(155)だらだらごろごろ

 特別講義が終わったその日の放課後です。

 後片付けは学院の職員と手伝いの学院生にお任せとの事でしたので、光石のブロックをディラちゃん便で寄贈するそれぞれの建物に運んだ後は、私達の部屋でだらだらと過ごしています。


「ぅう~~……」


 それは横たわって唸る私の体の下に手を入れて、レヒカが転がしたのが始まり。

 ごろごろともふもふ毛皮敷の上を転がされて、奥まで辿り着けば折り返し。

 何故か転がし隊に、途中からティアラ様までが加わっています。


 ――ごろごろごろごろ……ごろごろごろごろ……。


 行ったり来たりを一通り繰り返して、満足した表情で止まったのは、一刻三十分ばかりが過ぎた後。


「ディジー、格好良かったわ!」


 とのティアラ様の声に頭を起こし、天井を見上げ、またぱたり。

 首を傾げられたティアラ様に揺さ振られましたけど、何と言ったらいいのでしょうかね?

 「とお!」と、見えない剣を突き上げられても困るのですよ。


「わはははは! そりゃ、あんな見世物用に手を抜いた立ち回りを褒められても、反応に困るよな!」

「え!? そうなの!? 凄かったよ!?」

「特級が本気で戦っていたなら、学院ごと吹き飛んでるわ!」

「そうとも限りませんけど……まぁ演武では有りましたね」


 大笑いするバルトさんとイクミさんとの会話に、ちょっと口を挟みました。

 まぁ、何も言わずとも『根源魔術』御披露目のデモンストレーションみたいなものでしたからね。

 騎士団長様もそのつもりで、私が土から創った剣擬きが耐えれる程度の斬撃しか繰り出しては来ませんでした。

 それが無ければ騎士団長様の間合いは、演習場を遙かに超えて、学院の内なら何処でもそのやいばが届きそうですよ?

 勿論、騎士団長様の場合は『気刃』ですけどね!


 それにしてもと思い出してみれば、何だかデリラでのライラ姫様との稽古の焼き直しになってしまいました。

 本当はスノウとの稽古の成果を確かめたかった気持ちも有りましたが、剣では無く『根源魔術』の講義なのですから仕方が有りません。

 何の打ち合わせも無い手合わせに見えて、実は縛りは有ったのです。


「ディジーが本気なら、きっとハマオーライト様が剣を振り回してる様にしか見えないよね♪」

「いや、騎士団長様も動いている様に見えないかも知れないぞ? それでギンギンと剣を打ち合う音だけが響くんだ」


 仲が良さ気に貴族組と侍女組との間でも会話が弾んでいます。

 いい視点だとは思いますけど、騎士団長様にはきっと関係有りませんね。私が気配を隠しても、多分“気”を感じて見付かってしまうのですよ。白嶺隊の鍛錬に参加した時も、騎士団長様には近付けませんでしたからね。

 もしも本気で勝ちに行くなら、きっと離れた位置から鎧を「活力」で赤熱させたりという手段に出ていたでしょう。

 見ている側からは何が起きているのか分からないでしょうけど、その内怒りの叫びと共に鎧を脱ぎ捨てる事になったに違い有りません。


 それにしても、です――


「ぅう~~……」


 つい懊悩の呻きが漏れてしまうのです。


「……先程から、何を呻いているのかしら? 講義は大成功でしたわよ?」


 フラウさんにも訝しまれてしまいましたけど、この呻きは止められません。


「……魔術講義としては十分成功したと思いますけど、これで私の悪い印象って払拭出来たのでしょうかね? 玄人好みと言えばそうでしょうが、どうにも地味で噂になりそうに思えないのですよ」

「悪い印象? ディジーにか?」

「ぷっ……お淑やかに壁を転がり昇るディジーちゃん♪」

「あ! ――あはははっ♪ 無理だよ! 噂は広がるだけだって!」

「そんな!? ぅう~~……由々しき事態なのですよ!?」


 じたばたと身悶えてみても、笑い声が響くばかりです。


「『根源魔術』のアピールにはなるだろうぜ? 『儀式魔法』も武技もそこまで自由は利かないからな」

「私の噂がおかしいままでは本末転倒なのですよ!?」


 貴族組のディノさんの慰めも、私の願いから外れているのですよ。

 講義のお手伝いを色々として頂いたからか、貴族組や侍女組も気軽に話し掛けてくれる様になりましたけど、ちょっと辛辣過ぎませんかね?


 とは言え、実践的には無駄に威力を撒き散らすのも、無意味に演出を盛り込むのも御免です。そういう物として演出するなら別ですけど、講義でそれをしては後で悶絶する事になりますよ?

 そうなると、地味にならざるを得なくて、噂話にもパンチ迫力が無くなるのです。


 もうこうなってしまっては、王様が聴講したというのがどれだけ効くかですね!


「いや、充分常識を覆す衝撃的な講義だったぜ?」


 バルトさんが何やら言いましたが、身内贔屓は当てにならないのですよ!


 やれやれと体を起こして周りを見れば、ティアラ様も楽しげにフラウさん達とお喋りして、随分と馴染んでいます。

 既に講義に協力してくれたお礼を部屋の仲間には伝えてますけど、部屋の仲間がこうも残っているのを見ると、やっぱり打ち上げとかした方がいいのでしょうか。

 そんな事を考えて、丸机の上にこれまで各地で採取した様々な果物を山盛りにしてみました。

 早速侍女組の皆さんが、食べ易い様に切り分けています。


「お! ペピシモ? 王都でも手に入るのか?」

「いえ、シパリングの魔界の森で採取してきましたよ?」

「……何時の間に」

「バルトさんのお父さんにもお会いしました! 真っ赤ででっかい牛に乗せて貰いました!」

「…………」


 バルトさんが、こいつ何言ってんだ? って目付きで見て来ます。

 でも、事実なのですから私はバルトさんを見上げるばかりです。


「ディジーはこれで暫く落ち着けるのかな?」


 と、果物に手を伸ばしたスノウが問い掛けてきますが、予定はまだまだ詰まっています。


「そうですねぇ……。まずは講義の結果を盛り込んで魔術の教本を見直さなければいけませんし、不可能依頼も幾つか片付けたいですねぇ。それに、各領を巡っての刷絵の原版作成が指名依頼で入る予定ですから、実はそんなにのんびりもしていないのですよ」


 魔術講義其の物は噂にならないかも知れませんが、実は魔術教本の見直しには少し期待しているのですよ。何と言っても、学園には全て行き渡るのでしょうし、学園を卒業した人達――即ち王国民全てに周知される事になるでしょうから。

 尤も、流石に刷字を春風屋でとは行きませんから、商都のラズリム所長にお願いする事になるでしょうね。他はちょっと私が原版を造るといった融通が利かせられませんから、そう成らざるを得ないのです。

 学院と王城にお任せするとしてもその後ですね。まぁ、そちらにはロルスローク先生が担当する章も入って来るでしょうから、却ってお得かも知れませんけれど。

 商都で刷る方には、ロルスローク先生の章が入らない分、怪しいテクニックの数々を詰め込みましょう。


 まぁ、ちょっと本音を言うとですね、商都で刷った美麗な古字体の教本を、王都の大手な刷字屋に見せ付けたら、どうなるのですかねという気持ちも有るのですよ。

 何故って、ちょっと工夫するだけで古字体も刷字出来るのに、大手の刷字屋が楽へ流れた挙げ句、今では手書きの文字にまで刷字体が紛れ込む様になっているからです。

 刷字体は原版との繋がりを残そうと無理をした字体ですから、兎に角不格好で、私の好みには合いません。本好きの憎むべき敵なのです!


 ――と、まぁ、そんな話は置いておいて、今はスノウのお話です。


「そっかー。余り月は私もダンジョンに行けなかったから、ディジーの時間が出来たなら皆で一緒に何かしたかったんだけど。――仕方無いね」

「いえ、そういうのはバシバシ言ってくれて構いませんよ? 学院生活を蔑ろにする程の物では有りません」


 ちょっと吃驚してしまいましたが、そんな話なら大歓迎です。


「え? そうなの?

 ディジー、いつも忙しくしてるから、ちょっと遠慮してたかも」

「な、何ですかそれは!? 除け者にされたら泣きますよ!?」


 まぁ、本当に泣いたりはしませんけどね。

 そこで私は自分の立ち位置的なところを説明するのですけれど……。


 ほら、あれですよ、私にとって冒険者というのは、生き方であって仕事では有りません。そういう意味では、不可能依頼の遂行も、刷絵の原版作成も、鍛冶仕事も、冒険者的に自ら首を突っ込んでいますけど、まだ依頼を受けていない現時点では仕事になっていません。

 魔術教本の作成だけは、既に受けた依頼に関わりますから、仕事と言っても構わないかも知れませんけれど――。


 お仕事体験な収穫祭の出店で分かったのは、冒険者というのがそういう生業なりわいとしてのお仕事とは、毛色が丸で違っているという事実でした。

 まさしく風来坊の渡世人。

 危険な魔物や魔獣を駆除する役目を負っていなければ、ならず者扱いされても仕方の無い遊び人ですよ。

 ま、真面な冒険者は、ちゃんとそういう討伐依頼や薬草採取をして貢献してますから、そう酷い印象は持たれて無くて、一攫千金狙いの夢追い人程度の評価かも知れませんけど、王都の協会の待機場所には野盗をしない野盗な冒険者が大勢屯していますから、自分の好きな事だけをして生きるという本質には変わりが無いのかも知れません。


 ですからどれだけ忙しいと嘯いてみせても、本当に忙しい事は然う然う無いのです。大勢の責任や義務が絡み合う重大ごとはまず無くて、好きに自分で首を突っ込んだ趣味みたいな物なのですよ。


 と、まぁそんな事を言ってしまうと――


「随分とぶっちゃけたな……」


 と、私がシパリング領に遊びに行っていたという困惑からの復活早々に、呆れた様子を見せながらも、納得した感じでバルトさんが頷きました。


「でも、ディジーから誘ってくる事も無いよね?」

「うん、ディジーちゃんは、誘わなかったら皆で遊びに行く予定を立ててても、知らない内にふらっと居なくなってるんだよ!」

「あー、それはですねぇ――」


 と、レヒカに応えて今度は冒険者の三つのタイプについて語ります。

 ゾイさんから教わった、仲間が居ないと楽しめないタイプと、全部自分一人で解決してしまうタイプと、そのどちらも分かる親分肌のタイプです。


「――その中でも私は一人で解決してしまう、ソロを楽しむタイプですから、誘ってくれないと一緒に行動するって発想が出て来ないのかも知れませんねぇ」

「唐突なぼっち発言をされても困るわよ? でも良かったわ。冬の王都は雪に閉ざされて、多くの店が閉まるから、その前にお店巡りをしようと話をしていたのよ」

「うん。もう入学して三ヶ月が過ぎるから、それぞれお勧めのお店も出来てるだろうからって」


 そんな言葉に、ちょっと私は黙り込んでしまいました。

 折角王都に来ているのに、目的も無く散策したりしていませんから、お店を開拓する事が出来ていません。

 王都で無ければ、東はシパリング領、西はフルーリエ領と、色々遊びに行ってはいるんですけどね? 案外地元は出歩かないものですよ。


「あー……余り王都の中は出歩いてませんから、それ程詳しく無いのですけど、構いませんかね?」

「問題無し! 友達と目利きと用心棒で十分以上だよ!」

「やった! 今度の五の日はディジーとお出掛けね♪」


 ピリカが了承して、スノウが喜んで、他の皆さんの中にも掌を打ち合わせて燥いでいる人達が居ます。

 ここでもちょっと吃驚。

 そう言えば、学園に居た時に、似た様な感じでクルリ達に誘われた事が有りましたけれど、あの頃は私も余裕が無くて断ってばかりでした。

 何だか悪い事をしていた様な気がします。


 ……でも、部屋の仲間達から見た私は、相当に歳下の、言ってみれば妹枠に近い何かと思うのですが、本当の所、一体どう思われているのでしょうね?

 デリラで結構な間、嫌な視線を向けられていた私ですから、今更他人の評価は気にしな――いえ、違いますね、私が気持ちを置いている事以外で何を言われても気にはなりませんが、その分野での評価も私の噂が関わって来ると言われると、どうにもむずむずするのですよ。

 子供と侮られている訳でも無く、妹の様に可愛がられているのともちょっと違って、でも正真の友人関係と言われると違う何かが混じっている様な気がします。


 スノウからは何故か恩人にでも向ける様な感情を感じますけど、バルトさんは何でしょう? 共感? に似た何かでしょうか?

 剣士としてとかそういうのかも知れませんが、そう言えば私は採集生産雑用探索系冒険者で、討伐系の冒険者では無いって、言った事は有りませんでしたかね?


 あ! そう言えば――


「王都のお店には余り行ってませんけど、ギョモスの首肉が美味しいのはカマカマ亭ですね!」

「だから! それは! ゲータムの店だ!」


 バルトさんが吠えました。

 兎にも角にも、次の五の日の休みの予定はこうして決まったのでした。



 休みの日のお出掛けルートを決める為に、壁一面の白板に王都の地図をさっと書いてみたら、ちょっと頭がすっきりしました。

 今まで噂を気にして来なかったのですから、今更気に懸けようとしても無理が有ったのですよ。

 念話的に感情が少し読める私なのに、部屋の仲間の気持ちも分からないのですから、もう考えたって意味が有りません。


 それより私がするべきなのは、王都の中をうろうろして、デリラの街でなら誰もが私を知っていたみたいに、王都の顔役に成るのが先でした。

 とは言っても、デリラの街でのそれは、冒険者に成りたいと何年もお遣いに励んできた結果ですから、王都で同じ事をするのは難しいのですけどね。

 寧ろディラちゃん便が良く飛んでいるマルハリル領の方が、私の知名度が高いかも知れません。まぁ、何度かディラちゃんを肩に乗せて、生身で遊びにも行ってますし。


 となると、王都で私が顔を売れるのは、騎士団の訓練に交ざってみるとか、魔法薬の納品が有ればそれに立ち会ってみるとか、実はそれくらいしか思い付きません。

 それも前者は王様のお誘い次第ですし、後者は遣り過ぎるとこれまで王都に回復薬を提供して来た王都研究所から恨まれそうです。

 何と無くですけど、バーナさんも出会った当初は、薬草の儘に『錬金』してましたから、王都の研究所も『調薬』してから『錬金』したりといった工夫は何もしてないのでは無いでしょうかね?


 だからと言って私からそれを研究所に伝えに行くのも違いますし……。

 ――いえ、講義では述べませんでしたが、魔術教本に入れ込んでしまうのばどうですかね? それがいい様な気がして来ましたよ!

 これまで出回っていた内容も怪しい魔術教本を一掃する、王様も認めた新たな魔術教本! しかも著者はデリリア領の氾濫討伐で知られたディジーリア!


 因みに、元凶の一つなハリウコス劇団は、そろそろ王都を発つらしいですから、宣伝には使えません。

 ハリウコス劇団の公演中に、「私が本物のディジーリアです!」とやれば一息に不名誉の元を吹き飛ばせたかも知れませんけど、ちょっと私の趣味とも違いますし詮無い事です。

 まぁ、そこは既に私が書いた冒険譚が広まっていますから、大丈夫なんですけどね。


 と思いつつ、白板の春風屋が在る場所に赤い墨石で丸印。序でに王都で一番と思えるデッサン鍛冶ギルドの場所と、ラインガース親方の工房にも丸印。

 手軽なので大通りのお店には多少出向いたりもしてますが、それは部屋の仲間にとっても今更です。

 うんうんと唸っていると、代わりに部屋の仲間達によって、地図の丸印が増えていきました。

 中には農園地区に丸を付けている人も居て、何が有るのか楽しみです。


「……獣車も借りるか?」

「騎士団に預けているのが有るんだよ!」

「いや、ディジーの力で丸太に乗せて貰おうぜ?」

「ううん、ディジーに頼むなら幻の騎獣に乗せて貰おうよ」


 期待を込めて向けられるスノウの視線に頷くと、ティアラ様まで一緒になって喜んでいます。

 一緒に来るつもりなんですかね? そんな事をしたら先輩方が泣きませんかね?


 いえ、私は学んだのですよ。そういう事は考えても仕方が無いのです。

 それで周りの嫉妬だとかが私達に集まったとしても、その時はその時ですし、そういう事情に配慮するのが正しい選択とも限りません。

 私がどれだけ噂を重ねても古い噂が消えない様に、川面に落ちた木の葉はいつか何処かに辿り着いてしまうのですよ!

 その行き先を変えたければ、木の葉自身が頑張れば良いのです。

 足掻く木の葉を見て何かを言う人も居るかも知れませんが、気にする必要は有りません!


 そうと決まれば、私も今日はごろごろ過ごすのですよ!

 今日はそうすると決めていたのですから!


 そう思って白板の根元でころり。

 そしてそのままごろごろごろ。


「え、ディ、ディジー?」

「……ふぅ、流石だぜ。ディジーは気を抜く時も全力なんだな!」

「あ……ああ!」


 ですからって、何でそんな曲解を入れ込んでくるのでしょうかね!?


 それが噂になったらまた仕様もない何かが有ったりするのかも知れませんけど、私はもう噂に惑わされないと決めたのです。

 ですから今日は目一杯、ごろごろごろごろするのですよ!!

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