(90)王城散歩・下 小さな魔法使いのお婆様

 イルシアリムが、父の異変に気が付いたのは、夏の余り月に入っての事だった。

 いつもなら、用事が無ければ真っ直ぐ屋敷に帰ってくる父が、遅く帰ってくる様になった切っ掛けは憶えている。


「大捕物が有ってね、暫く泊まり込みになるかも知れないかな。この事は内緒だよ?」


 そんな話だったのに、大捕物が終わったと聞いてからも、父は何処かに寄り道してから帰ってくる。

 初めは淡々と、でも日を追う毎に楽しそうに。

 極め付けには休みの日までも、うきうきしながら出掛けるのを見て、流石の家族も訝しんだ。


「隊長は今、一人の女性にご執心なのだ」

「くっ、済まない。お二人は出会った瞬間から……」

「言葉が無くとも通じ合う二人を、我々では止められ無かったのだ」

「嗚呼、これも運命という物なのだろうか」

「……………………なんちゃってな?」

「「「「ぶははははははは!!」」」」


 どうして部下の人達の話を聞いてしまったのかとイルシアリムは嘆く。

 彼らは結局冗談の様に話を締めはしたものの、イルシアリムが持つ『判別』の小箱は終始青い光を放っていた。

 小さな頃から病弱で、ずっと屋敷の中に閉じ込められているも同然だったイルシアリム。誰の言う事も信じられなくなっていた時に、父に与えられた大切な魔道具。

 使い方には癖も有れば、調べたい物がその場に無ければ調べる事も出来無い物だけれど、イルシアリムの心の拠り所としてイルシアリムを護ってきたその贈り物。


「――いや、仕事だよ? ――大捕物は終わったけれど、続いている仕事も有るんだよ。――ああ、ああ、心配は要らない。ちょっと疲れているから、寝かせてくれないかな?」


 なのに、仕事だと言う父の声に、赤く光る災いの小箱。

 父が与えてくれたのに、そんな事ももう忘れてしまったの?

 そんな想いに駆られて、イルシアリムは決意を固めた。

 父の真実を知る為に。

 家族を取り戻すその為に。


 どうしてもイルシアリム一人で出歩かせられないと言い募る侍女のハクラを一人連れ、向かったのは屋敷を出て直ぐ其処に門が見えている王城の中。

 待合室で面会の手続きにハクラが側を離れた隙に、廊下へ抜け出て父を探した。


「あの、わたくしはサイファスラム=リリシュ=ディラームが末子イルシアリムですわ。ケホッ。お手が空いてございましたら、父様の所へ連れて行っては頂けませんでしょうか」

「……これはお嬢様、申し訳ございません。今のお時間ならサイファスラム様も執務中かと思われます。お連れする事は出来ません。ですが、言付けならば承りますよ」

「メイドさんは父様の居場所を御存知なの?」

「いいえ? ですが恐らくは陛下の下にいらっしゃるのでしょう。その様な場所には御息女様と雖もお連れ致し兼ねますわ」

「コホッ。ああ、でも父様に会いたいの。若しかしたら右の官署台に出向いているかも知れないわ。ケフン。メイドさんはどう思われます?」

「そんな所にはいらっしゃらないと思いますわよ? お声は掛けておきますから、待合室でお待ち願いますわ」

「ああ、ご免なさい。コホッ。侍女が面会の手続きはしているのですけれど、戻りが遅くて心配になってしまったの」


 小箱の光は、青、赤、赤、青、青。

 陛下の近くにも居なくて、官署台にも居ないならと、イルシアリムは左の財務台へと潜り込む。


「この廊下の先には誰も居ません。……青。そこの曲がり角の向こうには誰も居ません。!? 隠れないと! この部屋には誰も居ません! 青! コホン、ンン!」


「この床には父様の足跡が有ります。……青。その足跡は今日の物です。……青。父様の新しい足跡は右に向かっています。ケホッ。……左に向かっています。……青」


 小箱の光を頼りに進むイルシアリムが、小姓達の出入りするその部屋を割とすんなり見付けてしまったのには、運も大きかっただろうがイルシアリムの執念も有ったのだろう。

 到頭見付けた父の声が零れるその部屋からは、父と親しげな遣り取りをする女の人の声も聞こえてくる。

 イルシアリムは小姓の隙を突いて、さっと開きっ放しの扉の裏へと隠れて耳を澄ませる。


『――食堂の賄い……新入生がとんでも……御存知で……』

『――あれはね……水が出るん……騎士団の行軍訓練で……大量……』

『――ほうほう……ソロで……憶えておきま……』


 漏れ聞こえてくる親しげな遣り取り。でもイルシアリムは知っている。父は女の人とこんなに楽しそうに話をする事なんて無いのだと。

 父が話をする時には、笑顔に見えて其処には厚い壁が有るのだと。


 でも、今聞こえてくる会話にはその信じていた壁が無くて、耳を澄ませて何を話しているのか確かめ無いといけないのに、聞いていたくない想いにイルシアリムは駆られてしまう。

 なのに耳を塞ぐ手は小箱で塞がれているから、首を縮めてぎゅっと目を瞑っている事しか出来無い。

 そんな事しか出来無いのに、そんなイルシアリムの肩を、いつの間にか大きな掌が押さえていたのだ。


 目を開けると、驚愕を顕わにイルシアリムの顔を覗き込む父の姿。


「リム!? どうしてこんな所に居るんだ!? 何が有った!!」


 必死な顔を父がしているだけに、悲憤が湧き上がって来る。


「と、父様こそ、女の人と楽しそうにお喋りしていますっ!!」

「何を言っているの!? 仕事だよ!? そんな事よりハクラもフクシも何をしているのかい!?」


 でも、小箱は赤く光る。

 お仕事だなんて、また嘘を吐いた。


「嘘、嘘! 父様の言う事はいっつも嘘! 赤く光ったわ! お仕事じゃ無いって!」

「いや、本当だって、ちょっとこの、はしたないよ!?」


 嘘吐きでいけない父を何とか懲らしめる為に、力を振り絞って足を振り上げるイルシアリム。

 膝の辺りに足跡を付ける事しか出来無くて、何とか蹴飛ばそうと暴れるも、それで暴れるのは胸の鼓動ばかりで、イルシアリムは体力の無い自分の体に嫌になる。


「ケホッ、ケホッ……コホッ、ゴホッ」

「ああ、リム! 私が悪かったから、落ち着いて、ね!?」


 甲斐甲斐しいとも言えそうな父の振る舞いだが、しかしイルシアリムの覚悟と比べてのあっさりとした様子に、果たしてその足は再び蹴り上げられた。

 その行進する兵士が如ききびきびとした足の振り上げは、父に導かれるまま何時の間にか入っていた部屋の中で、父と話していたのがイルシアリムよりも小さなお婆様と知れるまで続いて、そしてそこで止まった。

 聞いていた噂や、聞こえていた声からは、思いも掛けない状況だった。

 フードで顔の殆どを隠した小さなお婆様は、何処か楽しげにイルシアリムの様子を窺っていた。


「折角だから紹介するよ。下の娘のイルシアリムだ。ほら、リム、挨拶して」

「……イルシアリム=シーファ=ディラームですわ。お婆様はどなたでしょうか?」


 両手に小箱を掲げたまま、腰を落としてそんな挨拶をしてみれば、何故か小箱が赤く光る。

 何処に間違いがあったのかと訝しみながら、イルシアリムは小箱を見下ろして考えた。

 でも、そんな疑問も長くは続かない。

 椅子に座っていた小さなお婆様が、そのままふわりと宙に浮かび上がり、イルシアリムへと近付いて来たからだ。


「ほうほう、ご丁寧なご挨拶痛み入る。儂は大魔法使いのディジーリアじゃ! ディジーで良いぞ? 箱の光は気にせんでも良い。何と言っても儂はまだ寿命の一割も生きておらんぴちぴちじゃからのう!」


 そんな言葉に小箱は青く光る。

 お婆様なのにまだまだ十倍以上生きるなんて、一体どんな賢哲の一族なのかと畏れすら抱きながら、イルシアラムは深く頭を下げた。


「こ、これは偉大なる大魔法使い様に失礼致しました」


 しかし何故か、小箱は赤く光る。

 さっきは大魔法使いに青く光ったのに。

 後は“偉大”と“失礼”位しか残らないのに、一体何処に反応したのだろうかとイルシアリムは動きを止めてしまった。


「な、何じゃその箱は! 儂をちみっちゃいと言うのじゃな!」


 いかれる大魔法使いのお婆様にも、返せる言葉が有る筈が無い。

 なのに父が「悪戯っ子だからだろうね」なんて不用意な言葉を吐いて、しかしその言葉に小箱は青く光るのだった。


 困り切ったイルシアリムには、宙に浮くお婆様を見上げる事しか出来無かったが、幸いにしてお婆様が怒って見せた先程の様子は、父の言う様に悪巫山戯か何かだったらしく、既に怒りは鳴りを潜めて、其処には興味深げに首を傾げて左右に揺れる大魔法使いの姿が有るばかりたった。


「それより何用じゃ? 何か怒っておった様じゃが?」


 言われてイルシアリムも思い出す。

 思い出して直ぐに、どうしてか今自分がここに居る経緯を語っていた。

 誰にも言えないと思って抱え込んでいた物だけに、何でも打ち明けられそうな大魔法使いのお婆様に優しい眼差しを注がれてしまうと、もうどうにも止まらなかった。


 ただ、どういう訳かイルシアリムの話を聞いて、小さなお婆様は悄然とした様子を見せたのだが。


「おお! それはすまなんだのう。お主の父親が会いに来ていたのは儂じゃよ」


 考えてみれば、この部屋で父に会っていたのがお婆様だった事からも、それは明らかな事だった。


「と言っても、ここ十五日ばかりの事で、他は知らんがの。お主の父親は儂にめろめろでの、これは仕方の無い事なのじゃよ」


 続けて言われたその言葉に、小箱は青く光ってから、そして躊躇う様に赤く光る。

 躊躇う様に光る時は、ニュアンスが微妙な時だ。勝負事で、誰某に勝ったと或る人が言った時、普通に勝負に勝っていたなら青く光る。相手がお腹を壊しての不戦勝なら躊躇う様に淡い青。勝負自体には勝った筈なのに、審判が買収されていて敗者とされてしまったなら、もしかしたら淡い赤に光るかも知れない。


 “めろめろ”と言われて淡い赤に光るのならば、それは一体何を意味しているのだろうか。

 でも、少なくとも恋愛的な好意は抱いていないのは確かだ。

 イルシアリムは、少しばかりほっとして、ケホンと一つ咳をした。


 でも、それが本当だとしたら、イルシアリムは何の問題も無い父を咎める為に、無茶をしている事になる。

 父の部下の人達から聞いた情報は何だったのか。

 仕事では無いと赤く光る小箱はどういう意味なのか。

 侍女を撒いてまで来たその意味は無かったのか。

 何がどうなっているのか丸で分からなくて、イルシアリムはこの場で一番頼りになりそうな、小さな大魔法使いのお婆様を見上げる。

 そんなイルシアリムの周りを空飛ぶお婆様は漂いながら、慈愛を籠めてその頭を撫でるのだった。


「おぉめんこいのう、めんこいのう。それにしてもお主の父親は困った奴じゃ。下手に誤魔化そうとなどせなんだなら、行き違いを起こす事も無かったろうに」


 イルシアリムもその言葉に賛成して父へと顔を向けたが、父は今にしても往生際悪く手と首を振っていた。


「嘘なんて吐いてないよ!?」


 そんな言葉こそ嘘の筈なのに、何故か沈黙する『判別』の小箱。

 『判別』なればこそ信頼を置いていたのに、これではどう判断すれば良いのか分からない。

 そうイルシアリムが悩む間にも、父とお婆様の会話はどんどん先へと進んでいく。


「依頼を受けた儂にすれば仕事じゃろうが、武具の新調はお主にとっては仕事などでは無かろうに。――む、待て。おかしいぞ? さてはお主、儂への依頼は冷やかしですら無く、誰かに言われて依頼でもしたのかの?」

「そ、それは確かに陛下に――」

「おお! おお! 酷いのう! 思った以上に酷過ぎじゃぞ! ほれ、聞いたかの? お主の父親は自分の剣に丸で向き合えておらん。新調するのも言われるが儘の気の無い有様じゃ。むぅ、もう知らん。此度はしっかり打ち上げようが、お主の依頼も次は聞かんぞ! 精々打ち上がった剣を扱う事も出来ぬ、己の未熟を噛み締めるが良い! ほれお主も言ってやれ。あれはどうにもならぬダメパパじゃ。ほれ、儂が許すから言ってやるが良い」


 と、突然話を振られたイルシアリム。つい、言われたままに口から溢してしまった。


「だ……ダメ、パパ……」

「えー! リムちゃん酷いよ!」


 浮気をしていなかった大好きな父に酷いと言われて、イルシアリムは動揺して背筋を伸ばす。

 小さなお婆様はそんなイルシアリムに背後から抱き付く様にして、父へと苦言を続けていた。

 お婆様なのに肩に触れる手の感触は小さく可愛らしくて、かすかに感じるのは庭草が咲かせた花の様な清潔感を感じさせる香り。

 その有り様にほっこりとしていた所為で、少し慌てる事になってしまったのだが。


「何が酷いのじゃ、鍛冶師への暴言の数々に、家族に要らぬ心配まで掛けおって。可哀想にのう、大好きな父親が良からぬ事をしているのではと心配だったのじゃな。それで王城の中迄『判別』の魔道具を手に確かめに来たのじゃな。怒られると分かっていながらも大好きな父親を諫める為に勇気を出したのじゃろうのう。おぉめんこいのう、めんこいのう。そうじゃ! ここに『判別』の魔道具が有るとなれば、ここで確かめてしまおうかの」


 背中に纏わり付く小さなお婆様が、イルシアリムが父を大好きなのだと言う度に、ぴかぴか青く光る『判別』の小箱。それに気が付いて慌てて閉めようとしたその蓋が、何かに閊えたかの様に閉まらない。

 会話の中身からもここでそんな事が起こるとしたら、それは小さなお婆様の仕業だと、イルシアリムはコホッと一つ咳をしてから肩越しに背中の後ろに漂うお婆様を見上げる。

 そんなイルシアリムに一つ頷いて、小さなお婆様は父へと問い掛けたのだった。


「王様はサイファスの剣を未熟と思っている。――どうじゃ?」


 どうと言われても、それでは『判別』は反応しないと、不思議に思ってイルシアリムはお婆様を見上げるばかり。


「は、はは、『判別』の魔道具は、当事者がその場に居ないと反応しないよ?」


 父の言う通りで、大魔法使いのお婆様ならそんな事は先刻承知と思っていたが、考えてみれば魔道具が世に出始めたのも、お婆様にとってはつい最近の事なのだろう。

 事実、それを聞いてお婆様は成る程と頷いたのだから、知らなくても無理は無かった。


 ただ、そこからが大魔法使いと納得の展開だった。

 ふむと頷いたお婆様。イルシアリムの肩に置いた手から弾んだ様子が消えた為、きっと何かに考え事を巡らせているのだろうと、イルシアリムは理解する。


「それに、未熟なら未熟としても、その為の剣の調達は仕事の様な物だよね!? その職人との会話も! ほら、嘘なんて吐いていないよ!」

「……ふん、気に喰わぬが、生きる糧を得る為の道具と思えば、鍛冶師の鎚や薬師の薬研の様な物かの。しかしそこまで仕事と言ってしまえば、食うのも寝るのも仕事じゃな。気分転換に遊ぶ事すら仕事と言い張りそうじゃ。それは流石に横着が過ぎるのでは無いかのう?

 それは兎も角として、儂は少し怪しんでいるのじゃが、『判別』の魔道具は使用者の主観に影響を受けているのでは無いかの? 先程の雑談にどれだけ仕事の要素が有るかは知らぬが、儂が受付で否定された“レディ”と言えば民衆の間では淑女の意味で通っておる。貴婦人などとは思っておらん。

 『識別』が知識に応じた結果しか伝えてこんと聞く様に、『判別』も盲信するのは危うそうじゃな。

 どれ、準備は成った。もう一度じゃ。

 王様はサイファスの剣を未熟と思っておる。――どうじゃ?」

「だから――!?」

「えっ!?」


 小箱は青く光った。

 ふむふむと頷きながらも続ける、どこが偉大で無いのか分からない大魔法使いのお婆様。


「王様が未熟と思っているのは、剣の腕前よりも剣との向き合い方じゃ。――どうじゃ?」


 そしてまた小箱は青く光る。


「ふひひひ、王様も実はサイファスをもうダメパパで良いのではと思っておる。――どうじゃ?」

「待って待って! やめて! 何で『判別』が動いてるの!? あ! 君が何かをしているんだね! 幻を使って誤魔化しているのかい!?」

「ふん、そんな面倒な事など儂はせんわい。

 どれ、サイファスが街で蔵守をしておるのには、今の剣との向き合い方では魔獣との戦いは厳しいと王様が判断しているのも有る。――どうじゃ?」

「ぎゃー! ちょっと待って!! 何で青く光るのっ!?」

「ふぇっふぇっふぇっ。……まぁ、鍛冶師を侮辱したお仕置きとしてはこの位で良かろう。次に会うのは四日後じゃな。では、の!」


 イルシアリムにとって、それは偉大な魔法使いの御技を見たと言うよりも、良く分からないけれど何だか凄い物を見たという気持ちの方が大きかった。

 派手な所は少しも無いのに、イルシアリムの知識からすると有り得ない事をしている。

 でも、良く分からない。

 大魔法使いで薬師のお婆様と思ったら、鍛冶もするらしい。使えない筈の魔道具まで動かしてしまう凄い人。

 だから、何だか凄い事は分かるけれど、それは凄いとしか分からないのだ。

 そんな奇妙な感動に浸っていると、帰り掛けのお婆様がイルシアリムの頭の上に、何やら小袋の様な物を置いた。


「どれ、父親を諫める為に王城まで忍び込んで来た勇敢な嬢ちゃんには、飴ちゃんでもやろうかの。儂の作ったじゃぞ? 喉の調子が悪い様じゃが、それもちっとは楽になるじゃろう。では、元気でな」


 そう言って去って行くお婆様だが、頭の上に小袋を載せられたイルシアリムは首を動かす事も出来ず、父が小袋を取ってくれた時にはもうお婆様は姿を消していた。


「さようならも有り難うも言えませんでした」

「また会えるよ。ほら、リム口を開けて?」


 父が口の中に放り込んでくれたその粉をまぶした黄金色の飴。

 光り輝いている様なその綺麗な飴は、口の中にすっと鼻に抜ける清涼感と、蜂蜜の優しい味を広げていく。


「美味しいかい?」

「うん……」


 体を蝕む辛さまで、その甘さの中に解けていく様に、イルシアリムには感じられたのだった。



 ~※~※~※~



 サイファスラムが、王城の待合室で半狂乱になっていた侍女のハクライビへ娘を預けてから向かったのは、王の執務室だった。

 文官達が硬筆を動かすカリカリという音の中、王の下へと向かい報告を済ませるサイファスラム。


「――各地への配送も滞り無く」

「ふむ、デリリア領都でも薬を作っているとは聞いたが、そちらへは既にアザロードを向かわせたのだったな」

「ええ、空を行く事にかけては八将に敵う者が居るとも思えません」

「……案外あの者の方が巧く飛ぶかも知れぬがな」


 それを聞く王の眼差しに、何処か憐れみを感じながらも報告を済ませれば、王からサイファスラムへと労いの言葉が送られた。


「ご苦労。悪いな、お主の様な立場の者に使い走りをさせている」

「特級の、しかも何が飛び出すか分からない冒険者が相手なのですから問題有りません。正直私が対応して正解だったと思いますよ」

「そうは言うがな、お主で無ければダメパパ呼ばわりされる事も無かっただろうと思うとな……フクッ」


 思いも寄らない言葉に、サイファスラムは顔を引き攣らせた。

 労いの言葉と思えば揶揄の言葉で、憐れみはサイファスラムへと向けられていたらしい。


「…………何故それを?」


 言葉を絞り出したサイファスラムに、くつくつと喉を鳴らしながらも、王ガルディアラスは、自らの執務机に指を立てる。

 ただ、喉では笑っていても、眼差しには笑みは無い。


「ふん……ここだ。ここに幻を繋げてお前達の状況を共有していた。王城の護りなど感じておらぬ様子でな。我らが思っているよりも、王城の護りは穴だらけなのかも知れぬ。それが知れただけでも僥倖だろう」


 そして疲れた様に椅子の背に身を預けた。


「全く、あの扮装にそんな思惑などは有るまいが、中身が子供の賢者などたちが悪いにも程が有るな。

 ……ああ、武具への姿勢も責められていたが、そこは気にせんでも良いぞ。……言うまでも無く気になぞしておらんだろうがな。そもそも剣士ですら無い道具使いのお主に言う事でも無かろうが……勿体無くは有るがな。

 ふん、今更の話だ。――が、彼奴の打つ剣には我も期待している。道具使いが剣士に成れるのではと、そんな未来を楽しみにしても良かろう。十二の子供を特級に引き上げる剣だぞ? ラゼリアバラムの剣であってもそんな事は出来ぬわ!

 まぁ、あれの相手は今後もお主の役目だ。任せたぞ」


 サイファスラムはそんな王の宥める言葉にほっとしながらも、最後に「ええっ?」と声を上げた。

 蔵守の仕事は本来暇無しだが、そこにサイファスラムの仕事が一つ追加されたと理解して。

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