(169)ブリーフィング

 何がそんなに憂鬱かと言えば、ホホウリムの町の操り人形を割り出す為に、町にホロホロ音を流すのは危険ですし、恐らく意味が無いからです。

 もしもそのホロホロ音に効果が有ったとして、突然豹変しての事件を一斉に起こされては抑え切れません。

 それに役所に来た操り人形が偶々ホロホロ音を聞いてしまって豹変しても馬脚を露すだけですから、恐らくヘキドナス支部長さんへの音色が幾つも有った様に、役目によって音色は変えているのでしょう。

 つまり、ホロホロ音に頼る事無く、一人一人を調べ上げないといけないのです。


 その事自体は時間を掛ければ調べる事は出来るのですけど、きっとその過程で“前の”私がされていた様な人体実験か拷問の記憶を延々と見る事になるでしょう。

 それがどうにも憂鬱な気分にさせてくるのですよ。


 そんな気持ちを抱えつつも、何かしら簡単に操り人形にされた人を見分ける方法は無いかと調べていた時に、王都から応援の騎士が到着しました。


 ――代官屋敷に立ち寄って、それから、では有りますけどね。


 ガロモスさんと知り合いらしく、下で話をしていますが、その内此処に上がってくるでしょう。

 この部屋に来ても現状の認識しか出来ませんし、騎士様達にお願いしたい仕事は寧ろ書類仕事なのですけどね。


 机を皆片付けた特別対策室の会議室に並べられているのは、操り人形にされていた職員が十五人と、夜の襲撃に交じっていた操り人形の住人が二十一人、三眼蛇ラージャの構成員が五十人程と、まぁ足の踏み場も無い状態です。

 その真ん中で私だけ椅子に座って、私としては“念”を駆使して集中して調べているのですけど、傍目から見ればきっと謎の光景では無いでしょうか。


 まぁ、簡単な状況はガロモスさんから予め伝えて貰えると思いますから、そこに要らない気を回す必要は無いでしょう。

 おお!? ……どうやら下でガロモスさんが荒ぶっていますね?

 それもどうやら牽制のつもりみたいですし、実力は足りていなくても警戒心を忘れていませんから「再提出」ですかね? いえ、この件を任せられるかでは無く、助手としてならガロモスさんも「許可」かも知れません。

 残念な事に、応援の騎士は「却下」です。そんな贅沢は言ってられる状況では有りませんから仕方有りませんけどね。


 やがて気配は二階へと上がって来て。私の居る会議室の扉前までやって来ました。

 ノックの音と共に扉は開かれ、会議室に入ってくるガロモスさんと応援の騎士ともう一人、ここホホウリムの町の代官です。

 応援の騎士は、私の姿を認めてちょっと目を丸くしています。


「ディジーリア殿!? 件の冒険者とはディジーリア殿の事だったか。大隊長も人が悪い」


 その台詞からすると私を知っていたみたいですけど、私はこの人の事を知りません。

 どうやら私の知名度も、学院と騎士団限定で結構高まってきているみたいですね。

 まぁ、町娘風の格好でも気付かれてしまうのは、この赤い髪色が特徴的なのかも知れませんけど、確かにこうした事の積み重ねが“大物感”の正体と言われたなら、目の前の騎士の反応も込みで納得出来そうです。

 魔力も“気”も向けられていないのに、を感じるとか言っているのと同じなのですよ。それまでの経験や知識から、無意識の内に感じ取っている未来予測みたいなものなのでしょうね。


 そんな考えを巡らせていると、ガロモスさんが騎士と雑談を続けました。


「ん? 知り合いか?」

「……まぁ、王城で訓練する隊長格には知られているな。

 しかし壮観だ。これだけの犯罪組織に潜り込まれていて、それを僅か一日で捕縛したとは」

「町の中にはまだまだ居る筈だ。お前も他人事では無いだろう? 王都はここからも近い」


 荒ぶっていた筈のガロモスさんは、今は落ち着きを取り戻して暢気に会話している様に見えて、実は怒り狂っています。忸怩たる思いってものも有るのでしょうね。

 それを韜晦して表に出さない様にはしていますけど、夜の襲撃が有った時にも、かなり荒れて大変だったのですよ。

 今も雑談をして見せ掛けているのは、私が見極める為のちょっとした時間稼ぎです。昨日の夜から、陣幕の中の武将の如き気構えなのですよ。


 それに対してどうやら隊長らしい騎士はまだ認識が甘いです。と言っても、昨日の夜に私が王様へ伝えた情報が、まだ未確定の僅かな情報でしか有りませんでしたから、仕方無いのかも知れませんけどね。

 私も私で学院に帰る為に引き継ぎを~、みたいな事しか言いませんでしたのは反省です。

 それにしたって、現地の騎士を無視して王城に応援を頼む時点で、多少は面倒な事態と察せられるとは思うのですけどね?


「応援の騎士様ですかね? 引き継ぎ出来る人をお願いしたのですけど、大丈夫ですかね?」


 事情を知っていれば呆れた顔をされてしまうのでしょう。

 実際に気を張り詰めているガロモスさんも、この時ばかりは少し気が抜けた顔をしましたし。

 ですが、此処を戦場と認識していない騎士では分かりません。


「う、うむ、文官も夜には到着するから安心して良いぞ」


 私の言葉にひるみはしても、込められたちょっぴりの皮肉には気付けません。

 ガロモスさんが、今度は少し表情を鼻白ませました。


 いえ、意地悪も程々にしておかなければいけませんね。

 思ったよりも、学院に行けそうにない事が、私のストレスになっているみたいです。


「いえ、残念ながら無理そうです。

 此処は戦場です。その認識が出来ていません。

 役所に何十人も犯罪組織の構成員が居る町の代官なんて、協力者か何かと疑わないと駄目ですよ?」


 現実を突き付ける私のその言葉に反応したのは、静かに臨戦態勢を維持していたガロモスさん。

 私が全てを言い切る前に、ガロモスさんは代官の頭を鷲掴みにして、そのまま壁に叩き付けて、更に床へと打ち付けていました。

 そこからまた拳を振り下ろそうとしていますけど、流石にそれ以上は止めますよ?


「あー、気持ちは分かりますけど、そういうのは後にして下さいねー。はーい、回復薬ですよー。ちょっとびくってしますけど、素直に喋れば酷い事にはなりませんからねー。大人しくしてて下さいねー」


 何故か『威圧』も掛けていないのに、私の一瞥でピタリと動きを止めたガロモスさんから代官を引き取って、素直に喋ればなんて口にしながらも『魂縛』です。


「な!? な、何を!?」


 ガロモスさんよりも余程ランクは高い筈なのに、棒立ちのままでいた騎士はもう駄目です。後を任せる選択は有りません。

 翻ってガロモスさん……も、ちょっと、どうなんでしょうね?


「鈍いな。聞いた通り代官は犯罪組織の協力者だったという事だ。

 序でに言うならここに横たわる四割近くは、犯罪組織によって操り人形にされた被害者だ」

「バラム戦帝国の傀儡くぐつ兵ですね。それにしては、三眼蛇ラージャとか名乗っていたり、その三眼蛇ラージャの中にも傀儡にされた人がいたりしていますけど。

 つまりは結構な面倒事ですから、その心構えが無ければ応援も務まりません。無理と言ったのはそういう事です」


 序でに言うと、これがバラム戦帝国の傀儡兵と同じ技術と私が看破出来たのは、“前の”私の記憶が有るからです。

 それこそバラム戦帝国に、傀儡兵とされていた“前の”私――嘗ての西方三国の一つ、ディミス王国の六の姫――シルス王の娘ティリルの記憶が。


 もう、何て言うかですね、ちょっとこのところ“前の”私を刺激する様な出来事が多過ぎるのですよ。

 それで無くても、記憶持ちが関わる話題が多い様な気がします。


 とは言っても、大きいのは王様との関わりと、ついこの間の王城でのずぼらさんのあれこれくらいですけどね。

 ただ、一度取っ掛かりが出来てしまうと、そこから紐解く様に思い出せてしまうのが記憶持ちの記憶です。もう私は“前の”私の事を、色々と知ってしまったのです。


 “前の”私、ティリルもどうやら『根源魔術』の遣い手で、そうですね、力は水甕一つ持ち上げるのでやっとでも、その繊細さは鍛冶打たれる鉄の中の構造を容易く看破する程度には有ったみたいです。

 言ってみれば、それは“念”の細やかな扱いに長けている事を示しています。


 その才能故なのでしょう。ティリルは、バラム戦帝国に攫われ、操り人形の傀儡兵とされていても、自分が何をしているのかを自由にならない体の内側で全て見ていました。

 それ故に壊れ、絶望したところも有ったかも知れませんが、その記憶が私に教えてくれるのですよ。

 目の前に居るこの操り人形にされた人達が、バラム戦帝国の傀儡兵と同じなのだと。


 “前の”私の記憶に時折映り込む、使傀儡兵の姿は、それこそ糸の切れた操り人形の姿でした。無気力で、自発的には動かず、命令が無ければ腰を下ろす事も無く立ち尽くすだけの“人形”です。

 ヘキドナス支部長の姿を見た時に覚えた違和感は、こうして捕らえた三眼蛇ラージャの構成員や、その犠牲者を実際に調べて確信に至りました。


 “前の”私の事情は、飽く迄も“前の”私ティリルの事情。

 ですが、その仇とも言える相手が、のこのこと私の眼前に現れて悪事に勤しんでいたりすれば、それは既に私の事情です。

 それも町の住人を傀儡兵とする最悪の改造をされていると知れば、これはもうティリルの事情も何も関係無く完全に“敵”です。


 王様に連絡した昨夜ならばいざ知らず、今の私にはこれを良く分かっていない他人に任せるつもりなんて、実は欠片も有りません。


「バラム戦帝国の傀儡兵!? 最悪の邪法じゃないかっ!!」


 ですから、未だに驚くばかりで意識が切り替わっていないこの騎士では「却下」なのです。


「まぁ、王城で見掛けた騎士様の誰が来ても、引き継ぎなんて出来ませんけどね。ですが応援をする心構えも出来ていないのでは話になりませんから、応援部隊の取り纏めはガロモスさんにお願いしましょうか。

 実際武力が必要になる事は余り有りませんから、応援部隊にお願いしたいのは囮と聞き込みと説得、それから資料の調査なのですよ。

 それは私でやるには手が回りませんからね」


 実際問題として、今は一刻一秒も惜しいのです。

 昨夜から朝に掛けては、私達もまだ状況を把握し切れていない中、延々と侵入を試みる三眼蛇ラージャの相手をしてきました。

 襲い来る三眼蛇ラージャの構成員は、私達にこの街が陥っている状況を知らしめる事になりましたが、逆に何の情報も得られず仕舞いの三眼蛇ラージャは混迷を深めるばかりだったみたいです。

 誰もが寝静まった夜更けに策謀し活発に動いたのですから、監視していた私にはその殆どの拠点が判明する事になりましたから。

 本当なら今直ぐにでも動いて、全ての拠点を制圧したいところですけど、厄介なのが傀儡兵は音で操られている点です。

 大勢の住人が起きて活動を始めた朝に、そんな音色を大音量で鳴らされては目も当てられません。


 まぁ、実際には代官が情報収集して戻るまでの間くらいは余裕が有るのですけどね。

 焦っても仕方が有りませんから、私としては三眼蛇ラージャの頭の中を覗く作業を続けるしか有りません。

 でも、こんな襲撃に参加する構成員なんて下っ端でしょうから、全てを知っている訳は無くて、取り零したノッカーの一つをポンと叩かれただけで傀儡兵の住人が暴徒と化してしまうなら、慎重にならざるを得ないのです。


 尤も、応援の騎士が到着したというなら、それもそろそろ切り上げ時です。

 状況を進める事に致しましょう。


「まずは状況を整理しましょう。

 傀儡兵はそう簡単に見付けられませんが、音色一つで操られてしまいます。その音色も、ベルの魔道具の様な物を何度か叩くだけ、もしくは笛をヒョロヒョロと鳴らすだけですので、何も気付かせずに速攻で制圧しなければ混乱を引き起こす事になるでしょう。

 もしもそれを掻い潜って傀儡兵を使役する音色を鳴らされたとしても、それを解除するらしき音色も探り出していますから、何とかなるとは思いますけどね。

 でも、使役するのと解除するのとで板挟みになってしまうと、被害者の負担が大きそうなので、解除するよりも『魂縛』してその場で確保してしまう予定です。

 そして治療ですが、この人達って自分とは違う創られた人格を知らない内に植え付けられているみたいなものですから、ちょっと簡単には治療出来そうに有りません。『祝福技能』の様に外付けされている物では無いので、それだけを壊すのが難しいのです。下手に――いえ、慎重を期しても、何人か廃人にしてしまいましたからね。

 あ! 実験はガロモスさんが許可を出した犯罪者でしてますよ? 実験志願の協力者が沢山来てくれましたから、実はとても助かっているのです」


 因みに、被験者から記憶を引き出すのには“念”が大活躍しています。目当ての記憶をて、更にどうやら読み取るのも“念”の御蔭です。

 それなら記憶と同じ様な後付けの人格を忘れさせるのもと思うかも知れませんが、どうも記憶はなる事は有っても、機能は脳味噌に備わっていなくて、“念”でもどうにも出来ません。それで言うなら後付けの人格は元々普段は思い出せないのですから、元より何をする事も出来無いのです。

 そして、最終手段と後付けの人格部分に『確殺』しようとして出来上がったのが、巻き添えで元の人格部分も壊された息をするだけの廃人です。いえ、その息をするだけというのも、数日の内には息を引き取りそうですね。


 一つ自分でも不思議なのは、恐らく初めて人を手に掛ける事になってしまったのに、特に何の感情も浮かんで来ない事でしょうか。

 まぁ、今までは各地で輝石越しに盗賊退治をした際も、その辺りの蔦で縛り付けての放置でしたり、『魂縛』しての運搬でしたりと、極めて穏便に対処して来ましたが、それは私がそう出来るだけの実力が有ったからで慈悲の心から為した事では有りませんでした。

 もしかしたら慈悲に見えるその振る舞いには、“前の”私が傀儡兵にされて意に沿わない事をさせられていた反動も有ったのかも知れませんけど、同じ傀儡兵の記憶が私から容赦を無くしているのでしたら、まぁ巡り巡っての因果というものなのでしょう。


 彼らも自分達がした事の始末なのですから、治療の算段が付くまでは保っていて欲しいものです。

 治療法が確立した後なら……『確殺』してしまった方が良いかと思ってしまうのは、私が酷薄なのでしょうかね?

 でも、傀儡兵のを“”彼らに引き継がせる訳には行きませんから、そこは王様と相談かも知れません。


 そんな風に現在の状況を説明してから、応援の騎士にお願いしたい内容を伝えます。


「そういう状況ですから、三眼蛇ラージャ拠点の制圧は私がします。応援の騎士様方は、『魂縛』した構成員と、恐らくは傀儡兵にされた人達の名簿か何かが有るでしょうからその回収をお願いします。

 傀儡兵にされた人達は、その処置を施されている間を、妖精シーに誘われた事にして誤魔化されていました。当初は行方不明扱いされていても、町に戻って来た時点で、これも三眼蛇ラージャの手引きが有ったのでしょうが記録が抹消されています。

 なので、手掛かりは犯人側の持つ情報が一番確実なのですよ」

「それから三眼蛇ラージャを確保する際も、犯罪者の捕縛とは取られない様に、妖精シーの界異点に異常が生じて妖精郷事件に巻き込まれた者に呪いの症状が出ている事にする。併せて役所で検査と治療の受付をしていると触れ回れば、奴らのリストで漏れていた被害者候補が居たとしても、自分の足で出向いて来てくれるって算段だ」

「事前情報も無しに、町の住人全員を私が調べる訳にも行きませんからね。確実に被害者と分かっている人をそれなりに見た後なら、傀儡兵の見分け方も分かるのかも知れませんけど、ちょっと自信は有りません。

 それに、相当昔から活動していそうですから、町から出た人達も居るでしょうし、取り零しは今更ですね」

「俺としては全員でも調べて欲しいところだが仕方が無い。代わりに音色での確認で後日被害者が判明した場合には、ディジーリアに指名依頼を出す。他に有効な手立てが見付かればそれに頼るがな」


 ガロモスさんも私の言葉に続けて、夜中に散々話し合った結論を補足します。

 もしも応援の騎士の中に傀儡兵が居たら? ――その時は動きを変えたその瞬間に取り押さえます。

 もしも応援の騎士の中に三眼蛇ラージャやその背後に居る者達の仲間が居たら? ――それこそ傀儡兵より分かり易いそんな人が紛れ込んでいたなら、嬉々として情報を吸い上げる事になるでしょう。


 輝石は既に配置済み。

 職員に紛れ込ませた筈の構成員も沈黙したまま、普通に営業している役所を恐れた三眼蛇ラージャ達は、息を潜めて代官の報告を待っています。

 お店でお茶をしている構成員も、散歩している振りの構成員も、拠点で待機している構成員も、全て補足しています。

 始めると決めたその瞬間に荒事は全て終わらせて、後は憂鬱な作業です。


 さぁ、始めましょうか! “前の”私の悔恨と、これからの私の安心の為に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

冒険者になるのです冒険者になるのです私は冒険者になって自由に生きていくのです。 みれにあむ @K_Millennium

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画