(28)痕跡を求めて。
倒れ伏した大毛虫のその傍ら。こんもりと盛り上がる、崩れた巨人の形をした土の山が有りました。
(――見付けましたよ)
これが、本当にガズンさん達の仕業かどうかはまだ分かりません。
それでも、ガズンさん達が此処を通ったのだとしたら、恐らくは七日前。崩れ具合は七日目の毛虫よりも緩やかですが、魔力も大きい故だとしたら、概ね想定とも合うのです。
じっと見詰める大毛虫の土の山。手足に大きな切れ込みが見えるのも、ガズンさんの持つ大剣を思わせてなりません。もしも辺りに足跡が三人分しか無いのならば、ガズンさん達でほぼ決まりですけれど、流石に七日も前の草原の足跡は分からないのです。
デリラの街でも冒険者達の先頭に立つ優秀なガズンさん達では有りますけれど、パーティの規模としてはとても小さくて、今はたったの三人で活動しています。
言わずと知れたコルリスの酒場の常連、大剣使いのガズンさん。
口と目を閉じて、麻痺で痺れている時だけは美人と評判の女魔術師ダニールさん。
小柄で猫背、ですが渋みと切れとで一番もてると評判の斥候ククさん。
昔は他にも二三人と組んでいたらしいですけれど、騎士に成ったり文官に成ったりのんびりがいいのだと袂を分かったりとかで、今の三人になったのだとか。
身軽にひょいひょいと出掛けては、陽気に明るく騒がしいのが彼らなのです。
私はコルリスの酒場でのいつものどんちゃん騒ぎや、南門からの坂道をダニールさんに蹴飛ばされながら登ってくるガズンさん達の姿しか知りませんけれど、酒場で囃す冒険者達の口からは、色々な武勇伝が飛び出て来たのです。
想像の中には、きりりとして剣を振るガズンさんを初めとして、いつもの様にダニールさんに蹴飛ばされながらの探索行、そしてニヤリと口の端を歪めながら木々を渡るククさんの姿が浮かびましたけれど、実際に森に入ってみると、きっとそんな
いつもはどんちゃんな彼らも、きっと森を行く時は、寡黙な一組の狩人だったに違い有りません。
そんな彼らと同じ舞台を歩く今日のこの時間。
胸に迫る物が無かったとは言いませんけれど――
(ですが、まずはお昼ご飯ですね)
何と言っても、太陽は天頂を疾うに過ぎたのに、今日はお昼をまだ食べていないのです。
木々を魔力の腕で渡るのは、思ったよりも全身の筋肉を使う結構な運動なのです。
流石にお腹が空きました。
鞄の中には大猪鹿の肉が
手持ちのお肉が使えないならば、狩りをするしか有りません。
何処かにガズンさん達の野営跡でも残っていないかと探しながら、花咲き乱れる草原を豊穣の森側に突っ切って、久々に足を駆っての森林行。“気”を十全に使って、走りながらの蹴り出しで鍛錬を続けます。
流石にこの数日“気”を意識して特訓を重ねた甲斐が有ったのか、蹴り出すその足の八割程に“気”が乗る様に成ってきました。
そんな状態での疾走ですから、体は大きく前に傾いて、私自身から見たなら壁の様に立ち塞がる地面という名の坂道を駆け上っている様な感じでしたが、これは余り良く有りません。街道を疾駆するならいいかも知れませんけれど、歪の散在する森の中で、探索しながら使うものでは無いですね。
ですからここは改めて、左右や樹上に足跡を散らしながら立体的に進む事とします。
丸で上も下も無い視界の中で、蹴り足とは逆側に在る壁へと落ちていく感覚。本当の地面へ向かって
そんな中で見付けたのが、明らかに人の手によると思われる幾つもの痕跡です。
ナイフを使って摘み取られたとしか思えない、野草や果樹の切り口に、鋭い刃物で払われた枝。回収し忘れたらしき新しい矢。
そしてその近くの河原に、煮炊きをしたらしき焦げた地面と、きっと寝床にしたと思われる小石が除けられた一角が有りました。
見たところ、この野営跡は、花咲く草原の土山を創り出した冒険者達のものでしょう。
つまり、恐らくはガズンさん達の野営跡です。
これ以上の痕跡を探そうとしたところで、辺りの足跡を探しても、岩や小石の河原ではもう何も残っていません。
それに、どうにも焦げ跡を眺めていると、何だかお腹が空いてきて、態々これから他の痕跡を探しに行く気にもなれませんでした。
「ご飯にしましょう」
声に出して、無理矢理気合いを掘り起こすのです。
鍛冶にのめり込んだ後の様に、お腹がきゅるきゅる言う様な感じは有りませんけれど、一度動きを止めてしまったなら、体に力が入らなくて頭がふわふわ浮ついている様な気がします。
体に栄養が足りていないのです。
手頃な石に腰を下ろすと、遅い昼ご飯の準備です。
跳び回っている間に捉まえた野鳥が三羽に、掴み取った果実や野草。背負い鞄から取り出した塩は、森の中では貴重品です。
グディルさんの助言に従って手に入れた軽銀の片手鍋の中に、今食べる分の材料を適当に放り込みました。
鍋は火に掛けるのでは有りません。鍋の中に『根源魔術』で「活力」を与えて、直接ぐつぐつ煮込むのです。
え? 煮込む水は何処から来たのかですか?
こんなことに、水の魔道具を使う気分には成れませんでした。大量の野草や薬草から、「流れ」で水分を抽出して、たっぷり濃厚野菜スープ煮込み鳥の出来上がりです。
鍋に材料を入れてから出来上がり迄が数十秒。お店の料理には届きませんけど、野営で食べる食事と考えれば充分です。
既にどれが何の草だか分からなくなった野草を摘まみ、ほっくりほくほく肉汁も美味しい鳥肉を
これから暖かくなる春の午後ですが、汗も掻いているところに風が吹けば肌寒くも感じます。
そんなところに、温かいご飯を食べれば、何だかほっこりとしてしまいました。
目の前に野営跡は有りますけれど、此処は人も来ない森の奥地です。後にしてきた他の冒険者達が此処まで来るには、一日以上は掛かるでしょうし、そもそも此処までは来ないつもりに違い有りません。
つまり、一日の範囲に他の人は誰もいない、森の奥に今は私一人なのです。
そう思うと、何だか足下がふわふわと現実感が欠けています。
こんな時には大きな失敗をしてしまいそうですけれど、残った鳥肉だけでも処理しておきましょうか。
そう思って、軽く捌いた残りの鳥を、一口大に切り分けます。
「活力」を与えながら、しかし「流れ」で分離する水に、汁も一緒に取り出さない様に気を付けます。汁は美味しさの源なのです。
かっちりと硬くなる頃には、重さも大分と軽くなって、持ち運ぶのも苦では有りません。
口の中に放り込んで、唾液で
(ちょっと心許無いですね……)
鳥三羽分も、ご飯にするなら五食分でしょうか?
もう少し用意しておきましょう、と再び私は森の中。“気”を使った蹴り出しに意識を割いていた前半戦とは違って、探索に重きを置いた後半戦では、殆ど時間も掛けずに望む獲物は腕の中です。
くすんだ色合いの鳥が三羽に、持てるだけの丸い果実。水は魔道具で出せる様に成りましたけれど、果物で美味しく採れるのならそちらの方が嬉しいのです。
それにしても、今は鳥しか動物を見掛けませんね。
騒ぎが起こると真っ先に飛んでいくのに、何も害は無いと分かると一番早く戻ってくるのは、何か有っても飛んで逃げればいいとでも考えているのでしょう。
まぁ、今はそのことに感謝です。これで昏い森でも美味しいご飯が食べられます。
……おや?
何と一羽は当たりです。
爪先ほどしか有りませんけど、小さな赤い魔石が胸の中から出てきました。
赤はとってもいい色ですよ? 何と言っても私の髪の色ですからね♪
綺麗に洗った石の上に、捌いた鳥を並べたら、じっくり「活力」と「流れ」で鳥の水気を抜いていきます。
ゆらゆら揺れる湯気を横目に、私はぼんやりと流れる川面を眺めていました。
森の中でたった一人。
そんな感傷に浸りながら、川面を渡る風を感じて
革鎧の中にあっても体はそこまでの熱を感じていないのに、顔の辺りには上気する熱を暑い程に感じています。
風の冷たさが気持ちがいいですね。
思えば、随分とこのところ駆け足だった様に思います。
街の外へ出る前も色々話題は尽きませんけど、街の外に出る様に成ってから、僅かな日数で出来事が盛り沢山です。
街の外へ出て森へ赴く一日目。
勢い込んで花畑まで辿り着いたのはいいですけれど、他の若い冒険者から石持て追われて森の中。薬草を踏み荒らす毛虫との初交戦で厭な思いをしたあの日が冒険者としての最初の日でした。
それからの数日間が、一番平穏だったかも知れません。二代目採取ナイフを打ち上げて、毎日薬草をたっぷりと採取して、けれどほぼ毎日毛虫との交戦が有って、毛虫を見付けては潰す様にしていたあの頃。
森へ入る様に成って七日目には、次から次へと現れる毛虫を相手に、三十匹は毛虫を潰して廻りました。
九日目には、偶々コルリスの酒場でリダお姉さんと搗ち合ったお陰で、リダお姉さんとディナ姉が姉妹である事を知りましたけれど、その所為で十日目にはリダお姉さんとディナ姉を私の秘密基地に招待する事になってしまいました。
今迄見逃してしまっていた毛虫の魔石を集めているところに、花畑の冒険者達の悲鳴を聞いて助けに走った十一日目。黄蜂達と仲良くなって貰った黄蜂蜜は、水袋に入れて今も私の背負い鞄に引っ掛けてあります。
ガズンさん達が探索に出掛けたのも、この日です。もう明日で二十日になるのですから、心配なのです。
久々のリールアさんのお野菜に舌鼓を打った十二日目。錬金術屋で神様由来のあんまりな
十三日目と十四日目は鍛冶仕事です。赤蜂の針剣を造り、
お腹が空いてふらふらと彷徨った十五日目は、大好きな兄様達とリールアさんの食堂でご飯です。私の秘密基地が、騎士側から見ると色々問題を抱えているのに気が付いたのもこの日です。早く秘密基地の在る空き地を私の物にしないといけません。
冒険者協会が、
十六日目はケム死の宴。芋虫とも遭遇し、ゾイさんやグディルさんと森の中で出会いました。
ガズンさん達は居ませんでしたのに、何だかこの日はコルリスの酒場でのディジーリア武芸譚の披露も絶好調だったのです。
十七日目は冒険者協会で色んな魔石を手に入れて、そこから二十二日目までは鍛冶仕事。瑠璃色狼に剥ぎ取りナイフを造り上げた、充実の六日間でした。
二十三日目に惑乱のリダお姉さんを支部長さんに押し付けて、後の処理はゾイさん達に任せたのです。脳筋姫様に
二十四日目。足りない装備や道具を街で掻き集めて、錬金術屋で水の魔道具にお礼の回復薬も手に入れて、豊穣の森へとやって来た一日目。ドルムさんに初めての湖での感動を奪い去られてしまいました。
それから豊穣の森での七日間。今は丁度三十日目でしょうか。
豊穣の森の毎日は、“気”を知って鍛錬に明け暮れた日々でしたけれど、とても充実してました。大猪鹿との邂逅も有れば、今日は大毛虫の退治にも
なんて、ぼんやり考えている内にも、私や木の影はぐるりと動いていきました。
まるで、起きていたのに寝ていたみたいに、ぼんやりしていた頭がすぅっと醒めてきたのは、空が茜色に染まり始めた頃の事でした。
余りに唐突に目醒めた様なその感じに、きょときょとと周りを見渡して見ましたけれど、特に警戒を引き起こす様な何かが有る訳でも無い様です。
それならやっぱり疲れていたのですかねぇ、と思いながら、青色の果実をぱくりもぐもぐと食べて、喉を潤したのです。
それで頭がすっきりとしたところで、何をしましょうかと考えてみましたけれど、する事が有りません。
これ以上の獲物を捕っても、荷物が増えるだけですので無意味です。
野営の準備と言っても、森犬寝袋を着て、木の上に登る位しか有りませんので、今出来るのは水浴びをするくらいでしょうか。
何だか、それは本当に眠る前でいい様な気がします。
取り急ぎは出来上がっている乾鳥肉を片付けてしまう事にして、そして実際に乾鳥肉や果物を手に取った時、しなければならない事に気が付きました。
背負い鞄の中に入っている魔石の山をどうにかしなければ、これ以上荷物を増やす事が出来ません。小さく縮んだ乾鳥肉だけは何とか詰め込む事が出来たとしても、果物はとてもではないですけれど、ぶら下げる事すら出来ないでしょう。
貴重な魔石も多いので、置いていく事は論外です。
ならば、野鍛冶しか有りませんよね?
――なんて理屈を付けた後はうきうきと、私は背負い鞄から魔石の山を取り出しては並べます。
野鍛冶と言っても、こんな所では打ち直しまでは出来ません。精々が
でも、こんな森の中で、気儘に鍛冶に打ち込める事に、何とも言えない喜びが溢れてくるのです。
生乾きの木の枝ばかりで焚いた火では、
まずは練習とばかりに、蜘蛛の剥ぎ取りナイフに
鎚を使うのは、魔石の魔力をナイフの内に均質に伸ばす為に叩くだけですから、野鍛冶と言ってもやっぱり強化だけでは鍛冶とは言えない気がします。金床代わりに持ってきた鉄板も、精々掌に収まる大きさで、やっぱり出先で鍛冶仕事というのは難しいかも知れませんね。
数個ばかりの魔石を剥ぎ取りナイフに打ち込んで、はたと困って首を傾げます。
焼きを入れ直すところまで、『根源魔術』で出来なくも無さそうですけれど、どうしましょうか?
焼きを入れる前の瑠璃色狼は、魔石色の筋も安定しないで揺らめいていましたけれど、焼きを入れる事で定着した様にも思います。魔力が馴染むまで、毛虫殺しに浮き出た血管様の紋様や、瑠璃色狼が纏う光の様な変化が現れなかったことを考えても、焼きを入れた方が馴染みも早くなって良さそうに思います。
まぁ、定着させない方が、自然な魔力の流れに沿った紋様で落ち着く様な気がしないでも無いのですけれど。
それを確かめようにも、今の私は『識別』も出来ないのですから、今はまだ思った様に鎚を振るえばいいですよね。
そう決めたなら、あっさり剥ぎ取りナイフへと『根源魔術』で「活力」を注ぎ込んで、帯状に赤熱した部分を柄元から
仕方が無いから赤熱する帯状の部分が抜けたそこには、魔力を打ち付けてギャリギャリと鍛え上げましたけれど…………これって、鍛冶に鎚は不要だなんて話になってしまわないでしょうか?
一度ナイフとしての形が整えられているという事も有るのでしょうけれど、下手をすると鎚で鍛えた結果よりも素直な鋭さが生まれていました。
薄皮一枚剥がして出来上がった刃先の輝きは、投げナイフも兼ねた剥ぎ取りナイフの物とは思えません。
必要に迫られての事ですけれど、また新しい
それからは、鍛え上げた魔力の業のお陰も有って、さくさくと強化が進みました。
毛虫の剥ぎ取りナイフには大毛虫の魔石一体分。剥ぎ取りナイフよりも大きそうな魔石なのに、呆気なく吸い込まれてしまいました。
瑠璃色狼と、その剥ぎ取りナイフには、全ての魔石をバランス良く。ですが、細身の瑠璃色狼に、大猪鹿の巨大な魔石がすっかり融け込んでしまったのには思わず呆気に取られてしまいました。
刃に浮かんだ魔石色の紋様も、毛虫の暗い緑の葉しか無かったところに、輝く明るい緑の葉が加わって、鳥の魔石の赤い木の実と他にも色取り取りの花が加わるとしたら、益々普通の刀には見えなくなりそうです。
蜘蛛や森犬、歪犬から採れた魔石は、全て色が異なっていて、なので剥ぎ取りナイフでは無く瑠璃色狼に多くを使ってしまいましたけれど、それが為にきっと色彩にも深みが出る事でしょう。丸で森の景色の一部を切り取ったかの様な有り様が、今から目に浮かぶ様です。
毛虫殺しが毛虫を殺す度に力を蓄えている様な気がしたのが、瑠璃色狼には有りませんでしたけれど、魔石を打ち込むと
きっと瑠璃色狼は、打ち込んだ魔石の数と種類で力を付けるのです。そう思った私は、辺りの木々からも魔力を抜いて、更に瑠璃色狼に打ち込みました。ちょっとやり過ぎたかも知れませんけれど、これも瑠璃色狼の力になると思えば手を緩めるなんて有り得ませんね。
二代目採取ナイフにも、サルカムの木の魔石
そうそう、毛虫殺しばかりは少し特殊な反応を示しました。今や普通に魔石を打ち込んでも、大した反応は見せなくて、毛虫殺しから伝わる思念の通りに魔石に毛虫殺しを突き立てれば、それは嬉しそうに魔石の魔力を啜ったのでした。
次に出会った毛虫で試してみますけれど、これは本当に血肉をも啜る【妖刀】にでも成っているのかも知れません。
私の思惑通りに鍛えられずに、勝手に変化していきそうなのには、少しばかり不安が無いとは言いませんけれど、これも進化というものなのでしょう。
ふふふふふ……進化するのは、私だけでは無くて、私の装備もなのですね。
強化という訳では有りませんけれど、私の魔力を籠めた二本の剥ぎ取りナイフの一本は、その魔力を纏める歪を豊穣の森の物と入れ替えてしまいました。
これで何か違いが出れば、それはそれで興味深いのです。
蜘蛛の爪や目玉といった、特殊な素材はまだ残っていますけれど、多くの魔石は使い切り、これで背負い鞄にも空きが出来ました。
後は昏い森の奥へと行くばかりですと、水浴びをして森犬寝袋に着替えたらお休みです。
木の上で眠ろうかとも思ったのですけど、これから草原で野営が必要になる事も有るかも知れません。その練習と思えばいい機会です。
そう納得して、ガズンさん達と思わしき先客が小石を取り除いてくれていた寝床に、私は横になったのです。
そんな夜中に、思わぬ訪問者が有りました。
近づく気配に目を覚ましたその時に、のそりと森の奥から現れたのは、それは大きな森狼でした。
受ける印象からは、明らかに高い『隠形』持ちで『隠蔽』もそれなりの、つまりは私と似通ったスタイルなのですが、そんな事が分かってしまうのは、『隠蔽』持ちは『看破』も備えているという事なのでしょうか。
森狼の毛皮は若菜色というか薄萌葱色というか、つまりは緑がかった銀灰色です。森の緑の中では灰色にも見えますので、森犬と見間違う事も有るのかも知れませんけれど、脚だって狼は肩の下に揃えられているのに対して、犬は肩の横で踏ん張る感じなので、知っていれば直ぐに分かります。何より、森犬とは違って、顔付きも精悍で賢そうです。
そんな森狼ですけれど、今近付いてくるその個体は、鬱屈した暗い雰囲気を漂わせていました。幾ら横になっていて『隠蔽』も掛かっていると言っても、私に気が付かないのがその証拠です。森の入り口で出会った若い森狼達は、もしかしたら私の『隠蔽』も強く掛かっていなかったのかも知れませんけれど、ちゃんと私に気が付きました。あの森狼達よりも研ぎ澄まされていそうなこの大きな森狼が、私に気が付かないとは思えません。
のそりのそりと気落ちした様子で歩いてくる森狼。
私もその様子に、何処か警戒心というものを無くしてしまっていた様です。
私の直ぐ前まで来た森狼は、なんだこれとでも言う感じで、すんすんと背負い鞄の匂いを嗅ぎ始めます。
お肉の匂いを嗅ぎ取ったのでしょうかと少し警戒したのですけど、どうやら気にしているのは瑠璃色狼のようです。
すんすんと匂いを嗅いで、前脚でたしたしと触って、頭をぐりぐりと押し付けていました。
途端、瑠璃色狼の魔力が辺りに漏れ出して、森狼はびくりと体を強張らせてしまいました。
その時になって、私も漸く身を起こしたのです。
硬直した体で、
ですけど、瑠璃色狼と私を見比べながら、どんどんと雰囲気が険悪になっていきます。
歯を剥き出して威嚇するに当たって、
「どうかしましたか?」
毛虫殺し達に思念で話し掛けてからは、度々会話を試みた結果を生かしての、思念での呼び掛けです。
それが通じるとは思っていなかったものの、森狼は戸惑った様に威嚇を止めました。
何かの呪いにでも掛かっている様な、酷くゆっくりとした動きで再びこちらに近付いて来て、たしっと瑠璃色狼に前脚を掛けては、何とも言えない眼差しで見詰めてきます。
瑠璃色狼と森狼。
そこで、ハッと気が付きました。
瑠璃色狼の
その大森狼と、この森狼は、身内同士だったのかも知れません。
「そうなのですね。……ええ、確かに街で見付けた大森狼の魔石が、この瑠璃色狼には融け込んでいるのです」
そう告げて、背負い鞄に括り付けられた瑠璃色狼を、ゆっくりと引き抜きます。
警戒を見せて、一歩
魔石を打ち込んだ直後には、纏っていた光を弱めた瑠璃色狼ですが、今は再び炎の様にも見える瑠璃色の光を纏っています。そして浮き上がるのは魔石の色で形作られた森の風景。
ですが、きっとこれでもまだ馴染んでいないに違い有りません。ここからの変化が実に楽しみなのでした。
そんな瑠璃色狼を切なそうに見ていた森狼の目から、涙がぽろりと
森狼が、つと視線を逸らしたので、私は瑠璃色狼を再び鞘へと納めました。
森狼の為に柄袋を掛けないままにしていると、森狼は瑠璃色狼に寄り添う様にその体を丸めました。
それを見届けて、森犬寝袋を着込んだ私も、また体を丸めて横になったのです。
ふと、夜中に目を覚ました時、寄り添う森狼は三頭になっていました。
そして、朝になると、森狼達は既にその姿を消していました。
三十日目の夜は、そんな不思議な夜だったのです。
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