(16)完璧には程遠い、なのです。

 あれから多分五日が過ぎました。

 流石に刀造りとなると大作で、間に睡眠を入れない訳には行きませんでした。

 それでも五日で刀に加え、剥ぎ取りナイフと革細工まで済ませているので、今の私は完全装備なのです。暫く装備の更新は要りません。

 ですが、折角の装備も宝の持ち腐れ。毛虫相手では役不足も役不足なのです。

 ふふふふふ、と含み笑いを溢します。

 これは、本格的に、森の奥へと入る時が来たのかも知れないのですよ、と。



 新しく打ち上げた一振りは、鉄を鍛え上げる段階で、透き通る瑠璃色をした大森狼の魔石を半分程加えました。その為か、地肌が透明な瑠璃色の輝きを纏っています。

 その後、打ち上げた後で、残りの大森狼の魔石と、リダお姉さんに用意して貰った魔石を十一種類、元々持っていた毛虫の魔石二種類を加えたので、刀身のむねしのぎ――刃以外の部分――には、色取り取りの魔石色の筋が入っています。

 魔石色の筋。これを、魔石の筋と言わないのは、その言い方が適切とは思わないからです。筋は、鉄の組織を押し退けて入っている訳では無く、鉄に重なる幻の様に其処に存在するのですから。


 私の魔力が伝わりやすい様にと、柄は刀身と一体に拵えた総鉄製。焼きを入れれば収まりましたが、その柄を握って魔力を通せばゆらゆらと紋様が揺らめく事からも、これが鉄に刻まれた筋なのでは無く幻の様に絡み付く紋様だという事が分かるのです。

 折角魔紋や魔法陣の復習をしてきたというのに、刀身に入った魔力の筋が、動く紋様だというのでは役に立ちません。そもそも、『識別』で魔紋の効果が見れなければ、結局のところ役には立てられなかったのですけれど。


 その点、毛虫殺しの紋様が余り動かなかったのは、やはり魔石を打ち込む前に、私の魔力で魔力の道筋が出来ていたという事なのでしょうか。

 ならば、刀身強く、切れ味鋭くを心に置いて、魔力を流した時の紋様をも落ち着かせる事が出来たならば、その時はきっといい効果が得られる様に思うのです。


 そうして出来上がったこの一振り。刀身に浮かんだ紋様は、少しばかり手を加えて、絡み付く蔦か何かに見える様に調えました。そうして見れば、緑を主にして赤、茶、黄色、他にも様々な色取り取りの紋様が、瑠璃色の地肌に浮かび上がり、まるで蒼穹に映える花咲く一枝の様な姿となりました。


 しかし、この刀に打ち込んだ主たる魔石は大森狼の魔石です。よって、名付けて、【大刀】瑠璃色狼。立てれば私の顎まである大刀は、きっと凡ゆる敵を、その鋭い牙で屠ってくれる事でしょう。

 大森狼は歪族といった魔物では無く、森に棲む獣の類いです。つまりは赤蜂や黄蜂に似たもので、所によっては霊獣や聖獣とも呼ばれる獣の仲間なのです。

 大抵の場合は魔獣と呼ばれていますけれどね。

 毛虫殺しとはまた違ったかおを見せてくれそうで、今からとても楽しみなのです。


 そして鞘は大量に有る毛虫の蔕のタールを使って、内側に魔力を封じる魔造の黒鞘です。刀を研ぐ代わりに割り取った欠片でもって、鞘には蔦が這う様な補強も入れて、更に蔦の無い地肌の部分が狼に見える様な工夫まで凝らしました。

 勿論全て魔力を漏らさない特別細工ですけれど、刀身と一体の柄の部分だけは、鞘と同じ様にして作った魔造の黒い柄袋が必要になってしまってと、少し間抜けになってしまった感が否めません。


 因みに柄には、銀貨を熔かして鍍金しているので、見た目はえらく煌びやかです。

 芸術品と言われれば納得ですけど、冒険者の腰に有るのは違和感が絶えない様な、そんな派手派手しい逸品。これが似合う様になるには、金糸と銀糸を織り込んだ、派手なローブが必要になるでしょう。

 白銀の鎧というのも考えましたが、何故だか金属鎧はこの刀には合わない様な気がするのです。


 そんな瑠璃色狼を一振り打ち上げた事で、壁を一つ乗り越えたのでしょう。

 刀の後に作ったのは、投げナイフを兼ねた総鉄製の剥ぎ取りナイフでしたけれど、すいすいと丸で滞りなく、流れる様に造り上げる事が出来たのです。


 黒革鎧の右肩に二つ、左肩にも二つ。腰のベルトの右側に二つ、左側に二つ。鍛え直した剥ぎ取りナイフが一本に、追加の剥ぎ取りナイフが七本の、合わせて八本のナイフです。

 持っていた鉄の量では足りなかったので、今まで屑鉄扱いしていた壁際の花を幾つか潰して、『根源魔術』で成分調整して鍛え直すところまで含めても、全部合わせて一日掛からなかったのはどういう冗談かと私の事ながら呆れるのです。

 今なら同じ瑠璃色狼を打ったとしても、半分程の時間で作る事が出来るでしょう。

 ふふふふふ……私の進化は留まる事を知らないのですよ。


 リダお姉さんに用意して貰った魔石は十一種類ですが、瑠璃色狼に使って余った分は、歪豚オーク歪蚯蚓ワーム大森蜘蛛デリチチュル森犬デリガウルの四種類。それに元々持っていた毛虫の魔石が二種類しか残っていません。

 毛虫でも、頭と胸で二種類の魔石が有ったのですから、各種族一種類では無くて、もっと有っても良さそうなのですけれど、其処のところはよく分かりません。普通の魔物は歪豚オークすなわち芋虫の様に、胸だけにしか魔石を持たないのかも知れないので、毛虫と芋虫の他に魔物を知らない今はまだ判断が付かないのです。

 魔物教本には魔力の集まる場所に魔石が出来ると有ったので、胸だけとは限らない――いえ、もしかすると頭までとも限らずに、爪や牙にも宿る物なのかも知れないとは思うのですけれど、まぁ、そこは自分で確かめてみるしか無いのです。

 兎に角、それぞれの特色を持たせて各一本ずつ。毛虫は魔石が二種類有りましたけれど、それは一つのナイフに使って、それで五本のナイフが出来上がりました。


 研ぎの代わりに割り取った欠片で作った、全部入りのナイフが一本。これは小さな瑠璃色狼なのですから、本体と対にしておくのがいいと思う一本なのです。


 残る二本は、特に面白味の有る魔石も残っていませんでしたので、魔力を絡めるのに毛虫の魔石の歪みを使いながらも毛虫の魔力自体は取り除いて、代わりに私の魔力を込められるだけ込めた変わり種です。

 試しに作ったにも拘わらず怖ろしく手に馴染むと思った感想も何の其の。何と、私の魔力で掴むまでも無く宙に持ち上げる事が出来ました。

 つまり、独りでに浮くのです。

 他の刀やナイフにも、私の魔力はたっぷり注ぎ込んでいますので、何れ他でも出来る事なのかも知れませんが、今はこの上ない私の取って置きの奥の手なのです。


 全ての鞘は、毛虫蔕タールの魔造の黒鞘。改造した黒革鎧に加えて全ての装備を身に着けると、厳つくなった新生ディジーリアが現れたのでした。


 いざ出陣と扉を開けて、しっかり鍵を閉めてから、いつもの様に足を踏み出したのが失敗でした。

 軽く前に出した足が空を切り、いつもならそのまま壁際を落ちていくだけの筈でしたのに、体が沈むその前に、ガツンと一つ膝の後ろで、肩から提げた瑠璃色狼が壁の凹みに引っ掛かってしまったのです。


(ひあああ~~~~っっっ!!!!)


 零れそうな悲鳴を押し殺し、引き攣る手足を無理矢理動かし、頭の上を過ぎゆく壁に一突き入れて、ぐるりと回転する壁を足を伸ばして押し留め、何とか四つ足で着地した時には、頭がガンガン五月蠅い程に鳴り響いていました。


 油断は大敵なのです。

 何気に、過去一番の危機だったと思うのですよ!


 動ける様になってから、背中の瑠璃色狼を確かめてみましたけれど、補強された鞘には傷一つ付いていません。ほぅっと一息、一安心なのです。


 鞘を回して、腰の後ろに横向きに結わえてみれば、――小路に入る時につかえそうです。

 だからと言って普通に腰に下げようとしても、――引き摺ってしまうのでそれも駄目です。

 やはり身に着けるには、肩から背中に背負う他には有りません。

 つまり、私が瑠璃色狼を含めて、私の体の形として覚えなければならないという事です。

 何とも厳しい要求なのですよ。


 ですけど、これからも増えていくだろう装備を考えると、変わった体の形に直ぐ様適応する力も必要だと思えるのです。

 ならば、特訓有るのみ! ……なのですけれど、五日籠もった今必要なのは、きっとたっぷりの水での水浴びなのですよ!


 と、考えてから、装備は要らなかったと気が付きました。

 浮かれるにも程があるのです。

 変わった自分の形に尻込みしながらも、無事に部屋まで再び戻り、装備を解いたらお出掛けです。


 まずは作業場の水瓶を、荷下ろし用の桶に入れて地上へ下ろし、残っていた水を「活力」で温めて、手拭いで体を拭います。すっきりしたら、残った水と序でに水袋の中の水も、空き地の隅の秘密の菜園に撒き捨てました。うんちなんかも、畑の横で、燃やしてしまえばお仕舞いなのです。

 菜園には森の薬草を植えてみたのですけれど、中々根付かないのはやっぱり森では無いからでしょうか? 今度は魔石も一緒に鋤き込んでみるのもいいかも知れません。毛虫の魔石なら、溢れる位に手に入るのですから。


 空になった水桶を木陰にそっと隠したら、荷下ろし用の桶は上げて、代わりに今度は水汲み用の桶を手に、噴水広場と往復するのです。

 また暫くしたら出掛けるつもりなので、数回の往復で充分です。鍛冶もしないなら、体を拭う位しか使う事は有りません。

 しかしそんな数回の往復でも、日が昇ってからの移動だと、巡回する騎士達や森へと向かう冒険者達が行き交って、その中を擦れ違っていくには厳しいものが有りました。


 幾ら『隠蔽』が私の姿を隠すとは言っても、秘密基地をばらしてしまう様な行動は、酷く心を苛むのです。


 ――いつでも水が手の届く所に在ったらいいのに。


 それは秘密基地で暮らし始めてからの夢では在りましたけれど、夢故に叶わないとも思っていた事でした。

 デリラの街を流れる水は、ほぼ全てが領城の中心に丘を貫いて湧き出ている水だと聞いています。

 つまり、勝手に井戸を掘って水を汲む訳には行かないのです。

 水を手に入れるには、しっかりとした手続きで家を手に入れた人が許可を得て家まで水を引いて貰うか、近くの噴水広場から汲み上げる他に有りません。住んでいても疎らにしか人の住まない南地区には、噴水広場が作られる事は有りませんし、そもそも私は公的にここに住んでいる訳では無いのです。


 ですが、よくよく考えれば、夢でしか無かったことも今は昔。

 直接水を呼び出せそうな『四象魔術』ではなく、色々工夫を凝らさないといけなさそうな『根源魔術』では有りますが、私は魔術を使える様になっているのです。

 更に錬金術屋のバーナさんとも知り合いになっていますので、相談だって出来るでしょう。

 この前魔石に随分とお金を使ってしまいましたけれど、森に入れる様になった今となっては、魔道具を買えるくらいに稼ぐ事も、難しい話では有りません。

 偶には贅沢だって、きっと許して貰える筈なのです。

 私はもう、水をいつでも手に入れる事が出来る、そんなところに手が届く様になっていたのでした。


 水瓶に水を汲んだら、荷上げの桶に載せて部屋へと運び、今度こそ本当にお出掛けです。

 やっぱり装備は身に着けておきたいので、もう一度完全装備のディジーリアに変身です。


 折角持って帰ってきた芋虫の牙ですが、どうにも使い道が有りません。ゾイさん達にはばらしてしまいましたし、これは売ってしまいましょう。

 もしかしたら、水の魔道具の足しになるかも知れませんし。


 余った魔石に角の髄は、何かに使えそうなので置いておきますけれど、剥き出しの髄は見るからに無防備なので、余った角のタールでくるりと包み込んでしまいました。ジャラジャラした魔石と一緒に、奥の部屋の棚の中に入れておくのです。

 今はまだ想像も出来ませんが、魔法の杖に使ったりすると、とても面白い事になりそうで、少しドキドキするのです。


 作業場を片付けて、売りに行く牙を背負い袋に放り込みます。

 この袋とも二年の付き合いです。継ぎ接ぎをして寿命を延ばしていますけれど、そろそろこれも買い換え時です。

 でも、どうせなら、防水のしっかりした布を買ってきて、自分の動き易い様に作ってみるのがいいかも知れません。冒険に出れる様なちゃんとした背負い鞄となると、私の体格に合った物は店には置いていないのが常なのですから。


 そう思って見渡せば、まだまだ冒険に出る準備が整っているとは言えないのです。

 冒険に出るのなら、ちゃんとした背負い鞄に、寝袋、天幕、煮炊きするなら小鍋も要ります。水の魔道具は必須でしょう。日持ちする保存食は冒険の直前でいいとしても、足りない物が多過ぎます。

 要らないなんて思っていたゾイさんの無くした磁針にしても、森の奥に入れば必要になる時が来るかも知れません。


 愛読書の『ブラウ村のステラコ爺』にも、野営の準備品については書いてありましたが、頼りになるのは現役の冒険者です。

 ガズンさんはもう戻って来ているでしょうか? いえ、もう軽く十日以上が過ぎているのですから、戻って来ていておかしく有りません。

 何日も掛けて森の中を探索する、ガズンさんに聞けば問題は有りませんよね!


 そうと決めたらお出掛けです。

 まずは冒険者協会で芋虫の牙を売って、其処にガズンさんが居れば話を聞いてみるのです。

 その後は、急いで商店街に行かなければなりません。そろそろ夕日が差してくる時間ですので、お店が閉まってしまうのです。

 作れる物なら革で作った鞄がいいと思うのですけど、無ければ丈夫な布でも構いません。最高の素材を揃えようにも、皮を残す魔物なんて滅多に居ませんので、普通に獣の皮が手の届く材料になるのです。


 ……そう言えば、黒革鎧や鉄布の胴着、籠手に帽子に黒革のブーツ、そういった防具の強化はしていません。勿論それ以上の素材で作り直すなんて事はしませんけれど、魔力で強化は出来そうです。

 鞄の作成と一緒に試みるなら今日の夜。ふふふ、中々私を寝かせてはくれないみたいですよ?


 秘密基地の扉に鍵を掛けて、今度こそと瑠璃色狼を手に持ったまま、壁の上から飛び降ります。

 苦手を苦手のままに残しておくと、それはいつか大きく成長して、弱点へと変わってしまうと言うのですから。

 『ステラコ爺』さんの教えは偉大なのですよ。


 何事も無く、無事にくるんと一回りして、すとんと地上に着地なのです。

 さあ、冒険の準備をしに、出掛けようでは有りませんか!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る