(105)絨毯を買いに行きましょう♪

 まだ誰も来ない様な早い時間に、ささっと賄い用の食堂で朝食を取ったら、そのまま部屋へと向かいました。

 作業は人の居ない内にやってしまうのがいいでしょう。

 そう思っていたのですけれど、私が鉄球を取り出して片っ端から『浄化』した後、机と椅子を『亜空間倉庫』に片付けて、それから自習室側の天井に付けられていた照明を外そうとした頃に、何を予感していたのかバルトさんがやって来たのです。


「やっぱな」


 何か一言で納得されてしまうのはどうなんでしょうかね?

 面倒だとは思いつつ、『亜空間倉庫』に片付けた椅子を、多目的室側に三十程並べました。

 毛皮敷が入荷すればこの椅子も片付けますが、今は欲しい人も居るでしょう。


 宙に引っ掛け魔力のわざで、かなり豪華な照明の傍に近付いて、慎重に慎重を重ねて取り外します。外した照明は木箱の中へ。そして一旦『亜空間倉庫』へと片付けました。


「何か手伝う事は有るか?」

「いえ――あ! やっぱり手伝って貰えますかね?」


 宙から降り立って椅子に座ったバルトさん近くへ寄ってから、『亜空間倉庫』に回収していた伝言掲示板を取り出します。

 以前のおもて面は書き込みもそのままに今日からは裏面に成る予定です。そして昨日私が魔術の説明を書いた裏面は、今は枠線の黒石を熔かし込んで今日からの表面に成る予定なのです。

 一番上には「名前」「発」「受」をやはり黒石で。縦に十人、横に五列の五十人分です。

 名前欄には墨石で聞いていた順番通りに既に名前が書き込まれ、私は一番初めです。

 その名前欄の黒枠には、実は穴の様な凹みを設けています。その一番初めの私の名前の場所に、私の似姿と愛称を書いた突起付きの木札を、凹みに突起を差し込む様にして取り付けました。似姿は冒険者としての格好で、髪だけ赤く塗っています。


「バルトさんの名前札も作るので、愛称の綴りと決めポーズをよろしくお願いします」


 私の「発」の欄に、下向きの矢印と、「愛称を書いて下さい」の文字を書きます。

 それを見てバルトさんは「随分と可愛らしいなぁ」と言いながらも、しっかり綴りを書き込んで、その後に腕を組んだポーズを取りました。

 それを見ながら、取り出したチイツの板に「焼き付け」してから打ち貫きます。

 それを三枚。

 一枚を伝言掲示板のバルトさんの名前欄に取り付けて、二枚をバルトさんに渡します。


「後から来る人にも作りますから、来た人達に愛称を書かせておいて下さい」

「ああ、分かったぜ」


 ちょっと時間を取りましたけど、続きを進めてしまいましょう。

 床一面を『亜空間倉庫』の出口に設定して、ゆっくりと昨日造った構造物を引き上げていきます。床から僅かに浮いたのを確認したら、『亜空間倉庫』の出口を消して、位置合わせをしながら今度はゆっくりと下へ。ですが床と触れ合う直前で止めて、飛び出た柱の底面を魔術で削りました。

 まぁ本当は柱が飛び出ている訳では有りません。一部の床が盛り上がっているので、それに合わせて削っているのです。

 今度こそ慎重に降ろして、設置してからも慎重に力を抜いて、力を抜き切ったら設置完了です。これを壊さず運び出すのは、きっともう私にしか出来ません。


「ふぅ……当て布は無くても大丈夫そうですね」


 梁と壁との隙間を見ながらそう口にすると、同じく息を詰めていたらしいバルトさんが大きく息を吐き出しました。


「凄まじいな。魔術師への転向を考えてしまいそうだ」

「意味が無いですよ。魔術師の私が今になって剣を学んでいるのですから。バルトさんは剣に合わせて魔術を練る様にした方が建設的です」


 言いながら、各所の扉がちゃんと動くか、魔力の腕で開け閉めして確かめます。

 ――いいですね。

 柱や仕切りの飾り彫りにも削げなんて出ていませんし、「活力」を加えながらしっかり押し固めた木肌は赤味掛かって年月を経た高級感を感じさせます。

 問題無いと確認したら、自習室の机と椅子、それから荷物置き場の戸棚を同じ様に据え付けました。机は両端は木製の一枚物、中央はクアドラ石製です。自習室内の柱の位置が偏っているのは、下の階の柱に合わせているので仕方が有りません。因みに荷物置き場の戸棚は、扉に名前札を掛けれる様になっています。

 もう造ってしまいましたが、棚の一つは見本として多目的室側にも出しておきましょう。


「しかし、こうも魔術の力を見せ付けられるとな……。砦を造るのも一瞬と思えば、辺境に必要なのはどちらなのか明らかだろうぜ」

「デリラに居るランク三のガズンさんは、魔術は使えないと嘆きながらも、森の奥から巨大な巨獣を担いで帰ってくる様な人でしたよ? 力なんて使い様です。私は魔術で板を加工しますけど、剣でズバンと切っても同じ事です。砦が欲しいなら担いで行けばいいのですよ」


 『亜空間倉庫』に仕舞った部屋付きの照明を上階の荷物置き場に出しておき、同じく亜空間倉庫から取り出した魔道具類を取り付けていきます。

 結局ここで釘を使ってしまいました。今迄釘を使って来ませんでしたから、ちょっと拘っていた所では有ったのですが、これは仕方が有りません。自習室や上階の照明を取り付け、廊下から自習室へ入る扉の近くと、階段を上った先の上階の入り口、それから多目的室から自習室に入る近くに照明用の釦を付けます。多目的室から自習室に入る近くに蓄魔器を置き、全ての魔道具と魔力線で繋ぎます。

 蓄魔器に魔力を籠めてから、それぞれの釦をポチポチと。ちゃんと照明が付きました。

 金庫室入り口の扉は、既に『判別』と組み合わせた施錠の魔道具が組み込み済みで、商人組か私以外は開ける事が出来ません。この中にも机と椅子を据え付けて、預かっていたお金を同じく魔道具仕込みの金庫に入れて設置します。輝石を用いた特製金庫に入れて一度商人組には渡していたのですけどね。輝石を説明出来ないと不安が有るのも仕方が無かった事なのです。


「それで完成か?」


 と、バルトさんに言われた私は、ちょっと悩んで、「土足禁止」と木の板に焼き付けてから、上階へ上がる階段の前に置きました。


「絨毯と毛皮敷、それからカーテンが無い他は、完成ですかね。飾りとかは後で追加出来ますし、絵の一つも掛かっていないのは寂しいですけど、それもこれから増えていくでしょうし」

「発想に造形が庶民じゃないな」

「お姫様の記憶持ちですからね!」

「お姫様って感じでもなぁ」

「小国なのですよ!」


 そんな会話をしながらも、ちょっと悦に入って眺めてしまっていたのが悪かったのでしょう。

 他の仲間達も、部屋へとやって来たのです。


 初めにやって来たのはスノワリン。多目的室側からの扉から入って、こっちを見て、固まりました。

 次にやって来たのがレヒカと獣人組数名。スノワリンが立ち止まっているのを不思議そうに見ながら、その脇を通り抜けようとして、こちらを見た後で「間違えたんだよ」と背中を向けます。そこで一旦止まってから、またこっちを見ました。

 大体この後は、ちらほらと学内寮組が来る感じです。その間に多目的室側も仕上げてしまいましょう。


 鉄球を浮かせて、多目的室側も『浄化』を念入りに掛けていきます。


「ちょっと、入るなら奥まで入っちゃって下さいな」


 入り口近くで屯していた人達が「分かったんだよ」と部屋の中へ入り込んだのを確認してから、ディラちゃんの巣やその周りの白板なんかも一旦『亜空間倉庫』に片付けて、代わりに壁一面の大きな白板をゆっくり取り出して据え付けます。

 ディラちゃんの巣と白板を元に戻したら、今度は廊下側の壁際から人と物を動かして、『浄化』の後に壁一面の大きな棚を設置します。こちらは青っぽい毛皮敷が入ることを考えて、表面が茶色くなるまで処理をして森の歪みで強化済みです。因みに、ちょっと下側の方が奥行きが深かったり、重心が後ろ気味だったり、倒れない工夫もしていますよ。

 動かした物を元に戻して、今度は小厨房の右側に、『浄化』とそれから食器棚。全員分は有りませんが、さっきまで作っていた各種食器が二十個単位と、銅の鍋釜が揃っています。

 厨房の蓄魔器に追加で繋げたのは『清浄』の魔道具。昨日繋ぎ忘れていた物です。湯気や煙を回収して、部屋に緩やかな空気の流れを引き起こして、隅々まで清浄な状態を保つのだとか。一応換気口は部屋に有りますが、窓の無いこの部屋には必須かも知れません。

 そして厨房の前には、特別仕様の白板です。他の白板を作る時も、その表面ひょうめんには灰色のクアドラ石の白い部分を抽出してそれが覆う様に作っていますが、更に真白く作った特別製。大きさは縦長で両手で抱えられる程の大きさですが、縁も石の草花が飾り立て、美しく仕立てたメニュー板です。裏はそこ迄凝ってませんけどね。

 最後に小厨房の前に一列に、丸机を二脚と椅子を並べれば今出来ることは終わりです。

 いえ、一応買ってきた『浄化』の魔道具も、入り口近くに置いておきましょう。序でに上階への階段の下にも置いて自習室の蓄魔器と繋げました。『浄化』の魔道具は扉の幅より少し大きなマットの形をしています。きっと部屋の掃除が少しは楽になるのですよ。

 最後に個人用に作って名前も入れた小さな白板五十枚を、壁の棚に収めて終了です。


 そう思って振り向けば、バルトさんが笑い転げていました。


「ぶぁっは、うははははは!! 何だ、この、うひひひひひ!!」


 一頻り笑った後に、おもむろに黒い丸机の一際大きい黒い椅子へと座ります。

 そうです。小厨房に近い側の丸机は、クアドラ石製の白い優美な机と椅子ですが、もう一つの丸机はジーク材の最後の余りを放出した黒くておどろおどろしい魔界の机と悪夢の椅子です。しっかり黒く炭化させてますが、擦っても手には付きません。化け物達が支えとなって、髑髏の飾りが凶悪です。バルトさんが座ったのは、一つだけ大きく豪勢に威圧感増し増しで造った魔王の椅子です。実は髑髏の目は光石を埋め込んでますから、魔力を籠めれば光ります。


 食器棚から特別製の黒い杯を取り出して、赤いプタの果実水を注ぎ、バルトさんに差し出しました。


「バルト様! こちらをどうぞ!」

「ひ、ひ、ひひひひ……お前、この、髑髏の杯って、おい、うはははは」


 食器棚に納めた食器は、黒白それぞれ十個ずつ。杯だけは、それぞれ特別製を一つ追加しています。白の特別製は女神像が支える壺ですね。髑髏も壺も光石製ですから、魔力を籠めれば光りますよ?

 因みにそれ以外の杯は、白はクアドラ石製のマグカップ、黒は実はサルカムで薄く造ったラッパ型のコップです。ラッパ型にしたのは、そうしないと木の削り出しでは無駄が多くて勿体無かったのですよ。


 呆けていた人達も、バルトさんの様子を見て思わず笑うのを切っ掛けに、次々と気を取り戻していきます。

 それならバルトさんが準備作業を職務放棄した、名前札作りを進めましょう。

 集まっていた人達の分の名前札が作り終わる頃になって、怪物が支える髑髏の杯を傾けて悦に入っていたバルトさんが、はっと気が付いて気不味そうな顔をしました。

 まぁ、いいんですけどね。


 名前札の二つは凹みに引っ掛ける為の突起付き、一つは紐を付けてくくれる様にしています。伝言掲示板と荷物置きの戸棚用、それからそれ以外で使える様に、ですね。

 ただ四角い板では無く、縁取りをする様に刳り貫いていますから、見た目は少し可愛らし気です。でも、今の所は結構喜んで貰えている様なので、良かったのでは無いでしょうかね? 気に入らなければ、自分で用意して貰えばいいのですよ。


 名前札を矯めつ眇めつしている間に、壁の真新しい白板に、荷物置き場の配置を墨石屑で描きます。

 男性用が手前で、女性用が奥。私には『亜空間倉庫』が有りますが、女性用の一番奥を私の物としておきます。

 配置図の上には基本方針を書いておきます。

 学内寮組はなるべく奥から。何故なら学内寮に荷物は置けますし、部屋に来るのも早いので、奥であっても混雑は招きません。

 鎧みたいな大荷物持ちは手前で。邪魔な人にはさっさと荷物を持って行って貰うに限ります。

 着替えを頻繁にする人は奥気味に。ええ、そういう人こそ邪魔なのですよ。


「はい、荷物置き場の配置を書いておきました。ここに書いている方針で、自分の場所を予約しておいて下さい。人気が無さそうな奥側で良いという人は、もう戸棚に名前札を付けて頂いて構わないでしょう。希望が被ったら交渉ですね。

 白板も見て回ったなら、何か要望が無いか見て頂ければ。上階へは靴を脱いで、『浄化』のマットで一旦停止を忘れないで下さいね。私はその間に部屋の内装掲示板を整理しておきますから、要望が有れば書き込んで下さいな」


 言ってから、内装の白板を紙に焼き付けて写しを取り、一旦消してから残りの項目である毛皮敷、絨毯、カーテンを改めて記載します。随分余白が広くなりました。

 私自身も何か無いか、見て回ることにいたしましょう。

 そうして上階から見て回りながら、その先で仮眠室に男女の区分けが示されていないのに気が付いて、その場で木札を作って掛けてみたり、それで下の荷物置き場も同じ状況だと、下へ降りて木札を掛けたり。


 結局白板に書かれるまでも無く、その場で色々手直しをしていると、やがて他の仲間達もやって来るのです。

 まずはフラウさん、ミーシャさん、それからピリカ。この辺りは、申し合わせて来ているのかと思うくらいに、いつも同じ様な時間に連れ立ってやって来ます。バルトさんも、いつもは大体これくらいの時間です。

 次に来るのは残りの商人組と騎士組です。地方から来ている家政婦や侍女、侍従組もこれに加わります。

 そこから後は入り乱れて。鍛錬してから出て来ているらしい騎士組や、家の仕事をしてから来ている侍女組も居ますから、皆さん結構早起きですね。

 まぁ、遅刻間際に眠たそうに来る人は相変わらずですが。


 その人達が皆一様に、ぽかんと口を開けて見上げては、言われるがままに名前札を作り、夢現な様子で見違えた部屋の様子を確かめに行くのです。


 でも、講義の一刻前になれば、問答無用で手を叩くのですけどね。


「はい! 注目~! 状況確認の打ち合わせを始めますよー!」


 するとぞろぞろと集まってくるのですけれど、魔王のお誕生日席にはフラウさんが真っ先に座っていました。バルトさんが置きっ放しにしていた髑髏の杯を手の中で弄んでいますが、口元が窄まってにやけを隠せていません。

 フラウさんも何だか可愛いですね。


「今来ている人には名前札は行き渡りましたね? 一つは伝言掲示板用、一つは荷物置き場の戸棚用です。壁の大白板に配置と方針を書きましたので、希望の場所を埋めていって下さい。戸棚はここに置いたのと同じ物になります。名前札はこの穴に掛けます。希望が有れば改造は可能ですから私に言って下さい。

 上階は土足厳禁で。多目的室側の部屋の入り口と、上階への階段下に『浄化』の魔道具を設置しています。数秒立ち止まって『浄化』して下さいね。

 上階の仮眠室には寝具は有りません。その内毛皮敷が入りますが、掛け布団まで用意する予定は有りませんので、必要と思うなら自分で用意するか、要望を出して下さい。部屋の内装の白板は内容整理してこちらです。

 小厨房の隣の扉は、商人組だけが入れる金庫室です。まぁ私も管理者として入れる様にはなっていますが、他の人は入れませんのでご承知置き下さい。

 部屋関係はこんな所ですかね。何かご意見有る人は居ませんかね? ――はい、スノウ」

「えっと、昨日の今日でこんなになっちゃってるのはどうして?」

「頑張りました。昨日の作業を最後まで見ていたのはライエさんで、今日の据え付けを最初の方から見ていたのはバルトさんなので、どんな様子だったかはそちらに聞いてみて下さい。――はい、シャックさん」

「絨毯は明るい橙色で決めてしまっていいかな? サンプルを貰ってくるつもりだったけれど、これだけ赤いと他に合う色は無かった気がするよ」

「序でに受け取りにも付き合ってくれるか? 運んで貰うよりもその方が手っ取り早い」

「おお! いいですよ。――皆さんも色はそれでいいですかね?」


 いつもの通り異存無しかと思えば、フラウさんが発言しました。


「他に合う色が無いのであればそれで良いでしょう。一応どんな色が有ったか教えて下さるかしら」

「ああ、青や緑系統が何種類かと、茶色、赤系統は明るい橙の他には、燕脂の様な暗い赤が多かった」

「暗い赤でもいいけれど、重く成り過ぎるからね。明るい橙なら雰囲気も暖かくなるから、いい感じじゃ無いかな」

「それに、こちら側の毛皮敷がかなり濃い目の色だと聞いたからな。どちらも重いと居心地も悪くなるだろうさ」

「成る程、それなら確かに他の選択は有りませんわね。わたくしは良いと思いますわよ」


 ジオさんとシャックさんの言葉を聞いて、フラウさんも納得したのです。

 なので、いつ絨毯を買いに行くのかをささっと決めようとしたのですが、中々予定が合いません。


「俺らは元々十九日と聞いていたから二十日で良いかと考えていたんだが」

「二十日は私がオリハル領に行く予定なので駄目ですねぇ……」

「となると、二十二日の昼からだな。確か二の日はディジーも昼から入ってないよな」

「今日の午前中が開いてるなら、それも考えたんだけど、場所が遠いんだよね」


 おや? どうやら彼らも今日の午前中は空いているみたいです。


「それならこの後お店に行きましょうか? 私もちょっと寄る場所が有りますけれど、王都の中なら直ぐですよ?」

「でも、ディジーの猫さんでも走れないデしょ?」

「まぁ、方法は有るのですよ」

「ふぅむ……方法が有るなら、いいがな」


 疑問を抱いたスノワリンに答えてみれば、ジオさんが分からないなりに了解したのです。

 となると、早速今日には絨毯も入りそうですね。

 他にも無いかと思って見回してみれば、珍しい人が手を挙げています。

 侍女組のミルリアンナです。

 いつも大体発言する人は決まり切っていますから、こうして手を挙げてくれると何だかちょっぴり嬉しくなりますね。


「はい、ミルリさん」


 名前札を作る時に示して貰った愛称で呼ぶと、意を決した様にミルリアンナが口を開きました。


「えっと、厨房は食材庫が付いていてとても使い易そうだけれど、皆が揃うととても小さく思えてしまうわ。大きな食材庫が必要だと思うの。あと、食器棚も全員分のが入る大きいのが欲しいし、そっちの壁側に戸棚が欲しい。それと、丸机じゃなくて、皆でお食事会が出来る様に大きなテーブルが欲しいわ」


 ミルリアンナは一息に言って、荒い息を吐いてます。

 思わずパチパチと拍手をしてしまいました。


「いいですね。皆さんも感じたことはどんどん言って下さい。食器棚は了解です。でも戸棚と一緒でいいですよね? 手が届くくらいの高さのを、掲示板の手前まで作ろうと思います。

 でも、お食事会というのがイメージ出来ません。この小さな厨房で出来るのはちょっとした事でしかないと思うのですけれど、どういうイメージなんでしょうかね? ちょっと摘まむ物を用意しての物ならば、丸机二つに食べ物を並べての立食パーティで良さそうな気がするのですよ」

「ええ、わたくしもそう思いますわよ。流石に上の方達も、部屋を食堂にしようとは致しませんわ。食堂に注文して、部屋に運ばせる人も居るみたいですけれど、そんなみっともない事は出来ませんわね」

「ああ、大体ここには毛皮敷が入るって言うのに、堅苦しく椅子に座っているのは勿体無いな。入れるなら座卓か? まぁ、それも敷物が入ってからだろうが」


 フラウさんとバルトさんという高位貴族二人が否定気味なのに、ミルリアンナはしゅんとしてしまいましたが、発言自体は素晴らしい事です。

 それに、バルトさんの言葉で私も思い付きました。


「いえ、やっぱり机と椅子を作りましょう。六人掛けを八脚で充分ですね」

「……いや、要らないという話をしていたんだが、どうするんだ?」

「バルトさんの言葉で気が付いたのですよ。毛皮敷が入ってくるのは今から一ヶ月は先です。つまり、収穫祭の直前か直後ですね。

 収穫祭ではどちらにしろ机と椅子は必要になりますし、食材庫だって大きな物が必要になります。それなら早めに造って、本当に部屋には要らないかを確認したらいいのですよ。そして、不要となったら机と椅子も、収穫祭最終日の商品にしてしまえば無駄も有りません」

「それは……確かに必要ですわね」

「食材庫も、冷気を漏らさない箱を用意出来るのなら、『冷却』の魔道具を手に入れるだけで済みますし、冷やす用と凍らせる用の二つがあれば充分ですね。上階に入って直ぐの所に据え付ければ充分でしょう」

「おい待て、それも自分で作るつもりか? 戸棚を含めて今日造ろうとか思っていないだろうな。お前、絶対昨日から寝てないだろう! 寝ろ!!」

「…………何の事を言っているのか分かりませんよ?」

「睡眠不足はお肌の大敵ですわよ? ……そんなに荒れている様にも見えませんけども」

「そうだよ! 寝なくちゃ駄目だよ!」

「うん、眠いと失敗もしちゃうよネ」


 散々な言われ様ですけれど、今回ばかりは机も椅子も、私が造り上げてしまうつもりは有りません。

 私は「ふぅ~」と、大きく溜め息を吐くのでした。


「もう、売り物にするのですから、私が造ってしまったら“グー拳”になってしまうでは無いですか。

 造りませんよ。私がするのは、形を削り出して、仕口や継ぎ手の加工をする所までです。組み立てるのは皆さんにお願いしないと、私達の売り物には出来ません。

 職人にそれをしたら僭越だと怒られそうですけれど、学院生の職人体験としては面白いと思いますよ?

 そう言えば店舗の概要も決めていませんでしたけれど、店舗自体も皆で組み立てて、最終日に売りに出すのも面白いかも知れませんね」


 喋っている間にも、面白いアイデアを思い付いてしまいました。

 今回自習室周りを造って思った事ですが、組み立てるだけでも結構面白いと思うのです。それが小屋の様な店舗を皆で造るというのは、かなり楽しいのでは無いでしょうか。

 そんな私の気持ちも皆に移ったのか、騒つきが次第に収まっていきます。


「うん、それならいいんだよ!」

「いや待て! 加工をしないとは言ってなければ戸棚も別だ!」


 ……もう、どうしてそんなに鋭いのでしょうかね?

 結局、今日はちゃんと寝る事を約束させられてしまいました。


「では次――はい、イクミさん」

「あのね、厨房の排水だけどね、水桶が一杯になってから捨てに行くのは大変と思うの。毎日朝と夕方とか捨てに行って貰う事は出来無いかな? それとね、排水を少なくするのに、贅沢だけど厨房にも『浄化』の魔道具とか付けられないかな?」

「……これはどうですかね? 魔道具のお代は貴族の方々でとの話でしたから、判断はお任せします。魔道具の有る無しで水桶の扱いも変わるでしょうから」

「いいぞ? 贅沢と言っても、大した物でも無い」

「ええ、構いませんわ。寧ろ手で洗うよりも綺麗になるのでしたら、無駄な労力なのでは無いかしら」

「となるとですね、排水が少量なら、大きな布に浸ませてからその布を『浄化』に掛ければ汚れた水は消えます」

「……は、はぁ? はぁっ!?」

「言われて見れば、そうなのかしら?」

「その代わり、魔力は馬鹿喰いしますけどね。私が『浄化』を再現するなら、水を操って洗う感じなのですけれど、実は『浄化』はそういうのとは全然違って、汚れだけを何処とも知れない場所に吹き飛ばしてしまう術なのですよ。極小の『転移』とも言える、無茶な術です。私も本当の意味での再現は出来ません。

 『転移』が出来る性質の魔力を持っていれば、同じ事も出来るのでしょうけれど、やっている事がやっている事なので、色々と条件が厳しいのですよ。無茶な注文に応えた神様お疲れ様な感じですね。

 なので、汚れ扱いが出来る状態にすれば、処理してしまう事が出来るのです」

「生活の知恵みたいに知ってる人も居そうだねぇ」


 ミーシャさんが感心した様に溢します。


「まぁ、居るでしょうね。活用する状況は余り思い浮かびませんけれど。

 という事で、浄化の魔道具も追加して、結局生ごみは有るのでごみ捨て当番は必要なので――レヒカ、申し訳有りませんけれど、ごみ捨て当番の割り振りをお願い出来ますか? 力仕事を任せられてバランス感覚も有るとなると、獣人達に思えますから。勿論、それ以外の役目を割り振られていない人に割り振って頂いても構いません」

「確かにね! 分かったんだよ!」

「いや、ちょっといいか? ごみ捨てをすると言うのなら、部屋に屑籠くずかごを置いて、そのごみ捨ても頼めないか? 勿論、俺も順番に組み込んでくれて構わない」

「なら、俺もいいぜ? 特に何もやってないしな!」


 ライエさんとロッドさんが加わって、他にも数人彫刻なりをしていた人達が、ごみ捨てに参加すると手を挙げました。

 そんな感じで話題は順次移り変わりながら、朝の打ち合わせは過ぎていったのです。



 さて、講義の時間十分前になると、侍女組の人達が連れ立って家政科の講義へと向かいます。


「女共のこの講義が無ければ、今の時間は空いている奴らが多かったのか」


 そう言うバルトさんも、午前中の二齣目は『歴史』の講義が有るらしいです。

 確かに、週に一度くらいはしっかり仲間内で話し合う機会が欲しいです。


 今迄の学院生はどうやって交流を保ってきたのかというと、どうやら既に家付きの教師から学んだ事だと受講数を減らした学院生達が、資料室に行くでも無く自分達の部屋に屯していたのを、交流と呼んでいた様ですね。

 それは私達の思う“交流”とは違いますから、つまり交流したいならば、少々妥協してでも、時間を見付けないといけない訳です。

 まぁ、短い時間でもいいならば、昨日の様に『王国総合』の中休みですけれど、放課後を使うなら同じく一の日の放課後でしょうかね。朝は余り早い時間にすると朝食を取れない人達が出て来ますし、他の日の放課後は誰かしら『武術』に出ていますから、へとへとな状態で満足な交流も出来ません。

 放課後に仕事を持っている人には無理を言う事にもなりますが、何とか調整出来ればそれが一番良い様に思えてきました。

 まぁ、明日の朝の議題ですね。


「よし、準備出来たぞ。どうすればいいんだ?」


 ジオさんとシャックさんがそう言って私の下へと来たのですけど、……面白いですねぇ。ジオさんは背中の形に合わせた背甲の様な防具を身に着けていますが、その中は書類入れになっているみたいです。シャックさんはふんわりとした帯に見せた小物入れですね。

 装いの違いから生まれも全然違うでしょうに、気の合う仲間も出来るものなのでしょう。


「まぁ、まずは学院の外に出ましょうか」

「余りのんびりとは出来無いぞ」


 それは私も承知の上です。

 厠は先に済ませる様に告げてから、てくてく歩いて本館の正面玄関から出た後は、真っ直ぐ学院の正門まで。

 正門の外に出た私は、『亜空間倉庫』から丸太を取り出して其処に転がしました。


「では、ちょっとこの丸太に跨がって貰えますかね?」

「は?」

「え、どういう事?」


 いえ、ここで丸太を出したのですから、他の答えなんて無いでしょうに。


「ですから、丸太に乗って行くのですよ。さぁ!」

「あ、ああ……?」

「え? 跨がればいいのかな??」


 戸惑う二人を、もうちょっと前にだとか、両手を丸太に添えてしがみつける様にだとか誘導して、良さ気になったら二人の後ろにぴょんと乗りました。


「では、行きますよ~?」


 ふわりと浮いた丸太が、勢いを増しつつ空へと飛び立ちます。


「うおおおおおおおおお!!!!」

「わぁあああ!! わあああああ!! わあああああああ!!!!」


 そして丸太は一路……そうですね、まずは春風屋へ!

 勿論『隠蔽』は最大限に、声だって漏らしませんよ!!

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