(153)対処の要否が微妙らしいです。 ~特別講義 二日目の一齣目~

 魔術観を一変させる、異色の魔術講義の一日目が終わった。

 王城に帰り着いたガルディアラスらは、騎士団が持つ居室にて、呆けた様に寛いでいた。


 必要から依頼した魔術講義だったが、齎された情報は劇薬だった。

 何か言葉を交わそうにも、考える事が多過ぎた。


 しかしそんな沈黙も、長くは続かない。


「く……くっくっ……っく……」

「……陛下。ご無理を為さらず、爆笑しても宜しいのですぞ?」


 因みに、高官達は同席しているが、王妃イスティラは既に王族区画へ戻っている。

 忘れない内に王太子妃ルーメリアへ土産話を伝えなければと、燥ぎながらも使命感に瞳を輝かせていた。

 その気持ちも分からなくは無い。分からなくも無いのだが――


「ぐふっ……かははははっっっ!!!!

 何だあの侍女は!! 可笑し過ぎるぞ!!」


 ついにガルディアラスがそう噴き出せば、もう止まらなかった。


「ぐひゅっ、それを言ってはなりませんぞ! 良い気合いで御座ったでしょう?」

「うりゃ~~っっ、とな?」

「ヒッ、ヒッ、ヒッ……」


 怒濤の様な情報に翻弄されつつそれらを真面目に熟考しようとしても、それを邪魔する強烈な記憶。

 居合わせた面々は、それを吐き出さずにはいられなかったのである。


 しかし、だからといって馬鹿に出来たものでは無い。

 ガルディアラスの素手での受け止めを見て、学院生達のあしらいを見て、そして同じく真似をしようと盾を構えず素手で『魔弾』を弾いた騎士達は、その手を痺れさせる衝撃に目を瞠った。

 態度は平然とした振りをしていても、プライドが刺激されて“気”を高めて迎え撃ったりと、僅かな時間の間に試行を繰り返したのだ。


 魔力を制する事が出来なくば、魔力系の『威圧』に膝を屈したのと同じ様に、魔術に立ち向かうにも侍女に負けるという事実を突き付けられた。

 だからこそ、触れずに魔術を分解した学院生達よりも、あの侍女の姿が頭から離れない。

 だがあの姿を瞼の裏に思い描く程に、腹筋が大いに震え上がるのだ。


「あ、あの侍女は、仲間内からも修羅メイドと呼ばれているらしいですな」

「メイド? ――成る程、侍女を目指して学院に通っているところか」

うちのメイドや、娘に付けている侍女が、いざと言う時にあの様に豹変されては――」

「ぐひっひっひゅー!? そ、想像させるでないわい!!」


 一頻り身の内の衝動を吐き出して、漸く話が出来るまでに落ち着いたのは、暫く時間が経ってからの事である。


 笑顔ながら笑い疲れた疲労感を醸し出す面々に、騎士団付きのメイドが表情を無にしてお茶を淹れると、再び議論が回り出す。


「しかし、実例が個性的とは言え、侍女が二ヶ月で『儀式魔法』をあしらえる様になるのは大きいな。それに元々のランクが高ければ、習得も早そうだ」

「うむ、五将殿の末子は、あれぞ魔法使いとの振る舞いであったわ」

「いや、魔法使いと言うならディジーリアだが……理解不能な技を見せられても認識は出来んか。彼奴の操る人形共を、誰も話題にしないでいたのは異常だ」

「そう仰られると、確かに……。何故? 手伝いの妖精シーが居るものと、何の疑問に思う事も……」

「目の前の幻を本物と惑わせ、其処に居る実体を容易く見失わせる。彼奴にこそ大魔導師の称号が相応しかろうが、それを受け取りはせんだろう」

「それにしがみつく奴らは、目を血走らせて必死になっていたと言うのになぁ」


 講義での様子を思い出して、騎士の一人が言ちる。

 ディジーリアをまとにと言われた時に、顔を歪ませて真っ赤にしている者もそれなりに居たのは、多くの者に目撃されている。

 それらをディジーリアが丸で気に留めてもいなかった為に、問題にならなかっただけだ。


「まぁ、明日の講義には奴らも来はしまい。今日の講義が『根源魔術』の講義としては触りでしか無かったのが怖ろしいが、それだけに何が飛び出してくるか楽しみだ。

 お主らも何一つ取り零す事無く持ち帰ると心掛けよ」

「「「「はっ!!」」」」


 返答は勇ましく、しかし和やかな空気の中、彼らはその場を後にした。



 そして次の日。

 同じく朝は大講義室に集まれば、いつもと同じく飄々とした様子でディジーリアも姿を現した。


「……思ったよりも減りましたかね? 演習場に移らなくても済みそうです?」


 その言葉の通り、半数とまでは行かなくとも、三割近く受講者が減っている。

 尤もそれは元々ディジーリアの講義を必要としている受講者に、無理矢理“権威”の有る人員を加えてこの大講義室に詰め込んでいたのが原因だ。この部屋の大きさからすれば現在の受講者が減った状況で適正と思われた。


 ディジーリアが補助として付いている講師のクロールと少しばかりの遣り取りをした後に、そのクロールが今日の講義の開始を宣言する。


「昨日から随分と受講者は減ったが、『儀式魔法』が一時的に使えなくなる可能性が有るとの忠告を真剣に考えた結果だろう。残っている者は或いは器用に両立出来る事に賭けたのかも知れないが、受講するならリスクが有ると理解頂きたく。

 ――宜しいでしょうか?

 では、特別講義二日目を開催する」

「はい、今日の講義は『根源魔術』一色です。昨日の最後にちょっとした訓練方法をお伝えしましたが、試してみた人はいらっしゃいますでしょうか?

 光石を握って、魔力を流して光らせられたなら、『魔力制御』は出来ています。右手に握った光石を光らせるつもりで、左手に握った光石も同じ様に光っていたなら、それは『魔力制御』では無く“お漏らし”です。

 両手で挟み込んだコップの中の水を、動かしたり温めたりが出来たなら、もう殆ど『根源魔術』の取っ掛かりは掴めています。

 今日はその感覚を確かな物として、講義を終えた後にも自主学習を進められる様にお手伝いしたいと思います。

 昨日述べました通り、『根源魔術』には鍛錬有るのみ。自身の魔力が持っている性質への理解がかなめですから、他人を頼れません。

 いいですかね?

 はい、では今日の講義を始めましょう」


 ディジーリアの言うちょっとした訓練方法は、昨日の終わり際に、丸で説明を忘れていたとでも言う様に付け足された内容だった。

 その内容も、今改めて説明したのと同じ、光石とコップを用いた簡単なものである。

 それだけ昨日は質問攻勢が切れ間無く、充実した講義となっていた証左では有ったが、『根源魔術』を学びたいと集まった受講者にとっては物足りなかったに違い無い。


 実際ガルディアラスも軽く光石で試してみて、初めから出来て当然の様に光石に光を灯す事が出来た。

 渦を巻くコップの水には興味をそそられたが、だが『魔刃』の軌道を変えられる事を思えば、然程の不思議とも思えなかった。

 これまで出来無かったのは、知らなかっただけと思えば腑に落ちた。


 故に大して気に留めてはいなかったの。

 『儀式魔法』に気触かぶれて、ディジーリアの言う“お漏らし式”に手を出したりなどしていなければ、学院生達が見せた様に習得も然程困難なものでは無いのだと思っていたのである。


 そう考えていたガルディアラスだが、イスティラが熱心に家族へと講義の内容を教え込んだ結果、孫のイルディラースがどうにも“お漏らし式”の罠に嵌まってしまっているのを見て、その考えを改めた。


 正しい教えを広めなければ、望まず罠に落ちる者はこれからも出て来るのだと。


「とは言っても、ここで『根源魔術』を学びに来る人は、その多くが魔術を使おうとした際に何某かの手応えを感じた事が有って、それでいてそれを間違いと言われてもどかしい思いをしてきた人が多いのでは無いでしょうか。

 或いは戦う力を求めての事でしたら、武技の感覚には覚えが有るに違い有りません。

 そういう取っ掛かりの無い人にも、魔力の動きを体感して頂ける裏技も有りますから、今日は一日お付き合い、宜しくお願い致しますね」


 そうして始まったディジーリアの特別講義は、二日目にしてまた基礎の座学へと戻った。


「まずは、魔力をどうやって動かすのか、が最初に理解しなければならないものかも知れません。

 『儀式魔法』では勝手に魔力を徴収してくれますが、『根源魔術』は『魔力制御』と『魔力操作』がほぼその実体ですから、自ら魔力を動かさなければなりません。そこで詰まっている人が多いのではと思います。

 ずばり、魔力を動かすのは、“念”です。“念”は心が生み出す感情の力と言われるだけ有って、魂が生み出す精神の力と言われる魔力とはとても親和性が高いのです。

 そして“念”は、支配下に在る力に“意思”を込めるものです。命令するものと言い換えても良いかも知れません。出来るのは、支配下の力が元々出来ていた事だけです。出来無い事を無理矢理させる事は出来ません。

 つまり、『魔力制御』は“念”で体内の魔力に干渉して、自在に動かせる状態を言います。『魔力操作』は体外に魔力を伸ばした際に、“念”を同期させて体外まで伸ばせるか、で修得の可否が決まるしょうか。

 この時、「動け」と念じても動きません。言葉では無く、実際に体内を魔力がずりずり動く感覚をイメージして、押し付ける必要が有ります。そこは感覚でどうにか出来る人と、或いは体験して理解している人が居ると思われますが、そのどちらも無いなら他の人から『魔力操作』で外から魔力を動かして貰ったりというのを参考にしても良いでしょうね。

 ですけど一つ注意点です。他人の魔力に干渉するのはとても難しいのです。私も一度『識別』には魔力が関わっているのではと考えて、魔力を押し付けて識別して貰おうとした事が有りますが、思いも寄らずその相手を失神させてしまった事が有ります。その時に、それは『魂縛』だと怒られてしまいました。もし、今後誰かの『根源魔術』修得を補助するつもりで『魔力操作』を試す事が有ったとしても、少しでも相手の様子がおかしいなら、即中断して下さいね。

 今日は希望者には、私が“念”で魔力の動きを体感して貰おうかと思います。魔力を介さない“念”だけでは、特級の私でも届いて三尋約五メートル程度が限界です。順番に回りますから、その場で待っていて下さいね。

 それまでの間は、待っている人は両手を胸の前で繋いで、輪になった腕の中をぐるぐるぐるぐる魔力を回してみて下さい。それが出来る様に成れば、繋いだ両手を解いて、少し間隔を空けて掌を向かい合わせにして、同じ様にぐるぐると。

 午後の講義は皆さんの様子を見て、その練度で組み分けしますからね?」


 そしてまたしても唐突に齎される新たな知識。

 只、それを聞いてガルディアラスも腕の中で魔力を動かしてみるが、告げられた内容からの矛盾を感じられない。


「念……?」


 騎士達から呆然とした声が漏れるのは、“念”なんて概念はそれこそいかれた研究者の狂った実験として知られる御伽噺にしか出て来ないからだ。


「伝説や言い伝えを軽んじていては、何かを取り零すのかも知れんな……」


 ガルディアラス自身、“念”の概念は知っていても、狂人の発想と顧みる事はしなかった。

 同じく『根源魔術』も妖しいまじないの類とばかりにしか思っていなかった事を考えると、余りに見落としが酷過ぎる。


 実際に、直ぐ横でイスティラに術を施しているディジーリアを見ても、魔力の動きは感じられない。


「――今、右腕の魔力を動かしてますよ~……分かりますかねぇ~?」

「あ、何か動いているわ! ぞわぞわしちゃう!?」


 それでいてイスティラの魔力は動いているというのだから、“念”の実在に疑うところも無い。


 『根源魔術』の講義に期待する物は多かった。

 それに応えたという訳では無いだろうが、本格的に『根源魔術』の講義が始まったと思えば、初っ端からこれだった。



「はい、大体皆さん、自力で動かす事は出来無くても、魔力が動く感覚は分かりましたでしょうかね?

 最初にこれを覚えて貰ったのは、講義の間も練習して、出来るだけの事を学んでいって欲しいからです。

 では、感覚を馴染ませている間に、『根源魔術』で何が出来るかについて語りましょう」


 そんなディジーリアの言葉に反応して、其処彼処で魔力が揺らぐ。

 果たして練習しながら講義の内容は頭に入るのかと思いながら、ガルディアラスもそれに倣った。


「『根源魔術』の本質は『魔力制御』と『魔力操作』ですが、もっと突き詰めると『魔力制御』や『魔力操作』で操った魔力にを持たせられる様になれば、技能としての『根源魔術』持ちと認められるみたいです。つまり、魔力を動かす以外の変化を、“念”を通じて与える事が出来たなら、それは全て『根源魔術』です。

 ――と言われても、ちょっとイメージし難いかも知れませんね。魔力が関わる現象は『儀式魔法』と擦り込まれているかも知れませんから。

 例えばこうやって――コップに入った水を魔力の腕で持ち上げる。これだけでも『根源魔術』です。更にその水を――沸騰させたり、逆に冷やして――氷にしたり。

 そういう事が出来る魔力の性質持ちという前提は有りますが、使い熟せば暑い日に然り気無くグラスに氷を入れてみたり、飛び掛かってきた魔獣を魔力の腕で殴り付けたり、旅先でお湯の水球を浮かべてお風呂の代わりにしたり、単純な使い方でも腕がもう一本生えてきた感じで色々と便利になるでしょう。

 ですがそれらは基本です。技として昇華させた応用は別に有るのです」


 緩く訓練が続けられる中で、実際にコップの水を浮かしたりとしながら、雑談の様に豆知識を披露していくディジーリア。


「例えば、『瞬動』ですね。技能として知られる『瞬動』は“気”と魔力の複合技ですけど、“気”は防護にしか使われていませんので、魔力の扱いが上手ければ『根源魔術』だけで再現出来ます。――こんな感じ――ですね」


 そのディジーリアが前触れも無く瞬間移動するのを見て、思わず受講者の手が止まる。


「『根源魔術』は武術と同じく鍛錬が基本と述べましたが、編み出された武技がいつの間にか技能として知られる様になるのと同じく、『根源魔術』の応用技も結構知られている武技や技能に含まれるのですよ。

 ――え? 技能の仕組みですか?

 あれは過去の達人の心残りというか、魂の欠片みたいなのが、同じ道を行く人には寄って来るそうなのですよ。それがそれなりの量溜まれば、外付けの記憶としてその達人の技を思い出す物らしいですよ?

 技能を思い浮かべながら魔力を注げば、『儀式魔法』みたいに自動で発動しますけど、これも『根源魔術』と同じく自力で発動した方がアレンジは利きますね。私は『瞬動』にくっ付いていた魂が余計なお節介焼きで自力発動を妨げてきたりしたので苦労しましたけれど、そういう縛りが無くなってからは単なる『加速』として使う事で、空を高速で飛ぶ事も出来る様に成りました」


 そしてまた、知らない知識を放り込んでくる。

 ガルディアラスの顔面には、始終作った様な薄い笑みが貼り付く事になるのだった。


「まぁ、後付けで過去の達人の魂の欠片が寄って来るくらいですから、今は自分の魔力に望む性質が無くても、その道を諦めず突き進めばその望む性質の魔力を持つ魂がやってくるなんて事も有るかも知れません。こればかりは確証も有りませんけどね。でも、祝福技能なんかは、今の自分の魔力に持ち得ない性質の技も、達人の魂の欠片を付与される事で実現出来たりするみたいなので、信憑性は高めですね。

 長い修行の末に先人の技を再現出来た、なんて逸話も有りますから、そういう仕組みが関わっていると思えなくも無いのですよ。

 『儀式魔法』とは違って、技能の類はその時点で自分の魔力にその性質が無ければ発動出来ませんから、それは心に留めておいて下さいね」


 更に救済に見せ掛けて底無し沼に引き摺り込む様な発言も。


「とは言え、技能として発動させるのは、お手本とする程度で、ですね。毎度技能の自動発動では進歩が有りませんからね? 『儀式魔法』とは違って、魔力の動かし方含めて自動でお手本を示してくれますから、その仕組みを理解して自力発動出来る様になりましょう。そうすると、もっと便利に扱える様になりますから。

 そうして訓練を重ねて『魔力制御』と『魔力操作』が出来る様になれば、次に取り掛かるべきは魔力の知覚です。見える様になれという訳では有りませんけど、手探りでも感じ取れるかどうかはこの先の鍛錬にも大きく関わって来ます。

 それをしないで目隠しをしたままでの鍛錬なんて上級者仕様ですから。初級者は素直に感知するところから始めましょう。ちょっとした違和感を大事にして、感覚を磨いて下さいね。

 ただ、稀に魔力の性質として感覚が通っていない事も有るみたいでして、その場合は光石のブロックを用いてイメージとの差異を修正していくとかが必要になるかも知れません。その場合でも魔力の性質が稀少で有益でしたなら磨く価値は有ると思いますが、そうで無ければいっそ魔力の制御を捨てて『儀式魔法』一本に絞るのも手です。

 まぁ――この部屋の皆さんは、何かしらの手応えを感じているみたいですから、大丈夫かと思いますけど、もしもその内他の誰かに『根源魔術』の手解きをする事が有れば、そんな事例も有るというのを思い出して頂ければと思います。

 あっ! 言い忘れていましたけど、『根源魔術』を使うのに、発動体は無意味ですからね? 寧ろ『魔力操作』を僅かなりとも乱されますから、逆効果になりますよ?」


 受講者の間を縫って歩き、人形との併用で指導しながら講義を進めるディジーリア。

 声は魔術で部屋全体に響いている。


「――魔力での手探りが出来る様に成れば、次の段階は薄く魔力を広げて周囲の状況を把握出来る様に成る事ですかね。それも出来る様に成れば、今度は逆に魔力を広げず、周りから放散されている魔力を感じ取る事で、周囲の状況を掴める様に成るのを目指しましょう。薄く広げた魔力で感知できるようになっていれば、出来無い事では有りません。

 この放散された魔力を感じ取るというのは、『魔力視』がしている事と同じです。実際私も昔は『魔力視』なんて出来ませんでしたが、この方法での感知を鍛えた結果、祝福技能では無く『魔力視』出来る様になりました。魔の領域に行かないなら然う然うそこまで必要にはならないのかも知れませんけど、出来るととても便利ですよ?

 とは言っても、『魔力視』で視えているのは制御されていない魔力、謂わばお漏らし魔力ですから、魔力での手探りと併用しなければ意味は有りません。それは理解下さいね。

 どうにもここに居る皆さんの中にも、祝福技能で『魔力視』を貰ってしまった素人に、魔術の素質無し扱いされていた人が居るみたいです。祝福技能は便利ですけど、本人の素質関係無しに、必要な魔力の性質を持った魂の欠片込みで付与されてしまいますから、色々と厄介なのですよ。基礎を蔑ろにしたら、皆さんも同じ様な事を為出かす危険が有ると肝に銘じて精進していきましょう」


 実際にその勘違いした魔術講師に無能扱いされた被害者が居る中でのその発言が、どれだけその者らの心を救っているのかも気に留めず、ディジーリアの魔術講義は静かで奇妙な熱気に包まれて進んで行く。


「――魔力での感知は、そうですねぇ、初めはしっかり魔力を込めた光石で訓練するのが良いかも知れません。あれは込めた魔力を少しずつ放出して光っていますから、練習には都合が良いのですよ。薄く魔力を展開して、背後だろうと物陰だろうと隠した光石を見付けられる様になれば、次は木々や生き物の魔力を探してみましょう。

 その人が持つ魔力の性質によっては、魔力を感知するだけでは無く材質まで分かるかも知れません。何が出来るかは人それぞれです。それは皆さんで確かめていかなければなりません。頑張って下さいね。

 さて、魔力を制御下に置いたまま薄く広げたり、そういう魔力の状況を知覚できる様になれば、『根源魔術』の基礎は殆ど修得出来たと言えるでしょう。発熱させたり凍らせたりというのは、“念”で命じれば良いのですから、動かす事が出来ていれば後は想像次第です。それも自分の魔力にどんな性質が有るかに依りますけどね。

 その魔力の持つ性質を探るには、血筋の他に、記憶持ちならその記憶、地域性がヒントになるかも知れません。

 但し、その自分だけの魔力の性質が、必ずしも自分に都合の良い性質とは限らないので注意が必要です。

 例えば、或る人は持ち物を良く壊してしまい、その原因が長年分かりませんでしたが、それはその人の持つ魔力の性質が物を脆くするものだったからでした。

 例えば、常に『隠蔽』が掛かっている感じの人が居ましたが、或る時その人が種族的に『隠蔽』持ちの花精フラウの記憶持ちというのが分かりました。きっと花精フラウは魔力自体の性質が『隠蔽』寄りなのでしょう。

 そんな感じで、人とは違う何かが有る人は、何か特殊な魔力の性質持ちの可能性が有ります。

 更に言うと、一見有益に見えて、実は非常に危険な魔力の性質も有ります。

 或る魔獣は、体を覆う範囲の大きさの、異界の様な別の空間を創って身を隠す事が出来ました。その空間に潜り込めば、特殊な方法を除いて周りからは感知されず、壁も生き物も擦り抜けて移動出来てしまいます。

 盗賊がそんな力を持っていたなら、遣りたい放題されてしまいそうに思いませんか?

 でもですね、この魔獣、私が特殊な方法で見つけ出した時に、他の人達も巻き込んで狩り出そうととした事が有るのですけど、驚かされた拍子に魔術の制御を誤ったのか、地面を擦り抜けてその下に落ちてしまったのですよ。それからどうなったのか、もう誰にも分かりません。

 大体これらの問題も、鍛錬を続けて完全に制御出来る様になれば解消出来る物とは思いますが、好奇心に駆られて変な“意思”を“念”で込めるのはお勧めしません。必要な力を必要な時に発揮出来る様に鍛錬すれば、それで十分です。

 それを念頭に、今日の講義が終わっても鍛錬を続けて頂ければと思います。

 ――はい、これで『根源魔術』の基礎の座学はお終いです。休憩を挟んで二齣目には、今後の自主鍛錬のヒントとなる応用例を、午後は昨日と同じく演習場で、練度に合わせて指導していきたいと思います」

「では、次の鉦まで一刻三十分の休憩とする」

「光石のブロックはまた並べていますから、一齣目の間にした訓練の成果を確かめてみて下さいね」


 喋るだけ喋り倒したディジーリアが、とことこ最前列まで戻って来たが、ガルディアラスは顔を掌で覆ったまま暫く身動ぎすらしなかった。


「……心中、お察し致します」


 騎士団長のハマオーライトが沈痛な面差しで声を掛けると、ガルディアラスは弱く含み笑いを漏らす。


「――く、ふふ、ふふふ……お主らももう少し悩め」

「対処が必要なのか不要なのか、微妙で嫌らし過ぎるな」


 正しく、官署台長官マクリーガの言葉の通りだった。

 ガルディアラスとしても、ディジーリアだけの問題なら気にはしないが、王国に広げようとしている『根源魔術』で事故の虞も有ると聞けば慎重にもなる。

 また魔術だけでは無く話が広がり、根回しするにも段取りで頭を悩ませそうだった。


「あら? 今更何をお悩みなの? 魔術の教本が見直しになるのは分かっている事ですし、講義の内容も今まで曖昧になっていた事を整理してくれた物でしょう? 何か災いを引き起こす様な内容には思えませんわよ?」

「事故の可能性が有ると聞けば多少はな……。それに、飽く迄も一説でしか無いのを王家が重用し過ぎる訳にもいかん。魔術界隈で収まっていれば何とかなるが、こうも話を広げられてはな」


 結局の所ディジーリアに詳細を確認しなければ判断が付かないが、そのディジーリアもいつの間にか話の輪に加わっていた。


「いえ、武術界隈でも元々武技の類は先人の魂との対話の中で身に付ける物と言われてませんでしたかね? その何処に居るとも知れない先人の魂が、実は欠片をべちゃっとくっ付けられていた物と言っているだけですから、特に何も変わらないと思いますよ?」

「言い方! ――しかし、物は言い様か。角が立たぬ様に、マクリーガ、頼めるか?」

「若手のペシオスに草案を任せよう。中々その辺りの采配が巧い奴でな。

 しかし、事故の可能性は厄介だな」

「いえ、制御されないまま暴発する方が怖いですね。と言っても、ランクと言うかレベル相応の事しか出来ませんし、制御が乱れれば魔術も途切れますし、記憶持ちの暴走みたいな事が無ければ大した事は起こらないと思いますけどね」

「ん? 地の底に落ちた魔獣が居るのでは?」

「意図せず常時発動している様な場合はそうですけど、そういうのは『根源魔術』を学ぶ前に既に問題になってますね。寧ろ学ぶ事で制御出来る様になるのでは無いでしょうか」

「確かに……」

「それでは事故は起こらぬという事か?」

「いえ、意図的に変な事をしようとすれば、何が起こるか分かりませんから、起こらないとまでは言いませんけど……」

「それは事故では無く事件だな。理解した。

 多少の法整備と学園の教育課程に口を出す必要は有るが、ふむ、様子を見るしか無かろう」

「ふふ、それにまだ講義は終わってないのよ」

「くく、その通りだ」


 ディジーリアの魔術講義は、既存の常識を大槌で叩き壊している様に見える。

 それだけにガルディアラス達は動揺を禁じ得なかったが、話を聞けば技能のレベル以上の事は出来無いという、確たる常識の中には収まっている。


「お主の使う力を参考としたのが間違いだった。。常識外れを基準に考えるなどどうかしていたぞ」

「あ! 酷いですよ!? バルグナンさんの技も大概おかしかったですからね!?」

「む? ――ああ、成る程。『根源魔術』とは、そういう事か」


 ついガルディアラスの口を吐いて出た愚痴だったが、それに返された言葉で漸くガルディアラスも理解する。

 バルグナンの『破軍』に『城壁』。或いはアザロードの『飛空』。他にも『瞬動』に似た突撃技を持つ者も幾人も居る。突撃技については純粋な武技と思っていたが、ディジーリアの『瞬動』を見た今となっては怪しい。

 つまりディジーリアは、現時点でもそれぞれの武芸者が修練の果てに編み出した技を、体系立てただけなのである。


 それは、これまでなら偶然に得られた奥義を、その要素を紐解いて組み上げる事で、意図的に生み出せる事を示していた。

 それに気付いた途端に、ガルディアラスの胸の内に熱が灯る。

 既に一日の予定に、『根源魔術』の鍛錬の時間をどう組み込むかを考えている自分に気が付いて、ガルディアラスはその口元を歪めた。


「くく……危機感は抱いても剣と魔術は別物と思っていたが、成る程、想像していた以上に『根源魔術』は刺激的な物かも知れんな。

 結論を急ぐ必要も無い。後の講義を聞いてから考えよう」


 そう言って、ガルディアラスは嗤ったのである。

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