(103)ピリカの武勇伝と毛皮敷の相談

「……おや?」


 昨日早めに寝た分、早起きして細々とした作業に取り掛かっていたのですが、ちょっと思わぬ事態です。

 何でしょうね? お試しに原版加工をしてみましたら、「活力」を与えていないのに原版が熔けて穴が広がってしまいました。

 いえ、古字体の飾り文字を幾つか「活力」を与えて熔かしたのですけれど、熔かした部分を吹き飛ばすのに、「活力」を止めて「流れ」で空気を吹き付けたら、何故か穴が広がってしまったのです。

 何となくですけれど、紙の端が焦げた所に息を吹き掛けたら、ちょっとおきが残っていて焼け落ちた感じですかね。

 どうやら素直に「流れ」で切り離すのが良さそうです。


 そんな感じでお試しの作業だとか、冒険譚の下書きだとか、魔道具の予習だとか、漸く解禁された『亜空間』式の拠点の構想だとかを練りつつも、時間になったらお出掛けです。

 今日は魔道具を見繕いに行くのですよ。


 残念な事に、学内寮から向かうのは私だけですので、独りでてくてく歩きます。

 今日の私は本当に参考意見を述べるだけの役回りですから、のんびり歩いていけばいいのです。

 その代わりに裏では、検証の為との名目で結局王都の劇場で見た物を再上映する準備を進めていたり、冒険者ディジー人形をオリハル領へと飛ばしていたりするのですけどね。


 それと、魔道具については有力な情報が教本に書かれていました。

 最初期の魔道具は使う度に使用者が魔力を注ぐ物だったとか。その次に開発されたのが魔力を一時的に溜めておける様にした物で、それには光石が光を維持する技術が使われているのだとか。

 しかしそれでは『魔力制御』が出来無い人には使えないので、魔石を魔力に還元する装置が開発されてから、一気に魔道具が広がっていったらしいです。


 デリラの街には鬼族の魔石が溢れる程に有りましたから、殆どの魔道具が魔石を利用するタイプだったのでしょう。

 王都も近くに鬼族の領域が有りますから、魔石は潤沢に有るのでしょうけれど、住人の数が違います。

 それに王都は魔道具の開発元とも言えるのですから、自分で魔力を込める方式含めて、色々なタイプの魔道具が置いて有るに違い有りません。


 既に買ってしまったデリラの家の魔道具や、学内拠点の魔道具も、自分で魔力を込めるタイプに替えてしまいたいところです。まぁ、多分その部品だけ取り替える事は出来ると思うのですけどね。


「あ! ディジーちゃん、お早う!」

「ええ、お早うございます」

「お早う、今日は宜しくね!」

「お早う。皆が揃うまで、もう少し掛かりそうね」


 元気のいい挨拶に同じく挨拶を返すと、次々に声が掛けられます。

 今日一緒に魔道具屋巡りをする仲間は、皆、女の人ですね。

 まだ来ていませんけれど、ピリカも来る予定ですし、ミーシャさんも加わってくれるそうです。

 全員が揃うまで、集まって情報共有することにしました。


「前にディジーちゃんが言ってた通り、リナイン魔道具店が評判良かったわ」

「中央通りにしか無い店も有るみたいね。でも、フクロウス内装店はやめる様に強く言われたの」

「ミルミ屋には魔道具に限らず色々置いてあって安いから、掘り出し物が有るかもって」


 そんな話を試作で作った小さな白板に書いていきます。

 手に持てる程度の大きさで、表には時間割、裏は無地て自由に書ける様になっている物です。枠縁の側面に名前を彫り込める様にしてあるので、棚に放り込んでいても誰の物か分かります。行き先掲示板に一人一人の受講予定を書き込めないので、その代わりに用意した物なのですよ。

 そして小さな白板への質問を受け付けたり、今日の道順を決めたりしている間に、予定の人員が集まりました。

 今日、皆を導くのはピリカです。護衛がミーシャさんですかね? 私は謎の付き添いなのでしょう。


「それじゃ、北側から順に南側まで軽く見て、目星を付けた店をもう一度回るのでいい? 希望とちょっと違うくらいなら倉庫とかに有るかも知れないから、そこは店の人に聞いてね。ディジーからは何か有る?」

「えっと、魔石式で無くて自分で魔力を籠めるのがいいですね。魔石屑は体にいい物では無いのですよ。具体的には毒煙の毒とほぼ同じ物ですかね。私が居れば魔力切れなんて有りませんし、『魔力制御』の訓練にもなりますよ」

「え? ……ちょっと、それ本当!?」

「まぁ、私が調べた限りではですけれど。自分から魔石屑を吸ったりする人は居ないでしょうけれど、症状が出始める百歳近くになってから後悔してもと思いますし、鬼族の魔石屑なんてばっちいですから身の回りに無い方が安心です」

「で、でも、皆魔道具は使ってるわ!?」

「まぁ、毒煙の治療法も見付かりましたし、今は不治の病では無いですから大丈夫ですよ? 王城で騒ぎにならない様に情報は制限しているみたいですけれど、身内に患者の居る人には既に話が伝わっている筈です。一応内緒にしておいて下さいね?」


 そんな事で少し騒ついてしまいましたけれど、魔石式の魔道具が嫌な理由を明らかにしておかなければ、ちょっとどちらに転ぶか分からなかったのです。

 何と言っても一番出回っているのは、魔石式なのは間違い有りませんからね。


「……そう言えば、不治の病の治療薬が見付かったって、蔵守卿が言ってたね。王城で聞いて来たのかい?」

「まぁ、知ってましたね。論文も出ていますし、治療法が見付かったのもデリリア領ですから」


 ミーシャさんが思い当たったみたいですけれど、嘘では無い答えを返しておきました。

 今はそんな話題で盛り上がっても、余り意味が有りませんからね。


 北側の店から南側の店まで一通り見て回り、そこで一旦軽食屋の中に集まります。


「リナイン魔道具店は良かったね。照明も簡素シンプルだけれど一番明るかったわ」

「うん、洗練されてる感じ。魔力を籠める蓄魔器も揃ってたし。ディジーちゃん、あれでいいんでしょう?」

「ええ。というより、もう私の分の交換部品は買ってしまいました。私は自分で魔力を籠めながら使うでしょうけれど、部屋用に買うなら一番大きいのを買っても良さそうですね」


 一番大きい蓄魔器でも、両手で抱えられる玉ぐらいの大きさなので、部屋に置いても邪魔にはなりません。照明用にはそれ程魔力は使わないでしょうから、自習室用に一つ、上階用に一つ、小厨房用に一つ、後は『浄化』の魔道具に使える様な汎用の一つが有ればいいでしょうか。

 つまり四つで八十両銀。魔力線も合わせて約百両銀という所でしょう。

 黒大鬼くろオーガの魔石より大きく、何度も使い回せるのにこの値段というのはお得な様な気もしますし、しかし光石から発想を得たと聞くと法外にも思えます。まぁ、そこはピリカにお任せですね。

 魔力を溜める事が出来るとなれば、私の拠点の照明用にも幾つか欲しくなりますが、そこは自分で創れる様になってから、自分の作品を飾ろうと思うのです。


「厨房は、フクロウス内装店が良かったよね?」

「うん、フクロウスが良かった。何で評判悪いんだろう?」

「照明はごてごてしていたけれどね。厨房は一番良かった」

「しかも結構安かったよね?」


 疑問混じりに口々に言われているのは、フクロウス内装店の評価です。

 私が見ても、しっかりと作られていたのですけれど、何となく予想は付きました。

 現にピリカは顔を顰めています。


「どうやらピリカもディジーも何か気が付いているみたいだね。どういう事なのか教えてくれないかい?」


 ミーシャさんがその様子に目敏く気が付きました。予想ですけれどその問いに答えてみます。


「私もフクロウスの物はとても良く出来ていると思いましたよ? 魔道具部分はリナイン魔道具店の物ですかね。同じ物を見掛けました。ただ、店員が野盗か何かに見えましたから、ひょっとしたら盗品という事なのかも知れません」


 そんな私の予想に被せる様に、ピリカが修正を入れました。


「違うよ、多分。外に出している見本はお金を掛けた最高級品で、配達されるのは粗悪品なんだと思う。あの店はやめておこう」


 本当なら、それで終わっていた話だったのでしょう。でも、そこに私が居た事と、理想の厨房を諦め切れない気持ちが、大胆な選択を取らせる事になったのです。

 それ以上に、実際にお店に行ってみれば、巡り合わせの妙も有ったのですけどね。


「で、でも、それって商法違反だよね?」

「ほ、ほら、普通なら配達して貰わないといけないけれど、私達にはディジーが居るから」

「「「持って帰れちゃうよね!?」」」


 その勢いにピリカは溜め息を吐き、ミーシャさんはおかしそうに笑うのでした。

 結局どういう心境の変化が有ったのか、ピリカが交渉してくれる事になりましたけれど。でも、何も知らない振りをして余計な事は口にしない事が出来なければ、店に入らず外に待機と、ミーシャさんから厳命されたのです。

 ピリカもそれに頷きましたし、私もそれには賛成です。

 ちょっと彼女たちが浮ついている様に見えたのですよ。


「あのですねぇ、皆さん全員付いて来るつもりの様ですけれど、これから始まるのは面白い見世物なんかじゃ無くて、危険も見越した交渉ですよ。相手は野盗か山賊の様な人達ですから、下手に刺激すれば激昂しますし、追い詰められれば人質だって取るでしょう。勿論それで被害なんて出させませんけど、その代わり貴女方を捕まえようとした悪漢が、首を捻じ切られた惨殺死体になって後ろに立っているかも知れない。それぐらいの覚悟は持っていて欲しいのですよ?」

「うわぁ、酷い脅しだけれど、うん、それぐらいの覚悟は要るかもね。実際凶器を手に怒鳴り付けられるくらいはするだろうし、そこで錯乱するのでも無く、況してやにやにやなんてするのでも無く、ちゃんと怯えてそれでいて下手な事は口走らないでいられないとね。でも、それが出来るなら、きっといい経験になるんだろうね」


 私とミーシャさんの説得によって、店の中まで付いて来るのはピリカとミーシャさんを除いて三人にまで減りました。ピリカもほっとした様子でしたから、やっぱり危ういと感じていたのでしょうね。


 そんな六人でフクロウス内装店の扉を潜り、目当ての厨房設備を再度確認します。

 給水の魔道具に焜炉とオーブンの魔道具、小さな食材庫も付いてます。

 やっぱりいい出来に見えますね。がたつきも有りません。


「やっぱりこれね」

「うん、凄くいい」


 流石に志望してでも付いて来た人達です。ぴんと気持ちは張り詰めさせたままに、言葉は飽く迄自然です。

 そんな風に見ている間に、ピリカが店員と交渉していました。


が、この値段でいいの? 今付いている給水とかの魔道具を全部付けて?」

「はい、左様でございます、お嬢様」

「据え付けと、配管の工事はどうなってんの?」

「排水までの長さにも依りますが、そちらはサービスで承っております」

「ふ~ん、ま、それはいいや。排水の無い部屋だから、代わりに今入っている水桶も頂戴よ。それと、魔道具は蓄魔式には出来るのかな?」

「はい、水桶は付けさせて頂きますが、蓄魔式には……。規格は揃っていますから、魔道具専門の店で入手頂きたく」

「そう? 仕方無いね。じゃ、今付いている魔道具が使えるか試してみてもいい?」

「はい、お試し用の魔石が既に投入されていますので、ご自由にお試し下さい」

「うん、分かったよ」


 ピリカが、恐らく態と蓮っ葉な感じを出して会話していますけれど、私が気になるのは始めに来た時には居なかったお客さんの一人です。

 サイファスさんの部下の一人に見えるのです。見覚えが有りますよ?

 店員に見えない様に軽く目礼してみれば、ウィンクを返して来ましたから、やっぱり間違い有りません。


「ああ、ちゃんと使えるね。ねぇ、このお試し用の魔石もそのまま付けてよ」

「ん~、いいでしょう! 魔石もそのまま付けさせて頂きますよ」

「やったね! じゃ、本当に一式でこの値段なんだね」

「ええ、そのお値段でご提供致しますよ!」

「良し、じゃあ。お代は今払えばいいのかな?」

「ええ、こちらに。全て付けて、特別価格の四十両銀でございます」


 因みに私が見た所、他の店では同じ程度の厨房設備は、倍の八十両銀でも利きません。

 やっぱり何かおかしいですね。


「ひのふの……と、これで十、で、二十と、四十だ」

「はは! 確かに頂きました。こちらが領収書でございます」

「はいよ。これであれは私の物だね。いい買い物だったよ、ありがとさん!」


 でも、これで撤収です。

 私は打ち合わせ通りに購入した厨房を『亜空間倉庫』に取り込んで、女の人三人を先に逃がす位置取りで出口へと向かいます。


「え、いえ、お嬢様。お届けはどちらまで?」


 まぁ、すんなりとは行きませんけどね。

 ささっと撤収してもいいのですけれど、禍根を残す方が厄介なので、寧ろしっかり締めるのがいいと、ピリカもミーシャさんも言うのですよ。

 私なら、関わらない限りは見逃してしまうでしょう。

 でも、それが最良と言うのなら、私にも否やは有りません。ここからが本番なのですよ。


「ん? 何を言ってるんだい? 貰ってくと言ったのだから、もう貰ってるよ? あれは私の物だろう?」


 ここで漸く気付く店員です。

 もう店の中に厨房設備は無いのです。


「な、何だ!? お、お待ち下さい、お嬢様!」


 引き留めると同時に、どうやらベルの魔道具を押した店員です。

 外を回り込んで来たらしい屈強な男達がわらわらと出口から入り込んで来て、出口へ通じる通路を塞いでしまいました。

 三人を逃がしておいて正解ですね。面白くなって来ましたよ?


 まぁ、まだその人達も私達を取り囲もうとはしていませんので、店員に振り向いた今の状態だと、気が付かなかったと言い張る事も出来そうな状況です。

 でも、サイファスさんの部下が巻き込まれていますよ?

 ちょっと笑ってしまいそうと思っていたら、部下さんに目で窘められてしまいました。


「どうしたと言うんだい? 呼び止めたりしてさ?」

「い、いえ、私共は据え付けから接続まで、木目細やかなサービスを売りにしてございます。この場でお持ち帰り頂くのでは無く、私共に配達させて頂きたく――」

「何を馬鹿言ってるんだい。さっきも言った通り、排水も通っていない部屋の中だ。ただ置くだけにサービスも何も無いだろう? 何よりこのまま持って帰りゃそのまま据え付けられるってのに、何で態々配達されるのを待たなきゃいけないんだい? お互い手間が省けていいじゃ無いか。じゃ、帰るからね」

「いえ! お嬢様! こんな事を言うのは誠に心苦しいのですが、展示されていた見本は既に長の年月を経てきた中古の品。お客様へ届けるのは、倉庫に保管した新品を届けさせて頂いております。中古品をお渡ししては私共の名折れ。どうかご理解の程、宜しくお願い致します」


 それにしても、店員も良く言葉が出てくるとは思いますけど、ピリカも何だか凄いですね。商人には芝居っ気が必須なのでしょうか。

 何だかそんな気がしてきました。啖呵を切ったり、気っ風のいいところを見せたり、お客さんと丁々発止に遣り合ったり、普段のピリカからは予想が付かなくても、商人ならそんな側面も兼ね備えていそうです。

 でも、普段のピリカが本当のピリカなら、勇敢であってもそれを支える強さは普通の人と変わり有りません。今も気合いで踏み留まっているのでしょうから、早々に落とし所を見付けないといけないのですよ。

 正直、出口を塞いでいる人達が襲い掛かって来てくれた方が、手っ取り早くは有るのですけれどね。理屈で攻めてこられると、中々私の出る幕が有りませんよ?


「ふーん、それはもっと負けてくれたって言ってるのかい? ――まぁ、いいさ。しかし私は風合い含めてあれを気に入ったんだから、新品だからって見てもいない物に納得なんて出来やしないよ。倉庫に有るってんなら見しとくれよ」

「い、いいでしょう! こちらになりますよ、お嬢様方」


 顔が引き攣っているのに頑張ります。

 でも、まぁ、店の奥で見せられた物は、ピリカの予想通り話にならない訳ですよ。


「これは話にならないだろう? どう見たって私が買った物の方が良い品だ」

「いえ、それは光の加減という物ですよ、お嬢様」

「いやいや、それじゃあ駄目だろう? 私は風合いが気に入ったと言っているんだから。ほら、ディジー」

「はいな!」


 予めの打ち合わせには有りませんでしたが、求められている事は大体分かりますので、箱に収められていた厨房設備をさっと浮かせて店内へと戻り、そのまま空白になっていた厨房設備の有った場所へと下ろします。


「ほら、光の加減だなんだと言っても、やっぱり私の買った物の方がいいじゃ無いか。

 それにしても酷いねぇ。まさかあの見本でこれを売っているんじゃ無いだろうね? まぁ、だとしてもあれは既に私の物で、返せと言われても返す謂れは無いね。買い取るというなら別だけれど、仕入れ値で売る馬鹿は居ないよ。そもそもあれは私のお気に入りだ、二倍三倍付けたところで売るつもりは無いから、まぁ諦めな」


 級友の男性諸君がここに居ないのが悔やまれます。格好いいピリカに惚れ惚れとしてしまいます。

 ちょっと巻き込まれ気味のミーシャさんが頑張れているのも、ピリカが気を張っているからでしょうから、この場の主役はピリカで間違い有りません。

 そのまま店員達がとち狂わなければ、格好いいピリカを見せ付けて手打ちとなる筈でしたのでしょうけれど、生憎の事に店員はその判断を誤ってしまったのです。


「いい加減にしろ! ここは蔵守卿ご推奨の優良店だ! 馬鹿な事を言わずにとっととうちの商品を返すんだ!!」


 いえ、本当に、本当に、ここでそんな物が出てくるとは思わなかったのですよ。

 店員が、バン! と叩き付けた免状の様な紙。次の瞬間には、私の手の中に収まっていました。

 蔵守卿サイファスラムなんちゃらかんちゃらと名前が書いてあって、その他にもなんやらかんやら書いてますけれど、いえ、ここで出てくる物ですかね?


 ぷひゅ~、と息を漏らしてしまったのに気が付いて、ピリカもミーシャさんも焦った様子を見せていますけれど、残念ながらこの瞬間に、真面目パートは終わりを告げてしまったのです。


「こ、これは、いいんですかね!? こんなの出して、大丈夫なんでしょうか!? ――ほら、ちょっとそこのお客さんも、これ! これちょっと見て下さいよ!」


 恐ろしく訝しげな顔で固まっている店員ですけれど、そこに苦笑いをした客が寄って来るのを見て、更に顔を歪めます。

 でも、私達はそんなのに構っている暇は有りません。

 二人で紙面を見ながら、「ぷひゅー」「ぐひゅひゅひゅ」と息が漏れてしまうのです。


「じ、自分で蔵守卿って書くかよ、馬鹿が! うひひひ――」

「さ、サイファスさんへのいいお土産が見付かりましたよ! ぷひゅー――」


 漸く店員が我に返りましたけれど遅いです。


「だ、誰だ! お前は!?」

「誰って……私達がお店に入る前から、客の振りをしてた蔵守卿の部下の人ですよ?」

「くっくっくっ、この店も色々と訴えられているから調査に来ていたが、こんな場面に出会でくわすとはな」

「一応お聞きしますけど、私達が買った品は私達の物ですよね?」

「当然。先約が有ったと言えない事も無いが、今ここでの遣り取りを知ってそれでも押し通そうとする者は居ないな。居たとしても、その場合は店の不正をあばいた旨での謝礼代わりに所有権を主張出来るだろう」

「つまり、私達がここに拘束される理由はもう有りませんね」

「ああ。何か有れば隊長から連絡が行くだろうな。ははは、表彰されるかも知れんぞ」

「おお! でもそれは私では有りませんね?」

「ははは、分かっているとも。雄姿を最後まで拝めなかったのは残念だ」


 その間、逃げようとしていた男達を『魂縛』で捕らえて引き摺り寄せ、建物の中にまだ居る者達も念の為『魂縛』します。

 構わないと言われたので、ちょっとふらつく二人を伴い店の出口へと進みます。

 その後ろで、会話はまだ続いていました。


「く、謀られていたのか」

「おいおい、俺が居たのは偶然だって言ったろ? それに俺が居なくても結末は変わらんよ。『亜空間倉庫』を使う、陛下にも覚え目出度き特級の少女を相手に、無事で済むと思う方がどうかしてるわ」

「な、ま、まさか……」


 その視線がピリカに向いていたのは、お約束という物でしょうかね?



 店へと入らなかった仲間達の待機場所、或いは店を出た後の合流場所としていた食堂に辿り着き、そこで仲間達の座る椅子の間に潜り込んだピリカは、漸く体の力を抜いて突っ伏しました。


「しんどかったよー……」


 疲労困憊のピリカをねぎらう様に促すと、皆がピリカに抱き付きました。

 序でにミーシャさんの頭も撫でながら、ピリカの武勇伝を聞かせます。

 もうピリカは人気者待った無しですよ! 明日の朝が楽しみです♪


 そんなへとへとのピリカには悪いと思いながらも、そのままその食堂でお昼を食べて、ぐったりしながら買い物の続きです。まぁ、残りは目星を付けていた品物を買っていくだけですから何の問題も有りません。

 因みに私、謎の付き添いでは無くて、財布兼荷物持ちでした。未だ金庫室は作られていませんから、商人組には百両銀ずつお渡しして残りは私が預かっている状況ですけれど、魔道具の買い物は流石に高額だったのです。


 魔道具も買って小物も買って今日の予定は終わりと思ったら、ピリカが特産通りで調査が有ると言い出しました。

 今日のピリカは働き過ぎです。

 ええ、当然皆で手分けして、調査は手早く終わらせたのですよ!



 ~※~※~※~



 さて、これは裏の話。

 オリハル領へと飛び立った、冒険者ディジー人形の話です。


 私が早起きをして、空が白み始めた頃には、既に冒険者ディジー人形は空へと飛び立っていました。

 そして一ヶ月の距離とは言っても高速で飛び過ぎて、炊煙の煙る頃にはオリハル領の商業組合の上空で、組合が開くのを待ち構えていたのです。


「お早うございます!」

「はい、おは……よう?」


 扉が開くと同時に飛び込んで、元気に挨拶してみましたが、どうにも戸惑っている感じが拭えません。

 でも、今日一日で何処まで話を詰められるかが勝負ですから、窓口の前に飛び込んでそこで受付の人が来るのを待ちました。


「君は、何、かね?」

「王都商人ギルドに登録しているディジーリアです。今日はちょっと代理で私の人形で来てますけれど、王都のギルド証はここでも使えますか?」

「………………承ろう」


 窓口の机の上から見上げる冒険者ディジー人形に、ちゃんと答えてくれるのですから出来た人です。


「あのですね、私が今日こちらに来たのは、本当は大きなムタン敷が欲しかったのですけれど、それは難しそうと聞いたので何か他に出来る事は無いのか、生産者の方に聞いてみたくてお伺いしたのですよ」

「む……うむ、ムタン敷は、確かに入手は難しいな」

「どなたかムタン敷に詳しい関係者で、話を伺う事が出来る方を紹介して頂けませんでしょうか」

「むむぅ? ……詳しいのはシャビルバ老だが……大丈夫か?」


 出来た人だと思ったのですけれど、私を見る目が疑いに満ちています。

 失礼ですねと思いつつ、まぁ今は人形ですから仕方が有りません。


「まぁ、老も面白い物好きだから大丈夫か。うむ、今の時期はムタン関係は手隙だから家に居るかは分からぬが、ムタン敷ならこの方と言われているシャビルバ老がここの家に住んでいる。老が居なければまた別の者を紹介するが、まずは老に聞いてみるがいい」


 地図を指し示しながらの言葉に頷いて、私はシャビルバ老の家を訪ねてみる事にしました。

 でも、その前に――


「ありがとうございます! ――ところで、こういう情報って手数料とかは要るのでしょうか? 余りそういう利用はしてこなかったのですよ」

「はっはっはっ、要らん要らん。ムタンの仕事が入ればここも潤うからそれで構わんよ」


 そういう事なので、心置きなく私はシャビルバ老のもとへと向かうのでした。


 と言っても朝食時です。

 人の動きは何となく分かりますから、朝食を終えた頃にその玄関を叩きました。


「御免下さ~い」

「はーい、ただいまー……」


 パタパタと駆け付けて来た声の持ち主は、しかし扉を開けて動きを止めました。

 あれですかね、浮いていると余計に吃驚させてしまうと、地面付近に居たのがいけませんでしたでしょうか。


「お早うございます! 商業組合の紹介で来ました、ディジーリアと申します――」


 挨拶だって、もっと続けるつもりでしたのに、名前を言ったか言わないかで扉を開けた小母さんが、「ひゃっ」と叫んで駆け戻っていってしまいました。


「お爺ちゃん、お爺ちゃん、小人さんが訪ねてきたわーっ!!」


 ……宙に浮いていた方が良かったでしたかね?


「何を馬鹿な事を言っとるんじゃあ! 小人……」

「――じゃ、無いですよ? 人形の体で失礼します。ディジーリアと申します」


 同じく動きを止めたお爺さんに、ぺこりと頭を下げて挨拶します。

 そして、さっと横に飛び退きます。

 大きな掌が私を掴まえようと上から降ってきました。

 ささっささっと避けて、いえもう地上に居てられませんから宙を飛んでお爺さんの周りをぐるぐる回って――


「ああ、もう! 何で捕まえようとするのですか!?」

「人形じゃあ!! どうなっとるんじゃあ!!」


 吃驚し過ぎているのか頭の回っていない感じのお爺さんの目の前で、「活力」と「流れ」の合わせ技で、パシャッとお爺さんの顔に霧を吹き付けます。

 でも、一瞬動きを止めてもまた――


「どうなっとるんじゃあ!!」


 もうそれはいいですよ、とパシャ!


「どうなっとるんじゃあ!!」


 いい加減しつこいですよ、とパシャ!


「どうなっとるんじゃあ!!」


 ああ、もう! と、私は魔力の腕で、結局お爺さんを捕まえる事になったのです。

 そのまま何度も説明して、ちゃんと分かって貰えるまでに一刻三十分近く掛かりましたけれどね!



「ふぅむ、成る程のう。確かにムタン敷はムタを絞める数で決まりおるから、毛皮を持ち込めば出来ん事は無いんじゃが……」

「おー。では――」

「いや、待て。一つずつ確かめるぞい。

 まずムタの毛皮じゃが端切れなら有る。それ以外は無理じゃ。持ち込むしか無いの。

 設備は空いとる。ムタン敷は殆ど春に作るからの。逆に言えば今の季節は向いとらん。

 鞣しはこの季節ならまだ大丈夫じゃろ。じゃが、薬剤が足りるかは調べてみねば分からん。来年使う分も有るからの。

 人手は余っとるが、手を貸してくれるかは報酬次第じゃ。この時期は皆遊んどる。

 ということで、確かめねばならんのは、持ち込みの毛皮、鞣しの薬剤、おお、どれだけの大きさにするかも決めんといかんな」

「秋はムタン敷に向いてないのですか?」

「おお、そうじゃ。夏の日差しで変色して、それに毛が少し硬くなるからのう。それと、ムタン敷の様にしたいのなら、持ち込みの毛皮は毛が生え替わらん生き物で無くば駄目じゃぞい?」


 私が持って来たウネウネの実を摘まみながら、落ち着いたシャビルバ老から聞き出した内容によると、出来なくは無さそうなのですけれど、まずは私がムタに代わる生き物を見付けて来ないと話が始まらないという事が分かりました。

 なので、その後はシャビルバ老の牧場へと連れて行って貰ったのです。


 ――モフッ!


 ムタン敷の毛皮はムタという山鹿の様な牛の様な生き物から取れるみたいです。

 ムタン敷のふわふわさから、ムタももふもふのふわふわだと想像したのですけれど、思っていたのとちょっと違います。

 満遍無く全身に蜘蛛の巣を絡めた様な絡まり具合で、モフッと埋まったところで気を抜けば、この小さな人形の体も絡まってしまって抜け出せなくなりそうな危険を感じます。

 人形の掌でもふもふと押し込めば、絡まっている所為か結構堅めの弾力が感じられるのですよ。


 シャビルバ老が持って来てくれたムタン敷の小さな端切れには、何処と無く憶えが有る様な気がしたのですけれどね。生きているムタになると、憶えも何も分からなくなってしまいました。


 まぁ、私が触れ合った動物なんて数えられるくらいしかいません。順に追っていけば、何れ思い出すでしょう。


 まずはデリラの草原は、草原リスに草原猫、それから空を飛ぶ小鳥たち。これらは恐らく違います。


 花畑からは黄蜂に赤蜂。蜘蛛も含めて虫達は省いてしまってもいいでしょう。


 毛むくじゃらだからと言ったところで当然毛虫も除外して、歪族だって違います。


 山と屠った森犬達に、誇り高き森狼。彼らの毛並みも違うでしょう。


 猪熊、牙兎、袋狸、水竜、デリラジャガー……。デリラジャガーは良い毛触りでしたけれど、思い当たったのとは多分違うのです。


 モフ、モフ、ポフ、ポフ、と、手当たり次第ムタに埋まりながら考えます。

 何でしょう……? こう、形も馴染みが有る様な感じがするのですよねぇ?

 角が有って、丸っこい姿……。


「あっ!!」


 肝心な生き物を忘れていました!

 大体あの生き物は、普段は見えない上に、狩った傍から解体していますので、のそのそ歩いている姿が思い浮かばなかったのですよ。牧場は殆ど放置気味でしたしね。


「お爺さん! お爺さん! この毛皮は使えませんでしょうかね!?」


 と、『亜空間倉庫』から取り出したのは、大猪鹿の毛皮です。

 他の魔物の毛皮とは違って、防御は期待出来ない普通の毛皮ですけれど、毛並みは上質、処理した後のムタン敷に近いふわふわ感が有りました。

 色合いは、メッシュ? と言っていいのですかね。大猪鹿の魔力と同じ青の割合が多いのですが、薄茶、白、黄、橙、緑と、様々な色がある程度纏まった束になって、全身を覆っているのです。

 地味なのか派手なのか分からない不思議な風合いです。マントに用いると派手ですが、敷物に用いれば高級感が弥増すでしょう。

 それに、何者にも侵されない結界の中に閉じ籠もっている大猪鹿なら、多分毛が生え替わったりもしないのでしょうし、条件に合っている様に思うのですよ。


「何じゃ? 何処から出した? む、この皮は……」


 一瞬呆けた顔をしたシャビルバ老ですが、直ぐに顔付きを真剣なものとして、私が渡した大猪鹿の毛皮を検分していきます。


「こんな毛皮は見た事が無いが、皮は柔らかいの? 毛も抜けんし上質じゃ。……ふむ、鞣しておるようじゃがどうやって鞣したのじゃ?」

「脳味噌を塗り込みました」

「何処の原始人じゃ!! ――勿体無い事をするのう……」

「処理していないのも有りますよ!?」


 そう言って、もう一枚大猪鹿の毛皮を取り出します。


「……でかい皮じゃな。色合いが全く違っとる。これでは色は合わせられんな」

「えーとですねぇ、この生き物、実は背中にも角みたいなのが生えてまして、そこに穴が開いてしまってます」

「む、確かに。厄介な所に開いておるが、この程度なら寄せられん事も無いかのう?」


 難しい顔をしたシャビルバ老は、触ったり匂いを嗅いだりするだけで無く、時折毛皮に噛み付いてしっかり調べてくれています。


「恐らくじゃが、大丈夫じゃろう。しかし、ちんたらして冬になれば作業は出来ん。やるなら今直ぐじゃな。で、どんな物が欲しいんじゃ?」

「敷物にするので、ここから――ここの――これくらいの――大きさのと、一枚皮での四枚程、それと自分用にも欲しいので、余裕が有れば一枚皮をあと四五枚ですかね?」


 牧場の中を四角く飛んで、必要な大きさを説明すると、目を丸くして見ていたシャビルバ老がお腹を抱えて笑い出しました。


「な、何じゃそのでかい部屋は、うわははは! そりゃあ総出で掛からんと無理じゃわい! 本に無茶を言いよるが、ちゃんと金は有るんじゃろうな? いや、この時期にそれだけやるのは金だけじゃ皆頷かんぞ?」

「お金は有りますけれど……一万両銀とか掛かりますかね?」

「馬鹿を言うで無いわ! 千両銀も有ればお釣りが出るわ、うわははははは!」

「それなら、二百両銀塊五つとかでお渡し出来ますね」

「銀塊! 銀塊じゃと!? うひっ、いひひひひひ! 銀塊じゃとな!」


 何がおかしいのかシャビルバ老が笑いの壺に嵌まってしまいましたけれど、概ね好意的に捉えては貰っているみたいです。


「まぁどっちにしろ、儂一人では決められんわい。準備も有るでの、また次の五の日に来てくれんか? こっちの毛皮は試しに使うても構わんな?」

「ええ、好きに試してみて下さいな。それでは次の二十日、また朝にお伺いさせて貰います。どうぞ宜しくお願い致します」


 そう言って、ぺこりと人形の頭を下げました。

 原始人と言われてしまった方の毛皮を片付けて、もう一つの毛皮をシャビルバ老の言うが儘に作業小屋まで運びます。

 ムタンの端切れは貰ってしまいました。人形越しでは無い感触を、後でたっぷり堪能しましょう。


 それにしても、内心ほぼ諦め掛けていた、ふわふわの絨毯改めムタン敷に相当する物が何とか成りそうな感じです。

 希望は白くてふわふわでしたけれど、かなり高級感溢れる見栄えになりそうですよ?

 私は部屋の完成を思って、深く安堵の吐息を、胸の中で吐いたのでした。

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