(104)噂の広まりと、ディジーリアの特別講義

 噂が駆け巡るのは凄い物です。


 秋の一月十六日。この日の午前中は、語学と算術。午後の王国総合は各領地の特色です。

 学園では普段何気なく使っている国語の構造や言葉の意味などを学んできましたが、学院では他国語にも触れていくそうです。

 となると、スノワリンが得意なのではと思い、こつが有るなら教えて貰いましょうと思いながら朝食を食べに賄い用の食堂へと行きましたら、そこではもうピリカの武勇伝で持ち切りでした。


 いえ、私は話していませんよ?

 それに、魔道具の買い付けに同行したのは、ピリカを除いて貴族関係の人ばかりですから、学内寮の住人が話を知っている筈は無いのに、何故か皆さん知っています。

 何処から話が回ってきたのでしょうかね?


 朝食を終えて私達の部屋へ行き、白板の内容を確認して、また更新していきます。

 多目的室に敷くふわふわの絨毯は、毛皮敷で何とか成りそうで、二十日に生産者と会合が有る事、それと恐らく青系統の暗めの色になる事を追記します。但し入荷は早くて一ヶ月以上先ですね。

 白い絨毯で白いカーテンなら、部屋が真っ白になる所でしたけれど、床が青なら白いカーテンが映えそうです。カーテンの欄に矢印を飛ばして、カーテンの色は白を希望としておきましょう。

 材木もクアドラ石も必要分は確保済み。今日の放課後から北西の門を出た場所で諸々加工予定と記します。

 各種魔道具も入手済み。その種類と数と、今は私が預かっている事を書きました。

 これで残りは自習室側の絨毯ですね。しかも、絨毯の上に自習室の机も設置するので結構急ぎです。こちらは安物で構わないと判断して商人組に依頼したら、ピリカを除いた残り三人の商人組の内、ジオさんとシャックさんが担当している様ですから、皆が来たら確認してみましょう。


 それと、全員分の伝言掲示板には、名前の所まで消さなければいいのだから、枠だけ有ればいいのではとのメモが書かれていました。

 確かにその通りですけれど、ちょっとそれだけでは面白く有りません。

 思い付いた事が有りますので、これも今日の放課後に改造しますかね。


 さて、と思って部屋を見渡して気が付きました。

 おっと、もう小厨房は設置出来ますね。

 鉄球を出して、予定の場所の周りを『浄化』して、『亜空間倉庫』から出した厨房設備を据え付けて、脚付きの蓄魔器を置いて魔力線を繋げます。魔力も充填しておきましょう。充填量が分かる様になっているのが便利です。

 元々付いていた魔石式の部品は、箱に封じて流しの下へ。

 流し台の下の扉を開けて部品を入れたら、おまけで手に入れた水桶を取り出します。

 昨日の午後に、ミルミ屋で満水警報器を買ったのは正解でした。排水の水桶にしっかりと取り付けます。

 これで、小厨房は完成です。

 ちょっと水を出して、ちょっと火を付けて、満水警報器を作動させ……おや? 警報器が鳴りません。――と、これも魔力充填式なのですね。デリラで見た事は有りませんでしたが、小さな魔道具には結構魔力充填式も有りそうです。そう言えば、時告げの魔道具に魔石を供給した事は有りません。あれはそういう物だと思っていましたが、きっと売っている時点で魔力が充填されていたのかも知れませんね。


「ディジー、凄く素敵な調理台ネ。これがピリカの戦利品なノ?」


 私と同じく白板を見て回っていたスノワリンが、小厨房に目を留めます。まだ十人程しか来てませんけど、来ている人は皆見ていますね。流石に噂になっているだけ有って注目度が高いです。


「ええ、屈強な悪者達に囲まれても屈しなかったピリカの戦果です」


 「「「おお」」」と幾つもの声が上がります。


「これでいつでもお茶が飲めるんだよ! 薬罐やかんとお茶っ葉は何処かな?」


 思わずレヒカと見詰め合ってしまいました。そんな物は有りません。

 昨日も使った試作品の小さな白板を取り出して、その裏に「鍋と食器はディジーが今日作る予定」と書いて、小厨房の上に立てておきました。


「忘れてタんだ」

「忘れたのね」

「お茶が飲みたいよう……」


 いえ、忘れた訳では有りませんよ? 今日から使える様にしなければいけないと思っていなかっただけなのです。



 講義が始まる一刻三十分前になると、殆どの仲間達が集まって来ていました。

 ピリカは当然の様に皆に囲まれて、微妙な顔をしていますね。

 話は尽きないところでは有りますが、ちょっと手を叩いて皆の注目を集めましょう。


「はい、注目ですよー。事務棟からこちらに移って五日目ですけれど、事務棟の時の様に話し合いをする機会が無くなってしまったので、状況整理しますねー。今居ない人には、居てる人で伝えて下さいねー」


 まぁ、いつも遅刻間際の人というのは居るものです。


「はい、では一応今からの話し合いは講義の十分前に終わる事にします。移動も有りますから、必要な物は話を聞きながらでも準備して下さいな。

 で、これから伝えるのは三つです。

 まず一つ、事務棟では毎日していたこの部屋の仲間での話し合いを、これからはいつするかですね。昼は寝ている人が多いですし、放課後は仕事へ行ったり鍛錬に励んでいたりしていますから、私としては朝のこの時間、講義の始まる一刻三十分前から十分前でいいと思うのですけれど、それでいいと思う人は手を挙げて下さい」


 と、聞いてみれば、誰にも異存は無い様です。


「――はい。じゃあ、これからはこの時間に状況確認の話し合いとしますね。まぁ今居るのは大丈夫な人ばかりでしょうから、一応暫定としておきます。

 二つ目です。この部屋の準備状況です。まず、材木と魔道具は揃いました。見ての通り小厨房も使える様になっています。噂で聞いているとは思いますが、小厨房はピリカの尽力の賜物で、あの素晴らしい交渉力が無ければこれだけの極上品は手に入らなかったでしょう。という事で、拍手~♪」


 乗りが良くパチパチという拍手と、「よ! ピリカ!」と合いの手が飛びます。

 いいですね。いい仲間達です。


「こちら側の多目的室の床に敷くもふもふの絨毯も、色々と探して交渉してきました。私の拘りなので私が決めてしまいましたけれど構いませんよね? ――はい、こちら、絨毯では無く毛皮敷になる予定です。ムタン敷を作っているオリハル領の生産者と交渉して、ムタンは予約が一杯で無理との事でしたから、私の狩った魔獣の毛皮で作って貰う事にしました。二十日に次の会合が有って、そこで問題無ければ決まりです。但し、今から鞣しに入るので、床に敷けるのは少なくても一ヶ月以上先ですね。それまで板張りのままでは嫌という場合は、希望を部屋の内装掲示板に書いておいて下さいね」


 と、ここでピリカから、質問の声が上がりました。


「ちょっと待って、オリハル領までは一ヶ月掛かるよね?」


 おや……? もしかして、私が飛べる事は広まって無かったのでしょうか?

 巨大猫の幻に運ばれているのは見せていても、飛んだりしたのは学内寮の修理をした時くらいしか無いかも知れません。


「ピリカ、いい質問ですね。ですが私はディラちゃんより速いのですよ」

「あ、うん。分かった」


 でも、それを話すには時間が無いので、今必要な事だけ答えれば、随分と聞き分けの良いピリカです。

 ちょっと首を傾げながらも続きへ進んでしまいましょう。


「では、続きですね。奥の自習室側も、今日から造り始めて十九日の夜には完成させる見通しです。そこに在る模型通りに造りますから、意見が有るなら今日の放課後迄ですね。ちょっと待って欲しいなら、それも書いて下さい。荷物置き場の棚は明日見本をこの場で見せます。一応鍵を付けられる様にはしますけれど、この部屋自体許可の無い人には入れませんから、個別に鍵は用意しません。付けたい人は自分で用意して下さい。

 それで残るは自習室側の絨毯なんですけれど、ジオさんとシャックさん、状況どうなってますでしょう?」

「店と物は目星を付けてあるぞ。安物で良いと言っていたが、椅子を引くから値は張っても丈夫な物で考えている」

「今は色が合わせられないから決められないんだよ。照明も付けてから、サンプルで色を合わせるから、その時に意見が欲しいかな」

「た、確かにそうですね。下から決める頭でいましたから、そこ迄考えが回っていませんでした。では、そこは二十一日の週ですね。絨毯が入るまでは自習室も土足可で、絨毯が入ってからは土足不可、上階はずっと土足不可にします。いいですよね?」


 異論も無いのでさくさく進もうと思いましたら、ライエさんが手を挙げていました。


「はい、ライエさん何でしょう」

「白板には北西の門の外で色々造ると書いてあったが、見に行ってもいいか?」

「ええ? いいですよ? 他の人も、学院の北西の角の扉から、記帳すれば外に出れますので。投石機とか学院生の作品が色々置いてあって面白いですよ」


 へぇ~、なんて声が漏れてますけれど、やっぱり聞かないと分かりませんよね。

 何だか前にも話した様な気はするのですけど、色々有って話してなかったみたいです。


「えー、部屋関係で一つ。小厨房は出来ましたけれど、排水は水桶です。一応満水警報器を付けていますが、魔力を充填していないと音が鳴りませんので気を付けて下さい。で、誰が水桶の排水を捨てに行くかは、特に役割を持っていない人で相談して決めて下さいね。力仕事は獣人組かとも思うのですが、水を溢さないバランス感覚も必要ですので、その辺りも考慮願います。生ごみも有るので、何処に捨てればいいのかは、賄い用の食堂で聞くのが良いでしょうね。

 で……もう結構経ってますね。残り十分ですけれど、三つ目です。皆さんの方から、何か無いでしょうか。時間が少なくなって収穫祭の準備が行き詰まっているとか、必要な物が手に入らないとか、或いはこういう方針で進める事にしたという報告だとか」

「あ、はい!」

「はい、ピリカ」

「えっと、ディジーも一緒に調査したから知ってるけど、私は王都から南西方面の特産品を調べていてね、でも皆が思い付く様な特産品は、大体特産通りにも入っていたんだよ。それで特産通りのお店に迷惑を掛けないで、何か収穫祭で売るのにいい物は無いか聞いたら、生物なまものか駄菓子だって。生物は腐るし、駄菓子は儲けにならないから、領内の行商なら兎も角王都には運んでいないって言ってたよ。自分の領地の特産品を売りにしたいっていうのも有ったけど、特産通りのお店に迷惑を掛けない事を考えたら、そういうのもいいんじゃ無いかなって」


 これは私も思いもしなかった視点でしたね。

 王都に領地の店が有るのだから、その店の迷惑にならない内容を直接聞いてしまうなんて。

 もっと正確に言えば、私自身がデリリア領の特産品とか、全く考えていなかったという事でしょうけれど。

 私が知っているのはデリラの街だけで、デリリア領と言われても分かりません。商都ですら分からないのです。実際特産通りのデリリア領の店に有った物は、私の知らない物ばかりでした。

 そんな私の知らないデリリア領の特産品を持ち出すくらいなら、デリラの街の特産品として黄蜂蜜を用意する方が余程いいと私は考えていたのですよ。何と言ってもデリラはデリリア領の領都でも有るのですから、それでも間違ってはいないのです。


 でも、王都で知られているデリラの特産品と言えば、歴史的には宝晶石デリラ、或いは今を時めく大猪鹿です。

 量の採れない黄蜂蜜より、宝晶石デリラの欠片でも豊穣の森の湖の底に沈んでいないか探しましょうかと思っていたのですけれど、今になって大量の大猪鹿の肉が手に入る見込みとなりました。

 ……どうした物ですかねぇ。大猪鹿の肉と言うと角が立つとしか思えませんが、デリラの美味しい謎の肉として売ってしまってもいいのでしょうか?

 思いも寄らず特産品のねたは出て来ましたが、何とも言えずどうにも悩ましいところなのですよ。


 でも、そんな私の的外れな悩みとは違って、貴族組の多くはピリカの意見に納得の様子を見せていたのです。


「ふふふ。良い所に気が付きましたわね。仰る通りルベリア領館は叔父上が経営していらっしゃいますから、ご迷惑なんてお掛け出来ません。それも含めて軽食や菓子のレシピで協力とさせて頂いてましたが。……ふふふ、私の知らない領地のお菓子が食べられる日が来るなんて。とても楽しみでしてよ」

「うちの場合家宰が取り仕切っていたが似た様な物だな。特産店には迷惑は掛けられない。賛成だ」


 賛同の声が続きそうな様子でしたけれど、ちょっと口を挟みます。


「ちょ、ちょっと待って下さいな。いい計画だとは思うのですけれど、幾つか確認しますよ。

 まず一つ、特産通りの店に迷惑を掛けないとの方針で、既に進めている計画に修正が必要な物は有りますか? 有る場合は手を挙げて下さい。――無いですか……。白板も確認しますけれど、取り敢えず一安心ですかね。今はその方針を忘れないというのでいいでしょう。

 では次に、ピリカの計画はディラちゃん有りきです。ディラちゃんに交渉は出来ません。ディラちゃんが喋れたとしても、真面な交渉は期待出来ません。私が直接行ったとしても、ディラちゃんと交渉してくれない人は、十二歳の少女とも交渉なんてしてくれません。なので、ディラちゃんが手紙を渡すだけで、後は全部やってくれるかなり好意的な協力者が現地にいないと無理です。そういう前提でお願いします」

「それともう一つだ」


 私の言葉にロッドさんが加えます。


「今の時期は何処も収穫祭なんだぜ? 駄菓子なんざ、領内で消費し尽くされてるわな」


 昨日の夕方にそういう物なんだと聞いただけの話でしたから、私の中でも練り込まれていませんでしたけど、ちょっと無理が有りそうです。

 ピリカも昨日はへろへろでしたから、頭が回っていなかったのでしょう。手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまっています。


「やっちゃった……ディラちゃんに頼っちゃ駄目って分かってたのに」


 でも、それも仕方が無いというものなのですよ。


「昨日の状態では仕方有りませんし、白板の迷走具合からも責められませんよ。ただ、白板は昨日と今日の情報を加えて更新しておいて下さいね。採用しなかった案についても、何を考えて不可としたのかを残して、収穫祭の計画書には付けようと思っています。計画書もそろそろ作らないと行けないのですよ。

 実の所、各地の駄菓子を入手するというのも、出来無くは有りません。事務的に各地の商業組合に発注して、受け付けてくれた所から後日受け取るだけです。協力者が居る必要も有りませんし、片っ端から回っていけば、断る所が多くても、結構な量が集まるのではと思います。

 でも、それってアイデアは私では無いとしても、完全に“グー拳”だと思うのですよ。

 “グー拳”はやるとしてもおまけです。計画書には載せられません。

 全部全部検討しましょうとは言いましたけれど、どうにも検討が進まない物は、そろそろおまけと割り切る時期なのかも知れませんね」

「“グー拳”、“グー拳”、確かになぁ。『必ずやあの大魔獣を討ち取ってみせます』と言った勇者が、町の門を出た途端、付き人のジョカに『じゃ、斃すまで帰ってくるなよ』って突き放して、自分だけ町に帰る様なもんだな」


 余りにも的確な喩え過ぎて、私はそっとバルトさんから目を逸らしたのでした。



 結局続きは明日という事にして、今日は一日事務棟での講義です。

 既に三馬鹿が定着してしまっている三人は、前とは違う小さな教室に移っているので、後で顔を見に行ってみましょう。

 そんな事を思いつつ、渋滞する下り階段を避けて吹き抜けの広間サロンを飛び降りた所を、入学説明会時に紹介されていた家政科の先生に見付かってしまいました。


「ぅひゃおうひぇ!? ――何をやっているざます!!」


 奇声を上げた後に、お叱りの声です。


「はい。二階から降りてきました」


 と、私は淑女の礼で答えました。お淑やかににっこり。まだちょっと時間は有ります。


「そ、そうなの……違うざます!! やり直しざます!!!!」


 「えっ」と、驚きを込めて――


「……ディジー、先に行ってるネ」


 一階の扉から広間サロンに入って来たスノワリンに会釈しました。

 家政科の先生は、吊り上がった目で吹き抜けの二階を指差しています。

 仕方が有りません。でも、ここで権利を獲得出来たなら、これからの移動は楽になりそうです。


 まぁ、遣り直しと二階を指し示されているのですから、その指の指し示すままにぽーんと二階へ跳び上がります。


「違うざます!! 違うざます!! やり直しざます!!」


 くるくるっと回って、ぎゅんぎゅん捻って、しゅたっと着地。


「違うざますーー!!!!」


 足を抱えて後ろ向きにくるくる回りながら二階に、とぉー!


「しゅ、淑女ははしたなく跳ねないざます!!」


 との事なので、淑やかにしずしずと前に進み、手摺りに爪先が掛かったら体を後ろに直角に倒して手摺りをしずしずと歩いて昇り、手摺りの上でぎゅぎゅんと起き上がってぎゅぎゅんと今度は下向きになり、手摺りの下までしずしずと歩いて降りたらぎゅぎゅんと今度は頭が下に、回廊の床板の裏を逆様になりながら歩いて横切り、壁に爪先が当たればぐいっと後ろに体を起こして、そのまま床を見据えながらしずしずと壁を床面まで、そしてそこで体を起こしました。


 呆然と見ていた家政科の先生。


「か、壁に足を付けてはいけないざます!!」


 ごろごろごろと壁を転がって二階まで。


「淑女は転がらないざますーー!!!!」


 そろそろ時間が無くなってきました。でも、そもそも遣り直しと指差すのがいけないのですよ。あれで面白くなってしまったのです。

 でも、これで最後と今度は幻の階段を踏み締めて手摺りの上まで登ったら、幻の階段を床まで下ろしてその上を優雅に降りていきます。

 床まで降りたら淑女の挨拶。


「それでは行って参ります」


 と、扉を抜ければ、今度は何も言われませんでした。

 さあ! 事務棟の教室まで「加速」ですよ!


 そして「加速」で追い掛ければ追い付けない筈は無く、しかし最後尾から前に使っていた大教室へと入ります。

 レヒカに会いに来ていた三馬鹿達が、レヒカに何やら叱り付けられています。

 今週末の十九日に、再度の『教養』の試験が有るらしいですから、頑張って欲しいものですね。


 三馬鹿をレヒカが追い出した直後に、鋭い目付きの『国語』の先生がやって来ました。

 初めての『国語』の講義は、王国を含めて大陸の国々が、何を重要と考えてその言葉を発達させて来たのか、そういう環境と言葉の係わりの様な内容でした。

 中々に面白い講義だったのですよ?



 『国語』が終われば次は『算術』です。

 入学試験で受け付けをしていたカカレン先生が、間延びした口調ながらぴしぴしと講義を進めて行きます。

 まぁ、まだ今日は学園の復習みたいな内容ですけどね。意外と算術は何にでも必須で、棟梁にも地面にガリガリと絵を描きながら、ここにこれだけの力が加わると何処にどう力が伝わるかというのを図と数式で教えて貰いました。

 必要最低限は身に付けたつもりですけれど、学んで損は有りません。


 そんな講義も終わって、大食堂での話です。

 スノワリンが、何やら考え事をしています。


「スノウ、どうしました?」

「え、ううん……算術は、山脈の東と記号も数字も変わらないなっテ」

「ですけれど、こちらでは今の算術は西方諸国から広まったと言われてますわよ?」

「うん、東側でモ、西から伝えられたって言われてル。昔にそんな交流が有ったのなラ、何処かにもっと行き来のし易い抜け道が有るのかなっテ」


 フラウさんに言われて、スノワリンが何処と無く寂しそうにしていました。


「成る程なぁ。確かに昔は行き来をしていたと言われて、否定は出来んな。シパリング領の悲願も、『魔界』と呼ばれる界異点を潰して東側世界との通商路を開く事だ。昔は『魔界』が無かったのだとしたら、容易く行き交いも出来たのだろうよ」

「中央山脈も北の方のカラリヤ山脈になると、地の精髄石の伝説なんかも有りますから、坑道がずっと続いて繋がっているのかも知れませんよ?」

「と言っても、当てもなく探してもな。坑道と言えばドルバルールの奴らは幾つも持っていそうだがな」

「ドルバルールの影響は、わたくしのルベリア領が一番受けていますわね。宝石と貴金属の国ですもの、山を刳り貫いていても不思議は有りませんわ」

「まぁ、ドルバルールの奴らがそこに立ち入らせてくれる筈は無いがな」


 会話をして感じるのは、スノワリンの故郷である東側への道はとても過酷でスノワリンが躊躇っている事と、他の道はどうも無いか失伝しているみたいですね。


「スノウは東側に帰れないかもと思っているのですか? 何なら私が送りますよ?」

「え!?」

「と言っても、今はまだ出来ませんけどね。でも、出来る様に成る予定なのですよ。スノウも私に頼らなくても、二年もこちらで鍛錬したら自力で帰れる様に成れると思いますよ?」

「そんな直ぐに強くなれるものか?」

「スノウの技術は既に相当ですからね。それで魔力も無いのにランク六なのです。魔力を鍛えるだけでランクの二つ三つ上がりますよ? ランクが三つも違えば赤子と大人の違いは有るのですから、今のスノウで赤子並みでしかない過酷な環境も、普通の大人と同じ様に動ける様になりますね。

 とは言っても、スノウの場合『儀式魔法』では無く『根源魔術』一択ですけどね」


 そんな事を言いながら、食べ終えた食器を持って立ち上がります。大食堂は食器を自分で返すのですよ。

 何故か今日はバルトさんとフラウさんが私の周りに居ますけれど、レヒカやライエさん達が居ないからかも知れません。レヒカは三馬鹿ことウプル、ハキアミス、クラファーラの事で怒っていて、ずっと獣人達へ向けて檄を飛ばしています。ライエさんは朝の会話で焦ったのか、木彫りの数を熟す為にさっさと部屋へ引き上げています。ロッドさんもそれに付き合っているのですよ。

 ……おや? ピリカは何故か俯いて、顔を隠そうとしていますね?


 部屋への廊下を歩きながら、会話の続きを話します。


「魔力を鍛えるっテ、どうすればいいノ?」


 ちょっと切実な感じのスノワリンです。


「東側では『根源魔術』一択というのも分かりませんわ?」


 と、魔術には興味津々なフラウさんです。同じく魔術の話題には寄って来る筈のピリカは……やっぱり調子がおかしいですね? 何だかきょろきょろしています。


 階段を上り、扉を開けて、私達の部屋へと戻ってきました。


「それでは、私の理解でになりますけれど、『儀式魔法』や『根源魔術』について説明しましょうか」


 と、私が伝言掲示板を裏向けて墨石を持つと、スノワリンやフラウは奥の席から椅子を持って来て、それに漸くほっと息を吐いた様子のピリカも続きました。

 で、見る内にも人数は増えていきますが、まぁ、別に構いませんね。


「まず『儀式魔法』ですが、これは言ってみれば神々への丸投げです」


 左半面の上に『儀式魔法』と書いて、上に丸を書いてその中に『神』、下に人形ひとがたを書いて、人形から神へと矢印、矢印の横に『発注』、その下に『仕様』と書きます。


「『儀式魔法』を使う人は、神々に仕様を決めて発注します。それに応えてが魔術を使いますが、そこには対価として魔力を捧げる必要が有ります。魔力を捧げないと神々は地上に影響を及ぼす事は出来ず、『儀式魔法』は発動しません」


 『神』から人形の隣へ矢印を引き、その先に『魔術』と書きます。『発注』と書いた隣に『対価』とし、『魔力』と書きます。


「ところが、私もそうだったのですが、神々に魔力を捧げると言っても、どうやればいいのか分かっている人は殆ど居ません。ならば、どうして『儀式魔法』が使えるかというと、神々は『儀式魔法』を使おうとしている人が自然と漏らしてしまっている魔力から、必要分だけ徴収して、魔術を使ってくれているのです」


 人形の周りにもやもやっと何かが漏れている様に書き示して、そこを丸で囲って『魔力』と書き、『対価』に書いた『魔力』へと矢印で繋ぎます。

 そして更に、もやもやの辺りに『制御下に無い』と書きます。


「因みに、この漏らした魔力。術者の制御下に有ると、神々が徴収出来ません。神々が徴収しようとする力はとても弱いのです。なので、この手の『儀式魔法』使いは、自ら魔力の制御を放棄して大量のお漏らしをするのが偉大な魔法使いだと勘違いする様になるのです」

「い、いや、ちょっと待ってくれ!?」


 バルトさんが手を伸ばしてきますけれど、まずは説明が先ですね。


「む、先に説明させて下さい。

 『儀式魔法』と違って、『根源魔術』には神々との関係が有りません」


 右半面の上に『根源魔術』と書いて、人形だけ書き込みます。

 そしてその人形を囲んだ丸を書き、『制御された魔力』と書き込みます。


「『根源魔術』は術者本人が自らの魔力によって生じさせる現象で、その本質は『魔力制御』と『魔力操作』です」


 『魔力制御』と『魔力操作』の文字も書き込みます。


「ここからはそれぞれの感覚や魔力の性質の違いも有るので、どうすればいいのかは自分で見付けて貰うしか有りません。しかし、どうやらそれぞれの魔力には性質が有って、出来る事と出来無い事ははっきり決まっているみたいです」


 と、ここで『魔力』に、『それぞれ性質が違う』と書きます。


「例えば私は、湯気になって空気の中に溶け込んでいる水に、私の元へと向かう「流れ」と、湯気になる為の「活力」を抜く事で、――この様に水として取り出す事も出来れば、これに再び「活力」を与えてお湯にすることも、「流れ」を与えて渦を巻かせる事も、逆に「活力」を抜いて氷にする事も出来ます。そもそも今ここに浮かせているのは魔力の手で掴み上げているものです」


 水を集めて熱して回して氷にしました。


「これ以外に出来る事が有る人も居るでしょうし、逆に殆ど出来無い人も居るかも知れません。そこはもう魔力の性質がそうだったと思うしか有りません。

 ここ迄の説明で想像出来ると思いますが、自分の魔力を完全に制御した『根源魔術』遣いは、神々に魔力を捧げる遣り方を見出さない限り、『儀式魔法』を使うのは困難です。以前の私はこの状態ですね。『儀式魔法』が使える様になるまでは『識別』も出来無いのです。

 これが、『儀式魔法』と『根源魔術』の基本です」


 バルトさんが手を挙げ続けていて、フラウさんもそれに加わりましたけれど、まずは置いておきましょう。


「それでは整理しますね。

 『儀式魔法』は神々に発注して神々が魔術を行使するものなので、術者の魔力が持っていない性質の魔術も使うことが出来ますし、『識別』や『鑑定』の様な神々の書庫から情報を引き出す様な魔術は『儀式魔法』でしか出来ません。

 『根源魔術』はそれこそ自分の体の延長の様に自由に魔術を使うことが出来ますが、自分の魔力の性質の範囲内でしか魔術を使えません。

 両方使えるという人も居ますが、その人はある程度制御し、ある程度お漏らしするという中途半端な事をしているだけですね」


 真ん中に、人形と、人形を囲む丸、丸の周囲にもやもやを書きます。


「多くの人が想像する強者というのですかね? 体からは魔力を立ち上らせていて、妙な圧迫感を感じる様な。私に言わせればお漏らしの達人か、水栓が緩んでいるだけですね。本当に怖い森の魔獣は、気配も魔力も漏らしませんよ?」


 バルトさんが手を下げましたね。フラウさんは手を挙げたままですよ。


「スノウの来た山脈東側には、恐らく魔力が殆ど有りません。そこでお漏らし式の『儀式魔法』を使おうと思っても、お漏らしした途端に霧散してしまって、恐らく魔術は発動しません。かなり気合いを入れてじょばじょばとお漏らしすれば別でしょうけれどね。それに、魔力を纏って体を守ろうと思っても、魔力を制御する力を放棄しているのですから、過酷な山脈越えには意味を成さないでしょう。なので、スノウには『根源魔術』一択なのです」


 フラウさんも手を下げましたね。


「因みに、冒険者として言うならば、魔物への対抗手段としてこのお漏らし式の『儀式魔法』は欠陥魔術です。何故なら、制御もされず弱い力で神々が徴収するのを待つだけのお漏らし式では、魔力を制御出来る存在がそのお漏らし魔力を掻き乱すだけで神々からの徴収を妨害する事が出来ます。つまり、魔術の発動を簡単に阻害出来るのです。闇族なんかは結構そういう事をしてくると聞きますから、お漏らしに自信を持ってじょばじょばしても、情け無い事にしかなりません。

 参考までに、私の入学試験での魔術実技の試験官に、目の吊り上がったきーきー言う女性の試験官が居ました。彼女はどうやら魔力が見えるからか極端なお漏らし信者でしたけれど、魔力が見える人が魔力を制御出来る人を見ると、漏れている魔力が無い為に大した魔力を持っていない様に見えてしまうのです。それで私の試験では魔力の無い人が試験を受けに来たと見下して頓珍漢な事ばかり言っていたのですが、私が魔術を使ってみせるといんちきだと言いながら自分で見本を見せようとしたのですよ。で、それで繰り出すのがお漏らし式の『儀式魔法』ですから、つい妨害してしまったのですけれど、学院の講師をしている立派な魔術師と言われている人だとしても、簡単に妨害されてしまうのがお漏らし式の『儀式魔法』という物です。どういう魔法が有って、どういうイメージで神々に発注するかは参考にしても、どう発動するかは参考にしてはいけない類の物ですね。

 これを念頭に置いて『魔術』の教本を見れば、直ぐにこれは発注部分、これはお漏らしの方法と、判別出来ると思いますよ? それに、良く思い出して下さい。素晴らしい魔術の遣い手と言われている人達が魔術を使っている様子は、若干体を弛緩させて、意識も何処か体から切り離して、恍惚とした様子で魔術を使っていませんかね?

 ええ、お漏らししているのです」


 何だか、部屋に居た人達が皆、聴衆になっています。寝ていた獣人達も起こされて聞いていますね。


「でも、多分『儀式魔法』が神々への丸投げで自身で魔術を使っているのでは無い事は、昔は分かっていたのでは無いですかね。技能として『根源魔術』は魔術という術として知られていますが、『儀式魔法』は魔法であって術では有りません。自分が制御してその現象を引き起こしているのでは無い事が、技能の名前にもちゃんと示して有ったのですよ。

 さて、色々言いましたが、本人の持ってない性質の魔法を使える『儀式魔法』は実の所非常に有用です。『儀式魔法』が無ければ今の世の中は成り立ちません。しかし――」


 と、ここで、リン♪ と予鈴が鳴ってしまいました。一応講義の五分前にもベルが鳴るのです。

 ただ、講義室は午後も事務棟です。ちょっと離れているので五分前では遅いのですよ。


「ここ迄ですね。急ぎましょうか」

「ああっ、いい所だったのによぉ!」

「駆け足で移動するよー!」


 でも、家政科の先生に見付かっては駄目ですよ?

 まぁ、何事も無く事務棟には間に合ったのですけどね。


 移動の間は私の言葉に思いを巡らしていたのか、皆さん言葉少なかったのですけれど、結局ずっと気に掛かっていたのか、クロ先生が教鞭を執る『王国総合』一齣目の休み時間に私の前まで歩いてきたバルトさんが、「さぁ、続きだ」と声を掛けてきました。

 一の日の『国語』『算術』『王国総合』は、新入生が全員揃っての講義なので、私の話を聞いていた人達は皆揃っていたのですよね。

 クロ先生の講義が面白くて、大陸内の種族の移動だとかに思いを馳せていた私は、ちょっと呆れてバルトさんを見上げてしまいます。

 ですがどうやら聞きたがっていたのはバルトさんだけでは無いらしくて、皆私の周りに集まって来ていたのでした。


「……するのですか? まぁ、いいですけどね」


 因みに、『国語』『算術』には居た上の人達も、この『王国総合』には居ないので、本当に仲間だけになっています。

 クロ先生が退出した教室の前に出て、続きの話をするのでした。


「えー、『儀式魔法』と『根源魔術』について説明して、お漏らし式『儀式魔法』は役に立たない事まで説明しましたね。なので、ここからは、お漏らし式では無く『根源魔術』遣いがどうやって『儀式魔法』を使えばいいのかを説明します。

 この遣り方も複数有ると思われます。

 本当なら、直接神々に魔力を捧げる事が出来ればいいのですが、恐らくそれは魔力の性質にも左右されると思われ、私にもこの方法は出来ません。神々の居場所が私には認識出来無いので、魔力を捧げる事が出来無いのです。ですが、中には神々の居場所を認識出来る人が居るかも知れませんので、そういう方法も有るのだと心に留めておいて貰えれば良いかと思います。

 では、それ以外の人の為の、回りくどい方法を説明します。『根源魔術』では、自分にその魔力の性質が無い為、どうしても他の方法を経由したりといった回りくどい方法を採らざるを得なかったりしますけれど、その一例だと思って下さい。

 やり方は単純です。神々が徴収するのが制御されていない魔力なら、態と制御を手放した魔力を用意すれば、神々もそこから魔力を徴収して『儀式魔法』は発動します。ご自由にお取り下さいとお供え物を用意する様な感じですね。

 制御された魔力は、自分の手足の延長の様な物ですから、そこから魔力を徴収されようというのは急に手足を引っ張られる様な物です。どうしても抵抗してしまいますので、制御を抜かないと捧げる事は出来ません。魔力の制御を放棄するのでは無く、魔力は制御しつつ一部の魔力から制御を抜くのは、それなりに『魔力制御』や『魔力操作』、即ち『根源魔術』が使えなければ出来無いと思われます。ですから、お漏らし式『儀式魔法』からお供え式『儀式魔法』に乗り換えようとした場合、どうしても『儀式魔法』が使えない過程を経由するのでは無いかと。使い始めの『根源魔術』で出来る事は大した物では有りませんし、今迄使えていた筈の強力な『儀式魔法』が使えなくなったなら、慌てて折角手に入れようとしていた魔力の制御能力を手放そうとしてしまうかも知れません。でも、それをしてしまうと、いつまで経ってもお漏らし似非魔術しか使えず、本物の魔術師には成れません。

 魔術の教本に『魔力制御』と『魔力操作』が高度な技能と書かれていて、私は目を疑いましたよ? 私にとってその二つは、一番始めに覚えるべき基本です。お漏らしさん達は、魔力を制御も操作も出来ていないのです。それはやっぱり魔術師や魔法使いでは無いと思うのですよ」


 私の解説をメモしている人が結構居ますね。第三研究所の所員に指導していた事も有って、ちょっと講義染みてきてしまいました。

 余りやり過ぎると第三研究所の優位が無くなってしまうので、所員達が『根源魔術』を操れる様になるまでは控えたい気持ちも有るのですが、魔術の話をされるとどうしても止まりません。

 ですが、こんな講義擬きをした事が、後々私に大きく影響してくるなんて、この時の私は丸で思っていなかったのです。


「では、ここからは実際に『根源魔術』を志望するとした場合の小技ですね。

 『根源魔術』の鍛錬を始めてみたら、自分の魔力の性質では大したことが出来無くて、それならお漏らし式でも『儀式魔法』が良かったと思う人が居るかも知れません。ですが、『根源魔術』で制御されたお供え式の『儀式魔法』は、お漏らし式よりもずっと優れていますので、まずは聞いて下さい。

 お供え式では、制御を抜いた魔力を用意すると言いましたが、ただ魔力から制御を抜いてもお漏らし式と同じ様に霧散しようとしてしまいます。ですから、お供え式では何かしら魔力が霧散しない様に覆う器を用意する必要が有ります」


 そこで、『亜空間倉庫』から鉄球を取り出します。


「私の場合、私の魔力を練り込んだこの鉄球の中を空洞にして、そこに制御を抜いた魔力を詰め込んでいます。こんな事をしなくても、制御を抜いた魔力を制御した魔力で囲めば同じ事は出来るでしょうけれど、まぁ楽にする為の工夫です。私がこの鉄球を取り出していたら、『識別』や『浄化』と言った『儀式魔法』を使っているという事ですね。

 こうやって器を作っておくと、自分から神々に魔力を捧げる事は出来無くても、『儀式魔法』を使う時に制御を抜いた魔力を更に器に詰め込む事で、より多くの魔力を神々へ送り込む事が出来ます。その結果、威力が変わらない筈の『儀式魔法』でも、二倍三倍と威力が増す事になります。

 更に、器が有る事で神々からの徴収を掻き乱される事が有りませんから、『儀式魔法』の発動を妨害される事も少なくなるでしょう。

 加えて魔力を無駄にする事が有りませんから、お漏らし式では一発しか発動しないところを、お供え式では何発も発動出来る様になりますね。

 相手がお漏らし式なら魔力を掻き乱して妨害も出来ると考えれば、有利な事しか有りません」


 ここでスノワリンが手を挙げます。


「えっと、結局魔力っテ、どうやって鍛えればいいのかナ?」

「おお! 肝心な事を伝えてませんでしたね。魔力は使えば鍛えられますが、『儀式魔法』使いが考えている使い方とは違いますから、少し注意が必要です。『儀式魔法』使いは、魔術と言うと直ぐに火の玉や魔力の玉を作って投げ付けようとします。多分イメージの問題なのでしょうが、『根源魔術』ではそういう事は余りしません。制御された魔力は自分の手足みたいな物ですから、手足を千切って投げ付ける様な事はしないのです。

 なので、『根源魔術』遣いが魔力を鍛える場合、基本は魔力を体に纏わせて維持する事になります。或いは、魔力を放つのでは無く、魔力で包み込んだ物に自分の魔力が持つ性質に添った何らかの変化を促す事です。寝ている時も常に意識する様にすれば、抱えられる魔力の大きさも、変化を促す力も、少しずつ大きくなっていくでしょう。

 まぁ、他にも遣り方は有るのですけれど、広めていい事か分かりませんので、保留ですね」

「でも、私は魔力の無い土地で育ってきたんだよネ。魔力の素質は有るのかナ……」

「んもぅ……。では少しヒントだけ。英雄的人物は、魔力も強くなるそうです。スノウは山脈の東側からこちらに態々来るくらいですから、そんなスノウの魔力が強くならないとは思えないのですよね」


 それでもまだスノワリンは、不安そうに見詰めてくるのでした。


「それにしても悩ましいな。いっそディジーの講義を受けたいものだが」

「おー、それはいいんだよ!」

「四の日の魔術講義を取り止めて、ディジーに講義して貰うか?」

「だ、駄目なんだよそれは! 四の日は私達の『武術』の日だよ!」

「皆さんの空いている時間が重ならないのは不便ですわね。『魔術』と『武術』が同じ日というのも理解出来ませんわ」

「獣人に魔術は勿体無いとか言っている奴らが居そうだなぁ」


 勝手な事を口々に言ってますけれど、四の日は私の都合も悪いのです。


「四の日は駄目ですよ!? 続きの休みは冒険者としても貴重なのですよ」

「いや、朝だけでもいいんだが」

「違います。三の日の夕方から六の日の朝迄です。これだけ纏まって空いた時間が有るか無いかで、出来る事が全然違うのですよ!」


 その言葉に納得したのか、バルトさんが黙りました。

 でも、次に口を開いた時には、予想とは違う言葉を告げたのです。


「なぁ、魔術の事で色々話は聞いてみたがよ、これってディジーの無茶有りきで、話半分に聞いた方が良いのでは無いか?」

「「「同感」」」


 いえ、それはしっかり説明してきた私に対して、余りにも失礼では無いかと思うのですよ!?



 クロ先生の今回の講義は、種族の移動が今の状況に到り、種族と搦めての各地の風俗を解説して終わりました。面白かったですね。

 途中からは種族単位では無く、戦帝国の拡大とそれに対抗する動きで掻き乱されていく様子が、どうにもどきどきさせられたものです。


 で、その後は皆揃って北西の小門へと向かっています。バルトさんが『儀式魔法』と『根源魔術』の違いをその目で見たいと言い出して、この後冒険者協会に行く筈のスノワリンまで少しだけと言って付いて来ています。

 事務棟から小門までは壁際を真っ直ぐ行けますから、ぞろぞろと皆で歩いていたのですけれど、何故かまたピリカが隠れる様にしていました。フラウさんの背中にくっつく様にして、顔を俯かせているのですよ。

 不思議に思って見詰めていたら、何故かキッと真っ赤な涙目で睨まれてしまいます。


 まぁ、扉まで辿り着いたので、まずはノックですけどね?


「通りますよ~」


 ノックをして声を掛ければ、覗き窓に見知った顔が姿を見せました。

 おっ、という表情をしてから、直ぐに扉が開けられます。


「エブリン落としのディジーリアは今日も外かい?」

「……何でしょうかね、そのエブリン落としって」

「ああん? いや、サロンの吹き抜けを二階から飛び降りた所をあの堅物で融通の利かないミセス・エブリンに見付かったっていうのに、無茶な遣り取りで納得させたって噂だぜ?」

「おお!? ……今朝の事がもう広まっているのですか? でも、あれは二階を指差して『遣り直し』なんて言われまして、結構大変だったのですよ。お淑やかに降りるのが正解でしたね」

「いひひ……何でそれで納得させられるのか訳が分からねぇ。ま、外へ行くならいつもの通りだな。記帳は代表者だけでいいぜ」


 随分と、ここの門番とも打ち解けてきましたね。きっと差し入れが利いているのでしょう。

 ただ今回は、果物では無くてお肉です。こんな機会にでもお肉を消費しておかないと、これから大量に狩るのですから大変なのですよ。


「おお、こんな所に良いお肉が」

「うむ、くるしゅうない、よきにはからえ~」


 ささっと横の机に差し出した、素性は言えない美味しいお肉の一塊ひとかたまり

 ちょっと巫山戯た遣り取りをしながらも、いつもの帳面に記名していると、ピリカが引き攣った顔で私の置いたお肉を見ています。


「ピリカも食べますか? 一杯有りますよ?」

「え、い、いえ、どうしよう!?」


 ただ、そんな言葉に反応したのは、級友達では無く門番達でした。


「え、ピリカ!? この子が交渉無双のピリカか!?」


 どうやら、ピリカにも二つ名が付いたみたいですね。


「な、何でこんな所にまで話が広がってるのよーっ!?」


 ピリカは顔を真っ赤にしながら叫んだのでした。



 スノワリンの事も考えて、先に魔術を見せる事にしました。

 門番さんにも許可を取って、的は投石機の的になっていた残骸です。


「まずは普通の『魔弾』ですね」


 そう言って、技能の『魔弾』を意識すれば、光る魔力の玉が的へと飛んで弾けます。


「こんな感じで、普通の『魔弾』は牽制がいいところです」

「ちょっと待て。詠唱はどうした?」

「あれは様式美とかお約束というもので、しっかり技能を意識していれば詠唱なんて要りませんよ?」

「いや、胸の内で唱えれば何とかなるかと試した事が有るが、それでは発動しなかった」

「それは分かりませんねぇ。もしかしたら、言葉を作る事にばかり意識が向いていて、技能を意識する事が出来ていなかったのかも知れません。それか、お漏らし式ではそんなのまでは相手にしていられないのかも知れませんけれど」

「ぐぅ!? う~む……」

「バルトさんには自分で試して貰うとして、次は魔力を詰め込んだ場合ですね」


 再び光る魔力の玉が的へと飛んで行きますが、明らかに大きさも輝きも速さも違うのが見て取れます。


「本当に、『魔弾』なの?」

「ですよ? でも、まぁ『根源魔術』遣いには間怠っこしい遣り方です。では最後に『根源魔術』で適当に『魔弾』を再現してみます」


 入学試験の再現とばかりに、上方から斜め下に向かって奔った極太の光線が的を穿ちます。閃光と地響き、穿たれた穴と彼方にまで降り注がれる吹き飛ばされた土砂。


「まぁ、こんな感じですね。『儀式魔法』と違って威力は自分の強さ次第ですから、敵が強くなっても変わらず攻撃手段に出来ますね。私はこんな風に自分の魔力を投げ付けるような事は殆どしませんが、それもその人の魔力の性質によりけりです」

「……凄え」

「凄いネ……」


 呆然とした様子の級友達が、呻く様に言葉を漏らします。

 それを横目に穴が開いたままにもしておけないと、「流れ」を使って周りの土を少しずつ集めて、そこそこいい感じに埋めるのでした。


 でも、そこで帰ったスノワリンは、まだ悩まなくて済んだのかも知れません。

 この後、壁の白板や金庫室用にサルカムの木の加工を始めたり、その他諸々用にチイツの木の処理を始めると、見学者からの叫びが途切れる事は有りませんでした。


「心材を残して辺材を剥ぐのは分かるが、それで何故辺材だけパコッと外れるんだ!!」

「……魔術ですよ?」

「板材にするって、触れただけでばらばらになってるではないか!!」

「……だから、魔術ですよ?」

「お前、魔術だって言えば何でも許されると思ってないだろうな!!」

「……でも、魔術なんですよ」


 主にバルトさんの叫び声に悩まされながらも、私は着々と部屋の準備を進めていったのです。

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