(91)収穫祭の方針です!

 さて、王城へ魔法薬を納めた次の日です。

 朝から集まった昨日の教室で、ペラリペラリと捲る早さで進められる、試験へと向けた教養の解説を聴きながら、私は未だに“仕事”についてを頭の中で考えていました。


 今この瞬間に、第三研究所でリューイがコップの水を僅かに動かして、『魔力制御』の取っ掛かりを掴みつつ有るのを見守りつつも指導するのも仕事です。

 鉱山なんかにも患者は居るとは聞きましたけれど、やっぱり詰まらなく感じる服毒自殺未遂者への魔法薬作りも仕事です。

 楽しく探索しているだけでお仕事になっている冒険者としての活動も仕事なら、指名依頼を受けたと思えば冷やかし程にも興味を持たれていなかった剣の製作も仕事です。

 街を見回るのも仕事。畑を耕すのも仕事。仕事に思えない仕事も有れば、前提となる準備までも仕事に含める人も居ました。

 どうにも、こう、これが私の仕事ですなんて言い張れば、それが通ってしまいそうな気がするのです。


 ……まぁ、講義している解説は聞き流しても構いません。知識系の技能が使えなかった私にとって、本を読むのも憶えるのも苦にはなりませんから、既にしっかり読み込んでいて、書いていないことを話し始めた時だけ聞く感じでも充分です。

 少し気になっていたのは、空を飛んで領境を跨いだりしても咎められないのかといった事ですけど、それも教本に書いていました。尤も、“便りの鳥との契約とその活用”という、竜種との契約やそれに纏わる法についてでしたけれど、まぁ同じ話です。

 空を飛ぶ者には通行税が掛かりません。何故なら、街道を行く訳でも無い空の旅人に、街道の整備にという名目での税は掛からないからです。

 ただし、入街税はその限りでは有りませんが、何れにしてもランク六以上の私には掛かりません。

 だからと言って、街へと直接飛んで入るのは駄目みたいです。勿論予め許可を貰っている“鳥”なんかは別ですよ? 未許可でも罰則は無いとは言え、マナーとして礼儀知らずと言われてしまう行為らしいです。空を飛ぶ騎獣を手に入れた者が、良くやらかしてしまうのだとか。

 そこまで分かれば充分ですね。アザロードさんなんかには別の決まりが有りそうですが、まさか一緒の筈が無いなんて分かっている話なのです。


 なのでこうして考え事をしていられる訳ですが、なかなか考えは纏まりません。

 と言っても、まず考えないといけないのは、お仕事体験な収穫祭の出し物なんですけどね。


 私がするとしたらと考えるなら、やっぱりここは楽しい気持ちになれる出し物が良いでしょう。嫌な仕事を我慢して遣り遂げても辛いだけという事ですね。

 とは言っても、私だけが楽しくなっても駄目という事はそれこそ昨日改めて認識した事ですから、ちゃんとお客さんにも楽しんで貰う事が肝心です。商売は両得が基本なのですよ。

 そうなると、鍛冶仕事で作ったナイフの類を売るのが一番楽しそうですけれど、流石にそれが他の皆にも楽しい事とは思えません。

 それなりに意気投合したりもするサイファスさんにしても、私なら直ぐに飽きてしまいそうな蔵守のお仕事をしているくらいですから、楽しい事は人それぞれなのです。


 それでも出来るだけ皆が楽しいと思える物を~、なんて思っていると、物語の中にはどう考えても苦しくて辛いだけの仕事を何十年も続けながら、渋く笑って誇らしげにこれが俺の仕事だなんて言ってしまう登場人物が出て来たりとして、全く油断も成りません。

 でも、そうなると結局の所、それぞれが何を自分の仕事と捉えているかに掛かってくる訳で、そんなのを推測するのはソロ冒険者の私には荷が重いというものです。


「どうしたらいいのでしょうねぇ~……」


 大食堂でつい零れてしまった言葉は、一緒に大食堂に来ていた学内寮の仲間達に、しっかり拾われてしまいました。


「ディジー、どうしたノ?」


 朝食用の賄い部屋とは違って、大食堂で出てくるのは単純で失敗の少ない大衆料理ですから、安心してかぶり付く事が出来ます。そうして湯気の立つ鳥肉を飲み込んで、はふぅと息を吐いた時でしたので、少し気が抜けていたのかも知れません。

 それでも気が付かれてしまったのなら仕方が無いと、抱えていた悩みを打ち明けてみると、何故かきょとんと呆けられてしまいました。

 頼りにならない首席ですと呆れられてしまいましたかと思えば、どうやら少し違う様です。


「それは皆で考えるんだよ? ディジーちゃんは取り纏めるんじゃ無いの?」


 レヒカが言ったのは、そんな思いも寄らない言葉です。


「……私で決めておかなくてもいいのですか?」

「おいおい、俺達にも一枚噛ませてくれよ」

「まぁ、祭りは準備が一番楽しいと言うからな」


 学内寮組では有りませんが、仲良し騎士のお二人も一緒です。

 でも、どうやら私が決めてしまうのは、逆に歓迎されないみたいですね。

 こういうところに、パーティを組んだ事の無い経験の無さが出てしまうのでしょうか。

 私が決めて動くのでは無いとなると、正直何をすればいいのかが分からなくなるのです。


「ディジーは“ジョカのグー拳”で有ればいいのさ」


 そこへ掛けられたそんな声――と言っても、お名前は出て来ませんが――は、私を納得させる言葉を放り込んできたのです。


 “ジョカのグー拳”。それは何百年か前に活躍した、或る勇者の付き人だったジョカの物語です。

 今でも様々な舞台の題材に取り上げられるにも拘わらず、ジョカが男だったか女だったかも判然としないのですけどね。ただ、実際に有った事だというのだけは、広く信じられているのです。


 昔、或る所に、その地方を荒らし回る悪名高き魔物を斃さんと、一人の勇者が立ち上がりました。

 この勇者というのは、冒険者協会が出来る前に、成り上がろうとする者達が良く用いた手法です。

 「我こそは誰にも負けぬ勇気有る者ぞ! この自慢の腕には御館様が憂いの元も敵いはせん! 然れども他家が事情に手を出すのは出しゃ張りが過ぎる。嗚呼! われが御館様が家の者で有ったなら! 嗚呼! 我が御館様が家の者で有ったなら!」と、要は己の勇気を示して売り込みをしたり、パトロン後援者を良い様に喧伝する対価としての旅の費用を無心したりとしていたのです。

 謂わば自称の勇気有る者ですから、多くの場合は強力な魔物を討ってみせる事を約束として、多くの勇者達が旅立って行ったのだとか。パトロンとしても彼らからしてみれば端金で都合良く動いてくれる者達ですから、そこは上手く動いていたのでしょう。

 まぁ、尤も増長して問題を起こす者も居ない訳では無かったのでしょうから、冒険者協会が出来た今では廃れた風習となってしまったのでしょうけれどね。

 そんな勇者と共に、魔物だか魔獣だかそこも何故か伝わってはいませんが、要は討伐に出た者達の、しかし付き人だったのがジョカなのです。


 勇者達の冒険は艱難辛苦を極めました。

 時には迫り来る自然の脅威。

 時には強大な敵。

 味方で有る筈の街の衛兵に捕らえられ、或いは敵の手に依り処刑台へと引き摺り出される。

 その度に、

『こんな事も有ろうかと』

 その言葉と共にここぞという解決策を示すのが、付き人のジョカでした。


 時に、絶対防御の結界道具。

 時に、何故か敵に追い詰められた其処に用意されていた強力な罠。

 いつの間に用意したのか領主の認可状がその懐から出て来たり、ジョカが率いる援軍が勇者の救出に強襲したり。


 決定的なのは敵の本拠地に乗り込んだ先、恐るべき力で勇者達を薙ぎ払った敵の首魁へと向けて、

『こんな事も有ろうかと、パンチだけは鍛えていたのですよ』

 突き上げられたジョカの拳が、敵の首魁を星とする。

 勇者の印象が、頭に残る筈が無い。


 それこそが、“ジョカのグー拳”

 強力な最後の支援であり逆転の切り札。

 それが私の役目と言われれば、そんな気にもなってしまうというものなのです。


 そう納得してからは不安も無く、午後の時間を迎える事が出来ました。


「それでは、収穫祭に向けての会議を始めましょう。アイデアの有る人から伺うのも構いませんが、一歩引いて見ている人が良い意見を持っている事も少なくは有りません。なので、まず初めは全員のご意見を伺いたいと思います。ではライクハから」

「おお! 俺はパン屋がいいと思うぞ」

「おや? それはどうしてでしょう?」

「王都のパンは滅茶苦茶美味かったからな! パンを売れば大人気間違い無しだ!」


 ……それでは王都のパン屋には絶対に勝てそうも有りませんが。


「次、イアリヒカ」

「はい! 私もパン屋がいいと思います! 何故なら美味しいからです!」


 ちょっと獣人達の単純さが透けて見えますが、この流れでは困ってしまいます。


「それではお客さんは皆王都のパン屋へ行ってしまって、私達の店には来てくれませんよ?」

「え!? ――ああーー!!」

「次は、マイラン」

「ぱ、パン屋さんがいいと思ってたけれど、ちょっと考え直すんだよ!?」

「はい、レヒカ」

「楽しくなるのがいいと思うんだよ! こう、うきうきするようなの!」

「ほう……例えばどんな感じでしょうかね?」

「皆でダンスしている感じなんだよ!」

「ほうほう……。スノワリンは?」

「私の知ってル食べ物屋だと、お店で弾き語リしていたり、歌を歌ったりもしていたカら、組み合わせるのもいいンじゃないかなぁって。それに、皆も出来る事は色々だろうカら、そうやっテ組み合わせればやれる事も色々有リそうだカら」

「ほほう、……いいですね。では、次――」


 と、方向を修正しながらも聞いていけば、しっかり出てきた意見は三種類です。

 パン屋がやりたいといった単純にやりたいものを表明する意見。

 楽しいのがいいといった方向性を示した意見。

 もうちょっと具体例込みでどうしてそう考えたかも含んだ意見。


 ……パン屋が強いですね。ただ、その理由が王都のパン屋に感動したとの事なので、ちょっと商売には成りそうも有りません。私は特段そんな感想は持ちませんでしたが、つまりデリラのパン屋は王都に並び立つくらいに美味しかったという事なのでしょう。獣人達がパン屋との意見を多く出して来たのは、もしかしたら昨日あの後、皆でパン屋にでも行ったのかも知れませんね。

 他には喫茶店や酒場なんて案も有りましたが、新入生の仲間の中に飲食店の関係者は居ません。『調理』を持っている人は居ますが、精々私と同じくお手伝いの依頼を受けたり、ちょっと自炊したりという程度で、中々難しい所が有るのです。

 珍しいのは、足が悪い人の為に、荷車に客を乗せて祭りの会場を行き来するのはなんていうのも有りましたけれど、これにはクロ先生から待ったが掛かりました。祭りの間は大通りの獣車の通行が制限されるので、荷車も許可が下りない可能性が有るのだとか。


 方向性で行くならば、やっぱり楽しいのが良くて、ちゃんと儲けられるものでとなりました。それでいて、一部の者で頑張るのでは無く、全員でというのが基本方針です。

 もしかしたら全員でという方向性になったのは、集団で動く騎士が多いのがその理由かも知れませんけれど。


 具体的な話となると、これもまた色々な意見が出て来ます。

 スノワリンが出して来た、組み合わせるなんていうのは他にも意見が上がりましたし、売り物ならランク十二が最低限という当然な指摘も有りました。他には人を雇って働かせるのはいいのかだとか、何をするにしても仕入れ先を押さえておかなければ何も出来ないという懸念だとか。


 一通り出揃った所で、まずは軽く纏めなければいけません。

 私一人では悩むばかりでしたけれど、これだけ意見が有るのなら、何とかパズルの様に組み合わせる事は出来そうですよ?


「ねぇ、私達はいいけど、ディジーは何か考えてきたの?」


 この人も王領からの追加組ですね。昨日は後ろの方に座っていましたけれど、今日は前に出て来たヒヒライキです。


「んー、大体被ってしまうのですけどね。楽しいのがいいと言うのは私も思うところです。義務感でやるお仕事は儲けが大きくても詰まらないので、お祭りでやるなら楽しいのが一番です。サイファス様にも商売というのは店も客も幸せになれるのが良い商売と聞いていますから、その方針で間違い無いでしょう。

 組み合わせるというのも良いですね。何年も前には、同じく収穫祭で新入生が弁証法を披露する事が流行ったそうです。でも学院でまだ充分に学んでもいない新入生の屁理屈なんて面白くも無いですからね。失敗するのは当然の事だったらしいですけど、その中で成功したのが二つ程あったのだとか。一つはどんな話も最後には落ちを付けて滑稽話にしてしまうお話の天才と、もう一つは言い負かす事が出来れば賞金なんて事にして、聞いているだけの人にも食事を頼むと投票券が貰えるなんてシステムを取り入れた人達です。舌戦と笑い話をただ組み合わせるのでは無く、楽しい気分で終わらせるのは秀逸ですし、屁理屈を捏ねる空け者も見世物にして楽しませるのも流石です。

 ですが恐らく確実に、そんな成功した出し物でも、それなりの数の新入生は楽しむ事が出来ていなかったのではと思うのですよ。

 と言う事でですね、私の目標は出来るだけ多くの仲間がちゃんと楽しめる出し物にすることです。

 それをどうすればいいのかと今日も悩んでいたのですけれど、こうして出て来た意見はもう笑ってしまうくらいにばらばらですね。

 こういうの、見た事有りますよ? 雑貨屋です。飲食店や荷車での送迎を加えれば何でも屋ですね」


 そして何でも屋という事にするのなら、自由度もまた広がるのです。


「――ということで、取り敢えずの方針を考えました。出て来たアイデアは全て取り入れる方向で進めるというのはどうでしょう。但し、収穫祭が秋の三月の初めですから、秋の二月に形が調わない見込みなら、それは廃案とします。私は六歳の時から装備の材料を集め始めて実際十歳に成ると同時に冒険者協会に登録しましたからね。甘い計画にはちょっと厳しいですよ? やりたいことが有るのなら、是非実現させる道筋を付けて下さい。

 追加の案も構いませんが、節操無しに案を出されても困りますので、縛りを一つ設けましょう。ランク十二が最低限との意見が有りましたが、売り棚に並べるのはランク八以上です。冒険者でもランク十二は冒険者扱いされません。初級と呼ばれるのはランク九からが始まりです。きっとこれは他の業界でも同じなのではと思います。私達は学院生なのですから、一つ上げてランク八からが正当ですね。

 ここ迄で何かご意見有りませんか?」


 すると、直ぐに手が挙がりましたので、そちらを向いて発言を促します。


「言いたい事は分かるし、意図も何となく分かった。ランク八以上の品を提供しようとすれば、それを作る事の出来る者も限られて、雑貨屋に成らざるを得ないという事だな? けどよ、俺達も学院に入ってまだ何も学んでいない様なものなんだぜ? そんな縛りを設けずに、皆で力を合わせるって事の方が大事じゃねぇのか」

「そうだな、雑貨屋は見た目も雑多で安っぽく成らざるを得ないよな? 格式を考えるとテーマを統一して見せた方が良さそうだ」

「そうね。何だか皆の力を合わせてって言いながら、個人作業になりそうな気がするわ」


 すると、ちょっとどうかなんて意見が先陣を切りましたね。

 尤も、遅れて賛同する意見も出て来ます。


「雑貨屋っていいと思うよ? お祭りだもん、うろうろしたいのに、立派なお店が有っても入り辛いよ」

「まぁ……格式なんて気を遣った店は、客の回転も悪そうだが」

「待て、ランク八以上の雑貨屋という事は、趣味で作っている物でもランク八を越えていれば置いてもいいのか!? ――なら、俺は雑貨屋に賛成だな!」

「ちょっと忙しくなりそうだけど、楽しそうだよね!」


 そんな風に次から次へと発言されていくのですが、どうにも其処に視点が一つ抜け落ちている様な気がするのです。


「えっとですねぇ、もしかしたら考え過ぎで間違っているかも知れませんが、前提として考えている事を確認しますね。先程の発言でも有りました通り、まだ学院で何も学んでいない私達の参加です。どういう意図が有ると思いますか?」

「え!? ……それは、何だ?」

「ふん、今日も『教養』で学んだ法の実践だろう。合格しなかった者には予習になるだろうがな」


 と、やはりその次が有りません。


「――という側面も有るとは思うのですけどね? 恐らく本当の狙いは私達自身の御披露目ですよ?

 私は物語本を読むのも好きなのですが、高位貴族が支援して新人に計画させる催しなんて、もう御披露目以外に有りません。そうで無くても自分が出資したものなのですから、お忍びで見に来る可能性は高いです。結果的に御披露目になりますね。

 時期も職人組が合流していない今ですから、これはもう際だった人材に目を付けておこうとしているとしか思えません。騎士に成るにしても、官吏を目指すにしても、ここは顔を売るチャンスと思うのですよ。

 そうなると、学園の延長の様な、素人が頑張ったっていうレベルでは、気に留めて貰う事も出来ません。確かな品質は最低限の条件なのです。

 だからと言って、出来合いの品を転売するばかりというのも面白く有りません。多分、御披露目を見に来る側からしても、退屈に思えてしまうでしょう。

 尤も、高位貴族の人が何を考えるかなんて私には分かりませんけどね。格式高い食事処を用意した方がいいのかも知れませんけど、プロを雇わずそんな事は出来ませんし、場所だって上流区画では無く庶民の領域の商業区画です。上流区画でなら別の出し物を検討するけど、商業区画だから庶民向けにした、などと、選定の理由を含めて計画書にしっかり書けば、理解はして貰えると思うのです。

 裏付けなんて取っていませんけど、そこで『ほほう』という顔をしているクロ先生の様子を見れば、そう大きく外れていないと思いますけどね?」


 そう私の推測を述べてみれば、皆一斉にクロ先生へと顔を向け、クロ先生は目を瞑って顔を背け、そして皆は「むぅ」と考え込んでしまったのです。

 そんな隙に、私は更に自分の考えを披露していきます。

 普段がソロで一人なだけに、喋る機会が有るとどうにも止まりませんね。


「まぁ、それなりの品質でとなると、それなりの値段になって庶民には手が出し難くなるかも知れませんが、売り棚には並べないランク九から十二の品は、我楽多箱とでも称する箱に放り込んで鉄貨で買える様にしておけば、小遣いを握り込んだ子供が掘り出し物を探しに集まって来るに違い有りません。そうすれば大人達だって売り棚の商品に手を伸ばしてくれるでしょう。客寄せに高額商品も幾つか置いておけば、貴族の人だってきっと納得させられます。

 小さな舞台も作っておけば、商品の紹介や客寄せの演奏など、色々役立てる事が出来そうです。私としては東から来たスノワリンの物語とか、大人気になると思うのですけどねぇ」


 そこまで話してしまうと、御披露目なんて関係が無いと思っていそうなスノワリンが目を剥いて、余り良く理解していなさそうな獣人の一人が手を挙げました。


「それで、パン屋はどうすれば出来ますか?」

「……それをしたいのなら、その為の計画を立てるのですよ?

 と言うよりも、私は王都に美味しいパン屋が有るという状況で、パンを売って成功する道筋が想像出来ません。

 その道筋を私達や高位貴族に説明して、納得させるのはあなたですよ?」

「一度食べたら分かるんだよ!」

「そうですねぇ。もしかしたら、もう一度そのパン屋に行きたくなるかも知れませんねぇ」

「ほら!」

「ええ、そのパン屋に行って、私達の店には行かないでしょうねぇ」

「……あれ?」


 唸っていた同期達が小さく吹き出して、しかし諦めきれないのか別の獣人が手を挙げます。


「僕達の店に、あのパンを置いて貰う様にすれば!」

「それをしたら元のパン屋よりも高くなりますし、やっぱり元のパン屋に買いに行きますね」

「……どうして高くなるの?」

「売り子に給料を払う分、高くなるのは当然ですよ? と言うよりも、その辺りの事を理解して『教養』の試験に合格出来無ければ、収穫祭の準備に関われなくて、結局パン屋なんて出来ませんよ?」

「え……えええ!?」

「もう……人手を確保するのに、午後も一刻三十分ばかりは前日の復習にでも充てた方がいいんでしょうかねぇ」

「ああ、その方が良いだろうな。給料を払うというのは、商品の調達も同じか?」


 おっと、唸り組が復帰してきましたよ?


「ええ、当然ですね。とは言っても、冒険者協会で依頼した場合の最低料金に六掛けする感じで、安く抑える事にはなるでしょうけれど。幸いスノワリンが協会で働き始めていますから、依頼料はスノワリンに調べて貰って、どれだけ割り引くかはそれから考えましょう」

「わ、私!? うん、イイよ」

「相場観は王都組に思い出して貰うしか有りません。上流階級は王城でも催しが有るとの事でしたので、商業区画を彷徨うろついてはいないのかも知れませんけど、上級以上の冒険者はお金を余らせていますからねぇ。最低価格も上限も王都暮らしで無いと予想も出来ませんよ? これは、王都の収穫祭に参加した事が有る人達で、白板の隅にでも書いておいて欲しいです」

「ええ、分かったわ」

「冒険者が買う様な物は分かりませんがね」

「で……結局どうしましょうか。貴族が絡む事は流石に分かりませんから、違うと言われればその時には撤回するのも当然とは思っているのですけれど……」

「いや、その前に一つ聞かせて貰いたい。お前自身はその御披露目の場で、どの様に振る舞うつもりなのだ?」


 おや? 思いの外に迫力の有る人が居ますね。


「私は既に冒険者として身を立てていますから、収穫祭では“ジョカのグー拳”に徹しますよ? 私が表に出るのは何となく反則の様な気がしますし。

 まぁ、『根源魔術』がそれなりに使えると、『こんな事も有ろうかと』というのが中々便利に使えますので、困った時には頼って頂ければ。

 ですが、最後のグー拳まで飛び出さない様にはして下さいね。それはもう、学院の収穫祭としては失敗だと思うのですよ」

「……心しておこう。俺は雑貨屋で構わないと思うが、お前達はどうだ?」


 いえ、何となくですけれど上位者っぽい人からそんな事を言われたら断れないのではないでしょうかね?

 ですけど、そんなこんなで私達の出し物は、賛成多数で雑貨屋に決まったのでした。

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