(164)皆、遊んでます。

作者より:本日前話を少し見直してます。

 見直した部分・森の配置(魔の森は通らないとかいっていたのとか直した)

       ・足りない言葉の補足

 大筋は変わってないので読み返さなくても多分大丈夫。

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 さて、少し時間は巻き戻る。

 そんな風にディジーリアが懊悩する事になる護衛依頼を受ける為、王都で動いていたその間、多くの冒険者達も稼ぎを求めて王都の外と内の区別無く、それが日常と奔走していた。

 王都を出た南西の森で剣を振るう男もその一人。

 既にピョコン・オシライネンと二つ名擬きで呼ばれ始めている、新進気鋭の――と言うには落ち着きが過ぎた冒険者だ。


 今日も今日とて、此の所日課の様に魔の森へと押し入っては、ゴブリン相手に愛剣の切れ味を確かめる日々。

 それ故に、ちょっとした森の変化にも気付く事が出来たのだろう。

 今日のゴブリン共は何処かおかしい。

 当ても無く彷徨うろつく普段とは違い、統率された意思を感じさせるのだ。


 ――ピョコピョコピョコーン!


 既に愛剣を手に入れた収穫祭からは一月。

 手に馴染んだピョコン剣はどんな振りでもピョコンと哭く。

 ピョコンと哭けば、鬼族共の首が飛ぶ。


「おお……今日もピョコンのオシライネンが絶好調だな」

「あの音は魔物の魂を狩る音だそうだ。――奴に喧嘩を売るなよ? ピョコンされてしまうぞ?」


 そんな囁きが遠巻きにされる中を、オシライネンの動きは止まらない。

 『殺陣』なんて技能を手に入れたのもその一因かも知れないが、只々オシライネンは剣を振る事を楽しみ、ピョコンの響きにすら快感を覚えていたのだった。


 ――ピョコピョコピョコピョコピョコピョコピョコーン!




「それで、南西門からの報告では、南西の森に氾濫の兆しが見られたという事だな?」


 不機嫌さを隠そうともせずに念押しをした冒険者協会長ダルバインへ答えたのは、副長のサンダライトである。


「ええ。近頃要訣を掴んだと噂のオシライネンが、毎日の様にゴブリンの討伐を進めていた御蔭で気が付いた事の様ですな。どうやらゴブリンが統率された行動をしているのだとか」

「オシライネンか……彼奴もマディラ・ナイトの剣から持ち替えただけでランク二になるのなら、とっととそうしていれば良かったのだ」

「その剣を見出すのに今迄かかったのでしょうな。今回出て来た黒オーガも一撃と聞いてますから、頼もしい限りです」

「……それがおかしい。氾濫だとしても、黒オーガが殆ど森の外に近い場所まで出て来るなど異常だ!

 鬼族共の動きが不可解なのは分かっていたが、それにしてもおかしいぞ!

 ……氾濫だとか余計な先入観は持たん方が良さそうだ」


 南西門近くに在る冒険者協会出張所からの定時便により届けられた報告は、そんな疑念を掻き立てつつも、ぴりぴりとした緊張感を冒険者達に齎した。

 当然王城にも報告はされており、南西門には特級を含む騎士達が派遣される事になるだろう。

 しかし、冒険者協会の待機場所で協会長ダルバインから直々に状況を聞いた冒険者達は、まず一当てするのは自分達だと理解して気を引き締めたのである。


 多くの剣闘奴隷を受け入れた発足直後の冒険者協会から五十余年。今の冒険者達は剣闘奴隷と係わりは無いと雖も、騎士に頼らない独立独歩の気質はしっかり受け継がれていたのだから。


 とは言え、実の所王都に拠点を定めた特級冒険者は少ない。

 その一つの理由としては、そもそも王国全域で数えても、特級冒険者の数が少ない事に有る。

 そしてそんな特級冒険者に期待される役割として、異常種と呼ばれる特級の魔物や魔獣への対応と、氾濫の鎮圧が有る。

 各地で何時生じるかも分からないそれらの事態に対応する為に、冒険者協会の支部長は特級で有る事と定めているが、その特級の数がそもそも足り無いのだ。

 必然、支部になれない数多くの出張所が、各地で支部長の到来を待っているのが現状だった。


 そんな事情から、一つ所に腰を落ち着けようと考える特級冒険者ならば、それらの土地で支部長をしてみないかとまず打診されるだろう。

 それこそ赴任先は選り取り見取り。事務仕事は経験豊富な副長に任せて、用心棒張りに踏ん反り返っているだけでも良いと言われれば、王都に拘りが有ったとしても心は揺れ動くものである。

 翻って各地を転々とする特級冒険者ならば、そもそも王都に居着く訳でも無い。

 故に、王都で有りながらも、特級冒険者の数は数える程にしか居ないのだ。


 だからこそ、王都冒険者協会の花形は、特級へと駆け上らんとする上級冒険者達に有ったのだが、最近そこには異変が生じていたのである。


「エッペルズ達がナフカに行ったのはついこの間に思えたが……」

「それで彼奴らが発奮して躍進したんだったな」


 冒険者協会の待機場所で、文字通り何かが有った時に備えて待機する冒険者達は、今とばかりにそれぞれの胸の内を吐き出している。

 そこで語られる話題に、王都が誇る冒険者集団“破門衆”の飛躍と凋落が混じるのは致し方無い事だろう。

 文字通り生粋の異性恋愛論者からは破門されそうな衆道へと走ったかに見える破門衆達。


「糞っ!! ガイスロンドは何故あんな……!!」

「言うな! ……虚しくなるぜ……」

「ええ、今はピョコンさんに杯を捧げましょうよ」


 ガイスロンドに引き摺られて、未知の扉を開いてしまった破門衆の幹部達もまた、王都の冒険者から尊敬を寄せられる上級冒険者だった。

 その破門衆達が当てにならないとなると、厳しい戦いになるだろう。

 或いは本当に、騎士の助けを必要とする事になるかも知れない。


 尤も、クアドリンジゥルの門攻略を目指す破門衆が、王都に待機している事の方が珍しい。ガイスロンドが復帰した今もまた、彼らは“門”へと出向いてはいるのだから、もしも破門衆が昔のままだとしても氾濫の鎮圧には間に合わなかっただろう。

 それを思えば項垂れる必要も無いのだが、そうと知りつつも、王都の冒険者達は深い溜め息を吐いてしまわずには居られなかったのである。



 ~※~※~※~



 さて、そんなガイスロンド達は、重傷を負ったリアンシーズが走れる程度に快復したのを契機として、再びクアドリンジゥルの門前へと赴いていた。

 二日をおっぱいの戦士として生まれ変わった慣熟訓練に当て、その凄まじき力を実感したガイスロンド達は、マディラ・ナイトの領域を超えた更にその奥へと向かう事にしたのだ。


 そんな彼らの姿は、手足分は残して胴鎧を外した変態仕様。ガイスロンドや他にも数人、兜までをも脱いでいる者も居る。

 そしてガイスロンドは乳首の周りに黄色い星形の入れ墨を、ガイスロンドの右腕と言われていたギラードはピンクのハート型の入れ墨を、他にも連れ立って歩く十人近くが、思い思いの飾り付けを胸元に施している。

 一番の急所を晒して何の為の鎧かと、ガイスロンドは気が狂ったのかと初日に諫める者は多く居たが、今はもうそんな相手は居ない。

 既に雄っぱいの力を目の当たりにしてしまったからだ。


 肩で風を切りながら、乱戦するマディラ・ナイトと冒険者達の姿が見えもしないかの様に、悠々と足を進めるガイスロンド達。

 そんな彼らにも当然の如くマディラ・ナイトの軍勢は襲い掛かり――


「「「「オッパイ!」」」」


 右から襲い掛かって来たマディラ・ナイト達が、右腰で手を組み胸の筋肉を強調サイドチェストしたガイスロンドから放たれたお椀型の障壁に弾かれて、前方へとまろび出る。


「「「「オッパイ!」」」」


 左から襲い掛かって来たマディラ・ナイト達も、左腰で手を組み胸の筋肉を強調サイドチェストしたガイスロンドから放たれたお椀型の障壁に弾かれて、前方へと転び出る。


「「「「チク! ビームッ!!」」」」


 ガイスロンド達の前方に団子状態になったマディラ・ナイト達は、ぐっと拳を腹の前にして溜めてモストマスキュラーから、両腕を振り上げて体を少し仰け反らせアブドミナルアンドサイるガイスロンドから放たれた、二条の熱線に切り裂かれた。

 そしてガイスロンド達は、斃れたマディラ・ナイトに一目も呉れる事無く進んで行く。


 漂うは強者の貫禄。

 しかし、どうにも変態臭が酷かった。


「「「「はぁ~~……」」」」


 思わず溜息を漏らしたのは、クアドリンジゥルの門を見物に来た観戦者達だった。

 クアドリンジゥルの門は、門の領域に一歩でも踏み入ると途端にマディラ・ナイト達が襲い掛かって来るが、逆に言うと足を踏み入れない限りは安全に観戦出来る観光名所でも有る。


「破門衆が新たな力を手に入れて帰って来たのは喜ばしいのだろうが……」

「「「「あれじゃぁなぁ……」」」」

「百歩譲って遣い手のガイスロンドはまだいいとしても、後ろの奴らは何だ!?」

「「「「はぁ~~……」」」」


 そんな観戦者の父親の裾を、幼い少年がくいくいと引っ張る。


「そんなに人気の有る人達だったの?」


 こんな所に子供を連れて来た事を、他の観戦者から視線で責められながらも、父親は冒険者に憧れる子供に言って聞かせた。

 他の観戦者達も、補足するかの様に口々に嘗ての破門衆の雄姿を語って聞かせるのだった。


「ああ、彼奴らには華が有ったからな」

「派手な技で連携して撃破していくのは、分かり易く見応えが有ったねぇ」

「私の一推しはお手玉二十二連撃かな。壁から落ちてくるマディラ・ナイトを連続で搗ち上げて、何もさせないままに斃していくのは、皆で撃破数を数えて盛り上がったね~」

「それが今は……」

「強くなったのかも知れないけれど……」

「ぐぅうう……」

「えらい必殺技を身に付けちまいやがったもんだぜ」


 嘆きの声を聞きながらも、戦う冒険者達を一心に見詰める少年の心にどんな思いが去来しているのか。

 冒険者達は通り過ぎていくガイスロンド達を一瞥しても、そこに何の感情も浮かべずに、今は只戦い抜くのだった。



 ~※~※~※~



 王都冒険者協会本部の待機場所では、人を寄せ付けない雰囲気を身に纏いながらも、現状最も頼りになりそうな新人――と言うには詐欺的だが――の周りに冒険者達が集まっていた。

 厭人的に振る舞っているが、実際に人間が嫌いなのかと言えば恐らく違うだろう事は多くの者に知られていた。

 実際に魔の領域で助けられた者が居るという噂だけでは無く、目の前でもう助からないだろう若者が、彼が嘯く気紛れにより命を取り留めたのを見ているのだから。

 だからこそ、今もその男ことアブレオスが面倒臭そうにしていても、その周りに冒険者達は集まるのだ。


「はぁ? 必殺技だぁ? ったく、何を夢見てんだか」


 アブレオスが鼻で嗤ったのは、守護者を討伐するに足る必殺技は有るのかと聞かれたからだ。


「しかし、有るんだろう!? 特級なら守護者を斃せる必殺技が!?」


 問い詰める男に対して舌打ちしたアブレオスは、緑の輝きを放つグラスを脇に置いて向き直る。

 嫌がりつつも相手をするアブレオスを見て、そこに周りの冒険者達は誠実な人柄を見出していたりするが、今はそれも別の話。


「じゃあ一つ聞くが、必殺でも無い技ってそりゃ何だ?」

「え?」

「手順や何かは有るかも知れねぇが、全部必殺のつもりで繰り出すもんだろ? 技ってのは。それともお前は殴っていれば何時かは動かなくなるとでも言う口か?

 はっ、それは酷ぇな。必殺技なんて言い出す訳だぜ」

「な、なん――」

「俺じゃねぇんだから、冒険者なら素材の回収を考えないもんかねぇ。誰がぐちゃぐちゃになった素材を喜ぶんだ? 態々二束三文のごみを量産してご苦労なこった。

 守護者だろうが何だろうが、真面な奴らには斃し方なんざ変わらねぇだろ? まずは調べて観察して、それで首を落とせば死ぬ生き物なら首を落とせばいい。首に届かねぇでかぶつなら、足を潰して首を下げさせればいい。硬くて刃が通らねぇなら関節を狙うなり『気刃』や『魔刃』を纏わせるなり何とでも出来るだろ。そういう真っ当な遣り方をするのが冒険者と思っていたが、がっかりだぜ」


 アブレオスの言い分がプライドを逆撫でしたのか、険悪な雰囲気が漂い始めるのを、マスターが一声掛けて散らしていく。


「ほう……つまり真っ当で無いお前さんなら別の手立てが有るのだな?」


 ともすれば侮辱とも取られそうなその言葉も、アブレオス自ら頭がおかしいと公言しているのと、親しく語らってきたマスターが言うなら、角も立たない。


「そりゃあ、俺なら七面倒臭い手順なんぞ踏まずに、行き成り首を落とすわな。それが出来るからそうするだけだぜ?

 敢えて言うなら、体だけで無く“気”と魔力もしっかり鍛えて実力を付けろとしか言えんが、こいつが聞きてぇのは違うだろ?

 実戦を演劇か何かと勘違いすんのは頭がおかしいと言えなくもねぇが、――一緒にはされたくねぇなぁ」


 げんなりとした様子だが、話し掛けられれば応えを返す。

 その様子に声を掛ける者も増えてくる。


「いや、それでもパーティを組んでいたら取れる手段も有りそうだが」

「パーティねぇ……。大方盾持ちが踏ん張っている間に大技を決めようってんだろうが、守護者ってのはほらあれだ、王都の外にも聳え立っているあれだぜ?

 言ってみればラゼリアバラムがその大枝で殴り掛かってくるようなもんだ。幾ら頑丈だろうが吹っ飛ばされて、戻って来る前に仲間は全員ミンチだ。全員けれる素早さが有ったとしても、避けてるだけで終わっちまうぜ? となると攻撃が通じない奴は其処に居る理由もねぇな。

 つまり守護者を相手にするのは同格の特級以上の力量が有るか、或いは数に恃んだ物量戦だ。格下がパーティを組んだ所で何が出来るよ?

 大体俺はパーティで特級になった奴なんぞ知らん。居たとしてもそいつらは、役割分担な奴らで無く、全員が同じ様に何でも出来る奴らだろうさ」

「ぐぬぅ……しかしパーティで守護者を撃退した事例は――」

「追い払っただけで斃してねぇんじゃねぇか? 俺だってそっちへ行けば小蠅が纏わり付いてくるとなりゃ道を変えるぜ?」


 協会に集う殆どの冒険者は守護者と聞いてイメージも定かで無かったが、ラゼリアバラムが殴りに来ると言われて腑に落ちてしまっては沈黙しか無かった。

 ぐうの音も出ない冒険者達の中で、何とか呻きを絞り出した者の問いに対する答えにも、納得しか無い。

 そして納得してしまう事が即ち、彼らが実際に守護者を目にした事が無い事を示していた。


 確かにラゼリアバラムは守護者に間違い無いだろうが、ラゼリアバラムが殴り掛かってくる様な、どうしようも無い守護者もまた数える程しか存在していないのだから。


 中には初めから納得顔で、アブレオスの言葉にも落ち着いて耳を傾けていた者も居たが、彼らがそこを指摘しないのは夢見勝ちな多くの冒険者に思う所が有ったに違い無い。

 しかし、そんな彼らであっても特級自ら必殺技の存在を否定されると、思わず溜め息が零れてしまうのだろう。


「しかし、そうなのだな。特級達が繰り広げる、ド派手で心奪われる戦場というのはやはり幻だったか……」

「――さぁな。特級もピンキリだ。派手は未熟の証と俺は思っているがな。

 譬え話をしてやろう。

 ダッド=アーシンってな武道家が居てな。当人はぱっとしないままおっちんじまったんだが、技は今も残されている訳よ。

 まぁ、一言で言えば限界を超えた溜め攻撃ってところで大爆発を起こすド派手な技だが、アーシンの技を受け継ぐ奴らは一撃を放った後には敬意を表して「アーシン道」って唱えるのがお約束なのさ。

 言ってみればこれがお前らの言う必殺技じゃねぇのか?」


 アブレオスは、彼の語るダッド=アーシンの話に冒険者達が聞き入っているのを見て、肩を竦めて意地悪く笑った。


「……なぁ、笑えよ? 何で爆発させんだって突っ込む奴は居ねぇのか? そんなに力を撒き散らすくらいなら、その一割の力を刃にした方が楽に仕留められるってぇのに、纏め切れない力を派手に暴走させて、自分諸共大爆発して死んだ馬鹿の笑い話だぜ?

 まあ、馬鹿もここまで突き抜ければ頭がおかしいって笑えるがな?

 それでもダッド=アーシンは自分の技の危険性を熟知していたらしいが、さて、お前らはどうだろうな?」


 「あ」と呆けた声を上げる冒険者達に背中を向けて、鼻を鳴らしながらカウンターへと向き直るアブレオス。


「じゃ、じゃあ、どんな技なら役に立つって言うんだ!?」


 背中に投げ掛けられた声に、アブレオスは横目だけ投げる。


「だから“気”と魔力だと言ったぞ? 強化されていない武器が強化された武器に敵うかよ。

 それ以外は知った事じゃねぇが――そうだな、俺も思い付きで生きている様なもんだから、案外思い付きってのは馬鹿に出来ねぇのかも知れねぇぜ?」


 そう言って、アブレオスは緑色に光るグラスを呷るのだった。



 ~※~※~※~



 学院と騎士団の専用となっている北西の小門は、普段は訪れる者も少ない言ってみれば閑な職場だ。

 上階で張り番に就いているそれこそ本職の騎士にとっては、警戒を緩ませる長閑さが敵とも言えたが、出入りの管理をしている事務方の騎士にとっては、休養日に等しい扱いで激務の後に放り込まれる場所となっていた。

 それ故に、北西の小門に交替で勤める事務方の騎士はだらけた雰囲気を纏わせていたのだが、この日はそれを少し後悔する出来事が起きた。


 ――ガタンッ!


 騎士団の演習場側の扉から、前触れも無く北西門の詰め所へと入って来たのは、白嶺隊の一部隊を率いるドリオン大隊長だったのである。


 雑談に興じていた事務方の騎士達だったが、流石にばたばたと慌てて直立して敬礼する。


「ど、ドリオン大隊長閣下! 本日はどの様な御用でしょうか!」


 何と言っても他の者より頭二つは飛び出た巨軀を誇り、横幅も分厚い筋肉の塊とくれば、事務方の騎士では丸で相手にはならない。頭を撫でられるだけでも首の骨の心配が必要だろう。

 噂では、時折王城の中にまで響いてくる轟きは、ドリオン大隊長が演習場の地面を殴っただけで生じた音だと言われていて、それだけでも生きた心地がしなかった。


 しかしそんな事務方達の様子を見て鼻を鳴らすばかりのドリオン大隊長は、のしのし押し入った先で、受付机を指先で叩きながら記名帳を要求する。


「え!? いえ、騎士団員が出る分には記帳は不要ですが」

「誰が利用しているのかを確認するのだ! もたもたするな!」


 体と同じく声も大きく思わず叱責を受けている気分になるが、演習場での様子は知らなくても王城に居る時は関わりも深い大隊長故に、それが只話し掛けただけだと知っている。

 それでも事務方達の体は求めに応じてきっかりと動き、ドリオン大隊長の前に記名帳を差し出していた。


「うむ……うむうむ、この娘は良く来るのか?」


 赤毛の学院生少女ディジーリアの名前を指差して口の端を上げるドリオン大隊長の姿に、成る程、そう言えば白嶺隊はディジーリアに手厳しく遣り込められたとの噂を思い出す事務方達。

 彼らの目の前でも色々と遣らかしているのを見た結果として、彼ら自身で素性を調べ、既にディジーリアがデリリア領の英雄と言われる特級の冒険者である事は知られていた。

 確かに初めは驚きも有ったが、既に自分達の目で見ていた物事の裏付けとしては納得出来る真相であり、更に言うならドリオン大隊長の様に王城の中でも上位に位置する御歴々との付き合いが多い事務方としては、凄ぇ奴が居るもんだ、で済まされていたものでも有った。


 だからこそ、事務方の間では隣町の天気か従兄弟の子供かと言った程度の話題として口に上る程度だったが、同じ詰め所に詰めているのだからやがて張り番をしている騎士達にも知られる事になる。

 そうなると休憩に入っている張り番達との交流も出て来て、ついこの間には『隠蔽』の掛かったディジーリアが何処まで近付く事が出来るかというのをゲーム宛らに遊んでいたが、結局目の前に来ても誰も気が付かないという結果に終わっていた。


 今更ながらにドリオン大隊長がやって来たのは、そんな噂が漸く耳に届いたからだろう。


「は! ……まぁ、自由発着の免状も持ってる様なので、ここを使うのは気紛れにという感じですがね」


 その言葉に、うむと頷いたドリオン大隊長は、そのまま街壁の外へと出る扉へと向かう。

 事務方達も後を付いて出てみれば、扉を出た直ぐに置かれている投石機に目を付けたらしく、おもむろにハンドルを回して引き絞り、降りてきた巨大な匙に乗って蹲った。


「やれっ!」


 と言われて、思わず「ブーッ!?」と息が漏れる。


「大隊長、今は休憩中ですかね?」


 うむ、と頷くドリオン大隊長へと笑いを溢しながら、ロックを外す為のハンマーを手に取った。

 どうやらメイド達が噂していた、お茶目なドリオン大隊長の話は本当だったらしい。

 或いは報復の為の情報集めかと慄いていただけに、すっかり気を楽にしてハンマーを振り被る。


「三、二、一でロックを外します。

 では、三、二、一――」

「どりゃ~~~~~~~~――」


 気合いの声と共に飛んで行ったドリオン大隊長が、大地に蹴りを放つと確かに揺れが生じたのを体で感じて、事務方達は何処か感動した様な面持ちだった。


「う~む……」


 しかし、ドリオン大隊長のやっている事は遊んでいるかの様な行いで、しかし腕を組んで戻って来る表情は難問に悩む賢者の様。


「あの、大隊長、何か有りましたか?」

「うむ……人間、高所からの落下には幾分耐えられても、同じ高さを跳び上がる事はそうは出来ぬ。投石機とは盲点だった。強化された城壁には無力なのでな」

「え!? 真面目な運用をお考えで!?」

「…………ぷ、ぐ、ぐふふ……。

 事務方の間での此処の勤めがどういう扱いかは知っているが、実動部隊にも息抜きは必要だと思わぬか?

 それにこれは曲芸染みてはいるが、城壁すら意味を無くしかねない恐るべき運用法だ。

 これを繰り出す敵を想定するならば、我ら自身が習熟しその長短に通じねば成るまい。その暁には我がドリオン隊も変幻自在な戦術を操る恐るべき騎士との名をほしいままにする事だろう。

 ぐはははははははは!」


 結局その日、ドリオン大隊長は更に十回投石機を楽しんでから帰っていったのだった。



 ~※~※~※~



 そして冬の一月十日。ディジーリアが護衛依頼で王都を出た丁度その日、王都冒険者協会本部に火急の知らせが舞い込んでいた。

 ベルの魔道具と並んで、共鳴石を用いた通話の魔道具も用意されていたが、想定内の状況なのかリンリンと鳴るベルの音が喧しく遣り取りされているだけで済んでいる。

 しかしその内容が協会長ダルバインの口より怒号となって伝えられると、まるでそれが感染したかの様に各所から雄叫びが響き上がる。


「守護者が出たぞ!! お前らもさっさと行け!! 全部オシライネンに喰われるぞ!!」

「「「「うぉおおおおおお!!!!」」」」


 気勢を上げて協会の扉から飛び出す者も居れば、渋る者も居る。

 アブレオスは待機所に残ろうとした側だった。


「お前さんは行かんのかね?」

「あんだけ張り切ってんのに、俺が行くのは嫌がらせだろう?」


 しかし、既にアブレオスに懐き始めている冒険者は、達観しているアブレオスに寂しさを感じるらしい。


「そんな事言わねぇで、一緒に行こうぜ!」

「ああ、あんたの技を見せてくれよ!」

「そうだ、ダッド=アーシンの技をあんたは使い物に成らないと言うが、俺達には分からねぇ。実際に見せて確かめさせてくれよ。な!」


 そんな言葉が口々に掛けられるのに諦めてか、漸くにしてアブレオスも出る事にしたのである。



 そんな者達が集いつつある南西門前には、既に屈強な冒険者達による人集りが出来ていた。

 魔の森へと向けるその眼には様々な感情が見て取れたが、こうして待ち構えるのか、それとも率先して魔の森へと飛び込むのかが、既に彼らのランクの差を示している様でも有った。

 それは――


 ――ピョコピョコピョコピョコピョコーン!!


 今も煩い程に間抜けな音を立てながら森の中から飛び出てきた男が、見た目は細身だろうが口下手だろうが、尊敬を多分に含んだ視線を一身に浴びている事からも分かるだろう。

 油断無く森へと向けられたその眼差しや佇まいが、彼をして一振りの剣を思わせたのである。


 そんな場に無粋にも割り込んだのは、ここの主導権を掻っ攫おうという不遜に過ぎる言葉だった。


「下がれ下がれ! ランクBのアブレオスが特級の技を見せてくれるぞ!!」

「おい、出鱈目かすな! お前らが見たがっているのはダッド=アーシンの馬鹿丸出しの技だろうが! 大体此処にはしっかり踏ん張って来た奴らが居るのに、勝手な事を言うんじゃねぇ!」


 しかし嫌がるアブレオスも、ここで鬼族達を押し留めていたオシライネンが一つ頷いて剣を鞘に納めれば、引っ込む事も出来無くなったらしい。


「おいおい、ダッド=アーシンの技は馬鹿の極みで悪い見本だってぇのによぉ。お前の斃した分の素材も森の中に転がってるだろうに、ぐちゃぐちゃになるぜ?」

「見たい」

「……しゃーねぇなぁ。おい! 危ねぇから後ろに下がって俺の前には立つなよ!」


 歓声を上げる冒険者達。

 鬼族達は警戒しているのか、森の境で見下ろしてくるばかりだった。


「ぬぅ~~……」


 どっしりと大地を踏み締めて、掲げた両腕も使って全身で大気を捏ねる様な妙な動きを始めるアブレオス。

 変化は直ぐに現れた。

 アブレオスが掲げた両腕に、普通は見えない魔力が赤黒く纏わり付き、大気が轟々と音を立てて震え出す。

 危機感を覚えたのか、オーガに黒オーガが大挙して森から駆け出してきたが、アブレオスの準備が整う方が早かった。


「ダッ――!!」


 アブレオスが赤黒い魔力を玉として抱えた両腕を前に突き出した瞬間、――音が消えた。

 いや、音を超えた音は衝撃波となって、後方に控えていた筈の冒険者をも吹き飛ばした。

 同時に迸っていた閃光が目を灼き、彼らが視界を取り戻した時には、アブレオスの前方広範囲にわたって扇形に森が消失し、鬼族達の軍勢もまた、蹂躙された守護者巨大芋虫の骸という僅かな痕跡を残してその姿を消していたのである。


 両膝に腕を突いたアブレオスは、その場で荒い息を吐いている。

 三々五々目と耳が回復した者からその周りに集まるが、その目の前でアブレオスは「アーシン道!」と一声いてから身を起こした。


「アーシン道、凄ぇ……」

「凄ぇぜ、アーシン道!!」

「「「ぅぉおおおおお!!!」」」


 そんな盛り上がる冒険者達を、アブレオスは呆れた表情で眺め渡す。


「……お前達は詰まらんな。

 ――なぁ、お前はどう思ったよ?」


 前者は盛り上がる冒険者達へと向けた言葉。後者は考え込むオシライネンに向けた言葉である。


「爆発……何故……?」

「だよな? 一つ間違えれば自爆する駄目な技だぜ? それこそ肉片でも残ればましだな。扱い切れねぇ力は結局の所扱えてねぇのさ」

「無駄……」

「分かってるじゃねぇか。それが技を理解している奴の理解ってもんだ。こんな派手なだけの技とも言えねぇ技に喜ぶのは餓鬼だけだぜ。なぁ! 糞餓鬼共!!」

「「「アーシン道!! 凄ぇぜーー!!!」」」

「……こいつらは駄目だな。詰まらねぇ。

 お前の素材も一緒に吹き飛ばしちまって済まねぇな。残ってるもんが有れば好きにしな」


 アブレオスが南西門前から去った後も、冒険者達は盛り上がったままだった。

 そして彼らの間に一つの流行が生まれた。

 大技を繰り出した後に、「アーシン道!」と呟くのだ。

 それは戦いの場だけでは無く、王都の中での力仕事にも広がっていく。


 やがて王都のおばちゃんに言われる事になるのだろう。


「最近の冒険者は何だかお疲れねぇ?」


 ――と。



 そしてきっとそんなお祭り噺を護衛依頼から帰ってきたディジーリアが聞けば、きっと衝撃の儘に叫ぶのだろう。


「ど、どうして私は護衛依頼なんて受けてしまったのでしょうね!?!?」


 ――と。

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