(147)波乱の始業式。

 朝を迎えたデリラの家の戸締まりをして、「通常空間倉庫」経由で学院の拠点へと向かいます。

 十日も過ぎたなんて全然実感が湧きませんね。一昨日辺りに学院の拠点を出たばかりの様な気分です。

 ちょっと濃密過ぎてか、丸で時間の流れを感じません。


 結局王様にオセロンドを届けてから、再びデリラに戻って片付けたり諸々顔見せに行ったりしてましたから、拠点に戻るのは今朝が初めてになります。

 ささっと空気を入れ換えるだけにして、そのまま私達の部屋へと向かいました。

 朝ご飯はデリラの家で食べてきましたし、今から食堂に行くには遅い時間です。


 実際に部屋に着いたら、いつもは私が一番手ですのに、今日はもう何人も部屋の中でごろごろとしていました。


「あ~……癖になりますわ。十日離れていただけですのに、わたくしはもうこのごろごろに心を奪われていましたのね」


 益体も無い言葉を垂れ流しながら侯爵令嬢がごろごろしている姿を見れるのは、ここだけかも知れません。「ぁあ……」って吐息がやけに色っぽくて、男連中がどきどきしていますよ?

 獣人達は俯せになったまま埋もれてますし、フラウさんの他にもごろごろしている人達が結構居て、もしかしたらダンジョン組も昨日は遅かったのかも知れませんね。


 そんな気持ちを抱きながら、私も徐に横になったりしていますと、毛皮のクッションに背中を預けていたバルトさんが、真っ先に私に気が付きました。


「よぉ! 我らが首席の御出座しだな」


 その言葉に、半分以上が頭を上げて私を見て、口々に挨拶をしてきました。


「ええ、お早うございます。と言うより、本当に皆さんお早いですねぇ? いつもなら、この時間、居ても五人かそれぐらいですよ?」

「……まぁ、俺達も昨日は疲れていたからな。早々に解散したが、興奮は冷めやらずという事だ」

「ほほう。私は逆に休みなんて無かった様な気分ですね。仕事をして、徹夜したら、もう今日になっていたみたいな感じです」

「…………相変わらずだねぇ? お土産は階段の下だよ」

「ああ。ディジーの回復薬には助けられたぜ。余れば何本か売ってもいいと言われていたのも助かった」

「特級の回復薬が切れちゃってたみたいでね、凄く感謝されたんだよ」

「俺達が必死になって戦っても、稼ぎが回復薬一本に勝てないのは情け無い限りだが――」

「でも、ディジーのだし?」

「そうなんだよね~」


 もう誰が喋っているのかも分かりませんけれど、兎に角楽しかったという事が伝わって来て何よりです。

 誰も大きな怪我をしていないのも一安心ですね。


「三層まで潜って来たよ! 各層がエリアに分かれていて、ディジーが言ってた色んなゴブリンがそれぞれのエリアに陣取っていて――」

「一層は平均三体が相手だな。二層になったら十体を超えてきたが、動き回れば何とか行けたな」

「三層はオーガ! 一番楽しかった!!」

「と言うかだな、此奴こいつら直ぐに競争を始めて、正直俺は二層のゴブリンを相手にした方が訓練になると思うのだが、危なっかしくて四層には行かせれれなかったのだ」


 何と言うか、バルトさんお疲れ様って感じです。

 まぁ、ゴブリンの集団を相手にしても、ヒットアンドアウェイで何とか出来るなら、ランク六には及ばずともランク七か八の実力は有るのでしょう。私と一緒にラタンバル教官の下で学んでいた仲間なら、準備運動の持久走が全力疾走になってますから、それぐらいの動きは難無く熟せるのかも知れません。

 でも、それではきっとランク六には届いていませんね。冒険者や騎士の様に戦うのも仕事の内というので無ければ構わないのでしょうけれど、勘違いをしないように釘を刺しておきましょう。


「皆さんがダンジョンに行く前に、ゴブリンの集団を斃せたならランク六だと言いましたけれど、一対多で相手をするのでは無くて、速度で翻弄したり、『隠蔽』や『隠形』で一体ずつ相手をしたりと言った遣り方で一対一を重ねるのなら、それはまだランク七か八だと思いますから勘違いしないで下さいね? 自信を付けて先へ行くには早いです。

 まぁ、そんなのをほっぽっとけるだけの強さを得られるなら、一対多は後回しにしても全然問題は無いのですけどね」


 それはあたかも私の様に。

 そんな私の言いたい事を読み取ったのか、何人かは苦笑いを浮かべています。

 ですがその様子に、伝え切れていないと思った私は、もう一度言葉を重ねました。


「えーとですねぇ、連携すればランクが二つ三つ上の相手とも遣り合えると言いますけれど、それが通じないのが先程言いました速さや『隠蔽』で一対一に持ち込む手合いです。

 私も強い『隠蔽』持ちですから、私のランクも三つか四つは差っ引いたくらいが丁度いいと思っていました。最近は鍛錬していますから、ちょっとはましとは思いますけどね。速さで攪乱しても、一対多で動けなければ、ランク六になったとは言えませんよ?

 私の天敵は、私の『隠蔽』を『看破』出来る相手です。その意味で、王様や騎士団長には全く通じません。

 言っては悪いですが、鬼族は力は強くても鈍くて遅いです。似た様なランクだからと犬種の群れを相手にしたなら、その足の速さの前で右往左往する事になるでしょう。

 パーティでの強さが活かせる条件と、パーティが意味をなさない条件、自身と相手との相性といった事を良く考えないと、大怪我をしてしまいますね」

「まぁ、俺も同意見だな。オーガに集中して相手をしている所に、こっそり忍び寄ったゴブリンが足に噛み付いて来たら、そこからは蹂躙されるしかない。四層を許可しなかった理由だ。

 ただ、取っ掛かりには良いのと、遊びだとしても数を重ねれば鍛えられるだろうからな。その内しっかり剣を振るう事も覚えるだろうと見送る事にした。

 あの武術の講義を考えれば、気持ちが分からんでも無いからな」

「打倒! ラタンバル教官だね!」

「こっちは、打倒ガルア教官なんだよ!」


 意気を揚げる級友達。まぁ、楽しいのが一番なのかも知れませんね。

 お土産の木箱にはみっちりと様々な物が詰め込まれて、暫く話題には事欠きそうも有りません。

 私自身も実はこっそり昂揚していましたから、何だか部屋のそんな雰囲気が有り難かったのでした。



 暫くそうしてまったりと過ごした後に、いつもの朝礼の時間になりましたけれど、さてどうしましょうかと考え中です。

 余り月前に聞いたのは、今日は集会の後に職人組との交流会が有るという事です。

 それ以外の時間は、冬の講義を決めて申請したりという、そんな時間に割り当てられていました。


 それも例年だとまだ『教養』を合格出来ていない新入生が結構居るらしく、説明だとかは事務棟の教室に集まっていたらしいのですが、今年の新入生は優秀ですからね、もう誰も『教養』を残している人は居ませんので、クロ先生の方からこの部屋に出向いてきてくれるらしいのです。


 何気にティアラ様に続く二人目のお客様なのです。私達は色々と話題にはなっているのに、案外他の学年と交流が有りません。私の様に個人で交友関係を築いている人は居るでしょうけれど、部屋に招いたりしたのはティアラ様しか居ないのです。

 

 いえ、収穫祭迄は本当にばたばたしていて、誰かを招く事なんて考えていませんでしたし、収穫祭が終わってからのこの部屋にはティアラ様が出入りしてごろごろする様になりましたから、誰も招いたりは出来無かったのですけれどね。

 今も寝綿に包まれる地蚕の様に、何人もが無秩序に毛皮敷に埋もれているのですから、ちょっと人には見せられませんよ?


 そう思いつつも、私もゴロゴロし続けようとして――


 ――ピーン……ピーン……


 其処に来客を告げる魔道具の音が響きました。

 間が悪かったのは、丁度厠へ行こうと部屋を出ようとしていた男子が居た事です。


「「「「あ……」」」」


 唖然とする私達の目の前で、間髪入れずに招き入れられる事になったクロ先生が目の当たりにしたのは、実家の自室でも敵わないくらいにだらけきって寛いでいる私達の姿でした。

 まぁ、その全員が何事も無かったかの様に、身嗜みを整えてクロ先生を迎えたのですけどね!



 ~※~※~※~



 学院講師のクロールが、今年入学した学院生の部屋を訪れようと考えたのは、何も今年の新入生が特別だったからでは無い。

 寧ろ、今迄の新入生の場合、既に何度も問題を起こしたり、寧ろ新入生の側から相談が有ると呼ばれたりして、この時期ともなれば何度もその部屋を訪れているのが普通だった。

 そういう意味では、特段何の問題も起こさず、頼られもせずで、この時期まで部屋を訪ねる事が無かったのが異常なのである。


 流石に一度も部屋に顔を出さないのは拙いと考えて、口実を設けて新入生の部屋へと向かったクロールだったが、其処で目の当たりにしたのは想定していなかった光景だ。

 学院でも噂の的となっている秀優の世代が、一人残らず嘗て目にする事が無い程のだらけ具合を見せていた。

 怠惰な芋虫の寝床に足を踏み入れたと幻視したのは、きっとクロールの気の所為では無いだろう。


 尤も、だらけては居てもだらしなくは無かったのか、口を挟む隙を見せずにきびきび動いてクロールを招き入れてくるのは、……流石にこれを流石と言うのは、身贔屓が過ぎるというものか。

 クロールは苦笑しつつ、招かれるままに優美な丸机を前に腰掛けたのである。


「さて、これが冬期の講義案内と申請書だ。一人一部ずつ取る様に。各講義はこの後の始業式でも紹介されるから良いとして、注意点は秋から続きで入っている講義と重ならない様にする事だ。今年どうしても重なって取れそうに無い講義は、来年に回すしか無い。

 ……と言っても、君達は受講の密度も高い。年を越える度に、どんどん手隙の時間が増えていくだろう。例年では其処に仕事を充てる者も居るが、それも含めて計画的にな」

「時間を取る割に人によっては今更なのが『武術』なんだが、これを辞めたりは出来るのか?」

「む、そうだな。確か『体育』ならランク八以上有るなら『武術』に移る事が出来る。『武術』から『騎士修練』はランク六以上で許可が有れば移れた筈だ。『騎士修練』は学院の講義と言うより、騎士の訓練に参加出来るというものだな。一応講義という形で時間を取ってはいるが、その内容には殆ど関与していない」

「ほう? ――あ、いや、そうなると肉は――」

「流石に騎士の訓練にお肉は差し入れしませんよ?」

「ぐあ!? ああああ、悩ましいぞお!?」


 良く分からない遣り取りながら、クロールは嘗て転回広場に程近い黒い牡鹿亭で武術講師達が洩らしていた噂話を思い出す。

 全力で鍛錬に挑み、力尽きたら用意した肉を食い、そしてまた全力で鍛錬するのだったろうか?

 確かにそれを騎士団の訓練でする事は出来無いだろう。学院の講義でもそれは同じなのだろうが、学院にはその辺り、学院生が主導して始めた事なら目溢しする様な緩さが有る。

 今もクロールがその大柄な第五将子息に生温かい視線を向けてしまうのもその顕れだ。


「騎士団の訓練が『武術』の講義より厳しいとも限らないのですから、何度か騎士団の訓練に参加してから決めれば良いのでは無いでしょうかね?」


 クロールからすれば欠片も説得力の無いディジーリアの言葉だが、何故か言われたバルトーナッハは腕を組みながら一つ頷いたのである。


 それにしてもと、クロールは思う。この部屋の有り様はどうした事かと。

 クロール自身収穫祭の出店には赴いて、その完成度には驚かされていたから、有り得ないとまでは思わないが、その実収穫祭であれだけ駆け回っていた新入生達が、裏では自室にもこれだけの改造を施していたとはつゆにも思わなかった。

 それも、言っては悪いが収穫祭での売り物よりも数段ランクが高く見える。

 更に言うなら、壁に合わせて設けられた白板や、部屋の形ぴったりに設えた構造物を見る限り、間違い無く出来合いでは無い。業者を入れたという話を聞かない事を考えると、これも恐らくは自作だ。

 尤も魔道具や噂にもなった厨房設備は流石に購入してきたのだろうが、それを含めても――いや、寧ろ良い物を交渉して安く仕入れたその手腕をも含めれば、秀優の世代という評価が更に数段跳ね上がりそうなものだ。


「先生、お茶のお代わりは如何でしょう?」

「あ、ああ、頂こう」


 すっかり客として持て成されてしまっている事に、クロールは口元を緩めるしか無い。

 出された茶菓子も、評判になっていただけ有って実に美味である。

 そして寛いでいると、部屋の中に置いてある白板の書き込みを目に留めて、ふと今年だけの催しが有った事を思い出す。


「そうだ。当事者が居るからと失念しかけていたが、今年は明後日と明明後日の二日を掛けて、『根源魔術』の特別講義が有る。講師は其処で自慢気にしているディジーリアだな。

 これは今迄魔術の素質が無いと言われていた上級生も受講対象としているのと、宮中や騎士団、研究所からも受講者が予定されている事から、場所は事務棟の大講義室だ。

 受講しても何かの資格が得られる訳では無いが、これからの人生を豊かにするのは間違い無いだろう。

 これは申請しなくても受講可能だ。外部の受講者数は予め確認するから席が足りなくなる事は無いだろうが、席順は早い者勝ちだな。とは言え、前の席は或る程度宮中からの受講者向けに確保されているかも知れん。そこは承知しておく様に」

「でしたら、お手伝いするのが一番間近で見れるのかも知れませんわ」

「スノウと他に魔道具研究室からも手伝いに来てくれる予定ですから、お手伝いもそんなに必要有りませんよ?」

「私達は既にディジーから教えて貰っている様なものだから、他に受講したいという人達を押し退けてまで聞きに行くものでも無いけれどね」


 白板に書かれていたのが、その特別講義の内容を検討したものだった事から窺えた通りに、どうやら今年の新入生の中では摺り合わせも終わっているのが見て取れた。

 それならば、後は見守るだけで充分だとクロールは思う。

 そして出来ればこの後、部屋の設備も見せて欲しい所だが、さてどうだろうかと思いつつ、クロールは時々発せられる学院生からの問い掛けに答えていくのだった。



 ~※~※~※~



「ほうほう、成る程、あの人達が職人組なのですね?」


 屋内鍛錬場に整列した私達は各学年二列ずつの八列に加えて、五年目以上で残っているが故に薹が立った人の割合の多い数列で、先生方を待っていました。


「ディジーには見えてるのね。どんな感じなの?」


 まあ、結構な人が間に立っていますし、先頭に居る私には本来見えないのでしょうけれどね。魔力で見れる私には丸分かりですから、見た通りをスノウにこっそりと教えます。


「見た感じ、職人って感じの人は半分居るかどうかですね。ん~、どういう事なんでしょうね?」

「いや、それで合ってるよ。学院に来る職人の人達って、これから職人に成る為の基礎を学びに来た人か、今の親方の考えが合わなくて飛び出してきた人、既に学べる事は学び尽くして別の流派の遣り方を学びに来た人の三種類って聞いた覚えが有るよ。

 半分くらいは引退した冒険者って聞いたかな。だから、その印象で間違っていないと思うよ」

「確かに、職人なら親方に付いて修行してますわね」

「職人組を部屋に上げる必要は無いとは、こういう事か」


 私の疑問に王都組が答え、フラウさんとバルトさんがそれに続きました。


「となると、共に学ぶ凄腕の職人に色々と教えて貰う展開は来ないのでしょうか?」

「うーむ、そこは微妙だな。俺達にしたところで、級友にディジーが居たのは運だとしか言えないぞ」

「私はディジーが居てくれたから凄く助かったけれど、一年違っていたらと思うとぞっとするよ」

「それと、今年の入学試験の頃には、学院の職人がおかしくなっているって少し噂になっていたからね。入学試験を受けるだけでも高いお金を払わないといけないんだから、学院に入るよりも弟子入りを望んだ人も多いらしいよ」

「あー、それは建築科とかも関係してそうですねぇ」

「おっと、先生方が来たみたいだぜ。続きは交流会に期待するしか無いな」


 そんな感じで始まった始業式ですけれど、特に目新しい事は有りませんでした。

 今年は『根源魔術』の特別講義が有るから『儀式魔法』の才能が無いと言われた者も受講を推奨すると、学院長があらましと共に告げた時には、多少どよめいた感じでしょうか。まぁ、王城や騎士団からも受講しに来ると聞けば、『根源魔術』はまじないのたぐいだと聞かされていた身としては、何事かとも思うのでしょう。

 各講義の紹介は職人組向けのものが中心となっていて、それに加えて一般教養的な物だけ付け加えられている感じです。

 まぁ、貴族御用達な講義なんて、職人には無用でしょうからね。

 職人組の様子を覗き見していて反応が大きかったのが、武術の講義でしたけれど、はてさて今の武術の講義に途中参加して、あの乗りについて行けるのでしょうかと少し疑問です。


「おい、悪い顔になっているぞ」


 おっと!? こそっと呟く様にバルトさんに窘められてしまいました。

 でも、そんなバルトさんも、悪い顔をしてますよ?

 にやにやしている私達を、壇上から見下ろすラタンバル教官も悪い顔です。

 そんな事ばかりが印象に残った始業式なのでした。



 そしてそんな始業式が終われば、私達は大食堂へと移動です。

 この時点で上級生の一部が別れて行きました。

 あー、大食堂を使う事自体を恥と思っている人達が居そうですねぇ? まぁ、そんな人達が職人組との交流を楽しめるとも思えないので、これは仕方の無い帰結かも知れません。

 まぁ、その交流会で各学年の紹介もすると聞きましたから、同じ部屋で学ぶ人達を仲間とも思わない人達という事なのかも知れませんけれど。

 私達小竜隊の仲間には、そんな人達が居なくて、全く以て幸いなのですよ。


「……俺は今日まで先輩方との交流もそれ程無かったが、今年入学して良かったと今程思った事は無いな」

「……ええ、本当に。ですけれど、今はこうして見苦しい者を見苦しいと思えますけれど、あの方達と入学していたらあちらに染まっていましたのかしらと思うと、悍しくて震えが走りますわ」

「それを言うなら、私はあちら側からこちらへ引き入れて貰った一号だな。ああ、確かに私にも見苦しく見える。今年学院に入れたのは生涯随一の僥倖だった」

「ディジーには感謝してもし切れないな」


 同じ様な事を貴族組の人達も囁き合っていましたけれど、何故か私の手柄にされています。


「私が居なくても、バルトさんやフラウさんが居るのですから変わりませんよ?」

「いや、実際に大差を付けて首席になった平民が居るかどうかで、説得力は違うぞ。もしもディジーが居なければ、表面上は大人しくして見せては、俺の目の届かない所では馬鹿をやる奴らがきっと居ただろうな」

「賛成だ。私自身がその馬鹿な貴族になっていたに違い無い」

「それに、ディジーがわたくし達の部屋を癒しと寛ぎの空間にしてくれましたから、わたくし達は気を張らず取り繕わずに居られる時間を得る事が出来ました。それはわたくし達貴族に生まれた身にとって、本当に得難い一時でしてよ?」

「そうだね。中には多少困った人も居るけれど、私達は部屋の皆をちゃんと仲間と思っている。だけど彼らはそれぞれ十人にも満たない仲間しか得ていないだろう。それも或いはお互い牽制し合う様な仲間だろうね。でも、そんな仲間は本当に頼りになるのかな?」

「王国の貴族にも派閥は有ってね。国王派だとか貴族派だとか軍閥派だとか好き勝手に名乗っているよ。丸で先輩方の状況其の物だね。でも、僕達なら王国の貴族全てと手を取り合って、多少気に食わない事が有るとしても一緒に王国を盛り立てていくよ。言ってみれば王国派、そんな未来を夢見てしまう」

「ははは、それはいいな。尤もそれを願ったのが国王派だった筈だがな」

「そう言えばそうか。……つまり、実現には一苦労どころでは済まないという事だな」

「王国派と合流すれば実現も早いわ。貴族派は旧貴族派と名前を改めればいいのよ」

「私のご主人様が道を誤ったら、張り倒してくれるんだから!」


 そして、バルトさんとランダさん、フラウさんやミーシャさんから始まった会話に、貴族組の人達が合流して盛り上がっています。

 ちょっとこうなると話にも入れませんね。

 居心地の悪そうな貴族組の人達も居ますけれど、やっぱり派閥とか言うのが関係しているのでしょうか。


「ねぇ、ディジーちゃん。嫌な目付きでディジーちゃんを見ているのが結構居るよ。気を付けて」


 そんな中で、周囲の様子に敏感なピリカが警告を発します。

 勿論気が付いてますし、理由も分かっています。彼らは余り月になる前に私を呼び出して、ティアラ様に近付くな的な事を言ってきた人達です。あの時はおっぱい冒険者が大暴れしたりと大変でした。

 未だに敵意を向けてくるのは良く分かりませんけれど、両足を落とし穴に引き摺り込んでのべるべる薬コンボで、何が起きたのか実の所分かっていないのかも知れません。いえ、もしかしたら――。

 ……ちょっと忘れかけていましたけれど、両足を落とし穴に嵌めたべるべる薬服用者は、倒す事が出来ない分、引き抜くしか無いのでしたね。ちょっとその叫びを聞いた憶えは有りませんが、彼らは『叫声』を上げて、ショックで記憶も飛ばしてしまったのかも知れません。

 まぁ、どうでもいい事ですね!


 そしていつもの大食堂にやって来ると、椅子は隅へと追い遣られて、立食パーティの会場となっていました。

 場所は特に決められていないみたいですけれど、先に入った人達が或る程度塊を作っていましたから、私達も空いた場所に集まる事にしました。

 所在無げにしているのは、職人組か五年次以上の人達でしょう。学内寮で良く見掛けて、賄い用の食堂でも寝間着で食事を摂っているずぼらさんも、寝癖のまま参加しています。

 まぁ、長く残っている人程、色々な人が居るものですよ。


 それで全員集まりましたら、どの机にも充分な数用意されていたグラスを選びます。

 お酒も多いみたいですけれど、それ以外だって有りますよ? 最近交遊室で広めた成果か、クリウリーモティーが有りましたから、これ幸いと手に取りました。


「グラスは全員に行き渡ったかね? 同じく学院に通う間柄とは雖も、こうして交流する機会は多くない。折角のこの一時に、多くを語り合い、共に学ぶ励みとして貰いたい。

 では、乾杯!」


 学院長の簡単な挨拶で、交流会は始まったのです。

 と言っても、式次第なんて物は職人組の自己紹介の他は、部屋持ちの学院生は部屋毎の紹介だけで、後は本当に食事を摂りながら交流するだけの場でした。

 私達の入学説明会が、本当に優遇されていたのだと分かります。

 でも、職人組が入試費用も学費も遥かに少ない事と、私は兎も角として他の部屋持ち学院生が何れ王国の高官となる事を期待されている事を考えると、この扱いの差も当然の様な気もします。

 まぁ、どちらにしても今壇上に上がって自己紹介を始めた人達は、テーブルマナーに気を付けるよりも、立食パーティの方が気楽で良いのかも知れませんけどね。


「マシェンカロスだ。マディラ・ナイト製武具の調整をしてきたが、しっかりとした鍛冶を学ぶ為に学院に通う事にした。関わる事は少ないだろうが宜しく頼む」

「リシュカミン。八角通りに在る八色麦亭が私の家よ。食事処だけじゃなくて宿屋も始めようとしているから、諸々の技術と知識を教わりに来たの」

「私はエイゼルマップです。代々ロウゲン子爵家の下で地質調査の手伝いをしておりましたが、昨今の道具の発展は著しく、この度学院で学ばせて頂ける運びとなりました。何卒宜しくお願い致します」


 そんな感じで職人組の挨拶が続きます。

 初めの挨拶は、鍛冶に興味を持った修理屋ですね。精錬から手を入れないと、マディラ・ナイトでは真面な武具には成りませんけれど、それでもランク七の剣を鍛えれば直ぐにランク六にはなるでしょう。大鬼に通じなかった剣が、通じる様になると考えればそれは大きな違いです。

 仮令たとえ一から剣を打つのでは無くても、大いに初級の冒険者を助ける事になるでしょうね。


 とは言え、マディラ・ナイトは私にとってはちょっと気持ちが悪いので、手を出そうとは思わないのですけどね。私が“門”に寄った時に見たあれは、中身がおまけで鎧が本体の奇妙な魔物でした。一応は魔の領域との繋がりが切れているのかは知りませんけれど、そんな物を身に纏うのは正気の沙汰には思えません。剣だけなら兎も角、鎧なら鋳潰すくらいして、漸く安心出来るというものです。


 他の人達も、家業の為に入学したりといった人達が多いですね。既に一端の職人で、更に腕を磨こうとして入学するなんてパターンは少ないのでしょうか。

 ……まぁ、確かに既に職人としての地位を築いているなら、今更学院で学ぶ事も有りませんか。料理には自信が有るけれど、宿屋の経営は分からないとか、結局学院に来る職人はそういう人達になるのでしょうね。


 考えてみれば私にしても同じ事です。鍛冶は出来ても魔紋や魔法陣が分からないから学院に来たのです。今は他にも色々と興味が出て来ましたけれど、結局はその二つが重要なのですよ。

 とは言っても、まだまだ魔紋も魔法陣も“黒”や“瑠璃”に刻めるレベルでは無いのですけどね。


 そんな事を考えている内にも、職人組の新入生が挨拶を終えました。

 二十人程しか居ないのは、例年と較べてかなり少ないみたいですね。そんな声が聞こえてきますよ?

 やれやれといった表情で壇上から降りて来る人も居ますけれど、イクミさんだとかの侍女組が飛び跳ねながら手招きをするのに、少しだけ顔を緩めて揃ってこちらへやって来ました。


「料理屋さんを開いてるのね! ねぇねぇ、何処の地方の料理かな?」

「あー、俺らも同じ一年目だから緊張する必要は無いぞ。しかも首席は平民に大差で掻っ攫われて、無意味な思い上がりも砕かれているからなぁ」

「ふふふ、派閥争いだとかからは身を引いて、落ち着きの有る日々を送らせて頂いてますから、何か相談事が有れば仰って頂ければ宜しくてよ。それくらいの余裕は有りますわ」

「まぁ、関わる事が少ないというのも本当の事だろうけどね」


 なんだか、暖かく迎え入れる感じが流石ですねぇと思いつつ、この人達を私達の部屋へと入れる事については警戒している私が居ます。

 私の心が狭いのでしょうかね?

 それとも、私達の部屋の多目的室を憩いの場所としてしまった所為か、仲間で無ければ足を踏み入れさせない縄張りの様な感じに思ってしまっているのでしょうか。


 そんな微妙な気持ちを抱えて頭を悩ませたりなんてしていると、直ぐに二年目三年目の職人組も挨拶を終えて、私達の紹介の時間が回ってくるのです。

 職人組は本当に必要な何かを学ぶ為だけに学院に来ていますから、必要な講義を受ければ一年経たずに辞めていく人が多いのも有るのでしょう。一年目は例年だと五十人ぐらい、二年目で二十人、三年目で数人で、四年目では殆ど居なくなると聞いています。

 二十数名挨拶する程度ですから、直ぐに回ってくるのも当然なのですよ。


 そしてこういう壇上に上がるといつも思う事ですけれど、余所見をしている人や、眠たそうな人、全く別の事をしている人なんていうのは良く見えるのです。勿論顔を歪めて敵意を向けて来る人も。

 ピリカが気を付ける様に言ってくれましたけれど、彼らは既にお仕置き済みなのですよ。なのに直ぐにでも問題を起こされそうなのは、ちょっと考えてしまいますよね?


「皆さん今日は。秋に入学してから収穫祭での御披露目も済ませ、既に季節を跨いでいますからご存知の方も多いでしょうけれど、私達が今年の新入生です。私達の特徴を一言で言うなら、誰もが自分で出来る事を自分から進んでやる文化が出来ている事でしょうか。

 尤もこれは三年生にティアライース殿下が、そして来年イルディラース殿下が御入学なされる為に、私達の世代には面倒くさヒモグオガ――」


 でも、そんな私の鬱憤をちょっと明らかにするのも宜しくないのか、両側から延びた手が私の口を塞ぎます。

 固まった笑顔のバルトさんとフラウさん。

 仕方が有りませんから視線を飛ばして、うんうんと頷くと漸くその掌を離してくれました。


「――時流を見極める事に長けた人達がいらっしゃいませんので実に快適にヒャァ!?」


 バルトさんに引っこ抜かれる様に持ち上げられ、そのまま後ろに投げ捨てられました。

 宙に引っ掛け魔力の業で難無く地面に降り立ちますけど、私の扱いがどんどん適当になってますよ?


「……今のが俺達の首席だが、見ての通りの暴れん坊だ。だが紛れも無く俺達の首席で、俺達をここまで引っ張って来た原動力だ。迂闊に手出しなぞしたならば――」


 私の後を引き取ったバルトさんが、ここで威圧を出して睨め回します。

 ええ、本当に『威圧』なんてしたらとんでもない事になりますからね。


「――その時は俺達も…………御愁傷様と心から憐れみ、手遅れだと首を振り、しかし自業自得だと突き放すだろう。

 うむ、そうだな。特段首席を抑える事も無かったな。俺達は下らない派閥争いも嫉妬混じりの足の引っ張り合いも鎧袖一触気に掛ける事も無く、研鑽の道を突き進もう。

 軽く捻られたくなくば道を空けよ。逃げ切れるものと思うならば前だけ向いて疾く駆けよ。然も無くば、気が付けば追い上げる俺達に轢き倒されて、顔を上げた時には遙か彼方に俺達の後塵を拝する事となるだろう。

 覚悟せよ!

 ふははははは、ははははははは、はははははははは!!」


 私を抑えて無難に行くのかと思ったバルトさんがまさかのはっちゃけ方をしたからか、壇上に上がっていた仲間達が自然と堪えきれずに笑い声を上げています。

 それがまた歪んだ顔の人達を逆撫でする事この上無く。

 私もバルトさんの両肩を足場に仁王立ちで高笑いしていましたら、重ねて背後へと投げ捨てられてしまったのでした。



 そんな私達の後ですから、二年生の人達の紹介も、微妙な物となってしまいました。

 いえ、多分これが普通だとは思うのですけれどね? 印象には残りそうに有りません。


「主役を取られてしまいました」

「いや、そんなつもりは無かったんだが、あんな目を向けられたらな」


 テーブルの食事を摘まみながら愚痴を言えば、バルトさんが苦笑いしながらそんな事を言います。

 それを今更言われても、それだからこそ私も煽りに行ったのですけどね。


「――これからの王国を背負って行く身として、誠心誠意清廉潔白に努めて行く事を――」


 壇上ではキリリと表情を引き締めた多分貴族の人が、堅苦しくもそんな事を言ってますが、


「……普通ですねぇ~」

「性根が捻くれてそうな奴らも、ディジーにお仕置きされていた奴らも、大体が二年生だよな? 何処が清廉潔白なんだ?」

「それは言わないのが花なんだよ?」

「ぅえ……花は花でも尻拭き草の花だな」

「ちょっとやめて下さいまし。想像してしまいましたわ!?」


 と、私達がそんな調子ですから、職人組の人達も呆れた様子ながらいい具合に気を抜いてます。

 ええ、そうで無ければ折角のご飯だって美味しく戴けないのですよ。

 それは今年の職人組が、幸運だった事の一つなのでしょう。


「あ、次はティアラ様か」

「ぅへぇ、凄い笑顔だぜ?」

「怖いよぅ……」


 そしていよいよ三年生の紹介でティアラ様が壇上に立った時には、他の学年がティアラ様の笑顔に見惚れているのに対して、私達だけが震え上がっていました。

 でも、正解は私達です。

 ティアラ様は、ギラギラと輝く笑顔でとても愉快そうに言葉を転がすのでした。


「ご機嫌宜しく。

 私を御存知ない方も居るでしょう。私はティアライース=ルディ=ラゼリア。王族の姫ですわ。

 これから私が代表して、三年生を取り巻く状況を紹介しましょう。

 まず三年目になりますと、研究科へ移る方や職に就く人が出て来ますから、人数は減っていく事になります。王族などは学べるだけの事を学ぶものとしていますからまた違いますが、四年目まで残る人は学院生という気楽な立場を好む人か、趣味に走っている人が多くなるでしょう。そういう意味でも三年目というのは、職に就く事を見据えた大事な年になります。

 尤も、王族と共に学ぶという事に特別な意味を見出したのか、十二名の仲間が抜けても未だ六十一名の大所帯ですね。

 本来で有れば、それだけの人数が一丸となって邁進すれば、素晴らしい成果を築き上げる事が出来たのでしょう」


 そして痛烈な皮肉を口にします。

 圧力さえ伴いそうな笑顔を浮かべていますから、気付いているのは私達の他には一部の人達の様にも思えます。

 怖いですねぇ~。王様の孫娘なだけ有ってか、王様が『覇気』と呼ぶ“気”と魔力による薄い『威圧』の合わせ技が、心構えの出来ていない人達を圧倒しています。


「ですけれど、残念な事に、私達は一丸となる事も無く、正しい方向を向いて邁進する事も無く、何の成果も上げられず、そして恐らくはサイファスラム卿が述べた貴族として有るべき姿も理解出来ていなかったのです。

 今年の新入生とは丸で対極を行ってますわね?

 阻害要因は、“自身では時流を見極める事に長けている”と勘違いして、“下らない派閥争いや嫉妬混じりの足の引っ張り合い”ばかりに明け暮れる、途轍も無く“面倒臭い”人達でした。

 私もそれを知りながら、穏便に理屈を説いて理解して貰おうとしたのは、王家に列なる者として甘過ぎたと言わざるを得ません。

 知っていますか? 彼らは粛清の王の孫たるこの私に、文官などは下賤の者がする仕事だと言い、私が勉学に励む横で下らないお喋りに興じながら私のクリウ水をワインに掏り替えるのです。自分達をとても使い物に成らない人物だと熱烈に売り込みながら、私が窘めると『また孫姫様、その様な事を』などと、私の言葉を蔑ろにする始末。

 これを面倒臭い人達と言わずに何と言うのか、私は他の言葉を知りません。

 それでも彼らが直接弱い立場の者達を虐げる様子を見せなかった事から、言葉を重ねれば何れ現実を知り考えを革めてくれると願っていました。ですが、それは大きな間違いだったのでしょう。

 彼らが目立ち過ぎたのか目隠しとなったのか、それとも単純に私の視野が狭かったのか、私は彼らが目立っていたその裏で学院で起きていた問題に気付く事が出来ませんでした。結局今年の一年生が講師職員学院生問わずにお仕置きしていなければ、全ては闇に葬られていたに違い有りません。明らかにされた余りにも卑劣で不遜な犯罪の数々。全てお仕置きされてから気付くなど、遅きに失したと私も忸怩たる思いです」


 どんどんとティアラ様からの圧が高まって、顔を強張らせている人が結構出て来てますね。

 でも、やっぱり世の中に知られる逆らえない強者というのは、こんな感じで“気”や魔力の放射を当てて、軽く『威圧』している感じになってしまうのでしょうか?

 じょばじょばのお漏らしさんも、魔力を放出している事に変わり有りませんので、やっぱり軽い『威圧』と似た状態になってしまって、それで自分も自身をだと思い込んで、そして周りも同じ勘違いをしてしまうのでしょう。


 真剣になる程気配が消える私の様な人間には、世知辛い世の中ですよ。

 まぁ、ちょっと演劇の乗りが入れば気配ギラギラな強者を演じる事も出来ますけれど、それはそれで何だかなぁの気分ですね。


「今ここに私が面倒臭いと言った人達は来ておりません。彼らが理想とする怠惰で傲慢な在り方が私に受け入れられないと見るやのこの振る舞い。理屈を説いて言葉を重ねれば分かって貰えると思った私の見る目が無かったのでしょう。誤りはその場で正さなければならなかったのです。

 それを実践したのが今年の一年生ですね。ここにもお仕置きされた人達が居てるのでは有りませんか? 貴方達はその幸運に感謝するべきです。学院生の身の上では無くしてお仕置きされた者達が、今どうなっているかご存知でしょうか。サイファスラム卿が語った貴族として有るべき姿を忘れた振る舞いを続けていれば、何れ粛清の炎にその身を焼かれていた事でしょう。それとても償うべきを償う事を前提とした留保。それを努々ゆめゆめ忘れない事です。

 そして一年生の皆さん。私は貴方達を尊敬します。確かに面倒な人達の多くは私の周りに多く集まったのでしょう。ですけれど、貴方達の中にも間違い無くその様な人達は居た筈なのです。なのに私の見た貴方達の中に、本当に使えない人は居ませんでしたわ。勿論そこには強力に牽引するリーダーが存在したのでしょう。でも、自ら変われるかはその人次第です。貴方達と王国の未来を造り上げていくその時が、今からとても楽しみですわ。

 ここで改めて私達三年生の話に戻りましょう。長く続いた平和な時代に胡座を掻いて、腐敗の兆しを見過ごしていたのは王族として自らの不明を愧じるばかり。ですがその眼が開けてみれば、私を案じてくれていた真面な級友達の何と暖かな事でしょう。面倒臭い人達の相手を一身に引き受けて、級友達への被害を抑えたという私への評価は、買い被りにも赤面物でしたけれどね。

 サイファスラム卿の座右の銘に、良い行動は良い感情を生み、それが更に良い行動へと繋がっていくとの言葉が有ります。これ迄二年を過ごしてしまった悪い循環の流れを断ち切り、ここから良い循環へと切り替え繋げていく事を皆さんに約束し、それを三年生の挨拶と代えさせて頂きます」



 ティアラ様の思いの丈を解き放った挨拶? の後は滞り無く。四年目になるとティアラ様が言う通りに本当に消化試合になるのですねとか、五年目以上の人達がここに居るのはきっとご飯が目的なんでしょうねとか、色々と思う事は有りましたけれど、兎に角交流会は成功のうちに終わりました。少なくとも私達の周りでは。

 会場の中を迫力の笑顔を振り撒きながら泳いでいたティアラ様が、特大の釘を各方面にぐさぐさと刺してくれたその御蔭で、これからは鬱陶しく思い始めていた人達の相手もしないで済みそうです。


 ですが、どうにも部屋の仲間の様子が変なのです。

 部屋へと戻る帰り道を歩いているのはいいのですが、何人かふらふらと足取りが覚束ない感じです。ぎゅっと顔面に力を入れて、伝わって来る感情も嵐の中の大雨の様で、ぐるぐる掻き乱されている事しか分かりません。


 ……ちょっと奮発した感じのご飯でしたから、食べ過ぎたのでしょうかね?


 そのまま部屋の扉を開けて中に入ると、『浄化』の魔道具を踏み越えた先で、到頭頽れてしまいました。

 ちょ!? 『浄化』が出来ても毛皮敷の上でのお漏らしは許しませ――


「おいこら! 力尽きるにしても、端に寄れ、端に!」


 バルトさんが呆れた様子で罵ると、直ぐに壁の白板の前へとまろび退いていく様子からは、どうにも厠を我慢している様にも見えません。

 はて、何でしょうかね、と疑問に思っていたのが表情にも出ていたのでしょうか。


此奴こいつら、姫様に認められたからと感涙に噎んでるのさ。

 いや、此奴らはいい。問題なのはお前だ、シュライビス! 何をぽけ~としているのだ!? 此奴らは変われたが、お前も変われなければ貴族としては終わりだぞ!

 ……いや、寧ろ貴族で無くなった方がお前にとっては幸せかも知れないがな」


 そんなバルトさんの言葉に、蹲って「ぐぅう……」と呻いていた人達が晴れやかな顔で立ち上がりました。


「それならシュライの教育は俺達が請け負おう!」

「「ああ! この使貴族の俺達がな!!」」


 良く分からない世界ですねと思いながらも、私はバルトさんに手合わせを求められた時の事を思い出していたのです。

 得る事をどこか諦めてしまっていた評価を、それなりの人から不意に認めて貰えたなら。

 ええ、それは確かに感動に打ちのめされてもおかしくは有りません。


 でも、これはつまり、私達はそれなりに団結してきたと思っていましたけれど、真の団結はまだまだこれからと、そういう事なのでしょうかね?

 そんな事を、私は思っていたのでした。

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