(158)気儘にうろうろ ~頑張るフラウニス~

 そんな風に私達が私用染みた話をしている間にも、もう一組は点在する他の工房へ向かったり、或いは軽食屋で足を止めたりしていましたが、結局は同じタイミングで王都東の端に在るデッサン鍛冶ギルドの辺りで合流する事になりました。

 まぁ、私が子犬の馭者なのですから、タイミングが合わない訳が無いのですけどね。

 デッサン鍛冶ギルドはお店では無いので入る事は有りませんが、軽くラインガース親方が所属している鍛冶ギルドと紹介したなら、皆で一緒に北へ向かいます。

 そして東通りを横切って、更にその裏道へと入れば、私の知らない東通りの北側です。


 でも、裏道と言うにはちょっと雰囲気が華やかですね。

 建ち並ぶ家はこぢんまりとして貴族の邸宅とは並ぶ可くもないですが、瀟洒という言葉が良く似合う佇まいで、南側の寂れてしまった大通りとは丸で違う様子です。


 そんな場所に来て、説明を買って出てくれたのはフィニアさんです。

 まぁ、口々に近くの人に説明している貴族組の人なら結構居てたりするのですけど、人前に出て取り纏める様な事が出来る人は、そんなに多く有りません。


「この辺りは上流区画と近いからね、貴族と付き合いの深い店が多いんだよ――」


 そのフィニアさんの言葉の通りに、北へと続くちょっとした細道の向こうには、街壁に設けられた細い通路が見えました。

 何て言うか、擦れ違うのも大変そうな幅の狭さで、それでいて奥行きがかなり有りそうです。弓矢で狙われては身動きも取れないでしょうから、ここから攻め入るのは不可能でしょうね。


 ただそんな細道も上流区画の住人は便利に使っているらしく、今も行き来している人がちらほらと見受けられます。

 そういった貴族の人達を客層にした、ちょっと小洒落たと言うには格式の高い門構えの店の数々。

 一見いちげんさんお断りというか、一見いっけんしてお店には見えませんけど、この立ち並ぶ家の中にも実はお店だったりする家が在ったりするのでしょう。


 偶に見掛ける見張りの人ばかりは眼光鋭くて、まぁ、そんな辺りは中々近付き難い雰囲気を醸し出しています。

 つまり、上流区画では無くても、貴族達の御用達で、ほぼ上流区画みたいな場所ですね。

 そんな場所ですから、説明は貴族組の人達にお任せするしか無いのですよ。


 とは言っても、見るからにこんな場所にも慣れている貴族組の人も居れば、丸で始めて来たみたいな顔をしている貴族組の人も居ます。

 バルトさん辺りは物珍しげにしていますが、フラウさんやミーシャさん、それに御二人に付き合う事が多いのかピリカも慣れた感じです。


 大勢で訪ねる様な店も在りませんから、子犬は消してのそぞろ歩きです。

 流石に肩車はもうしませんよ? ちょっと地面と離れ過ぎていると、何かを一緒に覗き込もうとしても出来無くて不便なのですよ。


「ちょ!? ちょっと!? ディジー駄目! ひゃー!?!?」


 ……おんぶも今駄目になりましたね。

 ミーシャさんの首に微かに触れる程度に腕を回して、体は宙に引っ掛け魔力の技で浮かせていたのですけれど、却ってこそばゆかったみたいです。

 ピリカも背が低めですけど、フラウさんとは縦にした拳一つ分程度で済んでいます。頭一つ分ちょっとな私とは大きく違うのですよ!


 ……まぁ、おんぶが駄目なら、ミーシャさんの肩に手を置いて、宙に引っ掛け魔力の技の支点をずりずり動かす感じで漂ってみましょうか。

 飛び方にも色々と有りますけど、歩く速さならこの遣り方が一番ですね!


「ふふふ、思っていた感じとは変わってしまいましたが、今日はディジーとお出掛け出来て良かったわ。楽しんで貰えてるかしら?」


 貴族御用達な通りの、ちょっとお高めで、しかししっかり上等な軽食屋の類に入って、其処でフラウさんからそんな事を言われました。


「確かに何かの催しみたいになってしまってますけど、ちゃんと楽しいですよ? 多分私一人では気が付かなかったお店にも、今日一日で色々と出会えましたからね。こういうのは上を飛んでいても分かりませんし」


 その実例は、この軽食屋の品でしょうかね。

 手元に有るのは、小麦粉を練って薄く焼いた生地に、様々な具材を挟んだ軽食ですが、下町ならパリッと焦げが美味しいところが、お上品な軽食屋では焦げが何処にも見当たりません。

 まぁ、そういう物でしょうとは最近ちょこちょこ細かい事まで時々思い出せてしまえる様になった“前の”私の記憶からも分かっていますけど、私はあのお焦げのパリッとした感じの方が好きなのですよ。


 ですから自分で見付けたとしてもお店に入りはしなかったでしょうけど、食べないで敬遠するのと食べて好みで無いと判断するのとでは全く違います。


「参加者を募ったのが間違いだったね。ディジーちゃんと一緒にってなったら、こうなるのは見えてたよ」

「気を遣って話し掛けても来ないのなら、辞退してくれればいいのにねぇ」


 ピリカやミーシャさんもそんな事を言いますが、私としてはこの機会を得られて感謝していたのです。

 ただ、ちょっと向こうでは、私達の会話が聞こえていたらしいスノウが苦笑してますね。

 スノウももしかしたら以前一度私と遊びに出掛けましたから、気を遣って今日はフラウさん達に譲っているのかも知れません。


 私もその気持ちをちょっと汲んで、いつもは絡まないフラウさん達と一緒に回っているのですから、人の事は言えませんけどね。


「ふふふ、趣味の刷字屋を繁盛させて、燻っていた鍛冶師に道を示して、わたくし、分かってしまいましたわ。ディジーは小竜隊相手だけではなくて、街の中でも相当お人好しね」

「何でそうなるのでしょうね……。原版造りから係われるのは春風屋だけでしたから、私が春風屋に決めたのも必然ですし、ラインガース親方には王都周辺で採れる粘土や砂鉄を教えて頂きましたから、お互い様なのですよ」

「いい取り引きが出来たんだね!」

「そう! その通りなのですよ!」


 ピリカがとても納得出来る言い回しをしましたから、私もこくこくと頷きます。


「いえ、鍛冶師がそれらを教えたのは、色々と教わった対価と聞いたわよ? 順番が逆ね」

「元々私が教わりに伺ったので、手土産代わりと思えばおかしく有りませんし、刃物鍛冶は少ないのですから仲間みたいなものなのですよ?」

「確かにそうだね! 私も立花の大家たいかを訪ねるなら、手土産は欠かせないね!」


 修正しようとしたフラウさんでしたが、ミーシャさんまで私の援護に回りましたから、ちょっと眉間に皺が寄ってしまってます。


「情報の価値が全然違うわよ!」

「私にとって大した事の無い情報を対価に、私にとって貴重な情報を手に入れたのです。親方にとっても同様ですね。物々交換の基本ですよ?」

「うん、行商に行った先じゃ、お金での遣り取りにならない事も多いから、商売する上でも大事だね!」


 今度はピリカが私の援護に回りました。


「もう! ディジーが優しくていい子ねって褒めてるのですから、素直に賞讃されれば宜しくてよ!?」

「的外れな事を言われても頷けませんよ? 多少回りを気に懸けられる様になったのも、つい最近の事ですし。

 学園の頃は全く余裕が無くて、殆ど誰とも関わろうとしませんでしたから、冒険者に成れて余裕が出来たからこそ出来る事なのです。

 それにそもそも、人助けして回っているつもりは有りませんしね」

「ん? そうなのかい? ディジーには昔から人助けして回っていたイメージが有るんだけどね?」


 ミーシャさんのその言葉で気付きました。

 そう言えば、王都で受験した仲間の前では内情に踏み入っての自己紹介もしましたが、王領で受験してやって来た人達にはそこまで話したりはしていません。

 誰かが話していてもとは思いますけど、あの時はちょっと泣いてしまいましたし、皆さん気を遣って話題に上げずにいてくれたのかも知れません。


 なので、入学説明会で話したのと同じ様な事を伝えれば、漸くにして納得してくれたのです。


「ふーん……そうだったんだ。――意外だね?」

「ええ。――でも、王都受験生の間に有る連帯感の理由がちょっと分かった気がしますわ」

「何で皆、教えてくれなかったんだろうね?」

「あー、それは私が、あの時ちょっと昂奮して、泣いてしまったからかも知れません」

「あ……それは確かに言い辛いわね」

「なので、私は好きに動いただけなのですよ。その結果、偶々抱え込んでいた問題が解決したのが親方だったりしますけど、春風屋は趣味のお店でもっとのんびりしていたかったのかも知れませんし、ラゼリアバラムの管理人は何やら憤慨していましたし?」

「言いたい事は分かるけど、それでもディジーだから好転した事柄は多いと思うわ!」

「――そうなのですかねぇ?」

「本当に褒め甲斐が無いわ! 本当に凄いと思っているのに!」


 拗ねてしまったフラウさんには苦笑が漏れるばかりです。

 ただ、何でしょうかね? 他の人達は、認めて欲しい事柄以外で何やら言われても、納得したりするものなのでしょうか?

 いえ、これももしかするとゾイさんの分類に依るのかも知れません。

 仲間と一緒が楽しい人達は、仲間の評価が気になるので、自分の拘りよりもそちらを重視するのでしょうか。

 ですけど、まぁ、私にはちょっとその辺りの感覚が分からないのですよ。


 もしかしたら、悲願だった冒険者志望について、家では殆ど何も褒められたりしなかった事が、それ以外の褒め言葉を無価値と感じさせているのかも知れませんけど。


「ん~……正直冒険者としての私以外を褒められても、どう反応すれば良いのか分からないのですよね。それに、この前もお話しましたけど、冒険者なんて好きな事だけしている遊び人みたいなものですから、そういうのを褒めてしまっても良いのでしょうかね?」

「良い事は良いと褒めるべきよ! わたくしはシュライビスが何かの拍子に力と余裕を手に入れたとしても、ディジーの様に成れるとは思わないわ!」

「……まぁ、私が余裕を持てる様になったのも、冒険者として独り立ち出来たからですし。そういうのが無いと厳しいかも知れませんけれど」

「想像出来ないよねぇ~。変われる人っていうのは、しっかり自分で頑張っているから変われるんだと思うね!

「だから、ディジーはちゃんと凄いのよ」


 何だか素を出しているフラウさんとミーシャさんから言い募られましたけど、それでぴんと来ました。

 私は椅子から立ち上がってフラウさんの後ろへ回ると、その頭に手を乗せてそっと優しく撫で付けます。


「フラウさんは凄いですよ? 私はそういう人間関係みたいなのは良く分かりませんけど、フラウさんがいつも女子の悩みを聞いて励ましてくれているのを知ってます。フラウさんが居なければ部屋の纏まりも無かったでしょうし、安心していられる部屋にもなっていなかったでしょう。それを為し得たのはフラウさんの心意気と誇りが有ってのものですね。

 中には私みたいな独り立ちしたソロの冒険者という変わり種が居て、ちょっと戸惑わせてしまったみたいですけど、フラウさんが居なければ私はもっと孤立していたかも知れませんし、そういう諸々を含めてフラウさんにはとても感謝しているのですよ」


 ふと覗き込むと、ポンと音を立てそうなくらいにフラウさんの顔が真っ赤になっていました。

 涙目で一杯抗議されましたけれど、嫌がっていないのならなでなでは継続です。

 周り中で笑い声が弾けましたが、それはとても温かな笑い声で、ほら、こんな所にもフラウさんの人柄と為し得て来た事が窺えるのですよ。



 東通りを半ばまで戻った頃には、もう結構日が傾いていました。

 なので此処からは、上流区画経由で学院に戻る便と、商業区画を経由して居住区画へと向かう便に別れます。

 既に買い物欲も落ち着いていますから、お喋りメインでの帰り道ですね。


「――へぇ~、それじゃあ魔術教本はまだ暫く掛かるんだね~」

「ええ。マトーカ様とお喋り出来る様になったのも講義の直前でしたから、ロルスローク先生とも摺り合わせて一度練り直さないといけないのですよ。いにしえの魔道具技術が思っていたのとは全然違ってですね、ちょっと大幅に内容が変わるかも知れません」

「でもそれって魔道具の部分でしょ? ディジーちゃんの書いた範囲も何か変わるの?」

「いえ、そちらは殆ど手直しは済んでいるのですけど、私が自分で出版する分は兎も角として、学院の教本とする分には王城も口出ししたいらしくてですね、そう言われると私としても解決するまでは自分の本としても出し難いというか……」

「それはそうだね。待っていた方がいいよ」

わたくしもそう思いますわ」


 そんなお喋りの話題としては、昨日迄やっていました特別講義が挙がるのは当然で、その後のお話みたいな感じになっています。

 因みに、王城のお話というのは王様がノッカーで伝えてきました。残念な事にノッカーは王様から回収出来ていなくて、まだ王様の手元に有るのですよ。

 しれっと回収出来ない訳では無いのですけどね。


「じゃあ、ロルスローク先生次第なんだ。でも講義からそんなに変わる内容って有ったの?」

「いえ、講義の中で述べた通りなんですけどね、今のままではマトーカ様便りで発展が無いのですよ。

 例えば一番単純な昔の焜炉の魔道具は、火花を散らすネージュと呼ばれていた魔物の魔石と、燃える気体を噴き出すベロと呼ばれた火吹き蛙の魔石を組み合わせて、後は威力調整の摘まみが有れば完成でした。それがそのまま『儀式魔法』にならなかったのは、摘まみが再現出来なかったからみたいですね。

 でももしかしたら今の時代には、摘まみの役割を果たす魔力の持ち主が何処かに居るかも知れません。地上に手を出せないマトーカ様にはそれを調べる事も出来ませんから、魔物を調べてその魔力の性質を研究するのは、地上に生きる人にしか出来無いのです。

 その調査や研究の仕方を教本に組み込んでおかないと、どうにも片手落ちな気がするのですよね」

「……何だかスケールの大きい話になってきたね」

「ええ……魔道具の歴史が変わるその場に居合わせている気持ちよ」


 そんなに大袈裟な物では有りません。

 何と言っても、忘れ去られていただけで、昔から有る技術ですから。


 それに、『拡声』の魔道具や、王城の護りの魔道具みたいな物も有ると考えると、ロルスローク先生含めてまだまだ本の入り口にしか辿り着いていないのかもとも思うのです。


 そんな事を話している内にも一人抜け、二人抜け、王城の前でティアラ様とも別れて、学院の前に戻って来た時にはいつもの学内寮のメンバーです。


「ディジーちゃん、今日は楽しかったよ♪」

「ありがとね!」


 声を掛け合って学内寮の前で別れて、私は私の学内拠点へ。

 本当はまだ居住区画へ向かった人を送り届けなければいけませんけど、大体今回の私のお役目も完了です。


 でも、結局今回の催しは、私一人が全ての訪問先を訪れて、余す所なくお薦めの店を回れたのですから、一番得をしたのは私ですかね?

 と、そんな事を思ったのでした。

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