(167)蝕まれしホホウリムの町

 ホホウリムの町でゴゾーさんと別れた私は、その足で冒険者協会へと向かいました。

 因みに、依頼の報酬は既にゴゾーさんから受け取っています。依頼書にサインも貰っていますね。

 この手の依頼は冒険者協会はほぼ絡みませんから、報酬は直接手渡しです。

 では依頼書へのサインは何の為かと言うと、ランクに表れない実績という物なのですよ。


『おう、俺達は丸菱商会の依頼を普段受けてんだが、今は手が空いてるからあんたらの護衛を引き受けてもいいぜ? ほら、こんな感じだ』

『おおう、結構なベテランですな。それでは宜しくお頼みします』


 みたいな感じで、実績の束を見せ付けての遣り取りが始まる訳です。


 当然私もデリラの街中での雑用依頼では、分厚い束に成る程の実績の依頼書を持っています。

 その御蔭でお手伝い先もどんどん増えていきましたが、まぁデリラでしか通じませんし、今更雑用依頼を漁る事も無いでしょうから、記念品的な感じでデリラの家に飾っていますけどね。


 ゴゾーさんのこの実績依頼書は、王都に来てから記念すべき五つ目です。

 他の実績は、大猪鹿の納品分と、王城への毒煙特効薬の納品、ホバイネン石工ギルドへのクアドラ石の納品、冒険者協会への回復薬の納品は、補充する度にサインを貰える事になっています。

 サイファスさんの剣と王様の剣は、サインどころか代価もまだですし、赤呪の森での一件はまだ確認が取れていません。

 王様から黒狼隊の訓練相手を指名依頼でと言われて対応したのも、何処へ行ったのかという感じです。


 因みに、商人ギルドで受けた依頼は商人ギルド側で管理しています。

 クアドラ石の納品なんかも、最近は商人ギルドからの直接依頼ですね。他にもちょこちょこ暇潰しに私で作れそうな物は引き受けて納めたりしていますよ?


 まぁ、特級にもなればそちらの方が肩書きとしては大きいのですけれど、ただ、実績依頼書の束が厚くなるのは素直に嬉しかったりしますから、こういう依頼書へのサインは貰えるだけ頂きたいですね。

 『識別』すれば本物かどうか分かりますから、それなりに信用の置ける証明になるのです。

 まぁ、デリラみたいに関わる住人が皆顔見知りな場所では、こんな紙より噴水広場での噂話の方が参考にされていたりもしますけど。

 そういう意味でもあの依頼書の束は私の為の記念品なのですよ。


 まぁ、そんな依頼書にも幾つかルールは有りまして、一応冒険者協会が仲介した依頼書は、始めと終わりに冒険者協会の印を入れる物となっています。

 私もゴゾーさんの依頼書にホホウリムの協会印を入れて貰うつもりですから、それでホホウリムの冒険者協会支部に寄った序でに、ちょっと相談しようと思っていたのです。


 この、『隠蔽』を掛けて宙に浮かせたままの悪漢達の扱いを。



 いえ、本来ならこんなのは、入り口の門で詰め所の騎士様に引き渡せば終わる筈なのですけどね、その騎士様がちょっとどころでは無く変だったのですよ。


「此処に来るまでの山道で山賊に出会ったのですけど、どうしましょうかね?」


 私が宙に浮かせたそれらを示しながらそう言った途端に、その騎士の形相が変わったのです。

 ええ、読み取れる感情も丸で人格が切り替わったかの様な急変振りに、私は驚きつつもその騎士様が罵声を上げる直前で、ちょっと強烈に『魂縛』してみたのです。


 騎士様が意識を停めている間に、宙に浮かせた物は『隠蔽』してのやり直し。

 強烈過ぎる『魂縛』が故に、解いたら直前の記憶も飛ばしていた騎士様が、宙に浮いた賊徒無しでの再演に応じます。


「此処に来るまでの山道で山賊に出会ったのですけど、どうしましょうかね?」

「む、それは何処だ? 山賊の人相や数――」


 今度は真面な反応を示しましたから、再びの『魂縛』で記憶を飛ばしての三回目。


「護衛依頼で無事到着しました! 冒険者協会は何処に在りますかね?」

「それなら通りの左手を見ながら十軒程先に行けば、“ナイフと薬草と皮”の看板が見付かるだろう」


 その言葉を聞いて、私は『隠蔽』した荷物と一緒に町の中へと入ったのです。

 何と言うか考える事が多くて上手く纏まりません。というより、まだ情報不足で何も結論は出ませんね。

 取り敢えず、別れたゴゾーさんに御守り代わりの輝石を飛ばして、私は人気ひとけの無い夜道を冒険者協会へと向かいます。

 まだ何とか遅い夕食で通じそうな時間ですけど、冬場ですから辺りは真っ暗で、近くに魔の領域も無い此処ホホウリムの冒険者協会支部は、外から見ても何処か閑散として見えました。


 何処も同じ様子の冒険者協会ホホウリム支部の扉を開けて、正面に二つ並んだ受付の一つにはお年を召したお爺さんの姿。姿は見えませんけど、どうやら奥にももう一人居ますね。


「おや? こんな夜更けまで御苦労様じゃな。――うむ、何て名前じゃったか……喉元までは出て来ておるのじゃが」

「…………いえ、ホホウリムの町は初めてですから、初対面ですね!」


 ちょっと反応に間が空いてしまいましたよ? しかも動揺が表れての無駄に元気な返事をしてしまいました。

 ……何でしょうね? 門番さんに続いて、この人も何か変です。


「おお! そうじゃったか。儂はこのホホウリムの支部長をしておるヘキドナスじゃ。こんな夜更けに依頼でも無かろうが、何の用事じゃろうかの?」


 言葉は好々爺とした感じで紡がれるのですけれど、何て言うか感じる心の中が空っぽです。

 お年を召しているから故の静謐さでは無く、空虚です。

 歳を取っていても支部長で特級なら矍鑠かくしゃくとしていそうなのに、物を考えたりという切っ掛けになる部分での衝動が、丸で何も無いかの様な手応えです。


 まぁ、特級故に心を読ませない技を持っているのかも知れませんけれど。


「ええ、護衛依頼で先程王都から着いたばかりですので、依頼書に協会印が欲しいのですよ」

「おお! それはご苦労さんじゃ。こんな幼子おさなごに無理をさせよって。せめて手前の村で一泊すれば良いものをと思うが、それを言っても詮無い事じゃな」


 ですけどどうにも思考を介さない垂れ流しに感じてしまうのですよ。話題を振っているから反応しているだけで、私が黙れば黙りそうです。

 実際に私を幼子と呼びながら、その私が護衛をする側なのに何の疑問も抱いていなかったりと不自然にしか思えません。


 まぁ、門番が門番でしたから、私が無駄に警戒しているだけかも知れませんけどね。


 でも、これだけ垂れ流しで言葉を紡いでくれるなら、聞けば何でも町の事情を教えてくれそうです。

 協会印の入った依頼書を返して貰って、私は早速それを試してみるのでした。


「それにしても、結構大きな町に思えますけど、まだ晩ご飯程度の時間で閑散としてますねぇ」

「それも仕方無いじゃろうなぁ。昔は妖精シーの界異点で栄えていたが、あれらが姿を消して長いからのぅ」

「討伐し尽くしてしまったのですかね?」

「いや、はっはははっ、そんな馬鹿な真似は誰もしておらんよ。界異点が在っても、町の特産は多様な薬草じゃったからのう。界異点は突然現れるのと同じく、消える事も有るのじゃろうて。儂らは妖精の引っ越しじゃろうと思っておるよ。

 何、今でも昔の質とは比べ物にはならんが薬草は採れる。昔の賑やかさはもう帰って来んじゃろうがのどかな暮らしもそれはそれで良いものよな。

 今でも妖精郷事件は起きておるから、何処かに妖精達の界異点は残っておるのかも知れんがのぅ」

「……何ですかね、その妖精郷事件って」

「おや? 王都には伝わっておらんのかの? 稀に、と言っても昔はそれなりに起きていたものじゃが、妖精達がその住み処に人を誘う事が有るのじゃ。言ってみれば妖精達による拐かしじゃな。それを妖精郷事件と呼んでおる。

 まぁ暫くすれば戻されるから大した事件でも無いが、妖精郷とは即ち界異点の中じゃからな、常人では耐え切れずに心を病んだりするのもおったな。じゃからと言って界異点を潰す選択は無いからのう、痛し痒しというものじゃよ。

 妖精郷はとても美しい場所と聞いておるからのう、儂も一度は行ってみたかったものじゃよ」


 う~ん……話は繋がっている様に聞こえますけど、どうにも警戒が外せません。

 門番さんが豹変したのは、殺し屋のにょろさん達をその眼で収めた時でした。

 今は好々爺に見えますけれど、特級の支部長が豹変すると危険ですね。


 ですから違和感の正体を掴む為にも、危なそうな話題を避けて支部長さんとの会話を続けます。

 この町は王領ですから、代官はどんな人なのかの話を聞いてみたり――

 支部長さんのご家族の話を聞いてみたり――

 近場に盗賊団が現れたりしないのかを聞いてみたり――

 王都の冒険者協会本部とはどんな遣り取りをしているのかを聞いてみたり――


 そんな中で、奥に居たらしい受付嬢さんが、「今日は上がりますぅ~」と出て来ましたら、支部長さんが、


「おお、お疲れさん。明日も宜しく頼むよ」


 と答えましたから、そこで私は身動きを止めて黙ってみました。

 支部長さんはですねぇ、受付嬢さんが帰って扉が閉まる音が鳴ると、目の前に私が居るのを忘れた感じで席を立って、受付の奥へと引っ込んだのですよ。

 そして帰り支度をしてまた戻って来た時に、私が其処に居るのを認めて、変わらぬにこにこ好々爺顔で言葉を零したのです。


「おや、こんな夜更けにお客さんかな? どうしたのかね?」


 変です。――ええ、もう、言い訳のしようが無く変ですよ!?

 私が動きを止めて、私からの次を促す刺激が無くなったから、受付嬢さんが帰ったという刺激に従って動いたのでしょうか?

 そしてまた戻って来た時に、受付前に居る私という新たな刺激に反応でもしたのでしょうか?


「先程お聞きしました妖精郷の話ですけれど、町の門番にも妖精郷に攫われた人って居るのでしょうかね? 門番さんに道中で会った盗賊の話をしましたら、突然豹変して、しかも襲われた私の方に詰め寄る感じでちょっとおかしかったのですよ」


 そんな相手ですから、こうして情報を盛り込んだ台詞を言えば、支部長さんが妖精郷の話をしたお客さんとしての話が続く――のですよね?


「うむ、門番をしている騎士ならそれだけ森にも出るじゃろうからの、妖精郷を訪れた事も有るやも知れん。しかしお嬢ちゃんを責めるというのは変じゃな?」

「そうですねぇ~……盗賊の仲間に蛇族とでも名前が付きそうな人達が居た事を伝えたからでしょうか。……いえ、もしかしたら盗賊の持ち物を見せてから人が変わった様になったかも知れませんねぇ。三つ眼のお玉杓子みたいな、変な紋章が付いてました」

「ふむぅ……揃いの紋章なぞ、結構な組織が動いておるのじゃろうか。しかしそれならお嬢ちゃんは門番から逃げて来たという事かのぅ?」

「え? いえいえ、ちょっと吃驚させましたら我に返って、普通に町に入れてくれましたよ?」

「ふぅむ、良く分からんのう。分からんが、無事なら大した事では無かったのじゃろうな。門番も何かを勘違いしたのじゃろうて。

 それよりももう遅い、早く帰った方が良かろうの」

「そうですね。

 あ! そんな感じで門番さんに詳しい状況をお伝え出来ていないのですけど、盗賊の情報は何処に知らせれば良いのでしょうかね?」

「うむ、昔から薬草採取ばかりの協会には荒事が出来る冒険者はおらんでな、その手の話は役所に持ち込んで貰うしか無いのぉ。役所なら交替で王都の精鋭騎士も来て下さっているから安心じゃよ。大通りを真っ直ぐ行って代官屋敷の直ぐ手前じゃ」

「そうなんですね! それではこの後に寄ってみます!」


 普通に聞けば至極真っ当な遣り取りですけど、ここまでの経緯でおかしさが判明している支部長さんが言うと怪しみしか感じられません。

 協会の扉を出た直ぐの場所で、支部長さんが出て来るのを待ってみますが、全然出て来ないのもその予感を後押しするのですよね。

 今は帰り支度の儘、ぼーっと動きの無い支部長さんですけど、この意思の感じられない様子が物凄く変です。

 色々話を聞いた内容にしても、どうにも危機感を詰めた水袋に穴でも空いている様な気がしてなりません。

 特に妖精が絡んでいると、人攫いの被害者が出ていると分かっているのに笑顔ですし、盗賊に対しては一応眉を寄せてはいましたけれど、結局最後のあの様子では、その意思の無さそのままに何も感じてはいないのでしょう。


 つまり、物凄く変です。

 ゴゾーさんを除き、門番さんに続いて二人目に会った人でもうこの調子です。

 まさかと思いますけど、これってこの町全体の――って、支部長さんに動きが有りましたけど、え!? 何ですかね、これ!?



 ~※~※~※~



 その時、冒険者協会ホホウリム支部を去って行った赤毛の少女を見送って、そのままその閉じた扉を眺めていたヘキドナス支部長が、ふと何かに呼ばれたかの様に顔を上げた。


「おお、そう言えば連絡を入れておかんとな」


 唐突にそう口にしたヘキドナス支部長は、再び受付の奥へと戻ると、支部長席を通り過ぎ、物置の様な小部屋の中で、壁に隠された鍵穴に鍵を差し込み蓋を開くと、その中に隠されていたベルの魔道具のキーを叩く。


「二回ずつを三度じゃ」


 タンタン……タンタン……タンタン……。


 暫くすると、その同じベルの魔道具が、奇妙な旋律を奏で返す。


 ピンピロポコポンポッペンペン♪


 そしてそれから、ヘキドナス支部長は、その動きを全て止めるのだった。



 ~※~※~※~



 そんな様子をずっと観察してしまっては、戸惑うしか有りません。

 しかも初めの切っ掛けが、飛びっ切りに変でした。

 何かの刺激が無ければ意思の片鱗も見せなかった支部長さんを、急に思い付いたかの様に動かしたあの情動は何でしょう?


 変です変です変ですよ!?


 でも、取り急ぎ今は急いだ方が良いのでしょう。

 幸いベルの魔道具の発動は妨害出来ましたから、後手に回る事は無いでしょうけれど、このまま支部長さんを放置も出来ません。

 ちょっとこのまま私がこっそり状況を探るだけの時間は稼ぎたいのですよ。

 そして時間を稼ごうと思うなら、違和感を感じさせてはいけないのです。


 まぁ、あの門番が思い込みが激しく激昂し易い騎士様という可能性も有りますよ?

 賊の中にはホホウリムの町の商人らしき人も居ましたから、その姿を見て何か勘違いしたなんて予想だって立てられます。

 支部長さんは単純に呆けていて、頭が働いていないだけという結論も出せない事は無いでしょう。


 でも、その結論を信じるには、偶然が重なり過ぎているのですよ。

 私にしてもうたぐり深く成らざるを得ません。


 ただ、ベルの魔道具というのが厄介です。あれに用いられているのは、共鳴石と呼ばれる双子の魔物から取れる石ですけど、魔力の糸が宙を飛んで共鳴石同士を結び付けている訳では有りません。

 ですから、共鳴石の片割れが手元に有ったとしても、もう片方が何処に在るかは分からないのです。


 それを解決しようとするなら、ベルの魔道具を鳴らしたその瞬間に、片割れが鳴るのを確認するしか有りません。

 そして尚更厄介な事に、こんな後ろ暗さばかりの相手が、素直にベルの魔道具を鳴らして連絡を受けるとも思えません。

 音は鳴らさず静かにランプが灯るだけ。或いは小さな人形が持つ小さな小旗が上がるだけ。

 機会はたった一度なのですから、そんな予想も立てておく必要が有るのです。


 だからと言って、幾ら私でもホホウリムの町全域を、そんな小さな動きまで捉えられる程に細かく調べきる事は出来ません。

 ですから私が輝石を飛ばすのは、此処ホホウリムの町で妨害に回られると困ってしまう相手に絞るのですよ。

 即ち目の前に在るホホウリムの代官屋敷、そして直ぐ左手の役所、恐らく其処にはもう何も無いとは思いますが冒険者協会支部にも幾つかの輝石を残しています。


 その輝石から私の魔力を浸透させて掌握して、地下室までも余す所無く。

 本当ならゴゾーさんを陥れようとしたブロッホ何某とやらの商会にも輝石を送り込みたかったのですけれど、それを調べている時間は有りません。

 準備が出来たなら見切り発車の思い切りで、今も放心するヘキドナス支部長の眼前の魔道具に、二回を三度と魔力を通しました。



 それと同時に役所の中の壁に掛けられた時告げの魔道具が、ホロホロ、ホロホロ、ホロホロ、と音を奏でて、

 まさしく同時に代官屋敷の机に置かれた時告げの魔道具も、ホロホロ、ホロホロ、ホロホロ、と鳴きました。



 私は『隠蔽』して宙に浮かせたお荷物へと目を向けます。

 そして夜空を見上げてから、深く溜息を吐いたのです。


 ええ、本当に、明日から冬の講義が始まるというのに、面倒事は勘弁してくれませんかねぇ?

 それが私の偽らざる本心だったのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る