(154)刃筋は立てよとかその程度の話です ~特別講義 残り~

 何だか王様が頭を抱えていましたけれど、ちょっと話をしたら今度はギラギラしてしまいました。

 大した事は話していませんのにねぇ?

 『根源魔術』の事故を考えるくらいなら、『儀式魔法』の『魔弾』や『火炎弾』を街中で試される事を心配した方がいいですよ?

 そもそも、『根源魔術』は感覚頼みですから、騒ぎになる様なそんなおかしな効果を想像して発動する事が至難です。そんなおかしな想像で発動する魔力の性質を持っていなければならないのが一つと、魔力を動かすだけでも想像が難しいのにどうやってというのがもう一つ。

 それで何かが起こったとしたなら、それはもう種族特性並みに本能に基づく物でしょうから、『根源魔術』の講義を受けたかどうかなんて関係有りませんよ。


 それに講義で言うつもりは有りませんけど、個人の持つ魔力量って、自分で鍛えた結果の他に付与された魂の欠片分が大きいみたいですし。

 つまり、自分で言うのも何ですが、私みたいに守護者を斃して界異点を滅して、更には不治の病の特効薬を創ってといった活躍をしている人程魔力は多くて、引き籠もりながら怪しい研究をしている人には大それた事が出来る程の魔力は無かったりするのです。

 まぁ、魂の欠片も寄って来ないのでしょうね。


 でもそれを言うと、魂の欠片への人気取りみたいな、変な気運が湧き起こりそうですから、ちょっと口には出来ません。

 まぁ不相応な魔力を手に入れても、制御出来なければ宝の持ち腐れですし、真面目に鍛錬している人は何もしなくても注目される物ですよ。


 という事で、気にせず魔術講義二日目の二齣目です。


「はい、では今日の二齣目は、『根源魔術』の応用について紹介したいと思います、が、その前に水の入ったコップをお配りしますから、コップを使った訓練をしながらお聞き下さいね。

 因みに、『根源魔術』も載っている古い技能教本には、「活力」「流れ」「存在」「変質」「空間」「引力」「斥力」と言った力が示されていました。ここでは魔力の腕で物を掴むのも加えておきましょう。

 “念”で意思を込めるものと知っていれば、この様な分類に定式化するのに余り意味は無いと思いますが、態々分類して挙げているという事は、これらの力は多くの人が共通して、魔力の性質として備えているという事でしょう。

 と言っても、私が使えるので「活力」「流れ」「空間」くらいですね。「引力」「斥力」も使えている気はしますが、「流れ」で無理矢理似た様な事をしているのかも知れず、先人が不在の状況では判断出来ません。「存在」「変質」もどういう力か分かりませんね。昔の人も書物に残すなら、こんな簡略化した一言で済ませるのでは無く、ちゃんと書き残して欲しい物ですよ。

 コップで訓練出来るのは、この内「活力」と「流れ」ですね。コップを両掌で挟み込んで、その間に魔力を行き渡らせたら、そこに熱湯が入っているとの感覚を押し付ければ「活力」、その水が渦を巻いているとのイメージを押し付ければ「流れ」です。

 稀にどちらも出来無い――そういう魔力の性質を持っていない人も居ますけど、そういう人にはまた別の得意が有ったりします。

 この講義の間も席の間を巡りますので、何か有ればその時に気軽に声を掛けて下さいね」


 この段階まで行ってしまうと、『儀式魔法』の発動に支障が出てしまうかも知れないのですけどね。

 でも、現時点では、何だか皆さん器用に切り替えできそうに見えて、ちょっと納得が行かなかったりするのです。


 やっぱり私の魔力から制御を簡単に抜けないのって、私の魔力の性質だったりするのですかねぇ?


「ではまず、『根源魔術』遣いとして、気を付けるべき事から述べていきましょう。

 まず一つ目、『儀式魔法』使いが用いる魔力薬は、『根源魔術』には効果が有りません。魔道具が魔石の魔力を使える様に、『儀式魔法』に捧げる魔力は何だって構わないのですけど、『根源魔術』は自分の魔力しか関わりませんから、魔力を嵩増しする魔力薬の魔力は只の異物ですね。

 魔力回復薬というのも有るみたいですが、あれ、何なのでしょうね? 効果の割に副作用も大きくて、更に高いとなると、使い時が分かりません。

 魔力を回復させようと思ったら、魔力をたっぷり含んだ魔の領域産の食材での料理とかを食べて、ゆっくり休めば十分回復します。

 魔力は魂が生み出す精神の力。余計な魂の力を取り入れたり、魂を酷使したりすると、後で後悔する事になるかも知れませんから、自然な回復を心懸けましょう」


 席の間を回っていると、既にコップの水を回したり、温めたりが成功している人達が居ました。

 でも、あなたは違いますよ? ――いえ、自分でコップを丸く動かして――いえいえ、「流れ」はまだ使えていません、というか、魔力を行き渡らせれていませんからね? でも、渦を巻いている状態のイメージとしては今の状態を覚えて――ええ、はい、はい――


「――なので、魔力の回復を自然回復に頼らざるを得ない『根源魔術』遣いとしては、無駄に魔力を撃ち放っていると、直ぐに息切れしてしまいます。普段は撃ち放つ使い方では無く、体の一部の様に魔力を使うのが基本ですね。

 魔力を腕としたり、或いは今している様に変化を齎す為に用いたり。

 もし撃ち放つ必要が有っても、その時は石やナイフを魔力で撃ち出せば事足る事も多いです。

 普段遣いには出来るだけ節約して、それでも必要な時には躊躇わずに使う様にして下さい」


 こうして席の間を回っていると分かりますが、やっぱりランクの高い人は修得も早いですね。前列に並ぶ騎士様達は、もう「流れ」で渦を作れていますし、「活力」で熱くし過ぎて慌てている人も居ます。

 それに較べると学院生はまだまだですけど、ちょっと私の“念”が指導には反則的に効果を発揮しました。

 “念”で魔力の制御を奪い取って、その人の魔力をその性質の儘に操れるのですから、魔力の性質として持っていないから不可能なのか、未熟故に出来ていないだけなのかが直ぐに分かってしまうのです。

 それで分かった事を元に指導すれば、答えの分かっている迷路を解かせる様なものですよ。


「――ん~……そうですねぇ。どうやら皆さん、『根源魔術』が使えそうなので安心しました。今はまだ緩やかに渦を巻いて、ほんのりと温まる程度かも知れませんが、鍛練を重ねる程にレベルも上がって強く自在に操れる様になりますよ。

 手っ取り早いのはランクを上げる事ですかね。ランクを上げると諸々底上げされますから、前列の騎士様は皆さんと同じく『根源魔術』を学び始めたところですけど、コップの水を飛び散らせて、熱湯にして慌てていたりしています。

 精進有るのみですね。

 誤解しないで欲しいのは、『根源魔術』は何でも出来る夢の力では無く、もっと単純な力です。物を動かしたり、熱したり。

 私が見せている幻も、初めは灼熱の玉を浮かべるところから始まってます。試行錯誤の上で今の幻となっていますが、全ての表面の形を頭に思い浮かべて、幻を動かす時にも連動させてを、全部自分で処理する必要が有ります。

 全部自分でやらなければならない代わりに、自分で好きな様に組み合わせて、自分だけの技を創れるのが『根源魔術』の面白さですかね。

 元は単純な力でも、組み合わせる事で複雑に大規模にもなるでしょう。でも、一足飛びに奥義に至れる筈は有りませんから、一歩一歩焦らず進んで行きましょう」


 そんな感じで受講者の間を一巡りして仕切り直しです。


「では、ここからは実践的な内容です。

 ――あ! どうやら皆さん、私と違って『根源魔術』と『儀式魔法』を併用出来るみたいですけど、一応“お供え式”の簡単な遣り方もこの時間の終わりに教えますね。

 それで、『根源魔術』遣いに発動体は不要と言いましたが、それなら何を得物とするのが良いのかについてお話します。

 実は、魔術を使いたいだけなら、手ぶらで構いません。大きな宝珠の付いたロッドとか、意味が無いとは言いませんけど、自分の魔力と余程親和性の高い物で無ければ、かなり扱い辛いのではと思います。

 自分の魔力を固めて宝珠に出来るなら、また話は違うんですけどね。

 それに『儀式魔法』の発動体としての杖は、周囲の魔力を引き寄せる機能を重視していますから、『根源魔術』の杖としては使えません。

 発動体では無い杖やロッドも世の中には数多く出回っていますが、効果が有るかは良く分かりませんね。気合いの入る飾りなのでしょう。

 もしかしたら『儀式魔法』を使おうとして杖に流し込んだ魔力が、全て“お漏らし”……いえ、“お供え式”の魔力の様に成っているという落ちなのかも知れませんね」


 ただ、素手で良いと言われて心配そうなのは、何でなのでしょうね?


「もし、『根源魔術』遣いで何か得物を持ちたいのでしたら、普段遣いの武具で構わないのですよ。魔力を纏う事が出来る様に成れば、『魔力強化』は直ぐに修得出来るでしょうし、それで得物に魔力を纏わせて『魔力強化』すれば、ランクの一つ二つは上がるでしょう。

 別に戦いに限った事では有りません。包丁に纏わせたらお肉もさくさく切れますし、鋏と糸に纏わせたら魔獣の革もすいすい縫えます。

 こういう魔力の扱いに長けてくると、『魔刃』などは楽に使える様になりますね。『魔刃』は単体でも――こんな感じで創れますが、刃物を媒体にした方が“斬る意思”を込め易いのか発動は楽です。

 『魔刃』を普段遣い出来る様に成れば更にランクも上がるでしょうし、『魔刃』を飛ばせられる様に成れば遠近共に隙は無くなりますね。

 それと、『気刃』と違って『魔刃』は軌道も操り易いですから、麦の刈り入れに『魔刃』一つ放って、後はそれを追い掛けながら魔力の腕で収穫なんて事も出来るかも知れません。

 先程も言いましたが、『根源魔術』で魔力を撃ち放つのは消耗が大きいですから、使い所には気を付ける必要が有りますけれどね。

 そしてそういう使い方をするなら、それらの得物は魔力を良く通す物となるでしょう。鉄よりは魔鉄やラゼリアバラム製になるでしょうか。マディラ・ナイトの剣とかは論外ですし、魔物素材の剣は良し悪しが有るので、自分で確かめるのが良いですよ。

 魔力を纏わせるのは、刃物に限らず、道具なら何でもとは思いますが、そこは皆さんの目的次第と言っておきましょう」


 そしてこんな話をすれば、騎士様達を筆頭に、目をぎらつかせる人が多数。

 ひょろりとした研究畑っぽい人も真剣な表情をしましたから、漸く『根源魔術』のイメージが掴めてきたのかも知れません。


「戦いと無縁の人には余り関係無いかも知れませんけど、“念”で意思を込めるのも、魔力の知覚も出来る様に成ったなら、次の鍛錬は常に魔力を纏ってその厚みを増やしていく事ですかね。

 日常生活的には不意討ちを喰らわなくなりますし、喰らったとしても『魔力強化』で或る程度護られます。

 魔の領域では辺りを界異点からの歪みが漂っていて、魔力の護りが無ければ魔石病を患ったり歪化したりしますから、深部を探索するのには必須の技術です。

 私達の寿命は二百年近く有りますけど、その半分近くは魔力の恩恵に依りますので、魔力を纏う事で長く健康で居られるかも知れません。

 ――いえ、そうなのですよ? 毒煙の病は、外から入り込んで来た他社の魔力がこびり付いて、自身の魔力の恩恵を得られなくなった為に寿命を迎えてしまった物です。寿命なので回復薬も効きませんが、こびり付いた他者の魔力を取り除けば、自身の魔力の恩恵を受けられる様になり、その結果直ぐに回復する事になります。魔物にやられた古傷が疼くなんて言うのも、魔物の魔力が入り込んで同じ様な事に成っていたりしますね。毒煙の毒は肺と言った重要な臓器に関わりますが、魔物の古傷は言っても筋肉がやられているだけでしょうから重視されないのと、魔物と戦う様な人は無意識の内にも『魔力制御』していてその内魔物の魔力も押し流されるのでは無いでしょうか。

 魔力と寿命の関係については、面白い話が出来ると思います。

 中央大陸の東側から今年は留学生が来ていまして、彼女の話によると東側は魔の領域が殆ど駆逐されて、辺りに漂う魔力が殆ど無いそうです。

 魔力の回復に有効なのは魔力を多く含む食材ですが、辺りに漂う魔力も影響しているのでしょう。それらが期待出来ない場所で、魂の生み出す魔力量より自然放出量が勝れば、常に魔力枯渇状態なのでしょうね。

 では、東側からの留学生スノワリンに、そんな東側事情を紹介して頂きます。

 スノワリン、どうぞ――」


 ここで漸くスノウの出番です。

 まぁ、色々と小道具を用意したりと、助手としては動いてくれているのですけどね。


「大陸東側に在るシルギウス皇国から来ましたスノワリンです。皇国では、この学院と同じ様な大学校に通っていました。そこで学んだ内容も含めてご紹介したいと思います。

 山脈の東側では、大昔から魔物の巣――こちらで言う魔の領域を潰す事に力を注いだ為に、今は辺境と呼ばれる外縁部を除いて魔物の姿は見られなくなっています。魔法なんて神秘の力は御伽噺の様に語られるばかりでした。しかし空想の類では無い事だけは、超越者と呼ばれる特級の人達が今も残る辺境に実在する事から、確かな事と知られていました。

 何故そんな事になっているのかこちらのディジーリアが推測してくれました。

 初めて会った時の私には殆ど魔力が無かったそうです。きっと魔の領域の外では薬草に含まれる魔力が少ない様に、大陸の東側全体で魔力が少なくなっているのでしょうと、そう教えられました。

 東側で一般の人が知っている魔法らしい魔法と言えば、国に数人しか居ない法官が行う『判別』か、それなりの実力の有る人なら何とか使える、ちょっとした火種を作る程度のリグニ式生活魔法と呼ばれていた物だけでした。

 山脈の西側からは何年か周期でキャラバンがやって来るので、彼らが運んでくる書物などから西側の研究もされていましたが、伝説の、なんて枕詞が付く御伽の国としか思われてませんでした。

 東側の魔力事情はこんな感じです。魔力が殆ど無くて、魔法が身の回りに無い世界です。

 そんな私が西側に来て、見る物聞く事不思議と神秘に溢れた中で、心底私を驚かせたのは西側の平均寿命が二百歳で、私もその仲間に成りつつ有ると言われた事です。

 東側では百年も生きません。八十歳で長生きのお婆ちゃんです。

 それで思い出したのが、大ギルコウス夜話と呼ばれていたお話です。

 東側でもキャラバンが行き来しているのは知っていても、自分達で山脈越えをしようとする人は殆ど居ません。ですが、約二百年ちょっと昔に、大ギルコウスと呼ばれる人物がキャラバンと一緒に山脈越えをしてきた逸話が伝わっています。

 大ギルコウスも、東側を魔物の居ない平穏な世界と憧れてやって来たそうですが、山脈越えをした事で力尽きたのか床に伏す様に成り、不思議な事に二ヶ月経たない内に、まだ若々しかった大ギルコウスは見るからによぼよぼのお爺さんと成って、息を引き取ったと伝えられています。

 東側ではこの出来事をして、大ギルコウスは触れてはならない神秘に触れた罰を受けたのだと、中央山脈は人が踏み入れる事を許されない神の領域なのだと、そう解釈される事になりました。しかし、ディジーリアの推論が正しければ、きっと魔力の恩恵で若さを保っていた大ギルコウスは、魔力を奪う東側の大地で寿命を迎えてしまったのだと思います。

 ……魔法が無い世界でしたから、これくらいしか話せる事は有りません。西側に来てから、私は毎日御伽噺の中に紛れ込んでしまった様な気持ちで生活しています」


 スノウの見せ場はここだけですけど、重要な話題を提供してくれています。

 大ギルコウス夜話なんて、どんぴしゃの逸話をよくぞ思い出してくれたものですよ。

 私の推測も補完されて、説得力が弥増しです。


「はい、スノワリン、有り難うございます。

 聞きましたね? 魔力が無ければ寿命は百年にも満たないのです。

 王様からも私が毒煙の病の特効薬を作ったと紹介頂きました。元から推測はしていましたが、スノワリンの話で確証が取れましたね。毒煙の病は老衰なのです。

 毒煙患者も若い内は何も無くても、魔力無しでの寿命が近付いて症状が現れます。

 では逆に魔力の恩恵を強く得られる様に常に纏えば、寿命も延びそうですが、こちらは確証が有りません。『魔力制御』を手放したお漏らし『儀式魔法』使いの寿命が短くなっていれば裏付けになるかも知れませんけどね。でも少なくともランクが高いと長生きするのは知られていますし、鍛えて損は無いでしょう。

 それに、もしも魔力が枯渇した土地へ足を踏み入れる必要が出て来た時に、何に注意しないといけないかも分かりましたね? 百歳を超える人はその土地へ足を踏み入れただけで老衰で死んでしまうかも知れません。魔力を纏い留めておく技術は不可欠です。

 これは中央山脈の様な過酷な環境でもきっと役に立つでしょう。

 また、スノワリンの話にリグニ式生活魔法と言うのが出て来ましたが、指先に集めた魔力をパチンと弾くと――火が灯る「火種」と、ぎゅっと握ると――水の様になる「偽水にせみず」が有るそうです。

 どちらも魔力を圧縮して“念”で意思を込めてますね。圧縮する事で効果を高めているのでしょう。

 でも、これらは魔力の殆ど無い東側で、僅かな魔力を元に高効率で効果を発揮する様にした技です。魔力の豊富な西側ではちょっと注意が必要です。

 と言うのも、私がスノワリンに教わって何気なく「火種」を使ってみようとしたら、ちょっと想定の何万倍の魔力を集めてしまったのか、火種どころか爆発が起きて、手の骨はボキボキ折れて半身大火傷で今もこんな髪型です。

 スノワリンが王都の学園に教えたらしくて、そちらでは事故は起きていないみたいですけど、『根源魔術』を知った皆さんでは事故が起きかねませんから、初めは相当に手加減が必要です。

 使い勝手は良いので、この圧縮する技を覚えると応用が増えそうですが、練習する際には十分気を付けて下さいね」


 相当に手加減した「火種」と「偽水」を使ってみせます。

 水その物を喚び出すのでは無く、水の様に振る舞う魔力というのが面白いですね。手を洗うのには十分ですし、布で拭く必要も有りません。


「ここまでで、自主鍛錬に必要な情報は大体揃いました。

 ですが、どれだけ鍛練を重ねても、自分に思う様な魔力の性質が無くてもどかしい思いをする事は出てくると思います。

 そういう時には、まず手持ちの魔力の性質で、目的の現象を引き起こせないかを試してみましょう。

 例えば水が欲しい時に、水を喚び出す魔力を持っていれば直接水を召喚出来ますが、私は出来ませんから空気を冷やして溶け込んでいる湯気を絞り出す事で水を得ています。

 火を燃やしたくても「活力」の性質を持っていないとして、光を集めて火を点けたり、木を摺り合わせて火種を得たり、遠回りになっても実現する方法は有るものです。

 試行錯誤してみてください。

 それでもどうにもならない場合は、魔力の籠もった品を探すのも手です。

 何らかの魔力が濃厚に練り込まれた品に自分の魔力を通すと、通した自分の魔力がその品の魔力に揃えられる現象が生じます。その状態でも自分の“念”は通っていますから、置き換えられた魔力の性質を操れる事になります。

 例えば魔物素材の武具や、魔石で強化した武具ですね。魔石その物でも良いかも知れません。雷を纏う魔物の素材で造られた剣に魔力を通すと、雷が迸ったとかいう話を聞いた事は有りませんか? 振るえば雷が迸る宝剣も、『根源魔術』遣いが用いれば雷を操れる剣になるかも知れませんね」


 ええ、これについては、放置した魔石が少し魔力を回復するのも、魔力を含んだ食べ物で自分の魔力が回復するのも、似た様な仕組みなのではと思っていますね。

 実際には細かな例を挙げる度に、目の前で実践して、小話を挟んでとしていますが、そろそろ手の内を晒し尽くしてしまうかも知れません。

 そうなったとしても、結局武術と同じで理屈を聞き齧っただけで同じ事は出来ませんから、私も気にはしていないのですけれど。


「あ、最後に一つだけ。

 『根源魔術』はと付いているだけに、魔力が関わる技能を自力で発動する際の基礎となります。持っている魔力の性質にも依りますが、『根源魔術』で魔法薬を作る事も出来ます。

 結構『識別』で見れる技能はいい加減で、『根源魔術』で見様見真似で再現した途端に技能に示されたりしますから、『根源魔術』遣いは『技能識別』の結果を気にする必要は無いでしょう。

 やってみて出来れば技能に示されますし、示されたならお手本として技能から発動してみても良いかも知れません。或いは技能教本通りに技能を得るところまで頑張って、そこからは『根源魔術』でアレンジしても良いでしょう。

 皆さんが、『根源魔術』の探究を、心から愉しんで頂ける事を願ってます」


 そこまで語れば丁度良い時間です。

 機能と同じくクロ先生が連絡事項を伝え、そしてまた昼食へ。

 今日はスノウを王様達に付けて、私は大食堂で席の間を食べ歩きです。

 昨日も人形は飛ばしていたのですけどね。でも、騎士団にはどうせまたお呼ばれするのでしょうし、それを除けば学院生へのフォローが目的なのですから、私が大食堂を担当するのが正解なのですよ。


「ディジーちゃんお疲れ~」

「後少しだな!」


 と仲間からの声には手を振りつつ、食堂でもコップの訓練を続ける人にアドバイスしていきます。

 何だか良く分からないお礼を言ってくる人も居ますけど、学院内で私がお仕置きして回ったが故に救われた人なんかも居るみたいです。


 午後の集合は演習場で。

 リグニ式生活魔法は、『根源魔術』を教えるのにも結構優秀な技ですから、ここではスノウも講師側に入ります。

 魔力を集め過ぎていたなら、私が割って入りますけどね。


 私が『瞬動』を覚えた時の失敗談と、魔力を出来るだけ絞っての研ぎ澄ませ方。

 「活力」が有れば何処でも鍋一つで料理出来るお手軽さ。

 そして「活力」を逆作用させての氷の入手。

 魔力の腕を用いた場合、初級から中級に入る頃で水甕一つ持ち上げられる程度、上級で丸太を振り回せる程度という、実体験からの目安まで。


 ランクと紐付けての目安が分かると、より具体性が増して実感するのでしょうかね?

 皆さん良く分からない力への憧れから、此処に在る技術への理解へと意識が移ってきた様に思います。


 或る程度の力強さが有る人には、軽い物から始めて物を持ち上げる訓練を取り入れます。


「“気”での技能の『身体強化』は筋力を強めていますけど、『魔力強化』は素の筋力の他に魔力でも持っているだけですからね、私みたいに素の筋力が貧弱ですと――こんな感じに魔力だけで振り回しても同じなんですよね~」


 と、大剣を振り回していた手を離してブンブンブン。

 部屋の仲間達に協力して貰って、ボール回しや魔弾回しを披露して貰います。

 何をどうしているのかの解説もお任せです。


「『魔弾』は自力で作るのもそれ程難しくは無いのですが、撃ち出す遣り方は人それぞれですね。一番簡単なのは魔力の腕で掴んでボールの様に投げればいいです。私は魔力で弓の様なのを作って、それで放ってますね。

 因みに『瞬動』も同じく自分の体を撃ち放っているのですが、体の内側まで一様に引っ張らなければ偏りの出た場所が潰れます。ですから『瞬動』を編み出した人は、多少の偏りが有っても無事で済む様に“気”で強化して無理矢理問題を解消しています。ですから魔力の扱いが上手ければ、“気”で強化しなくても魔力だけで『瞬動』は出来るのですよ」


 魔弾回しの自由度の大きさは流石にインパクトが大きいのか、目を見開いて口を開けている人が多く居ます。

 更に魔力の形を変えて漂わせての当て物ゲームで、蝶だ猫だいや犬だと盛り上がり、変な乗りの儘に魔力を感じるこつの話になったので、希望者にべるべる薬とばんばばん薬を霧状にして吹き掛けて、そこでまた大盛り上がり。


「べるべる薬もばんばばん薬も、話に出て来た毒煙の病の特効薬です。毒煙患者が優先ですから、期限切れの薬を手に入れる様にして下さいね?

 見ての通り周りを空けて、倒れても大丈夫な様に軟らかい物を敷いておきましょう。

 引っこ抜くのは厳禁です。『叫声』を放ちますから、とんでもない事になりますよ?

 通常の用量なら魔力枯渇に陥り、魔石病ならその魔石も分解されて無くなってしまいますから、ご注意下さい」


 と、本当は説明するつもりも無かった魔法薬の紹介までしてしまいました。

 忘れない内に、簡易の“お供え式”として、プシュッと制御されていない魔力を噴き出させてみましたが、皆さん器用に噴き出せるのですねぇ。私の場合は、どうしても“念”が繋がったままみたいなんですけどね。

 まぁでも、ここまで教えれば遣り切ったと言えるでしょうと満足していましたら、それを察したのか、騎士様達が手合わせしたいと言い出してきました。


 王様はちょっと苦笑いですね。

 『根源魔術』と関係の無い、剣での手合わせというならまだ遣り様は有るのですけど……。

 ――いえ、『根源魔術』を使い熟せば、無駄無く効率的、言い方を変えれば地味になると言うのを示すのも良いかも知れませんね。


 そして一番手はまだ上級の白嶺隊若手騎士様。


「――はい、こんな感じで魔力による圧力を掛けると、『威圧』や『魂縛』する事が出来ます。

 『魔力制御』や『魔力操作』が甘い相手なら、ランク差もひっくり返せますね」


 という事で、『魂縛』で動けなくして終わりです。

 次、二番手はランクAの黒狼隊隊長格騎士様。

 『亜空間倉庫』から鎧を取り出し着込みましたが――


「魔力を持っている物に外部から干渉するのは難しいのですけど、魔力の籠もっていない金属鎧なんかは、こちらの『魔力強化』で支配してしまえば、動きを制限してしまえますね」


 と、幾ら「ぐぉおおお」と叫んでみても、棒立ちからはそんなに力は入れれませんので、身動きさせずに勝負有りです。

 そして大取りに控えたる三番手には、騎士団長様が出て来てしまいました。

 ――いえ、勝負になりませんよ?

 『魂縛』を“気”の爆発で弾かれての速攻なんてされては、逃げ回りの一手です。

 「加速」で高速移動しながらこっそり土を熔かして作った石剣を拾い上げて、隙を見て接近戦をしようとしても、或る場所から先は丸で近付く事が出来ません。

 まぁ、騎士団長様も周りに被害が出ない様に気を遣ってますし、私も無粋な魔術は使うつもりも無いのですけどね。


「そこまで!」


 と王様が声を掛けてくれなければ、延々続いていたのでしょう。

 声援――というよりは、思考能力が飛んでしまった静寂の中での、見せる為の演目です。

 騎士様達もその辺りは分かってくれているみたいですが、他の受講者達は騎士団長と互角!? と騒いでいます。

 まぁ、そんな事態々言ったりはしませんけどね?


 後は時間一杯まで訓練を続けたら、私の特別講義も終わりです。

 実の所、不安ばかりの特別講義でしたけれど、最後に「お疲れ様でした」と掛けた声に、「有り難うございました」の声が一斉に返って来て、そこで漸く肩の荷が下りた様な気がしたのです。



 ~※~※~※~



 ディジーリアが特別講義を終え、学園長の挨拶の後にガルディアラスが寸評を述べる。

 王国の発展に寄与を期待云々と言った内容だが、それを述べている間も、何処か呆けて心此処に在らずなディジーリアの様子をガルディアラスは気に懸けていた。


 解散した後の時間に、そんなディジーリアへと声を掛ける。


「済まんな。随分と手の内を曝け出させてしまった様だ」


 ガルディアラスから見て、一日目は魔術への理解を深める賢者の講義にも思えたが、二日目の内容はその殆どがディジーリアの手の内を晒した物だ。

 騎士ならば敵兵や賊に対する事を考慮し、公開する情報も戦略的に決定している。

 人を相手とする事は少なそうなディジーリアだが、決して不利益が生じない訳では無いだろう。


 しかし、気の抜けた様子のディジーリアは、特に気にした様子も見せずに応えた。


「それは王様が私の研究所に何か有った時は面倒を見てくれると言ってくれましたから、構いませんよ?

 私自身の事なら、特に気にする話もしていませんし」

「……ん?」

「いえ、私が講義した内容なんて、剣で言うなら持ち方と構え方、それと自分の足を切らない様にみたいな注意点と、刃筋は立てよなんて常識を述べた程度です。

 後は鍛錬次第なのですから、気にする話では有りませんね」


 この世の中に自分が何を齎したのかを丸で認識していないディジーリアに、ガルディアラスは思わず失笑を漏らした。

 ここ何百年来誤っていた魔術の常識を覆し、知られざる無数の『儀式魔法』を知らしめ、進化と言っても大袈裟では無い新たなる道を示したのである。


 ガルディアラスは、燥ぐイスティラと和やかに会話をするディジーリアを見る。

 ガルディアラスには、恐らくこの講義を境にして、世の中が大きく動くだろうという予感が有った。

 しかし、そうなったとしても、どうにもこのディジーリアは「あー、そうなんですね?」と惚ける未来しか思い浮かばない。


 再びガルディアラスが口元を歪めたが、それは呆れる様な慈しむ様なそんな微妙な笑みだった。

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