(157)気儘にうろうろ ~裏通りと鍛冶屋~
【前書き】
“w”を、“!”や“♪”と同じく記号扱いしても良い時代になってないかなって今回ちょっとだけ取り入れてみましたが、如何でしょう?
違和感有りましたら修正したく、ご意見よろしくお願い致します。
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「――ほーい、ほい♪ ――は~い、到着ですよ~」
本日の二箇所目は、特産通りの入り口からです。
ここでばらけて、お昼を摂ったらまた少し西の方で合流予定ですね。
その後は東通りの南側を東門近くまで移動して、それから東通りの北側へと回って学院まで戻って来る予定です。
流石に全員学院まで戻る訳では無くて、途中で解散する人も居るとは思いますけどね。
それで、ばらけるのは元から決まってましたから、長い胴の子犬に騎乗する時にも大雑把に別れて貰ってます。
その境目の所で、後脚は立ち止まっているのに前脚が進むと、胴がずももと伸びて前脚側からは後脚と尻尾が、後脚側からは前脚と頭が現れて分離!
それを行き先の数だけ繰り返しました。
「いや……いや! ちょっと待てw こんな所で小技を盛り込むなってw
――く、ふふ、いや、此処からは別れるぞ。物産を見て回りたい奴らは何か有れば俺に言え」
「裏通りを見て回りたい人は
「はいはーい! 屋台を回る人は私になんだよ!」
「お店の中に入ってしまうと見付けたり出来無いでしょうから、その時は上空を飛んでいる私の人形に手を振って下さいね?」
私が足になったとしても、今回の散策は他の皆さんによる発案で、取り纏めはそれぞれやりたい人が仕切っている感じです。
趣旨の一つが、私と一緒にお出掛けしたいっていう何だか申し訳なく感じる理由ですから、ちょっとそわそわしてしまいますけど、私の手が空いている方が話し掛け易いというのも理由みたいです。
言いつつ、私の人形――と言いながら、今回は輝石を核とした幻を
私が裏道ルートを選んだからか、フラウさんやミーシャさん達が歓声を上げていたのも印象深いです。
こんな企画は私からは出て来ません。そういう意味でも、今回の催しを取り仕切る資格は私には無かったのですが、まぁいつも通り裏方では活躍いたしましょう。
私の幻を馭者にした子犬達を特産通りに解き放ち、そちらを選んだメンバーの足や椅子にと活躍して貰う事として、私の本体が乗る子犬は急ぎ足で一つ目のお店へ。
でも、行き先を決めるフラウさんが、動き出す前に私へと告げました。
「裏通りへ行く前に、春風屋は見ておきたいわね。まずは其処へ向かって頂戴」
「ふふふ、こんなお出掛けも楽しいわね♪」
因みに、楽しそうにしているティアラ様がフラウさんの後ろに座って、更にその後ろにミーシャさん。そしてピリカと続いています。
ティアラ様的には、余り名の有る店を訪れても政治的にややこしいのと、屋台巡りもいい顔をしない人が居るらしいですね。ですが寂れた裏通りなら、盛り返す切っ掛けになるかもという意味でも、気兼ねしなくて済むみたいです。
流石に護衛は離れて付いて来ていますが、もう近くに来て貰った方が良かったりしませんかね? ――と思って、小さな幻のディジー人形で話し掛けてみたのですが、離れていた方が怪しい気配にも気付けるからと断られてしまいました。
まぁ、食事処は御一緒するとの事ですから、気にする事も有りません。
「おお! 春風屋はいい刷字屋さんですよ~。原版で稼いでいるのでも無い趣味のお店と店主さんは
「ええ、聞いてるわ。原版の受け入れをしなかった故にディジーとの縁を取り零したのなら、他の刷字屋は随分勿体無い事をしましたわね」
「でも、ディジーにとっては気楽に付き合えて正解だったんじゃない?」
「まぁ、そうなんですよね~」
そんな遣り取りをしながらも、出発しますよと声を掛けて、東ム坂通りに入って少し行けば、直ぐに春風屋に至る脇道が見えて来ます。
既に辺りのお店が開く時間ですから、脚の短い大きな子犬の騎獣も、道行く人達から歓声で出迎えられていますね。
そんなのは気にせずに脇道に入り、丁度店を開けていた店主さんの前で停止しました。
「おお!? 今日は随分人を引き連れて、どうした?」
「学院の仲間を案内して来たのですよ。今日は皆で街の散策です」
「ほう……ならば、案内が必要だな!」
まさか姫様が紛れ込んでいるなんて思わない店主さんが、いつもの調子で皆さんを案内してくれましたから、私のやる事が減りました。
すると、注目の外れた私にすすっと擦り寄る感じでフラウさん達が近付いて来て、いつの間にかフラウさん、ミーシャさん、ピリカの塊に私も取り込まれていました。
いえ、もう一人、後ろの方に居たスノウもこちらに向かって来ていますから、彼女達の間ではこの展開も話が付いていたのかも知れません。
「ふふ……漸く、気兼ね無く御一緒出来ますわね? 本当に癖になっているみたいですが、遊びに行きましょうと声を掛けた筈なのに、裏方に回ろうとするのはどうにかした方が宜しくてよ?」
「だね! 今も見守っているんだろうけれど、王都の中なんだからそんなに気を遣わなくても何も起こりはしないよ」
「うん、ディジーちゃんはちょっと過保護気味だよ」
「あはは、それも有るかも知れないけど、余裕が有るとぎりぎりまで負荷を掛けようとしている様にも見えるよね?」
そして怒濤の駄目出しです。
いえ、後ろから体に回されて私を拘束する腕が、お仕事なんかより遊ぼうよと訴え掛けてきているのですけどね。
良かれと思って勝手に裏方を自任していましたけれど、また間違えてしまっていたみたいです。
でも、今までこういう状況に
それならこれも勉強です。積極的に行動原理に取り込むつもりは有りませんが、知ると知らないとでは大きな違いが有ると思うのですよ。
もっと具体的に言うならば、知り合いは増えても変わらずぼっちと言われたり、自分でもそう認識してしまう状況を、ちょっとは何とかしないとという気持ちも有るのです。
フラウさんが気に懸けてくれたのも、きっとそういう辺りが心配になったのでしょうね。名前ばかりの首席より、ずっと真っ当に部屋の女子の取り纏め役をしているフラウさんなのですから。
「……七十人もの大所帯での散策ですから、裏方は必要と思ってしまうのは仕方有りませんよ?
まぁ、でも、私と遊びにってそもそもの目的を蔑ろにしていたのは御免なさい?」
いえ、ちょっと一緒に遊びに行くのに壁を感じてしまうのは、手を繋ぐにも肘を曲げないといけない感じとか、見上げないといけないこの親子感? も有るのですけどね!
獣人組の中には私とそれ程背丈が離れていない人も居ますけど、貴族組は大抵すらりと背丈が有るので気後れしてしまうのですよ。
私がすらりとした美人剣士に成れるのは、一体いつになるのでしょうね?
「もう、謝らせたい訳では無いのよ?
スノウも一緒に劇場に行っていて、ミーシャもピリカも一緒に魔道具を買いに行っていて、少し羨ましくなっただけね。
こんな団体になってしまうなんて、
「もー、羨ましい、羨ましいってさ~、あっはっはっ」
って笑い飛ばしてくれましたので、ちょっとは気が楽ですけれど。
――宙を飛ぶより、ミーシャさんの肩をお借りした方が、据わりが良かったりしますかね?
と、ぴょーんと飛んでミーシャさんの肩に収まってみました。
「え!? え!? え!?」
「これで見下ろされる事はもう有りません」
「待って、それはおかしいわよ!?」
「見下ろされると子供扱いされているみたいで壁を感じてしまうのですよ」
「肩車されてる方が子供だー!」
それは確かにと思いつつ、私はミーシャさんの肩の上で体を揺すって足をぷらぷらさせました。
ふふんと私に見下ろされてみれば、私の気持ちも分かるでしょう。
フラウさんもピリカもスノウも体を折って笑っていますが、ミーシャさんは直立するしか有りません。
フラウさんはお嬢様ですし、ピリカに肩車は見栄えが今一です。ミーシャさんもお嬢様なのでしょうけど、女騎士という気安さが有るから出来る事かも知れませんね!
「も、もう、それでいいわよ。ほら、行くわよ!」
笑いを堪えて怒っているかの様な声色で、しかし表情はにまにまさせたフラウさんに先導されて、春風屋の中を回ります。
私が書いた三冊の本が売れに売れているのか、結構広いスペースを割いていて、宣伝用に四色刷りの頁が壁に貼り付けられています。
意気揚々と南門を「いつもの所さ」と出て行く私に並んで、大剣を振り回して空を飛ぶ幼女な私と、街を出て森へと足を進める巨人な私。シュールです。
「ふふ、聞いたわよ? 王樹の剪定をしている時に、踊っていたって?」
気を取り直したフラウさんが声を掛けてきますけれど、これはボフロムさんにでも聞きましたかね?
「ええ。側を離れる訳にはいきませんし、徹夜作業が決まっていて気が抜けないのに暇を持て余す状況だったのですよ」
「だからって踊るかねぇ~」
「踊りでもしないと、眠くなりそうだったのですよ!」
「ディジーちゃんが眠っちゃって、ラゼリアバラムの大枝が落ちてきたりしなくて良かったよ」
「うん、うん!」
ばらけた時に、主に獣人組や肉体派の人達が屋台巡り、バルトさんみたいな遠方の出身が特産通りにと別れて、裏通り目当てのこの集団は意外な事に貴族組の人達が多くを占めています。
ちょっと聞こえてくる声が真面目なんですよね。
収穫祭で心に火が着いたままなのか、庶民の暮らしがどうのとか、寂れた通りを復興するのにはどうすればとか、前向きな言葉が飛び交っています。
そんな真面目さん達を余所に、私達は思い付くままにお喋りして、春風屋を出て裏通りへ向かってからも買い物二割のお喋り八割。
「ねぇねぇ、そう言えばディジーがライセン領に造った祭壇って、結局何だったの?」
とはスノウからの質問です。
「あれはライセンに在るビガーブの町で、鉱山に巣食った魔の領域を潰したのはいいのですけど、回収した魔物素材が『亜空間倉庫』を圧迫していましたから協会の支部長と掛け合って置かせて貰ったものなのですよ。良くない魔力が漏れる可能性が有りますから、回りを掘り下げる必要が有ったのですけれど、溜め池にでも再利用出来るようにと考えたら、あんな風になりましたね」
「軽く言っちゃう規模じゃ無いんだよなぁ~」
長い移動が挟まればそこは幻の騎獣の出番ですけど、流石に貴族組の人達は落ち着いた様子で――いえ、幻の騎獣に乗っているのは、言ってみれば私がそのお尻を両手で支えている様なものですから、落ち着いたと言ってしまって良いのでしょうか?
深く考えると微妙な気持ちになりそうで、そこはスルーしておくべきなのでしょう。
お昼にはちょっと早目に辿り着いたリシュカミンの食事処は、それこそ出ている看板が「食事処」と書いた物でしたから、店の名前を言われなかった理由が今にして判明です。
因みに、二十人ばかりで向かう事は、リシュカミンの手紙を持たせた私の人形を先行させて連絡済み。序でにその時間利用していただろう常連さんへのお詫びにと、果物も籠に山盛り渡しています。
そんなお店の前で――
「ようこそいらっしゃいました」
と緊張気味に頭を下げるのはリシュカミンの母親でしょうか?
まぁ、どう見ても貴族にしか思えない団体が現れたなら、そうなるのも無理は有りません。
尤も小竜隊の貴族組は、自分達で収穫祭の出店を乗り切ってその大変さが身に沁みていますから、年季の入った食事処を見ても、この人通りも疎らな裏通りで商売をする大変さにしか興味は向いていないみたいですけどね。
こんな時間にもお客さんは居たみたいですが、逃げ遅れたそんな人達にも気さくに声を掛けて、議論に巻き込んで仕舞っています。
「いや、そんな遠慮は要らないぞ? 話を聞かせてくれた分はしっかり奢らせて貰う。それに、見よ。
「い、いえ、そうは言われましても!? ――いえ、この辺りに活気が無くなっているのは仕方が無いもので――いえいえ、お貴族様達に思う所が有る訳では無く、ええ、古い通りには爺婆しか暮らしておりませんから、活気や威勢はどうにもこうにも――」
「「「ああ~~……」」」
と、思わず納得して頭を抱えていますけど、そんな事情ではそれなりの復興策を立てたところで、その担い手であるご老人が動けるかの問題になりますね。
でも、そうして手を
「いや、良い話を聞かせて貰った。ティアラ様がいらっしゃったのも僥倖だな」
「ええ。私もお爺様と話をしてみますから、決して無駄には致しませんわ」
そして、ティアラ様まで一緒になって、最後には感激を振り撒いていました。
その後、特産通りの東側で合流してからは、三頭の子犬に分譲したまま更に東へ進みます。
大きな通りを離れると、めぼしいお店は食べ物やばかりなんですけどね。
そんな中でも珍しい訪ね先が、私の推薦するラインガース親方の工房です。
工房から高らかに鎚音が鳴り響いているという事は、きっと親方の悩みも晴れて、今は鍛冶に邁進しているのでしょう。
工房の周りに屯している人達も居ますが、注文に入る事もしないで、何をやっているのでしょうかね?
「御免下さ~い」
と、私も一応声を掛けますが、仕事中なら無理かも知れません。
私も鍛冶をしている時には、声を掛けられたところで気付いたりしませんからね。
それで暫く待っていたら、ラインガース親方自身は出て来ませんでしたけれど、顔を顰めた長身の男性が出て来ました。
細身ながら筋肉も付いていそうなので、どういう人なのか良く分かりません。
「何の用だ?」
少し苛立たしげにそんな事を訊かれます。
「ええ、ラインガース親方とは鍛冶師仲間なのですけど、私が王都に居るのは学院に通う間だけのことですからね、学院の仲間と顔繋ぎしておいた方が良いかと思ってお訪ねしたのですよ。
鍛冶を邪魔するつもりは有りませんから、いつ頃鍛冶仕事に一区切り付きそうか分かりますかね?」
暫し私を凝視していたその人でしたけれど、「暫し待て」と告げてから戻って行ってしまいます。
それでいて暫くしたらラインガース親方がどたばたと
結局私達も招き入れられる事になりましたが、流石に七十人は入れませんから、ここでもメンバーを分ける事になりました。
「……このちっこいのが、あの剣を……」
と、微妙に失礼な事を言っているのは、私達を出迎えた長身の男性です。
ジャイラックさんとかいうらしいですね。ラインガース親方と手を組んで、上級の剣を世に送り出したというのですけれど……。
「う~ん……」
その最初の剣は王城に献上したみたいですが、その後にも打ち上げたという剣がちょっとお粗末です。
「ど、どうだ!?」
「――手を抜いた、訳では無いのでしょうね。
『魔力操作』が出来ずに魔力を練り込めないのを、無理矢理魔石の粉を練り込んで誤魔化したのでしょうかね?
魔石滓を取り込んでしまって質が下がってしまっている上に、こんな事をしていてはその内毒煙の病で倒れてしまいますよ?」
コンコンと軽く鎚で叩いて、迸らせた魔力の波紋から状態を見極めましたけれど、以前拝見したラインガース親方の剣とは違って、不純物の量が増えています。
無理矢理混ぜた魔石の魔力と強化の力が、何とか不純物の影響を上回って居るのでしょうが、耐久は凄く落ちている筈です。
「魔石滓が不純物になっていますから、耐久は物凄く落ちていますね。これなら前の剣の方が上等です。真っ当に行くならラインガース親方は『魔力制御』と『魔力操作』が出来る様に成って、自分で魔力を練り込める様に成るのが次の目標でしょうか?」
「ぐっ……此奴が強化まで出来る様になっては、俺の仕事が無くなるぞ!? 今でも出来る何かは無いのか!?」
「『錬金』での強化も悪くは無いのですけどねぇ。どうしても『儀式魔法』の一つですから、それなりにしかならないのですよ。仕様を細かく突き詰めれば或る程度出来は良くなったとしても、熟練の技には敵いません。ランクで言うなら六かそこらで、それ以上を目指すなら素材の質が大きく利いて来るみたいです。
素材の質で言うなら、魔石粉を混ぜない以前の遣り方に戻しましょう。それを『錬金』で強化したなら、それをまた鍛冶で鍛えて、更に『錬金』で鍛えるのを繰り返します。一度で強化しようとするより、重ねる方が確実ですね。
ですが、それでも何れ『強化』し切れなくなります。これは『強化』に用いた魔力が馴染んでいないからですね。そのまま置いていてもその内馴染むのかも知れませんけど、使った方が馴染むのも早い様な気がします。それでも数ヶ月は必要ですけど。
――そうですよ! 自分で打った剣の試し切りに魔物でも狩ってみれば良いのでは無いですかね? 自分のランクが低いと、売った剣のランクも知れてますよ?」
私も魔石を用いて強化してますけど、魔石滓が混じる様な遣り方はしてません。なら滓は何処へ行ったのかといえば、それはそれで不思議なんですけどね?
角タールが鍛え上げれば性質を変えた様に、案外魔力の籠もった鎚で打たれて無害化したのかも知れませんけれど。
「むぅ……確かに不純物とならないかとの懸念が有ったが、実際にランクが上がったが故に気にしてはいなかったが……。威力は高くても脆くなっていたと言われれば否定出来ん!」
「数ヶ月置きに何度も強化を重ねる。ククク……成る程、確かに焦っていた様だ。
だが道を示すならばもう一声!」
そう言われましたらと、私は「通常空間倉庫」から瑠璃色狼を取り出して引き抜いて見せました。
「鉄の剣も鍛えればここまでになりますよ? ランクCの霊剣、瑠璃色狼。鬼族相手にはランクDの妖刀も有りますけど、ちょっとそちらはお見せ出来ませんね」
瑠璃色狼も、本当は“黒”こと黒姫と同じランクDまで鍛え上げたかったのですけれど、瑠璃色狼はその内に豊かな森を創り上げるというテーマに沿って鍛えていますから、なかなか黒姫に追い付けません。
そして黒姫はやんちゃな遊び盛りなのが影響してか、最近は魔力が馴染む頃に更に鍛えても、その分は威力とかとは違うところに使われているみたいで、ランクの変動は有りません。
とは言っても、ランクDの妖刀は、一般人にとっては見るだけでも毒でしょう。
鞘に納めた瑠璃色狼を「通常空間倉庫」に戻しても、暫くは声が有りませんでした。
そして暫くすると囁く様な声が漏れ聞こえてくる様になりましたが、何か変な事を言っています。
「凄い……凄い剣だった……」
「一体どんな材料で……」
「その剣なら……鉄の塊も切り裂けそうだ……」
随分と錯乱しているみたいですね?
「いえ、先程も言いました通り鉄を鍛えた剣ですし、特級の剣でも鉄の塊は斬れませんからね?」
「え!? 切れないのか!?」
殆ど全員、鉄の塊が斬れないと言われた事に驚きの声を上げていますが、ちょっと考えれば分かりそうなものです。
「薄かったり端の方だったりと変形し易い場所なら別ですけど、、厚みの有る剣で粘りの有る鉄を斬るのが無茶なのですよ。
良く考えれば分かると思いますけど、鉄の塊に剣の刃が喰い込んだ時点で、剣の厚み分を押し広げないといけなくなります。それを何とか押し広げて剣の刃を先に進める事が出来たとしても、次は変形して押し広げられた鉄が、領側から剣を押し留めようとしてきます。
例えば岩なら楔を打って割り出す事が出来ますけど、割っているので斬っている訳では有りません。鉄は割るにはちょっと粘っこいので、まず割るのは無理ですね。
容易く変形する
「そう、なのか? 俺は特級の剣ともなると鉄の塊なんて物ともしない物だと思っていたが」
あ、バルトさんまで勘違いしてますね。
「いえ、鉄の塊を切る事自体は出来ますよ? ただ、それは剣の力では無くて、剣士の腕前です。厚みの無い程に研ぎ上げられた『気刃』や『魔刃』を放つ事が出来れば、鉄であろうと斬るのに問題は有りません。でもそれは剣を用いなくても、指先でもほら――こんな風に『魔刃』で鉄の塊でも斬れてしまうのですよ。
ですから、そこに一歩届いていない人が、それなりの剣を持てば届くとすれば、剣の御蔭で鉄を斬れたと言えるのかも知れませんが、それはその人にとってその剣が鉄を斬るのに合っていたというだけですよね?
……まぁ、特殊な魔力をとことん練り込んで、触れた傍から砕けたり熔けたりする様な剣を創れたなら、剣だけでも鉄を切れたりするのかも知れませんけど、そういうのは使い勝手が悪いので物の役には立たないのですよ。
因みに、魔石の粉みたいな不純物混じりの剣では魔力の流れが乱されますから、上手い人でも逆に鉄を斬れなくなったりするでしょうね」
皆さん鍛冶仕事に興味が有って残った人達ばかりですから、こんな雑学染みた話でも感心して聞いて貰えるので、“見学”が大して出来ていない事に胸を痛めずに済んで助かります。
最後には皆さん挨拶を交わして、王都でそれなりの鍛冶師と顔を繋ぐ目的は、果たす事が出来たのでした。
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