された道へと変わっていたのである。

 正面に待機するのは騎士達とバルグナンのミゼラ牛。

 慌てて背後を見ると、丸で通商路の続きと言うかの様に、新たに剣閃によって開かれた道がぴったり真っ直ぐと続いている。


「ははははは! うむ、数年滞っていたかも知れんが、五年は儲けたのでは無いか?

 邪魔なギョモスの界異点を潰した上でこの成果なら、今日の仕事ももう無かろう。

 さぁ、帰るぞ!」


 バルグナン達が驚倒するのをガルディアラスは愉快と笑い、茜色に染まる空の下、ゲータムへの帰途に就いたのである。



 ~※~※~※~



「――それで解体するのにも時間が掛かると聞いてな、美味い所だけは後でディジーが持って来る事になっている」


 ゲータムからの帰りも一瞬で王城へと戻されたガルディアラスは、王族の居室で寛ぎながら、王妃イスティラにその日の出来事を話していた。


「まぁ、ふふふ、それはディジーにお礼を言わないといけませんわね」

「ふ、礼と言えば、流石にオセロンドを打った剣匠に褒賞無しは有り得ないと伝えてみれば、どうして褒賞を受ける事を了承したな。変装するなどと言っていたが、どんな心境の変化が有ったものだか。

 我は東のイモータルが復活したその時が、オセッロとの別れになると覚悟していた。尤も、それを言えば彼奴の方がイモータルに興味を示したが。

 どんなに感謝をしてもし足りぬが、それを表す事も出来んとは国王も因果な商売だ。

 表せたとしてもそれを受け取ろうとしない彼奴も、報い甲斐の無い友人だがな」


 余程楽しかったのか、言葉が途切れる様子の無いガルディアラスを、イスティラは優しく、それでいて何処か淋し気に見詰める。


「ふふふ、丸で出会った頃のようですわよ?」

「む。――オセロンドが燥ぐのに中てられたか? 確かに気持ちは若返っているかも知れんな」

「……アラスがこれ以上若くなると、私が困ってしまいますわ」


 流石にその言葉の意味に気が付かないガルディアラスでは無い。

 気不味く沈黙してイスティラと見詰め合うガルディアラスだったが、はっと気が付いて目を見開いた。


「ティル、お前もディジーの講義を受けてみてはどうだ? 寿命には魔力の扱いが強く関わっているらしい。

 魔力が殆ど無い地域では、人の寿命は百年程とも聞いた。彼奴が治療法を見出した毒煙の病も、魔物の魔力が入り込んで自身の魔力の恩恵を受けられなくなった部位が寿命を迎えてしまうのが原因と彼奴は推測していたぞ。

 魔力の扱い次第で寿命が倍も変わるのなら、彼奴の講義を受けて損は無い筈だ」


 ガルディアラスのその言葉に目を見開き立ち上がったイスティラだったが、ふと思い付いた様にガルディアラスに問い掛ける。


「アラスはその講義を受けませんの?」

「いや、我も受けられれば良いのだが……」

「なら、受けましょうよ! 一緒に!」


 こうして、講義の前日のその夜に、ディジーリアの特別講義への国王と王妃の参加が決まったのである。

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