(88)学院生活の始まりですよ?

 入学試験の一番初めの会場や、教本の配布にも訪れた屋内鍛錬場で、秋の一月の初日に始業式が執り行われました。

 思った以上に多い学院生達の中で、私からは前の人の背中とかお尻とか、あるいは後ろから回されたスノワリンの腕とかしか見えません。壇上に登る先生方の姿なんてとてもとても……。

 まぁ、魔力を見る目でなら見えますし、気配も捉えてはいますけどね。


 ですけど丁度いいと、ぽけ~としているのも本当です。裏ではデリエイラの豊穣の森やライザの森へ飛ばした輝石で薬草を採取していたり、デリラの第三研究所で所長人形を操ってべるべる薬を使う皆を見守っていたりとしているからですけど、違う二箇所の遠隔操作は頭がぐるぐるとしてしまうのです。


 でも、ライザの森での採取も、取り敢えずは今日で終わりでしょうかね。

 毒煙治療は『魔力操作』でも快方へ向かうとの情報を付けたので、各地へ送る薬をかなり減らす事が出来ました。一箇所に付きべるべる薬とばんばばん薬の中瓶一つずつなので、合わせて百人分です。まぁ、それを百箇所以上にも送るとなると、結局大量にはなるんですけどね。

 王都の冒険者協会に続々と集まっている薬草で、今日の学院が終わったなら魔法薬作りに入らなければならないでしょう。

 もうこれは、指名されていない指名依頼の様な物ですから、達成出来る見込みが出来たのは、ほっとするのですよ。


 と、そんな事を思っている内にも、始業式は大詰めです。

 どうやら、ちょっとばかし私は勘違いしていた様ですね。今日ここには新入生以外の学院生も集まっていますけれど、新入生も入学説明会で見掛けた以上の数が居ます。

 私もスノワリンもその辺りの事情が分かりませんでしたが、レヒカのグループにいつも一緒に居る獣人の青年に教えて貰ったところに拠ると、王領の学園では学院まで受験に来なくても、何人か分の枠を確保しているのだそうです。


「今は秋だからこの人数ですが、冬になるとこの倍にはなると思うよ?」


 と、農閑期だけ通う人も多いみたいですね。

 それも有ってか、概ね冬と夏が基本的な講義、秋と春に応用が多いそうです。

 入学したばかりの私達はといえば、冬から始まる講義の前に、この秋の内に自分達の立ち位置を調える必要が有るのだとか。

 つまり、憶えるだけな必須の教養課程の法律だとかや、専門的な内容でも既に職人の下で修行してきた身なら飛び級出来るだろうというのを、この秋の内に見定めるのだとか。


 まぁ、それはそれとして、学院で受験した私達には既に紹介されていた先生方の挨拶も終われば、その次に壇上に立ったのがサイファスさんでした。

 おや? サイファスさんも講師をするのでしょうかね?

 そんなサイファスさんが口にしたのは、寧ろこれまで学院で過ごしてきた人達へと向けたメッセージだったのです。


「さて、君達。知っている者も居るかも知れないが、私はサイファスラム=リリシュ=ディラーム。王都の蔵守くらかみの長をしていると言えば分かるだろうか? この場を借りて君達に少し話をさせて貰いたい」


 普段はお調子者のサイファスさんですが、稀にきりっとしていると妙な迫力が有りますね。丸でも何もそのままなのですけど、何だか凄い人に見えてしまいます。


「ここまで学院講師の紹介を経て、首を傾げた者も居るだろう。夏の終わりに、学院と研究所にも及ぶ不祥事が発覚し、多くの講師が解職あるいは謹慎となっている。事務局長に到っては、謹慎中の身で有りながら、不祥事発覚の切っ掛けとなった者の家に火付けをしたかどで更迭されている。根本に在るのは勘違いした特権意識という物だ。

 これから私は、今回の出来事に沿って、貴族の子女への言葉として話をするが、貴族では無い者も身近な出来事に置き換えて聞いて欲しい」


 そのサイファスさん、こういう真面目な時にはとても物腰柔らかく喋るのですね。何故だか静かに聞き入ってしまいます。


「貴族達上流階級とそれ以外の平民との間に隔たりが有るとの考えは、或る意味に於いては正しい。平均して言うならば、貴族の側が凡ゆる能力に於いて高い水準に在るだろう。しかし、何故そうなるのかは理解出来ているだろうか?

 この事は、理解している者には当たり前の事であり、改めて語られる事でも無いのだが、実のところそこを疎かにしてしまったが為に問題を起こす貴族が増えているのでは無いかと、最近私も考える様になってきた。だからこそ、今一度貴族とは何かを君達に伝えたい。

 貴族とは何か。極簡単に言ってしまえば、それは嘗て大きな手柄を立て、召し抱えられた家の子孫達だ。それは初代国王と共に国を打ち立てた仲間かも知れなければ、大きな戦で戦果を上げた英雄かも知れない。工学や魔法技術の発展に尽くした者も居れば、薬学に長けた者も居ただろう。そしてただ褒賞して終わりとするのでは無く、高禄を与え貴族として召し抱えるという事は、その後もその技術を、力を、知恵を、国の為に役立てて貰う事を期待されたのだ。

 それこそが貴族の役目であり、存在意義である。

 それを自覚する貴族は、国王からのその期待に誇りを持ち、時に苛烈にその役目を果たそうとした。武門ならば武を極めんとして、幼い跡継ぎをも容赦無く叩きのめし、勢い余って打ち殺す事例も後を絶たなかった。

 尤もそんな駆け出し貴族も、代を重ねる程その鍛錬の手法も研ぎ澄まされ、長く続く貴族程、優れた教育の方法論を持つ様になっていった。

 その積み上げた結果としての貴族の力だ。

 厳格であれども恵まれた生まれで、美味い飯をたらふく食って、厳しくとも優れた教育を受けてきた者が、それらを得る事が無かった者より優れているのは当然では無いかな?」


 悪戯っぽく口の端を上げるサイファスさんに、皆、惹き付けられてしまっています。

 まぁ、言われて見ればすとんと納得出来るのですけど、今迄そこを掘り下げたりなんてしませんでしたからねぇ。

 物語の中にも、郷里のライクォラス将軍の様な立派な貴族も出てくる事は有りますが、悪徳と形容詞が付く貴族の方が目に付いて、寧ろ悪徳寄りで貴族とはそういうものだと私も思っていたかも知れません。


 因みに、サイファスさんは高禄と言っていますけれど、読み込んだ教本によると、領地持ちの貴族の場合は徴税権もそれに該当する様ですよ? 試験には合格出来るでしょうけれど、その辺りは色々とややこしいです。


「貴族の家に生まれていても、今の話を聞いて当然と思う者も居れば、違和感や酷いものになると反発を覚える者も居るだろう。

 当然と思えた者は幸いだ。その家は貴族の務めを理解して、少なくとも貴族として有るのに相応しくなろうとしているに違い無い。

 違和感や反発を覚えた者は気を付ける事だ。それが貴族として与えられた役目を忘れての事ならば、粛清の刃はもうその喉元まで迫ってきている。

 だが、何故この様な勘違いをしている貴族が居るのか。私の推測を述べてみよう。

 既に述べた通り、貴族には国王から承った大切な役目が有る。その役目を果たす為に貴族は時に暴君とも思える振る舞いをした。知らず貴族の役目に口出しした市井の者を問答無用で斬り捨てたり、その役目が上手く行かない苛立ちを家人に向けて打ち殺したり。

 しかしそれでも、国王から与えられた役目を重視する余りの事だと言われれば、忠心を褒めた上での注意に留まる事だろう。役目を蔑ろにされた事を、国王への叛心の顕れと言われれば、それもまた確かな事なのだから。

 だが、役目有ってのこの恕免を、貴族だから何をしても許されると理解した愚か者が、何時になっても世に絶えない。それらの者が犯した愚行を、その家が果たした役目に免じて減免すれば、それも貴族の特権と嘯いて省みない。その対価はその家が築いてきた信頼だという事を理解もせずに。

 元よりそんな勘違いは、課された役目の重さを理解していない事に端を発っしている。そんな驕った愚か者達は自らの役目にも手を抜いたに違い無い。役目を果たさんが為の高禄も、貴族の尊さ故の事だとおめでたい解釈をしてね。

 それが、蔵守の長として見てきた、恐らくは彼らの理屈だ。

 まぁ、腐敗を助長した要因も有った。腐った国王が冠を戴いていた時代が有った事は、この国にとって不幸だった。

 ともあれ、自らの役目を果たさず、驕り、罪を罪とも思わない。そんな俸禄泥棒がどうなるのか、それは君達も知っている筈だ。剣奴解放戦で見せしめにされた貴族達然り、特命騎士ライクォラスに討たれたその残党然り、そもそも陛下が道を誤った先代を粛清して立った王という事をよもや忘れてはいないだろうか? この学院にしても、元は粛清された公爵の邸宅だという事実を知らないままでいないだろうか?

 この中にも居るだろう貴族の矜恃を履き違えた者は、今この時から改めるべきだよ。それが出来なければ、何れその身で粛清の刃を受ける事になるだろうから」


 サイファスさんの話は、学院の増長した貴族関係者への忠告ですね。その話を聞けば、悪徳貴族の出来上がり方も、分かり易く耳に入ってきますが、若干お話が詰まらないです。

 そんな事は壇上から言って聞かせてみたところで、聞かなければならない人には届く筈が有りません。私の知る限り、そういう人は大体人の話を聞かない人達なのですよ。

 ――なんて、そう思っていたのですけど、辺りには何故か響めきが起こっています。

 おや? 何でしょうね?

 私の『念話』か何かが関係していそうな感覚も、彼らの動揺が本物だと伝えてくるのですけれど……。


 ……そう言えば、私も初めの頃は、私に絡んで来る人に理由を問うたりもしましたけれど、直ぐに適当にあしらう様になってしまいました。私も彼らときちんとお話しすれば、違う関係を築けたのでしょうか?

 まぁ、興味も有りませんでしたから、遣り直したとしてもお話なんてしないでしょうけど、ちょっとだけそんな事が気になったのです。


「貴族が民衆よりも優れているのは当然だ。その言葉は、貴族は当然の如く民衆よりも立場が上なのだから優遇しろという意味では無い。貴族で有るならば、民衆を凌駕する様に努めよとの言葉だ。高禄が与えられ、研鑽を求められているのだから、それこそが当然の行いであると戒める言葉だね。

 実のところ学院が創設されたのには、その事を多くの貴族が理解していなかった事も関係している。

 先程までの話で言えば、長く続いた真っ当な貴族はそれぞれの役目に応じた教育論を持っている。それも含めて貴族に叙したものならば、極論すれば貴族に学院などは必要無い――筈だった。

 それでも学院が創設されたという事は、その裏には貴族達の教育への不信が有るのだ。

 帝国との戦争の中で実力主義へ軍制を改革したのもそうならば、陛下が王国式剣術などを示したのもそうだ。重要な領地の領主を、信頼出来る改革の仲間へ挿げ替えたのも、同じ事だ。

 陛下が即位してから把握した、王国内の実情の想像以上に惨憺たる有様に、陛下をして貴族達を信じて多くを任せる事を諦めた結果がこれだ。

 実際に周りを見てみるがいい。正しく貴族として教育が施されていたならば、学園で学ぶ事など一足跳びに飛び越えて、ここに居る貴族は十歳かそこらの子供達になっていた筈だ。倍は歳の離れた一般民衆の学院生と、対等に意見を交わす、そんな姿が見れた筈だ。

 しかし、そうはなっていない。今年は歴代最年少の十二歳で入学した者が居ると聞くが、その者は南の果ての田舎町で、冒険者に成ったばかりの貴族でも無い子供だ。それに較べて君達は一体何をしていたのかな?

 だが、我々監督すべき立場の者にも反省すべき点は有る。学院の講師として出講していた騎士団の者には、監察官の意味合いも有ったのだが、指摘を受けるまで学院を腐敗の温床と為兼ねない慣行の存在や、悪徳に偏った思想を持つ職員や講師が紛れ込んでいる事に気が付けなかった。信頼出来る騎士であっても、自らも学院で慣らされてしまっていては違和感を感じなくなってしまう。それだけ教育とは恐ろしい物だと実感した出来事だった。

 同時に君達にとっては幸いだ。世の中に出てしまえばそんな機会は然う然う無いが、今ならばまだ遣り直しが出来る。その最後の機会を与えられたのだ。

 貴族の生まれというそれだけで与えられる特別などは無い。貴族として生まれようが、まだ何も成し得ていないならば何者でも無い。その前提を受け入れる事が出来れば、目を覚ます事も出来るだろう。

 貴族では無い者にしても同じ事だ。学院の武術科で鍛えた自分は特別だと思っていたりはしないか? 学院の薬学科で学んだ自分に治せないなら、誰もその病は治せないなどと思ってはいないか?

 その全ては幻想だ。学院の外には十代前半で特級に到る者も居れば、不治とされていた病の治療法を見付けた者も存在する。その者達からしてみれば、その矜恃はどれだけ滑稽な事だろうか。

 何かの分野で身を立てようとするならば、そんな滑稽な自惚れに浸っている暇は無い。

 君達が自らを律し、次代を担うに値する者へと成長する事を期待している」


 おっと、真面目な話だというのに、どうもサイファスさんの部下達が『そんな事を言って学院生の頃は隊長も~』みたいな暴露大会を開いている様子を幻視してしまいますね? 序でに弄られたサイファスさんが『頑張って喋ったのに~』とか言ってそうです。まぁ、王都を護る部署の長が、お調子者だったとして何も悪い事なんて有りませんけど。

 でも、スノワリンなんかは何処に感銘を受けたのか、うんうん頷きながら拍手をしていますし、他にも疎らに上がっていた拍手が、更なる拍手を導いていますけれど――。

 素直に拍手が出来無い人は当然居ますし、そんな人とは違う理由ですけれど私も拍手がしにくいです。

 最後の方で言っていたのは、全部私の事では無いですかね!? これで拍手をしてしまっては、私が自惚れている事になりませんかね!?


 サイファスさんの後には、がっしりとした体付きのお爺さんが壇上に上がって、学院長だと悄然とした様子で挨拶をしていました。

 外の風に当てなければ腐らせてしまうと、学院の外へ講師の勧誘スカウトに飛び回っていたそうですけど、結局間に合わずにこんな事態を招いてしまった。そう悔恨の言葉を溢しています。


 そんなに気にする事では無いと私は思うのですけどね? どう考えても盗賊に道具を供給していた研究所のとばっちりですし。あれが無ければ、王都研究所員の地方での横暴にしろ、学院の不祥事にしろ、こんな大騒ぎにならずにもっと大人しくこっそり対処されていた様に思うのです。

 まぁ、大騒ぎにはなりましたけれど、処分としては充分に大人しいのかも知れません。

 大抵が謹慎処分ですし、建築科の先生方はお咎め無しと聞いていますし。

 サイファスさんは厳しい口調ですけれど、警告で済むのなら楽なものという事ですね。



 学院長先生の挨拶が終われば、始業式も終わりです。屋内鍛錬場と道を挟んだ向かいに建つ、事務棟の二階へと移動しました。

 新入生だけですけれど、五十人近く居ますね。

 入学試験の最初の試験で試験官をしていた細身の先生が引率して、百人は入れそうな教室へと案内されました。

 教室の前は一面が白い一枚板になっていますが、あれは板書する白板ですね。壁一面が白板だなんて、ちょっとわくわくしてしまいます。

 白板には既に今後の日程の様な物が書かれていて、教室を埋め尽くす様に長机と椅子が並べられていました。


「好きに座る様に」


 簡潔に述べる先生の言葉に、私は一番前の真ん中の席へと座りました。背の高い他の人に前に座られたりしたら、邪魔にしかなりません。

 座って直ぐに、学院仕様に新たに作った腰の小物入れから、筆記具を取り出します。今なら『亜空間倉庫』を使えますけど、そんな物より用途に合わせて工夫を凝らした小物を使う方が粋っていうものですよ。


「さて、改めて入学おめでとう。学院は君達を歓迎する。

 今日は王都の治安を護る蔵守卿からの話が有った。衝撃を受けているかも知れないが、時間は有限だ。今後のスケジュールについて説明しよう」


 私の隣にスノワリンが座って、反対側にはレヒカが座ります。

 他の席にも着席したのを見計らってか、先生が説明を始めました。


「その前に、私は『教養』の講義を受け持つクロールだ。学生からはクロ先生などと呼ばれているがな。研究所では無く学院に所属する職員でも有る。そういう者はこれと同じ緑の腕章を付けているから、学院で困った事が有れば声を掛けるといい。

 さて、新入生の場合、秋は収穫祭への参加を前提とした予定が組まれている。まず目指すべきは、今週終わりに予定している教養の試験の合格だ。試験合格者が主導し、全員の能力を活かす形で収穫祭参加を実現する事が課題となる。教養で学ぶ内容への理解を深めるのにも、同期の結束を高めるのにも、有効とされている恒例行事だ。必須とされているのは今回ばかりだが、二年目三年目と、また収穫祭だけでは無く様々な祭りや行事に参加する学院生も多い。まずは綿密に計画を練り、そして収穫祭を存分に楽しんで貰いたい」


 おお! この前の豊緑祭も、その前の生誕祭も、とても楽しかったのです。

 やっぱりお祭りは参加してこそですけれど、王都に来たばかりでがっつり収穫祭に参加出来るとは思っていませんでした。

 これはちょっと楽しみですよ?


「『教養』の試験に合格出来なかった者は、残念だがまずは合格を優先して貰う。収穫祭は秋の三月の初めだが、それまでに何度か試験の機会が有る。『教養』の試験に合格出来ない、即ち法律の理解も出来ていない者には、責任を伴う仕事は任せられない。収穫祭でも裏方の力仕事ばかりとなるだろう。学院の講義も『教養』の合格が条件となっている科目は多々有る。この秋の間に合格出来なければ、面白くも無い学院生活を送る事になるだろう。春を迎える前に学院を出て行く者の多くが『教養』に合格出来なかった者達だ。気を付けろ。

 それ以外の時間は、基本自習だ。計画に従っての順序立てた講義というのは冬からになる。いや、冬になっても人によっては自学自習の上で分からない部分だけ講師に聞きに行く者も居るな。だが、講師によってはそれを良しとしない者も多い。先輩からも情報を得て見極める事だ。

 そしてこの時期は、ほぼ全ての講義が受講登録をしていない学院生へも公開となる。つまり、この秋の内に興味の有る講座を回って、冬からの受講科目を見繕うのもこの時期にしておく必要が有る。

 ここでも注意が必要なのは、講師の側から見れば、今は受講者を募る営業期間だということだ。この時期のお客様対応に釣られて受講登録してみても、いざ講義が始まれば受講料を払った相手には興味が無いとばかりに教本を読み上げるだけで質問も受けない講師も居る。受講料の他に度々教材費が積み上がる講義も有る。

 余りに悪質な場合は学院からも締め出されるからそこまで心配は要らないが、新設の講座には注意が必要だな。昔からの講座で今もまだ残っているならば、それなりに信用出来ると考えてくれても良いだろうが、受講登録すればほぼ合格扱いとされたり、高額の費用が掛かろうが講義自体は上質だったりと、それらも自ら情報を集めなければ翻弄されるだけだろう。これも情報の重要性を学ぶ一つの講義と思い、受講科目の選定に取り組む事だ」


 ほうほう……成る程、これは私好みかも知れません。

 正直教材費に苦労する事は無いでしょうから、要は私が受講したいかだけの問題です。

 機構学は受講登録だけしておけば、後は質問に行きたい時だけ伺う感じで良いでしょう。

 でも、調理技術とかになると、毎回出席しなければ意味が無い様な気がします。

 そういうのを見極めるのもこの秋の内と言うならば、中々この秋も気を抜く事は出来ませんよ?


「と、大雑把な流れについて述べたが、ここからは細かい話をしよう。

 講座にも依るが、講義の開始は九時だ。休みで無ければ一刻三十分毎に鐘が鳴るから、それを目安にするといい。講義の一こまは三刻で、その後一刻の休憩を挟む。十二時半から十三時半まで昼休憩、その後十五時までが昼の一齣だな。昼は二齣の場合も有れば三齣に掛かる講義も有る。教本と一緒に渡している冊子で良く確認する様に。

 また、一週間が十日の内、五日毎に休みを設定している。休みの日に学院に来ても構わないが、この日は講義が行われない事に注意しろ。試験までの間の午前中は『教養』の要点を絞っての解説を予定している。出席は任意だが、教本には書かれていない実例も交えて説明する予定だ。つまり、明日、明後日、明明後日、休みを挟んでの更に三日間の午前はこの場所で『教養』の講義。午後は自習をしつつ収穫祭の計画を練る様に。

 今日は今おこなっている導入教育が終われば自由時間だ。慣例的に王都での首席合格者が指揮を執り、自己紹介から収穫祭へ向けての計画を詰めているが――大丈夫か?」


 と、私へとクロ先生の視線が飛んで来ました。

 まぁ、問題有りませんね。寧ろ、今も裏で実施している第三研究所員への指導だとかを考えると、ちょっとこの辺りで経験を積んでおきたい気持ちが有ります。


「問題有りませんよ?」


 ですからそう答えたのですけれど、私がそう答えた途端、教室の其処彼処で響めきが起きました。

 クロ先生が詰まらなそうに、フンと鼻を鳴らします。


「何を今更。先程蔵守卿が、今年の首席は十二歳だと言ってたろうに」


 いえ、サイファスさんは、十二歳で入学した者が居るとしか言ってませんよ?

 王都での入学説明会では、同じ新入生仲間からはそれ程敵意を向けられたりはしなかったのですが、今私に向けられている感情には時折どろどろとした物を感じます。


 ……まぁ、それも成る様にしか成りません。お祭りに参加する中での不和なんて、揉め事になるとしか思えませんけれど、第三研究所の為の経験と思えば軽いものです。


「自分では受験科目数の御蔭で首席が取れたなどと言っているが、初めての受験で、しかも最終日の一発勝負でありながら、僅かな時間で問題を解いて受けられるだけ受けた科目の殆どが高得点。点数を較べる事には意味が無いが、次席以下を倍以上突き放しての首席合格だ。

 記憶持ちだからとかそんな程度では理由にならん。恐らくは相当な無茶をしている筈だ。

 ずるをしているなどと侮れば、並び立てる日など来る筈が無い。

 何れにしても長い付き合いになるのだ。不満を覚えるくらいならば良く話を聞いてみるがいい。それが結局は結束を固める事にも繋がるだろうな」


 ……クロ先生は、随分と私を持ち上げてきますけれど、私は自分のしたい事をしてきただけの事なんですけどねぇ?

 冒険者に成る為に色々なお手伝いをして、駆け回って集めた素材も自分の装備になるのです。

 何の成果も出ない儀式魔法をずっと訓練する事になっていたら、きっと今頃は辛い気持ちばかりで冒険者にも成れていなかったのでしょうけれど、そこは幸運に恵まれました。

 外の依頼を禁止されていた間は絶望なんかも感じましたが、あれで『隠蔽』が鍛えられたのだとすれば全ては無駄では無かったのです。

 ……やっぱり運ですかね? 頑張りだけでは行き詰まっていた様な気がします。


「ともあれ、一週間後の試験次第だな。首席が指揮を執るのも、『教養』の試験に合格する事を見込んでのものだ。一人で全て出来る訳では無いから、それぞれに仕事を割り振った後は例年ほぼ調整に追われる事になる様だ。まずは誰が何を出来るのかを把握するのが先決だろう。

 来週からは、『教養』の試験に合格した者から、割り当てられている本館の部屋が使える様になる。不合格の内は使えない。講義に向かう前の待機場所とするのも、機材置き場にするのも自由だが、共用の場所という事を忘れるな。一部の者で好き勝手な使い方をしたり、部屋其の物を破損する様な使い方は以ての外だ。部屋の使用自体を禁じられる事になるぞ。

 場所はこれも冊子に書いて有る通り。吹き抜けになっている広間の二階直ぐだから、学院生用の四つの部屋の中では一番使い勝手が良いかも知れんな。使用出来るのは四年間で、その後は次に入って来た新入生に明け渡される。つまり、君達が使う部屋も夏の終わりに撤収が済んで、丁度今週修繕に入っているものだ。

 ……まぁ、君達に関してはそれ程心配はしていないのだがな。合格した王都受験組は例年に無く性質が良い。蔵守卿の言う勘違いした貴族の様な者が居ないか居ても修正の利く範囲に有るのだろう。それでいて癖が有りながらも粒揃いだ。

 王領組についてはまだ分からんが、共に学ぶ事を幸運と思える仲間達だと思うぞ?

 学院に求める事は皆それぞれ違うだろうが、互いに切磋琢磨して望む高みを目指して欲しい。

 君達が有意義な学院生活を送れる事を期待している」



 クロ先生の話が終わったら、先生は私に視線を向けて身振りでも促してから、隅へと引っ込んでしまいました。

 おお……ソロ冒険者の私に随分な無茶振りですね。

 でもまぁ、研究所でもやった事ですと、そのまま立ち上がって皆の方へと向き直ります。

 五十対近い視線が向けられますが、その半数以上は穏やかです。既に私の挨拶を聞いている王都の受験生ですね。

 残りは少し警戒気味な感じですけど、これも入学説明会を思い出す感じです。

 いいですね。わくわくしますよ?

 ソロ冒険者もいつも一人な訳では有りません。時には指揮を執る事だって有るのです。

 さぁ! 私の学院生活を始めましょうか!


「ディジーリアです。ディジーでいいですよ! それでは順番に自己紹介を始めましょう♪」

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