(87)準備の程は如何でしょうか?
私が思っていたよりも慌ただしく、夏の余り月は過ぎていきました。
中でも一番時間を取られたのが、毒煙の治療の為、薬草採取にライザの森へと通った事でしょうか。
その為にサイファスさんの剣を打つのが遅れてしまっているのですけど、そこは了承頂いています。
まぁ、裏を返せばサイファスさんの魔力を充分集められるという事なので、出来た剣も王城に納めるに相応しい出来映えにはなりますかね?
学内寮の奥に拠点も造り上げましたので、今はもう引っ越しています。
門構えが、ちょっと学内寮の
その作業場も鍛冶場も最低限の大きさで、正直言って狭いです。鍛冶場では打った剣を試しに振り回す事も出来ませんし、デリラの作業場の様にベッドを置く事も出来ません。でも、諸々の事柄に煩わされない私だけの作業場なのですから、まぁ充分と言えるでしょう。
お風呂は逆に大きいです。四人位なら余裕を持って入れます。お風呂で手足を伸ばしてぷかぷか浮く事だって出来ますよ?
そんな作業場とお風呂場の上には、例に拠ってテーブルと椅子を設けた憩いの場所にしましたので、庭が無い分まったりしたい時に利用するつもりです。
庭が無いとは言いましたけれど、門の前を畑にして、お風呂の水を流せる様にしています。見た目だけなら花畑にするのが良さそうですけど、どうせなら食べられるのが嬉しいですよね。
家の中へ入れば直ぐに靴箱が置いてあって、そこでスリッパに履き替えて貰います。
短い廊下の左右と正面に扉が有って、正面の扉が応接室です。くの字に折れた形で、テーブルに向き合って四人も座ればぎゅうぎゅうです。
左の扉は厨房に続いていて、作業場に続く扉も厨房に有ります。あと、応接室に繋がっている小窓も有るので、ちょっとした物は遣り取り出来る様になっています。
右の扉は二階へ続く階段だとか、お風呂に続く脱衣所だとか、トイレだとかが在ってごちゃごちゃしています。王都ではトイレも家の中に在るのですよ。椅子の様に座ってうんちをして、うんちは肥料にしてくれる、そんな魔道具が売っていました。ちょっと家の中が臭くなりそうなので、トイレは風通しを良く造りました。
そして二階は丸々私のお部屋です。直接作業場の上とかにも出られる様にしています。
家具はまだまだベッドくらいで、什器も全然足りませんけど、一応形は整いました。
でも、そんな私の拠点を見ての、ドーハ先生の一言。
「……勿体ねぇなぁ。こんな事ならこの狭っ苦しい場所じゃ無くて、広々とした別の場所を用意したのによぉ」
今更そんな事を言わないで欲しいものですよ!?
まぁ、私が満足しているのですからそれでいいのです。
学院が始まって直ぐに行われるという試験の勉強も、合間を縫って何とか間に合わせました。資料室に入り浸る事が出来無かったのは残念と思いつつも、どうにも忙しかったのですから仕方が有りません。
とは言っても、学園とは違って必須の基礎課程は入学説明会で貰った教本の分しか有りませんし、学園の様に卒業が必須という訳では無く、満足したところで学院をやめたって構わないのです。
冒険者になる為に最短距離を突っ切ろうとしていた頃とは違うのですから、ちょっとの遅れも余裕を持って受け入れる事が出来たのです。
そんな感じでそこそこ順調に準備を進めていたのですけれど、まぁ事件が無かった訳では有りません。
この所の日課であるサイファスさんとの会合の為に、学院の応接室へと出向いていたら、私の拠点に悪戯をしようとする人が居ましたので、サイファスさんと一緒に行ってみれば元事務局長でした。
私の拠点は油を掛けて火を付けた程度では燃えませんけど、何でしょうね? 行動も主張もその表情も、喜劇役者か何かの様にしか思えません。私の冒険譚に取り込むとしても、そのまま取り込んでしまうと逆に大袈裟過ぎて態とらしいと言われてしまいそうです。
それをサイファスさんの前で披露するのですから、そのまま喜劇が如く退場してしまいましたけれど、まぁこれで安心ですかね?
私としては、いらっとして『確殺』なんて技能が働いてしまう方が心配でしたが、そんな問題も解決です。
もう一つ、色々と問題が出て来そうな事を『亜空間倉庫』がやらかしてしまいました。ちょっと冷や汗が出て来そうです。
べるべる薬とばんばばん薬を作る為の薬草が必要と分かってから、ライザの森へと通っていたのですけれど、毎日通う移動時間が無駄ですので、大振りの輝石を飛ばして輝石越しに採取する事にしました。
採取した薬草は、現地で『亜空間倉庫』を開く事が出来ましたので、その中に収納しました。
収納した薬草は、飛ばした輝石が帰還したならそこで初めて回収出来る物と思っていたのですけど、何の気無しに手元で開いた『亜空間倉庫』に、薬草はちゃんと収納されていたのです。
……焦りましたよ? 面倒事に成るとしか思えませんでしたからね。
尤も、神様的には大丈夫そうではあるのですけれど、私にそんな事が出来ると知られてしまっては厄介事になるとしか思えません。
実際デリラの街で収納した物を手元に出す事も、その逆も出来てしまいましたから、流通だとかがこう、色々と問題になってしまうのでは無いですかね?
何時かばれてしまいそうな気もしますけれど、それまではこれも秘密なのです。
でもですねぇ、ちょっとわくわくとしているのも本当なのですよ?
だって考えてもみて下さい。今は私が入る事の出来無い『亜空間倉庫』ですけれど、魔改造した後には『亜空間倉庫』の中に私の拠点を造る予定なのです。
これって、私の輝石を置いている場所には、あっと言う間に移動出来るっていう事では無いですかね?
“黒”の『帰還』を解析しなくても、デリラへだって一っ飛びです。
ちょっと滾って来ましたよ!
なんて言いながら、でも、『亜空間倉庫』の改造はまだまだなんですけどね。
今は漸く抱えられる程度の大きさの、普通に時間が流れている空間を作る事が出来た程度です。“時空の”メイズ様からは、まだ私が入れる空間になっていないと、許可が下りていませんので、暫くはこの小さな空間で実験です。
まぁ、ちょっとずつ進めていくしか無いのですよ。
そんな感じでちょこちょこ用事が有りながらも、そこそこ順調に熟していって、到頭夏は終わり、学院が本格的に始まる秋へと突入したのです。
まぁ、私自身は順調そのものだったのですけどね、寮生が皆そうかと言えばそうでも無くて、合格が確定したと同時に荷物を送ってと郷里に手紙を出したりと、学内寮周りだけでもかなり慌ただしい雰囲気が有りました。
これが上流区画の寮とかだったりしたなら、もっと騒々しかったのかも知れません。
そしてそれなりに仲良くしている私達ですから、自分の部屋を調えたなら、他の人の手伝いだってします。
と言っても、私自身が結構忙しかったので、手伝いが出来る様になった時には殆どの部屋は片付いていたのですけどね。言ってみれば、片付いたと言い張るお部屋の駄目出しをする時間だったのかも知れません。
「え? え? 大丈夫だよ? ほら、何処に何が有るかは分かってるよ?」
いつも獣人のレヒカと一緒に居る、ふわふわ獣耳のマイランがそう言うけれど、荷物は部屋の中に幾つもの塔を作っていて、棚が活用されていません。
これはレヒカも同じで、「部屋が狭くて不便だよぉ」とか言っていたから、何と無く作り付けの棚も無い広い部屋に荷物をそのまま置いている生活様式が垣間見えるのです。
でも、それだと最小限しかない学内寮だと収拾が付かなくなるのが目に見えていたから、スノワリンと二人で棚の活用の仕方を教え込みました。
まぁ、そんな事をしている内に他の領からやって来た、新規入寮の獣人達は普通に棚を使ってましたから、獣人だから適当という訳では無さそうなんですけどね。きっと地域の文化というものなのでしょう。
そして中央山脈の東から来たというスノワリンのお部屋は、壁に織物が飾られて、異国情緒に溢れていました。
既に生活臭が感じられるのは、早くから合格が分かっていただけに、入寮出来る様に融通を利かせて貰ったらしいです。
「ディジーが怒っテくれテ良カッタ。酷い部屋だっタヨネ」
全く以て笑えませんが、スノワリンも部屋の有り様には失望していたみたいです。
そんな有り様の学内寮ですから、先輩方の姿は殆ど見掛けません。
いつも居るのはよく賄い用の食堂で寝間着姿を見掛けるずぼらさんくらいです。
他にももう一人、居たり居なかったりしているみたいなんですけどね。
私達の仲間は、スノワリンとレヒカ、マイラン、それから新しく来た獣人組の三人ですから、それに加えて先輩の二人を入れても九人。二十部屋の半分以上が空いていそうですけれど、聞いてみれば空き部屋は五つ程度しか有りません。
管理人用の部屋が一つの他には普段遣いにしているのはずぼらさんだけで、王都に家が在る学院生が帰るのが面倒な時の為に確保しているのが一部屋と、他は住むのは勘弁だが倉庫にするには丁度いいとばかりに確保されている部屋が在るみたいです。
それを教えてくれた管理人さんからは、そういう部屋は入寮希望が有れば立ち退いて貰う約束とは聞きましたけれど、そうすんなり行くのかは疑問です。
そしてその管理人さん自身が、実際には学院の職員で、新規入寮者が居る時でも無ければ常駐はしていないそうです。
寮に入って直ぐ左手に、部屋にもなっていないカウンターが在って、普段は其処に置いてあるベルの魔導具で連絡を取る仕組みですね。緊急、火事、急病人、といったそれぞれに対してのベルの打ち方が、表にしてベルの魔導具の横に貼り付けられていました。
私はもう学内寮を出た身ですが、学院の敷地を利用しているという事で、寮費は免除とはならないみたいです。
但し、学内寮二棟の修繕に協力した事への賃金で、少なくとも二年分は相殺されると、これはドーハ先生から聞きました。
そこから先については事務局含めて頭を悩ませているらしいです。
と言うのも、私が建ててしまった学内拠点が、高価なジーク材を使っている為に、私が学院を卒業後の扱いが問題になるのだとか。
解体して売り払えばそれこそ数万両銀になるかも知れない財産らしいですよ? 学院が提供した建材で建てたならそんな事にはならなかったらしいですけど、言われてない事で後からそんな事を責められても知りません。
尤も、私としてはその内『亜空間倉庫』内に私の拠点を造るつもりですので、学内拠点に思う所はそれ程無いのですよ。
寧ろ私の趣味を無理矢理詰め込んだこの狭苦しい学内拠点を、誰がどう受け継いで活用していくのかといったところに興味が有りますが、急いで決めなければならない事でも無いでしょう。
まぁ、二年後までには決めないと、先生方をやきもきさせてしまいそうです。
「はぁ~……何とか片付いたね。床に置くので大丈夫って思ってたけど、狭い部屋は工夫しないと駄目なんだね」
「全部部屋が狭いのが悪いんだよ!」
後から来た獣人達よりも、何故かレヒカ達の方が片付け終わるのに時間が掛かってましたけれど、それも何とか始業式の前日には終わりました。
一度棚に入れた荷物を、また戻してうんうん悩んでいるから、そうなってしまったのですけどね。遣り慣れていない方法に悩むのはそこはもう仕方が有りません。
最終的に納得出来たのなら、それでいいのですよ。
「じゃあ、明日また朝御飯の時に」
「ええ、お休みなさい」
「お休みなサイ」
「また明日ね」
そんな声を掛け合って、学内寮の皆と別れました。
そう言えば、お仕事の序でにクルリやリューイの部屋に入った以外で、歳は離れていますが友達の部屋にお呼ばれしたのは始めてかも知れません。
そう思いながら、私は少し口元をむにむにとさせていたのです。
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