(15)冒険者協会の受付嬢は、無茶をする妹分を心配する。
新しくあたし達の妹分となったディジーが、花畑での事件を報告に来てからは、怒濤の様に日々が過ぎていった。
花畑の調査に人を遣れば、花畑の周りに
支部長の指示によって、緊急告知と
高々
「これは、上位種が出るな」
渋みの有る支部長の声が耳を打つが、あたしの心配は募るばかりだった。
いっそ秘密と言われた秘密基地に突撃しようかと考えたけれど、そんな時間も作れない程に次から次へと報告が上がってくる。
「見える範囲に百体は居た」とか、「こんな怪我を俺がするなんてあれは変異種に違いない」だとか、「これはきっと赤蜂の呪いだ」なんてものもあって、そんな報告がまた逃げ帰ってきた冒険者に多い事を考えると、
それでいて調査を出さない訳にはいかないから、益々仕事が増えるばかりだ。
その心痛の半分以上は、惚けたディジーがふらふらと姿を見せた事で解消されたはいいけれど、その次の日には
「いやな、俺じゃねーんだよ。けど、牙は見せて貰ったから本当だぜ?
大量の
待ち合わせが有るとサッサと帰ったゾイに恨みを抱いたが、彼は粗暴な冒険者の中でも信用出来る中堅処だ。疑うべきところはどこにも無かった。
「うむ、まぁ、予想していたよ」
落ち着き払った支部長の言葉に苛立ちを感じても、領主に上げる報告書の量が減る事は無い。
幸い支部長が作成していた予測に、既に
しかし、度胆を抜かれたのはここからだ。
次の日、夜明けを待って幾組もの冒険者達を調査に送り出した。
朝になると、魔石を求めてディジーがやって来た。
「今ならー、この前の馬鹿共が死なせた黄蜂とー、赤蜂に森犬の魔石も有るわねー」
「おおっ!! 全部、全部下さい! 幾らですか!?」
「ちょっと待ってよ、数はどうするのー?」
「
「
大きな魔石には、直ぐに買い手が付く為に、冒険者協会でも手元にはなかなか残らない。
特に、鬼族の魔石は数も多く、利用法も確立されている為、
歪族の魔石もある程度以上に大きければ魔道具などに利用されるが、小さな物となれば余りがちだ。それでも強化には使えるので、初級冒険者の小遣稼ぎも含めて、冒険者協会では常に買い取りを行っている。
黒大鬼にも迫る大森狼の魔石が残っているのは珍しいが、剣による深い切れ込みが入って
それでも、ディジーが薬草採集でかなり稼いでいるとは知っていたけれど、ぺちりと即金で二十両出してきたときには、無防備過ぎると窘めた。
でも、この時、何故
ディジーは大事そうに魔石の入った袋を抱えて、「今日から暫く引き籠もるのです」と言いながら、資料室の中に入っていった。
そんな癒しの時間がお昼前。
昼を過ぎて、一度ディジーが資料室から出て食事を取っているのを見た後に、続々と調査に出した冒険者達が戻ってきた。
皆が口を揃えて、知らない上級冒険者が出張ってきたりしていないかと聞いてきた。
彼ら自身上級に入り掛けの腕にして、驚く程の手際の良さで葬られた
殆ど全てが首を一突きか撥ね飛ばされて、全て一撃の下に葬られていたというその死体。
夕刻になって戻ってきた冒険者からは更に詳しく、
或いは特級――ランクA以上の冒険者――が来ているのでは無いかと言う彼らに報酬を渡し、帰るというディジーに森へ行かない様念押しをして、その日もまた一日を終えた。
まぁ、特級となれば別格だ。
デリラの街では支部長や領主様ぐらいしか特級は居ないから、彼らが想像出来ないのは仕方が無い。
そして次の日。
殆ど話が出来ないままに帰ってしまったゾイと、最近一緒に行動している事の多いグディルが連れ立って、冒険者協会にやってきた。
「あー、そりゃ、ディジーだな」
「アイツ、アホやろ? 報告もしとらんのか?」
愚痴るあたしに返ってきた答えは、想像もしていなかった内容だ。
「そんな! ディジーは森で毛虫しか見ないって!」
げんなりとして視線を交わした二人が、同時に溜め息を吐いた。
「
「あれは正直反則やろ? 見えへん脅威って何やねん?」
「まー、
「
一拍置いて、あたしを見詰めながら声を合わせて言う事には。
「あんなんの相手もするなんて、受付嬢ってのも大変だな!」
「あれに関わらなアカンなんて、受付嬢ってのは大変やな!」
カッと頭に血が昇ったのも、きっと仕方が無いことだ。
暢気な二人は頬にあたしの手形を付けて、あたしは頭に支部長の拳骨の瘤を拵えて、涙目でどんだけ心配しているのか分かってんのと切れたあたしが慌てた三人に慰められる事になって、キッと睨み付けながら
持っている『隠形』等の、出来る限りの身を隠す技能に力を注ぎ込みながら、ディジーの秘密基地に辿り着いたあたしが見たのは、一心に鎚を振るうディジーの姿だった。
「ディジー? ちょっと、お話が有るんだけどー?」
そう声を掛けてみても、丸でこちらに気が付いた様子を見せないディジー。
キンキンと重なる槌音ばかりが鳴り響き、時折目の前に透かす様に持ち替えている。
「ディジー!? あたしを無視したりなんかしていいと思ってんのー!?」
何度声を掛けても、ディジーは応えない。
でも、肩を揺さぶったりという事は、何故か憚られて、手が出なかった。
そう言えばと思い出す。
昔見たディジーの技能に、『集中』が有ったかも知れない。
『集中』の効果は熟練の加速。『集中』自体も鍛えられていたとしたら、声を掛けた程度では気が付かなくても不思議では無い。
少し冷静になって辺りを見渡せば、ディジーの前には切り株の様な金床があり、左手側には鍛冶仕事をするには頼りなく見える火鉢が置いてある。更にその左には水を湛えた大きな桶が有り、その手前に粘土の様な土が入った木箱がある。右手を見れば昨日ディジーに売った魔石が整然と並べられ、それとは別に山を成しているのはどう見ても
数日分の食料に見える果物や乾肉と一緒に、でんと邪魔者の様に少し外れに置かれているのが、大きな二本の白い牙。
それを見て、あたしはその場にしゃがみ込んだ。
「ディ~~ジ~~……」
非常識な妹分は今も変わらずキンキンと鎚を振り、時折火鉢に
ぎょっとして目を見開けば、鉄の棒を持つ手は素手だ。赤熱する鉄の塊を、素手で掴んで丸で堪えていない。
見れば火鉢から立ち上る煙も、見えない筒を通ってでもいるかの様に、壁に空いた煉瓦一つ分の煙穴から外へと出て行く。
鍛冶なんてしながら、幾つの魔術を操っているのかと空恐ろしくなりながら、それでも丸であたしに気が付いていないディジーに不安になって、目の前を遮る様に手を振った。
それでも気が付かない。そもそも目を開けていない。
そう見て取る間にも、得体の知れない力でディジーの側から押し出された。
こういう相手には覚えがある。
王都で知り合った一流の職人がこんな感じだった。
作業に没頭している間は丸で周りの様子に頓着せず、邪魔をする何かには無意識の内に迎撃していたのを思い出した。
思えば、ディジーは前から職人顔負けの装備を自作していたというのに、あくまで可愛い妹分としか見ようとはしていなかっただろうか。
守ってやりたい妹分が、独り立ちしていくのを本当のところでは想像出来ていなかったのでは無いだろうか。
それも、あれだけ情けなくしょぼくれたディジーの姿を見ていれば仕方が無いかと想いながら、あたしはあたしの知らないディジーの姿に、どこか寂しさを覚えるのだ。
今のディジーにはきっと何をしても気が付かない。気に留めない。
完全敗北したあたしは、肩を落としてディジーの下を去る他は無かった。
その夜、あたしはコルリスの酒場で浴びる様に酒を呷っていた。
「もう! お姉ちゃん! それくらいにしたら?」
血の繋がった妹が窘めてくるけれど、妹だってあたしの事を言えない筈だ。
「ああ~~、もうダメだ~~……あたしはダメな受付嬢なんだ~~……」
うなだれて見せたあたしに、妹が口を尖らせる。
そういう仕草はガズンの前ではしなくていいと、お姉ちゃんは心配だ。
それにしても、突っ込みが妹だけじゃ、面白くない。
「もう! お姉ちゃんまでディジーみたいな真似をして!」
「何だ、ディジーもやってんのか? ……ったく、ガズンの奴がいりゃー、ここまで大変じゃ無かったろーに。……大丈夫かねぇ、あいつらー」
ガズン達は、
「まー、あいつらは何だかんだ帰って来るだろうけどねー」
暫くガズン達の無事を念じてみるが、今夜の酒は、ガズン達に捧げた物では無い。
あたしは真面目に妹の目を見詰めてみる。
「ディジーがいつも毛虫が大発生していると言ってたよなー? 今日、ディジーの言う毛虫が
「え? え? ええっ!?」
「
「ええーーーっっっ!?!?」
「ああーーーー!! あたしは駄目なお姉ちゃんなんだーーーー!!」
「そ、そ、そんなこと言ったら、わ、私も駄目なお姉ちゃんだーー!!」
それにしても、あの毛虫の姿をした毛虫ぐるみ。
アレが無ければもっと早くに気が付いたかも知れないのに。
ディジーが顔を出したら、絶対にきつく取っちめてやらないといけないと、あたしは妹としっかり胸に誓うのだった。
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