(89)王城散歩・上 お仕事って何でしょうね?

「学院には何を学びに来たのかと、現時点で何が出来るのかを、自己紹介には入れる様にしましょう。それではまず私からですね」


 そんな事を言いながら、同時にメモを取る紙も用意します。

 文字は焼き付ける事として、どんどん進めていきましょう。


「私は王国の南の端っこに在るデリリア領はデリラの街から来ました。デリラの街は魔の領域の直ぐ近くに在る冒険者の街で、私も冒険者をしています。自分の装備も手作りしていたりするのですけど、魔道具に使われている様な『魔紋』や『魔法陣』の力を上乗せ出来ないかと、そういう技術を学びに学院には来ました。

 出来る事と言うと、まぁ色々と手は出しているのですが、『鍛冶』と『根源魔術』はそれなりです。逆に『儀式魔法』は苦手でして、前準備をしないと使えません。

 ただ、まぁ、『根源魔術』で大抵の事はどうとでも出来てしまいますので、収穫祭の演出にしろ、ちょっとした細工にしろ、何かアイデアが有るのに手段が思い付かない時は、まずはどんな事をしたいのかを相談の場に上げて貰えれば何とか出来ると思います。

 と言う事で、私の出来る事は『鍛冶』か『根源魔術』ですね」


 と、私のメモにも一応“ディジーリア:『鍛冶』『根源魔術』”と記します。

 さて次は前列端からですかねぇと思っていましたら、レヒカが勢い込んで立ち上がってしまいました。


「ハイハイハイ! 私はレヒカだよ! 何が出来るのと聞かれたら体を動かす事だし、何をしにって騎士の勉強をしに来たんだよ! でも、そういう人は一杯居ると思うから、そうって言う人は手を上げて!! ハイッ!」


 ええっ!? と思う間も無く、二十人近い手が挙がってしまいました。


「ちょ、ちょっとレヒカ、ざっくりし過ぎですよ!? 体を動かすのが得意でも、料理も得意っていう人だって居るかも知れないのですよ!?」

「大丈夫! 居たとしても、前の人と同じって応えちゃうんだよ? っていう人は、ハイ!」


 と、丸で揃えたかの様に再び手が挙がってしまいました。

 もしかして獣人的反応なのかも知れませんけれど、何なんでしょうね、これ?


「ああ、もう! せめて名前を言ってくれないと、自己紹介にはなりません。あなたから、ハイ!」

「ライクハ!」「イアリヒカ!」「マイラン!」…………「ディノーシス」「ハルカモンド」


 レヒカに釣られて掛け声を掛けると、順番に名前を答えるので、仕方が無いので彼らは一括りで体を動かすのが得意な人です。入学説明会で見なかった顔も居てますが、まぁ気が合いそうなのはいい事と思えばいいのでしょうかね。


「私はスノワリン。中央山脈の向こうに在るシルギウス皇国から来ましタ。山脈の向こうでは辺境を除いて殆どの地域で魔物の巣が一掃されていたリ、魔法を使える人が殆ど居なかったりと全然違うカラ、こちらの基準で何が出来テ何が出来ないのか、正直まだ分かりまセん。学びたいのは向こうに持ち帰って役に立てられる技術ですけど、これもまだ手探りデす。皆さんと一緒に、互いの良いところを見付け合っテ、学んで行ければいいと考えテます」


 スノワリンは、僅かな間で言葉の違和感が少なくなってます。凄いですね。

 それでその後にも、「農家の出身だから農業は出来ると言いたいが、土地の力にも助けられていたから何とも言えん」とか言うライエンハルトさんとか、まぁ色々と居たのですけれど、どうにもバランスが騎士寄りです。

 あれだけの学科が有る学院に、新入生の半分以上が騎士っておかしくないですかね?


「そこのところどうなのですか? クロ先生」


 そう先生に聞くと、先生は少し目を泳がせたのです。


「むむ、よく気が付いたな。理由が無い訳では無いのだがね。良く有る話だが、一昨年に入学したのが孫姫殿下で、来年も王孫殿下がご入学予定というそれだけだが、どちらも学究肌なのだよ」

「つまり、頭の良い人は、無理をしてでも王族の御学友になろうとしたという訳ですか…………それは確かに物語でも良く有る話ですけれど。――こういう偏り方をされると、何をすればいいのか困りますねぇ」


 高貴なお方とお近付きになる為に~っていうところなのでしょうかね。

 その御蔭で変なのも居ないのかも知れませんが、騎士の行進を収穫祭で見せても仕方が有りません。


「参考にはならないかも知れませんが、今迄の収穫祭では何をしてきたのかと、既に決まっている内容が有りましたら教えてくれませんか? 予算とか商人ギルドに何処まで話が通っているのかとか」


 全部私達で段取りを組むという事も考えられますけれど、やっぱり条件が有るのならそれを把握するのは最初の一歩になるのですよ。


「ふむ、構わんが、そこまで心配する事も無いぞ? 大方職人が少ない事を心配しているのだろうが、例年でもそういう者らは冬に合流してくるからな。大体収穫祭なのだから、出し物を考えるとしても食い物関係が定番だ」

「あー。収穫祭ですからねぇ。でも、いいんですかねぇ? 王都の収穫祭と聞いたら凄い料理人が参戦してくる様なイメージが有りますけど」

「くく、無いぞ。寧ろ店舗を構えている食事処は軒並み休みになるな。中には修行中の料理人が屋台を出す事は有るかも知れんが、その程度だ。プロに張り合う事は考えなくてもいいぞ。

 これまでの出し物は先程も言った通り飲食店の出店が多いが、料理人がそれだけ揃っている筈も無い。事前に料理の指導はしても、当日は持ち回りだな。他に演劇をした年も有れば、演奏や歌を披露した年も有るが、成功はしなかったな。それ程広い場所が取れるものでも無ければ、小屋にもなっていない舞台の演劇を態々金を払って見たりはしない。

 因みに、予算は高位貴族の寄付で成り立っている。君達が提出する計画を見て、出資額を決める事になるな。稼ぎが見込めない企画では申請額に出資額が届かん事も有るぞ。その時点で計画を見直すべきだが、何度も審査に時間をお取り頂く事も叶うまい。始めに提出した計画をしっかり練り上げる必要が有るぞ。

 出資頂いた資金は祭りの後に返還となる。損失が出ても補塡を要求される事は無いが、貴族の支援で成り立つ今後の活動には影響が出るだろう。儲けは君達の物となるが、それを直ちに分配するか、今後の活動の為に残しておくかは自由に決めれば良い。

 場所は例年学院の出し物用に押さえて貰っている場所が有るが……そうだな、転回広場の一角なのだが……」


 クロ先生がちょっと説明に困っている様でしたので、ぴょんと机を飛び越えて教室の前に出ました。

 白板にはスケジュールが書かれていますけれど、これは冊子にも書いて有る内容です。


「冊子にも書いて有りますので、これはもう消しちゃいますね? 駄目な人は手を上げて下さい、ハイ!」


 と、レヒカ式に聞いてみれば、誰も手を挙げないので、もう消してしまいましょう。

 何だかレヒカ方式が、これからも標準になってしまいそうです。


 一々消すのも面倒なので、ざっと魔力を流して見てみます。

 つるつるの白板に、水を吸わせた墨石が黒い線を残しています。

 なら、白板から墨石の粉を浮かせてしまえば消せますね。


 そう思って、コンッと白板を軽くノックして魔力の技で墨石の粉を浮かせてから、僅かに床に落ちる墨石の粉と、足りない分は新たに砕いて作った墨石の粉を使って、白板一面に王都の地図を描きました。

 王城で一度描いた幻の通りに、墨石の粉を載せるだけですから簡単です。


「……クロール先生。俺達はそいつの事を殆ど何も知らないのだが、入学試験を見てきた先生から見てどういう奴なんだ?」

「彼女ですか? 劇薬ですね。彼女が入学試験の問題に駄目出しをした内容が、判別でも誤りとされなかったので、魔術学界は今大混乱ですよ?

 こと『根源魔術』に関しては、彼女に教鞭を執って貰いたいとの声が、真面目な声として挙がっている程です」

「……それはいいとして、何でそんなに上機嫌なんだ?」

「おや? 顔に出ていましたか。それは失敬」

「もう! ライエさんも先生も適当な事を言わないで下さいよ。自分と関わりの無い分野なんて、ちょっとした事でも凄く思えるものですよ。料理人が一瞬でお野菜を微塵切りにするのを見て、凄いと思うのと同じです。

 それよりも、そもそも王都の収穫祭がどんな物なのか知らないのですから、教えて下さいよ」


 後ろで話していたライエさん達に振り向いて言えば、苦笑で返されてしまいました。


「そうだな。収穫祭の様な王都を挙げての催しは、商業区画で行われる。東西と南北の大通りが交わる転回広場を中心として、南側と東側の大通りが会場だな。その間は獣車も裏道を通る様に誘導されるぞ。それとは少し離れてここの特産通りでも催しが有るな。

 だが、それ以外の広場などで行われているのは、近所の者が集まっての祭りだ。何かしら持ち寄って飲み食いしていたりするから、余所者は然う然う参加出来んな。

 貴族ならば王城でまた別の催しが有るが、関係するならば既に知らせが行っているだろうな」


 白板を指しながらクロ先生が説明するのを、皆さん律儀に座ったまま見てましたから、手招きをして、序でにレヒカの仲間達に前の机も動かしてスペースを空ける様に手振りでお願いしました。


「学院用に押さえて貰っているのは、この転回広場の北西側だ。場所も広さも最良と言えるだろう」

「観客席を考えなければ演劇の舞台も造れそうですけれど……」

「うむ、立ち見としても、代金を徴収するのは難しいだろうな」

「でも、学院の鍛錬場を借りられれば、何だって出来るよ?」

「いや、普通の住民は上流区画を抜けるのを嫌がるぞ? どこか学園が協力してくれるなら出来なくも無いだろうが……」

「私、つい最近まで学園でお世話になっテたけど、お客さんを引っ張ってくるのは厳しいと思う。それに、身内でも無いのに素人の演劇を態々見に来る人なんテ居るのかな?」

「良く考えなければ身内自慢になってしまうか。……何が商売になるのか、考えてみると意外に難しいな」


 そうしてまたクロ先生と話していると、前に集まってきた人から会話に参加してきます。レヒカにライエさん、スノワリンに、まだ話した事の無い人まで。

 中には片手で顔を覆ってしまっている人も居ますけれど、どうしたんでしょうかねぇ?

 そう思って注視してしまっていましたら、それに気が付いた確かランダールとかいうその人が、掌をこちらに向けて言いました。


「いや、気にしないでくれ。何でも無い」


 そうは言われてもと首を傾げると、ランダさんが深く溜息を吐き出しました。


「いや、本当に何でも無い。私が子爵家の馬鹿な息子だったというだけだ。サイファスラム卿の言葉を聞いていなければ、私も演劇を推しただろう。物を売るとしても、私が売りたい物しか考えず、何が売れるかは頭に無かったに違い無い。

 貴族の生まれの私が優先されるのは当然と、そう考えていた筈だ」


 そう言って頭を振るランダさんです。

 クロ先生は、そんなランダさんを見ながら、感心した様な声を漏らしました。


「……本当に今年は当たり年だな。いい人材が揃っている。

 蔵守卿の言った通り、その様な教育を受けていれば普通ならば気付けまい。卿の言葉だけで自らを顧みる事が出来るなら、充分に優秀だと思うぞ。

 さぁその話はここ迄だ。収穫祭の話を続けたまえ」


 それで困った顔をしながらも顔を上げた子爵家子息のランダさんでしたけれど、そういう素直な人ばかりでは有りません。最後尾近くで様子を伺う男の人は、ランダさんのそんな様子を見て苛立ちを感じている様ですから、大人しく見えても中々曲者揃いなのですよ。

 ……て、おや? それを私が首席として纏めないといけないのでしょうか? 

 むむ……それはちょっと正気には思えませんよ?


 結局の所、同期の仲間と言っても出会ったばかりでは、中々忌憚の無い意見の言い合いなんて出来ません。新たに出たのは一つくらいで、それは王都なんだから大抵の物は既に専門に扱っているベテランが居るという、身も蓋も無い意見でした。

 いやもう、条件が厳し過ぎて、行き成り暗雲が垂れ込めそうな勢いでしたが、そんな状態で考え込んでも良い事は無いのですから、今日はもう切り上げて、一人でじっくり考えるなり、条件を気に掛けながら街を歩いてみたり、そんな感じでそれぞれで考えてみましょうと言うと、何だか感心した様子で歓迎されたのです。


 そして解散する前に、白板の写しの焼き付け係をする私。


「白板の写しが欲しい人は紙を持って並んで下さいねー。消しちゃいますよー?」


 いえ、だってねぇ? 何だ彼だと雑談しながら、好きに書き込んでいった書き込みで一杯の白板は、消してしまうのは勿体無いですし、だからと言って書き写すのも大変なお宝になってしまったのですから、これくらいは協力しますよ? 首席だそうですし?


「こうも便利に使われると、私も『根源魔術』を憶えたくなるな」

「おお! それは重畳ですよ? 過保護な『儀式魔法』にいつまでも頼っていては、魔術を己の物とするのは夢のまた夢です。『根源魔術』を知ってしまえば、『儀式魔法』の制約の多さや要らないお節介さに苛々する事請け合いですよ!」


 ですけど、そんな風に『根源魔術』を推してみても、ふぅ~ん、って感じで本気で取り組もうという感じが見えないのが残念です。

 何となくでも『儀式魔法』で似た様な事が出来ていると、必要と思わなくなってしまうのかも知れませんね。

 『儀式魔法』に長じたところで、役に立たないお漏らしの技術しか上がらないのですけどね?


 それは兎も角として、そんな感じで何故か人気の出ない『根源魔術』とは違って、思い付きで始めた焼き付け係は思いの外に好評でした。

 何が利いたのか、私に向けられていた敵意が、目に見えて和らぎましたから。

 自分の分も写し終えたら、一旦白板を消してから、右半分に転回広場周りだけを描きます。

 同期の仲間が出来る事をざっくり人数で纏めて書いて、意見として出て来たポイントも書いてしまいましょう。

 まず場所はお客さんも期待充分な転回広場の一角です。屋台を出すには充分以上で、舞台を作ろうとしても観客席の確保までは出来ません。これは白板の絵に説明を描き込んでしまいましょう。

 予算は高位貴族の寄付で賄っています。なので、高位貴族の理解を得られる様に、計画を練り込まなければいけません。独り善がりになっていたり、儲けが見込めない様では初めの段階で躓いてしまいます。「新入生」と「高位貴族」の間を矢印で結んで、高位貴族へ向かう矢印の上には「計画」と、新入生へ向かう矢印の下には「寄付」と示します。

 何をするにしても、その専門家が揃っている筈が無いのですから、店は同期の仲間で協力して回していかなければなりません。料理をするとするなら、騎士であっても包丁を握ったり、お盆を持って給仕に回ったりするのです。「全員で協力」と書いて、丸で囲んでしまいましょう。


「こんな所ですかね? 他に何か有りませんか? ――何も無い様ですから、今日はここまでという事に。また明日の朝お会いしましょう。では、気を付け! 先生に向かって礼!」

「「「「有り難うございました!」」」」


 何の打ち合わせも無い号令でしたけれど、何処の学園でもお定まりだったのか、皆声を揃えて礼をしたのでした。

 学院ではそんな習わしは無かったのか、クロ先生がきょとんとしていたのが印象的でした。



 さて、学院が終わったのなら、早目に厄介事は済ませてしまいましょう。

 そう思って広げていた筆記具を片付けて、序でにレヒカ達が机を元に戻すのを手伝っていた私に、掛けてくる声が有ります。


「ディジー、今日は街に下りるノ?」


 とは、スノワリンから。


「……いえ。ちょっと厄介な仕事だとか、延び延びになってしまっている仕事が有りますので、そちらが片付くまでは残念ですが遊びに出掛けたりとかは出来そうに有りませんねぇ」


 と、スノワリンに答えます。


「お仕事! って、何をしているの?」


 と、今度はレヒカ。


「一つは魔法薬作りなんですけれど、そのまま発表すると騒ぎになると王城に言われまして、発表前に各地に送る事になったのですが、その為の薬草を冒険者協会から受け取って魔法薬にするのが今日なのですよ。もう一つは鍛冶師としての私に指名依頼が入っていたのですけれど、私の鍛冶場が使える様になったのが一昨日ですからお待たせしてしまっているのです」


 と、レヒカにも答えます。

 まぁ、剣を打つのに一番厄介な部分は昨日一昨日きのうおとついで終わっていますから、放課後だけでも何とかなりそうでは有りますが。


「出来上がるまでは、発注頂いた方に魔力を提供して貰ったりもしていますから、やっぱりお出掛けは出来ませんねぇ」


 と、そこで貴族っぽいディノさんが気付きました。


「……成る程、蔵守卿か」


 体を動かすのが得意だと言っていた内の一人ですけれど、どうやら勘も鋭そうです。


「おや? 口止めされている訳では有りませんけど、一応内緒でお願いしますね。どうも私の腕を見込んでと言うより、冷やかしの延長の様に依頼されてしまいましたから、ちょっとこれは気合いを入れて見返さないといけないのですよ」


 何というかサイファスさんの対応は、オーダーメイドの剣を発注したと言うよりも、数打ちの剣でも所望しているかの様なんですよね。と言うよりも、サイファスさんにとって剣は消耗品、いえ寧ろ使い捨てな感じがして、ちょっともやもやとしてしまいます。


「それでも蔵守卿の目に留まったなら大した物さ。目に入れて貰うだけに躍起になる商人を知っている手前としてはな」

「そういうものですかねぇ?」


 まぁ、他人は他人、私は私です。

 そんな事を会話してから、私は冒険者協会へと向かったのでした。



 さて、冒険者協会で案内された部屋に用意されていたのは、幾つもの保存箱に詰め込まれた薬草と、収集瓶仕様の幾つもの中瓶です。

 リューイには収集瓶が本当に良いのかは分からないとか言いましたけれど、今の所収集瓶が悪さをしている様には見えないのですよね。正直収集瓶が何をしているのか分かりませんので、これこそ学院で『魔紋』や『魔法陣』を学ぶまでは判断が付きません。まぁ、もしかしたら学んだ後でも判断が付かないかも知れませんけれど。


 顔見知りの職員さんに、薬草を明けても大丈夫な、床に敷く大きな布を用意して貰います。

 そしたら保存箱の薬草を宙に浮かせて、質で選り分けてしまいましょう。


「お待たせしました、な――……申し訳無い、もう明けてしまいましたか」

「品質で分けて頂いていたのですね。預けていた依頼料で足りましたか?」


 やって来た副長さんが、既に選り分け終わった薬草の山を見て肩を落とします。

 私が見た感じでも概ね品質通りに分けられていましたので、『識別』なり『鑑定』なりで見える情報は、私の感覚と懸け離れてはいない様ですね。


「寧ろ、余らせてしまいましたな。面目無い事です。何処の草原で採ってきたのか基準に満たない分については、そういう物として通常の買取をしましたが……箱に戻されているという事はやはり使えないのでしょうな」

「まぁ、仕方有りませんよ。この近くには植生豊かな魔の森も少ない様ですし。でも、残念ですが、ランク四か五の魔法薬には出来そうですけど、効果も小さいですし数日しか持ちませんから、今回は使えません。引き取れませんよ?」

「仕方が有りません。違約金が出ないだけで御の字でしょうな」

「私も自分で集めておいて正解でした。収集瓶はもう少し欲しいので、余っている依頼料で買えるだけお願い出来ますか?」

「うむ、承った」


 そんな感じで私の在庫も吐き出しながら、「活性化」で作った先から『亜空間倉庫』に収納されていくべるべる薬とばんばばん薬です。やっぱり自分で採取した薬草で作った方が、出来映えも良い物になりますけれど、何とか必要量は全部特級以上には仕上がりましたかね?


 「活性化」は私の『根源魔術』の中でも間接的に活性化を促している様な感じがしますので、魔力を籠めて処理を早めるという訳には行きません。寧ろ、品質の劣る薬草を特級に引き上げる為に丁寧な作業が必要でしたので、そこそこ時間が掛かってしまった感じがします。

 と、そんな事を思うのは、冒険者協会の裏口からスノワリンが入って来たからなんですけどね。スノワリンはどうしてか一般人よりも魔力が小さくて、魔力で探るには見落としそうになるのですけれど、もう慣れました。その理由も、山脈の東側の魔の領域が殲滅されているという話を聞けば、まぁ納得というものです。


「あレ? ディジー?」

「入れ違いになってしまいましたね。そう言えば、ハーゴンは野菜炒めにすると美味しいですよ?」

「エ!? 行き成リ、何の話!?」

「では、また明日学院で!」


 大量に余った引き取り出来ない薬草の処理を、きっとこれからどうにかしてするのだろうスノワリンの健闘を祈りつつ、学院の中の新築拠点に戻って、私は暫し考えます。

 今回のこれは、冒険者協会を通して依頼された訳では有りませんけれど、毒煙の治療法が見付かったという話を聞いて王城から協力を要請された、まぁ依頼と言ってもいい内容です。つまり、お仕事ですね。


 でも、お仕事って何でしょうね?


 極々簡単に言えば、お金を稼ぐのがお仕事だとは分かっているのですけれど、どうにも納得出来ない自分が居るのです。

 何て言えばいいのでしょうねぇ? こう、毒煙の治療薬の代金なんて、今日一日のお仕事で、また凄い事になりますよ?

 お金を稼ぐのがお仕事ならば、今日はとんでもなくお仕事をしたという事になってしまいますけれど、どうにも満足感という物が有りません。苦痛という訳では有りませんが、ちっとも楽しくないのですよ。


 サイファスさんを待つ今の時間で、余ったジークの端材で荷車を作っている事の方が、まだ面白いのです。

 軟らかい辺材もしっかり固めて炭化させて、黒くて硬い板材にして。

 王都で見掛けた獣車の様に、つるつるの石の筒に車軸を通して更に受ける側もつるつるの石の筒に。

 更に荷台には薬の瓶が転がらない様に、ほぐした木の皮を敷き詰めましょう。

 軽く動いて跳ねても車軸が外れない、黒い荷車の出来上がりです。


 掛かった手間はどっこいどっこいな割に、魔法薬より遥かにお安いと思うのですけど、満足感は荷車作りの方が優るのです。

 きっと学院での収穫祭への参加も、言ってみればお仕事体験の意味合いが強いのでしょうから、ここはどうしてそんな気持ちになってしまうのか、しっかり考えておかないと、どうにも旨く有りません。

 そう思うのに……。


「どうしたのかな? 珍しく難しい顔をして」


 駄目ですね。時間切れです。

 私は深く溜息を吐いたのでした。


 まぁ、サイファスさんに直ぐに見付かったのは、寮生用の食堂へ向かう通用口の直ぐ近くで私が作業していたからなんですけどね。

 拠点の前は花畑にする為に耕してしまっていますし、それで無くても林の様に木が立ち並んでいるのですから、荷車を造るには手狭だったのです。

 造り上げればそのまま王城へ引っ張って行きますので、開けた場所の方がいいですよね?


「……ちょっとお仕事について考えていただけですよ? 冒険者としてのお仕事とは、色々と毛色が違う事も多いですから」


 ですが、どうやら考え込みながら荷車を造り上げていく私はそれなりに目立っていたらしく、何をしてるんだろうっていう感じで注目の的です。

 まぁ、通用口を使うのは大抵が学内寮の住人で、それ程多くは有りませんが。

 サイファスさんも訝しげですけれど、荷車に敷き詰めた木の皮のクッションに私が魔法薬の瓶を埋め込んでいるのを見ると、頭を振りながら直ぐ近くまでやって来ました。


「君に荷車は必要無いんじゃないのかな?」

「私に必要無くても、受け取った人には必要ですよ? サービスです。それに王城へ『倉庫』に入れた物を持ち込むのも……――え!? もしかしてその辺りは見られたりしない感じなのですか?」


 言っている途中で、これまで王城へ行く時に、そういう意味では止められた事が無かったと気が付きました。


「その辺りは今更かな。『判別』の魔道具が出来るまでは、それこそ各国の諜報員が好き勝手に入り込んでいたとは聞くけどね。魔道具が出来てからは、『倉庫』含めて隠し持っている物品も明らかになって、随分と平和的に取り締まる事が出来る様になったかな。まぁ、それでも蔵守の仕事は有るのだけどね」


 おっと、ここでも“仕事”です。

 荷車の引き棒の内側に潜り込んで、具合を確かめたら出発です。

 そんな私を、若干微妙な表情で、サイファスさんが見ていました。


「そのお仕事で頭を悩ませていたのですよ。首席なのでと収穫祭での出し物の取り纏めを任されたのです。まぁ言ってみればお仕事体験なのでしょうと思ってはいるのですが、今迄余り深く考えた事は有りませんでしたから。お金を稼ぐのがお仕事だとは分かっているのですけれど……」

「……成る程、収穫祭への参加は、学院の伝統だったな。まぁ金を稼ぐのも間違いでは無いが、突き詰めると生活の糧を得る事では無いかな? 田舎ではまだ物々交換をしている所も多い。金や銀の鉱物や、魔石や宝石といった物を用いるのは、物々交換する仲立ちに劣化しない産物が便利というのが理由だね。

 悪い例で言うなら、掏摸すりが盗みを働く事も仕事と言うかな。売り物では無い畑仕事も仕事だね」

「ええ、そこまでは分かるのですけれど、ならお金が稼げるのが良い仕事なのかと考えると、そういう訳でも無さそうですし、満足感も関係無いみたいですからねぇ」

「ははは、それはそうだね。生きてきた時間は人それぞれだから、感じ方も千差万別さ」

「そんな人達を纏めて出し物を決めないといけないのですから、何を目安にどう決めればいいのか分からないのですよ」

「む、確かにそれは難題だね」


 口には出しませんでしたけれど、一番の悩みはサイファスさんが千差万別という感じ方なんですけどね。流石に毒煙の治療薬作りが不愉快だとか言ってしまうには、そこまで何でも話せる間柄にはなっていないのです。


 とまれ、そんな事を話している内に学院の門が見えて来ましたが、……閉まっていますね?

 サイファスさんは当然の様に通用扉から出てしまいましたので、私もその後を追って、荷車は宙を浮かせて門の外へ。

 ……いいんですかね、これ?


「まぁ、学院が収穫祭で出し物をする思惑は兎も角として、商売をするなら店も客もどちらも幸せになるのが良い商売とは聞くかな。粗悪品や贋物を高値で売りつけるのも、原価割れで物を売るのも、どちらも良くないそうだ」

「冒険者協会の買取は、随分と高値を付けてくれますけどね」

「そうなのかい? ……いや、それでも冒険者協会にちゃんと儲けは出ている筈だね。高値が付くのは、きっと君の腕が良いのだろう。同じ品物でもランクが三つも違えば、十倍から百倍と値段も変わる。素材にしたってそうなのだろうね」


 と、そんな会話をサイファスさんとしながら、向かう王城もご近所な感じですね。ちょっとした散歩の様な気軽さで行く場所では無いと思うのですけれど、何処か寛いだ様子のサイファスさんの所為でそんな印象が否めません。

 取り敢えず、薄暗くなってきた道を行くのに、ぴかぴか目に痛い魔法薬は隠しておきましょうか。

 そう思って、私は『亜空間倉庫』から取り出した一枚布を、荷台のべるべる薬とばんばばん薬を覆う様に被せるのでした。


「私が学院に居た頃は弁証法が流行はやっていてね。持論を披露したい口達者な数人を残して、他の者は祭りを楽しんでいたりなんて事も有ったよ。収穫祭への参加という意味では極一部しかしておらず、演台に立った者も屁理屈を捏ねくり回す空け者と言われ、学院自体の権威も下がって誰にとっても良い事にはならなかったなぁ。

 成功したのは飛び抜けた才能の者達だけかな。真面目に舌戦を繰り広げていたと思ったら、どんな話も最後に落ちを付けて滑稽話にしてしまう天才と、屁理屈と承知の上で言い負かす事が出来たら賞金なんて事を考え付いた奴らだな。後の者達は観戦者に軽食を売り歩いて、その代金に応じて投票券を配ったりと工夫を凝らしていたよ」

「ほほう……。物を売り買いしたりとか、歌や踊りを披露して稼ぐのも知っていましたけれど、組み合わせるのも面白そうですね」

「重要なのはそこで生じる感情だね。良い感情は良い行動を生み、更にまた良い感情を導いていく。悪い感情もまた然りだ。つまり、皆が楽しくなれば世の中は良くなっていくが、人を騙したり盗みを働く者が居ると世の中も悪くなっていく。その悪い者を取り締まって、悪い循環を止めるのが、言ってみれば蔵守の仕事さ」


 成る程と思いながらも、これまた『亜空間倉庫』から灰茶色のローブを取り出して着込みます。所々煤けた感じで、怪しい薬売りにはお似合いの装いです。

 北の方の結構厳しい魔の山岳地帯に棲む、狼系の毛で編んだ厚布だそうです。見た目と違って、かなりいい品物なんだとか。

 そして捻じくれ曲がった杖! 指にも金銀熔かして指輪をあしらい、妖しさ満点の腕輪に首飾りも装備ですよ!


「王都研究所や学院の状況も、そんな悪い循環が重なった結果なんだろうね。放置すれば何処まで影響が広がったか危うい所だったけれど、それも君の御蔭で止める事が出来た。ここからは良い循環に戻す重要な時期だから、そういう意味では君達にも少し期待しているかな」

「え? 私達ですか?」

「そう、君達。食堂で私に意見を言ってくれた、まだ学院の悪い習慣に染まっていない君達ならばこそ、気が付けるおかしな点も有るだろう。しんばそれでおかしな人に絡まれる様な事が有ったとしても、君なら歯牙にも掛けないだろう?」


 そんな面倒な事を言いながら、ちらりと私を見たサイファスさんですけれど、何故か私の格好への突っ込みは有りません。

 ローブを着るくらいは普通と思っているのか、『隠蔽』が気が付かせないのかは分かりませんけど、何も言われないのはそれはそれで寂しいものですと思いながらも、次は荷車を牽く騎獣を創造してしましょう。


 薬売りの怪しいお婆さんが荷車を牽かせる騎獣です。貧相で、何処か不気味で、頑冥で言う事を聞かない、そんな騎獣がいいですね。

 という事で、創り出した幻の騎獣がこちら。

 体高は低く、私より頭がちょっと高い程度。安っぽい茶色の毛色の四つ脚で、ずんぐりとした首にはぱさついた鬣が有ります。面長の顔の口はだらしなく開けられて、目は何処を見ているのか見ているだけで不安になってくる感じです。

 言ってみれば、見た目は病気かあるいは歪化したロバ。実際にそんな説も有る様ですが、真実は明らかにされていない謎の生き物。

 ロバに似てロバに非ず。故にバロと名付けられた騎獣の姿が其処に有りました。


 と言っても、私もバロらしき騎獣とは、王都に来る時に一度擦れ違っただけなんですけどね? そんな一瞬では何も分かりませんので、殆どは想像です。

 でも、良い出来です。

 特に、何処を見ているのかも分からないのに、じっと自分を見ているかの様な目が何ともバロ的です。

 だらだらと涎を垂れ流す口元も外せません。

 この恨み骨髄に徹しておかしくなっている様にも見える所が、怪しい薬売りのお婆さんとの間にドラマを感じさせるのですよ!


「それが仕事かどうかに拘わらず、人が動けば変化が起こる。良い変化も、悪い変化もね。ただの粘土を家宝ともなる壺に仕上げられる者も居れば、その壺をうっかり割ってしまう者も居るという事だね。君はデリリア領では守護者を斃し、ライセン領では魔の領域を討滅し、王都に幻の食材を齎し、研究所と学院の腐敗を正し、更に不治の病の薬を創り上げた。これだけの良い変化を起こしてきたんだ」


 王城の門まで辿り着いて、そこでサイファスさんはくるっと振り向いて言いました。


「君に期待するなって言うのは無理じゃ無いか、な?」


 最後を疑問符で終わらせたサイファスさんに、私も重々しく頷きます。


「うむ、儂の力を見抜きしその慧眼、流石じゃの。儂にはさして興味も無い事じゃったが、微力を尽くして進ぜよう」


 動きを止めてしまったサイファスさんから、門に設けられた受付へと顔を向けて、


「王城の求めにより魔法薬を卸しに来たのじゃ。通らせて貰うでの」


 皺くちゃの左手に持ったマール草の回復薬を軽く掲げながらそう言うと、受付の魔道具が青く光りました。

 うむと頷いて、前に一歩……


「いや、いやいや何をしてるのかな!? オババは兎も角、そっちの生き物は何かな!?」


 サイファスさんがオババと口にしたところで、杖と一緒に右手に持つ強壮薬を軽く掲げます。


「オババとは何じゃ!? このぴちぴちに酷いじゃろう!? ふん、それは生き物では無いわい。バロ的な何かじゃ、何か。イヒヒ、恐ろしいのう」


 右、左、右と魔法薬を持った手を掲げます。


「待った待った! 取り敢えずその手の魔法薬を仕舞おうか」

「何故じゃ? 儂の作ったマール草の回復薬と、ハーゴンの強壮薬じゃ。ほれ、いい翡翠色と赤色をしているじゃろう?」


 掲げるのは当然の如く左手に持つ回復薬です。回復薬は翡翠色の光を放ち、魔道具もまた青い光を放ちました。

 受付に座る騎士様達が凄い顔で凝視してきますけれど、私は魔法薬を掲げて見せてるだけですよ?


「卿……この方は本当に信用しても良いのですか?」

「……どうだろうね」


 これはどちらを掲げればと思ったのですけれど、魔道具が何の反応もしませんでしたからどちらも掲げずにいましたら、結局魔道具は光りませんでした。

 ……成る程、魔道具の反応を見た方が、光るかどうかも分かり易いのかも知れません。


「ふん! 儂の話を信用したからこそ、今儂はここに居るのじゃろうが! 巫山戯た事を言うでは無いわ! ほれ、それよりさっさと案内せんか。レディを待たせるものじゃ無いわい?」


 カツカツカツと杖先で地面を叩いて、先へと促す素振りを見せたのですけれど、妙な所で魔道具が赤く光りました。


「な、何じゃ!? 儂がレディというのに文句が有るのじゃと!? ――ま、またじゃ! この魔道具は壊れておる! 壊れておるぞ!!」


 レディというのを否定する失礼な魔道具に、左手の回復薬を高く掲げながら本気半分に詰め寄りましたが、ぴかぴか赤く光るばかりです。


「壊れておるぞーっ!!」


 と、杖を振り上げた所でサイファスさんが捕獲するまでが、一連のお約束ですね。

 この辺りの呼吸は、何故か合ってしまうのですよ。サイファスさんも罪な人ですね。


「……レディというのは貴婦人を示しているから、赤く光るので正解だね」


 おや? それは知りませんでした。

 そうなると、益々『判別』の魔道具の仕組みが分からなくなってしまいます。

 考えられる事としては、『判別』が直接その人を見ている訳では無く、神々の書庫に記された記載と見比べているという事ですが、多分その記載も絶対の物では有りません。私が毒煙の治療法を見付けるまで、毒煙は不治の病とされていたと思いますが、きっと今は違います。貴族の間でレディが貴婦人を示していたとして、庶民の間では単なる淑女だったとしたならば、『判別』はどちらを正しいとするのでしょう。

 何となく、神々の書庫の司書様に問い合わせても、首を傾げられてしまいそうで、何とも微妙な想いが募ります。

 まぁ、それはそれとして――


「ぬぬぅ、それではおかしい事では無いのかの、て、ああーーっ!!」

「ほら、検問ではフードは取るように」

「い、行き成りなんて酷いですよ!?」


 ちょっと考え事に気を取られている間に、サイファスさんにローブのフードを捲り上げられてしまいました。皺くちゃの幻も、フードに関連付けていた様なものですから、ばっちり素顔を晒してしまいましたよ?

 目を丸くして凝視する騎士様方には、「いやん」とか言っておきましょう。


「そういう訳だから、お調子者の魔法薬師は連れて行くよ」

「……はぁ、卿。優秀なお弟子さんを見付けてこられましたね」

「ちょっと君達?」

「違いますよ? 同好の士というものですよ?」

「君も!」


 そんなこんなで足止めされながらも、私達は王城の敷地へと漸く足を踏み入れたのです。



「あんまりグッと来ませんでしたねぇ」


 門を入って直ぐ左に折れて、御用口へと向かったのとは逆側の壁の際を荷車を牽きながら進みます。

 やっぱり納品用の入り口は、御用口とは別に有る様ですね。

 こちらも庭園の脇ですし、獣車用だからか道も広々としていて、明るい昼間に来れば眺めもきっといいのでしょう。


 門では少し燥ぎ過ぎたかと、本のちょっぴり後ろめたい気持ちも有りましたけれど、特に問題な行動だったとは思えませんし、フードを取ったら直ぐに幻も解除しましたので、許せる範囲と思って良いのではないでしょうか。

 何と言っても、取り締まるべきサイファスさんが肩を揺らしているのです。


「君ねぇ、私も怒らない訳じゃ無いんだよ?」


 そんな事を言っても、声が震えているのですよ?


「楽しくなる感じで攻めてみたのですが……。地元でなら囃して盛り上がる感じなんですけどねぇ」

「彼らは仕事中! 不審者を取り締まっている所に、怪しいオババに扮したりなんて、仕事の邪魔しかしてないからね!?

 まぁ、それでも君が彼らの混乱を楽しむだけの人物で無かったのは幸いかな」


 おっとまたしても“仕事”です。

 そうですね。仕事中の騎士様の邪魔をするのは駄目でした。

 ……仕事中のメイドさんならいいのでしょうかね?


「吃驚させるのは好きですけれど、思った感じでは有りませんでした」

「巫山戯てはいけない時っていうのは有るよ。まぁでも、思い付いちゃったら――」

「止まらないんだけどね~」「止まらないんですよね~」


 思わず声が重なってしまって、顔を見合わせてしまいます。

 サイファスさんが困った様に、小さく吹き出してしまいました。


 ええ、そうです。思い付いちゃったなら、仕方が無いのですよ。

 それが分かっているからこそ、同士サイファスさんも責め切る事が出来ないのでしょう。これが他の人だったなら、もう少し怒られているに違い有りません。

 思い付いてしまったら~~……でも、ふとした事で、冷静になってしまうと、冷や汗が背中を伝う物ですけれど、サイファスさんと一緒だと仕方が無いと納得しちゃうので危険ですね。

 でも、きっとこれもサイファスさんがセーフと思う範囲内だったと言うだけで、そこを越えていたらきっと冷や汗処か体が震えてくる様な事態になっていたかも知れませんけどね?


「思った感じに面白くはなりませんでしたので、もう一回だけ試してみてもいいですかね?」

「……何をするのかな?」


 王城の左手にある建物の扉の前で、サイファスさんに聞いてみました。

 何をするのかと聞かれましたけれど、まぁ言ってみれば良いという事でしょから、私は荷車から離れて、幻のバロ擬きへと向き直ります。

 フードを被ってお婆さんの扮装をして、そして指を突き付けて言い放つのです。


「イッヒッヒッ、ここ迄よう荷を運んでくれたが、お主はここで馘首くびじゃ。お疲れ様じゃのう、ヒッヒッヒッ」

『ビヒャ!?』


 バロ擬きが何処を見ているのか分からない目を見開いて、断末魔の様な奇妙な鳴き声を上げます。


馘首くびじゃよ、馘首くびじゃー! 馘首くび馘首くび馘首くびじゃー!!」

『ビヒャッ!? ビヒャビヒャビビヒャヒャヒャヒャビヒャヒャビビヒャヒャヒャビヒャビヒャッ!!!!!』


 馘首と言われる度にバロ擬きはその体の震えを大きくして、どんどん目に留まらない程の震えにブォーなんて音まで立てて、最後には引き千切れた体の部品を弾き飛ばしながら、飛散で悲惨な死を遂げました。


「何というバロ的な!」

「怖いよ!」


 サイファスさんがおののいていますので、まだ地面付近に蟠る血煙の黒い影から、私の背丈程有るバロの顔をぬぼーっと――


「だから怖いって!! ……この騎獣は幻だったんだね」

「ええ、いい出来ですよ?」

「前に見た大猫も」

「幻ですねぇ」

「……成る程、確かに子供は不気味で妖しい物が好きだよねぇ」


 おや? 酷い事を言われました?

 牽き手の居なくなった荷車を代わりに引っ張るサイファスさんに追い縋りながら、言い募ります。


「それは酷いですよ!?」

「いや、あれを見て面白いとは言わないかな。普通は怖いとか不気味と思って忌むだろうね」

「地元なら、皆『なんだ』で済ませますよ!?」

「それは無いって」

「大猪鹿を王都に運んだポーターの人達を出迎えた時に、歓迎代わりに街の人達含めて幻の角付きで出迎えたのですけれど、行き成り角を付けられた街の人も『何だディジーリアか』って感じでしたし、『角無しなんて情け無い、内のコラフクを安くしとくよ』って野菜を売りつける八百屋の小母さんまで居ましたよ!?」

「ぶふっ、くっくっくっ、何だいそれは、想像が付かないよ?」


 サイファスさんは笑いながらも、それは既に私が信用を築いている地元の街だから成り立つ話と窘めました。まだ誰も私を知らない王都では、同じ反応が得られる筈は無いと言われれば納得です。

 ですけど、“誰も私を知らない王都”……なんだかちょっといい響きです。これから“知られざるディジー”とか、“知る人ぞ知るディジー”とか、言われる様になるのでしょうかね?

 そんな事を思いながら、くっくっくっ、と含み笑いをする私を、サイファスさんが呆れた様に見下ろしていたのでした。



 王城の左手の建物には、獣車ごと入ってしまえる会議室が幾つも在って、その中で軽くサイファスさんとの打ち合わせを済ませてしまいます。


「――説明書きは前に貰った物で良し、と。……結局荷車の外からも瓶が出てくるなら、荷車は要らなかったのでは?」

「ですから、あれは荷が見える様にしていたのですよ。見せるだけですから、全部積む必要も有りません」

「ふむ、そういう考え方なんだね。……それにしても変な薬だねぇ。本当に部屋の明るさでも色が変わって見えるんだね」


 まぁばんばばん薬は、明るい所では橙色、暗い所では緑色、その中間で灰色と、本当に変な薬ですから、そんな感想が出てくるのも分かります。

 そんなこんなで薬を渡してしまいさえすれば、御役御免となるのでしょうけれど、サイファスさんとは他にも色々と関わっていますから、ちょっとした雑談の時間です。


「それにしても、これは報酬が大変な事になるけれど、本当にこの条件で良かったのかい?」

「ええ、お伝えした通り、悪用しようと思えば色々と出来てしまう薬ですから。それで何か起きたとしても、こちらでは何も出来ませんし、何もするつもりは有りません。その管理を含めてお任せすると考えれば、それでも貰い過ぎかも知れません。そんな調整だとかは全部王城にお任せですし、そもそもが私達が八つ当たりの被害に遭わない様に慮って下さったものなのですから。自ら毒を呑んだ人に配慮したと思われるのは業腹ですので、一人分三十両銀の特別価格は飽く迄王城への割り引きですよ?」

「あー……うん、毒煙の病を患う者には確かに毒煙吸いが多いんだけどね、魔晶石鉱山や魔道具の工房でも患者は出るかな。それに毒煙吸いにしたって好きで吸っているとは限らないからね。毒煙患者っていうだけで、そう嫌わないで欲しいかな」


 おや? それは知りませんでした。

 確かに別種の魔力を取り込んでしまう事が毒煙の病とするならば、他で患者が出ていてもおかしくは有りません。


「なら、もう少し値引きして一人分二十両銀ですかねぇ。因みに、言っていた通り魔石払いなら倍額換算でいいですよ」

「ははは、正味九割引きじゃ無いか。本当にいいのかい?」

「それでも中瓶一つで千両銀。百本以上有るので十万両銀を越えますよ? お金には困っていませんし、私にとっては魔石の方が価値が高いので充分なのです。……面倒事は御免ですから、今回限りとしておきますけどね」


 そんな遣り取りをしている間も、サイファスさんが呼んだ小姓が魔法薬を梱包しつつ運び出していきます。

 結構大きな荷物ですから、便りの鳥に持たせるのも大変だと思ったのですけれど、王城ではそれなりに大きな竜種とも契約しているらしいです。

 そうなるとそんな竜に会いに行きたくもなりますけれど、何となく王城にはこれからも遊びに来そうな気がしますから、別の機会でも構わないでしょう。

 何となく、そういう完全に遊びな時間は、少なくともサイファスさんの剣を打ち終えるまでは、後ろめたい気持ちになってしまうのです。


「それでもオークションに出された大猪鹿と比べれば半額程度。何千人もの命を救うだろう薬と考えれば破格だよ」

「『魔力制御』が出来て遣り方さえ分かれば自力で治す事が出来て、『魔力操作』も出来れば他人の治療も出来ると思えばぼったくり価格ですねぇ」

「いや、それを簡単に言われてもね? 『魔力制御』も『魔力操作』も高等技能と言われていて、出来る人は然う然う居ないよ?」

「……はぁ、ここでも『儀式魔法』の弊害ですかね。『儀式魔法』は自分の魔力の制御が出来ていると使い難くなりますからね。その所為で使える人が少ないのでしょう。皆、『根源魔術』に乗り換えればいいのですよ」


 『儀式魔法』が使える人は『魔力制御』も『魔力操作』も覚束無いというのなら、『儀式魔法』の過保護さがあだになっています。

 これでは第三研究所の所員に『根源魔術』を教えても、『根源魔術』を使い熟せる様に成るまでは、それまで使えていた『儀式魔法』も使えなくなったりと、暫く真面に魔法が使えない期間が出来てしまいそうですね。

 案外『儀式魔法』使いが『根源魔術』を使い倒せる様になれば、魔力の制御を放棄するのも取り戻すのも自由自在の、私よりも器用な魔法使いになるのかも知れませんけれど。


「え? ちょっと待って!? それじゃ、あのバロも、前に見せて貰った幻も、その後に乗って帰った大猫も、全部『儀式魔法』では無かったのかい!?」

「『魔力制御』と『魔力操作』の賜物ですね。『根源魔術』はその二つがほぼ全てですから。と言うより、サイファスさんの剣も次の休みには打ち上がりますけど、私の武具は『魔力制御』や『魔力操作』が出来ていないと扱えないらしいですけど大丈夫ですかね?」

「ええ!? ……扱えないって、どうなるのかな?」

「切った獲物が弾け飛んだり、撃った魔法が明後日の方向に飛んでいったりしたみたいですね。折角打ったのに、能力を抑える改造を求められるとは思いませんでしたよ。ま、使えなかった時は、自分の腕が足りなかったのだと諦めて下さいな」


 サイファスさんはもしかしたら『根源魔術』寄りでは無いのかも知れませんね。奇妙な表情で慌てている様子からそれが窺えます。

 それよりも、高が武器でしょなんて言葉が漏れ聞こえて来そうな態度の方が、私としては問題ですけれどね。

 “黒”や“瑠璃”に助けて貰ってここまで来た自覚が有る私としては、ちょっとそういう態度にはいらっと来るのです。

 ここはやっぱり目に物見せないといけません。まぁ、四日後に納品に来た時にでも、驚いて貰う事にしましょうか。


「…………うん、そういう事なら、期待して待つ事にするかな。それにしても、見分けが付かない幻とか、体の自由を奪う魔法薬とか、そういう力が有るから特級にも至れるのかな?」


 そんな事を話しながらも、この場所が壁を隔てて私の拠点の直ぐ近くでも有りましたので、その程度の距離なら結構楽に、実は私の鍛冶場ではサイファスさんの剣を打つ為の段取りを進めていたのですけれど……。

 ちょっと手が止まってしまいましたね。

 特級に至った理由から、武具を抜いたのは態とでしょうか?


 まぁ、そんな感じにも思えないのですけどね。

 どうも私に武具の御蔭である事を否定して欲しいみたいですけれど、鍛冶師の私にそんな事を求めるとはいい度胸です。

 ここはきっぱりと言ってのけてしまいましょう。


「デリラで守護者を斃せたのは武具の御蔭ですよ? 魔法薬を初めて作ったのは討伐の道中ですし、幻なんてそもそも操れる様になったのは極最近です。

 私が守護者を斃せたのは、私の【名刀】毛虫殺しが頑張ってくれた御蔭です。

 ……もう! 何でそんなに疑わしげに見るのでしょうかねぇ。鍛冶師の私にそれは少し破廉恥ですよ!?

 前にサイファスさんの剣を見た時に、剣を振る時の魔力の扱いがへたっぴとは知りましたけれど、それにしても良い家の生まれなのでしょうに剣に失望している理由が分かりません。

 そんなもやもやなんて吹き飛ばしてしまう剣を打ち上げて見せますから、その時になって己の不明を愧じればいいのですよ!」


 まぁ、言ってやりましたよ。それでもまだ猜疑する様な気配が目の奥で揺れるサイファスさんですけど、これ以上は言っても仕方が有りません。それに、もしかしたら武具を使い捨てにする事で力を発揮する様な流派も有るかも知れないですから。

 嫌ですねぇ、そんな武具を生贄にする様な流派は。鍛冶師としては許せませんけど、そこはまぁ人それぞれでしょう。


 その後も、学院の食堂のメニューや、王城の食堂のメニュー、この前ガオーと吃驚させたメイドさんの名前や、幻を使った新たな悪戯のアイデアとお喋りしながら一服する間にも魔法薬はどんどん運び出されて行きました。

 後に残るのは黒い荷車ばかりです。

 そんな事より、私には少し前から気になっている事が有るのですけれど――


「荷車は、やっぱり君が持って帰った方がいいだろうね。王城の荷車は足りているし、規格が違うと管理が面倒になるだけだよ。収穫祭に参加するなら役立つ事も有るだろうさ」

「……そうですね、そうしましょうか。――それより、どうもお客さんですけれど、あれはどちらへのお客さんでしょうね」


 暫く前から部屋の前に佇む気配は、私よりもちょっと年上なだけの女の子ですけれど、その魔力には憶えが有りません。

 だとすればサイファスさんへのお客ですが、……こんな女の子でも見境無いのでしょうか。

 以前おかしな女騎士に無茶振りされた事を思い出して、胡乱気に見てしまった私は悪くは無いと思うのですが――


「ん? いや、あれは……」


 と、立ち上がったサイファスさん。扉へと歩いていって、其処で扉の外の人物と何やら遣り取りした後に、連れ立って入って来ました。

 その間に荷車は『亜空間倉庫』に片付けておきましたし、どうやらお迎えの様ですから、そろそろ御開きでしょうかね?


「――嘘、嘘! 父様の言う事はいっつも嘘! 赤く光ったわ! お仕事じゃ無いって!」

「いや、本当だって、ちょっとこの、はしたないよ!?」


 サイファスさんと入って来た女の子は、体の前で大きな箱を抱えていた為か、何とか足でサイファスさんを蹴ろうとして大暴れしながら、時々ケホコホと咳をしています。

 その度に心配そうな視線を向けるサイファスさん。ほほう、娘さんですか。


「折角だから紹介するよ。下の娘のイルシアリムだ。ほら、リム、挨拶して」

「……イルシアリム=シーファ=ディラームですわ。お婆様はどなたでしょうか?」


 腰を落として淑女の礼をしたイルシアですが、手元の箱が赤く光ったのを見て怪訝な表情で箱の中を見下ろしています。

 まぁ、ずっとお婆さんの扮装のままでしたからね。

 ここはちょっと派手に挨拶致しましょうと、私は椅子の上からふよふよと浮かび上がったのです。


「ほうほう、ご丁寧なご挨拶痛み入る。儂は大魔法使いのディジーリアじゃ! ディジーで良いぞ? 箱の光は気にせんでも良い。何と言っても儂はまだ寿命の一割も生きておらんぴちぴちじゃからのう!」


 まぁ、嘘では有りません。


「こ、これは偉大なる大魔法使い様に失礼致しました」


 当然の如く、箱は赤く光ります。

 “偉大”に反応したのでしょうかね? 失礼な小箱なのですよ。


「な、何じゃその箱は! 儂をちみっちゃいと言うのじゃな!」

「そ、そんな事は!」

「……悪戯っ子だからだろうね」


 ぽそりと呟いたサイファスさんをイルシアがキッと睨みますが、箱は青く光ります。

 困った顔でイルシアが宙に浮く私を見上げてくるのでした。

 何でしょうね? ここにも可愛い生き物が居ましたよ?


「それより何用じゃ? 何やら怒っておった様じゃが?」


 こういう時に、お婆さんの扮装は良いのかも知れませんね。

 雰囲気一つで怪しいお婆さんにもなれば、何でも打ち明けられる優しいお婆さんにも早変わりです。

 果たしてイルシアは、私を見上げながら打ち明けるのでした。


「父様はね、もてもてなの。いつも女の人からのお誘いが来ているの。でも、そんなの全然父様は相手にして無くて、心配なんてしていなかったのに、最近ちょっとおかしいの。

 毎日の様に寄り道をして帰って来て、それが女の人の所だって部下の人達は言うの。父様に聞いたら仕事だって言うのだけど、魔晶石は赤く光るのよ!」


 おお、『判別』の魔道具には魔晶石が使われているのですねと想いながらも、どうやらこれは私も一枚噛んでいる様です。

 サイファスさんは剣呑とした様子でぶつぶつ言っていますけれど、そんな事を嬉々として吹き込むのは、確かにあなたの部下ですねなんて私は思ってしまうのです。


「おお! それはすまなんだのう。お主の父親が会いに来ていたのは儂じゃよ。と言っても、ここ十五日ばかりの事で、他は知らんがの。お主の父親は儂にめろめろでの、これは仕方の無い事なのじゃよ」


 イルシアは、箱の魔道具の反応を見て、そしてまたケホンと一つ咳をしてから困った様に私を見上げました。

 イルシアの周りを漂いながら、その頭を撫で繰り回す私です。


「おぉめんこいのう、めんこいのう。それにしてもお主の父親は困った奴じゃ。下手に誤魔化そうとなどせなんだなら、行き違いを起こす事も無かったろうに」

「嘘なんて吐いてないよ!?」

「依頼を受けた儂にすれば仕事じゃろうが、武具の新調はお主にとっては仕事などでは無かろうに。――む、待て。おかしいぞ? さてはお主、儂への依頼は冷やかしですら無く、誰かに言われて依頼でもしたのかの?」

「そ、それは確かに陛下に――」

「おお! おお! 酷いのう! 思った以上に酷過ぎじゃぞ! ほれ、聞いたかの? お主の父親は自分の剣に丸で向き合えておらん。新調するのも言われるが儘の気の無い有様じゃ。むぅ、もう知らん。此度はしっかり打ち上げようが、お主の依頼も次は聞かんぞ! 精々打ち上がった剣を扱う事も出来ぬ、己の未熟を噛み締めるが良い! ほれお主も言ってやれ。あれはどうにもならぬダメパパじゃ。ほれ、儂が許すから言ってやるが良い」

「だ……ダメ、パパ……」

「えー! リムちゃん酷いよ!」

「何が酷いのじゃ、鍛冶師への暴言の数々に、家族に要らぬ心配まで掛けおって。可哀想にのう、大好きな父親が良からぬ事をしているのではと心配だったのじゃな。それで王城の中迄『判別』の魔道具を手に確かめに来たのじゃな。怒られると分かっていながらも大好きな父親を諫める為に勇気を出したのじゃろうのう。おぉめんこいのう、めんこいのう。そうじゃ! ここに『判別』の魔道具が有るとなれば、ここで確かめてしまおうかの」


 ぴかぴか青く光る箱の蓋を、恥ずかしがって閉めようとしていたイルシアでしたが、私のその言葉を聞いてコホッと私を見上げました。

 私はイルシアに並んで浮かびながら、サイファスさんへと向かって問い掛けました。


「王様はサイファスの剣を未熟と思っている。――どうじゃ?」


 しかし、予想に反して魔道具はうんともすんとも言いません。

 不思議そうにイルシアが私を見上げて来るのでした。


「は、はは、『判別』の魔道具は、当事者がその場に居ないと反応しないよ?」


 おっと、貴重なヒントをサイファスさん自ら出してしまいましたね?

 そうと分かれば――



 ~※~※~※~



 その時、ガルディアラスは王の執務室で、宰相や文官達を前に書類仕事に勤しんでいた。

 この執務室に限らず、王城の中には数々の魔術防壁が張り巡らされ、絶対安全とは言わないにしても、ガルディアラスまで届く前に何かしらの異変は感知出来る態勢が整えられている、筈だった。

 そんな執務室の中にあって、ガルディアラスの手がふと腰の剣へと伸びた。

 それにガルディアラス自身が驚きを覚えながらも、目付きを険しく感知し得ない何かに対して意識を鋭く研ぎ澄ませていく。

 そのガルディアラスの目の前、執務机のその上で、赤い魔力の光が小さく弾ける。

 そして耳に響くベルの音。


 ――リンリン……リンリン……

『王様、王様、今ちょっとお時間宜しいでしょうか?』


 それは無い。

 そう、ガルディアラスは眉尻を下げたのだった。

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