(168)ほいほい。
ホロホロとホロホロ鳥の鳴き声の様な音が響き渡った後、直ぐに動きが有りました。
ヘキドナス支部長の眼前の魔道具からは、三拍程遅れて折り返しの連絡らしきホロホロ音が。それでヘキドナス支部長の様子が虚脱というか解脱というかした状態から、何かの任務の待機状態みたいになりましたから、多分私が鳴らしたピンピロポコポン音で狂っていた筋書きは、彼らに取っての正常状態に戻ったのでしょう。
そして、ヘキドナス支部長も何かに取り込まれているのが確定したのです。
役所の中では六名程の男女が、ホロホロ音が鳴り響いた途端に動きを変えました。
もう晩ご飯の時間にも拘わらず仕事をしていた人達ですから、早く帰る為に集中しているか、或いは少しだらけて気を抜きながら仕事をしているか、或いはもう完全に休憩に入っているかでしたけれど、集中していた対象が仕事から別の何かに切り替わって、動きもその目的だけに向けられた感じで、言ってみればホロホロ音を機会にして意思が別の何かに切り替わったみたいで、まぁ変です。
三人程は仕事には一切注意を払わなくなって、一定間隔で視線を動かして
でも、動きを見る限り、どうも操られている側の人達しか居ません。山道での襲撃にはちゃんと纏め役みたいな人が居ましたのにね?
――とか思って観察していましたら、冒険者協会ホホウリム支部でも動きが有りました。
音も無く協会の中に入り込んだその人は、見た目は山道での纏め役に良く似た格好をしていました。
闇に紛れる様な色合いをした特徴の無い服に、三つ眼のお玉杓子の紋章です。
そう言えば、役所で動きを変えた人達も、お玉杓子のアクセサリーを何処かしら身に着けていますね。
その男は、迷う事無くヘキドナス支部長の居る小部屋へと向かって、そこにヘキドナス支部長の後ろ姿を認めると、ピョロロゥ♪ ピョロロゥ♪ と小さな笛で本当に小さく音色を奏でます。
するとヘキドナス支部長が口を開いて――
「赤い髪の娘。
年の頃は十歳足らず。
遣わし蛇と
この後役所へ向かう予定」
と、これは男に聞かせられませんので、男の耳に届けるのは別の声です。
「緑の光る狸。
年の頃は三千歳。
遣わし蛇は蒲焼きにされて狸の晩飯。
宿を見繕ってから四時間後に役所に余った蒲焼きの差し入れ」
男の動きが固まりましたが、ヘキドナス支部長と違って表情が有ります。
なのでこの男は使う側。
門番もヘキドナス支部長も役所の面々も使われる側。
ですがこの男も、役所や代官屋敷から教会へ向かった訳では有りませんから、他にも拠点は在るのでしょう。
三つ子の共鳴石でも珍しいのに、四つ子の共鳴石とは豪勢です。
再びピョロロゥ♪ ピョロロゥ♪ と鳴るその音色。
再び私が伝える怪しい狸と差し入れの話。
「成る程……狸族には事を大袈裟に膨らませる虚言癖が有ると聞く。緑髪の狸族の老人。光るというなら光石を大量に抱えていたか? 脅威は不明。しかし何かを見られた可能性は否定出来ず」
そう言って踵を返したその男が教会を出た後で、ヘキドナス支部長の眼前で「ピリピリピリピリ♪」と魔道具が違う音色を奏でます。
無言で隠し扉を閉めて鍵を掛け、倉庫の入り口の扉を閉めたヘキドナス支部長が、受付まで戻って其処で意識を取り戻しました。
「お? おお、もう誰もおらんのか。ならば儂も帰るとしよう」
そして冒険者協会は戸締まりされたのです。
つまり、山道での纏め役も、怪しい男が立ち去った先から派遣されて来たのでしょう。
役所の使われ六人は、足止め以上の役割を負ってはいないと見ました。
そしてあの紋章はお玉杓子では無くて蛇で、
その人達が、妖精郷事件の名を借りて、誘拐と洗脳に
でも、きっとそこまでの答えではまだ三十点かそこらしか有りません。
特級の支部長を本人にそうと悟らせる事も無く言い成りに出来て、町の住人も暫く誘拐すれば操り人形に出来て、なんて事は、人目を忍ぶ一介の組織に出来る話では無いのですよ。
翻ってみるなら、それこそ大々的に、国を挙げて人体実験したりすれば、実現してしまうかも知れませんが。
――それこそ、バラム戦帝国がそうだった様に。
まぁ、憶測を遊ばせていても仕方有りませんから、そろそろ準備が整ったらしい役所の中へと入りましょうか!
そう考えて、私は役所の扉を、そっと押し開けたのです。
――コロン♪
と扉に付けられた鉦が鳴った時には、入り口前で待ち構えていた男女の間を擦り抜けて、私は中程に居た騎士様の隣まで足を進めていました。
「――ええ、先程の音色は、夜勤の交替の時間を知らせるものなんですけどね、時々調子が悪くておかしな時間に鳴り響く事が有りまして」
「ほう――交替時間の知らせを時告げの魔道具に組み込むとは中々考えている。世の中に広まれば、待ち合わせには便利になりそうだ」
「まぁ、昼は鐘の音に頼れば良いですが、夜には鳴らしませんから」
そんな事を言っていますが、あのホロホロ音について説明しているのは、ホロホロ音が鳴った途端に倉庫に『判別』の魔道具を取りに行った怪しい一人です。
定められた動きしか出来無い絡繰り仕掛けと思わせて、こういう自然な遣り取りが出来るのは厄介です。
それでも感じる心が単調で、妙な目的意識というか命令に従っている感が有りますから、気付いてしまうと結構違和感として分かり易いのですけどね。
「
しれっと会話に交ざってみれば、二言三言雑談を続けた後に、ふと不思議な物に気付いた様子で私を見下ろして来ました。
「……こんな時間に誰の子供だ?」
口に出したのは大柄な騎士様の方で、魔道具を取りに行った事務の怪しい人は無言です。
成る程、目的を達成するのには不要な本当の雑談では、応じる切っ掛けにはならないという事ですかね?
騎士様との会話は、怪しまれない為に必要な行動として定められていたものだったのでしょう。
取り込まれていない人間が外から見れば、心を感じたり思念術が使えたりしなくても、きっと違和感を感じるに違いないその様子。
まぁ、私はその手の話は良く知ってましたから、今更驚きとかは有りません。
人を
“前の”私を傀儡に仕立てて、父王への刺客として向かわせた、忌むべき技です。
それがここに有る事に思う事が無いでも有りませんが、まぁ、疾っくに滅びた国の技術なのですよね。
残党が生き残っていたのか、それともその知識を受け継いだ記憶持ちが居たのか……。
私としては“前の”私との区別は付けているつもりでしたが、私の手の届く範囲で好き勝手されては話は別です。
“今の”私にとっても
まぁ、直接の関係は無い相手だとしても、同じ様な犠牲者を量産している組織を潰せば、多少は“前の”私にも魂の安寧は齎されるでしょうから。
ですけど、間違えてはならないのは、今目の前に居るこの人は“前の”私と同じく傀儡にされた被害者という事です。
この人を責めても、意味なんて有りません。
「普通に役所に用事が有って来ましたけど、窓口が見当たりませんよ?」
「うん? ――ああ、町の住人では無いのか。そっちは夜には店仕舞いだな。其処の暗くなっている一角だ。――で、何の用だ?」
「王都から商人を護衛して来たのですけど、途中の山道で山賊が出まして、まぁ撃退したから構わないのですけどこの町の商人も協力していたみたいなのですよ。冒険者協会で訊ねましたら役所に王都から来た精鋭騎士が居るからそちらに相談してみてはと言われまして。――騎士様ですよね?」
矢継ぎ早に繰り出したのは、この騎士様を巻き込む為です。
この怪しい人達が何をしてくるつもりかは分かりませんけど、密室で怪しい人しか居なければ、証人になる人が皆無です。
それでは私の言葉に信憑性も無くなってしまいかねません。
ですがそんな懸念も杞憂だったみたいです。
「うん? まあ、黄樹騎士だがな。駐在騎士のガロモスだ。一応王都所属だが、ホホウリム出身でホホウリムに赴任したほぼホホウリムの騎士だな。――で、山賊に会ったというなら門番に伝えそうなものだが、留守にでもしていたか?」
「良く分かりませんけど、何か錯乱して話が出来ませんでしたよ? 協会の支部長さんには、妖精郷に連れ去られて頭をおかしくした人が結構居ると聞いてますけど、そんな人が門番しているのはどうなんでしょうかねぇ?」
「……酷い話を聞いたぞ。そういう事なら話を聞こう。まず出会った場所と時間――」
「いえいえ!? お待ちを、ガロモス殿! 記録を取る規則になってますので私を忘れて貰っては困ります。それに、『判別』だって必要でしょう?」
「嘘なんて吐きませんよ?」
「いや、『判別』の魔道具を使えば、それが見間違いだったとしても真実と照らし合わされる。冤罪を防ぐ為にも必要な処置だ。――確かに立ち話でする話でも無い。こっちだ――」
と、まぁ、怪しい人達にとっても証人が居るのが規定の対応なのか、私は小部屋へと案内されました。
因みに、黄樹騎士とは文官寄りの騎士様達です。勘違いしてはいけないのは、力が劣る騎士が黄樹騎士に成るのでは無い事です。優れた文官が騎士を目指して、黄樹騎士に成るのです。
王城でもばりばりに働ける文官の能力を持った騎士。重宝するに違い有りませんね。
小部屋に入ると怪しい人が率先して、入って右側の席に着きます。私はその正面の席を促されて、騎士様は入った扉に背を向ける席に座りました。
怪しい人は『判別?』の魔道具を設置したり、記録紙を取り出したりしていますけど、全部知っていると無意味な準備は巻きでお願いしたくなりますね。
「では改めて、だな。出会った場所と時間から聞こうか」
「山賊が現れたのは王都側の山の峠付近ですね。木の間から三人の蛇族か何かみたいな人達が這い出てきまして、やぁ! って挨拶するみたいに毒蛇を振り上げて牙を突き立てようとして来ましたから、ちょっとその手首を捻って彼ら自身にその毒蛇の牙をプスリと刺して上げましたら、そのまま木陰に戻っていったのですよ。
そこで私達の行く手を塞ぐ様にして表れたのが、ホホウリムの町で商会を開いているというブロッホとかいう人です。で、この人が毒蛇を使って暗殺しようとした事を自供しまして、私も護衛ですから口上を聞く義理も有りませんし、森の中に潜んでいた人含めて纏めて町まで連行したのですけどね、それを見た門番が行き成り豹変して私達の方を責めようとしたものですから、ちょっと吃驚させてみましたらですね、それで正気を取り戻したのか真面な対応に戻ったのですけど、また山賊を見せたらおかしくなりそうでしたから、門番には説明しないまま冒険者協会に相談に向かいました。多分時間は夕ご飯時分ですかね」
因みに、怪しい人は私が話し始めてから徹頭徹尾赤く光る魔道具を前に百面相を繰り広げています。
騎士のガロモスさんはその様子を物凄く訝し気に見ています。
まぁ、私が平然としていますから、怪しい百面相の異様さが浮き立ってしまったのですけどね。
「いや、な。あれを前に何か無いのか?」
「え? 私は嘘を吐いてませんからあれは別の何かが原因ですよ? いえ今日は大雨で大変でしたから見間違いが有ったのかも知れませんし今日は冬の一月十日で寒さで頭も働きませんし明日は一月十一日で昨日は一月八日で明後日は十二日明明後日は二月月騎士様は男で目の前の人は老婆で鬘で遅れてますよ赤点けて青点けないで赤消して青点けないで赤点けて青点けて赤消さないで青消さない!」
はい、早口でした。
表情は無くとも遣り切った感の強い怪しい人は、終わった時点で『魂縛』です。
操り人形状態の人は、決められた事しか出来ませんから、頭の働きも弱いと思ったのは正解でしたね。
それにしても、赤と青が同時に点いて紫になった時は笑ってしまいそうになりましたよ? せめて片側だけしか点かない様には出来なかったのでしょうかね?
「…………どういう事だっ!!」
と怒鳴るガロモスさんですが、残念な事に答えは決まっているのです。
「妖精郷事件を隠れ蓑にして、犯罪組織の操り人形に仕立て上げられた人が随分入り込んでいるみたいですね。扉の隙間から吹き矢で狙っている人含めて『魂縛』しておきましたけど、他にも居るでしょうから少し憂鬱です」
「な!? ――こ、こいつ!!」
背後を振り向き、実際に扉が少し開かれて、そこから見える人影が握り拳を口の前に構えているのを見て、ガロモスさんは椅子を蹴立てて飛び退きました。
まぁ、私が『隠蔽』して音は漏らしていないのですけどね。
序でに扉の怪しい人も『隠蔽』範囲に取り込んで、魔力の腕で小部屋の中に引き摺り込んで、扉は閉めてしまいます。
「まぁ、王城に応援を呼ばないといけないでしょうから、王様には連絡しておきます。その人達は傀儡にされた被害者ですから、無体な事はしないでくださいね? ――はい、これが山道で襲って来た蛇族の人とその纏め人。そしてブロッホ何某とかいう商人ですね」
「――へ、陛下に連絡すると気軽に言う、お前は一体何者だ!?」
「王様とは縁が有ったとしか。ランクCの冒険者でディジーリアです。毛虫殺しのディジーリアとして名前ばかりは王都でも有名になりましたけど、まぁそのディジーリアですね」
この時点でブロッホ何某達を隠す意味も無くなりましたから、『隠蔽』を解いて他の人と一緒に並べておきます。
まぁ、ブロッホ何某は暗殺の依頼主で、
そして私は驚愕の表情を浮かべるガロモスさんに、私が知るホホウリム事情を語って聞かせたのです。
何故ってそれはこれから役所に
まずは既に役所に入り込んでいる操り人形な人達を、ホロホロ音と浮かせた
まぁ、明らかにおかしな挙動で襲い掛かって来ましたからね、真面な職員も納得するしか有りません。
それが終わった頃になって、ちょこちょこ
朝方には
それだけ大きな動きをするのですから、
そんな密かに騒がしい夜も明けて、出勤してくる職員さん達を、
まぁ、“前の”私の記憶からすると、無駄に終わる可能性が高いですから、最優先は操り人形部分を壊せないかになりますけれど。
『魂縛』し続けるのも面倒なので、“黒”にも手伝って貰っていますが、どうもそっち方面に解決の手掛かりが無きにしも非ずな気がします。
「俺の……俺の故郷が何時の間にこんな事に……!!」
出勤してくる職員の惨状を見たからか、今になって現状を認識してガロモスさんが嘆いていますけど、私にしても嘆きたい気持ちなのですよ。
今日は学院に帰れないのは確実ですし、それに今日からは町の住人の精査という憂鬱な時間が始まるのですから。
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