(165)冬の最初の講義の日――なのですけどね。

 さて、護衛依頼が終わった次の日。

 冬の一月十一日は、冬の最初の講義の日です。


 本当は先週までの内に、色々お試しの講義を受けたり出来た筈なのですが、私の場合は魔術の特別講義が有ったりと、余り顔を出せていません。

 尤も、まだまだ受けたい講義が多い今の時期は、悩むまでも無く受けたい分だけ順に埋めていけば埋まってしまうので、お客さん扱いのお試し講義には出ていなくても結果は変わらなかったでしょうけど。


 特に一の日は、「語学」、「算術」、「王国総合」で固定ですから悩む必要すら有りません。

 まぁ、既に冬の間の受講科目は、九日の間に申請してますから、今更変えたりするのは面倒ですけどね。


 教本の類は『亜空間倉庫』に入れてしまっても良いのですけど、学院での移動の際は何と無く他の皆と同じ様に、手提げの袋に入れて持ち運ぶ様にしています。

 ですから今日も、大きな教本を担ぎ上げて手提げの袋に何とか入れると、手提げ袋の持ち手を体に懸けてそのまま宙へと飛び立ちました。


 新しい季節の始まりですから、ちょっと申請した冬の講義にも思いを馳せてみるのですよ。


 明日の二の日は、「刺繍」、「音楽」、「調薬・二」。

 本当は機織りと言うか糸紡ぎからとも思ったのですけれど、今はそこまでしたい素材も手持ちに有りませんし迂遠です。

 「音楽」は、ええ、ばんばばん薬みたいな物にも、これからは音楽性が必要だと思うのですよ。

 「調薬」は其の二になって、植物素材以外も扱う様になるみたいですね。毒性の強い素材も扱う様になる事から、二齣使ってしっかりみっちり本格的な講義に入るそうですよ。因みに調薬其の三は毒物の扱いになってくるらしいです。


 三の日は、「お茶」と「ダンス」と「武術」です。

 まぁ、何と無くですかね?

 私達の部屋に居ると、何時でも美味しいお茶が飲めますけれど、それも卒業するまでです。美味しいお茶とお菓子の時間を知ってしまうと、学院を出た後にもそれを楽しみたくなってしまうのですよ。

 「ダンス」はあれです、武術の御蔭でちゃんと筋肉で体を動かす事を覚えてきましたけれど、それの一つの到達点がダンスなのではと思うのです。決してばんばばん薬の次の薬では踊らせようと考えている訳では有りません。

 そして「武術」は今まで別れていたとも合同になるので、これこそ楽しみというものですね♪


 四の日は、「冶金」と「医学」。

 「冶金」なんて今更な気がしないでも無いですけれど、鉄ならば兎も角それ以外となると、何処まで私の感覚が通じるのかが分かりません。学院に居る間に様々な金属を経験出来るのなら、それはお得というものです。

 「医学」はあれです、「調薬」だとかとほぼセットになっているのですよ。外傷やちょっとした毒なら回復薬で治せますけど、魔物の毒に回復薬が効かない様に、毒や病にはそれ以外の手段が必要になるのです。それが調薬で学ぶ薬ですけれど、医学を知らなければその人に合わせた処方が出来ません。

 更に言うと、「医学」を学べば次は「生体素材」を学べる様になりますから、そういう意味でも取るべき講義なのでしょうね。


 そして五の日は休みです。


 六の日は、「語学」、「算術」、「王国総合」。

 ここもやっぱり固定です。


 七の日は、「弓・投擲」、「武術」。この日だけ一齣目が空いてます。

 何故か「武術」の有る日に午前も体を動かす講義を入れてますけど、どうにも仕方が有りません。

 本当なら午前中に「木工」や「石工」も有ったのですけれど、それこそ今更ですからね。


 八の日は、「調理」、魔道具研究科。

 料理教室だった「料理」の講義と違って、「調理」の講義は実際に厨房のメンバーとして働く事になりますから、一から四の日と六から九の日の午前と午後に割り振っての少人数での講義です。

 ですから抽選で外れてしまう可能性も有るのですけれど、出来れば取りたいところですね。

 入学時には首席だった強みにしても、秋の間は時間割にも結構空きが有りましたから既に当てには出来ません。

 取れたなら取れたで、私が学内寮の賄いも作る事になるのですから、それは何だかとても楽しそうなのですよ。

 そして午後は魔道具研究科で研究の時間です。まぁ、この時間に限らずしょっちゅう遊びには行くのですけどね。「調理」が取れなければ、きっと丸一日研究室に籠もる事になるでしょう。


 九の日は、「商取引」、「交渉術」、「魔道具」講義のお手伝い。

 ちょっと退屈な講義が午前中に続きますけれど、私の作品の諸々を売りに出す事も多いですから、ここは仕方が有りません。

 午後は私が受ける講義と言うより、魔道具研究科の活動ですけど、これを楽しみに午前は頑張る次第なのですよ。


 そして十の日もまた休みです。


 こうして並べると、殆ど空きの時間も無く、それでいて実際には受けないかもなんて講義も入れてません。「冶金」だけが内容によっては受けないかも知れないといったところです。

 これだけがっつりと受講出来るのも、他の用事には必要が有れば私の人形にお遣いさせる事が出来るからですけれど。

 王都に来た頃には、全然別の場所で違う作業をしているなんて、とても考えられませんでしたね。


 そんな事を考えながら、いつもの通りに私達の部屋へと向かい、荷物を置いたら白板の書き込みを確認に行きます。

 部屋の入り口の魔道具が反応してくれなかったどうしましょうかと少し心配でしたけれど、ちゃんと扉は開いたので一安心です。


 白板を確認している間にも、部屋の空気を「活力」で暖めるのは欠かせません。

 最近の王都はデリラでは有り得ない程の冷え込みになっていますから、今の私には寒さを感じられないとしても、やっぱり私達の部屋は快適に暖められているべきと思うのですよ。

 まぁ、『暖房』の魔道具は既に購入済みで、『清浄』の魔道具との相互作用で暖められた空気は部屋中に行き渡る様になっていますけど、私が居るなら当然私が暖めてしまいましょう。


 宙を飛んで、いつもより大きく見える白板の文字を追い掛けながら、ほうほうと頷きます。

 何だか知らない間に職人組との交流が進んでいて、春の生誕祭では休学し中の職人組も巻き込もうとしていますね?

 彼らは彼らで付き合いが有るでしょうから、これはまだ願望段階かも知れませんけど。


 ふむふむ、全く私は関与していませんでしたが、卒業した後での流通網みたいなのを、貴族組と職人組とで考えている様な白板も有ります。

 卒業してからも連絡が取り合えるようにと考えて居るみたいです。

 私の名前が書かれた横には、「冒険者協会へ依頼」と有って少し笑ってしまいましたけれど、確かに私は各地をうろうろしてそうです。

 まだまだ後の話にも思えますが、四年残る人ばかりでは無いでしょうし、流通網なんて一朝一夕には築けない物でしょうから、確かに今から動く必要が有るのでしょう。

 この仲の良さだけは、きっと学院では他の誰にも真似の出来無い、私達の美点です。


 因みに、他の皆さんがどんな講義を取っているかも、実はちょっと聞いています。

 同じく私の受講予定も見られて、何故か呆れられてしまいましたけれどね。


『……ディジーがお嬢様講義を取ってる』

『似合ってる様にも似合わない様にも思えて混乱するんだよ!?』


 二日前に自分用の小さな白板に纏めていたのを申請書に書き写していたその時に、スノウとレヒカから妙な感想を言われてしまったのですよ。


『そう言うスノウ達は――何だか難しそうな講義を取るんですねぇ』


 とは、その時の私の感想です。

 いえ、スノウも秋の間は言葉がまだ不自然でしたから、本調子では無かったのかも知れません。言葉に違和感が無くなってからは早速学院長や研究所と遣り合っていると聞きますから、ここからスノウの快進撃が始まるのでしょう。

 レヒカは騎士を率いる隊長としての様々な講義を受けるみたいです。部下とか私とは縁遠い分野ですから、凄いですねぇとしか思えませんでしたよ。


 秋の間はまだ皆と同じ様な道を進んでいる様な気がしていましたけれど、季節一つ跨いだだけでもこうしてそれぞれの道に分かれていくものなのですねと、少し物悲しい気持ちを感じたのを憶えています。

 そんな気持ちは、学園に置き去りにしてきた友人達が感じていた気持ちなんでしょうけどね。


 当然、他の人達の受講予定も見せて貰いました。

 まずはピリカ達商人組です。

 騎士組や貴族組とは違いますから、多分似た様な感じになるのではと思って、覗かせて貰う事にしたのです。


『これはね、法律は偶に新しいのが出来てたりするし、領地によっても違うから外せないのと、学院で伝手が増えた分だけ紋章も憶えないといけないから――』

『だな。後は自衛の為の武術と、商品も獣車も自分で修理すると考えたら一通りの工作は出来ないとだな』

『僕も同じ感じかな。でも『錬金』を憶えて回復薬を作れる様にと思っていたけど、この前の講義を聞くと微妙だね』

『いえ、新しい薬を開発するので無ければ、『儀式魔法』な『錬金』でも充分かも知れません。まぁ、ランクの低い薬草でランクの高い回復薬を作りたいなら『根源魔術』になるのでしょうけれど』

『よし、出来たぞ。こんな所でどうだろう?』


 ピリカ、ジオさん、シャックさん、ラックさんと、やっぱり似た様な感じですけれど、貴族に係わるという事で憶えないといけない事も有るみたいでした。


『どうして……どうして「家政学」と「武術」が重なってるの!?』

『いやぁ、そりゃあ侍女が「武術」を学ぼうとするとは考えないんじゃ無いかな?』

『侍女だって護衛もするわよ!』

『確かに勇ましい侍女というのも有りだとは思うけどねぇ。ほら、七の日の「武術」なら取れるじゃ無いか』

『武~術~……』


 そんな愁嘆場を演じていたのは、イクミさんとミーシャさんでした。

 何だかイクミさんが武術に嵌まってしまってますね。イクミさんの場合は完全に狂戦士という呼び方が似合う有様なのですけれど、武術への思いは本物だったと言う事でしょうか。

 侍女組侍従組の人達は、主家の意向が優先される為、受講する講義も決められていて自由になる時間が限られている人が殆どみたいですね。

 イクミさんにとっての武術の時間は、その僅かな自由時間で謳歌していた生命の躍動とかそういうのだったのかも知れません。

 どうやら白板式の提案を経験した為に、自分から自由に学ぶ楽しさを知ってしまった彼ら彼女らは、今になって儘ならない選択肢に懊悩しているみたいですね。

 でもそれって別に彼らだけの事情では有りません。私にしても優先順を決めて受講科目を選んでますし、中には気が進まないながらも外せない「商取引」みたいな講義も有るのです。


 ……まぁ、受講科目が決められているのなら、一発合格して次こそは空き時間を多めに取れる様にするしか無いのでは有りませんかね?


『ぅう~……頑張るよ~!』


 何にしても、侍女侍従組はそんな感じなのでした。


 そしてこれが貴族組になってくると、また様相が変わってきます。

 収穫祭で着いた火はまだ消えやらぬと言った所ですから、時間割は全て埋める勢いなのは変わりませんけどね。その埋め方が目的を持っている人の埋め方でしたから、皆さん違った感じになってました。


『俺か? シパリングに戻れば恐らく騎士の一隊を率いて領内の巡回か、或いは魔界の踏破だからな、巡回するならその場での裁きも有るだろうから法律や判例と、魔界の踏破なら冒険者協会との協調が必要だからそれに関わる講義は取っているな』

『領内の巡回をするにも、魔の領域の制圧に向かうにも、商売に長けた人が身近に居るとお役に立てそうですわね。

 あら、お次はわたくしかしら?

 わたくしは何れルベリアから出て何処いずこかの地へ嫁ぐのは決まってますから、主に商売を取り仕切る知識を学ばせて頂いてますわ。

 と言っても、何処へ嫁がされる事になるのかは、どれだけルベリアの為になるかが決め手となるでしょう。それは即ち、ドルバルールとの取り引きが有利に進むお相手が、きっと候補になるのでしょうね。

 そう言えば、ルベリアからドルバルールへ伸ばした足をもう少し先へ進めればシパリングですわね? それならシパリングのお方も候補として狙い目なのかも知れませんわね』


 …………ぞわっとしました! あれはちょっとぞわっとしましたよ!?

 バルトさんも顔を引き攣らせていますけれど、貴族組の人に話を聞くのは危険ですね。

 まぁ、中にはシュライの様に、叱られながら時間割を埋めている貴族組も居たという事で、残るは平民の騎士組ですね。


『いや、俺達は王都の騎士団に所属していて通わせて貰っている立場だからな。最低限取るべき講義は決められているし、時間が空いたとしても勤務時間内との意識が有るから騎士としての職務に関係無い講義は然う然う取る事はな』

『ああ、訓練の時間に充てるか、資料室での調べ物に充てるかしか無いぜ?

 貴族の騎士よりは時間に余裕が有るがな』


 なんて言っていたのはライエさんとロッドさん。どうやらこの二人に限らず、騎士団から通わせて貰っている人達は報告もしているみたいですから、受けたい講義が有ってもそこは許可を貰って受けているみたいです。


『え、そうなの!? 街に行ってちゃ駄目だった!?』


 とか言っている獣人組も居ましたけれど、彼らは王都の騎士では有りません。

 空いた時間に働きに出て生活費を稼いでいるらしいですから、これもまた事情が違うという事でしょうね。



 まぁ、そうやってわいわいと受ける講義を決めたのですけど、やっぱり予定は予定で時に儘ならないという事なのでしょう。

 ――と、僅か二日前の事を思い出しながらも、ちょっと遠い目をしてしまいました。

 ちょっと今の私の姿は、知らない人には奇異に見られてしまいそうなのですよ。

 尤も、八割方の講義には、誰かしら部屋の仲間も居るようですから安心ですけどね。


 まぁ、私が決めた事ですから仕方が有りません。

 講義を欠席する訳でも無いのですから、元気を出していくしか有りませんね!



 さて、入学してから季節が一つ過ぎましたが、大体人の行動にはパターンが出来てきました。

 その季節の間は受けている講義も変わりませんし、放課後の用事にしても似たり寄ったりです。寧ろ行動パターンが変わる理由が見当たりません。

 まぁ、季節が変わって取る講義も変わりますから、多少は変化が有るかも知れませんけどね。


 まぁ、いつも一番始めに部屋へと来るのは私です。

 元々入り浸ったりなんて考えてなかったとは信じられませんね。こうして見回りをして、白板に書き加えたりするのが朝の日課になっています。


 次にやって来るのは、スノウや獣人組の、所謂いわゆる学内寮組です。


「ディジー、今日は朝御飯に来なかったけど、もう調理の講義が始まってるの?」


 そんな事を言いながら入って来たスノウは、しかし視界を遮る白板を回り込んで、そこに浮かぶ私を見付けて固まりました。


「いえ、まだ説明も受けてませんし、初めはやっぱり座学みたいですよ?」


 そう答えはしましたけど、スノウが動きを止めたまま視線だけで私の姿を追うので、ちょっとスノウの顔の前を行ったり来たりとしてしまいました。


 ぱっと飛び込んできたレヒカ達も、スノウと余り変わり有りません。

 口を開けて呆けた顔で、その場を動かず私の姿を視線で追い掛けるばかりです。


 ちょっと違う反応を示したのはフラウさん。

 スノウ達に遅れて暫くしてから来たフラウさんは、宙に浮かぶ私の姿を見てちょっと目を見開きましたが、そういう諸々を呆れた視線と鼻息で吹き飛ばして、後はいつもと変わらない振る舞いになってしまいました。


 それでスノウ達も息を吹き返し、その後から来る人達も部屋の雰囲気に当てられて私がスルーされる流れが出来てしまいました。

 シュライさえも鼻を鳴らして終わりって何なのでしょうね!?


「――という事で、今日から本格的に講義が始まります。秋の間は収穫祭込みでのお試しで、冬も先週までは私の特別講義が有ったり試験週間に入ったりとで、学院生活も浮ついてしまっているかも知れませんが、改めて気を引き締めていきましょう!」


 朝礼での突っ込み処満載のそんな締めの挨拶にも、実際に突っ込みは入りません。

 そんな呆れた視線を向けるなら、突っ込むのが礼儀では無いでしょうかね?


 いえ、もしかしたら突っ込み待ちのそんな姿勢を敏感に見抜いてしまってのこの状況なのでしょうか?

 ……いえ、別に突っ込み待ちしている訳では無いのですよ? これには已むを得ない事情という物が有るのです。


 ちょっと抗議したい気持ちを抱えながら、それ以外は普段と何一つ変わらない朝礼を終えて、連れ立って事務棟の講義室へと向かいます。

 今日のフラウさんはちょっと冷たいので、スノウの肩に座って行きましょう。

 レヒカではちょっと撫で繰り回されそうですし、ピリカからは根掘り葉掘り訊かれそうな雰囲気が有るのですよ。


「今日はさぼり?」

「いえ、仕事が終わらなくて、ちょっと手が離せないのですよ」

「また剣?」

「では無くてですねぇ、ちょっと出先で事件に巻き込まれまして、まぁ詳しくは言えないのですけどね」


 スノウは穏やかに話し掛けてくれますけど、これはちょっと突っ込みでは有りませんね。

 いえ、突っ込みに癒しを求めてしまうとか、少し私でも疲れていますねと感じてしまいますけど。

 あー、でも、ゴゾーさんの相手は吐き出せないおりがどんどん溜まっていく様で、それが終わってからもずっと憂鬱な時間が続いていますから、誰かの突っ込み力で澱を吹き飛ばして貰いたい気持ちは確かに有るのですよ。


 私に突っ込み力は有りませんから、私自身で突っ込んでも解放感は期待出来ません。バーナさんの『錬金』に突っ込みを入れた時にも、ただ喚くばかりでしたし。

 そして期待していた小竜隊の仲間達は、今朝の反応から推測すると、入学してから既に色々有り過ぎて私への突っ込みはもう選択肢にも入っていない様に思えるのです。


 こう、程々に私に慣れていなくて、それでいて遠慮無く突っ込みを入れてくれる人って居ませんかねぇ?


 前日にホホウリムの町までゴゾーさんを護衛して、終わった筈の依頼の後始末。

 実はそれが今日まで響いていて帰れません。この分では明日もきっと同じです。

 そっちの話は機会を改めてというところですが、私も鬱屈した気分をすっきりさせたいのですよ。


 そんな事を思いつつも、講義室に入ってきた「語学」の講師は初めて見る先生です。


「君がディジーリアですか。小さいとは聞いていましたが、本当に小さいのですね」


 とか言われてしまうと、曖昧に笑う事しか出来ません。

 いえ、もっと吃驚しても良いのですよと思いつつ、呆けてる様でこれも一つの突っ込みと、何とか納得するしか有りません。


 次に現れた「算術」のカカレン先生は、とても良い反応を示してくれました。


「ち、ち、ち、縮んじゃった!?!? だ、大丈夫なの!? 縮んじゃってるよおっ!?」


 こういう反応をしてくれたなら、説明するのも吝かでは有りません。

 ええ、ええ、そうです。結局ホホウリムの町から帰れていない私は、人形の体で講義を受けているのですよ。

 朝から「ディジーだから」で済ませてしまう部屋の仲間とは違って、とても良いリアクションなのですよ?


「へ、へー、そーなんだー」


 と、惚けるカカレン先生は良い人です。


「先生、そんな事より講義を始めて下さい」


 と告げる、部屋の仲間は無情です。


 どうして私には突っ込みを入れなくて、カカレン先生には入れるのでしょうかね!?


 そして「王国総合」の講義でやって来たお馴染みのクロ先生はというと――


「な!? カカレン君から聞いてはいたが、本当に縮んだとしか思えんぞ!? いや待て――同時に二箇所に存在出来るとなると、商法宿伝値付け取り決めの前提が崩れないか? ディジーリア、それはどれ程の距離まで操れるのだろうか?」


 カカレン先生から予め聞いていたからか、どっきり感は縮小されてしまいましたけれど、その分専門的な突っ込みが入りました。

 ……それは或る意味呆けの側では有りませんかね?

 そんな事を思いつつも、突っ込んでいるのも確かなのですから、私はにこにこ上機嫌でクロ先生の相手を務めたのです。


 因みに、宿伝値付け取り決めというのは、情報の遣り取り含めての運送全般に関わる値段を定めたものです。

 ベルの魔道具は瞬時に情報を送れますけど、複雑な内容は伝えられません。そういうのは早くても安いです。まぁ、実際には暗号表も込みでの運用をしていますから、そこそこの内容は遣り取り出来るみたいですけどね。

 “鳥”と呼ばれる竜種便は、獣車よりもずっと早く、小物を含めて遣り取り出来ますなら、実は“鳥”は結構な稼ぎ頭とは学院に入って知りました。


「距離は関係有りませんけど、値付け取り決めに従うなら希少性という意味で値段は私の言い値ですよ? そもそも運送に手を出すつもりは有りません」

「はっ!? ――確かにそうだ!」


 そんな楽しい遣り取りをしている間も、部屋の仲間からは冷ややかに呆れた視線を投げ掛けられ続けたのです。

 ちょっとそれは意地悪ではと、私は思ってしまうのです。

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