(159)秘密のあれ。

 特別講義が終わり、その次の日には皆で城下町へ遊びに行って、更にその次の日ですが、どうやらまだまだ催し物が目白押しです。

 何が有るかといわれれば、この週はどうやら試験期間に割り当てられているのですよ。

 職人組の新人にとってはお試しの講義が入っているみたいですけれど、元からの学院生としては飛び級も考慮してのこの時期なんだそうです。


 序でに言うと、冬の間は教養を高めるとの名目の上で、半分職人系みたいな講義が多いですね。『刺繍』なんかは貴族の女子も多く取っていますし、男子には楽器の類が人気です。

 つまり、基本は屋内で出来る事です。


 いえ、屋外の講義も有りますよ?

 冬の間も『武術』の講義は有りますし、『建築』の講義では暖を取る方法も講義の中に含まれています。

 ランクが六以上になれば『武術』系の講義を受けなくても良いみたいですが、運動を奨励しているのかランク七以下の人は何かしら運動系の講義を受けなければなりません。しかし、冬の間だけは職人組を優先して、通年組からは希望者だけになるのです。


 その為、『武術』の講義も三つ有ったのが一つになるのですけれど、多分私達の多くは受講を希望するのでしょうから、凄い事に成りそうですよ?

 まぁ、『武術』の講義に人数制限は有りませんから、心配しなくても何とかするのでしょうけれど。


 冬の一月八日まで試験を熟して、九日に講義の受講申請を提出する予定となってます。

 まぁ、さくさくっと試験を熟せば、その分時間は空いて、他に気になっていた講義を詰め込める様になるのですよ。


 私の場合は『魔物学』『薬草学』に加えて、質問が有った時には伺いたいと受講料は払っていた『建築』と『機構学』も試験を勧められました。『農学』や『植物学』、それに『錬金術』と『魔法薬学』も受講料は払っていましたけれど、こちらは特に気にもしないでいたら、特別講義を見たらしい『錬金術』の先生に試験だけは勧められて、それで兎に角受講料を払っている科目は試験を受ける事にしたのです。

 因みに、『語学』『算術』『王国総合』は、一年の間は必須です。『武術』は『識別』で見えるランクに反映されていますから、試験なんて有りません。ならば全て技能のランクで良さそうですけれど、新しい知見は『識別』出来無い事からも試験は必要なのだとか。『解剖学』や『調薬』、それから『料理』は実技の中で単位を貰っていますし、『建築』もその意味では合格みたいな物ですけれど、何やら認定がどうのというので座学の成績が関わって来るみたいです。

 『魔道具』の講義では寧ろロルスローク先生の助手として動いてますから、試験云々を言うまでも無く合格ですね。


 多くの人は同じ講義を二回三回と受けているみたいですが、一発合格出来れば殆どの講義を刷新する事になりますね。

 『料理』を合格しているので次は『調理』が受講出来ます。ちょっとした趣味のつもりでしたけれど、収穫祭の打ち上げで食べた料理の数々に、私自身でもしっかりとした料理を作ってみたくなってます。

 それから『解剖学』と『調薬』を合格すれば『医学』が受講出来る様に成りますね。学習の進み具合で受講出来る講義も有りますから、まだまだ興味は尽きないのです。


「ディジー、さっきのクロール先生は何の話だったの?」

「あれは王城との打ち合わせの日程を伝えに来てくれたのですよ。魔術教本の摺り合わせですけど、随分動きが早いですね。明日王城へ向かう事になりますね」

「ディジーちゃんだけ試験勉強出来ないね」

「ディラちゃんにお浚いさせておきますから大丈夫です」


 一瞬首を傾げてから、スノウもピリカも一流の冗談と気付いて笑い声を上げました。



 でも、そんな試験期間の諸々は置いといて、今は冒険者としての再始動を祝福しましょう!


「お久し振りですよ!」


 と、放課後に冒険者協会本部に顔を出せば、その瞬間に視線が私へと集中します。

 集中した途端に緩む視線が半分以上と良く分からない状況ですけど、今日はさっさと受付へと向かいます。


 大物感というのが存在しない幻なら、私は冒険者への依頼をばんばん受けて、見せ付けるしか無いのです。

 思い返してみれば、ガズンさんもそうだったのですよ。黒大鬼くろオーガの素材を持ち帰って来たガズンさん達が、他の冒険者や商人の前で賞讃を浴びていた事を、今更ながらに思い出されます。

 ならば私も王都の冒険者が、おっと驚く様な依頼を掻っ攫っていけばいいのです。


 さて、次の不可能依頼はどれを受けましょうかね? ――と、そんなつもりで、会長さんへの繋ぎを取る為、宙に引っ掛け魔力の業を駆使して受付の窓口の前に立ったのですが、受付をしていた寡黙なリタはあからさまにほっと安堵の息を吐いたのです。


「良かった……ディジー、来た」


 不思議に思って見上げてみれば、話によるとどうやら特級の回復薬が切れてしまっていたみたいです。

 依頼した研究所でもランク一しか出来無かったらしいですね。同じ事しか出来無い『儀式魔法』で特級の回復薬を作るのは、素材の品質と下処理と運に左右されそうですから、定期的な購入には中々厳しい物が有りそうです。

 爺鬼ゴブリンの森は王都の直ぐ近くに在りますから、薬草の供給には問題無くても、植物特化の採取ナイフの存在なんて知られていないでしょうし、学院で学んだバーナさんが下処理を気にしてもいませんでしたから、そうなると運頼みになりますからね。

 案外、今のデリラの方が、王都より進んでいる分野かも知れませんよ?


 そう言えば、回復薬の期限延長の技術は王都に伝わっているのでしょうか。

 ええ、良いタイミングで思い出せましたよ。これも魔術教本に小技として載せてしまいましょう!


 ともあれ、へぇ~と思いながらも、ドンと出したのは特製回復薬の中瓶です。色は綺麗な翡翠色。

 序でに、ドンと特別製の黄金回復薬も中瓶で出しておきます。回復薬を使うと体力が消耗してしまいますから、本当に危ない人にはその体力も回復する黄金回復薬でしょう。

 どちらも中瓶ですから、五十回分ずつは有りますよ?


「……両方ランクB……良かった」


 大袈裟ですねぇと思いつつも、私としてはちょっと申し訳ない気持ちも有りました。

 手持ちにはランクCの回復薬も有りましたのに、出したのは出来の悪いランクBですからね。

 これでどれだけの違いが有るかといえば、その効果の大きさも然る事ながら、ランクが一つ違えば使用期限が約倍半分で変わってくると言われています。

 ランクBなら二百日。ランクCで約一年保ちますね。

 逆にランク六でその日の内。ランク十二ともなると作ったその場でしか効果は発揮されません。

 バーナさんのランク三回復薬で十日期限ですから、ぎりぎり冒険の役に立てるというところ。実は錬金術屋の魔法薬というのは、頼んだその場でピカリと作って、ぐいっとやるのが一般的だったのですよ。


 そういう世の中ですからランクCを出すのは遣り過ぎですし、何れ魔術教本を出版した後でなら期限延長の方法をお伝えしても構いません。そうなるとランクBでも過剰な気がしますから、手持ちで一つ落ちる回復薬の放出と言っても充分許容範囲でしょう。


 因みに出した中瓶は協会でも扱っている収集瓶です。以前は収集瓶が却って魔法薬の品質に悪さをしないかとも思ったのですけれど、どうやらその心配は要らなさそうです。

 私自身が収集瓶に入れた回復薬の経過を観察して納得した結果では有りますが、収集瓶の正体が、とある植物の魔晶石で強化された瓶との事でしたから、植物繋がりで相性が良いのかも知れませんね。


 そんな事を考えていた私の後ろに人影が。

 いえ、結構な人から見物されてはいましたよ?


「これは、色が違うな。

 つまりはこれが例の特製回復薬と特別製回復薬なのか?」


 おっと! 王都では黄金回復薬としか言ってませんから、これは啓蒙活動が功を奏してきましたかね!?

 と思って見てみれば、劇場前でデリラの報告書まで購入していった人でした。


「……良く知ってますね。こちらがマール草で作った特製回復薬、こちらの特別製回復薬には黄金回復薬と名付けて収穫祭では出品しましたよ?」


 ……危ない所です。ついうっかりこの人が報告書を読んでいる事を前提に応えを返す所でした。

 直前に気が付きましたけれど、色々と変装して彷徨く事も多いので、ちょっと注意が必要ですね。


 でも、その細身筋肉な冒険者の言葉に、受付のリタは少し挙動不審に奥へと人を呼びに行きました。

 まぁ、普通に考えれば査定出来る人を呼びに行ったのでしょう。


「知っているのか? サイバ」


 と、これもまた、見た人です。


「ああ、知っているだろう? これが……!? ――そう言えば内緒だったな。ああ、内緒の話に出て来た内緒の回復薬だ」

「!? ――成る程、例の内緒のあれか!」


 約束を守ってくれている事は有り難いですが、内緒内緒と言われてしまうのも、それはそれで何だかこそばゆいですね。

 既に当時とは状況も変わって内緒で無くても構わないとは思っていますけど、これで私が王都で噂のディジーリア――但し本物――との真実が知れ渡ったとしたら、どうにも居た堪れなくなりそうです。

 なので気付かれるまでは、やっぱり私の口からは言いません。


 そんな遣り取りをしている間にリタが副長さんを連れて来て、副長さんが難しい顔をして回復薬の中瓶を調べています。

 そう言えばマトーカ様に教えて貰った『儀式魔法』に、『天秤』とか言う価値を量る物が有りました。税の計算にも用いられているそうですから、副長さんはその手の技能に特化した人なのかも知れませんね。


「……こちらの特製回復薬は一人分で最低百両銀の五十人分につき五千両銀が底値です。黄金回復薬は一人分で最低三百両銀の五十人分に付き一万五千両銀が底値ですな。合わせて二万両銀以上としか言えませぬが、さて如何致しましょうか」


 苦しげな表情の副長さんですが、はてと考えてその理由に思い至ります。

 私は在庫処分のつもりでしたが、確かに適正な値段を付けるとなると大金になってしまいます。

 更に使用期限が二百日有ると言っても、それが五十人分の中瓶二つですから、二日に一人重傷者が出なければ無駄になってしまいます。

 だからと言って、大量の特級回復薬が手に入るこの機会を逃す事も出来ません。何故なら、冒険者に重傷者が出る時は、得てして一度に多数の怪我人が出るものですから。


 ん~……底値を提示したのにはそんな気持ちも入っているのでしょうけれど、協会のお金を無駄にしたくないと思いながらも正当な代価を提示出来無い事に忸怩たる思いを~……みたいな感ででしょうかね?

 加えて言うなら、万が一の為に冒険者協会に備えている魔法薬は、決して只では無いみたいですから、出来るだけ冒険者に借金を背負わせたくないという想いも有るのでしょう。


 理解は出来ますけど、まぁ、そんな配慮は私には元々不要の代物なのですけどね!


「底値で構いませんけれど、魔石払いなら倍額換算でいいですよ?」

「む? どういう事ですかな?」

「王城から受けた毒煙の治療薬も同じ条件の支払いにしてますけれど、私の装備を強化する為にも、色々な種類の魔石が必要なのですよ。

 王都の協会本部ですから、どんな魔石が集まってくるのかとても楽しみですね」

「……それは助かりますな。可能な限り手広く集めてお届けしましょうぞ」


 これが両得な取り引きという物です♪

 突き抜けた物が何か有ると、物々交換の方がお得に望む物を手に入れられるのではと、最近思う様になりました。

 なので、手隙の時間を見付けては、ちょこちょこその手の物が『亜空間倉庫』の中に増えるのですよ。それでこういう交換用の回復薬なんて物も確保していたりするのです。

 まぁ、私が色々作りたいというのが一番の理由なんですけどね!


 そんな私にとっても、一番手間が掛かるのが瑠璃色狼用の魔石集めです。

 随分と瑠璃色狼の中の空間も広がって、森も豊かになって来ていると思うのですが、まだまだ植林された森という感じが抜けません。

 植生で十倍にはしたいですし、小動物なんて皆無に近いのですから、ここは人海戦術に頼るしか無いのですよ。


 そして何故か不思議な事に、見物していた冒険者達から、魔石の回収に協力しようなんて言葉が私の耳にも届いて来ます。

 振り返って見てみれば、ぐっと握った拳を突き出す冒険者達。

 あれは“任せろ”というサインですけれど、何故こんなに協力的なのでしょう?

 首を傾げて疑問を顕わにしてみれば、却って興奮して突き出す拳が増えてます?


「しかし魔石での支払いとなると、益々一度では支払いきれませんな。分割となっても宜しいでしょうか?」

「ん~、分割となるのは別に構わないのですけれど、例えば私が魔石の回収を依頼して、その対価としての回復薬ならどうでしょう? 色々なと言いましたけれど、出来れば魔石の種類にも希望が有りますし、今集められる分だけでは無くて、継続して集めて貰えればその方が有り難いのですよ。

 欲しい魔石は豊かな森を思わせる魔石です。勿論森で無くても構いませんけれど、少なくとも森を蝕む生き物の魔石は要りません。鬼族の魔石なんて要らない魔石の最たる物ですね。

 そういう意味では、小動物の屑魔石は寧ろ十倍換算で構いませんし、魔晶石でもいいですよ?」


 例えば森の薬草を採り尽くしてしまうと、群生地が幾つか失われてしまいます。

 大猪鹿により、森が草原となってしまっているのがその証左です。

 例えば森の魔物や小動物を狩り尽くしてしまうと、幾つかの種は滅びてしまうかも知れません。

 いにしえの魔具の多くを現代では作れない理由の一つなのですから、これも明らかと言えるでしょう。

 つまり、殲滅する様に魔石を集める事は出来ません。継続して地道に集めないといけないのです。


 それはもう私の手に負えないと言うのですよ!


 始まりは思い掛けなくも回復薬納入の指名依頼でしたけれど、それを対価とした魔石払いでは、どうにも価値の高い魔石を中心に掻き集められそうな気配が有りました。

 でも、正直そんな魔石なら、自分で集めてしまえるのですよ。

 なのでちょっと視点を変えて、私からの魔石の長期収集依頼の対価として、回復薬を前払いする事を思い付いたのは僥倖でした。

 私が依頼する側なのですから、集めてきて貰う魔石の種類だって指定出来ます。

 当然その歩合を私の好きに決める事も出来ます。

 流れのままに決めてしまいましたけれど、最高の選択では有りませんかね?


 今迄も諸々の対価として数々の魔石を手に入れていますけど、それらは空いた時間を見付けて片っ端から瑠璃色狼に打ち込んでいます。

 それも結構大量に。

 それでも足りないと思っていましたが、ここは冒険者協会なのですよ。

 合わせて百回分の特級回復薬を本部だけで独占するとも思えませんし、恐らく王都だけで無く周辺の町にも、回復薬の分配と共に依頼が出されるに違い有りません。


 考える程に素晴らしく有りませんかね!?


 思いも寄らぬ幸運にこっそり興奮していましたが、副長さんが冷静に話を詰めた結果、最終的には次の様になりました。

 則ち、私への代金の支払いは全て魔石払いです。

 当然ですね。冒険者協会としては、そのまま私にお金で支払うよりも、そのお金で魔石を購入して支払った方がお得なのですから。

 その話の流れの中で、王都で手に入らない魔石なら三倍換算という話もしましたから、もう各地の森系統魔石が冒険者協会の力で集められる想像しか出来ません。

 その上で、支払いの期限は回復薬の期限の半年後としましたから、協会側の負担も大きく有りません。


 副長さんとお互いがっつりと握手をする事になりました。

 回りの冒険者達も大騒ぎです。


 冒険者協会側としては、万が一にも駆け込んでくる重傷者に対して、特級の回復薬が足りないという事態を回避できて安心です。

 そして冒険者側からしても、協会に行けば必ず特級の回復薬が有る状況は、諸手を挙げて大歓迎されるみたいです。

 オババとしてなら兎も角、ディジーリアとしては余り足を運んでいませんでしたが、吃驚する程に好意的に捉えられています。


 うーん、良く分かりません。

 謎の大物感は存在しないと言われましたから、これは何がどういう作用を起こしたものなのでしょうかね?

 大物感が無いのなら、何かしらの噂が出回っていたりしそうですけど……。


 でも、待機場所にはいつも通りに目が淀んだ冒険者が屯していますし、此処に集まっている冒険者の中でも直ぐに頭を撫でて来ようとする人程何故か遠慮している様に見えますし、やっぱり良く分かりません。


「屑魔石は何か考えねば成らないでしょうな。冒険者はポケットに忍ばせるなりと協力しても、多くの屑魔石は市中に出回っているでしょうからな。その回収には梃摺りそうです」


 私がそう悩んでいる間も副長さんは何やら検討していて、悩みを口にしながらも解決策は頭に有るのか、にやっと口元を歪ませるのでした。



 さて、時間を取られてしまいましたけれど、私が協会に来た元々の用事は別に有るのです。

 その為にも一度会長室へとお邪魔したのですけれど、そんな私に掛けられたのは、ちょっと申し訳なさそうな協会長さんの言葉でした。


「まぁ待て。今までは不可能と諦めていたが、解決出来るとなると色々調整も必要でな。済まんが回答が返って来るまでもう少し待っていて欲しい」


 そう言われてみれば、確かに思い当たるところも有ったりします。


「そう言えば、錆沼の毒液は鞣し剤に使われているらしいですね」

「うむ、良く知っているな。そういう訳で、錆沼で言うなら界異点の数を減らすのか、それとも広がってしまった隧道を狭めるのか、今時点での本当の望みが何なのかを確かめておる」

「……まぁ、私としても解決したつもりで責められては敵わないので、しっかり詰めて欲しいですね」

「随分物分かりが良いな?」

「物語では良く有る展開ですからね!」


 実際に、そんな感じで面倒事に巻き込まれる主人公の作品は、幾つか読んだ事が有ります。

 それを考えれば協会長さんの計らいは、有り難い限りですね。


 何より、知る人ぞ知ると言えば聞こえはいいですけど、知らない人は聞いた事も無いという感じの不可能依頼では、私の噂の手助けにはなりません。

 そう思った私は、再びの窓口で、適当な依頼を見繕って貰いました。

 その中から、普段なら手を出さない隣町への護衛依頼を手に取って、私は冒険者協会を後にしたのです。


 ええ、護衛依頼は次の休みの日です。

 そうで無ければ流石に手を出したりはしませんよ?



 ~※~※~※~



 ディジーリアが冒険者協会から去って行くのを見送って、集まっていた冒険者達はそっとその息をいた。


「成る程、あれが秘密のあれか……」


 口にしたのは中々に求道的な雰囲気の有る男だ。


「バルカスか……奴の事を知っているのか?」

「あ? ――梟の石工の、サイバだったか? それは調べるさ。馬鹿共相手にあんな立ち回りをされてはな。――いや、お前も知っていると考えていいんだよな?」

「それは当然。――秘密だという事は?」

「それは受付嬢に聞かされた。だから俺は秘密にはしているが――冒険譚とやらは回し読みされているな」

「ぐふっ」


 サイバは思わず口元を手で押さえたが、男は容赦無く言葉を続ける。


「しかし秘密とは何だ? これだけ大勢の目前であれで無ければ持ち得ぬあれから回復薬を取り出しておいて、内緒にするとはどういう意味だ? しかも空中に立っていなかったか? ――むぅぅ、分からぬ」

「ぐはっ――き、気にしない方がいいぞ? 恐らく少し……いや、盛大に抜けているのだろうさ」

「待て、それは特級相手に不敬が過ぎる。必ずや何かの意図が有ったに違い無い」


 秘匿された噂の伝播は迅速に、しかし捻じ曲がり三回転捻りが加えられながら、静かに広がって行くのだった。

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