(92)首席少女観察記録 その壱

 その第一回目の会合は、秋の三月四日、次の日に休みを迎えるその放課後に行われた。


「で、彼奴あいつは一体何者なんだ?」


 口を開いたのは、ラゼリア王国の南東の果て、シパリング領の三男であるバルトーナッハだ。

 シパリング領は中央山脈の南端を含む一帯を領地とし、嘗ては東側世界への玄関口と成る事が期待された土地だった。尤も、直ぐに其処が恐ろしい魔物の巣窟と知れ断念されたのでは有るが。

 その地を治めるのは、国が国なら辺境伯と称せられるだろう第五将。守りに入れば『城壁』と呼ばれ、進撃する事『破軍』と称せられたバルグナンが、『魔界』と名付けられたその地の魔の領域に対する護りを受け持つ事になった。

 バルトーナッハはそんなバルグナンを父に持つ、血気盛んな若者である。


 元よりそんなバルトーナッハは学院へ行く事などは考えていなかったが、父に加えて学院で過ごした二人の兄の勧めも有って、結局は近くの王領で試験を受け、二ヶ月余りの旅を経て王都までやって来たのだ。

 流石に遠地の領主子息に対しては、受験においてもそれなりの配慮がされているのである。


 シパリング領に置いて行く己の騎獣を心配しながらも、借り物の獣車を走らせ続けたバルトーナッハは、王都へ来てその威容に圧倒された。圧倒されながらも、王都の造りから近くに強大な魔の領域が無い事を見て取って、彼我の違いを思い知らされていた。

 街の中を行く住人達は、戦いも知らぬ顔をしたまさしく街の男ばかり。その様子に苦虫を噛み潰しながら、南北を貫く大通りまで獣車を進めて、其処でまたバルトーナッハは表情を変えた。

 様相を変えた街を闊歩する屈強な男達は、シパリングの前線でも通じる面構えだった。


 性急に王都を判断するのは早計だと、バルトーナッハは気持ちを改める。

 ここは信頼する家族が、価値を認めた場所なのだと。


 用意されていた邸宅へと向かい、これから世話になる使用人達に挨拶してその日は体を休めた。そして次の日には学院へと向かう。学院で必要な書類を提出し、一応確認の試験を受ければそれで合格が確定した。

 正式な試験も受けないかと誘われたが、それを断りバルトーナッハは王城へと向かう。先触れは朝の内に使用人を向かわせていた。

 王都を判断するには騎士団を見れば良い。それがバルトーナッハの結論で、今何よりも優先するべき事だった。

 回答などは待つ迄も無い。許可が出ていれば門の受付でも分かるだろう。出ていなければ何度でも通うまでだとの心積もりで出向いてみれば、まさかそのまま小謁見の間へと案内されるとは思ってもみなかった。


『バルグナンの末息子か。バルグナンは息災か?』

『は! 父上は今も恐らく魔物共を蹴散らしている事でしょう。陛下におかれましてはご機嫌麗しく――』

『よせ。そんな土地柄でも有るまい』

『ははぁ! バルグナンが末子まっし、バルトーナッハでございます!』


 どうやっても届かない文字通り『城壁』の様な父よりも、細身でしなやかさを感じる佇まいながら父を越える存在感。王の姿を目の当たりにして、バルトーナッハの体は震え肌は感動に粟立った。

 この時陛下に言われるがままでは有ったが、騎士団の訓練に参加する許可を頂けたのは僥倖だったとバルトーナッハは述懐する。感動に揺さ振られた心は、体を動かさずにはいられなかったのだ。

 加えて特級に到った騎士が少なからず所属する騎士団の様子に、バルトーナッハは大いに満足し、学院が始業式を迎えるその日まで、楽しく訓練に日々を費やす事になるのだった。


 寧ろこのまま騎士団の訓練に参加していた方が有意義なのではとバルトーナッハは結論を出そうとしていたのだが、そういう短絡的な思考を矯正する為にも学院は有るのだと訓練仲間に追い出され、そうして迎えた始業式の日。壇上に立つ王都の蔵守卿の檄に王都が抱える問題を感じながらも、それよりも蔵守卿が持つ見た目だけでは無い得体の知れ無さを頼もしく思いつつ……そんな物は序の口なのだと直ぐに思い知る事になった。


『――何を今更。先程蔵守卿が、今年の首席は十二歳だと言ってたろうに』


 首席だという少女を紹介した『教養』の講師がそう溢すが、バルトーナッハの背筋を寒からしめたのは、指し示されたその少女はずっと視界に入っていたのに、その異様さに注目するまで欠片も気付く事が出来無かった事だった。

 動いているのは分かる。だから、人の中に居ると特に違和感なくその中に紛れてしまう。でも、それと思って見てみても、そこには国王陛下や騎士達に感じた存在感を感じ取れない。

 バルトーナッハより格上なのか格下なのかも分からないが、バルトーナッハの経験から言えば、分からないのは格上だ。違ったとしても、そう思って行動する事に間違いは無い。

 無い……のだが……。


 其処に居るのは、『魔界』から溢れた魔物達とは違い、殺意も無く、恐らく存在感も隠しているつもりも無く、それが自然で有るが如くに振る舞う少女の姿だ。

 注目しようとしても、注目が外れてしまう感覚がするのは、姿や動きは見えているのに注目しようとしている実力といった部分に手応えが無いからかも知れない。

 そうして警戒心まで外してしまう様な在り方は、『魔界』に棲む魔物達よりも、寧ろ恐ろしく感じてしまう。それもバルトーナッハが気合いを入れて警戒を維持していた一因だろう。


 少女ディジーリアを褒め千切る講師の言葉を聞き流し、収穫祭の方向性を決めている間も少女をつぶさに観察する。

 恐らく、普通に強い、筈だと、バルトーナッハは考えた。気配も無い動きだけで力量を探るのが、これ程厄介だとは思わなかったが、身の熟しは無駄が無く、何より動く時に音を立てない……様に思える。


 そんな事をバルトーナッハが考え緊張している間に、その日は何時の間にか終わってしまっていた。


 敵意を向けている訳でも無い少女なのだ。警戒するくらいならば話し掛ければいいのだが、話をしてしまえば即座に絆されてしまいそうで、会話をする事に乗り気になれない。そんな煮え切らない思いを自らも惰弱と思いつつ、次の日もバルトーナッハはディジーリアの観察に努めていた。

 相手は最前列のど真ん中。態々様子を窺おうとせずとも、目に映る席だ。

 余り熱心には見えない午前中。昼は大食堂で食べたのだろうか姿を見ない。そしてそつ無く熟す収穫祭の方向付け。バルトーナッハは観察を続ける。


 午後になると流石にバルトーナッハも慣れたのか、心を騒めかせていた動揺も落ち着いて、或る程度冷静に観察出来る様になっていた。

 そしてそうなってしまえば、そこに有るのは遥かに年下の少女に催し物の取り纏めを任せ切りにして、後塵を拝している己の姿だ。

 それは良くない。第五将の息子として、気が付いてしまえば不味いなんてものでは無い。


『――人手を確保するのに、午後も一刻三十分ばかりは前日の復習にでも充てた方がいいんでしょうかねぇ』

『ああ、その方が良いだろうな。給料を払うというのは、商品の調達も同じか? ――』


 気が付けば、少し悩む様子を見せた少女に便乗する様にして、議論へと参加していた。


『――いや、その前に一つ聞かせて貰いたい。お前自身はその御披露目の場で、どの様に振る舞うつもりなのだ? ――』


 軽い『威圧』まで交えながら、恫喝する様な事まで口にしたのは、自分が上だと立場を示そうとしたものだろうか。

 ――それも、『威圧』を無きが如く応じられては赤面物以外の何物でも無かったが。


『――心しておこう。俺は雑貨屋で構わないと思うが、お前達はどうだ? ――』


 挙句の果てには強引にその場の纏めを少女から奪おうとする始末。


(やってしまった……)


 自責の念に苛まされるが、やってしまったものは仕様がない。

 だが、暫くは大人しくしておこうとバルトーナッハは決意する。そんな想いなんて、ディジーリアの前には何の意味も成さないと知らぬままに。

 そして実際二日を跨いだその日、バルトーナッハは我慢出来ずに少女の友人達へと声を掛けるのだ。


「で、彼奴は一体何者なんだ?」


 ――と。



 ~※~※~※~



 さて、バルトーナッハに声を掛けられたのは、これもお馴染みのスノワリンやレヒカといったメンバーだったが、この日ばかりは他にも多くの新入生達がその周りに集まっていた。


「無理もないカなぁ」

「皆お話を聞きたいんだよ!」


 スノワリン達は、或る意味入学説明会から始まる流れの中で、ディジーリアに慣らされていたものだったが、彼らにはさぞかし刺激が強かったのだろうと理解を示す。

 ここ数日の間にも、初日に首席で有る事を明らかにしたのを初めとして、二日目には首席らしい洞察を示し、その間にも息をする様に魔術を使い、何事という事でも無い様に便利に不思議を操って見せた。

 でも、そんなのはまだ序の口。スノワリン達が観てきた事からすれば、前座にもならない。


 三日目の朝に運び込まれた六枚もの大きな白板。転回広場周りの精緻な模型。スノワリン達にはディジーリアが造った物だと分かったが、初めての者達には何処からか仕入れてきた物としか思えなかっただろう。ディジーリアが自ら造った事を明かさなければ、今でも何処かに売っている物と考えていたに違いない。

 運び込まれた白板は、それぞれ三つの領域に分けられて、出し物の内容とそれを実現する為の細かな要素、考えられる懸案事項、懸案を解決する為の依頼内容を記載する様になった。冒険者協会の依頼掲示板から思い付いたらしいその方式は、視覚的にも分かり易いからかその日の内にもかなり書き込みがされていて、幾つかは既に実現までの筋道が出来ている。

 作り込まれた模型には粘土まで添えられていて、その粘土で模型を造れば、実際にどういう出し物が出来るのかの確認まで手に取る様に見て分かる様になっていた。


 次の日の朝になれば、まだ収穫祭の話が始まってから四日目なのに、既に出し物の形が立ち上がって見えてくる。その有り様に、その原動力ディジーリアが牽引していく様子を目の当たりにしていた事も有って、新入生達は身震いを抑えられずにいた。

 蔵守卿が口にした、正しく貴族として邁進していたら辿り着けていた筈の、その一端を見ているのだと理解して。


 でも、それでもまだ前座だった。


 その四日目の今日。午後になって恒例となった『教養』の復習としての小テストに少し時間を掛けてから、今日もまた収穫祭の打ち合わせが始まった。

 既に議論は雑貨屋という大枠を決められて、今では冒険者協会式と呼ぶ様になった白板へと皆で集まり、前日の調べ物や依頼への回答を書き込んだり、また新たな検討項目への懸案を書き出したりしている。

 獣人達一推しのパン屋は廃案となった。『パンを捏ねるのに毛だらけでどうすんだ』と、ある意味当然で、解決の難しい問題をパン屋の店主に投げ返されていた。獣人達は人獣と違って殆ど人と同じ見た目とは言え、抜け毛の量は人とは比べ物にならないくらいに多い。それを嫌う料理屋は多かったが、だからといってまさか獣人達の毛を丸刈りにする訳にも行かないだろう。

 それでも獣人達は諦め切れずにパンを売る方法を考えていたが、その内にそのパン屋のパンを食べてみた貴族出身の仲間が、『あれなら我が家のメイドの方が旨い焼き菓子を作る』と発言した。それに呼応して、今では各家のメイドを集めて料理教室を開く話が立ち上がっている。その勢いに押されてパン売りの案は立ち消えになっていったのだ。

 替わりに様々な地方から集まって来ている貴族学院生達の、軽食屋メニューが増えているが、それが採用されるかどうかは明日の休みに行われる試食会次第となっている。各地方毎に品数を幾つか用意するなど、既に軽食屋の計画は完成形を整えつつ有り、足りないのは恐らく実際にそれらの菓子を作る算段と、飲み物だけの状態だ。

 尤も、獣人達がパンを諦める決め手となったのは、面倒臭そうな青年貴族の一言が有ったからだろうか。


『君達は本当にパンを売りたいのかな? 私にはそうは思えない。今迄経験が無い美味なパンの感動を伝えるのなら、それは郷里の者達にでもするがいい。王都の者は既にそのパンの味を知っていれば、我々もそのパンに劣らない物の味を知っている。君達にとっては“至高”だったのかも知れないが、我々にとっては“普通”だ』

『そうそう。俺達がお前らの燥ぎっ振りを見て思うのは、『そんなに美味しいパンなのか!』では無くて、『今迄ろくなパンを食えなかったんだな、可哀想に』だぞ? ま、ちゃんとお前らを感動させる食い物は、明日俺達のメイド共が用意するから安心しな。そんな事よりお前ら勉強は大丈夫なのか? こっちに首を突っ込んでる場合じゃねぇんじゃねぇか?』


 彼らの様に獣人達にも好意的な者も多かったが、毛嫌いする者もそれなりに多い。そんな者達が呟いた『毛玉に真面なパンが作れるかよ』との一言が、もしかしたら真実を現しているのかも知れなかった。


 雑貨類についても、既に大半は練り込まれ、今は素材の提供依頼が思い思いに書き込まれている状況だ。手慰みに小物を作っていた者達は、素材を用意して貰えるのなら、今直ぐにでも作業に入りたいと考えているのだろう。白板を使い始めて二日目に既にそんな状態になっているのを見て、ディジーリアが少し慌てて紙の依頼書を貼れる木の掲示板も用意している。


『各地から取り寄せる以外は手作りでと決めましたから、当たり前ですけれど素材の依頼が多いですねぇ。個別に欲しい物を書かれても切りが有りませんから、依頼欄には欲しい物の規格を書く事にして、特殊な物は紙の依頼書に書いて掲示板に貼る事にしましょう。魔の領域での採取には制限が無かった筈ですが、それ以外の場所では迂闊に木を切ったり石を拾ったりも出来ません。その辺りの決まり事は、――スノワリン、お願い出来ますか?』


 依頼を受けて素材の採取に向かうのは冒険者だからこそ、スノワリンへと話を振ったディジーリアだったが、スノワリンは見て分かる程に慌ててその大変さを訴える。


『ちょっと待っテ!? 依頼料と素材ノ値付けに、調べ物迄っテ、手が回らないヨー!?』


 そんなわたわたとするスノワリンに、雀斑そばかすの少女が近付いて小さく手を上げた。


『わ、私も手伝うよ? 王都じゃないけど家は商売をしていたし、商人ギルドにも登録するつもりだったから。……今登録するのは、結構厳しかったりもするんだけどね』


 商売の当てが無い状態で、しかも引っ越して来たばかりで何かと入り用なこの時期に、登録料の四両銀は厳しいと苦笑する雀斑の少女。王都での商売を期待されて送り出されて来た訳でも無ければ、もし商売の真似事をするとしても次の仕送りで見繕おうと考えていたものだった。

 しかしそこへ貴族の青年から声が掛けられる。


『なら、俺が出資しようか? こっちに来てから出入りの商人も居なくなったから、俺としても助かるわ。使いっ走りをさせるかも知れんがな』

『待て! 抜け駆けするな。――私も出資するぞ。カイネルア領のシュライビスだ。その服、ネリア領だな。カイネルアに寄るのには問題無い筈だな』

『お待ちなさい、女性の商人は女性に付くべきですわ! 女性にしか分からない事は色々有りますの。ねぇ、貴女もそう思わなくて?』


 と、収穫祭とは別の話で騒ぎが大きくなろうとしても、


『ちょっと待って下さい。一人に押し付けては駄目ですよ? それに、高々四両銀で、無体を言うのもいけません。まずは他にも商人の卵が居ないか聞いてみましょうか』


 そんな感じに割り込んで、追加された三人の商人の卵を加えて話し合いをさせたり、


『序でに冒険者志望の人も確認しておきましょう。商人ギルドと冒険者協会は扱っている物も違いますから、手分けをすれば効率的です。冒険者をするつもりなら、王都の協会の情報を集めるのも役に立ちますし、収穫祭で必要な素材も集められるでしょうから、鳥を射て魔石を得るというものですね』


 と、冒険者を志望する者達をスノワリンの補佐に巻き込んだり。

 ディジーリアは集団行動は苦手と言いながら、上手くその場を纏め上げていた。


 言ってみれば、そこまでは同期の仲間達も協力的で、問題なんて起こり得なかったという事なのだろう。蔵守卿の演説の記憶も新しく、遥かに歳下の十二歳の女の子が頑張っているのを言い腐すのは憚られたに違い無い。

 しかし、当たり前に皆が皆お利口にしていると、不満を抱えていた者達は面白くない。普段ならば誰かがその不満を代弁して、それで鬱憤も晴れたものだが、そんな言葉の一つも無ければ憤懣は堪っていくばかりである。

 そして、いずれは溢れ出すのだ。


 その時、青年へと足を踏み入れたばかりの貴族の仲間が、悪意を持ってディジーリアへと無茶振りをした。

 そして、全てがおかしくなった。


『ねぇ、僕の領地にとても美味しいお菓子が有るんだ。どうしても王都に紹介したいのに、とても運んで来る事は出来そうに無くて、何かいい方法は無いかな?』


 彼のその言葉には何一つ嘘は無かった。マルハリル領の銘菓シグルイは、恐らく国王への献上品にも出来る菓子だ。秋の二月の中頃に実を付けるシグルの実を使ったつるんとした菓子で、口の中で甘酸っぱく溶けていくのは、彼にとってもこの時期の楽しみの一つだった。

 しかしマルハリル領は王都から西へ二ヶ月と遠く、どんなに獣車を急がせても一月以上は掛かるだろう。しかしシグルイは十日程で悪く成り始め、冷やすと逆に黒ずんで雑味が混じる品だった。

 特級冒険者が持つ『亜空間倉庫』なら保管する事も出来るかも知れないが、どちらにしてもシグルが実る二月の半ばにマルハリル領を発っても、王都の収穫祭には間に合わない。

 その辺りの事情を合わせて説明すると、話が聞こえていた者達の反応が分かれた。

 単純に美味しいお菓子に反応した者。

 嫌悪を表情に乗せた者。

 一歩引いて眺める者。


 ディジーリアはそのどれとも違い、通常通りの収穫祭への提案として受け入れた。


『成る程……そんなお菓子が有るのですね。でも、そんなに美味しいお菓子なら、大量に仕入れてはマルハリル領の収穫祭が寂しくなりませんか?』

『マルハリルの収穫祭はシグルの収穫に合わせているけれど、それでも五日で終わるからね。その後もシグルイ作りは続くけれど、皆その頃には食べ飽きている。勿体無いから無理矢理潰してジャムにしたりするくらいだから、王都へ持って来れるのなら諸手を挙げて喜ばれるね』

『ほうほう、それは是非とも収穫祭に使わせて貰いたいですね。それを阻むのが距離ですか。確かに一月以上の道程を数日で運ぶのは大変そうですが、便りの鳥なら何とか成るのでは有りませんか?』

『……こんな私的な事に“鳥”を使えれば或いはね。それに、鳥じゃ運べても一つがいい所さ』

『ふむふむ、それでは皆さんの中に、中型の竜との契約者に伝手が有るか、他に解決策が有る人は居ませんかね?』


 当然の如く解決策は示されないが、ディジーリアはふむふむと頷くと、教室の隅に置かれていた背負い鞄を運んで来たのである。


『まぁ、こんな時の為に私が居る様なものですね。――紹介しましょう、ディジルドラゴンのディラちゃんです』


 そう言って背負い鞄の中から取り出したのは、二尺に少し届かないくらいの一体の人形。そう見て取ったのに、その人形はすたっと元気に机の上に飛び乗ると、『ディラー!!』とこれまた元気に叫んだのだ。


『ディラちゃんはですねぇ、大きさは“鳥”とそれ程変わりませんが、遥かに力持ちですし、速さだって相当なものなのです。二ヶ月掛かる場所でも、直線距離で行けますから、ひょっとしたら一日で着いてしまうかも知れませんね』


 辺りを見回しながら机の上でリズムを取るは、見た目は少女の人形だった。人形と言っても、その中でも縫い包みの類だ。体付きは縫い包みという感じでも無いが、顔など皮膚の素材が布にしか見えない。

 髪は煌めく緑。頭の両側から後方へ流れる様に、茶色い捻れた角が生えている。布で出来た顔にはちょこんと鼻も付いていて、しかし眼だけは怖い位に透き通った、やはり緑の瞳の眼球が嵌められている。『ディ♪ ラ♪』と声を出す度に開かれる小さな口には小さな牙も見えているが、どうなっているのかは分からない。

 着ている服は緑色のワンピース。ディジーリアと合わせた様な茶色い小物入れを腰に付け、足下には茶色のブーツまで履いていた。

 そして大きく開いた背中からは、煌めく緑の竜の翼が、その存在を強く主張していたのだった。


『とは言っても、ディラちゃんもまだ一人でお遣いはした事が有りません。一度マルハリル領へ行って貰うのが良さそうですね。町にそのまま入るには許可が必要ですから、出発は明日王城で許可を貰ってからにしましょう。えー、ルイルキースさん? は、実家への地図と、ディラちゃんの事も書いての実家へのお手紙と、折角ですから実家へ送る荷物が有れば準備して下さい。向こうから送って欲しい荷物を手紙に書くのもいいですね。今日渡してくれても、明日の試食会で渡してくれても、どちらでも構いませんよ?』

『ディラーー!!』


 何でも無い事の様に話すディジーリアにも、任せろと言う様に吼えるディラちゃん人形にも、皆が呆然とした視線を向けるしか無い内に、午後の時間は終わってディジーリアはディラちゃんと一緒に帰って行った。

 白板の前には丸で気が付かない内に、細工がし易い様に小さく形を整えられたクアドラ石やジーク材が、籠に山と盛られて残されている。

 雑貨の白板には、自然素材は冒険者組と商人組、加工素材は商人組なんて書き込みがされていて、必要な物に紙の束と示されているが、誰もいつそれをディジーリアが書いたのかが分からなかった。


 ここに来て、王都組以外も漸くにして気が付いたのである。

 彼らの首席は何かがおかしいぞ、と。


「で、彼奴は一体何者なんだ?」


 辺境から来た第五将子息の言葉に、皆で頷いてしまうくらいには。

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